魔王の運命を持つ男① 絶対の勝利を約束する銀行口座
『ドローン排除に成功。テトラの狙撃を開始する』
『待て、釣り出しは俺に任せろ』
『わかった。気をつけて』
『誰に言ってやがる。リリウス君は最強なんだぜ』
テトラは強い。素早く正確無比なエイム能力で射撃を的確に当ててくる。装備もいい。市街地戦におけるジェットブーツは無類の強さを誇る。局地的な干渉結界を発生させるリフレクターまで装備している。
英雄級の前衛戦士でもジェットブーツに完封されるだけだ。
英雄級の魔導師でも軍用リフレクターに完封されて終わる。
弱点はそうだな、存在しないと言ってもいいだろうな。殲滅のテトラに弱点は無い。あらゆる能力が超位階に到達した軍役数千年の究極の兵士だ。
だがこれは一般的な話だ。これまでの話を覆すようで悪いが一般論にすぎず、殺害の王の眼から見ればテトラは穴だらけだ。
使用素体のランクはおそらくBランク。これは軍用モデルにおける最もポピュラーなものであり、富豪が護衛として用いるラザイエフドールの素体性能でしかない。
テトラの演算能力を担保する演算宝珠もノーマル品だ。おそらくは彼女の操りやすいような簡易カスタマイズこそされているのだろうが、それはシステム面の話であって演算能力の拡張を意味しない。
液体金属と流体筋肉で構成されたラザイエフドールを人間形に保っているのは演算宝珠の働きによるものだ。テトラがテトラの姿でいるだけで演算宝珠は何パーセントかの領域を持っていかれている。
そこに兵装の使用やジェットブーツ使用による高速戦闘への対応まで割り振れば大変だ。おそらくは戦闘行動を取るだけで二割から三割の領域確保が必要になる。
これが何の話かっていうと負荷の話だ。演算宝珠に負荷を掛け続けるとどうなるか? こういう話だ。そして演算宝珠がどんなちからで動いているかって話でもある。
Bラン素体のジェネレーター程度で俺を殺せる威力のレーザーカッターを何度連射できる? 一度撃った後に何十セコンドのチャージが必要であり、発熱した素体の冷却にどれだけのエネルギーが必要になる?
トロン変換ジェネレーターから供給されるエネルギーは常に定量でこれをやりくりして演算宝珠が動き兵装を稼働させている。ここに莫大な負荷がかかった時テトラがどうなるか?
テトラがフィニッシャーとして狙撃兵を伏せていた理由は何だ? こういう話なのさ。
戦闘用素体ならかなりの大容量ジェネレーターを積んでいるにちがいない、というのは素人の発想だ。実際はそこまでのジェネレーターは積んでいないはずだ。
軍需企業は常に価格と性能の両立に悩まされ、軍はワンオフの特機よりもコストの安い量産品を求めている。企業は英断を迫られて泣く泣く性能を抑えこむ。仮に俺レベルの肉体性能まで素体を高めたなら生産と運用コストはギガントナイト何十機分になるだろう。
軍におけるBランク素体の扱いは決戦用ではない。災害派遣や武装ゲリラを相手にしての住民保護が主な任務だ。稼働時間は二日から三日が前提。全力での戦闘は考慮の外。部隊での行動が大前提とし同じ顔を持つ交代要員との入れ替わりで働く兵士。これが軍用人形の正体だ。
各パラメータ1200~2000という矮小な数値を兵装で補い、機動力と魔法抵抗力と物理攻撃力の三点を7000オーバーに仕上げている究極の兵士の経験を持つというだけの一般兵。これが俺の結論だ。
地下都市をハッヒャーする俺の幻影身が民家をぶち壊していく。
民家の玄関から入るなんてお行儀のいいマネはしねえ。銃を持つ相手にそれはダメだ。ハチの巣にされるからだ。
壁を蹴り砕いてダイナミック入室。これをあちこちでやってる。
「テトラ出てこーい!」
「貴官は完全に包囲されている。さっさと投降しろ!」
「LM商会はクンネカン条約を完全に順守する用意がある。捕虜の扱いは条約に基づく!」
「はよ出てこいや!」
七体の幻影身を用いてあちこちで投降を呼びかける俺氏。……子供が見たら泣くな。トラウマもんだろこの光景。
ちなみにクンネカン条約ってのは昔ネットユーザーの間で流行った女兵士取り扱いの悪ふざけ手法でありよく創作物に出てきたやつだ。特にエロ同人。
テトラ捜索中に、俺の幻影一体の首がスパンと跳んだ。
「獲った!」
