考古工学部の遺跡探訪②
どうも、断れなかった馬鹿です。
提示された条件がよかったのでついつい頷いてしまったんだよね。フレンチならぬハレンチメイド服のお嬢様も同行するというアホのような条件だ。これだけだったら流石の俺も引き受けなかったけどさ、撮影も三枚までオーケーというから引き受けたんだ。
いやぁお空の親父殿に問いかけたら引き受けちゃってもいいさって言うからさあ←いいわけ。
そして安息日の早朝から俺ら三馬鹿は帝都からだいぶ南に下がった直轄領南部の密林にいる。
地図情報によればエストカントはこの辺りらしいからだ。まぁ古代の地図情報なんて信用できるものでもないけどな。パカの古代遺跡を散々探し回った経験から言えば本気で当てにならない。何故なら9000年っていう年月は火山の噴火やらで地形が完全に別物になるからだ。
「ねえ、本当にここで合ってるの?」
「合ってますよ」
股下スレスレロザリア丈のエロメイド服で樹海を彷徨う少女を後ろから撮影する。
このカメラ『ルーシェ・ブレイブファイター』は盗撮モードがあるすげえカメラだ。元々は伯爵の寝顔を撮影するためにルルが作った試験モデルなんだが伯爵にバレて売り物になったという経緯がある。
ククク、三枚まで撮影オーケーと言われたが三枚撮ったってバレなきゃ撮り放題なんだよぉ。
「はい、一枚ね」
「嘘でしょぉ!?」
完全に虚を突いたどころか悟らせもしなかったはずなのにナンデわかるんだ?
ありえん、まさか対リリウス特攻兵器だとでもいうのか。
「ねえリリウス」
「はい?」
「パンツってそんなに嬉しいの? ただの布じゃない」
「普段見えない物だからレアリティが高いんですよ。ほら、安い琥珀よりも高いフロギストンを貰ったほうが嬉しいじゃないですか」
「ふぅ~~~~ん」
異論がありそうだな。
「琥珀だって嬉しいけどね。高くても安くても嬉しさは一緒よ」
「本当ですか?」
「こんなことで嘘つかないわよ」
な…なんか機嫌が悪そうだな。
昨晩帝都を出た俺らは帝国騎士団から借り受けたグリフォンで近隣の街へと降り立った。そこは小さな町で主産業は農産物と毛織物というほのぼのした暮らしぶり。駐在騎士という役職のベルホルトさんが差配していて、昨夜は彼の邸宅で過ごした。
何でもここは地元民の間では禁断の森と呼ばれてるらしい。……ありふれた名称だ。俺が知ってるだけで十個以上あんぞ禁断の森。
多少ながら魔物も住んでいるが危険度の高い亜人系はなし。亜人のいない森はエルフの森という通説があるがエルフも住んでいないようだ。
しかし禁断の森と呼ばれるからには理由があって、大昔に森を開拓しようと傍に町を作る計画があったらしいがトロールの大軍に襲われて頓挫したらしい。つまりまぁ巨人の里があるらしい。
当時の帝国皇室がトロールと話をつけて森に立ち入らない不戦条約を結んだようだ。
ゆえに禁断の森。怖いトロールの住む森なのさ。
樹齢が千年を超えている大樹が間隔を置いてそそり立つ森を歩いていく。地面は苔に覆われ、あちこちに沼や泉があり、大樹の枝葉が作ったドームから零れた日差しが美しい景観を照らしている。
「すごいわ。こんなに綺麗な森なのに禁断なのね」
「魔物がいるという話でしたが見かけませんし、ピクニックにはもってこいですね」
「もしゃもしゃ。魔物なんて出ないに越したことはないしいいと思うよ。もしゃもしゃ」
いい森だ。空気の澄んでいて心が洗われるぜ。
こんな素晴らしい森でお嬢様とピクニックなんて最高のイベントだな。……デブとレグルス君さえいなければ。
斥候に出ていたレグルス君が降ってきた。どうやら大樹の枝の上を飛び回ってきたようだ。
「目標の古代遺跡は未発見。このまま少しいったところにギガース・ライラックスがいたけどどうする?」
