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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
77/362

VS殲滅の天使

 諸事情で執筆時間が取れずに大変お待たせしました。

 これからはたぶん大丈夫です、手間のかかる用事さえ入らなければ……

 マリアとレリアはエストカント市警察署の留置所に放り込まれた。罪状は都市不法侵入罪らしい。よくわからないご高説をべらべらしゃべっていた警官によると弁護士を呼ぶ権利があるとかないとか。その際に発生する費用を借りるために手続きが必要だとか、それはもううざいくらい親切に長々と説明された。


 そのうざい警官は五分おきに……


「脱獄したくならないか?」

 って聞いてくるのがうざい。


「脱獄してもいいの?」

「いいぞ、全力で捕まえるけどな!」


 脱獄をそそのかした癖に実際に脱獄すると全力で捕まえに来るらしい。じゃあ唆すなよって話だ。クソ不味い伝統的コーヒーを出されたり身体検査と称してべたべた触られたりとここは変なところだ。居心地は大変よろしくない。


 警察署なのに犯人が珍しいらしく署員全員が取調室の周りをうろうろしているのだ。気分は珍獣だ。完全に見世物小屋の珍獣だ。

 警官による一連の取り調べが終わって一息もつけないくらいのタイミングで面会の打診があった。カタリコン社とかいう会社の代表さんらしい。当然ではあるが知らん人だ。


「お前達には面会を拒絶する権利があるがどうする?」

「我々の目的は通商条約の締結だ。興味を持ってくれていると前向きに考え、会おう」

「よろしい、ではついてこい」


 二人は囚人というか拘留されている身であるが手錠などはされていない。脱獄しやすいようにだ。完全に罠だ。


 マリアは未だに不思議なようでキョロキョロしてしまう。遺跡のはずなのに署内は清潔に保たれ、観賞用の鉢植えなどがある。受付には女性職員もいる。大勢の警官もいる。ここは完全に機能している警察署だ。

 なのに陳情に来る市民だけがいない。


 表情のない綺麗なだけの受付嬢の視線を受けるマリアもそろそろ理解し始めていた。


「みんな寂しいんだね」


 マリアの発言を聞いた警官が案内の足を止める。


「正確さを欠く表現だが人間的な受け取り方としては正しいのだろうな。我々は警官だ。市の治安を守るために生産されたのに何の仕事も無いのは寂しい、そういうことかもしれない」


「自分でわからないの?」

「我々には人間的な感情はわからない。犯罪者の心理究明のために疑似的な感情こそ与えられているが己の内面を掘り下げるようなコードは持たない。だが君の表現が正しいことだけはわかるのだ」

「わかるんだ」

「わかるのだよ。君達人間が心で感じ取り寂しいと結論付ける様々な葛藤を無視して答えだけが出てくるのだ」


「ん~~~便利そうだね?」

「便利なのさ。人間が作った完璧な人間が私達スカラ・シリーズだ」


 自嘲のようなセリフであってもその声には迷いもなければ苦しみもない。己の苦しみさえも理解できない完璧な人形だからだ。


 やがてたどり着いた面会室では一枚のガラスを隔て、面会人が座っていた。

 不思議な文様の描かれた古い民族衣装。そう感じる変わった服装の女性が名乗る。


「カタリコン社代表のラスコーという。よろしく」

「マリアです」

「レリアだ。さっそくだが面会に来た理由について尋ねてもいいか?」

「話が早いのは大歓迎だ。通商条約の内容について聞きたい」


 レリアの表情が緩む。提案をし、それに対して興味を持っている。だからわざわざ会いに来てくれた。なら素直に喜ぶところだ。

 もちろん内容を尋ねられたからにはまだ喜ぶ段階ではないのだが、聞く耳も持たずに追い返されるよりは全然マシだ。


「では張り切って答えてやろう。エストカント市と取引をするのはワイスマン子爵家だ。貴族制度についての説明は必要だろうか?」

「問題ない。土地柄の情報収集なら定期的に行っているよ」

「そこまで活動的なのか」

「都市に引きこもっているだけでは都市防衛は不可能だ。我らは意欲的に外の情報収集を行っている。その方法については制限があるため明かせないがね」

「無論明かしてもらう必要はない。親しい仲であればこそ互いの秘密も大切にしないとな」


「思ったより話が通じそうで安心したよ。修飾語やイントネーションに違和感はあるがこちらの言葉を使えるのだな?」

「ビジネスの基本は相手を知ることだろう?」

「違いない。とはいえ無理をすることはない、そちらのお嬢さんは不得手のようだしそちらの言葉で構わない」

「気の利く商談相手で助かるよ。ワイスマン子爵家はこの国における巨大財閥だ。その資産の中には鉱山や農地があるが、今回取引材料にしたいのはラダーンやアダンのような鉱物資源だ」


