迷宮都市の聖女ちゃん①
本章の登場人物
マリア・アイアンハート
時の大神の庇護を受ける運命の聖女……になるのはもう少し先のお話。
性格的に光属性の元気娘。不屈の精神と屈託のない心根+コミュ力激高な、愛され系のお馬鹿さん。
養父ラムゼイに憧れを抱いているせいでマッチョな男性に惹かれる様子。また剣術流派はアイアンハート流を名乗っているが根っこは剣聖マルディークの技である。養父が見栄張って自分が開祖って言ってたせいだ。
ニャル・オセアノ・ケットシー
オセアノ沿岸地帯の村に住むケットシー部族の給仕娘。冒険者も兼任している。
黒髪のイキリツンデレ・シーフ。
オルシア
冒険者ギルド・ラティルト支部の受付嬢。誰に対しても入れ込まないように接しようと心掛けているが友人のニャルだけは例外にできない矛盾を抱えている。本章において最も闇の深い人物かもしれない。
ドワーフのおっちゃんども
いつもギルド酒場で飲んだくれてる馬鹿野郎ども。じつはギルド内の冒険者用アイテムショップの店長なのだが知らん人は本気で知らない。働いてる姿はそれほどにレアだ。
ラティルト迷宮は別名を闇夜の迷宮というらしい。漠然と暗いんだろうなって思って質問すると受付のおねえさんには「行けばわかるよ」って言われた。灯火の魔法が使えるのなら松明の用意は要らないとも。
「本当なら登録したばかりのG級の子を放り込んでいい迷宮じゃないんだけどあなたなら平気そうね。でもまずは一層で様子見をするといいわ」
フィスカさんもそうだがなぜに出会う人出会う人はあたしを見て平気そうって言うんだろ。こちとらか弱い乙女だぞ(山賊討伐数三桁)。
ラティルト迷宮は町の中心にある大きな塔だ。入市門よりもさらに厳重な高い城壁に囲まれている、朽ちかけた塔が迷宮だ。迷宮のくせに見た感じそう階数もなさそうだ。
迷宮の前には兵隊さんの警備が敷かれているけど仮のギルド証をかざして通る。ぞろぞろと群れをなして迷宮へと入る冒険者の群れに混ざって迷宮へ。
迷宮に入る。内部から見上げれば塔の壁にへばりついた狭い螺旋階段は塔の朽ちた部分と一緒に崩落し、崩れた天井から青空が見える。
冒険者たちは狭い螺旋階段を下へ下へと降りていく。なるほど下か。
螺旋階段をぐるぐると降りていく。底はまだ見えない。だいぶ歩いたと思って空を仰ぐと天井があんなにも遠く、光が煌めているだけに見える。
辺りが本格的に暗くなってくると前の方を歩く冒険者が松明を点け始めた。全員が全員ってわけじゃないけど点々と松明の明かりが灯り出す。
受付のおねえさんゆったじゃん。松明要らないってゆったじゃん。現場じゃみんな使ってるよ!
「≪天に輝くストラの分け身をここへ 光よ灯れ、闇を照らせ 灯火≫」
灯火の魔法球を手のひらの上に発現する。魔法のうまい人だと手のひらの上に浮かべるなんて面倒な動作は要らないらしいけどあたしにはこういう動作が必要だ。……魔法の用途が夜に外のトイレに行くとかだからね。
この動作をやめると灯火の魔法も消え去る。この動作込みで発現させた奇跡だからだ。
旅の間に思い知ったけど夜間戦闘も考えると魔法の構築から見直さないとダメだね。
もうどのくらい歩いただろうか。暗闇に冷たい外気が混ざり始めた。
やがて底にたどり着いた。朽ちた塔の壁に深い闇の穴が空いている。冒険者たちは闇に魅入られたみたいに穴へと入っていく。
穴の向こうは夜の丘だ。星の無い、赤い月だけが不気味なくらい大きな丘を冒険者たちが思い思いの方向へと下っていく。
迷宮なのに草原が広がっているのは驚いたけど驚いたままじゃいられない。迷宮には魔物がいる。町の外なんて比較にならないほどたくさんいる危険な場所だ。
冒険者たちが思い思いの方角へと丘を降りていく。誰が正解だろ?
しばらく塔の近くに留まって冒険者の行動を観察する。大勢が前方を目指し、左方へは少数、右や後ろとなるとさらに少ない。
普通に考えれば前方が正解だ。でも冒険者の質で見ると塔の後ろへと回っていった連中の方が上等だ。この赤い月明かりの中でも仄かに青白く輝く装備はミスリルだ。ミスリルの装備を武器だけじゃなくて防具にも回せるのは一流の冒険者しかいない。たしか鎧一個で金貨600枚はするはずだ。
わかんないなあ……
素直に誰かに聞いてみるのが一番なんだろうけど……
「初めてのダンジョンだしまずは自分で探り探りってのも面白いかもね」
どうせ今日のところは様子見のつもりだ。次の階層に往くつもりがないのならどっちへ行っても一緒。
ならせめて狩場の被らない、塔を出て右手へと進む。
赤い月の草原を往く。腰の高さまで伸びた芝草の向こうから犬系の魔物が飛び出してくるけど、別に強い魔物じゃないね。動きもトロい。
予め抜いておいたブレードで犬の首を跳ねていく。跳ね飛ばした首も残った死体もまぼろしだったみたいに黒い光に解けて消えていく。ドロップなし。
迷宮の魔物は稀に魔石を落とすと聞く。フィスカさんからも迷宮では魔石を狙えと言われている。物を担げば戦闘行動の邪魔になる。でも魔石ならどれだけしまっても革袋一枚で収まる。
草原をずんずん進んでいるとやがて大きな森が見えてきた。森の中は赤い月明かりさえも届かない暗黒に包まれている。やっぱり松明いるじゃん! 必要じゃん!
