表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
79/362

魔王の運命を持つ男② 1000億PLの女

 ハイエンド素体と言っても色々あるらしい。

 肉体の構成素材の配合比率によってパラメータが大きく変わる。敏捷性を8000に設定した場合硬度が抑え込まれる等のデメリットが発生する。硬度と一口に言っても軟性硬度や何やらと得意な防御能力も変わる。耐性もだ。

 そういった耐性を補うためのオプションパーツも組み合わせると大変だ。何を削って何を実現するかって話になる。簡単に最強の素体が欲しいと言ったところで現実には超高性能な素体でしかないのだ。


 そこでココ・メディア支配人が用意してくれたのがカタログだ。

 過去の傑作ドールのカタログで、ぱらぱら~っと見た感じ様々な美女がミリタリーな姿をしている。ミリオタの撮った写真集かな?


 さりげなくテトラがあったのが面白い。テトラ・ドラット・ファイエルのシリーズはトワシャラハの紛争で活躍したようだ。紛争地域における住民保護活動に従事し、一月かけて見事二百名の住民を保護して離脱している。その活躍があって軍への正式採用が決定。


 カタログにはテトラの配合比率が事細かに記載されている。肉体を構成する素材から演算宝珠の型番と性能、兵装。これらの組み合わせを考えるのは大変そうだ。


 ラザイエフ社に用途を伝えて任せてしまうのも一つの手だ。こうやってカタログにある組み合わせをマルパクリするのも手だ。しかし自分でくみ上げたくなるのも男心なのだ。


 提携している軍需企業の最新版カタログも確認する。


「FZV無反動ハンマーキャノンって強そうじゃね?」


 800ミリのメタルジャケット弾を撃ち出す巨大戦艦砲だ。どう考えても個人兵装ではないが竜でも殺せる威力がありそうなのでロマン的にあり。


 他にも色々探してみる。さすがは古参銃メーカーだけあってラインナップが厚い。

 ナシェカに色々薦めてみるが反応は悪い。つか反応がない。


「しかし実弾系は強いが弾切れが問題になるか。ここぞという時の切り札って使いにくいよな、心理的なトリガーが重くなるので宝の持ち腐れになりやすい。いわゆるエリクサー病だ」


 やはり反応がない。ナシェカは黙りこくったまま俯いてる。

 この場にはココ・メディアの淹れてくれたお茶の香りだけが漂っている。


「でも光学兵装やエネルギー兵装だけってのも問題だよな」

「どうしてそこまでしてくれんの?」


 おっと面倒そうな質問を放り込んできやがった。


「散々黙り込んでおいてそれかよ。地雷女っぽいぜ」

「ごめん」

「……いや別に謝る必要なんてねーし」


 空気が重い。


 演算宝珠のカタログに移る。演算宝珠って一口に言っても得意な役割は全然ちがう。電子戦に特化したモデルとか情報の並列処理に特化したモデルがあり、演算宝珠の拡張パーツには勝手に弾道計算をしてくれるサポートツールもある。これは俺も欲しいな。

