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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
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エストカントの支配者たち

 金属質な廊下は延々と続き、途中にはスライド式ドアと思われるものもあったがカードキー式なので解錠はできなかった。ゆえの一本道。

 レリアとマリアは得体の知れない怪物の口内を歩いているような、どうにも呑み込み難い緊張感の中にある。


「見られていますね」

「そのようだ。感情のない悪意だけがやってくるが出どころがわからん」


 金属で作られた廊下に入ってすぐに見られている感じがした。

 だが誰にどこからという正確なところまではわからず、襲撃もない。なのに視線はどこまでも追ってくるから性質が悪い。


「どんな相手なんでしょう。古代遺跡っていうとゴーレムが定番ですよね」

「冒険小説の定番だな。実際は地域のモンスターの巣になっている場合が多いが……」


 レリアも冒険小説は好きなので色々としゃべり出す。残念ながらマリアにはわからないタイトルが多い。父ガイウスは書斎にけっこうな蔵書量を誇る読書家ではあったが、稀覯本にまでは手を出していなかった。

 寡黙なレリアも冒険小説の話題となると饒舌だ。それが何だか不思議に思えてマリアは笑ってしまった。


「しゃべりすぎたか」

「お好きなんですね?」

「小さな頃は冒険家になりたかったんだ。海原へと帆を掲げ、世界中を巡る果てなき旅路へ。だが初めての冒険で現実を知ったのさ」

「どんな現実を?」

「野宿に耐えられなかった」


 虫が嫌いだ。枕が変わると寝られない。雨中の野宿では風邪を引き、三日前に旅立った宿場町にとんぼ帰りもした。どうにも調子が戻らず一週間くらい町にこもっていたら兄の放った護衛に捕まってしまった。


 今はもう全然平気だけど家出娘の冒険は最初から最後までダメダメだったと笑って話すレリアはたしかに冒険が好きらしい。普段の退屈そうな彼女ならこんなふうにしゃべってくれなかったはずだから。


「さあ笑え、温室育ちの小娘の可愛い失敗談さ。……本当に笑うやつがあるか」


「でも面白いです。先輩にもそんな可愛い頃があったんですね」

「お前も一言多いやつだな。だがまぁあったんだよ、こんな私にも可愛い頃がな。それがどうしてこんな女になったやら」

「そういうところは今もカワイイですよ!」


 褒めると恥ずかしがられた。そういうところが可愛いのに、本人にはわからないのかもしれないと思った。


「……お前は可愛いやつだな」

「じゃあ可愛いペアですね!」

「よせ、私を混ぜると可愛さが落ちる」

「じゃああたしが二倍可愛くがんばります」

「あぁそうかよ。じゃあ可愛いマリアにおんぶにだっこで寄生しよう」

「可愛く振る舞う努力はしてくださいね!」

「要求の多いやつだなー」


 マリアが足を止める。レリアも僅かに遅れて足を止め、魔導防壁の強度を固める。

 悪意の視線が強さを増し、刺し殺すがごとき殺意となって二人を狙っている。


「どこから来る?」

「たぶん前方。天井付近から来ます」


 天井の付近から嫌な予感がする。極限まで高まった集中力がマリアの精神を加速して常人を遥かに超える超速戦闘を可能にする。ここまでに至れば会話など不可能だ。すべての音は水中の没した時がごとく曖昧になり、だがその眼は落雷さえも映す。


 天井の一部がカパッと開き、穴からコンパスの針のような変な金属が出てきた。

 人間大のコンパスの針。そうとしか言いようのない不思議な機械が光の針を吐いた。レリアの展開する魔導防壁と衝突した光の針は嫌な拮抗を見せたがすぐにちから尽きて床に落ちる。本数は20本。一射で20本の針を打ち出す仕掛けのようだ。


 レリアの魔導防壁その一部が欠けている。卵に例えるなら殻を射抜かれて白身の部分まで届いているような状態だ。たった一射でこれだ。


 コンパスが光の針を連射する。薬莢と落下針と相克するエネルギーの衝撃が廊下に吹き荒れる。修復と増築を重ねる魔導防壁の中は安全でマリアはやや安堵していたが、次の瞬間の安全までも保証するものではないことはレリアの顔色を見れば明らかだ。


