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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
80/362

魔王の運命を持つ男③ 道標の果て、振り返りし我が道をこそ運命と呼び

 目が覚めた。そう意識にのぼった瞬間に脳が回り始める。

 眼を開けて思ったのはやけに見慣れた谷間だという感想だ。なお大自然の話はしてない。


「見慣れた谷間だ……」


 ナシェカを放置して起き上がるとバイザー型端末の表示灯がちかちか点滅している。メールのようだ。

 ラザイエフドールズ社からのもので、文面を確認するとオーダーの品が一部完成したので受け取りに来てもらいたいというものだ。


「ふ~ん、仕事の早いこった」


 さすがは大企業だ仕事が早い。


 ナシェカはまだ寝ているので起こそう。まだ眠っているナシェカのふくらはぎを足の裏でこする。


「起きろー、起きないとえっちなことをしちゃうぞー」

「うぅぅぅ……」


 こすり続ける。


「起きろー、起きろー」


 なお二分くらいふくらはぎをすりすりしてようやく起きてくれた。眠い眠いとごねるナシェカであったが頼んでおいたルームサービスのモーニングから香るコーヒーのいいにおいでようやく起きる気になったらしい。


「おおお、スイートのモーニングだあ。私一生ここに住む」

「いいけど自分の金で泊れよ」

「けち」

「みなさん聞きました、すでに1000億貢がせておいてこの発言ですよ?」

「みなさんって誰だよ」


 モーニングはクロワッサンのようなパンと厚焼きのハムステーキとコーヒーだ。コーヒーはコーヒーというか焙煎した黒いお茶だ。香辛料を複数混ぜたお茶で不思議な飲み口だ。いわゆる薬湯なのかもしれない。不思議と目がしゃっきりしてきた。


 食事を摂りながらメールの内容を伝える。


「ラザイエフからメールが届いてたぞ。Aラン素体が完成したってのとメタモルフォーゼのバリュエーション設定がしたいとか新しい演算宝珠に移し替える準備とか色々あるんだそうだ」


「おー、さすがに早いねえ。何時に?」

「時間の指定はない。つか忙しいなら全部揃ってから来てもいいけど、事前にこれをやっとくと受け渡しの日に余裕が持てるってだけらしい」

「ふぅん、じゃあこの後行く感じでいい?」

「いいよ。そうしよう」


 他に用事があるわけでもなし。帰りの日に余裕が持てるのなら先にやっておくべきだろ。

 あー、何か忘れてるような……?


「どったん?」

「何か忘れてるような気がしたんだが……えっちすれば思い出すかも?」

「てい!」


 素足で脛を蹴られた。絶妙に痛かったぜ。


 ホテルのスイートは今夜も抑えておく。ランチは出先で考える。ディナーもその時の気分だな。せっかくだし三つ星レストランにでも繰り出したいところだが軍に追われているからな。軍はなー、軍は話が通じないからなー。

 パカ王国正規軍は地球でいうところのアメリカ軍みたいなもんだから話が通じないんだよ。

 なるほど、わかった(わかってない)なんだよ。関わらないのが正しい。つい熱くなって戦っちまったけど対話を選ぶべきだったなーっと今更ながらに後悔してる。


 朝食終了。とてもおいしかったですまる。

 40分程度をかけて身支度を済ませる。朝シャンしたりドライヤーかけたり男の朝は忙しい。最近は髭も生えてきたので剃刀でそり上げる。


「面倒くせえし時間があれば脱毛サロンに行こうかな」

「何の話ぃ?」

「ひげ」

「あー」

「あーって何だよ」


 港区の工業地帯までタクシーを使おうと思ったがタクシーは全社廃業していた。自動車メーカーが配車をする全自動運転車のサービスはギリでゾルゲン・グループの管轄なはずなんだが赤字部門を切り離したのか。