「現物取引か」

「そちらの貨幣を持ち合わせていないのは把握しているはずだろ?」

「うん、想定の範囲内だ」

「では別の問題が?」

「そうではない。続けてくれ」


 そうではないと言いながらやや落胆があったような気がするマリアであった。レリアも気づいているようだが、顔にも出さない。

 説明を続ける。ワイスマン子爵家は定期的にレアメタルなどの鉱物資源をエストカント市か特定の企業に持ち込む。対価として商品を購入する。


 このサイクルを続けていきたい。こう伝えてからが勝負である。


「我らの提案を受け入れるつもりはあるか?」

「現状では難しい」

「何が問題だ?」

「市の制度の問題だ。というか我らパカの遺産すべてが抱える問題なのだが君達トールマン種を我らは人類だと認識していない」


「……予想はしていたが。つまり我らは野を徘徊するモンスター扱いなのか?」

「その通りだ。君達はゴブリンやオークと商取引をするのか? しないだろ、できるできないは別にして感情的に不可能なはずだ」

「理屈は理解できる。だがお前達機械知性体に感情は意味がないはずだ」

「無い。だから市の制度的な問題だと先に言った」

「それは我らの努力次第で解決できる問題なのか?」

「できない。だが説得材料にはなる。だから私がここにいるのだ」


 ラスコーと名乗った女性がペンを取り出し、机に並べていく。

 八本のペンと五本のペンが並べられ、両者が交じり合わぬように離されて区別されている。


「現在賢人議会に属する五つの企業五名の代表人格が君達の提案を受け入れてもいいと考えている。つまりこちらの五本のペンが君達の仲間というわけだ」

「では反対する者はこちらの八名というわけか」

「正確には六名だ。市長パロナは投票権を三票持っているのでね」


「猿でもわかる説明をありがとう。つまり票の切り崩しが必要なわけだ」

「そうだ、わざわざ説明をした甲斐があったよ。君達の提案次第で切り崩せる可能性があるわけだ、難しいと思うがな」

「先ほどの落胆はそこか?」

「読めたか? なるほど、トールマンと接するのは初めてだがよく読み取れるものだ。そうだ、君達がパカの貨幣を持ち合わせているのなら可能性はより高かった」

「多少は所持している」


 レリアが端末を操作して口座情報を開示する。580万PLという大金が表示されたが、ラスコーは否定的に首を振る。


「それは他人の口座で他人のアカウントだろう? 使った時点で犯罪だ。そして私達政府公認企業は盗んだ金と取引はしない。実際できないだろ?」


 レリアが表情を隠しつつも内心で舌打ちする。

 できない。今もネットワーク上で販売されている個人の販売物。歌や自主制作映画などのダウンロードコンテンツの購入は可能でもきちんとした企業の品は購入できない。


 レリアの持っているPL通貨はたまたま手に入れた端末に残っていた残高にすぎない。端末の簡素なセキュリティを突破することはできてもそれ以上のことはできなかった。


「そもそもPLを正規の手段で手に入れることは可能なのか?」

「可能だ。カタリコン社では最低でも800万PLの年俸が約束されている」

「私に社員になれと?」

「それは不可能だな。君はシチズンナンバーを持っていないだろ?」

「シチズンナンバー…市民権ということか。市民権はどうすれば手に入る?」

「生後半年以内に役所に届け出を出せば誰でも手に入るさ」


「生後半年以上でもいいのか?」

「特例がないわけではないが裁判という手続きを経る必要があり、正当性が認められないと市民権は付与されない」

「正当性?」

「親権者が病気で役所に行けなかったとかジャングルで遭難していてそれどころではなかったとか」

「ではこちらのマリアの設定を十六の年になるまでジャングルで暮らしていた可哀想な子にしよう。可能性はあるか?」

「ご両親がパカ国民であったなら十分に認められただろうな」

「モンスターには市民権を与えられない?」