「避けて通る理由もない、倒して直進だ」
ほんの数分ほど歩いたところ。木漏れ日の下で節を巻いて眠っていた大ムカデはエナジードレインで眠ったまま逝かせる。
もう安全だという合図をして遠くに隠していたお嬢様とレグルス君を呼ぶ。
お嬢様が不思議そうに首をひねっている。
「もう死んでいるの? 大きいのに弱いのね」
「眠ってなきゃけっこう強い魔物ですよ。バジリスクなんかと同じ位階で、強さはやや上のはずです。単独での交戦は避けてください」
「上からくるわねー」
「毒液持ちです。お肌に消えないあざができますよ」
「任せたわ」
この判断力は素晴らしいね。危険なところはどんどん任せてもらいたいもんだ。
森の奥へ奥へと突き進む。難所という部分もなく、たまにでかい魔物がいるだけで穏やかな探索行だ。
二時間も歩いた頃だろうか。ふと懐中時計を確認すると朝の九時になっていた。
「歩きながら食事を摂りましょう」
高周波過熱を行ったホットサンドを三人に配る。温かいものを食べ、水分補給も忘れない。冒険者なら当然の嗜みだ。
たまに金属反応を探る術を放って古代遺跡を探るも不発が続く。微弱な反応はすべて無視して大きな反応を探しているんだが……
「どう?」
「全然ですね。二日三日で済むとは考えない方がいいでしょう」
「あんたがトントン拍子でいくような発言をした時に限って難航するのよね」
「そんな発言した覚えがねえんスけど。遺跡が遺跡なんで仕方ないと考え直してください。古代魔法文明期の遺跡は帝国建国以前の遺跡とはわけがちがいます」
「それもそうね。大昔の遺跡だものねえ」
遺跡数あれど古代魔法文明の遺跡は雲を掴むような確率との戦いになる。例えおおよその位置がわかっていたってやはり雲を掴むような話だ。今まで発見されてきたものだって偶然の産物にすぎないのさ。
とりあえず森を奥へと突き進む。ゲームじゃねえんだから一番奥に遺跡があるなんてアホな期待は抱かない。森の一番奥まで突き抜けたらバートランド公爵領と皇帝直轄領を隔てる山があるだけだ。
そんな当てどない探索行の最中に大きな音が聞こえてきた。爆発系の魔法音だ。戦ってる。誰と誰が?
「トロールかもしれませんね。接触してみますか?」
「言葉って通じるの?」
「当時の皇室が不戦条約を結んだのなら通じる可能性は高いですね」
最悪思念を混ぜてしゃべれば意図は通じる。人間社会でこれをやると怪しいやつだと思われたり反応が悪いが、異種族コミュニケーションなら仕方ないで通せる。
戦闘音のする方角へと駆け足で向かう。合間に多少の知識を披露する。
「トロールってどんな生き物なの?」
別世界からやってきた巨人族がこの世界に順応するように小さくなっていった小巨人族とも言うべき種族ですね。なんて言えると思う? まず別世界って何よってなるんだよなあ。
「俺らよりもだいぶ大きな亜人ですね。身長はだいたい三~四メートルくらい。体重はブタ皇子くらいで」
「リリウス君さあ」
「不敬よ。皇室近衛の方がいるのを忘れないでよ」
「うす。知能の程度ですが俺らトールマンより一段階下にあります。その分肉体面ではだいぶ上の強い生き物です。トロールは過去の経緯から人界種族には含まれない、ゴブリンやオークなんかと同じ魔の種族に含まれていますが、じつはコミュニケーションは可能です。大きな肉体を持つ文化圏のちがう狩猟民族と考えていいでしょう」
「モンスターじゃないの?」
「どっかの馬鹿がモンスターだと言い広めただけの俺らと同じ知的生命体ですよ」
「普通に交流ができるということなのよね?」
「積み上げてきた憎しみと嫌悪感さえ無ければ共に暮らし語らうこともできるんでしょうね」
戦闘音が近づいてきた。いや俺らが近づいているんだ。
ブゥン……!
