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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
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本物の悪

 部屋に戻って一眠りしていたらデブに起こされた。

 どうやら暗くなってきたのでモールから戻ってきたらしい。そういや窓の向こうがすっかり夜になっている。で、各自一旦部屋に戻ってから一時間後に四階のラウンジに集合。みんなで食事をしようって感じらしい。お前まだ食うの?


 まだバスローブ姿のデブに一応聞いてみる。


「服は?」

「明日には洗濯したのが戻ってくるし別にいいかなって」


 世界よ、これがデブだ。

 珍しい食い物を見つけたら所持金なんて気にせず食うデブの鑑なのである。俺が言わなくても勝手にデブっていくお前の旺盛な食欲には頭が下がるよ。


「そこの紙袋におまえの分の服が入ってるから着替えろよ」

「助かるよ」


 デブが着替えて一言。


「なにこれ?」

「スキューバ用の保温スーツ。しかも蛍光色」


 全身真っ黒なボディスーツなのに暗くなると黄金に輝くんだ。絶対面白いと思って買ったんだがまさか本当に着るとはな。羞恥心をどこに捨ててきたんだ?


「ぜってえウケるから今日は着ておけよ」

「仕方ないなあ。あ、先にシャワー浴びるよ」


 デブはデブだけど綺麗好きだ。健全な嗅覚こそが食事を楽しむコツなんだってさ。


 デブがシャワーを浴びてる間に請求書メールを確認しておく。一々俺が支払いに回るのは面倒なんで店の連中に請求先を伝えておいたんだ。各人予算は十万までなので予算を超えるようならストップを掛けるようにともな。


 だが請求額がおかしい。七人だから最高でも70万が上限のはずなのに請求額が百万の大台に近い。飲食店からの請求額が40万近い。おかしい。

 シャワーから出てきたデブに聞いてみる。


「なあ、飲食店から想定を超える多額の請求が来ているんだが何か知らないか?」

「一店舗に付き十万PLのストッパーを掛けたよね」

「???」


「でも彼女達は僕がどこでどれだけ食べたかなんて知らないんだ。だから別の店に行くと僕の予算はまだ十万PLのままなんだよ。ルールの設定が甘かったね」


 悪びれもせずに言ってのけるデブがぽんと太鼓腹を叩いた。中々の快音だ。

 世界よ、これが本物の悪だ。素直に感心したわ。


 結局エストカント市を出るまでに二日も要したぜ。ラウンジに集まってからはナイトプールだの何だのと騒いでる連中が深夜すぎまでプールで遊んで翌日は昼までぐっすり。勝手に観光に出かけた馬鹿どもを拾い集めているだけで夕方になったりと散々な楽しさだったぜ。


 お嬢様は翌日にはすっかり気分を入れ替えていた。

 朝一番に貰った腹パンならぬ右ストレートのボディブロウに顔をしかめつつも手下はせっせとご機嫌取りさ。


 帰りは村に放置しちまってたトレーラーで三日かけて帝都まで帰った。

 モンスタートラック級のトレーラーの処遇をどうするかはさておいて、借りていたグリフォンの返却を騎士団本部で済ませた。お土産も渡しておいた。


 すっかり長居しちまった遺跡から帝都に戻り、また勉学に励もうかなーって感じである。



◇◇◇◇◇◇



 さっきリリウスが戻ってきて土産を置いてった。タオルとかクッキー缶とか焼き菓子セットとか古代遺跡を探しにいった奴の土産とは思えないものばかりだ。特にクッキー缶にいたってはみなさんでどうぞと山盛り置いていった。


 ガーランドはクッキーに手を伸ばしながら書類を読んでる。

 手が止まらない。あいつの持ってくる菓子はハズレないなと思いながら缶が一個空になったので、もう一個の封を開ける頃だ。席を外していた副官のウェーバーが戻ってきた。


「あら間食とは珍しい。そういえばリリウス君が戻ってきたと聞きましたが」

「うむ、土産だ」


 ウェーバーがフィナンシュをぱくり。オレンジピールの酸味がプラスされたフィナンシュにとけそうな顔になってる。


「ん~~~土産物のセンスに関しては疑いはないわねえ」

「先史文明の遺跡の土産とは思えないがな」

「そういえばそうでした。やっぱり失敗なのかしら?」

「そう簡単に見つかるものではない。諸王国時代の遺跡なんぞとちがって数千年という大昔の遺跡だ。これもどうせそこいらで買ってきたのだろう」


 という事にしておいた。

 エストカント市の危険性についての報告は書面でこうして受けており、軽い気持ちで挑むのはやめてほしいと散々に警告された。また話せば分かり合えないこともないので将来的な交易の可能性まで説かれた。


 支配ではなく共存を。戦争ではなく友好を。

 まったく具体性はないが理想を説く若者は嫌いじゃない。例えその道程が血塗れの道であっても理想を信じられるから膝を折らずに歩み出せる。


「道は違えども目指す先は同じか。まったく頼もしい男だよ」


 彼もこの男も心のどこかで理解している。互いの歩む道は交わらず、衝突さえもするだろうと。

 だが方角は同じだ。遠い理想を求めて帆を掲げた旅人どうしの敬意がある。


「負けてはいられないな」


 例えこの胸を貫く刃があの者だとしても負けてやるつもりはない。

 堂々と戦い、敗れたのなら悔いはない。己亡き後はあの者が理想を継いでくれると信じたからだ。


 鉄血は変わらない。リリウスが理想を説く限り、立ち塞がるのはこの男なのだ。



◇◇◇◇◇◇



 学院に帰り着いたのが昼休みの途中だ。学生寮に寄って荷物やらを置いて五時限から参加して、午睡を誘うモルグ先生の帝国史朗読をバックミュージックに……


 あ、今寝てたかも!

 気づけば五時限の終了を告げるチャイムが鳴り響いていた。呆然とする俺の前に立ちふさがる不穏な影がモルグ女史だ。


「リリウス・マクローエン」

「何でしょう」

「随分と余裕ですね。いいのですか、赤点を取れば補習ですよ?」


 ?????


「まさか明後日から学期末試験だということすら覚えていなかったというの?」

「ガハハ! 当然覚えているに決まっているじゃないですか」


 覚えてなかったです。

 テストが明後日かー、すっかり忘れてたぜ。たしか今日って7月28日だったっけ?


 30日に筆記。31日に実技。で、31日の夜に前学期終了おめでとうダンスパーティーがあって翌8月1日に終業式か。


「そちらこそ余裕ですね?」

「なんですって?」


 このあと俺は超煽りまくった。モルグのおばちゃんが顔真っ赤になって激怒するまで煽って煽って煽りまくった。

 さぁてどんな問題作ってくるか今から楽しみだなー。



 邂逅のエストカント編はこれにて終了です。

 物語としてはこの後すぐにカンニング大作戦につながり、これは旧作をそのまま読んでいただこうと思います。


 まぁ色々と違いも出ていると思いますが細かいことは気にしないスタイルで。基本的に旧作で起きたことは次元迷宮の攻略中にだいたい起きたと考えていただければ幸いです。細かなちがいはありますが事件自体が起きなかったということはないのですね。


 書き下ろしとしては以下を考えています。


 リリウス、杖を買いに行く

 実技試験

 財布の君(前編・後編)


 これらの後に夏休みに入って最新話の部分への投稿が始まります。

 長く苦しい戦いでした……

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