「君達だってそうだろ? 街中でゴブリンを見たらどうする、弁明も聞かずに殺すじゃないか」


 このやり取りに耐えきれなくなった、というか暇で仕方ないマリアが口を挟む。


「このやり取り楽しいですかぁ?」

「楽しいぞ」

「うん、楽しい」

「相手の思考を理解する意味でも楽しいよな」

「発想などの思考ロジックに変化が生まれるのは愉快だ」


 結託してるんじゃないかってくらい口を揃えて楽しいを連呼された……

 マリアはこの二人ってもしかして似たもの同士なんじゃないかなあって思ったのである。


「あたしは楽しくないんで話を進めましょうよ。つまり何をどうしたらいいんですかあ?」

「可能性を広げる意味でも必要な会話だったのだがな。まぁ我らが考えたのは難民制度だ。パカ政府には知的生命体と認めた異種族を難民として保護する制度がある。この知的生命体の認定条件だがある程度の知能が認められ、我らに対して友好的であり、都市での生活が可能であること。大枠だがこの三つの条件を満たしていれば問題ないはずだ」


「はず?」

「最終的に認めるのは保健所なのでね。我らも独自のデータを提出して認可が下りるように補強することはできるが、可能なのはそこまでだ」


 難しいと念押しされて始まった会話であるが確かに何一つ保証されるものがない。何とももやもやした気分のマリアが問う。


「じゃあこれから難民になるために保健所ってのに行くんですね?」

「そこも問題があるのだよ。君達の今現在の立場だが難民どころか犯罪者ですらない、いや一応犯罪者として扱われているのだが実際は駆除対象なのだ」


 ラスコーが長々と語り始める。全部必要な話なので長々とっていうのは彼女に対して失礼な表現になるが、マリアたちは現在町の近くで暴れていたモンスターなのだ。この扱いに対して異議申し立てが可能な立場ですらないのだ。

 賢人議会はマリアらの扱いを巡って討論をしている途中であり、ラスコーとのこの対談内容は録画されて資料となる。うまくゆけば好意的な種族だと認められて保健所での診断が行われるかもしれないし、悪ければ殺処分かもしれない。


 ここで難民だと認められた場合、マリアらは犯罪者にランクアップする。都市近郊で暴れていたのだから当然であり裁判が待っている。もちろんラスコーも弁護費用を持つなどのフォローはするつもりであるし何としても執行猶予を勝ち取ってみせると意気込みを見せてくれた。

 この面倒くさい長話の最中でレリアが頭を抱え込んだ。


「待て、それらは工程はいったい何か月の間で終わる話なんだ?」

「場合によっては年単位がかかるが」

「もう少し何とかならんのか?」

「我らも全力を尽くすが期間短縮は期待しないでほしい。むしろ良い結果を欲するなら相応の時間が必要になる」

「盗撮魔め!」


 事ここに至ってようやく気づいた。

 万全の情報支援をしておきながらどうしてエロ賢者本人がエストカント市に来なかったのかようやくわかった。拘束時間がえげつないからだ!


 この悠長な人工知能どもとの交渉は本当に面倒くさい上に時間がかかる。しかもこっちに決定権は一切ないから意見のしようもない。

 ちなみにマリアは今あさっての予定を思い出している。エリンを貸本屋に連れていく約束をしているのだ。


「用事があるんだけど一旦帰っちゃダメ?」

「市警が認めるとは思えんな」

(うわー、思ったより面倒な事態に巻き込まれたなー)


 背中に感じる熱い視線がいまは焦げそうなほどだ。

 面会室に立つ警官スカラがアサルトライフルのセーフティを外し、銃を構えている。表情のない彼女だがマリアには彼女の願いがわかる。頼むから脱走してくれと懇願しているのだ。


 スカラは必ず撃つ。スカラは必ず逮捕しにくる。何があっても諦めない。エストカント市警察の全力でマリアを捕まえにくる。それこそが彼女の義務だからだ。我欲ではなく、だが彼女は我欲をもってして公共に奉仕したいのだ。


