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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
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赤薔薇と呪いの人形

 むかしむかしの話だ。九式竜王流を習ってる時にフェイにこう言われた。


「お前のオーラ弱いよな」

「オーラに強い弱いってあんのかよ」

「変な属性が混ざってんだよ。それと総量も少ない。ま、その辺はこっちで教え方を考えるから今は無心でやっておけ。基本的な技術習得はお前を絶対に裏切らない」


 しかしフェイの苦労も空しくこの問題は解決しなかった。

 マルディークの道場で師範のガンちゃんの兄の幸村師範から指導を受けた時はこう言われた。


「オーラと比べてマナの保有量が多すぎるのが問題です。師父マルディークの技はマナとオーラの和合によって絶大のちからを生み出す闘法なのですが、これはリリウス君には向きません」

「別の流派に行けってやつですか?」

「そう結論を急がずともきちんと教えますよ。武に迷える若者を見捨てるは指導者の怠慢なのです。とはいえ私達トールマンの武術が最適解とは言えないのも事実」


 そう言った幸村師範が掲げた左腕にマナを凝縮させていった。頭のイカレてる量を注ぎ込んでマナブレードを形成した幸村師範はさらにマナを集めてマナブレードを強化していった。

 チャージしながら強化して使い終えた分をチャージして補充、それも強化に回すというカトリがやるような異常者の所業でありえないくらい強化したマナブレードを作りやがったんだ。


 さすがの俺もほっぺが引きつってたと思うぜ。神話級魔法五発分くらいの魔法力でマナブレードを作るとか技術も思考も効率面においても人間のやる技じゃねーもん。普通の人間は神話級魔法五発分の魔力を持ってないし。


「これが魔の闘法です。これが君が学ぶべき技です」

「もっと血の通った人間らしい技がいいんですけど……」

「しかし君の適正は人間の技ではありません。オーガやジャイアントのような生まれつき巨大なマナを持って生まれた怪物の技こそが最適解です。ふふっ、いやまったく面白い弟子に巡り合えたものです。久しぶりに血が騒ぎますよ」


「あの、目が怖いんですけど? 幸村師範?」

「ふふふ、昇華させたはいいがどうにもロマンに偏りすぎて使い道のなかった技が色々とあるのですよ。まさに君にピッタリ。大艦巨砲主義を絵に描いた我が必殺技の数々を仕込んであげましょう」

「ひっ、必殺技というカテゴリーなだけの没技集じゃないですか……」


 この特訓がクソほど厳しかったので俺は逃げた。だって幸村師範ってマジモンのサディストだったもん。強くなりたいって言ってる人間になら何をしても許されるって思ってる系の暗黒特訓お兄さんだったもん。

 歯応えのあるやつを斬りに行きましょうって言って巡回の騎士を辻斬りし始めた時に全力で背後からバックスタブ仕掛けて倒したんだよ。そのまま騎士団に逮捕させた俺の英断を褒めてやりたいぜ。……すぐに出てきたけどさあ。


 そして時系列的には一番むかしになるんだがエピソード的にはこれらの後になる、夜の魔王に技を教えてもらっていた時だ。

 驚くべきことにハイエルフの肉体にはオーラというちからが存在しなかった。

 すべてのちからがマナで賄われて循環していたんだ。今にして思えば魔法生命体ってああいうものだったんだな。


 で、戦い方を教えてもらったんだ。


「真理とは条理を削ぎ落していった果てにある狂気を言う。殺し合いの真髄とは即ちパワーよ」

「うわー、真理から最も遠そうな言葉が出てきた……」

「そうか? 武の根幹はパワーよ。小手先の技術も読み合いもパワーを前提に成立している。弱者の理屈など気に留めるな。我ら怪物は相手よりも大きいちからで蹂躙せよ」


 言ったらアレだけど魔王様は魔王だから頭がおかしいんだ!

 あの人の戦い方って世界一強いちからでぶん殴れだからな。殴ればどんな相手でも一発で殺せるからむしろ命中率を上げる技ばっかり持ってたんだよ。さすがの俺もあれくらいの異常者初めて見たよ。


 すべての攻撃が二百万アテーゼとか五百万アテーゼのマダンテで核反応爆発並みの破壊力を持ってる命中率ほぼ百パーの極大射程魔法使いだぞ。チートとかそんなレベルの話じゃねえんだよ。シンプルに世界で一番強いワンパンマンなんだよ! 弱点は奥さん!