なんか変な黒い魔法弾が現れた。魔法弾が高速振動。すると魔法弾が分裂して俺らの周囲を高速回転し始めた。い…いま何個に増えたよ?
俺らを逃がさないように円形包囲陣を作った魔法弾のサークルからドン!ドン!と黒い魔法弾が飛んでくる。
「面白い術ね、これがトロールの魔法なんだ」
「呑気なこと言ってる場合ですか!」
お嬢様とデブを担いで大ジャンプ。ひえぇぇ、サークル内が砲火の雨あられになってる!
囲んで射撃して外れた弾を回収してまた射撃してくるタイプの術式か。えげつねえ。
ブゥン……!
ブブブゥン!
空中で囲まれて360度を塞がれた。ま…魔導戦のレベルが森でのんびりしてるやつの技量ではないぞ。
鑑定眼を発動する。
視えた。重力の属性。触れたやつを圧壊するやつだ。
「面白い。でも消えなさい」
祈り手を組んだお嬢様が干渉結界を発動する。亀裂みたいに走っていった凶悪な事象干渉力のイバラが重力弾を掻き消す……でも重力弾は消えない!
「へ……?」
「魔力をケチりましたね!?」
ジャンプシューズの短距離空間移動で包囲から抜け出す。
苔生した地面に着地すると同時に―――
ブブブブブゥン……!
重力弾が増えた。連鎖分裂で増えていく重力弾が壁みたいに前方を塞ぐ。この視界のいい森の中で広がっていった壁の切れ間が見えない。……まいったな。
舐めてた。所詮はトロールだと侮ってた。辺境の森にここまでの術者が潜んでやがるのかよ。
重力弾の壁がその威容を保ったままゆっくりと前進してくる。大樹は触れた端から抉り取られ、最後には何も残らず消失した。地面さえもゴリゴリに削れている。
壁が迫ってくる。ち…地球をバイク乗りの楽園に変える気かな?
「まっ待って! 今強い干渉結界に切り替えるから!」
「じゃあ時間稼ぎで逃げますよ!」
お嬢様とデブを担いだまま踵を返して逃げる。レグルス君の姿を探したが見つからない。逃げたか。
ダッシュで壁を引き離す。俺らには時間が必要だ。遠距離でバカスカ撃ってくる魔導師に勝利する方法は一つだけ、位置を特定して強襲する。今は位置特定の時間だ。
まずは魔力波を飛ばしてパッシブソナー探査を行うが重力弾の壁に衝突して反応が消された。
「あ、なーる。そのための壁か……」
「遅いのよ。言っとくけど何秒も前からそれ試してるからね?」
「見つかりましたか?」
「見つかってたら言ってるわよ……」
「そりゃあそうですね」
じゃあ俺にしかできないマネをしよう。鑑定眼を発動して術式を精査する。がこれも不発。術者と完全に切り離されたオート術式だ。ある程度の汎用性を持たせた命令を実行するだけの魔法生物に近い。
つか術式の密度すげえ。ここまで緻密に練りあげた魔法を見るには久しぶりで、研究者とかこういうの好きだよね。特に自動で勝手に敵を撃退するタイプのどこで使うんだ?っていう変な魔法を作るの。
使い道が自宅の防衛しかないから組んだはいいが魔石の消費量がえげつないことに気づいて停止させるまでがワンセットだ。
重力弾の壁を引き離して距離を取り、ちょっと安心したところで前からも来た。
やべえパターンだな。後ろをちらっと見ると壁にはとっくに追いつかれていて、それどころか左右も囲まれて無数の重力弾がグルグル回っている。
「ねえリリウス」
「はい、やべーっす」
重力弾の壁というか円筒が俺らを囲んでグルグル回る。
空だけは空いている。このパターンもやべえな。青空に走る紫電がバリバリと唸り声をあげているじゃんよ。
「囲んで逃げ場を失くしたところに頭上から最大威力をズドーンですね。干渉結界は?」
「も…もちょっと掛かるの」
高性能お嬢様の実戦経験の低さが露呈した瞬間である。
貴族出の魔導師ってこういうところがあるよな! 基本的に性能は高いはずなんだけど実際戦ってみると思ってたよりあっさり勝てるところが。一戦目は強いんだけど二戦目からへろへろで使い物にならないところとか!