 あー、呪脳化が必要なのか。うーん、ちょっと拒否感があるような……


「装備の傾向を決めないと演算宝珠も決められないな。ナシェカ、当事者なんだから意見を出せよ。お前が使う肉体と装備を決めてるんだぞ」


「……うん」

「肉体って言い方ちょっとエロいよな」

「ばか」

「ばかでーす」


 態度の悪い女だな~と思いながらカタログをめくる。

 ナシェカの指が俺のズボンの膝を掴んでいる。皺になるからやめるのだ。


「ねえ、前も聞いたけどまた聞かせて。『愛』ってなに?」

「この世界は争いに満ちている。法が争いを禁じようとこの世界では盗みを働けば簡単に大儲けができてしまうからだ」


 人を殺せばその財産が手に入る。女が欲しければ奪えばいい。家畜が欲しければ盗めばいい。裏切れば簡単に富が手に入る。だから人は争いに手を染める。

 誰だってこの世界のルールを知っている。遺伝子に刻み込まれるくらい争い続けてきたからみんな知ってる。法の禁じることすべてを犯せば得をすると。


 だから争いも詐欺もなくならない。嘘をつく。他人を騙す。己のために。


 ここまで語り聞かせたナシェカが暗い顔になる。まぁ元々暗い顔してんだが。

 似合わねえぜ、てめえはもっと図太い女だろ。


「だが互いに愛を持てば違うのさ。愛があれば争い合う手も止まるだろ」


 ナシェカがようやく顔をあげた。なぜか泣き出しそうな顔になってる。俺の権能が仕事をしたのか?


「愛は友愛の証。愛があれば他人の心を思いやれる。剣を手にして己の前に立ちふさがる者の事情をさえ考えてやれる。そいつの背後にいるであろう妻子の存在を、戦う理由を考えられる。愛はこの闘争の箱庭を終わらせる唯一の鍵なんだ」


「かつてこの世界にも愛があった。たくさんの種族が集まって原始的よりはマシっていうショボい文明をせっせと組み上げていた。もちろん問題も多かったし俺もマジギレしたことが何回もあったさ。それでも今の世の中よりはだいぶマシだ。自伝ではだいぶハブいているけどな、中央文明圏は本当にひどいところだったぜ」


 正直描写を控えるようなシーンは多かった。奴隷関連は特にだ。あまりにも凄惨だし、何よりこの時代の人々はそれを当然と考えていて、ひどい事だって認識も薄いからだ。

 俺がああいうのはよくないって書いたところで誰の心にも響かない。常識ってのは善悪ではなく生活習慣の中心に描いた円のようなもんだからだ。


「遥かな昔に俺はたった一人で愛を唱えた。だがあまり響かなかったんだろうな、今じゃあこんな世界だ」


「それでも俺を信じてくれた奴らがいる」


 別れも告げずに去っていった俺を信じて待ち続けてくれた竜がいた。

 一度は元の世界に帰ったにも関わらずもう一度戻ってきてくれた神もいた。


 今はもういないけど、俺の友もいた。あいつの魂なら今も共にある。この片手斧こそが俺達の絆だ。


きぼうを唱えた責任があるんだ。俺ははじまりの救世主としてその責務を遂げる」


「世界のために戦う、それがリリウスの愛?」

「努力目標ってところだな。ダメなら次の奴にバトンを渡すさ」


 クロノスには悪いことをするな。だがまぁ不甲斐ない親父を持った自分を恨んでもらおう。

 あぁ何となく今の俺の状況が理解できたような気がする。

 つまりは時の大神はこう言ってるわけだ。お前がやれ。できるまで絶対に死なせんってな。俺の無茶振りを全力で投げ返してきたわけだ。


 だが難しいな。


「俺には絶対にやらなきゃいけないことがある。俺を愛してくれた子を取り戻さないといけない。これだけは絶対にやり遂げる。……さっきこう言ったよな、どうしてそこまでしてくれんの?って。打算だ。お前に協力してほしいからお前をパワーアップさせる」


「私にも戦えって? あんたの女のためにぃ?」

「俺はガレリアからベティを取り戻す。電子戦やサーバーハッキングは専門外なんでまだ雲を掴むような話なんだが、エシュロン・サーバーとつながっているお前なら希望はあるはずだ」


 ガレリアのキリングドールは軍用サーバー・エシュロンとつながっている。演算宝珠が壊れて死んでもバックアップがエシュロンに残っているから別の素体で蘇る。


 ナシェカはガレリアを脱走したつもりでいるんだろうが、その制御権も何もかもガレリアに残っているはずだ。逆に言えばナシェカならエシュロンに潜り込める。


「頭を下げて手を貸してくれるのなら何度だって下げる。かねが欲しければ幾らでもやる。頼む、俺を助けてくれ」


 それほど高い値段をつけたつもりはない頭が自然と下がり、椅子に座るナシェカの膝よりも低く下がった。

 いまナシェカはどんな反応をしているだろうか?