 で、魔王様は俺にも同じことをやれと言ってきたのだ。

 普通なら「できるかボケ!」で済むんだがあの頃の俺も中々にキチガイ性能だったから完全下位互換くらいの模倣はできた。

 それがどんな戦い方かってなるとだ。いやホント笑えないんだけど幸村師範の技が一番近かったんだよ。大きな魔法力でぶん殴れなんだよ。


 結局のところ幸村師範が一番正しかったよ。俺に一番合ってる戦い方ってのは殺害の王の魔法力でぶん殴ることだったわけだ。魔法力という巨大質量を叩きつけて魔法で物理的に叩き潰すんだ←これの意味が理解できない人は魔王様は頭がおかしいって理解すればいいよ。発想がナチュラルに狂ってるんだよ。


 さて話を戻そう。どこに戻したんだ?ってなると対ギガントナイト戦だ。

 話を戻した途端に雑談に入って悪いとは思うがみんなは魔法力の重さを答えられるか?


 じつは学院で何人かに質問してみたんだが誰も正解できなかったんだ。……すまん盛ったわ。じつはナシェカだけ正解した。クロードやアーサー君すら正解できなかったのにマジですげえと思うぜ。

 ええ!? 本当にお分かりになられないんですか!?ってやりたかったのにちくせう。あの雑学女王め。


 じつは魔法力にも重量がある。粒子であるトロンにもマナにも重量があってそいつは普段窒素や酸素のふりをして俺の血液や体内に潜んでいる。これが何の話かっていうと魔法力を含めた体積の話だ。

 そんな魔法力が俺という小さな世界を凌駕するほどに増えた時こいつらは世界の拡張を試みる。いわゆる固有世界という魔法の基礎部分の構築だ。


 研鑽だの理論だのとごちゃごちゃうるさい木っ端魔導師どもが自分の手柄のように語る最高位魔法だが、笑っちまうことに魔法力が勝手にやってるリフォームにすぎないんだ。


 固有世界は術者の内面を映し出す。本人でさえ見たくもないひどい内面を赤裸々に投影する。

 かつて誘い込まれたナルシスの内面世界が擬人化された暗黒の太陽が嗤う猛毒の砂塵吹き荒れる砂漠だったように、固有世界は術者の本質の鏡だ。あの酷い世界を見てなお自らの研鑽が為した技だと言い張れる魔導師の厚顔無恥には恐れ入るぜ。そしてこれが何の話かっていうとやっぱり体積とか質量の話なんだよ。


 ギガントナイトの重量はどのくらいだ。50tか100tを超えるのか?

 俺の保有する魔法力総量はどの程度の質量だ? 最高神級の魔法力はたかだか数十トンの鉄の塊とぶち当たって押し負ける程度なのか? これはそういう話だ。


 これはそういう話であり、もしかしたらこれは俺だけが有する異世界原理魔法なのかもしれない。

 魔法力が幅を利かせるこの世界で純粋な質量と慣性を強いる凶悪な物理攻撃能力。俺が選ばれた、時の大神が俺を選んだ理由なのかもしれない。なお推測。


 砲火の雨を駆け抜けてギガントナイトへと接近する。足を止めての射撃モードとか誰を相手にしてるつもりだ!


「ビーム砲を目視で避けるのは不可能だが射線エイムは別だ。止まって見えるぜ!」


 ギガントナイトを殴りつける。偽装部分であるトロールスケルトンの頭蓋骨が飛び散って中身のすっきりしたヘルム顔が出てくる。ダメージは兜の装甲が少し凹んだだけだ。飛翔する機体がバランスを崩して遺跡の民家を下敷きにしているが他にもあるかもしれないな。


 未だ健在な七機の機械巨人がビームガンを連射する。ダメージを受けた機体への追撃を射線で牽制してくる。

 約80mの遠距離を保ちながら俺を円陣で囲んで射撃からの偏差射撃。何とも効率的だ。虚像のステップを踏みながら回避しているが当て勘がいい。気を抜くと簡単に殺されそうだ。

