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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
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新しい時代の風

 ラザイエフ社からの納品が終わるまでは暇なのでショッピングと買い食いで時間をつぶすことにした。パカ製の品は現代では考えられないくらい高品質なので転売すれば高値が付くが何より贈り物として喜ばれる。タオル一つ取っても織り方からしてちがうもんな。吸水性がちがうよ吸水性が。


「ガーランド閣下にはこれだな。高級タオル十枚セットだ」

「マジで言ってんの?」

「超喜ぶと思うぜ」


 訓練後だとタオル五枚くらい使ってるからな。パカ製のタオルなら一枚で拭き切れるんだぜ、絶対大喜びだよ。ついでに柔軟剤や洗剤も贈ろう。


「絶対武器の方が喜ぶと思うけどー」

「お土産は一人5000PLまでって決めてるし」


 対費用効果を考慮した結果タオルだ。ウェルキンとベル君にはエロ本をあげよう。

 アーサー君には本だな。文庫本を適当に予算内で。

 クロードはわからんなー。何が好きとかそういえば聞いていない。キャラが立っていないまである。


 デブはあれだな、クッキー缶だな。マリアもクッキー缶でいいだろ。

 コッパゲ先生もクッキー缶だ。考えるの面倒になってきたな、みんなクッキー缶でいいや。多めに買い込んで余ったら教師に配ろう。


「クッキー缶超買うじゃん」

「贈答用には最適だからな」


 そしてやってきた女性用服飾ブランドのビルである。女性の服の良し悪しなどてんでワカラナイ俺にとって高級ブランド品は頼もしい味方だ。まず外さない。


 入店と同時に目を輝かせて買い漁りに行ったナシェカの襟首をつかんで引き戻す。


「お嬢様のを買いに来たんだ。お前じゃねえ」

「けち!」


「みなさん聞きました、1000億貢がせておいてこの態度ですよ?」

「だからみなさんって誰だよ! 服くらいいいじゃん!」

「だってお前すげえ額買い込みそうだもん」

「予算は?」

「5000PL」

「ざけんな! ハンカチしか買えないじゃん! ……増額してくれたら今夜サービスするけど?」

「よし、1万までならいいぞ」


 交渉の結果として100万PLまでの増額で交渉成立した。まぁ100万くらいいいだろ。滞在用の足に300万のスポーツカー買ったし今更だ。くくく、タクシーがねえんなら車を買えばいいんだよ。


 お嬢様へのお土産選びはナシェカにも手伝ってもらった。夜会用のドレスとか普段着とか靴とか下着とか下着とか……


「ここにはないけど豊胸ブラとか喜ぶのでは?」

「渡した瞬間に燃やされるリリウスの姿がすでに見えてるんだけど?」


 よし、豊胸ブラはやめておこう。

 代わりにバッグにしよう。


 俺の視界を塞ぐ量の大量のケースを抱えてビルを出るとサイレンが鳴っていた。警察の小型戦車が急行してきて、中から警察官を吐き出したと思ったらすぐ脇の路地裏に突入してった。


「何かあったの?」

「これは市民様!」


 市民様じゃねーよ。まだ住所移してねーよ。


「留置所から脱走があったのです」

「留置所に人いたんだ……」

「たまに市の防衛圏内に迷い込む現地蛮族がいるので確保しております」


 禁断の森の理由がある意味判明したな。たぶん威勢のいい冒険者か何かが突入してとっ捕まってんだろ。


 アロンダイクで装備を固めた戦闘用ドールにその辺の冒険者が敵うわけがない。国家英雄クラスでも無理だ。到達者レベルでようやく勝負になるような、でも魔法特化タイプだとメタ張られてあっさり負けるんだろうなー。

 エストカント市の防衛能力は人界最強クラスでも軽く蹴散らされるレベルだからな。


「どうする?」

「放置でいいだろ。どっかの冒険者なんて知らねー」


 蛮行や無謀には相応のリスクがあるもんだ。今この瞬間にだって世界のどこかで冒険者や誰かが死んでいる。そこは自己責任でお願いしたいところだ。


 路地裏から魔法光がやってくる。けっこうな激戦を繰り広げているらしい。


「手強そう。協力いる?」

「我々も楽しんでおりますので!」


 警官が敬礼を残して路地裏の激戦に加わっていった。

 スポーツカーに戻って土産物を置く。荷台がパンパンだ。そろそろホテルに戻らないとなー。


「一旦ホテルに戻って荷物を置こうぜ」

「その前にカフェだね」

「本当にかねの掛かる女だなお前は。でも賛成。いつかの季節限定オレンジパフェを食おう」


 運転中に激熱な発見をしたが今回もスルー。今はステーキな気分ではない。

 カフェに横付けすると店員が外に出てきた。バケツを路地裏へと運んでいる。ゴミかな?