 というわけで本日も屋根上パルクール大会だ。


「じゃあ本日もパルクール大会をはじめまーす」

「一位の賞金は?」

「信じられます、これが1000億PL貢がせた女のセリフですよ?」

「一生言われそう」


 一生ネタにすると思う。一千億貢いだネタなんて絶対面白いじゃん。


 今日も今日とてパルクールで移動する。あまりにも順調すぎる。どう考えてもおかしい。


「昨日なら納得できたんだがな」

「だよねー」


 昨日俺達が市内を順調に移動できたのは俺の潜入スキルが高すぎるからではない。テトラと入れ替わりに潜入できたからだ。

 王国軍側は俺達が地下都市にいるという情報を前提に捜索をした。だから見つからなかった。


 だが本日は事情が異なる。俺の予想を越えるマヌケぶりを発揮してまだ地下都市を捜索している可能性もあるんだろうが、まともなAIを積んでるのなら索敵範囲を広げている。


 俺なら森林地帯を第一目標。第二はエストカント市。第三として森林外の帝国領までドローンを飛ばす。地下都市なんかセンサーを置いて撤収する。

 現時点で市内上空を軍用ドローンが飛び回っていないのはおかしい。


「罠っぽくね?」

「罠でしょ」


 民主主義的な相談の結果罠が確定した。


「もう帰ってさ、ホテルで映画でも見ようぜ」

「断然それがいい気がしてきたよ。ちょっと遅かったけどさ」

「だな」


 こっちの音声を集音器で拾っていたんだろうな。直下の建物の影からテトラが飛翔してきた。きっちりホテルへの帰り道を塞ぐあたりが嫌なムーブをする。


 テトラは一体。昨日見かけた決戦モデルは三体。となると他の機体は別の候補地に潜んでいて、そいつらの合流を待ってやがったか。


「焦って出てきやがったか。三女神なんてご大層な敬称を持つくせに余裕がねえんだな?」

「認めてやろう。お前はただの獲物ではないとな」


 テトラが背中に設置した鞘から長大なブレードを抜く。

 そいつは知ってるぜ。昨日は散々カタログと睨めっこをしたもんでな。ゾルゲン=タクティカル・アームズ社製ブレードパッケージ『ディノビクロン』、こいつはギガントナイト相手に接近戦をやろうっていうイカレ野郎にだけ許された超高威力兵装だ。


「かよわい人間を相手にそんなものを持ち出すとはな。威力向上よりも手数を増やした方がいいって学ばなかったのか?」

「口が悪いなあトールマン、焦りが見えているぞ? 昨日の戦術選択の誤りだけは認めてやる。戦闘ログの解析の結果おまえにはこれがいいと判断した」

「ポンコツめ」

「それはわたくしを退けてから口にすることだ」


 まいったな、嫌な装備で来やがったもんだぜ。銃を用いた中・長距離戦闘ならまだ勝負になるんだがな。


「口で言ってもわからない悪いAI子ちゃんにはお仕置きが要るな」


 俺の背後にいるナシェカの動きを先読みして制止する。


「お前は向かうところがあるだろ。俺のことは気にするな、先に行け!」

「フォローは必要でしょ?」

「いや今のお前じゃ足手まといだから」

「え……」


 ガチで傷つかれた気配がするのがじつに心苦しいな。

 振り返りたいけど振り返るとまずいので振り返れない。なぜ俺はもう少しうまくやれないのか。ルキアにもよく言われるし、フェイのことを笑えないな。


「いいから行け! 俺も余裕がない!」


 テトラへと切りかかる。飛翔するテトラはジェットブーツの滑らかな軌道で避け、追撃も軽く避けられる。機を読まれているのか?


