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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
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魔王の運命を持つ男④ 邂逅

 テトラは敵の左腕を肘から斬り飛ばした。部位を欠損させる大きなダメージはダメージのみに留まらず敵の戦力を大きく減退させる。事に生物なら四肢一つの欠損で戦闘能力が六割から七割は低下し、流血による継続的な体力と生命力の減少も見込める。


 勝利は目前、のはずだった。


 だが現実にはテトラの計器類がレッドアラームを鳴らし続けている。巨大な質量体が局所発生して重力に歪みが生まれている。


 仮名「赤い蛮族一号」の左腕の肘あたりから噴き出した暗黒のもやは高密度呪力の塊でありこれが大気中のトロンと結合することで物質化現象を引き起こしている。

 周囲の大気がガラス状に変質している。ナノミクロンと表記しなければいけないサイズのガラスの膜が積層して乱雑に無意味に吐き出され続け、泥のように重い原初の暗闇がガラスの層を伝って湖に落ちていく。

 一滴の雫が湖へと零れ落ちる。濃密な闇の雫は湖水とは交じり合わずに油分のように湖水に浮き、立ち上がり、怨霊にような姿でテトラへと手を伸ばして呪詛を唱えている。


 呪力を計測するセンサーがエラー表記になる。機械故障ではない。計測不可能の表示がレッドアラームを奏でる。まったく理解に苦しむが赤い蛮族一号の保有する呪力は戦艦用エーテルリアクター四基を凌駕するらしい。


 殲滅のテトラは何者も恐れない。冷徹な判断力と適正な戦術行使でどんな戦場をも踏破してきた。

 古代においては数々の戦神を滅ぼしてきた。


 だがテトラは今たしかに恐れている。彼女にとって神などただの強い獲物にすぎなかったが、目の前の蛮族はテトラをして神と恐れるべき存在であった。


 重力が歪み、視界は万華鏡を除いたがごとく不可思議に変質する。……時折ラグのような不可思議な現象が起きて世界が停止する。センサーの数える時間とテトラの体感時間がズレていく。

 まるで世界そのものがこれから生まれるナニカを恐れ、拒絶して、けして現れまいと抵抗しているかのようだ。


 テトラに信仰は無い。呪化科学の申し子である彼女にとって世界とは質量と熱量で構成され、気まぐれに働くトロンの導きというイレギュラーでさえ計算の内に収まるものでしかない。


 テトラは神を信じない。世界の理を解き明かせば信仰の割って入る余地はない。

 だが今たしかに感じている。星の意思を、恐怖を。恐れているのだ、この理解のできない存在を―――


「お前はいったいどんな怪物だというのだ?」

「他人様の腕を切り落としておいてそれか? まったく冗談のセンスもいいな、滑り芸芸人の俺ちゃんも脱帽だぜ」


 理解に苦しむことに眼前の蛮族はその腕から噴出する暗黒に己が片手斧を浸している。

 普段なら蛮族の行う意味のない野蛮な儀式で片づけるところだが、意味があるような気がしてならない。


 美しい装飾の施された古銀の片手斧が黒く染まっていく。黒く黒く暗黒にまで染まっていった片手斧であったが闇に負けまいと抵抗するかのように光を放ち始めた。

 光を放つ二行の文字列が明滅している。角度のせいで何が書かれているかは読めないが、蛮族はそれを愛おしげに撫でている。


「神滅の斧よ真なる姿を現せ、神を殺せ」


 片手斧が真の姿を解放した。長尺の柄は蛮族の背丈と同じほどに長く、その刃は如何なるものをも両断できるほどに大きい。

 暗黒に染まった神滅の大戦斧であったがやはり文字列だけが光を放ち、闇を喰らわんと明滅を繰り返す。


「まだ多少の時間が掛かるな。休憩時間はありがたいんだが来ないのか?」

「……」

「俺に勝てるのはこの瞬間だけだぞ。どうした、何を恐れている?」

「猿が!」


 テトラが突撃してくる。

 ブレードによる斬撃は刃の方向から退避する。銃口を向けられたら射線から外れるだけでいい。榴弾砲をばらまかれたら大きく距離を取り、電磁バルス手榴弾も同じだ。時には投げ返してやってもいい。

 それだけだ。これだけのことがさっきは難しかったが今は意識が驚くほどクリアーで何だってできる。


 たまにこういう時がある。音が消えて世界が鮮明に見えてすべてが停止した世界に入り、泥のように重い肉体を脱ぎ捨てて光になれる瞬間がある。

 フェイに話しても理解してくれなかった。シェーファなんて酔っぱらったんじゃないかとか言いやがった。ルキアーノは「たまにあるよな!」って言ってたな。どうやら理屈ではなく感覚派戦士にはたまにある現象らしい。