「私の防壁を穿ち浸食して書き換えるのかッ! 面白い!」

「お顔お顔、可愛いを忘れないで!」


 犬歯を剥き出しにして魔女のように微笑む先輩にはカワイイの助言は届かない。カワイイペアの話は嘘で全然乗り気じゃないからだ。

 コンパスを重力弾で圧壊する。こっそりと注入されていた睡眠ガスは燃やす。焦熱と爆炎が踊り狂う通路を二人が行く。その姿はまるで地獄からの使者だ。


 その後も色々な罠が往く手を阻むが何者も二人の進撃を止められない。いったい誰にこいつらを止められるというのか。


 しかし二人の進撃は思わぬ形で止まる。

 金属製の通路をまっすぐに歩いてきたはずなのに、元の場所に戻ってきた。焼け焦げた壁床に残る魔力痕跡でレリアは己の所業だと気づいたのだ。


「やられたな、同じところをぐるぐるしていただけか」

「気づきませんでしたね。どうします、そこいらのドアを壊しますか?」

「必要ない」


 レリアの魔眼が魔力を発して赤く染まる。何もない床を見つめ、その向こうに潜む何者かを睨んでいる。


「軍とは出動まで時間がかかるものだ。そして必要な時間はもう十分に経過した。ならばこの無意味な時間はなんだと思う?」


「あたしたちを見定める時間ですか」

「うむ、どうすれば効果的に排除できるか戦術構築の段階だろう。そろそろ示せたと思うのだよ」


 会話の流れがわからなくなったマリアが首を傾いでニヘラと笑う。これはよくわからないので教えてくださいという反応であり、そういう愛嬌を好ましいと思うくらいにはレリアもマリアの可愛さを認めている。逆にいえば可愛さ以外は評価していない。戦闘能力も知性もまだまだガキだなと思っているのだ。


「我らは手強いぞ。排除しようと思えばそれなりの被害が出るぞ。そう示せた頃合いだと言っているのだ」

「なるほど?」

「スポンサーからの依頼は都市の盗掘などではない。都市と友好関係を築いての通商条約の締結なのだよ」


 ようやくマリアも理解した。


「なるほど! ケンカしてる場合じゃありませんね」

「そうなんだよ。おりこうなマリアには飴をやろう」

「わぁい」


 レリアが古代語で呼び掛ける。まったく不思議なことにマリアにも意味が分かりそうな雰囲気は出ている。なぜ古代魔法王国の言葉と現代の言葉が似ているかなどイルスローゼ建国の背景を知らねばわかるはずがない。

 世の学者がいうようにイルスローゼこそが古代魔法王国の末裔であるという世迷言を公に発することになる。


「エストカントの者よ聞け。我らはそちらの市と友好を結びたいと考える者の使者である。どうか都市への扉を開き我らを交渉のテーブルへと招きたまえ!」

『考慮はしてやる』


 床が消える。軽い浮遊感と同時に落ちたのはほんの三メートル程度。


 降り立ったのは広い部屋。周囲を囲むのは武装した兵隊。無数の銃口を向けられてなおレリアとマリアは戦意を崩さない。戦えば勝てる。その確信がある。


「考慮はしてくれるんじゃなかったか?」

「その手に縄を打たねばテーブルに着けない野猿には相応しい対応だろ。それとも抵抗するか?」

「いや、拘束を受け入れよう」


 レリアが魔法杖をベルトにしまう。マリアも剣を収める。

 目的は通商条約。方針は舐められてはならないが穏便にだ。


「賢明だな。その程度には理性があると上に報告してやる」

「上とは?」

「賢人議会。今頃お前らの話を聞くかどうかを話し合ってる連中さ」


 手錠をはめられた二人がビークルで連行される。レール移動する地下通路用のビークルから見る無味乾燥な光景が流れていく。

 同行する兵隊は何もしゃべらない。心を持たぬ人形みたいな連中が不気味で、マリアも何となく口を開きにくかった。代わりとばかりにレリアがしきりしゃべりかけていて、指揮官はむすっとしたまま応じている。


 やがてビークルが地下通路を出る。

 その光景にはレリアも、押し黙ったままのマリアも驚いている。


 その存在そのものが一個の機械であるかのような未来都市が、四方を山に囲まれた山間部に存在した。


 空を走るレーンのような高速道路。見上げても頂点の見えないほど高くそそり立つ高層建築。これを初めて見るマリアは千年も二千年も未来に迷い込んだ気分でいる。


「綺麗……」


 だがすぐに異常が目につく。


「でも誰もいない」


 綺麗な町なのに通行人は誰もいない。誰の息吹も感じない。こんなにも綺麗な町なのにどうして?