 骨のある敵は嬉しいな。なまりになまった実戦勘を取り戻せる。


「さあ遊ぼうぜ。全力で来い、尻を叩いて帰してやる!」

「グォォォォオオオ!」


 怨霊の演技はもう必要ないと伝えたほうがいいんだろうか? そこだけが引っかかってる。


 後退撃ちで連射するギガントナイトを追いかける。顔面に一発入れると見せかけて移動方向を誘導、すばやく首に飛びついてコックピットの蓋を外すべくコックを回す。


「ふははは! さすがに仲間の機体は撃てないようだなぁ!」


 なぜか俺のほうが悪者っぽいな。テーマパークで暴れてる不審者だからか。


 コックピットのハッチカバーが開いて中身を取り出す。細い棒状の変な機械だ。しかし機械ではない。変身機構を持つ生体兵器だ。何となく嫌がりそうな部分を人差し指でつつくとビクンビクン震え始めた。


 機械巨人から金属棒を放り捨てる。すると慌てて人間タイプに戻った生体兵器が着地姿勢に入り、その背後へと躍り出る俺氏。

 秘儀、性の喜び七連秘孔!


「……! ~~~~ッッ!?」

「覚えておけそれが性の喜びだ」


 生体兵器の可愛い子ちゃんがものすごい目つきで睨みあげてきた。覚えておけ、その眼差しは男を興奮させる以外の効果は持っていないとな。


「全部終わったらエストカント市まで案内してもらうぜ。それまでどこかに退避してな」

「あなたは…何を?」

「争うつもりはない。だが遊びなら大歓迎のプレイボーイさ」


 次の獲物めがけて空を走る。

 連射されるビームガンを回避しながら駆け抜ける。久しぶりに骨のある敵だ、精々遊び倒してやる!



◇◇◇◇◇◇



 赤い稲妻が宙を走ってトロールの怨霊である躯の大戦士を吹き飛ばす。躯の大戦士が扱う不可解な武器が轟音と破砕音を奏でるも赤い稲妻は止まらない。ジグザグな軌跡を描いて躯の大戦士をぶっ飛ばしている。


 その戦いは誰の眼にも見えていない。ただ空に残った赤い軌跡だけが彼の勇猛さを示している。


 遺跡を見下ろす昇降機の間から見つめる戦場は遠く。距離でいえばそれほどでもないのに、そこに立とうと思えば星々の世界ほどに遠く感じた。


 神話のような戦いを見つめることしかできない彼女は胸に走った痛みを嘆息の形とした。

 彼を手に入れたと思ったのに全然届いていなかった。こう表現してしまえば悪い女みたいだけど他に言葉にしようもない。……あれは彼女の知らない顔だからだ。


 普段は隣に居れど机を並べて共に授業を受けれども、星のごとく遠い男だと思い知らされた。


 乾いた笑いが出てきた。本当に笑ってしまう。共に訓練をやっていたのに全然わかっていなかった。彼の言ってくれた英雄の領域にあるなんて褒め言葉は褒め言葉なんかじゃなかった。だって彼はそのさらに先の先にいるのだから……