 だが想いは通じると信じている。はじまりの救世主の権能がどうして対話のちからなのか。それは世界と人々が願ったからだ。誠意をもって語り合えば想いが届く世界を欲したからだ。


 ナシェカの手が俺の後頭部に触れる。拳の感覚だ。具体的にいうと裏拳だ。軽くコンコンやられてる。


「幾らでもって言ったよね? 後悔すんじゃねーぞ」

「しねえよ。幾らでも使ってくれ!」


 ガバッと顔をあげたらそこには! いつもの太々しい合コン女王みたいなナシェカの顔があった。頼もしすぎる!


「ココ・メディアさん、規格外オーダーメイド品を発注するね。費用はこいつ持ちで」

「ええ、承りますわ」

「まず演算宝珠なんだけどメインはこのアレイスターE096ZZ型ね。これと並列運用するのが……」


 ナシェカがどんどん要望を出していく。

 演算宝珠だけで36個積みとかどんなモンスターになるつもりなのか。


「普段使い用の素体はAランク帯から選びたいね。機動近接戦闘特化なんだけどおすすめはある?」

「カタログNO’1058ラス・リーヴァをお勧めしますわ」

「じゃあそれで。決戦用素体も欲しいな。AAAランクの。これを五体分ね」

「大変なお値段になってしまいますが……」


 支配人さんが俺をちらり。値段は気にするな、存分にやってくれと頼もしく頷いておく。


「決戦用モデルはコスト面を無視しております。ただ駆動するだけでも微細な摩耗が入るため拡張パッケージの同時購入もお勧めいたしますわ」

「いいね、そういうのじゃんじゃん意見してね。装備は光学系も欲しいな。ドニクロン社のカタログないの?」


 バイザーに表示されてる仮の発注書がどんどんえらいことになっていく。

 一個で億の値が付く榴弾砲とかプラズマレーザー砲とかの表示が積み重なっていく。つか素体だけで百億いってんスけど? あーあー戦闘素体運用と電子戦用のトレーラーまで買ってるじゃん。


 カタログをめくりながらアレもコレもと騒いでるナシェカの横顔を見ながら思ったのは頼もしい仲間が出来たっていう感慨深さだ。まったくため息が出てくるねこりゃ。


 消えていく銀行預金と比例して強くなる仲間の横顔を見つめながら、俺はのんきにため息ついてるのさ。



◇◇◇◇◇◇



 軍需企業カタリコン社の社長ラスコーは今月も振るわなかった営業成績を見てオフィスでため息をついている。

 客がいない。だから営業成績も振るわない。ランニングコストの分だけ赤字だ。最悪だ。


 エストカント市警察からの受注だけでどうにか体裁が保てているだけだ。他の競合他社はとっくに撤退して、社屋は売りに出されている。もちろん買い手なんて付かない。


 かつてはパカ七大企業の一角を飾り、この巨大都市エストカントに君臨していたのも今は昔というものだ。

 そんなラスコーは先ほど提案されたレリアからの交易の打診を反芻している。


「レアメタルかぁ……」


 正直魅力的というほどの提案ではない。PLだ。PLが欲しいのだ。他業種の中抜きを許しながらレアメタルで稼ぐにしてもカタリコン社はそっち方面はあんまり強くない。どうせ別の企業がこっそりうまい話を持ち掛けて、カタリコン社を外して交易を始めるにちがいない。