 テトラがブレードを大振りする。ディノビクロンは液体金属のブレードだ。斬撃が本当に伸びるし、刃を使い捨てるつもりでこんなマネもできる。つまりは刃をブーメランみたいな遠距離武器にしちまえるわけだ。


 飛んできた流体の刃を空渡りの多段ジャンプで避け、続く追撃にはカウンターを放――

 警戒して引きやがった。いい勘してやがるぜ。


「その不可思議な歩法術は昨日は隠していたのか?」

「……」

「少しずつでもいい、互いを知るにはそれくらいがちょうどよい。だが出し惜しみもすぎれば首が跳ぶぞ?」


「大した自信だな」

「当然だ。昨日とは違うぞ。この場は統制の女神シェナの狩場と化した、お前の行動もその選択に到った心理状態も恐怖もすべてが我らが手の内にある。さあ踊れ! お前という未知のすべてが解明に到った時、それこそがお前の終わりだ!」

「その手のセリフは負けフラグなんだよぉ!」


 飛翔し迫るテトラと、誘い込みと受けを選択した俺がぶつかり合う。

 援軍の二体が来る前に一体だけでも仕留めておきたいっていう虫のいい計算は見当違いもいいとこだった。

 この一体をすら打倒することがどれほどの困難か。まったく嫌になるぜ。


 不本意だが隠していた格闘技能を使う。九式竜王流の変な歩き方と変な術理を用いたぼんおどりみたいな連続攻撃でテトラを一旦退ける。……押し切るつもりだったが退ける止まりに終わっただけだ。


 ナシェカの銃口が彷徨っている。この距離で、指輪を一つ外した俺とテトラの全力戦闘に割って入るのは無理か。


「邪魔だ、先行しないのなら大人しく見ていろ!」


 テトラのブレードを回避するだけで手一杯。余裕がない。

 受けに回れば一瞬で断ち切られる。ならば斬撃の直線上から完全に身を取り除くしかない。追加兵装を使ってこないのが不気味すぎて集中を崩せない。


 テトラの攻撃はじつに単純な原理に基づいている。魔神さえ斬り倒す超破壊力の斬撃を大振りでぶっぱなす。これを二刀流でやる。ジェットブーツを用いた高速起動でこれをやる。

 字にしちまえばこれだけなんだがテトラの半径32mは死の斬撃のストームになっている。俺が反撃に移れない理由もこれだ。ブレードパッケージ『ディノビクロン』のクソえげつな射程に打つ手がない。


 タイミングを計っていたのかナシェカが動きやがった。


「ここっ!」

「―――どこ?」


 飛び込んできたナシェカの胴体にディノビクロンの液体金属の刃が向かう。

 くそっ、局所空間歪曲で刃を次元の彼方に飛ばす。


 すぐさま両者の間に割って入ってナシェカだけ拾って離れる。離脱の寸前に俺の左腕の肘が爆発したみたいに吹き飛んだが気にしない。クソ痛いけどな。

 切断された傷口と俺の顔を交互に見るナシェカの顔色が青ざめている。


「ごめん……」

「馬鹿野郎! せっかく拾える命を無駄にするんじゃねえ!」


 せっかく練り込んでいた空間歪曲の無駄打ちは痛いぜ。再チャージまでどれだけ掛かる?


「冷静になれよてめえ! 今のてめえじゃテトラの相手なんか無理なんだよ冷静に判断しろ」

「冷静て。そっちも冷静じゃないじゃん……」

「俺は冷静だ!」


 抗弁するナシェカが泣きそうになってる。

 まただ。また傷つけた。まったく俺も冷静じゃねえな。


「いいか、今のお前は役立たずなんだよ。黙ってみてるか先行して装備を整えてから来いってんだよ。つかそれくらいの判断はいつもならできるんだろ。調子崩してんじゃねえ! 気が抜けてんのか!」


「そんな…そこまで言わなくても……」

「甘えてんじゃねえぞポンコツ! 運命なんてのは諦めと惰性のいいわけなんだよ!」


 すがるような目つきをするな。

 怯えていい。恐れていい。期待なんてするなよ。救世主への幻想なんてまやかしだ。お前がどう見誤っていようが俺は俺でしかない。


 俺ははじまりの救世主だ。慈愛とお優しさですべてを救済する神の御子ではない。

 俺ははじまりの救世主だ。何者も敵わぬ最強の暴力ですべてを黙らせる破壊の権化だ。長すぎる空き時間のせいでトンデモナイ過大評価をされて困ってるのが救世主サマの実態だ!