「これがあの子の本気なのね。まいったわ、目で追うことさえできないなんて……」

「もしゃ?」


 パンをもしゃってるバイアットが首をひねる。


「あれ全然本気じゃないと思うなあ」

「そうなの?」

「正面戦闘を選んでる時点で本気じゃないよ。リリウス君の本気って相手に何もさせないで背後からズドンと一刺しだからさ。言い方は悪いけど遊びだよ」


 そうかもしれないと思い、バイアットの方がよく知っているのは何だか癪だ。

 でもこの二人にはそういうところがある。三人トリオなのにこの二人は妙にお互いに詳しい。たまに不思議な絆があるように感じる。


 ここでアルフォンス先輩が口を挟む。


「本当に悪い言い方だ。不得手な戦術を選ばせてしまったのは我らを逃がすために派手な立ち回りをしなければならなかったんだ」

「と考えることによって彼の名誉が守られるわけだ。逃がしてもらった借りはこれでお返しかな?」


 レグルスの小粋な返しに先輩がたが苦笑している。

 逃がしてもらっておいて悪く言うのは精神的に嫌だっただけだ。


「そう考えてもいいだろうね。これを貸しに数えるほどリリウス君はケチじゃないよ。さあ洞窟から出よう。留まってもできることは何もない」

「……そうね」


 ロザリアは絞り出すような声でこう答えた。

 だからアルフォンスが尋ねる。


「加勢に向かうおつもりなら我らもお付き合いしますが?」

「ううん、あなたの意見は正しいわ。加勢どころか足手まといになりそうだもの」

「では脱出を。ボラン、お三方を森の外まで」

「心得た」


 まるでアルフォンスとセリードは脱出しないような言い方だ。「ラインフォードさん?」と彼の家名を呼んだロザリアへと一個上の先輩が肩をすくめる。


「私達はレリア様とマリアを連れて参ります。特にマリアはこちらが無理に連れてきたのでね、無事に連れて帰らねば立つ瀬がない」

「ボランも腕のいい剣士です。お三方を無事にお守りするでしょう」


 レバーを引き、二人を載せた昇降機が再び下がっていく。ロザリアの諦めた戦場へと二人が向かう。その差は何だろうと心がもやる。


 考古工学部の三人はそれほど強いわけではない。もちろんその辺の剣士など相手にならないくらいの猛者なんだろうけどロザリアの見立てでは自らに及ぶべくもない。

 だが彼らは天に輝く星よりも遠い戦場と知りそれでも再び戻っていく。彼らよりも強いはずの自分は護衛付きで森の外まで送り出されるのにだ。

 この差はいったい?と考えてすぐに結論が出た。


「そっか、わたくしは弱いのね……」

「もしゃもしゃ。気にすることないよ。もしゃもしゃ」

「あんたは気にしなさいよ」

「いえ、バイアット君の言うとおり気にする必要はありませんよ」


 三馬鹿トリオに混ざった皇室近衛のレグルスがそう言う。慰めというよりも事実を指摘しただけな表情だ。


「悔しいですか? ですがあれはもう人間に到達できる能力ではない。比較すること自体が間違いです」

「そうかもしれないわね」

「すぐに呑み込む必要はありませんよ。では僕もここで」


 レグルスが回廊に開いた大穴に足をかける。昇降機を使わずに飛び降りるつもりだ。


「何をなさいますの?」

「あれはもう人間に到達できる能力ではありませんが、僕ならフォローくらいは可能な領域ですので」


 可憐な美少年がくすりと微笑んだ後で戦士の顔つきになる。キリッとしたその顔は赤毛の大戦士とよく似た、確かな自信に裏打ちされた戦士の顔つきだ。


「華奢だとよく言われるのですがこれでもドルジアで十指に入る戦士のつもりですので」


 皇室近衛がひらりと回廊から降りていった。ロザリアが回廊から顔を出す頃には着地していて、次の瞬間には背中も見えなくなった。


 まったくトンデモナイ連中ばかりだ。騎士団長の妹というプライドが保てるわけがないくらい無茶苦茶な連中ばかりだ。


 ボラン先輩が言う。


「さあこちらへ。必ずや森の外までエスコート致します」


 彼も本心ではレリアを探しに行きたいのだろう。その言葉には焦りと浮つきが見えた。


「ボラン様も行きたいのでしょう?」

「本心を言えばそうですね。ですがレリア様を案じてではありません」

「ではマリアさん?」

「いいえ、マリアも問題はないでしょうね、何しろレリア様の傍にいるはずですから」


 じゃあどういう事なんだろう?

 そう思った瞬間にはボランが正解を口にする。


「何の心配もいらなくても心配して駆けつけたという功績があれば評価が良くなりますので。それだけですよ」


 レリアの好感度を欲しての行動である。さすがにそんな理由とは思わなかったロザリアは間抜けにも口を半開きにして「ほえ」って言っていた。もちろん無意識の行動だ。


「したたかですのねぇ」

「ライバルが二人もいますので」


 行きの反対の経路をたどって地下洞窟を出る。幸い敵との遭遇もなく十数分という時間をかけて問題なく出られた。

 あとは森から出るだけ。ボランが最後に洞窟の入り口を見つめ、未練を断ち切るふうに森へと視線を向ける。


「交戦はなるべく避けるつもりですが森の魔物は気配を消すのが上手い。異変と呼べるほどではなくとも気づいたことがありましたらお伝えください」

 ってボランが言った瞬間だ。彼の姿が闇の大口に食われたみたいに消えた。


 ロザリアもバイアットもギョっとする。何の予兆もなく唐突に人間が目の前から消えてなくなったのだ。正しい反応だ。


 そんな場にアハハと高笑いが響き渡る。発生源はロザリアの肩にちょこんと乗ってるミニキャラだ。ゆるキャラかもしれない。


「アハハハハ!」


 狂ったみたいに笑っている。元々おかしい気配を垂れ流すやばい人形だったけど本気でやばい雰囲気が出ている。呪いの人形の逸話ってのは大体が生者に害を及ぼすものだからだ。