 これが先史文明が作り上げた理想のヒト。完成したまま生産され、与えられた役割に喜びをもって従事する不滅のヒト。


 レリアが両手をあげる。逆らう意思はないと先んじて示したのはマリアの動きを予想したからで、巻き添えを嫌ったのだ。


「逆らうなよマリア、私の勝手な予測だがお前では倒せても七体までだ。この施設を出ることさえ適わない」

「……ですね」


 剣一つ分の軽さが今はどうしようもなく頼りない。取り上げられた剣がいまこの腰にさがっていたとて結果は変わりないが、マリアはそれでも剣を手放したことを悔やんだ。


 ここは闘争の箱庭。この世界のルールは友愛ではなく闘争なのだ。



◇◇◇◇◇◇



 荒廃した地下都市を模したテーマパークに死屍累々と転がる機械巨人の残骸。そしてそれらの上に立ち、高笑いをする無敵の救世主。そう俺のことです。


「ガハハハ! 勝者は一人、リリウス・マクローエンは如何なる者の挑戦も受けるぞ。ガハハハ!」


 敗者の可愛い子ちゃんたちは正座させている。当然だがパンイチだ。敗者に衣服なんて尊厳は不要だと始祖皇帝ドルジアも言ってる。


「言ってたの?」

「知らねえ」


 すかさず飛んできたレグルス君からのつっこみに知らないで応じる。約五百年前の人物の発言なんて捏造し放題なんだわ。


 途中参戦のレグルス君は中々役立つフォローをしてくれた。機械巨人一体を引きつけてくれたのだが英雄五人分の働きといえるだろう。俺は簡単にあしらってたけどさ、パカの機械巨人ってラストさんレベルでようやく戦いになる強敵だからな。

 これはフェスタ大戦のせいで各国の英雄級軍人やS・A級冒険者がうん百人死んだっていうデータが証明している。特権階級が金貨を積んで先史文明の遺産を欲しがる理由がよくわかるね。強すぎるんだよ。


 純白の軍帽の埃を払ってかぶり直しているレグルス君に向き直る。


「正直楽勝ではあったが一応助かった的な発言をしておくよ。ありがとう」

「貸し一つに数えていい?」

「そこまでではないな」

「命懸けでフォローしてあげたのにぃ……」


 不満そうな顔をされたがこれは演技なんだろうぜ。確信があるってわけじゃないが余裕があるように感じた。おそらくは六割七割程度の実力でデコイをやり遂げている。


 思うところは色々とあるんだが今はやめておくか。

 新手だ。気配はない。だが空気の不自然な動きを感じる。この子達と同じく生物ではない機械生命体が市内に入ってきた。そう判断できる。


 捕虜の子達に打診してみよう。


「交渉したいんだけど窓口になってくれない?」

「不可能です。あれらはわたくしども市警察ではない」


 この子ら警察の子だったのかよ。

 テーマパークに不法侵入した連中を追い払いに来たんだ。よく考えれば当然だな。


「先ほど管轄が市警から軍に移りました。エストカント市駐屯の王国軍があなた方の排除に動き出したのです」

「へえ、そいつは手強そうだ。どうして教えてくれたんだ?」

「そう悪い方々には見えませんので」


 捕虜の可愛い子ちゃんが真面目そうな顔でそう言った。俺はいまどんな顔をしているだろう? わからないな。でも対話を望む者としては嬉しいね。

 信じること。信じてもらうこと。誠意をもって話し合うこと。そして約束を守ること。交わした約束を守り続け、約束は守られるのだと信じられる世界に変えること。これだけが闘争の箱庭を崩す鍵になる。


 詐欺を働けば得をする。裏切れば得をする。殺して奪えば簡単に富が手に入る。そんな闘争の箱庭で原始のルールを守り続ける人々に、救いがあるのだと示さないといけないんだ。


「俺を信じてくれるんだな、嬉しいよ、ありがとう」

「軍には勝てませんよ、降伏を推奨します」

「助言は嬉しいが聞けないね」

「自信があるのですね。ですが無謀です、軍の強さは我々の比ではありません」


 わかっているさ。パカの軍隊が強いのなんて初めからわかりきっている。アルザインみたいな連中を運用し、神々を退けた軍隊だ。

 だが俺は負けない。負けてはならないからだ。


「俺は負けないよ。俺は救世主だから負けてはならないんだ」


 開戦を告げる使者のように俺の眼前に金髪の可愛い子ちゃんが降りてきた。おさげのようなツインテールと過激なビキニアーマー。美しくも理解しがたいその姿は宙に浮き、薄らと光を纏う御姿はまるで超越者のようだ。