だが頭上の紫電の雷撃の術式を解析して術者の居所が読めた。120メートル先の大岩の向こうだ。
重力弾の壁の向こう側へとジャンプシューズで空間跳躍。全力ダッシュで術者の面を拝みに行く! トロールは遺跡探索の重要な情報源なので生け捕りだあ!
「ここにいるな!」
大岩の向こうに飛び込む。
そこには!
『はずれ』
はずれって書いてある紙をおでこに張り付けたキュビズム絵画の人形みたいなのがあるだけだった。くそぉぉおぉお! ……上か。
気配は上。大樹の幹にぴったり身を寄せて潜んでいる。つまりこれは悔しいふりだ。降りてこい、捕獲してやる。
「獲った!」
快活な気合い一声、大樹の枝からひらりと降ってきた女の剣戟を片手斧で受ける。受けた剣の手応えでわかる。重心が移動していく、これは――
「アイアンハート流奥義ダブルファング!」
「ちょ―――」
上段の剣戟を受けてから時間差で下段から切り上げが来たので、さらに下段に潜って回避する。
これが魔神ティトのちから、見るがいい!
「リリウス神拳奥義『腹痛誘発秘孔』」
なぜか襲いかかってきたマリアの下腹部を人差し指で突く。
途端に鳴り響く大きなお腹の音。グキュルルルゥゥゥ~というやべー音だ。
説明しよう。腹痛誘発秘孔とは秘孔とは何の関係もないが腹痛を引き起こす技だ。約80パーセントの確率でおトイレが我慢できなくなる。
「あう! お…お腹が……」
「おい、なんでここにいるんだよ」
「そ…その前に……」
マリアがキョロキョロしている。どうやら茂みを探しているらしいが茂みが存在しないんだ。おい、この世の終わりみたいな顔になるのはいいが説明しろ。
「うわーん、なんでこんな時にぃ~~~!」
マリアが走っていった。ナンデだってなるとトイレだ。ここでしろとはさすがに言えんわ。女子やぞ。大岩の向こうですればよくね?とか言うなよ。女子は音だって聞かれたくないんだよ。
マリアがいなくなった方向から意外な連中がやってきた。
レリア先輩を筆頭とする考古工学部の四人だ。
「冗談で襲ってみたが上手く切り抜けられたか。じつに気に食わんな」
「なんですって?」
「では言い方を変えよう。面白そうだからマスコットをけしかけてみた」
最低な理由で襲撃をかけてきたんですね!
でもこの人こういうところあるわ。レリア先輩って敵が強いとイイゾイイゾとか言いながらさらなるちからを解放する二段変形ボスの風格がある。
「つかナンデ禁断の森に?」
「ほぅ禁断の森というのか。私の故郷にもその種の名称の森が幾つかあるぞ」
「よく聞きますよね」
「うん、よく聞くね。悪霊の森やら神の森やら大仰な名こそあるが大抵は大昔の話で、今は賊徒の隠れ家になっているね」
「いま話題を逸らそうとしましたね?」
「勘のいい坊やだ」
そのセリフのまた似合うこと。肩をすくめたレリア先輩が部員の先輩方と相談してる。一応合議制なんだな。
「遺物の調達に来たのだ。パトロンの首輪付きだがね」
「逆にパトロンなしでフィールドワークに行けるんですか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
苦虫を噛み潰したような顔で一斉に黙り込むのやめましょうよ。
考古工学はおかねがない。いつもない。大変だ。金が入った端からパーリィするからだよ!