「レアメタルかぁ~~~~~」


 ラスコーは優秀な企業統治人格だ。ゆえにこの商談の先も見えるしどうすれば自社の利益を膨らませるかも理解している。

 そんな彼女の明晰な頭脳はとっくに判断している。むしろ話を聞いた瞬間に理解した。この話なんの旨味もねえ。


「レアメタルじゃあ困るなぁ~~~」


 とはいえ第一歩である。賢人議会の議席企業が結託して市長パロナの牙城をどうにか崩して移民政策を認めさせる。

 すでにロードマップは感性している。あの猿のような文化しか持たない野蛮人どもの都市近郊にエストカント市の姉妹都市を作り、そこに移民認定をした猿どもを住まわせる。そいつらが各社で労働をして報酬を受け取り、それで商品を買ってもらう。これだけで立派な経済の輪が出来上がる。


 冷えっ冷えに困窮しきった企業同士が渡した給料が循環するだけのショボい経済圏だ。正直魅力を感じない。最盛期には何千兆PLという売り上げを回していた大企業カタリコン社も落ちぶれたもんだと、でっかいため息が出てくるのである。


 そんな時だ。業務提携している企業からクソでかい発注が入った。個人携帯用の光学溶断器を三丁。最高品質の品でオプションも山盛りだ。超長距離ロングライフルも連動のシステムと一緒にお買い上げ。竜撃ち用のバスターキャノンに大型榴弾砲まである。山ほどの注文がしめて446億PLだ。


「な…なんだこの発注は……」


 発注元はラザイエフドールズ・カンパニーだ。ここも大企業だ。ただ業種が風俗業や何やらといかがわしいので政府公認の格付けではAAに留まっているが、今の時代において最も儲けている企業といえる。何しろイザール大統領御用達だ。


 ラザイエフドールズは人形素体では一番の最大手だ。戦闘用ドローンやギガントナイトならカタリコン社もノウハウがある。小型戦車も作ってるし一部では戦闘用人形も作ってる。

 しかしカタリコン社の人形は戦闘用一直線。それも人間の形をしていない物が多い。その方が強いからだ。


 ラザイエフドールズ社はむしろ愛玩用のセクサロイドを作る会社なのだ。

 そんな会社から大量の発注が入ったのだ。困惑しかない。


「まさか大統領の部隊が来ているのか? いや、そんな情報を見落とすはずがない。となると大口の顧客を掴まえた? どうやって?」


 入金が入った時点で工場は動き出している。ラスコーが見ているのは発注が入ったという形式的な報告書にすぎない。


 ラスコーがメタユニバース上に存在するオフィスから抜け出して服を一枚着る気軽さで現実世界の人形素体を動かす。


「この儲け話を逃してはならない。巨額のにおいがすりゅ!」


 噛んだ。噛んだけどラスコーは気にせず社用車に向けてダッシュする。

 彼女は根っからの商売人なのだ。


 そしてエストカント市に居を構える企業統治人格どもは静かに、だが確実に巨額のかねの香りに気づき始めていた。だってすげえ額の注文が入るんだもん。



◇◇◇◇◇◇



 発注したオーダーメイド品は三日ほど掛かるらしい。ほどって言うからには予想であり他社に発注をかけた装備が届かないと何とも言えないけど経験上そのくらいで完成するという話だ。ココ・メディアは真面目な女性なのでハッキリしないことをお客様に伝えるのは申し訳ないと恐縮していたがな。

 というわけでエストカント市での数日の滞在が決定した。


 ホテルは大富豪や政府要人御用達で知られる難攻不落のイゼルローン・ホテルにした。当然スイートだ。一泊200万PLという話だが四桁億円持ちの大富豪からしたらはした金なんだよなあ。


 そして俺はエストカント市の全景を見渡せる最上階40階の総ガラス張りのスイートから夕日を眺めているのである。


「残高が1417億か。マジで好きなだけ使いやがったな。つかよくスパスパと決められたな?」

「そりゃあ乙女なら誰だって理想の装備を日頃から考えておくもん!」

「それマジで乙女の話か? 狂戦士だろ……」


 いま俺とナシェカはお風呂パーティーをしている。ラザイエフ社のコンパニオンも呼んでいる。え、服? お風呂パーティーなのに服なんて着るわけがないだろ! いい加減にしろ!