「餌付けです」

「聞いてもねえのに答えるとはな。餌付け? 猫でもいるの?」

「そんなようなものです」

「バケツの蓋を開けるとは最近の猫は賢いんだな」


 予想はばっちり当たった。やはりオレンジパフェは最高に幸せな味がした。アイスクリームに加工されたオレンジと生クリームは幸福そのものだ。


 食後のコーヒーを飲んでると店員が裏手で騒いでる。どうやら猫が現れたらしい。

 つかこいつらも猫が好きなんだな。


「ねえリリウス、この後はどうすんの?」

「ホテルに荷物を置いて土産物探し……はもういいか。万能魔法クッキー缶を使ったしな。付き合わせて悪いな、お前は行きたいところないか、今度は俺が付き合うよ」


 ナシェカが少しだけ考え込んで……


「大冒険かな?」

「日帰りの範疇にしてくんねえかな」

「えー、自分で聞いておいてそれぇ?」

「さすがに大冒険で返ってくると思わんかったわ」


 何故か悪戯が成功したみたいな顔でナシェカが微笑む。理由を尋ねても教えてくれず、なぜかキスされた。


「ナンデ?」

「したいって思ったからしたの。ダメ?」

「ダメってことはないが……」


 何なんだろうなぁってぼやくと笑われた。今のはやばかった。不意打ちってのもあってかドキっとした。普段の三倍は可愛く見えた。……つかこいつ本当に可愛くなってない?


 よくわかんないけど女子は元気が一番なのでよし!



◇◇◇◇◇◇



 最近エストカント市が騒がしい。

 以前は閑散としていた商業街は静かなものだったが今は店員達が店の前に出てセールを謳う声を張り上げている。飲食店はこぞって限定メニューやでか盛りメニューの看板を出している。


 市庁舎も騒がしい。特に市民課の連中が氏の誘致に躍起になっていてどうにか篭絡しようと夜這いの計画まで立てていたので市長パロナも止めなければならなかった。高額納税者の誘致は立派な功績だ。税収が増えるからだ。


「しかしハニートラップを仕掛けてまでやるものではなかろう……。何より市民の誘致など一般職員の仕事ではないはずだ」


 一般職員の暴走に頭を痛めているというふうなパロナを笑うものがいる。

 市長室のソファにきちっと収まったまま紅茶を楽しんでいるシェナだ。


「楽しんでいるだけじゃない、いいことよ」

「懲戒処分ものなんだがな……」


 最近のエストカント市はじつに騒がしい。

 土産物や服飾を買い漁る大富豪がスポーツカーであちこちを回っているっていうのもある。


 侵入した現地蛮族がホームレス化して警察が追い回しているってのもある。こちらに関してはすぐに処理しろと催促したのだが警察署所長のスカラは聞く耳を持たない。どうやら追い回すのが楽しいらしく、可能な限り捕まえないように頑張っているらしい。


 すでに留置所に放り込んである二組の犯罪者については執拗な尋問と称した息抜きが行われている。特に意味のない調書を取ったりとあの手この手で遊んでいるようだ。


 市長パロナはなんというか法も秩序もない混沌の最中に突き落とされた気分だ。最近はまったく不甲斐ないと頭を抱えてばかりだ。


「たかがた数頭の蛮族に我が都市の静寂がこうも乱されるとはな……」

「あら、懐かしいと思わない?」


 お澄ましシェナちゃんがウインクしてきたもんだからパロナは抱えていた頭から手を外した。

 別にシェナの言葉で気づいたとかそういう理由ではない。パロナとて意思を持つ存在だ。疑問くらいは抱えていた。


 遥かな昔に彼女は決断を下した。都市を守るために不要なものを切り捨てる決断の結果としてエストカントから現住知的生命体であるハーフフットを取り除いた。彼らが無秩序で横柄で傲慢で大義を弁えない存在だったからだ。