「そんなことはどうだっていいだろう」
「無計画にあればあるだけ使うからフィールドワークの資金が貯まらないんですよ」
「説教は嫌いだ! 大嫌いだ!」
すごい反応だ。こりゃあ実家でも散々言われてきたな。むしろ実家の金を使い込んで追い出された過去まで透けて見える。
咳払いがすげえんだ。もうこの話題はやめてくれアピールが本気すぎる。
「それでお前達は何をしにここまで?」
「俺らもパカ狙いです」
って言ったらハブられた子みたいな顔されたわ。
「……ならばなぜ私に声をかけなかった?」
「興味あるかなーって声かけにいったらいなかったんですよ」
「入れ違いか。ならば許す」
上から許されてしまったのだがレリア先輩はこういう人だよ。学校だと先輩と後輩じゃ天皇陛下と庶民くらいの差があるもんだ。つかたぶん爵位的な意味でもレリア先輩はかなりの上級貴族だと思う。普段の仕草にもそれは出ている。出まくっている。伯爵家の長子であるアルフォンス先輩を顎で使い、様付けされてる時点でお察しだ。
「目的地が一緒ならば別れる意味もない。お前達の同行を許そう」
「あざーす」
ここで黙っていたロザリアお嬢様が出てくる。びっくりするほど機嫌悪くなってる!
「ねえちょっと。勝手にお話を進めるのはやめてもらえる。わたくしまだこちらの方々の紹介をされていないのだけど?」
「失礼しました。こちらの御方が考古工学部のレリア・スカーレット・ジーニー二回生であります」
「うむ、よろしくしてくれたまえ」
ドレスや制服ではなく探窟スタイルの勇ましい格好のレリア先輩が堂々と胸を張ってそう言った。お嬢様、ナニこの女っていう視線はやめましょうよ。怖い先輩を怒らせることはないですって。
冗談で強襲されたのが不満なのはわかりますがね。
「それで右からセリード・デュナメス先輩、ボラン・マッケンジー先輩、アルフォンス・ラインフォード先輩です。御四人方とも考古工学部に所属していてその活動内容は先史文明の技術復興なんです」
「随分とご無沙汰しておりました。ロザリア嬢におかれましてはご機嫌うるわしく…はないようですね」
「ボランです。お初にお目に掛かる」
「アルフォンスです。随分と昔に一度だけお目にかかったことがあるのですがお忘れでしょうね。ふふっ、じつはね、リリウス君ともその時に会っているんだよ」
「え、マジすか?」
「もう随分と前だし俺も最近まで忘れていたんだけどね。ほら、帝都でロザリア様の誕生日パーティーが……あれは幾つの時のだったかな」
「七歳の時ですね。うわー、マジすか」
「うん、気になって父上に問い合わせてみたら確かに会っていたよ。マクローエン卿とうちの父は騎士団で同じ隊にいたから」
わお意外なつながりである。まあ七歳と八歳の年に一度だけ会っただけじゃ思い出せないもんだ。あの時俺も色々と呑み込むのに必死だったと思うし。
「おっとっと、それでこちらは……」
「ロザリア・バートランドですわ。よろしく…と言いたくはない方もいるわね」
「へえ、気位が高いな」
長い髪をシュシュで一まとめにした長身の美女と、燃えるような炎色の巻き毛をポニテに結い上げたロリがバチバチに睨み合っている。
すすっと逃げていくアルフォンス先輩たちのムーブに憧れるぅ! 俺も見習おう。
「バートランドたしか公爵家であったか。家門の誇りか好いた男の周りにいる害虫への嫌悪か……」
「不愉快な」
「当たりか。若いな、だが好ましい。そうして素直になれるうちはまだ改善の見込みがある」
「……何様のおつもり?」