「邪魔なんだよ弱い奴が半端な覚悟で手を出してくるな。俺の役目は俺一人のものだ。救世なんて損な役回りはすべて俺が背負う。弱者なら弱者らしく黙って俺に戦わせておけばいいんだよ!」


 残りのリブを振り絞ってナシェカだけを港区の工業地帯まで転移させる。慌てたもんだから座標をミスって湖に落としてしまったが仕方がない。


「うおおおお救世主パンチ!(キック!)」


 わりとあっさり回避されたザルヴァートルキックであったがクロスカウンター気味にパンチを入れたので有言実行。


 さあ殺し合おうぜテトラ。援軍は空気を読んで遅れてきてもいいんだぞ! 



◇◇◇◇◇◇



 ラザイエフドールズのプラントは朝からフル稼働している。

 昨日入った大口の注文は大変だがやりごたえのある大きな仕事だ。Aランクの戦闘用素体を一体。AAAランク戦闘用素体を五体。これはいずれも電子戦や砲撃戦と得意な兵科を変えたフルカスタム機だ。

 ここまでやるのならギガントナイトの方が安く済む。さらに言えば電子戦に特化した支援艦の方が効率がいいし、何なら兵器である必要すらない。大出力のジェネレーターを搭載した量子演算ユニットを買えばいいだけだ。


 この理屈を突き詰めるとラザイエフドールズ社で買う必要が本気で存在しない。スパコンの機能を人形に付けるくらいならスパコンを買った方が断然安い。……ということはココ・メディアも重々理解していたが顧客のオーダーは資金面の考慮なし。全力で強い素体を作れという夢のあるお仕事だ。じつにやり甲斐のある仕事だ。ついでに大儲けだ。


 呪術兵装の無効化する大出力リフレクターを内臓させたり全自動ロックオン誘導性プラズマレーザー機構を仕込みつつも美観を損ねない芸術的な技術が要求されたがラザイエフドールズ社はこの技術に関しては惑星一を自負している。

 日の出ている内は護衛ができて夜にはえっちができる。おはようからおやすみまで貴方に尽くす理想のパートナーが社のキャッチコピーだ。まぁやりすぎたおかげで各種権利団体から火がついたみたいに妨害を受けたが……

 王国全体の婚姻率を激減させて要注意企業として公安にマークされたこともあるがそこはそれである。


 Aランク素体はすでにオーダーの通りに完成している。提携しているカタリコン社からガンナーパッケージとブレードパッケージが届けば完璧だ。あとは変身機能の枠を埋める等のシステム面での微調整だけであり、これは顧客の希望を聞きながら本日行う予定だ。


 AAAランク、つまり決戦用戦闘モデルも一部ロールアウトしている。

 これが自信作だ。最高の演算能力を約束した超演算宝珠『シェナTT01』の姉妹型をメインに据えて下位に並列演算を得意とするブルーアスターYG1204GZを使用し、ジョバイン技術社の最新演算宝珠の中でも特に電子戦に特化したプラトゥーン・シリーズを六基搭載。

 これら演算宝珠が必要とする3506デラエルスの呪力を供給するのが型落ちのエーテルリアクターだ。まさか発注をかけて即日の深夜に届けてくれるとは思ってもいなかったがゾルゲン社も今回の仕事に意欲的だ。


 このAAA素体一機で300億PLの値段が付くが性能は極上だ。小型戦艦の値段で空母並みの演算能力。我ながら見事な仕事をしたと、リサイズカプセルの中でスリープする素体を惚れぼれ見上げてしまう出来栄えだ。


「久しぶりのオーダーなのではりきってしまったわね。しかしこんな性能でいったい何と戦うつもりなのでしょう……?」


 この素体は電子戦特化だ。フルオートモードで動く中型戦艦くらいなら乗っ取れる超絶の性能が秘めている。使いようによっては空母でさえ支配下に置くことが可能だろう。なんでこんな物が必要なんだろう? 趣味?