 勝ち目のないほどの暴威に見えたテトラが今はスローに見える。何度かカウンターをくれてやるタイミングもあったが自重した。学習する機会は与えない。一撃で決める。


 現実時間ではわからないが体感時間にして数時間という時が流れた頃に神滅の大戦斧のチャージが終わった。吸収した殺害の王の魔法力を全解放する状態だ。


 神滅の大戦斧が光輪を纏う。神々しい光を放つ我が武器ともへと告げる。


「この一撃はオデ=トゥーラと共に、友よさあ往こう」


 世界よ思い出せ、かつて存在した最強の剣士の一撃を。

 彼の足は空を踏み万里を駆ける。

 彼の剣はあらゆる魔を滅する。


 神の守り人を率いた偉大なる将の御業を此処に復元する。


「神歩抜刀オデ・ストライク」

「―――ッ!」


 テトラが何かを言ったような気がする。しかし音の消えた世界にそれは意味を持たない。

 すれ違い様にテトラの身を叩き割る。急所である演算宝珠やジェネレーターは外したが殺害した手応えはある。


 真っ二つになって弾け飛んでいくテトラの肉体がドス黒く染まっていき、最後は泡になって青空に消えていった。



◇◇◇◇◇◇



 操作する機体の一つが破壊された。だがそれはテトラの敗北を意味するものではなかった。

 彼女の機能は一個の小隊を自在に操るいわば指揮官の機能。

 殲滅のテトラは最強の兵士なのではない。最強の部隊の指揮官なのだ。


 エストカント市を囲む山脈の尾根に潜むテトラは、今しがた戦いを終えたばかりの赤い蛮族一号へと狙撃砲の照準を合わせる。

 ギガントナイトが装備する巨砲に装着した巨大な円環の中で金属に類する重粒子が無限加速を続けている。電磁加速を続ける重粒子の速度が光速の十分の一まで到達し、チャージ済みを告げるランプが点灯する。


 テトラの笑みが深くなる。あぁなんて愚かな生き物なんだろうと愉悦が這い上ってくる。

 たった一つの命をベットしてギャンブルをする愚かな生き物どもが一時の勝利に酔う姿は滑稽にすぎる。憐れなものだと嘲笑が湧きいずる。まぁテトラは知恵の足りない猿どもに憐れみを覚えたことはないのだが、主イザールならば手を叩いて大笑いしているところだろう。

 ガレリアに敗北は無い。無限に生産される素体を操るテトラにとって素体一つが破壊されることに何の意味がある?

 あちらは一度の死でおしまい。こちらはコンティニューし放題。勝つまで繰り返すからガレリアは負けない。このサイクルを理解できなかったから異世界の神々は敗れた。


 強さとは武勇を意味する言葉ではない。最後に立っていた者をこそ強いと呼ぶのだから、最強の称号はこのテトラと共にある。


「共に最強の名を掲げる者どうしと言ったな? お前の掲げる最強など引き金一つで吹き飛ぶまやかしにすぎん」


 テトラが引き金を引けば光速の十分の一にまで加速した重粒子の塊があの者を打ち砕く。

 あれがどれだけの怪物であろうがこの一撃で殺せないわけがない。


「滅びろ、最強の名はこのテトラとイザール様だけのものだ!」


 引き金を引く寸前、青空に何らかの質量体が打ち上げられた。

 テトラが引き金を引く指を緊急でロックする。エストカント市の上空は軍の管轄だ。民間組織が飛翔体を打ち上げるせいは上空管制塔に事前に申請をあげる規則になっている。


「民間の飛翔体? ばかな、申請が出ていないぞ」


 瞬時に管制塔に問い合わせて許諾を閲覧したが検索結果はエラー。無認可の飛翔体だ。規則上は撃ち落としても問題ない。このやり取りがテトラの敗北を呼び込んだ。


 エストカント市を覆うドームよりも高く打ち上げられた飛翔体の正体ゼナム・クリスタル結晶体だ。特殊加工されたゼナム・クリスタル結晶体は直後に直下から撃ち出された大出力光学兵器を浴びて真昼の太陽のような眩い輝きを放った。

 この瞬間にテトラもあれが何であるか理解したが、それはあまりにも遅い気づきであった。


 大出力レーザーを浴びたゼナム・クリスタル結晶体から無数に細分化されたレーザー光線を解き放たれた。たった一本の大出力レーザーがゼナム結晶を通して千を越える光の槍となって無軌道に山脈を焼き払う。

 そして運悪くその一本がテトラに直撃した。沸騰する右腕ごとサークルブラスターが破壊され、次の瞬間には全身が吹き飛ばされた。


 この光景を最初から最後まで観測していた統制の女神シェナが、眼下の港でメガルシオン・エクスカリバーを射出したナシェカを愛おしげに見つめる。


「ランダムヒットではなく有力な狙撃ポイントへの一斉射。素晴らしい答えよ」


 そして湖上のリリウスへと視線を向ける。


「グッドゲーム。はじまりの救世主、貴方なら我らが主を止められるかもしれない」


 停滞を続ける闘争の箱庭に駒が揃いつつある。

 蹂躙するしかない先の見えたゲームに飽きた指し手がまっとうなプレイングを放棄したこの世界に、遥かな昔に失われた最強の駒が戻った。


 最後の戦いが始まろうとしている。


 シェナは可憐に微笑み、勝者どもを称え、ぴえんスタンプとぷんぷんスタンプを連打してくるテトちゃんに『ごめーんね』スタンプを一個だけ返しておいた。

 テトちゃんからの通話要求が鳴りやまない!