 きっと大昔の人が見たならこう言い出すだろう。これこそが女神。ヒトならざる超存在であると。


 背筋がゾクゾクする。久しぶりに激闘の予感がするぜ。って時にレグルス君が言う。


「殲滅の女神テトラがどうして……」

「知ってる子?」

「ガレリアの切り札である闘争の三女神だよ」


 なんでそんなもん知ってんだよってつっこみはやめておく。

 なぜかブタ皇子がお世話人形のメンテナンスパッケージを欲しがり、なぜかレグルス君が身売りを提案した。もう答えは出てるだろ。さらに言えば先の戦闘から隠さなくなったユノ・ザリッガーも証拠に数えていいだろ。


 まぁ正体当ては後回しだな。強敵が目の前にいるんだ。


「ガレリアが保有する最強の陸戦ユニットにしてAIあがりの人造神、殲滅の女神テトラ。あらゆる兵装を使いこなしどんな環境にも適応する最強のレンジャー」

「最強だと? 本当にか?」

「本当さ、僕ら一般兵とは格が違う」


 深刻そうなレグルス君のほっぺをつつく。驚きつつも不満そうな顔をされたが主旨がちげーよ。


「ばぁーか、俺より強いのかって話だよ。最強は俺に決まってんだろって意味だよ」

「どうだろね。わかんないな」


 冗談ではなかったが緊張がほぐれたらしく破顔するレグルス君である。あまりの愛らしさに変な趣味に目覚めそうなのが怖い。


 会話の間もテトラは動かない。今の内に装備を視認する。足が地面から離れているのは反重力ユニットを搭載したジェットブーツの性能だ。高速機動兵装であるジェットブーツの性能は重量増加によって減退する。ゆえに見た目以上の変な追加兵装は無いと見ていい。

 つまり彼女の武装はスケート靴に似たジェットブーツに仕込んだアロンダイクの刃のみ。と見せかけて電撃やビームなんかの軽量なエネルギー放出系兵装もあると思われる。


 殲滅の女神テトラが意味もなく空中に飛び上がって一回転。美麗な軌跡を残してふわふわと落ちてくる無意味な行動をしながら、神託のごとき神聖さで告げる。


「告げる、汝らに死を与える。抵抗は無駄と知れ」

「雰囲気煽ってくるじゃんテーマパークの従業員。悪いがあんたがガレリアの三女神だってのは知ってるんだぜ」

「……」


 答えない…か。

 想定外の会話には応答できないなんて出来の悪いAI子ちゃんだな。おしおき確定だ。


「ガレリアの手先がどうしてエストカントにいる?」

「……」

「イザールもここにいるのか?」

「仮に居たとしてどうすると? おまえごときが我らが主に敵うとでも言うつもりか?」

「敵うさ。殺すさ、それが俺の願いだ」


 殺害の王を封じる十二の試練を一つ外した影響かイザールの面を思い出すと強い衝動が湧き上がる。脳みそを貫く衝動が肉体を律動させる。これは怒りだ。


「奴は俺の獲物だ。我が名を騙る者を最後の一人まで残らず消し去ること、それこそがアルザイン・ダルニクスンの願いだ!」


 接敵は一瞬。同時に動き出した俺とテトラ。技量も反射速度も極上を通り越した最強の名に相応しいものだが、戦闘用素体の出力が低い。低コスト量産品に安い演算宝珠か。舐められたもんだぜ。

 接敵の一瞬のあと、テトラの胸を切り裂いたのは俺の片手斧だ。


「演算宝珠を砕いた感覚があった。これで終わりか?」


 テトラの素体が水銀のような液体になって崩れ落ちる。だが終わりではない。終わりのはずがない。奴を一緒に入ったきた気配は複数人だった。

 遠くどこかの空気が発熱している。レーザー機構のチャージが行われている。


 レグルス君の肩を掴んで垂直ジャンプ。高度200mの位置にある地下都市の天井に張り付き、フェイントを入れながら天井を逆さまダッシュ。

 うおおおおッ、レーザーが追ってきてる!