「ま…まぁ外交官の方ですし問題ないわよね。大丈夫大丈夫、気にしない気にしない」

 って自分にいいわけをしていたら来客があった。


 守衛の案内でやってきたの顧客の連れていたはぐれ人形の子だ。なぜかズブ濡れだ。しかしココ・メディアは気にしなかった。ラザイエフドールズ社の顧客は変態ばかりなので特殊なプレイの形跡には慣れている。


 例え顧客から真顔で乳首につっこみたいのでそういう機能を付けてくれと言われてもにっこり笑ってお応えするのがラザドーのモットーである。それどころか体験試乗を薦めるのがラザドーである。


「お約束の時間ぴったり。時間を守ってくださるお客様は好ましくてよ」

「そりゃあどうも」


 何だか機嫌が悪そうだ。

 いったいどんな変態的なプレイを直前までしていたんだろう?と想像の翼を羽ばたかせつつ、つかつか寄ってきたはぐれ人形に応対する。


「リリウス様はお越しになられないのですか?」

「……(むかっ)」


 顧客の名を出すといっそう不機嫌になった。よほど変態的なプレイがお好みらしい。

 せっかくなら他の人形とも契約してもらおうと性の深淵を垣間見える最高の体験を用意していたのに残念でならない。


「オーダーの品が出来てるって聞いたけど」

「ええ、普段使い用のA級素体なら完成しております。あとはシステム的なアジャストを……」

「AAA電子戦特化機は?」


 じつに態度の悪い個性人格だ。お客様のためにこっそり調律をした方がいいのかもしれないと、内心で怖いことを目論むココ・メディアである。


「ロールアウトはしております」

「出して」

「調整がまだです。お渡しできる完成度ではありません」

「じゃあすぐにして!」


「……リリウス様もご承知のことなの?」

「ふふふっ!」


 咎めるように言ったらナシェカが不気味笑い出した。

 はぐれ人形は不具合が多い。長期間メンテナンスを受けていないせいで個性人格が想定されたパターンからはみ出し、変な個性を見出している場合があるのだ。


 もちろんそれがイイというお客様もいる。しかし安全性の観点からラザドーとしては許容しかねる。定期メンテナンスを怠った個性人格の中には主人を殺して逃げるものもあったのだ。


「あいつね、私のこと弱者って言ったんだ!」

(どういうプレイをしていたのかしら?)


「ポンコツとかさ。弱いやつが半端な覚悟で手を出すなとかさ―――散々言ってくれちゃってさ! ナシェカちゃんを見くびったことを後悔させてやるの!」


「リリウス様に危害を加えるつもりならこの場で拘束させてもらうわよ」

「そんなんじゃない!」


 ナシェカが怒鳴って睨みつける。

 じつに教育のなってないはぐれ人形であるがそういう趣味のお客様もいる。口が悪く態度の悪い人形のほうが夜は燃えるという方もいるのだ。


「見返してやるの! あいつの隣に立てるのはナシェカちゃんだけだってワカラセてやる。お願いだから俺の傍にいてくれーって泣きついてくるまでナシェカちゃんの強さを見せつけてやる! これはそういう話!」