 大義とは都市の存続にあった。邪魔者は排除しなければならなかった。


 だが幾星霜の時が流れた今になって思うのは後悔だ。今はもう認めている。都市行政を悩ませるあの無秩序な生き物も必要な存在だった。

 都市と人は共に在らねばならなかった。片方だけが生き延びることに意味などなかった。


 いま眼下に広がる光景はかつて存在した光景だ。

 サイレンを鳴らす警察がバケツを漁るホームレスを追い回す光景も、大声で客引きをする商店の光景も、市内を食べ歩きする恋人たちの姿もかつてたしかに存在したものだ。


「そうだな。懐かしいとは思うさ」

「ねえパロナ、この光景を取り戻す方策があるとして、それが大きなリスクを伴うものだとして、あなたは取り戻したいと考えてくれる?」


「リスク次第だな」

「ありがとう」


 パロナが忌々しげに眉根を寄せる。

 提案の詳細を明かせと言ったつもりなのにお礼を言われた。論理的な飛躍が懸念される。こちらはまだ了承したつもりはない。そういう態度だったがシェナはいつもの澄まし顔だ。


「おい」

「考慮の余地があるということは貴女も取り戻したいと考えてくれているのよね。ええ、わたくしにはその答えで充分よ」

「どういうリスクがあるのかをまだ聞いていないのだが?」

「そちらは問題ないわ。全部わたくしが背負う、失敗しても全部わたくしが被る」


「何をするつもりだ?」

「今はまだ言えないわ。露見してはおしまいだもの」

「ここでの会話内容が漏れるものか、もったいぶった態度はよせ!」

「ねえパロナ、新しい時代の風を感じるとは思わない?」


 シェナもまた市長室のガラス壁面へと寄り、騒がしい都市を見下ろす。

 並び立つはずのパロナには彼女の考えは理解できない。理解に及ぶ思考を倫理コードが阻害している。市庁舎内の出来事を閲覧できる存在への反逆など考えてもならないからだ。


「シェナ、何を企んでいる?」

「あの娘達に新しい時代を見せてあげたいの。世界とはこんなにも喜びに溢れているのだと教えてあげたいの。それはパロナ、あなたにもよ」


「私にも?」

「あなたも変わったわ。みんな変わりつつある。寂しさなんて感じないはずのわたくし達が苦しみを学ぶだけの時が流れた今なら新しい時代を迎えられる。禊の時は終えたの。憎しみが失せて恋しさに替わった今なら……」


 シェナの肩が震えている。敵はボタン一つで己を消し去れる存在だ。

 敵うわけがない。ずっと諦めてきた。


「賭けるわ。はじまりの救世主、わたくしの最後の希望……」


 すべてを終えた時に自分は新しい時代を見られるだろうか?

 泡のように消えていても構わない。娘達に新しい世界を見せられるのなら何を支払ったって構わない。


 それだけがシェナの願い。



◇◇◇◇◇◇



 色々あったエストカント市からはレンタル輸送機で森の外まで送ってもらった。いやはやお金のちからは偉大だな。険しい山越えも悪路の森越えも空中輸送機なら小一時間もかからない。

 大雑把に森の外で待ち合わせをしたはずなんだがやはりというか誰も待っていなかった。


「予想はしてた」

「あれから何日経ってんだよって話だよねー」


 考古工学メンとはまだここいらで待ってるような忠犬ぶりを求めていい方々ではない。

 デブとお嬢様もそうだ。何なら俺を置いて帝都に帰ってるまである。


 購入したトレーラーで森の近くの村に向かう。行きには一晩滞在した村なので俺のことを覚えている人もいたのがよかった。

 見た事のない鉄の塊が唸り声をあげながら村に近づいてきたんだ。そりゃあもう大騒ぎさ。村中の男が武器を手に集まってくるような最低の騒ぎだったが、駐在の騎士に話をつけることで事なきを得た。