◇◇◇◇◇◇



 テトラとの激戦のあとでラザイエフ社に顔を出すとナシェカの鼻がピノキオくらい伸びてふんぞり返っていた。


「どうだ、ナシェカちゃんのちからを見たか!」

「お前なにかやったっけ?」

「うがああああああああ!」


 ものすごい勢いの暴行を繰り出しながら自分の手柄を説明してきたナシェカの狂乱については割愛する。市を覆うドームの上の出来事なんて言われないとわからんわ。それとドームに穴を開けたらしいけど弁償って誰がすんの? やっぱ俺?


 現状確認のために市庁舎と警察から人がやってきたのでココ・メディアに手伝ってもらいながら説明をした。ラザイエフ社が契約するメトレーヤ保険の法律専門AIも交えたマジのやつだ。

 こいつが凄腕だった。そもそも俺はラザイエフ社に発注をかけていた商品を取りにきたのだ。なのに警察と軍になぜか襲われたのだ。被害者なのだ。テトラ撃退のためにドームの一部損壊は仕方のない出来事だったのだ。むしろ慰謝料を請求してしかるべき立場なのだ。……うん、法律屋って怖いね。ヤクザより怖い。


 メトレーヤ保険に任せれば限度額まで慰謝料をもぎ取ってくれるらしいので任せることにした。裁判にはそれなりの時間がかかると思うけど成功したら振り込んでくれるらしい。詳細は後日メールでってことになった。


 エストカント市庁舎と警察からはこの場で謝罪の言葉を引き出し、市内を安全に歩き回れる権利を確約してもらった。というのは変な話なんだろうな。俺は正規のIDを有するパカ王国民なんだから。そもそも警察に追われること自体がおかしいんだよ。


 ナシェカはこのままラザイエフ社で素体の調整に入るようだ。これが早くても三時間とか掛かるっていうので俺は先に所用を済ませるべく一旦別れ、あとで市内のレストランで待ち合わせすることに。


 自由に出歩ける権利を保証された俺が向かったのはラジアータAIコンサルティング社だ。様々な専門分野に対応するAIを貸し出してくれるラジアータ社を訪れた理由は他でもない、経理の貧弱なLM商会をIT化しようと考えてだ。

 こないだね、LM商会ローゼンパーム本店の帳簿を確認したんだけど前年比の82%の売り上げだったんだ。でも社員に聞いても順調だって言ってたんだ。汚職の懸念があるわけだ。


 俺は閑散としたオフィス街にあるラジアータ社のビルを訪問した。

 埃一つない清潔なオフィスに彼女がいた。ガレリアの戦術オペレーター、闘争の三女神の一角である統制のシェナが。


「ご無沙汰をしております。こうして言葉を交わすのは封印の地攻略以来になりましょうか」


 シェナは俺の記憶にあるものと寸分変わらぬ薄笑みを浮かべ、深々とお辞儀をした。


「どうかシェナめの願いをお聞き届けいただきたい。我らが主人イザールを討ち、ガレリアを解体していただきたい」






 tips:はじまりの救世主が適正攻略レベル450の特級クエスト・エストカント市の攻略に成功しました。

 統制の女神シェナとの邂逅(真)を成し遂げました。獲得した未来の破片が新たな未来を切り開きます。


 キリングドール・ナシェカが恩義を感じています。好感度40→40。

 キリングドール・ナシェカからの思慕が高まっています。殺害の王の寵愛が一つ『激怒』が感情の抑圧を跳ね除けました。上限値40の突破。40→72

 キリングドール・ナシェカが愛の記憶に触れました。72→98


 愛は激情。セーフティに抑制された彼女は初めての愛に戸惑い、平静さを失うことでしょう。

 炎のように愛し、火勢のように衰え、最後にはその燃えかすを見つめ、「なぜあんなにも愛せたのか?」と不思議に思うこともあるでしょう。

 ですが愛の本質は狂おしい激情。かつては宝物のように大事にしていた愛を見つめ後悔することもあるでしょうが、それはすでに愛ではないのです。


 恐れてはなりません。狂ってもよいのです。愛は炎なのですから。

 クライシェの娘よ、この瞬間を謳歌するとよい。

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