ジェットブーツで民家の合間を抜けてきたテトラが勝ち誇っているがそいつは幻影なんだわ。やはり幻影に本体並みの気配を移す手法は使えるな。以前イザールにもこれで勝ってる。
どきゅーん! 勝ち誇ってるテトラの右足が狙撃で弾け飛ぶ。すぐさまレグルス狙撃班から報告が来る。
『右足のジェットブーツ全損』
『でかした!』
地面に落ちて転がっていったテトラを幻影で囲む。「嘘でしょ……?」っていうそそる顔をしているぜ。
「ど…どういう? 今のが本体だったはずなのに、どうして?」
「悪いが種明かしはしてやらん。しばらくはこれ一本で食っていくつもりなんでな」
戦闘ログを解析されてネタがバレるのは仕方ないが自分からぺらぺらしゃべってバラすつもりはない。貫き手でテトラの演算宝珠を破壊する。
『状況終了…でいいんだよな?』
『うん、もう伏兵はいないと思う』
地下都市のドーム形の天井に張り付いて狙撃していたレグルス君が降ってきた。鹵獲品のジェットブーツを使いこなしている様についてスルーする。
「にゃははは、まだ増援が来ていないのは不思議だけど一息つけるのはありがたいね~」
「素が出てんぞ」
断固スルーする。もうバレてもいいとか思ってそう。
もう完全にあいつの影がちらちらしているレグルス君があざとい上目遣いで言う。
「これからどうする?」
「エストカント市に浸透する」
「どうやって?」
「テトラ部隊が入ってきた方向なら把握してある。再度増援が来れば最高だな、あっちから経路を開いてくれるんだ。この隙を狙う」
なぜか引かれた。ナンデ?
「うわぁ~~増援が来るから逃げるか戦うかって話をしていたつもりなのにぃ。追加部隊を利用して都市内への浸透とか狂人の発想でしょ」
「うるせえ、そんな低いレべルの話をするな」
予想通りとはいかなかった。
だいぶモタついたのが不思議だが、新しく部隊を整えたテトラが侵入してきたのが十五分後になる。今度は三体。やばそうな気配がしている。
「あれはやべーな、本気モードじゃん」
「キミただの人間のはずだよね。エーテルリアクターの気配とかわかんの?」
「わかるに決まってんだろ。戦艦用ジェネレーターを積んでる素体の気配もわからんやつがいるもんか」
「いや、けっこういるどころか、わかる方がおかしいんだけど……」
ダークゾーンに覆われた地下都市内に三体のテトラと百機近い情報支援用観測ドローンが入っていく。
そんな光景をガレキに隠れて見ていたのがそう俺とレグルス君だぞ。
「あそこから侵入する。おっとアソコに挿入るわけではないぞ」
「唐突なシモネター」
機械化されたSF的な通路にもダークゾーンの霧を噴霧する。アルザインの秘術ダークゾーンはセンサー類の天敵だ。古代魔法王国の時代に王国軍を手玉に取った殺人鬼の技だからだ。
通路をとっとこ走ってく。隔壁は蹴り倒す、下かなって思ったら床を破壊する。
ついてくるだけのレグルス君がどん引きしてる。
「うわぁ、誰が止められんだよこんな奴……」
「うるせえ、さっさと進むぞ」
SF通路に入り込んでからどのくらい経った頃だろうか。特殊な区画に出た。
兵站倉庫のような広い場所とそこを貫く大きな車両用通路。レーンがそちらへと続いている。
「大当たりって感じだな」
「だね」
リフターのようなライトヴィークルも何機か置かれているがセーフティを危惧してスルー。警報が鳴るタイプの可能性がある。
レーン沿いに走って通路を抜ける。
外はまだ昼間だ。懐中時計の音を拾われるのを嫌って捨てたから正確な時間はわからないが午後二時か手前のはずだ。
通路を抜けると湖畔の光景。緑と青の煌めく美しい風景が広がっている。テーマパークの裏口にしておくにはもったいないくらいだ。
山肌に空いた通路から出てきて金属の橋から見定めるのは、湖にせり出したバリバリの未来都市だ。思わずため息が出てきたわ。
「おー、おおおおおぉぉ、こりゃすごいな。リリウス印をつけてもいい」
「なんだよそのマーク」
「人界も色々回ってきたが五本の指に入る景観だぜ。観光名所としてなら星を三つ付けてやる」
「襲われておいてよく言うよ」
買い物に来ただけなのに警察と軍に襲われました。というレビューも添えておこう。
町まではおよそ200m程度。テーマパークの裏口から空中道路を通って直で入れる仕様だ。道路の端から見下ろした豊かな大地には山羊とか猫が普通にいる。ふれあいパークかな?