「人生の先達からの助言は聞き入れておけよ。時に何の価値もない戯言ばかりを吐く者もいるが私はちがう。何しろ可愛げがないと男には逃げられてばかりだ」
「でしょうね」
「そうなのだよ。そんな可愛くない私とよく似た兆候がお前にも出ている。男が大事ならすぐに直せよ、気位と高慢では男をつなぎとめられないぞ」
お二人が何かしゃべってるんだが離れたせいで聞き取れない。
わいわい騒ぎながらやってくる連中がいるからだ。レグルス君とマリアだ。
「こいつひどいんだよ、トイレ見られた!」
「紙がないっていうから貸してあげたのに」
「それは助かったけど! ありがとう許さない!」
「いやマリアのトイレとか見たくないし」
「こいつ!」
マリアがレグルス君に覆いかぶさっていった。見覚えのあるスチルだな。
ちなみにゲームだと事故ちゅーがなんと六回。もはや狙ってやってるだろ感のドジっこレグルス君はリアルだと野外トイレに遭遇するのか。とんだラッキースケベ野郎だぜ。
◇◇◇◇◇◇
考古工学部プラスワンと合流した森歩き。次第に深く暗くなっていく深部の豊かさに驚きながら、俺はマリアから事情を聴いている。
「捕獲されたの」
「なんだって?」
「朝の散歩をしてたらさ、出発する直前の先輩がたに捕まって連れて来られたの」
ダイナミック誘拐だな。視線で問い質すとレリア先輩が唇の片端をニヤリとつり上げる。
「そこの娘は騒がしいのでな、道中の退屈しのぎによいかと思ったのだ」
「ひでえ理由だ」
「正直に言えばナシェカをおびき出す生餌のつもりだったがな」
ひでえよ、我が国の聖女を誘拐した理由がひでえよ。
しかしなんでまたフィールドワークにナシェカを? あいつもレリア先輩を怖がってるし何かあったんだろうか?
「ナシェカとは何かあるんですか?」
「生意気な小娘だからな、ちと撫でてやっただけだ」
「率直に言うと?」
「部をこそこそ調べ回っていたので叩きのめしてやったのよ」
すでに敗戦済みであったか。逃げる理由もよくわかるな。
マリアがしょんぼりしてる。捕獲された人間としては正しい反応だ。
「この人強すぎるよ。隙が全然ないもん」
「隙を探して見つかるようなレベルのお人ではないよな。こっちから崩していかなきゃ」
「触れると死ぬようなドぎつい魔法を壁で並べてくる人にどうやって隙を作るのぉ?」
「努力で」
「根性論で勝てる相手じゃないってば~」
本気でそう思うわ。純後衛魔導師には接近戦に持ち込めという冒険者の甘い幻想を打ち砕く、接近戦対策の完璧な魔導師だからな。
その辺のへっぽこ魔導師なら物理近接職にも勝ち目はある。創意工夫でどうにかなる可能性がある。しかしレリア先輩は無理だ。
人類は魔導防壁に対抗するために聖銀の武器を手に入れた。
聖銀の武器に対抗するためにゴーレムなどの使い魔が生まれた。連綿と繰り返されてきた対抗戦術のサイクルにおいて未だ魔導師の方が上位と認識されているんだ。剣士では完成された魔導師に敵わないっていう歴史的な根拠なんだよ。……まぁ暗殺や毒がさいつよなんだが。
盤外戦術は今はいいだろ。
「結局ナシェカには逃げられたんですか?」
「ん?」
レリア先輩がなぜかレグルス君の方を凝視する。
なぜか冷や汗だらだらのレグルス君がそっぽ向いて終わった。
「そっちはどういう事情で盗掘に来たのだ?」
「ちょっと面倒な依頼を受けまして」
「仔細を明かせよ。まさか私達にだけしゃべらせるつもりか?」
第一皇子のオーダー品を遺跡に取りに行く。これって部外者にしゃべってもいいんだろうか?
教えてお嬢様!