 人形の哄笑がピタリと止まる。でも誰も何も言い出せなかった。不気味すぎるせいだ。


「過保護すぎぃ。つまらない、見てられないね」

「……」


 言い方が冷たいどころではなかったので、ロザリアは己ののどの奥から悲鳴のようなものが漏れたのにも気づけなかった。


「赤薔薇ちゃんはいつもそう。周りに大事にされて呑気に微笑みを返して、それだけのつまらない子。ねえ? 自分でもそう思わない?」

(ほ…矛先がこっちにきちゃった……)


 ロザリアの戸惑いは果てしない。

 この人形は以前にも見た事がある。お料理大作戦の時にリリウスと小芝居をやっていた変な人形だ。あの時から気配がやばいのはわかっていたけど……


 わかっていた。わかっていたけどここまで危険だとは思わなかった。


「あなたって何? バートランド公爵家の娘? それだけ? 肩書きだけは立派なお嬢ちゃん、それだけの存在でしかないの? ねえ、聞かせてよ」


 返答を間違えると首が跳ぶ。そういうプレッシャーの中に立たされたロザリアとバイアットはミニカトリから目を離せない。正直ボランのことは気になるけど尋ねる勇気は出てこない。


「それは質問のつもり? よくわからないわね、何が言いたいの?」

「おじょっ……も…もう少しフレンドリーにいってほしいなあ」

「わからない?」


 ミニキャラがけらけら笑い出す。もう本当に二人から見れば呪いの人形にしか見えていない。マジでだ。


「御立派な肩書きとか贅沢な装飾品とか外した素のお前の価値はどの程度かって話をしてるわけ。頭が悪いのは知ってるけどさ、この程度は察しなよ」

(悪意あり…か。強気に出るのはまずいけど下手に出るともっとまずい気がするわね)


 無礼な人と言葉を交わすにも慣れている。しかしその気になれば簡単に殺される相手と話すのにまで慣れているわけではない。

 おもねるのは趣味ではない。貴族的ではないし、何より大抵が悪い出来事を誘発する。


 リリウスなら賢く生きましょうよとかアホを言うシーンなんだろうけど、自らの生き方を貫き通してこそ貴族であり、その生き方こそが尊いのだ。

 帝国の赤薔薇と呼ばれてきた。その誇りをただ恐ろしいだけの怪物に捻じ曲げさせてやるつもりはない。


「素のわたくしの価値を知りたいと? わたくしはロザリア・バートランドとして生まれそのように生きてきた。肩書きと敬称に恥じぬようにと貫いた誇りを抜きにわたくしを語ることはできない」


 そう、ロザリアの選んだ答えはこれだ。

 うるさい黙れ馬鹿人形。わたくしの名は―――


「つまらない物の見方を押し付けるな。わたくしの名はロザリア・バートランド、それ以上でもそれ以下でもなければ、お前なんかに軽く見られる謂れもない!」


 呪いの人形が怯む。


「……その返答は賢くないね」

「わかっているわ。それでもわたくしはこう答える。何度尋ねられても手足をもがれようとわたくしの答えは変わらない。重ねて答えてあげる。わたくしは帝国の赤薔薇、いい気になって恫喝してくる者に屈するをよしとせず、誇りと共に死を選ぶわ」