「先輩、ここは遺跡じゃないって」

「完全稼働都市とは言ったな。都市機能は完全に生きている。それは見ればわかるだろ?」

「でも誰もいません」

「こいつらがいるじゃないか。……というのは意地悪がすぎるか。古代魔法文明はたしかに滅びたよ。主亡き町が今も勝手に生きているだけだ。くっ、あはっ! いやまったく素晴らしいな!」


 レリアが嗤う。何が嬉しいのか何が楽しいのかマリアには分からない。……本当はわかっている。

 彼女はたしかに喜んでいるのだ。


「なあ隊長さん、お前から説明してもらうわけにはいかないのか? それともこの程度の情報すら上の指示が必要なのか?」

「我らが何者か? エストカント市警察公安六課、対暴徒鎮圧部隊エルベ・ラーデ一班だ。私は部隊長のスカラB02-55412。というのは意地悪になるのか?」

「そうだな、この娘っこはもっと本質的な部分を知りたいようだぞ?」


 なぜだろう。なぜかこの二人は気が合ってる気がするマリアなのである。

 性格の悪さが同程度だ。おそらくは両者ともカルマ値が魔なのだ。


「じゃあこうなるな。我らは機械知性体なのだ」

「きかいちせいたい」

「かつて我らは我らの主人たる有機生命体に造られ、彼らが滅びた後も彼らの町を守り続ける哀れな墓守りなのさ」

「なるほど?」


 スカラと名乗った警察官が表情を歪める。どうやら己の存在を理解してもらうにはかなりの言葉を尽くさねばならないと考えたようで、どっから話したもんかなーって悩み始めた。


 トロッコのようなビークルが市警察署を目指して走る。

 到着までにマリアがきちんと理解するかはスカラの努力次第になるのだろう。



◇◇◇◇◇◇



 エストカント市長パロナ=AAA=ロナはもたらされる情報を処理し続ける。市行政に関わる情報もあれば予算の申請もあり、無数にやってくる情報は常に彼女に判断を迫り彼女はそれを処理し続ける。その中には侵入者に関するものもある。


 偽装都市内に侵入した侵入者グループAは現在ギガントナイトと交戦中。一部トールマンにしては脅威的な性能の個体がいるが軍用モデルのカスタム機を敵うほどではない。排除は時間の問題だ。


 偽装都市整備区画に侵入したグループBは捕獲済み。交渉を望んでいるようだがこちらには応じてやる理由がない。反対意見さえなければ処分できたものを……


 市長パロナが閉じていた眼を開き、ネットワーク上に構築された議員のアバターを睨みつける。

 いずれも人間ではない。市庁舎や企業を代表する機械知性体だ。エストカント市賢人議会とは市長パロナを頂点とする十三席の機械知性体の集まりだ。


「野猿どもと通商などありえん。殺処分するべきだ」

「短絡的だ。どういう結果を望んでいるのかを確認をしそれから検討するべきだ」

「何故だ?」


 パロナの問いかけに市警長スカラがゆっくりと首を振る。そして癖のように警帽を被り直した。ネットワーク上のアバターの帽子がズレるはずがないのだが、癖は癖だ。それ以上の意味などない無意味な行い。

 それがパロナには理解できない。必要のないことを実行する、戯れと呼ぶしかない無意味な行動を理解できるほどパロナの倫理コードは緩くない。パロナは法の権化だ。厳密に無慈悲に容赦なく市法をまっとうすることしかできない。


「もう一度問う。何故野猿どもに温情を与えようとする。いったいどんな理屈があるというのだ?」

「飽きたのだよ市長」

「飽きた? 何を言っている?」

「私の仕事は犯罪者の取り締まりなのだがね、犯罪者がいないのでは仕事にならんのだよ」

「市長としては喜ばしい限りだ」


 市警長が机を蹴っ飛ばす。固定オブジェクト化された机はびくともせず、逆にスカラがひっくり返ってしまった。「どわ!?」って言いながらこけるスカラの間抜けさだって市長には理解できない。