「は? 別に構わないわよ。遺跡の所有者が決まっているのなら問題があるんでしょうけどここは皇帝直轄領に存在するというだけの異種族の支配地域じゃない。あんたの好きにしなさいよ」
「機嫌悪くないっすか?」
「いいわけがないじゃない」
「もしゃ」
デブが言っている。視線で言っている。ねえこれリリウス君のせいだよ分かってる?って言っている。何でもかんでも俺のせいにするのはやめろ。
「デブ、事情説明は任せる」
「心得たよ」
優先順位を間違えてはならない。
もし俺がただの学生ならチームを優先して事情説明を行っただろう。しかし俺はロザリア様の手下Aとしてお嬢様を全力でヨイショしなければならない。
という使命感に燃えながら全力で誉め言葉の雨あられを投げかけていたら、ものすごい目つきで睨まれたんだわ。
「あんたのせいよ」
「へ?」
「こんな大勢の前でこんな格好……晒し者じゃない!」
考古工学部プラスワンの格好を確認する。
レリア先輩は暗灰色のスラックスとシャツに大きなリュックという野外スタイルだ。
マリアは次元迷宮仕様の高レベル装備だ。
対してお嬢様だけハレンチメイドだ。寄せて上げた胸元は空いているしスカート丈は短いしガーターベルトで吊るした網タイツの間からは素足が見えている。靴なんてハイヒールだ。
「お…お似合いですよ!」
「そういう話じゃない!」
俺の鍛え抜かれた腹筋にボディブロウが突き刺さったが俺は耐えた。耐えるくらいでハレンチメイドが見れるなら男は幾らでも耐えられるのさ。
◇◇◇◇◇◇
早朝から夕方まで遺跡を探したが特にそれっぽい発見はなかった。
一応明日も探すけど昼頃には撤退して帝都に戻らないといけない。今は野営地でそういう説明をしている。
野営地というと大仰だが、地面上に出ている大樹の大きな根っこに腰を下ろして簡易コンロで焚いた火を囲んでいるだけだ。水場は避けた。この世界では夜になると水場は一番危険な場所になる。
暖を取り温かい食事を体に入れる。野外活動の基本は熱だ。
「俺らは明日の昼頃には一度帰りますけど先輩がたはどうします?」
「我らは元より一週間程度の調査期間を見ている。というかだ、安息日だけの調査とはパカの遺跡を舐めているのか?」
「あっさり行けば上々という甘い考えもありましたが今回は下見ですよ。本格的な調査は夏季休暇に入ってからと考えています」
「そうか」
コンロで焼いてる肉がいい感じだ。
火の通った焼き串からみんなに配っていく。こういうものにも序列があり、貴族は序列を大切にする。犬の社会とよく似てるな。
食事の後は就寝だ。野営は男子陣で適当に回す。
最初の歩哨には俺とアルフォンス先輩とセリード先輩が立つ。次がデブとレグルス君とボラン先輩だ。こういう組み分けにしたのはレグルス君の気配察知能力が俺の次に高いからだ。
歩哨と言っても馬鹿みたいに立ってりゃいいわけじゃないが、座ると眠くなるので立ってる。おしゃべりは小声にする。寝てる連中を起こすのは悪いからね。
夜のとっぷりと深まってそろそろ深夜という頃にアルフォンス先輩が立ちションを提案してきた。
「小用だ。リリウス君、付き合え」
「うす」
アルフォンス先輩に付き合って大樹の裏側に回る。
先輩はそこで足を止めずにずかずかと森の奥へと入っていく。ナイショ話でもあるのだろうか、野営地からどんどん離れていく。
「ここいらでいいか」
「ナイショ話ですか?」
「頼み事でもある。君の腕前は先ほど見せてもらったが想像以上にやるね、レリア様が詰め切れなかった相手など初めてだ」
「そりゃあどうも」
人間は頼みごとの前には相手を持ち上げる。交渉術の基本だ。
「レリア様は君達を除外するおつもりだ」
「同行はレリア先輩から持ち掛けられましたが……」
「君達の動きをコントロールして外れを引かせて穏便に帰らせるためだ」