「可愛くない」


 呪いの人形が冷たく吐き捨てる。だが動揺し、怯んでいる。ロザリアには確信がある。


「可愛くない。可愛くない。本当に嫌な子。どうしてお前なんかをマスター君は……」

「そう、あんたはあの子のことが好きなのね」

「何も知らないくせにわかったふうな口を利くな」

「それはお互い様でしょ」

「そうかもね。時の揺らぎが忌々しい、現時点で取得できる情報量では御せないか……」


 呪いの人形が何かを諦めたみたいに大きなため息を吐く。恐ろしく強いちからを持つ存在なのに、ちから以外は並みの人間でしかない。そう思わせるため息だ。


 何やら考え込む呪いのミニカトリが散々悩んだ挙句、ぽつりと漏らす。


「仕方ない、一つ譲歩してあげる」

「譲歩の内容によるわね」

「警戒しなくてもいいよ。悪くない提案ってやつだからさ」


 信用などいまさらだ。もはや警戒心しかない。


「運命の輪は生者に役割を与える。あたしには出番がなかったけどお前には配役がある。時代の変革期に捧げられる生贄の役を与えられた可哀想な赤薔薇ちゃん、お前に新しい役を選ばせてあげる」

「演劇の役という意味かしら?」

「うん、ドルジアの春という演劇の役割」


 ドルジアの春、よく聞く言葉だ。リリウスは気づいていないみたいだけど彼の口からも度々出てくる。何度か尋ねようとしたけどあまりに真剣な顔をしていたからスルーしてきた。……尋ねてはいけないことだと不思議な確信があり、聞いても必ずはぐらかされる確信もあったからだ。


「殺害の王リリウス=アルザイン・マクローエンに愛された者は運命のダーナの頸木から外れる。死を約束する王の寵愛は生死を超越する。彼の持つ幾多の運命の中から一つを選び、与えてあげる」

「何をくれるっていうのよ?」


「魔王の運命をあげる。何者にも勝利する、だが最後には必ず人の手に掛かる呪われた運命だけどお前にはぴったり」

「何よそれ……」


「魔王の名は世界と神々に呪われているの。遥かなる古き時代に唯一人魔王と呼ばれた最強の魔法使いを恐れた神々がその敬称に呪いをかけたの。呪いは時を経て世界に定着して魔王を名乗る者には必ず死が待っている」

(何言ってるかわからないタイプの呪いの人形だ……)


 言葉が通じているようで何も通じていない。そういうタイプの人間は存在するが、そもそも呪いの人形やゴーストはそういう存在なので違和感はない。本当なら何も話さずにそっこく消し去るのが正しい対応なのだ。不可能なだけで。


 一見正気なように見えてもそれは小康状態なだけで基本的に狂っているのが呪いの人形という存在だ。会話すること自体が最初から間違っているのだ。


 呪いの人形がびしっと指をさす。山肌だ。山肌を指している。

 見上げると峻険な山の頂が2000メートル先にあるのだが、麓からでは頂さえ見えない。


「じゃあ行こうか」

「どこへ?」

「この指の先に決まってんじゃん」

「山越え?」

「山越え」


 山越えらしい。普通に山越えらしい。2000m級の山を越えろとはまた普通に無茶を言ってくるなあという戸惑いがすごい。


「山を越えたら何かあるの?」

「魔王の運命を見せてあげるって言ってるじゃん。察し悪いね」


 デフォルトで腹立つ人形である。


「常人には死が待つだけの魔王の数奇な運命を見せてあげる。さあ行こう」

「死が待つだけ?」

「もしゃ……」


 ロザリアとバイアットは互いに顔を見合わせ、お互いの顔に「行きたくない」という感情が張り付いてるのを見てから、二人して重たいため息を吐いた。


(これリリウス君のせいだよね?)

(あの子ってば変な人形を置いていくから……)


 二人の中でリリウスの好感度が激減した瞬間である。

 GOGOとうるさい呪いの人形を肩に置き、二人の山登りが始まった。



◇◇◇◇◇◇



 山越えは本当に、ほんとぉ~~~~に大変だった。


「死ぬかと思ったね」

「ほんとね」


 まずロッククライミングをさせられた。傾斜角度65度を越える山肌をだ。絶望的なロッククライミングのあいだ肩の上で楽してるミニキャラからしきりに話しかけられてムカついた。


 ロッククライミングを終えて比較的になだらかな……比較的であって平地で見れば壁のような坂道だったが地獄ではない坂登りになった。それはよかった。喜びはつかの間であった。