あまり使っていない左手に灯火の魔法をかかげて進むのも手だけど、あたしの足は不思議と森への侵入を拒否ってる。たぶんあの中は危険だ。
森を避けて迂回路を取る。進んでも進んでも森に切れ間はない。迷宮って何だっけ?って思うくらい広いなここは……
たまに森から犬系の魔物が飛び出してくる。視界の確保できる森の外で迎撃をする分には大した敵じゃない。でも森に溜まった闇の中だと不覚を取ると思う。
どれくらい倒しただろう?
四頭同時に出てきた犬の魔物を倒すとこれまで同様に黒い光に解けて消えた。でも死体のあった場所に黒ずんだ紫色の小石が落ちていた。魔石だ。
小指の爪よりも小さな魔石だ。最初から魔石が目当てじゃなかったら見落としていたかもしれない。
魔石は割れると価値が下がる。専用の革袋に入れて首から吊るす。
この日は森には入らず草原での魔物退治に留めた。手に入れた魔石は八つ。どれも小粒な安い魔石だ。まぁ魔石の値段なんて知らんけど。
振り返れば塔の聳える丘が夜景に浮かんでいる。今日のところはここまでにしといてやるぜって捨てゼリフを吐いて迷宮を出るべく塔を目指す。
◇◇◇◇◇◇
迷宮を出るとすっかり日が暮れていた。とっぷりと深い夜はまるで迷宮の中のようでいて、煌びやかに灯る町明かりが人の存在をハッキリと感じさせる。
もう夜だってのに往来を行き交う大勢の冒険者と彼らに声をかけるエッチな格好のお姉さん達の姿に安心する。迷宮を出て初めて自覚したけど相当に疲れてるね。緊張してたんだろうね。
大路を真っすぐに歩いて冒険者ギルドへと歩いてく。ギルドは町の入り口のすぐ傍で、ちんたら歩けば20分もかかった。
昼間も騒々しかったギルドだけど夜は倍するくらい喧しい。酒場は満席でみんな騒いでいる。昼間見たおっちゃんたちまだいるな。
ドワーフのおっちゃん達があたしに気づいた。なぜに乾杯をするのか。
「おう、稼ぎはどうだったよ!」
「こんな感じ」
魔石を手のひらに出して見せてみる。ふーんって感じだ。
「小粒だがそんだけあればしばらくは困りはしねえな。ま、その調子でがんばれよ!」
「そーする。おっちゃんたちくらいの余裕は欲しいしね」
「ガハハ! そうそうその意気だ、俺らくらい稼げばメシくらいでガタガタ言う必要もねえって! おぅい、このお嬢ちゃんにエールを持ってきてくれ。特大な!」
「はーい!」
昼間はウエイトレスさんは一人だったけど夜は三人体制だ。猫耳おねえさんはいなくなって別の犬耳おねえさんたちだ。腹出しミニスカで走り回ってるけど恥ずかしくないのかな?
エールはすぐに届いた。注文から60秒の早業だ。さすが三人体制。
「おごり?」
「おう、前途有望な新入りに乾杯だ乾杯!」
ドワーフのおっちゃんたちにつられて一気飲みする。特大ジョッキがどうした。あたしは腹ぺこだー!
飲み干すと他の連中からも拍手がやってきた。へっ、このくらい何でもねえぜ。
近くの席で飲んでた酔っ払いが寄ってきてジョッキを差し出してくる。
「いい飲みっぷりだ。さあ俺の酒も飲んでくれ」
「ありがと!」
飲む。
「やるじゃねえか。あんたの飲みっぷりは気持ちがいい。さあこれは俺のおごりだ」
「ありがと!」
飲む。
ぷはぁと飲み干すと次のジョッキが差し出される。
「あんたイイ女だな。さあこれもいってくれ!」
「メシも食わせてくんないかなあ」
「おう、じゃあこっち来いよ!」
「これも食えよ、うまいぜ!」
「給仕ちゃーん! この子に食わすもんジャンジャン持ってきてくれ!」
ちょっと冒険者を見る目が変わったね。村に来るのはいけすかない若い冒険者ばっかりでキライだったけどさ、ノリが村のおっちゃん達と変わりないんだ。
食って飲んで食って飲んで食って飲んで……
夜が深まる頃にはあたしはすっかり出来上がっちゃったのである。
テーブルの上に立ち上がって宣言する!
「乾杯するよー! ラティルトの紅い月と冒険者たちに!」
「まだまだ戦ってる馬鹿野郎どもに!」
乾杯だー!
最初はどうなるかと思ったけど迷宮都市も悪かないね!