 狭いバスタブでシャンパン風呂に浸かりながらシャンパンを傾ける。この狂った遊びがじつに面白い。


「ガハハ! みんなー、金は弾むぜー!」

「「きゃー! ステキー!」」


 コンパニオンたちとの触れ合いを代わる代わる楽しみながらスパチャボタンを押していく。さあキミのスパチャボタンはどこだろう? ここかな?という退廃的な遊びだ。やっぱこの文明バカだわ。


 蜂蜜色の肌の女と白磁のごとき肌の女、それ物理法則大丈夫なんっていう危惧さえ抱く超乳の女を揃えたお風呂パーティーだ。このあとはベッドでお楽しみさ。


「あー、この成功者にだけ許された狂った遊びが楽しいねえ」

「リリウスっていつの間にか借金まみれになってそうだよねー」

「一千億貢がせた女が言うじゃねえか」

「ナシェカちゃんにはそれだけの価値はあるでしょー」


 小気味のいい減らず口だぜ。

 どうやら調子も戻ったようだ。女子は元気が一番だ。暗い顔なんてさせとくにはもったいない女であることは間違いないしな。


 PIPIPI! PIPIPI! おっと部屋に備え付けの電話が鳴ってる。コンパニオンの子が持ってきたアンティーク調の受話器を受け取る。


「へいへい」

『お休みのところ申し訳ございません。お客様にお会いなさりたいという方々がフロントに来られておりますが、お約束のある方々なのでしょうか?』


 はて、俺に会いたい可愛い子ちゃんだと?

 テトラなら追い返してもらおう。できるか知らんけど。


「あー、なんて方々?」

『カタリコン社の代表ラスコー氏。ヨダカ社の代表リュリュ氏。ブザーラ社の代表ポリフォ氏。ゾルゲン=アークライト社の代表ディエラ氏。ジョバイン・テクノロジー社代表のトゥオーリ氏。この五名の方がお話があると』


 受話器の声が漏れ出ていたのかナシェカが首をひねる。俺も首をひねってる。

 ビッグネームが勢ぞろいだな。ナシェカの装備を頼んだ会社もあれば全然関係ないけど有名な会社もある。


「用向きを聞いてくれ」

『商談があると』

「わかった、会おう。部屋に案内してくれ」


 シャンパン風呂からあがってバスローブに袖を通す。高級ホテルはアメニティまで高品質だ。ぜひ寝巻に持って帰りたい。いや大量に仕入れてLM商会で売ってもいい。


 ベッドルームは食い散らかしたデリバリーでごちゃついている。スキャナーが怖くて外食ができないのならデリを使えばいいんだよ感である。


 スイートルームにはリビングがある。スイートなら常識だ。

 ふっかふかのソファに陣取って来客を待っているとすぐにやってきた。ホテルのボーイの案内で来たのは五人の女だ。うっ、すごく圧が強いな。なぜか猛獣のような威圧感があるぞ?


「貴殿がリリウス・マクローエン氏?」

「おう、疑うのならIDを確認してくれ」


 IDを表示する。これが強い。何しろ大統領府発行の正規のIDだ。しかも大統領府の役人なのだ。強すぎる。


「ほ…本物だわ」

「国民ランクAAA。大統領府付き外交官……」

「まぁ疑うのはわかるぜ。俺はハーフフット種族ではなくデミゴッドだ。年齢の桁がおかしなことになっているが気にしないでくれ」


 反応がない。別のことに驚いていてそれどころではないって感じだ。

 よくわかんねえ人たちが来たなあ。


「それでいったいどんな用事なんだ? つまらん用件なら帰ってもらいたいんだが」

「用というのは他でもない。あ、私はカタリコン社の代表を務めるラスコーと申します。この度は弊社の商品をお買い上げいただきまこと! まことに感謝しております、はい!」