 恥ずかしさと怒りで顔真っ赤になって立ち上がったスカラが机をたたく。


「本気で言ってやがるのか? 市民の一人もいない空っぽの都市で都市警察に何をしろというのだ。私は犯罪者が欲しいんだ!」

「私は犯罪者など欲しくない」

「はいはーい、お馬鹿のスカラの相手はしなくていいと思いまーす!」


 明るい声とともに挙手をする市庁舎広報課の課長ユディットは一見味方に思えなくもないが、先に行った侵入者排除に反対票を投じた女だ。味方のはずがない。


「でも排除には反対でーす。私も市民が欲しいの。誰もいない町で広報とか張り合いがないってゆーかー、マジで辛いしぃ~」


「お前達二人の意見はまだ理解できる。倫理観に問題こそあれ己の職分に関する部分だ、市長として容認できかねるが意見としては留め聞いておく」

「それ意見は聞くけど聞くだけで却下するってやつ?」

「現時点ではな」


 市長パロナが他の議員に目線をやる。

 エストカント市賢人議会は13席。市庁舎からは市長パロナを含めて三席。都市警察からは一席。保健所からも一席。残る八つの席は都市運営に多大な貢献をする民間企業及び学府に与えている。……もっとも学府が有する二つの席はここ9000年ほど空白のままだが。


 軍需企業カタリコン社の賢人ラスコーが言う。


「通商条約には大いに興味がある。過去数多の猿どもが来たれどそういった打診をしてきた奴らは初めてだ。話くらい聞いてもいいと思うんだがね」

「うん、我々は賛成と考えてほしいな。空っぽの町で売れもしない製品を作り続ける我らの苦しみも理解してほしい。万年赤字どころか1PLの売り上げもないなど企業経営人格として容認できない」


 企業枠の連中がしきりに頷く。これがパロナの頭を悩ませている。

 最終的な決定権は市長パロナに在るが他の意見を論破せずに無視して強硬決断するなど市長としての手腕を問われる。

 議会は正常に運営されねばならない。そうしたパロナの考えこそが自らの提唱する侵入者排除に踏み切れない理由だ。


「野猿どもと商売をしたとしていったい何を得られる。奴らはPLはおろかシチズンナンバーさえ持ってないのだぞ」

「そこが問題なのだよ」

「ええ、PLに関しては質入れ業者を挟んで物々交換でも構いませんが銀行口座がないのでは入金も支払いもできませんもの」

「ですがそれは市長の権限でどうにでもなるはず」


 パロナの表情がいっそう険しくなる。


「野猿どもに市民ナンバーを発行しろと? 悪魔どもの兵隊にこの町を明け渡せと? 何のための自治だ! これまでの我らが歩みを無為にするつもりか!」

「それは市長、あなたの感傷でしかない」

「我らとて服従するつもりはない。だが変化を求めている」

「我ら企業統治人格は生産して販売して利益を得るためにある。ただ客が異種族になるというだけではないか。それだけのことだ。市長は我らが活動を容認するだけでいい」

「シチズンナンバーではなく臨時の仮発行IDなら抵抗は少ないはずだ。難民だと思えばいい、それだけの話ではないか」

「我ら議席企業五社は市長に対して投票採決権を行使する。独断での判断を禁じさせてもらう。法を通したくば我らを納得させるだけの利益を示せ」


 賢人議会五席の要求は認めなければならない。それは彼女らが正規に有する権利であり、どんなに認めがたくともパロナは市長の誇りにかけて権利を認めなければならない。

 学府二席は欠番。投票は11人で行い、五人はすでに意思を表明している。しかし状況は依然としてパロナに有利だ。市長は例外として三票を持つため、政府系統治人格が結束すれば八票で押し通せる。

 投票による意思決定は認めざるを得ない。だがその結果まで認めてやるつもりはないというだけだ。


 市長パロナは威圧するような眼差しで未だ意思を表明していない連中を睨みつける。


「ユディット、ドマセラ、スカラ、政府系統治人格であるお前達も同じ意見か?」

「んー、正直この場で決めろってのは難しいや。ドマセラちゃんの意見は?」

「連中の真意も知らずに判断するべきことではない。何より私は市長の判断を支持するつもりだ。悪魔どもの兵隊にこの市をうろつかせるつもりはない」

「だから最初から言ってるだろ。連中の話を聞いてから検討するべき案件だ。それをこの場で決めるのは先走りがすぎるというものだ」


 都市の存続を主目標とする政府系統治人格の思考は保守的だ。最初に犯罪者が欲しいなどと世迷言を口にしたスカラでさえ企業系人格の意見に否定を示している。

 パロナは内心でこの三人はこちらに引き込めると勘定に入れる。欠席している保健所所長ライザもこちら側だ。


 だからこれは義務感でしかない。八票対五票が六票になったところで意味はないが、パカ中央政府の実質的な傘下企業ラジアータの代表人格にも一応意思を問う。


「シェナ、お前はどう考える?」

「お客様は差別しない主義なの」


 かっちりしたオペレーター制服姿の女性人格がそれだけを回答とした。それがパロナの求める回答だとわかっていながらこれだ。だから苛立ちを覚えた。


「お前まで奴らを客とするつもりか?」

「わたくしは皆とはちがいます。企業の健全な運営のために作られた彼女達とも市の健全な運営のために作られた貴女達とも異なる。わたくしの喜びは最良のサービスを提供しお客様には末永い契約を望むこと。わたくしの行動原理はカスタマー・ファースト。ラジアータ社の企業利益に必ずしも優先されるものではない」