 そっちかー、とココ・メディアがふんわりと微笑む。


「ええ、我が社の人形が見くびられるのはよくないわね。よろしい、最低限の調整になりますがすぐに行います。ですが兵装はどうするのです?」


「メガルシオン・エクスカリバーは?」

「まだ届いておりません。最大の演算能力をフル活用した戦術溶断兵器メガルシオン・エクスカリバーはこの特機の最大の目玉だったのですが……」


 ココ・メディアが配送情報のページを開く。

 すると今朝には準備中になっていた状況が動いていてお届け中になっている。あ、配送完了のマークが点灯した。


 外からクラクションがしたと思えばラスコーが大型トラックを運転してこっちに寄ってきているところだ。


「ラスコー、どうしてあなたが?」

「久しぶりの大口顧客なんでな、きちんと届けるところまでこの目で見たかったんだ。とはいえ発注分の六割でしかないが組み込みに時間のかかりそうな物から先入した」


 トラックの荷台がガルウイングのように上部開閉していく。

 そこには天井からワイヤーで吊るされ、エアクッションで揺れ防止を施された戦艦砲の威容があった。


「そこで我らがお客様がテトラと戦っていたぞ。このメガルシオン・エクスカリバーが必要なんだろ?」


 ナシェカとココ・メディアが歓声をあげながらトラックに駆け寄っていき、ラスコーも巻き込んで大騒ぎで装着作業を開始する。


 殺害と殲滅の決戦はフィールドを湖上へと移して今も続いている。

 雷光が空を薙ぎ払い、大気が激震する超絶の戦場を睨みあげるナシェカが拳を振り上げる。


「惰性と諦め、半端な覚悟で手を出すな? いいよ、じゃあやってやろうじゃん」


 眼を閉じ、目蓋に焼き付いた父の背中を思い出す。

 運命に抗い敗れた父の背に問いかける。


「惰性と諦めなんて暴言許しちゃいけないよね? あなたはどうでもいいって笑うかもしれないけど、あなたの苦しみと後悔をそんな簡単な言葉で済ませるなんて私は許せないな」


 半端な覚悟で手を出すな。

 じゃあ覚悟を決めればいいんでしょと拳を握り固める。


「食らいついてみせる。あの人の夢見た世界をたどり着くまで食らいついてやる。それが私の掴み取る運命だ」


 運命は何者かに与えられるものではない。何者かに与えられるものを運命と呼ぶならそれはたしかに惰性と諦めだ。何者かの指す盤上の駒でしかない。

 だが強い意志を宿した行動だけが己の運命を切り開く。誰かの言葉に耳を貸して賢い選択だけをする大衆とは異なる、己だけの運命が輝き始める。


 ナシェカ・レオンは運命を勝ち取るための最初の一歩を踏み出す。



◇◇◇◇◇◇



 路上からやってくるファンファンというサイレンが路地裏まで響いている。

 商業ビルとビルの隙間にある路地裏に座り込んだロザリアは、普段の彼女を知る者なら驚愕するほど汚れている。

 魅惑のハレンチメイド服はあちこちが破けているしタイツも破れているしハイヒールはもうどっかに捨てたし……


 散々だ。散々な目に遭った。エストカント市に侵入した一晩の間に本当に散々な目に遭った。疲れ果てたロザリアは路地裏に膝を抱えて座り込み、立ち上がる気力もない。……ステ子もどっか行ったし。


「ここどこぉ~~?」


 声をあげると同時にお腹の音が鳴る。

 ものすごく大きな音だ。でも彼女のお腹からではない。背後でうつ伏せになって倒れているバイアットの腹の音だ。


 なぜかリリウスというダイイングメッセージを残したまま倒れているバイアットはさっきからずっと泣いている。


「お腹へったよぉ~!」

「奇遇ね、わたくしもよ。どうせならこの窮地を解消するステキな案を出してほしいわね」

「お腹へったぉぉおお!」


 二人とも昨夜から何も食べてない。食料を探そうにも迂闊に動けやしない。この町にはクソ強い兵隊や機械がうろうろしていて二人を見つけると問答無用で襲ってくるのだ。エンカウント率がシャレになってない。

 クソ強警官や小型戦車は今もサイレンを鳴らしてあちこちを徘徊している。見つかるのも時間の問題だ。


 エストカント市警察は暴徒鎮圧用に小型の干渉結界リフレクターを装備している。こいつを五つも六つも重ねられるとロザリアごとき魔導師では本当に何もできない。彼女の身体能力は魔法力をベースにしているので結界内だとマジで何もできない。詰んでる!


 頼みの綱のステ子は昨夜勝手にどっかに行った。去り際に「飽きた」とか言ってやがった。

 詰んでるロザリアは呆然と空を見上げている。澄み渡ったいい青空だ。


「はぁ……、あの子ってばどこにいるのかしら? そろそろ助けに来てくれたりするといいのだけど」


 路地裏にロザリアの重苦しいため息が漏れる。


 強い意志を宿した行動だけが己の運命を切り開く。

 そういった意味でもステ子の気まぐれに恫喝されてノコノコやってきたこの二人には、切り開くべき運命の航路などありはしなかった。

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