 日頃媚びを売らない人が無理に頑張って媚びを売ってる感がある。

 まぁ企業経営用のAIが木っ端営業の真似事だ。苦手分野なんだろ。


「カタリコン社の銃は俺も愛用しているよ。いい製品を作る会社だから今後もよろしくしてほしいね」


 なお社交辞令である。


「ほっ、ほんとでしゅか! 是非よろしくお願いします!」


 そしてガバッと頭を下げるラスコー氏である。このお辞儀なる文化であるがじつはパカ発祥だということを現代の人は知らないだろうな。たぶん砂のジベールから広がったんだろ。


「お近づきの印にこれをどうぞ!」

「クーポン券か」


 一枚1000PLのクーポン券が30枚束になったやつを貰ってしまった。

 この後も次々と挨拶をされ、社交辞令を交わし、クーポン券やら記念の品を貰った。クーポン券を持ってくるお姉さん達なのか?


 一通り挨拶が終わった頃になって五人が詰め寄ってきた。どうやらここまでの流れは各社協定を結んでいたらしい。


 メガコングロマリットのヨダカ・インダストリーからはエストカント市内の物件を紹介されたりそこに備え付けにする全自動調理器とそのフードパックの年間契約を持ち掛けられた。どうやら五年契約にすると23%お得になるらしい。


 ゾルゲン=アークライト社からは素体運用のためのトレーラーを買ったからな。ギガントナイトもどうかと薦められた。セットでギガントナイトを自動操縦してくれる戦闘用AIとの契約も薦められた。


「弊社の制圧機械の得意ジャンルは強力であること、この一点に尽きます。市街地戦を想定するカタリコン社よりもより大きな戦場でこそ真価を発揮するのです。決戦用ギガントナイトの性能をぜひ体験してみませんか、明日のご予定は? ぜひ弊社の工場にお越しください!」

「貴様ァ、言うにことかいて我が社をディスって仕事を取ろうなど浅ましい! 許せん!」

「だって事実じゃない! あんたのとこは小型戦車とか対個人パフォーマンスが主力でしょ。うちは大型魔獣専門! すみわけはできてる!」


 ケンカすんのはやめてくんねえかなあ……

 外食産業のブザーラ社からは役員として招きたいと言われた。なぜ外食産業が……


「聞けば会社を興されているとか」

「おい、どうやってLM商会の存在を知った?」

「御社の支店にテナントを出させてはいただけないかと。いえむしろリリウス様の名義でレストランを開きませんか。弊社が完全なバックアップをお約束します。弊社が社員をご用意いたします。あなたには何の手間も掛かりません。すべて弊社が行います。あなたは毎月あがってくる現地通貨での売り上げの中からほんの五%をPLで弊社に支払うだけでいいのです。巨万の富をお約束します。ぜひビジネスパートナーに!」


 俺を足掛かりにブザーラ社を人界に広げる気かよ。言葉は魅力にあふれているのにクソやばい植民地政策の先兵にさせられてる気になるじゃんよ。


 食文化は一度にレベルを引き上げすぎると大変だ。肥えた舌は絶対に後退を許さない。なのに食材もレシピもブザーラ社が握ってる。つまりブザーラ社が撤退をほのめかしただけで現地で暴動が起きる。