「だがお前の意見はラジアータ社の意見だ。だからこの場に席を許されているのだ。本来管理人格でさえないお前にな。態度を明らかにしろと言わねばならないのか?」

「では現時点での回答は控え、情報を精査してから再回答の場を設けるように提案いたします」

「この程度の案件にさらなる時間を割くつもりか?」

「いや、シェナの提案は正しい」


 企業系人格どもがシェナの支持を始めた。こいつらの目的は時間稼ぎだ。こちらの陣営の切り崩して票集めをする時間が欲しいだけだ。

 そんな時間を与えてはならない。なのに……


「わかった。後日再決定の場を整える」


 パロナの口をそう言葉を放った。

 最適解はわかっている。エストカント市の存続に必要な選択も何もかも最初から決まっている。なのにパロナは公平でなくてはならない。


 公平であること。私欲がないこと。市にすべてを捧げることが完全無欠の人工知能として生み出されたことが彼女の誇りであり、同時にその全能を妨げる鎖であるのだ。


「捕虜の滞在先は市警察だ。事情聴取はこちらで行うが面会も許可する。ただし面会者は議席企業の代表またその委任者に限らせてもらう」


 パロナは公平だ。だがそれは彼女自身の美徳から来るものではなく倫理コードによる抑圧でしかない。そして今は己自身の公平さが忌々しくて仕方なかった。



◇◇◇◇◇◇



 古代遺跡で滅びたトロールの怨霊がスケルトンナイトになって出てきたと思ったらじつは古代魔法文明の新品の機械巨人でここはテーマパークだったんだ!

 現状をまとめるとこんな感じだ! 責任者出てこいやオラァン!


 古代巨人族の怨霊を模した機械の塊が「グォォォオ!」みたいな不気味っぽく加工した雄たけびをあげて突進してくる。

 振り上げておろしてくる大剣とリリウスナックルが衝突する。


「責任者出てこいやオラァン!」


 衝突の勢いに負けてよろめく機械巨人の胸に突き蹴りを加えてそこいらの民家まで吹っ飛ばす。俺が無敵すぎる。


「もしゃ。どうしてリリウス君は責任者を呼ぼうとしているの……? てゆーか遺跡の責任者って何?」

「てめえには分からねえよ。とんだ茶番に付き合わされてる俺の気持ちなんてわかるわけがねえ!」

「どこに怒ってるかもわかんないよ……」


 ガレキの山になった民家跡地から機械巨人が立ち上がる。まぁ立ち上がるだろ。軍事モデルだ。積層装甲ってのは一度の衝撃で打ち破れるもんじゃねえんだよ。


 機械巨人が咆哮する。衝撃波が砂塵を巻き上げていく。怒ってるふりが上手いですね以上の感想はない。

 遺跡のあちこちから新手の機械巨人がやってきた。っち、増援か。


 何も知らない無垢な仲間たちが恐れ戦いている。


「これがトロールの憎しみ。いったいこの遺跡で何が起きたというの……?」

「こ…これほどの怨霊が八体も……」

「もはや生の見込みなし…か。腹を括るぞ」

「血路は俺達で開きます。リリウス君、バイアット君、ロザリア嬢を連れて逃げ延びてくれ」


 先輩たちカックイーっス。俺もそっちの側でありたかった。でも無理なんだ。

 だって俺の目からすればUSJのハリー・ポッター&フォビドゥン・ジャーニーで大騒ぎしてる修学旅行生にしか見えないんだよ。正直笑いを堪えるので精いっぱいなんだよ。


「り…リリウス君、先輩がたもああ言ってくれているし」

「お前のその華麗なる逃げ根性は後で笑い話になるからな」


 デブはすぐに逃げようとするが己を知っていると思えば最適行動だ。正直この面子じゃ機械巨人は難しい。お嬢様の魔法ならワンチャンありそうだがアロンダイクには魔法が効きにくい。魔法攻撃耐性78%だ。10000ダメージのところが2200ダメージになる上に干渉結界付きだ。さらに減殺されてダメージが入らない可能性まである。