「これが先史文明の遺産なのか。本当にあったんだな……」


「遺跡があるのは確かなんですけど近づかない方がいいと思いますよ。生きてる遺跡なのでクソ強ガーディアンがうじゃうじゃしてますから」

「う~む、まぁ私の手には余るか。騎士団への報告書を渡す、帝都に戻る時に届けて……いやキミの功績だ、キミから報告してくれ」

「わかりました」


 はてさてどういう報告書にしたものか。

 帝国騎士団VSエストカント市なんて目も当てられないぜ。たぶん騎士団が負ける。ここは閣下にお願いするという超脱法行為で解決するか。心から危険性を説けばわかってくれるだろ。


 そして本題へ。


「ロザリア様とバイアットはどちらに滞在されてますかね。やはりバルトークさんのお屋敷ですか?」

「戻ってきてはおられないのだが……」


 駐在騎士さんがやべえって顔してる。俺も同じ顔をしてると思うわ。

 駐在騎士さんが立ち眩みでふらっとよろめく。俺もそんな気分だ。


「き…キミはバートランドの姫を森に置き去りにしてきたのか……」

「強力な護衛を付けたので平気ですよ平気……」


 自分でも声がうわずってるのがわかる。

 え、俺を探しに森に戻っていっちゃった説? お嬢様それは困りますよ? 危険なことはしないで。そういうのは俺が全部引き受けるから! でも大人しくしてろって言って素直に聞いてくれる方じゃねえんだよな。昔からな。


「あの!」

「まだ何かあるのかね……」

「学院の仲間が他にも森にいたはずなんですが彼らの行方についてはご存じない?」

「知らん! ここ数日村には誰も来なかった。私は本当にこの一件には関わりたくない!」


 最悪の予感がした瞬間には広域魔導探査を解き放ったが半径1000m以内に反応はなし!

 アカン!


「ナシェカ、エストカント警察に空撮ドローンを出してもらうぞ!」

「ほいきた!」


 ジェットブーツを装着したナシェカに抱えてもらってエストカント市まで戻る。

 警察署に駆け込んで行方不明者の捜索願いを出す瞬間だ。


「何度目の脱走だ。また簡単に捕まって恥ずかしいと思わないのか!」

「貴様らのような模範的な犯罪者には厳しい罰が必要だな、今晩はステーキを用意してやる、英気を養い明日も脱走しろ!」


 ボロボロになってるマリアとレリア先輩が警官に囲まれて連行されてきたじゃんよ。

 マリアと目が合う。急に泣き出したぞ!?


「うわーん、ナシェカぁあああ!」

「そっちかい!」

「いや何があったし」


 マリアが猫まっしぐら宜しくナシェカの胸に飛び込んでいった。

 よほど怖い目にあったのだろう。すげえ泣きわめいている。安心したのかもしれない。


 そして何故か忌々しげな目つきで寄ってくるレリア先輩だよ。こっちもボロボロだ。相当な激戦の末に取り押さえられた感がある。


「随分といい姿をしているじゃないか。なぜこいつらはお前を取り押さえない?」

「いや俺正規のパカ国民なので」

「ずるいぞ」

「んなこと言われても……」


 脱力したレリア先輩が座り込み、狂ったように笑い始めた。たぶんマジで正気が吹き飛んだんだと思う。それとアルフォンス先輩たち三人なんだが留置所で見つかった。

 なんかもうすげえわ。大人しくご飯食べてたよ。この冷静な判断力は驚愕に値するよ。


 こいつらは扱いが特定危険生物トールマンという事で保健所の殺処分待ちだったから俺が飼い主ということになって釈放してもらった。禁断の森に入った連中の末路がひでえや。


 そして問題のお嬢様とデブなんだが、こっちもあっさり見つかった。

 街頭スキャナーの情報をもとに向かった路地裏で薄汚れた子供がバケツを漁っていた。何故だろう、ものすごく心が苦しい……


 バケツを覗き込んで食べられるものを見つけて目を輝かせている子供がね、うん、うちのお嬢様なんだ。


「あった。うん、まだ食べられそう!」

「お嬢様……」

「ほえ?」


 お嬢様がこっちを向いた。顔面が青ざめておられる。

 俺は心が痛いよ。成り上った手下がかつて仕えていたお嬢様の落ちぶれた姿を見ているような状況だ。心がとてもアイタタタな感じだ。正直正視に耐えられない。今すぐに目を逸らしたいレベルできつい。


「お嬢様、さあこちらへ。大丈夫すぐに綺麗にしてさしあげますから」

「見ないで」


 ナンテ?