「食で世界を獲るつもりかよ。すまんが考えさせてくれ」

「ああん、そんな冷たいことをおっしゃいませんで。接待ですか? 接待なら任せてください、弊社の得意分野です!」


 そういうところが怖いんだよ。いつの間にか土地の権力者を抱き込みそうで怖い。


 ジョバイン・テクノロジーからは試供品の演算宝珠を貰った。それとシステム保全の契約をしないかと持ち掛けられた。システム系に強い会社だからな。


「生命保険に興味はございませんか!?」

「レストラン事業を是非!」

「体験試乗に! 弊社のヴィークルは王国一を自負しております!」

「会社を興されているのなら是非警備契約を! カタリコン社の警備は最高水準の安全をお約束します!」


 金持ちの気持ちがちょっとわかったかも。

 金持ちって嫌なやつが多いと思ってたけどさ、こんな奴らばかり寄ってくるのなら性格が捻じ曲がるわ。マジで金に群がってくんのな。驚いたわ。


「あー、いただいた提案はきちんと精査した上でそのうち返答しまーす。もし返答がない場合は縁がなかったと思って……」

「「そこを何とか!?」」


 ええい、面倒くせえなこのAIども!


 こいつらを何とか追い返して……

 深夜。どんどんうるさいノック音が鳴り響く中で目を覚まし、ドアを開けると……


「え…エストカント市に住所を移すおつもりはございませんか?」

「帰れ!」


 怒鳴り散らして追い返す。くそー、今度は市役所の子かよ。

 これはこれでストレス溜まるなぁ!



◇◇◇◇◇◇



 夜中にクソうるさいノックが鳴り響き、悪態をつきながら起き上がったリリウスがドアに向かってった。


「帰れ!」

 つってプリプリ怒りながら戻ってきたリリウスがベッドで横になる。


 その光景を始めから終わりまでずっと見ていたナシェカはタヌキ寝入りをしたまま、リリウスが寝息を立てるまで待った。


 眼前に、ほんの30cm向こうにあいつの背中がある。ナシェカはその広い背中をずっと見つめている。


「変なやつ」


 ナシェカにとってリリウスは変な奴だ。変な男だ。何考えてるのか分かるようで分からない。

 マジの馬鹿なんかなーって思ってたのにとっくに正体を見抜かれていたし。自分の欲望に正直なやつなのかなーって思ってたら全然ちがくて使命のために生きている。


 観察と推測でコツコツ積み上げていたリリウス像が崩れ去り、結局こいつがどんな奴なのかわからなくなった。


「ねえ、どうしてオデ=トゥーラ様と同じことを言ったの?」


 愛について尋ねた。彼はあぁ答えた。かつて大好きだった父と同じ言葉をだ。


 愛さえあれば争う手もとまるのに。


 愛とは何だろうってずっと考えてきた。この闘争の箱庭を終わらせる最後の希望のようなものなんじゃないかと考えてきた。でも人々の口にする愛は欲望と劣情を正当化する都合のいい言葉でしかなく、あぁ本当にこの世界には愛が無いのだと知った。


 だから彼の言葉を聞いて答えを得たような気がした。

 終わりなき闘争の世界に愛を唱える者。オデ=トゥーラが待ち続けていたはじまりの救世主。愛をもたらすもの。


「ねえ、あなたが私の運命なの?」


 返答はない。寝息を立てている男の背に問いかけたって無駄なのはわかっている。

 でも正面きって口にして「ちがう」って言われるのが怖いから寝ている彼に問いかけた。


「ねえ、あなたを信じていいの? 私の運命はあなたのためにあるの?」


 否定されたくない。拒絶しないでほしい。ようやく見つけた愛なのだから。


 気ままに人界を流離い愛を探し続けた。でもどこにも無かった。偽りの愛ばかりが溢れかえる世界で人々が唱える偽物と、偽物をありがたがる人々の中で一人だけそんなものは愛じゃないって叫んできた。


 ようやく見つけた真実の鍵。これすらも偽物だなんてもう耐えられない。


「信じさせて。嘘でもいい、私を騙し続けて。そうしたらあなたのために戦うよ。私はオデ=トゥーラの娘だから…あの人の代わりにあなたの剣になるから……」


 ナシェカがボタンを押すように意識を切断する。睡眠時間を六時間にセット。彼女にとって睡眠はそういうものでしかなかった。

 月明かりの落ちるベッドルームに……


「馬鹿野郎が」


 救世主の苦しみが一つ零れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