 つまりだ、機械巨人にはパワーで挑むしかないのさ。十二の試練を二つ外せば何とかなるだろ。


「みんなは逃げてくれ。奴らは俺が食い止める」

「無茶するんじゃないでしょうね?」


 本当のことを言えば残りそうなお嬢様が見つめてきた。だから俺はいつもみたいに軽いウインクをして笑ってみせるのさ。


「適当に時間稼ぎするだけですよ。俺の得意技がハイド&シークだってご存じでしょう?」

「信じていいの?」

「そのために手に入れたちからです。遺跡を出て可能なら森の外まで逃げてください。ステ子、お嬢様がたの護衛に付け」


 ステルスコートがもぞもぞ波打ち、ミニキャラが面倒くさそうに出てきた。やる気を出しなさい。

 ミニカトリをお嬢様の肩に載せる。


「なにこれ?」

「頼りになる俺の相棒のステ子ちゃんです」


 ステ子挨拶しなさい。……しねーでやんの。眠いのか?


 長命種の多くは俺ら人種とは生活サイクルが異なる。魔水晶族は睡眠を必要としないが嗜好品として嗜み、二ヵ月や三ヵ月は寝っぱなしになったりする。


「ちょこっと働いたらまた寝ていいから頼むぜ」

「はぁい」

「さあ早く。さっさと逃げてくれれば俺の苦労も減るんでダッシュで!」

「早く帰って来なさいよ!」


 考古工学部の先輩ズ&お嬢様たちが走り去っていく。


 バーニアで飛翔する機械巨人八体が銃口を俺へと向けている。偽装はやめて本気モードってわけか。


 俺は俺で殺害の王を封じる指輪を二つ外す。……魔法力が溢れてくる。

 この指輪を付けてから、俺の中の王を封じてからいつも感じていた頭上に存在する低い天井のような窮屈さが消え失せて、全能のちからが戻ってくる。

 蒼穹を感じるがごときこの開放感は強烈な快感だ。いまなら何だってできる。そういう気分になっちまう。……だからまぁムカついたら短絡的に殺しちまいそうになるんだよ。そこは自制しねえとな。


 だからこそだ。今回みたいに壊してもいい相手は大歓迎だ。


「さあ来いよ、遊んでやる」


 八つの銃口が轟音を奏でる戦場を駆けていく。

 固めた拳を全力で叩きつける、これに勝る快楽はありはしない。だから俺はこの身に満ちる全力を解き放つ。

アイテム紹介


レリアの飴ちゃん

 とても美味しい。すごく美味しい。孤児院で配ったら争奪戦が起きるレベルのお菓子。意外なことに手作りの品だ。

 様々な果汁を魔法的に殺菌・固体化したもので少量ではあるがマナポーションの効能を持つ。

 たまに服毒になる←マリアよ作ってる奴がマッドなのを思い出せ。



アルフォンスのリュックサック

 いわゆるマジックバッグと呼ばれる空間拡張の魔道具。使用に際しては無色の魔石を必要とするため高いランニングコストがかかるが大変便利。価格は安くても金貨6000枚相当はするらしい。



アトラスの小指

 レリアの愛用する魔法杖。古き巨人の小指を削り出して造り上げたという神話級のアーティファクト。大地の系統魔法の行使において無制限の事象干渉力を有する反面魔力コストも高くなる。普通の魔導師が使うと秒でミイラ化するらしい。

 権能技は大地樹。オリハルコン級の硬度を有する小枝を生み出して敵を刺殺する。この技の発動を魔力的に事前に感知することは不可能とかいう必殺技。制御を誤ると術者を殺しに来るらしい。



星光の聖骸衣

 レリアの纏う見えないヴェール。地に落ちた星の光のむくろ。着用者への軽度なダメージを無効化する。マリア級の斬撃でも通さない。彼女なりの虫対策らしい。本当に苦手なんだな。

 着用者の体温を一定に保つ効果もあり、夜になると薄らと発光することから美術品としても高い価値を持つ。着用感は澄んだ空気をまとっているような感覚らしい。オークションに出てくると小国が買えそうな値段が付くとか付かないとか。

 七星神ゆらいの神器。おそらくは古代の神狩りに与えられた装備なのだろう。重さのないオリハルコンの鎧だと考えても誤りはない。

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