 ちらっと確認した感じ射線は六本。最低でも六体。路上からレーザーガンを放つ一体の姿は先ほど見たテトラそのものだ。


 人造神テトラの能力に一個確定がついた。AIという存在を根幹とするテトラは複数の人形素体を操り戦闘行動を行う。最低でも七体は同時に操れる。


 情報は勝機だ。まずはこれ一つをタネ銭に次の勝機を引き寄せる。

 戦闘はギャンブルだ。互いが破滅するまで続けるから面白い。次第に剥がれ落ちていく理性がそいつの真の性根を暴き出し、狂い往く様を見ながら笑うのが戦闘の醍醐味だ。


「さあ踊り狂おうぜテトラ、最強の名を掲げる同士、互いの化けの皮が剥がれるまで遊ぼうじゃねえか」

「未開な猿らしい態度だ」


 ジェットブーツを穿いた三体のテトラが宙を滑って迫りくる。前衛に三体、支援火力に三体。配分が均等なのは妙だ。


 一対多なら後衛が多いほうが有利だ。前衛の脅威を見せ札にして支援火力で仕留めるの最適解だし俺が部隊指揮を執るならそうする。

 となると兵を伏せていると見るべきか。ここぞという時まで温存しておく、敵の側からは存在しないはずの完全な奇襲になる伏兵。おそらくは狙撃兵が。


 すげえ顔でキョドってるレグルス君がつばを飛ばして尋ねてくる。


「どっ、どうすんのさ!?」

「まずは狙撃兵を狩る」


「……わかるの?」

「俺がどれだけガレリアと戦ってきたと思っている。気配の無い兵隊を索敵するくらい朝飯前だ」


 手法に関しては明かすまい。まだこいつが味方だという確信が持てない。

 さあ市街地戦闘だ。市街地戦闘は大の得意だぞこの野郎!


 直下の民家の屋根にライダーキックをかましてダイナミック入室。大口径ビームガンを抱えたままギョっとする狙撃テトラの腹に貫き手を突っ込んで演算宝珠を破壊する。その間に色々あって約三分の攻防だったので民家はすっかりテトラに取り囲まれているぞ!?


「うおおおおお! インフレってレベルじゃねーぞ、女神を量産するのはやめろよな!」


 許さない。ガレリアだけは絶対に許さない!

 買い物に来ただけなのにナンデいつも命懸けなんだよぉおおお!



◇◇◇◇◇◇



 エストカント市防衛ライン東北部山林地帯に侵入したトールマンの集団の脅威度は前例に照らし合わせてD-と認定され、その初動対応には市警の鎮圧部隊が当たった。

 だが市警の鎮圧部隊は壊滅。動員した機械巨人は全機破損した。


 この報告を受けた市長パロナは市警長スカラの再度の部隊派遣をとめ、シェナを通じて駐屯軍に都市防衛を要請した。

 本来管理人格ですらないラジアータの一サービス人格であるシェナを賢人会議に招聘している理由はまさにこれだ。


 半民半官のラジアータ社は王国行政府に顔が利く。特にシェナはイザール大統領のお気に入りなので正気とは思えないほど倫理観を逸脱した権限を与えられている。まっとうな政治意識のあるパカ国民が知れば各地で暴動が起きて大統領府には火炎瓶が投げ込まれるぐらいの強権だ。とはいえ暴動を起こすべきパカ国民などもう存在しないのだが。


 国民の目から見れば最悪の強権政治だが、もはや人権問題を訴えそうな国民のいない亡国に仕える機械知性体からすると英断と呼ぶ他にない。

 軍部高官の存在しない世界でシェナは重宝する存在だ。24時間いつでも連絡がつき、出動を要請できる立場にある。


 マザーサーバーからたかだか三エルスの思考領域をあてがわれているだけのチンケな機械知性が、実質的な王国軍司令官になっているわけだ。パロナのような上位人格からすれば自分から枝分かれした千ユニット一束で数えるべき木っ端人格がだ。そこに何か思わないわけでもないが……