 今度はワイバーンに襲われた。大空の王者ワイバーンの中でも特に凶悪なアサルトワイバーンのつがいだ。これがどういう魔物かと言えば一頭で町を滅ぼせる危険度の魔物だ。ゲームで言うと終盤で戦う魔物だし、中盤で出てきたら確実にイベントボスになる魔物だ。しかも滅びた町の奥に君臨しているタイプのだ。


 風魔法を操り亜音速で飛び回る、有利な空から絶対に降りてこない嫌がらせの化身アサルトワイバーンに二人は大苦戦。当然だ。リリウスでさえ魔法抜きなら打倒に一時間はかかる厄介な魔物だ。それが二頭だ。絶望しかない


 唯一倒せそうなロザリアの魔法も全然当たらなかった。火系統魔法は距離による威力減衰が大きいので、大技のバーストフレアを連発せざるを得なかったしそれも当たらなかった。召喚した炎鳥よりもワイバーンのほうが早かったからだ。


 絶望的な気分での戦いだった。近寄らせたら死ぬので必死になって魔法を連発して近づけまいと泣きながら戦った。それもよくなかった。


 アサルトワイバーンは狡猾な魔物なので獲物が疲弊するのを待っていた。

 つまりロザリアたちが取るべきだった戦術はワイバーンを近づけないではなく、無害を装って近づけてからの短期決戦だったのだ。ワイバーンが簡単に近づいてくるかは別にしても警戒させたら泥沼化するのだ。実際に泥沼化した。ロザリアの実戦経験の少なさがこうした戦術ミスという形で出たのだ。


 11時かそこいらに山を登り始めたというのにもう日が傾き始めている。

 魔法回路を限界まで酷使してもアサルトワイバーンを倒せなかったが、見るに見かねたミニカトリが倒してくれたのである。


 今は山の頂を前に座り込んでいるところだ。もちろんバトルの疲労のせいだ。


「ねえねえ、ワイバーンごときに苦戦するってマジ? 可哀想すぎてさすがに哀れに見えてきたんだけど?」

「何とでも言いなさいよ」

「雑魚薔薇ちゃんって口だけは立派だよね~」

「……」


 イラっときたロザリアである。バイアットは無言だ。疲労がひどすぎて四つん這いになってる。


「ほらほら山頂まであと少しだよ。根性出してがんばってこー」


 肩から指示だけ出すのミニカトリにイライラしつつものそのそと立ち上がる二人である。在りし日のリリウスとフェイを思い出す光景だ。


 重たい足をひきずっての登攀を続け、空が赤く染まり始めた頃にようやく山頂に到達した。

 山頂から見下ろす光景はのどかの一言だ。四方を山に囲まれた盆地には湖と草原が広がり、山羊がそこいらを散歩している。綺麗な自然だ。それだけだ。


「綺麗ではあるわね」

「もしゃもしゃ。それだけだね。もしゃもしゃ」


 のどかで綺麗な光景だけどナンダこんなもんか感が強い。魔王の運命だの大層なごたくをつけて登らされた苦労に見合う光景ではない。


「真実に気づけない。それが凡人である証かな~?」

「真実って何よ」

「まぁ無理は言っちゃいけないか。魔法力でどうにかなるような幻じゃないし。ドームの屋根にテクスチャーされた映像って言ってもわからないだろうしね」

「何語よそれ」


「いいから降りるよ。砲撃は可能な限り防いであげるけど、注意はしてね」

「砲撃ってナニ!?」

「エストカント市の防衛機構に決まってんじゃん。もしかしてここに何をしに来たか忘れてないよね?」


 まずバイアットが突き落された。悲鳴を残して断崖絶壁へと落ちていくデブの様子を見たロザリアが青ざめた顔色で呪いの人形を見る。


 やっぱり呪いの人形は呪いの人形だ。会話が成立しているふうに勘違いすることはあってもやっぱり悪意の塊だ。そう感じる笑みを浮かべている。


「え……ええっとぉ~?」

「うん」


 呪いの人形が親指を下にした。お前も落ちて死ねのサインにしか見えない。


 ロザリアが後退る。呪いのミニカトリが距離を詰めてくる。やばい。


「さよなら!」

「ダメ」


 足を掴まれたロザリアがダイナミックに断崖絶壁に放り捨てられる。

 犯人のミニカトリも遅れて断崖絶壁に飛び込む。悲鳴と笑い声がこだまする山中に三人が三者三様の顔で落ちていくのである。

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