「住めるな」
「外に?」
「キャンパーじゃねえんだよ。町に住んでここに遊びに来れるなって話! つか緊張感を解くんじゃねえ」
「自分から言い出したんじゃん……」
緩みかけた精神状態を戦闘モードまで引き上げ直す。のどかで美しい光景をしているのだとしてもここは敵地で、さっきのテトラを見た瞬間に理解したのは敗北の二文字だ。あれと真っ向勝負は避けたい。
よし、作戦の見直しタイムだ。
「目的地はラザイエフドールズ社だ。市警との交戦なら押し勝てると思うがなるべく発見されないように慎重に進む」
「場所は?」
「もちろん押さえてある」
バイザーに投影されたエストカント市の3D図形で社のマークを掲げたビルがある。こっちは都市部にある小売店だ。市民が気軽に立ち寄ってラザイエフドールを体験して契約を結ぶ場所で、メンテナンス品や拡張パックの購入もできる。
郊外の湖に近い工業地区には社のプラントがある。こっちでは修理や定期メンテナンスを受け付けている。すでにユーザーになってる人が訪れる場所だと考えてもいいが、俺としてはどちらでも問題ない。
ただ購入品の受け取りは市街地の方にしてある。
「3D図を確認した感じ一番怖い街頭スキャナーの居場所がわからないな」
「治安維持のために置いてる街頭スキャナーの場所をネットに晒しておくマヌケはいないと思うんだけど」
「だよな」
路上は危険だ。テトラが急行してくる。
となると空だな。
「ジェットブーツで空から、というのは無理だよな」
「ジェネレーターの熱量を検知してくるだろうね」
パカの都市は街頭スキャナーで国民IDを確認してくる。誰がどこを歩いていたか、どこの店に入って何分後に出てきたか。もちろん届け出を出している認可店の入り口にも設置義務がある。
最悪ラザイエフドールズ社に入った瞬間にテトラに現在位置を知られることになるわけだ。
「一応聞いておくけどどうするの?」
「社まで屋根伝いに都市部を移動する。ラザイエフ社にも屋上から入る。パーフェクト」
「今のところはそれがいいのかな」
どうやら都市が警戒の段階を一段高めたらしい。市街地には小型戦車が出てきて警戒音を発し、道路の奥から市警の部隊がわらわらと出てきている。この空中道路が封鎖されるのもすぐだろうな。
エストカント市を覆う高い壁を越えた地点で空中道路から飛び降りる。直下のビルの屋上に着地して、ステルスコートを広げて安全地帯確保。取り出した双眼鏡でルート確定を行う。
さあ潜入だ!
◇◇◇◇◇◇
こちらスネーク、都市潜入は順調だ。報告すべきゼロ少佐はいないが俺ら潜入部隊はコツコツ慎重に都市を進んでいく。
「腹減ったな。そこのサテン寄らない?」
「追われている身ってのを思い出してくれない?」
「だって腹減ったし」
非常食なら大量にあるんだがステ子を預けたからステルスコートから取り出せないんだわ。
腹ペコはまずい。肉体的なパフォーマンスが激減するし気力も萎える。
「ほら、夏季限定ブラッドオレンジパフェだって」
「限定かあ」
レグルス君が限定かあって三度言った。女子は限定に弱い。常識だ。
おっと今は男子だった。だが男子は男子で限定に弱いのさ。
「どうよ、食べたくね?」
「誘惑すんなし。ほらほらさっさと進むよ!」
ビルの屋上をピョンピョン移動する。
激熱ステーキのテナント発見!