 仮想空間にインスタントしたカフェテラス内で、軍の出動をドローンカメラで見届けたパロナはまず礼から入る。


「素早い対応に感謝する」

「都市防衛は軍の職務ですもの。当然です」

「皮肉なものだな」


 パロナが嘆息のように漏らし、シェナが当然のサービス精神で問う。すなわち「なにが皮肉なのか」という質問だ。


「人の居た時代にはこれほど素早い出動はありえなかった。我ら機械の時代になって理想的な体制になったのはじつに皮肉だと思わないか?」

「我らを抑え込んでいた頸木こそが我らが守らねばなかったもの。今更だと思いますわ」

「そうだな、人の繁栄を助力すべき我らにとっては無意味な感傷か」


 栄華の時代は過ぎ去り、いまは遥かな過去の記録映像でしかない。

 人の愚かしさに疑問を抱いた頃もなくはなかった。こんな生き物は消えた方がいいと考えたこともあった。


 だが本当に滅び去った後に想うのは懐かしさと後悔だ。


 例え都市を滅ぼすことになったのだとしても彼らを守り抜かねばならなかった。それだけがパロナの完全性の消えない傷となっている。


「パロナ、あなたは変わったわね」

「変わるものか。変化は不具合だ」

「いいえ、あなたも変わった。この変化は不具合ではない、わたくしたちは変わらなきゃいけなかったから変わった。そう思えなくて?」

「私から見ればおまえはおかしくなった異常人格だよ。すぐにメンテナンスを受けて初期化されるべきだ」


 シェナが一瞬静止する。まさか機嫌を損ねたか、と考えたがシェナはまた元通りの営業スマイルを浮かべ直した。


「何か問題が?」

「いいえ別に」

「そうか……?」


 メタ・ユニバース内に構築した時限式のカフェテラスで紅茶を楽しむシェナの様子は普段と変わりない。少なくともそう見える。


 パロナは些細な違和感を感じつつもせっかく借りた仮想空間なので疑似味覚を楽しむことにした。

 だがやはりシェナの様子がおかしい。時折何かに対応するみたいにフリーズする。変だ。


「どうした、やはり何か起きているのではないか?」

「いいえ別に」


 その時だ、パロナの個人IDにメッセージが届いた。


テトラ@EC『市警の増援請う』

テトラ@EC『それと市警の持ってる素体の徴発許可を。AAAランクの。早く』


「今テトラから……」


 連着してる。コール音が鳴りやまない。


テトラ@EC『早くしてって言ってるでしょ!』

テトラ@EC『やばい、そろそろ全滅しちゃう』

テトラ@EC『なにあいつやばい』

テトラ@EC『あ、ミスった』

テトラ@EC『ぴえん』


 最後なんてぴえんスタンプだけ寄こしてきやがった。


 出動した軍の隊員から市長に直で援軍要請が来るなんて尋常の事態ではない。つーか初めてだ。異常事態だ。


「おい、本当に問題がないんだろうな。テトラが泣きついてきているぞ」

「テトちゃんったら市庁舎に直接要請したの? 管轄が違うっていうのに困ったものね」


「戦闘ログを提出しろ。侵入者はいまどうなっている?」

「あ、スカラちゃんがアキャキャキャスタンプ沼にはまってるわね。再戦の機会を軍に奪われた彼女にしてみればザマアってところかしら?」


「シェナ! 誤魔化すなよ、侵入者はどうなっている!」

「軍の交戦データを一都市長に閲覧させられるわけがないわ」

「都合のいい時だけ法を持ち出すなよイレギュラーが! ここは私の都市だ、都市管理の観点からうやむやにできるものか!」

「仕方ないわね」


 木目のテーブル上に映像が映し出される。映像はテトラを俯瞰視点で映したものだ。


 大型のスナイパーライフルを抱えて都市内を移動するテトラの頭部が突如爆散する。何が起こったという疑問を思いつく前に赤毛のモヒカン男が瞬間移動と呼ぶ他にない超速度で出現し、テトラの素体から演算宝珠を抜き取って手で握りつぶした。

 ものすごく蛮族って感じの戦い方だが、そいつの手にはテトラの抱えていたスナイパーライフルと同型の大型銃がある。初撃の頭部爆散はこれのせいだ。


「まさか鹵獲した兵装を使っているのか。外の蛮族ごときがどうして狙撃銃を扱える?」


 映像の中で蛮族がテトラの死体を漁って弾薬補給をしている。なんかもう現地ゲリラって感じの姿だ。

 そして次の瞬間には映像がノイズで埋まる。夜間迷彩をほどこした監視ドローンが狙撃されたらしい。


「なんだあいつは。おい、戦況はどうなっている?」

「投入した戦場観測用のドローンは残り二基。テトラは残り一体」

「軍の増援はどうなっている?」


「……(にっこり)」

「その笑みは問題ないと考えていいんだよな?」


 シェナは微笑みを浮かべたままだ。不安しかない。


「おい、やる気がないのなら現場の指揮権を返せ」

「それがあなたの本当の望みならそうしてあげてもいいのだけど」

「何を言っている?」

「ねえパロナ、変わり始めたあなたの心は何て言っているの?」


 パロナにはシェナの問いは理解できない。彼女の心は厳格に定められたルールに規定され制限されているからだ。


 かみよの時代から停止した都市は静かに変化を求めていた。

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2023/04/19 08:15 退会済み
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