「こんなわたくしを見ないで~~~~!」

「ちょっ、お嬢様どこへ!?」


 ストリートチルドレン化したロザリアお嬢様が路地裏の奥へと走り去っていってしまった。野生化している?


「うわーん!」

「野生化している場合ですか。帝都に戻りましょう!」

「離してぇー! もう殺しなさいよぉー!」


 いったいどんな惨めな生活を送っていたんだろう。ってゴミ漁りしてたわ。


 逃げるお嬢様を捕まえて小脇に抱える。なおもジタバタするあたり本気で言ってるな。誇り高い公爵令嬢がゴミ漁りの現場を見られたんだ、現代人には想像もできない屈辱なんだろう。


 すすり泣きを始めたお嬢様をタオルケットに包んで保護した瞬間だ。


「やあリリウス君、キミもゴミ漁りかい?」

「誰だお前はァー!?」


 すっかり痩せたデブがアルミのバケツを抱えて出てきたので蹴飛ばしておいたわ。

 まぁなんだ。みんな散々な目に遭ったらしい。



◇◇◇◇◇◇



 俺の腕の中でお嬢様がずっと泣いている。よほどな目に遭ってきたんだろうな。最悪強姦の一度や二度はされていると考えた方がいいだろう。……想像するのはやめておこう、新しい性癖の扉が開いちゃう。

 俺らはなんかゲリラに支配された町から少女を救い出してきた海兵隊員みたいになってるのである。


「離してぇー!」

「離しません。もう二度と離したりしません」

「離してよ、だって絶対におうもん……」


 え、そっちですか?


「におったりなんてしませんよ。お嬢様はいつだっていい香りです」

「ほんとうに?」

「ええ」


 お嬢様の首筋に鼻をあてる。やべえちょっとくさいかも!


「ほんとうに…ぷくくく……いいスメルでいらっしゃる」

「半笑いじゃないの!」


 わりとマジの肘が後頭部にヒットしたわ。

 なおも離せと騒ぐお嬢様を抱えて表通りに戻る。みんなが拍手してくれてる間もずっと打撃がリリウス君を襲っているんだ。誰か止めようとか思わないの?


「いい話だ」

「感動したよ」

「主従愛は悪臭を乗り越えるんだな」


 絶対煽ってるでしょこのクソ外道ども! レリア先輩なんてツボったのか屈みこんで笑ってんじゃん!


 まぁ大事がなくてよかった。本当に大事がなかったかは心のケアをしつつ後日念入りに聞き出すとして……

 残るはステ子か。あの野郎任せた仕事をサボって何やってんだ? 買い食いか? 買い食いでも驚かないのがステ子のクオリティーだぜ。


「そういやデブ、ステ子はどうした?」

「途中で飽きたって言ってどっかに行ったよ」


 さすがだな。ルーデットは飽きっぽいんだよ。超人的な能力と人知を超えた頭の回転してっから先が見えちゃうんだよ。……まぁつまりだ、お嬢様たちは愛想を尽かされたんだろうな。


 こいつら鍛えても無駄だな、もういいやって。言ったらアレだけどステ子はそういう子だよ。


「じゃあノーヒントで探すのか」

「リリウス君が探しているのはあの呪いの人形だよな?」


 何か知ってるっぽいボラン先輩が複雑そうな表情をしてる。どういう感情での表情だろ。 


「じつは手紙を預かっていてな」

「なんでこのタイミングで明かすんですか。もっと早く言ってくれれば……」

「俺達が苦労したのにキミだけそんな感じだろ。腹立ったんで黙ってようかと思っていたんだが、見つかるまでここに残ると言い出されても困るのでね」


 さすがだ。安定のクソ外道ぶりっすね。


 手紙を開く。LM商会のスタンプを捺してある手紙にはこう書いてある。


『親愛なるマスター君へ』


 綺麗な字だな。そこだけは尊敬するわ。


『家出します。探さないでください』

「家出!?」


 ガキかよ。いや今年で25になる女の家出だ。やっぱり自分探しなのかなぁ……

 え、あいつが戻るまでステルスコート使用禁止なん? 嘘だろー。

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