「激熱な発見をした」
「やめろし。こっちまでお腹へってきたじゃん」
道中は順調だ。何の障害もない。俺の高すぎる潜入能力が際立ったせいであっさりと目的地の屋上に到着した。
屋上といってもガラス張りの温室庭園のような屋上なのでガラスを破壊せずに内部に降り立つことは適わない。この可能性は道中でやや危惧していたが現実になったな。
今は温室庭園でお茶の用意をしている従業員さんと見つめ合っているところなんだわ。
片やガラス屋根に張り付いた不審者。片や正社員。通報待ったなしだな。
「あーあー、聞こえますか?」
「はい。えぇぇと、あなたがたは?」
「本日品物の受け取りに参りましたリリウス・マクローエンです」
バイザー型の端末からIDを提示する。ID提示ボタンを押すと自分で設定した情報だけを開示できる身分証になるんだわ。
「IDの確認が取れました。はぁー、本当にお客様でしたのね……」
「悪戯だと思っていたんですか?」
「いえ…失礼いたしました。ですがお客様を迎えるのは本当に久しぶりですので。ご入室なさいますよね、そのままでお待ちください。あぁもちろん落ちないように注意を!」
待っているとガラスの天井の一部がスライドしていった。清掃の用途か外の空気も楽しめる庭園にするためか、両者だろうな。ガラスの温室ってメンテをサボると小汚くなるからね。
庭園内にシュタっと着地する。もちろん格好いいポーズも忘れない。
給仕服、と言っても俺らが想像するメイド服なんかとはだいぶ違う、不思議な給仕服の女性が丁寧な仕草で名乗る。
「当支店の支配人ココ・メディアと申します。リリウス・マクローエン様のご来店御礼申し上げますわ」
そして衝撃発言をする。
「ご要望の品は汎用メンテナンスパッケージメントを15個と窺っておりますが、ご用途はそちらのはぐれ人形ですか?」
そして困ったような顔で笑い出すレグルス君である。
「あはは、バレちゃったか。そうなんだ、じつは僕は」
「てめえの正体なんてもう知ってんだよナシェカ」
わざとらしく咳き込む小芝居はやめてくれねえかな。
もうそういう段階じゃねーんだよ。いったいどんだけ戦ってきたと思ってやがる。てめえの癖なんてとっくに覚えてんだよ。森の中じゃ上手く隠していたけど地下都市内でのギガントナイト戦で確信した。こいつはナシェカだ。
「え、マジ……?」
「そういう小芝居も要らない。どっかで気づいてほしかったから自分っぽい部分をあちこちで漏らしてたんだろ。ここに来ればバレるのはわかってたからその前にさ」
「うっ……そうだけど。察しが悪いなあとは思ってたけどマジでバレてたんか……」
「世の中見て見ぬふりをした方がいい場合が多すぎるんでな」
舐めてもらった方がありがたいシーンも多いが今回は明かしておく。
仲間に引き込めるならありがたい役立つ女だからだ。
「はぁ……馬鹿なら困るとは思ってたけどそんな男なわけがないもんね。今までの全部芝居か、自信なくすなー」
「一応確認しておく。お前はガレリアで帝国皇太子グラスカールの近衛騎士隊に潜入している。そしてなぜか皇太子がお前の正体をガレリアだと知っていて手元に置いている。なぜだ?」
「色々あるけどガレリアの脱走兵なんだよ」
ここがわからない。ガレリアが脱走兵など許すはずがない。
可能性があるとすればイザールが遊んでいるという最悪の可能性だけだ。この場は一応信じるふりをしておくか。
「僕の……」
と言いかけてレグルス君がその場でバク宙をかます。着地する頃には変身が終わっていてナシェカになってた。
「私の雇い主はガーランド閣下なの。むかし任務中にとっつかまってね、リクルートを薦められたわけぇ~」
「すごい話だな」
「一晩中ずっとお金の話をされたよ」
何の違和感もないな。あの人おかねの話をしてる時は目が輝いてるからな。普段死んだような目をしているのにな。
「まぁそこはいい」
「よくねーだろ」
「いいよ。グラスカール殿下のご所望の品だが実際に使うのはお前だけ、これでいいんだな?」
「うん」
「ガレリアを脱走してからメンテナンスが出来ていないのか?」
「うん、そろそろ限界なんだ」
「何年だ?」
「そろそろ五年になるかな」
素体は摩耗する。こいつらの肉体を構成する流体筋肉と液体金属は破損した部分を排出してメンテナンスパッケージで排出分を補う。ストックしてある分が切れたらそれまでだ。肉体はミニマイズを重ねて最後には事切れたように動かなくなる。
何年も動けるようなものではないはずだ。実際ラザイエフ社は三ヵ月毎の定期メンテナンスと一年毎のオーバーホールを推奨している。調べたから俺は詳しいんだ。
わりと前衛でバリバリ戦ってたベティがある日後方支援に回り出したんだ。何の不安も漏らさなかったし泣き言なんて全然言ってくれなかったけどさ、あいつも怖かったはずなんだ。
軽く笑ってるけどさ、ナシェカも随分と怖い想いをしてきたはずだ。
「ココ・メディアさんよ、すまねえが面倒な仕事をやらせることになる」
「幾らでもお申し付けを。お客様のご要望には全力でお答えいたす用意がございます」
「こいつにハイエンドの素体を用意してくれ。演算宝珠も兵装も何もかもハイエンドだ。金ならいくらでもある」
「そ…そこまでしてもらえなくても……何ならオーバーホールだけでも十分にありがたいっていうか。つかハイエンド品なんて億の桁だよ?」
「金ならいくらでもあると言っただろ」
俺の貯金残高を明かしてやる。
笑えることに大統領府付きの外交官設定になってる俺の預金口座には毎年外交官報酬が振り込まれているんだが、これがマジで笑えることにだな……
「は……? 2508億PL!?」
8958年間毎年振り込まれ続けていたんだわ。正直使い切れない。毎年2800万PLが振り込まれ続ける口座なんて使い切れるわけがないと思っていたがちょうどいい。
この金でナシェカを超強化しよう←