抜け目のねえこった。厄介な同業者を監視してお帰りまで管理するのは盗掘の常識だ。同業者の目を盗んで掠めとるのもな。
「だが私はリリウス君には居てほしい。今回の遺跡は危険すぎる。腕の立つ味方は一人でも多くほしい」
「おたからの独り占めは狙わないんですか?」
「四人で山分けよりも安全が欲しいね」
「率直な物言いは好感が持てますよ。しかしレリア先輩を説得できますか?」
「だからこうしてナイショ話なのさ。説得は不可能だよ、ああいう方なのでね」
だろうな。厭世的で皮肉屋で何かと問題の多いレリア先輩だが逆鱗に触れなければ基本的には無害で、逆鱗がどこかっていうと古代魔法文明だ。
俺を弾くと決めたなら必ず弾く。誰の意見も聞き入れない。
「レリア様は今回の収穫を大きいと見込んでいる。分け前の段階になれば確実に揉めて、私達の実力では君を排除できない、そう考えている」
「信用がありませんねぇ」
「信用なんてものは積み重ねだからね。現状我らにとって君達は気の合う後輩というだけだ」
ここで疑問。
「マリアは?」
「彼女はレリア様にとって都合のいい人材だからね。彼女が我らを倒して遺物を独り占めすると本気で思うのかい?」
思わない。どんな誘惑も跳ねのけて自分の取り分だけ貰って帰ると思う。
「俺の方が先に仲良くなったのにマリアの方が信用があるのは辛いんスけど」
「とても言いづらいのだが日頃の行いってのは見られているものだよ」
「そいつはお互い様ですね」
俺は苦笑をしアルフォンス先輩は愕然とする。どうやら自分だけは正しい側にいるつもりだったらしいがあんたも相当な奇人変人だよ。
アルフォンス先輩が咳払いをする。話を切り替えるために咳払いをするなんて高二っぽくないジジくさい仕草だが、子は親の背中を見て育つもんだ。親父さんのマネだろ。
「じゃあ密約を交わそう」
「ええ、そうしましょう」
部長の居ぬ間に密約を交わす。
この長い立ち小便タイムから戻るとセリード先輩から「助かる」と言われた。どうやら部長さまの手下間では情報共有が為されているらしい。
どこの世界も良識ある手下ほど苦労しているもんだ。
◇◇◇◇◇◇
そして密約を誰にも話さぬまま朝を迎え。
朝食はコーンスープにした。LM商会は金持ち冒険者の味方だからインスタント食品も販売しているんだ。これが中々の好評だ。
「むぅ、美味いな。野宿でこれが食えるのならリピーターがつくのも頷ける」
「粉にお湯注いだだけで寮のスープより美味しい。これ幾ら?」
「一瓶金貨八枚」
マリアの口からスープがだらりと出てきた。この子って乙女の自覚あるの。リアクション芸が下品だよ。
レグルス君が見かねてハンカチで口を拭いてる!
「高いっ、高いよ!」
「品質が高いだろ? 60食分の瓶だしこれでも売れているよ」
「安くても不味くては買う気も失せる。品質に見合った値付けだな」
「ええ、問題のある値付けとは思えないわ」
レリア先輩とロザリアお嬢様はこの反応である。暴利ではなく金銭感覚の問題でしかないって証明だな。
スープの他はパンだけだ。カチカチになった長パンをナイフで切り落とし、スープに浸して食べる。
朝食終了。
「それじゃあ俺らは帰りますんで」
「え?」
「もしゃ?」
「うん? 昼まではいるのではなかったか?」
「下見のつもりだったので糧秣を一日と半日分しか持って来なかったんですよ。みなさんに用意したパンで最後です」
みんなが一斉に手元のパンを見下ろす。
俺が手品師ならこの隙に鍋を鳩に変えてるところだ。
「昼まで粘ってから森を出るとなると町に着くのは夕方になります。そうなるとうちのデブが怒り出します」
「すでに怒りたい気分だよ」
この反応デブはすでに察しているな。機を読む能力に関しては文句のつけどころのねえ男だよ。
「というわけで俺らはもう撤退します」
「そうか。見送りを出してやるわけにはいかないが無事な帰路を祈っておいてやる」
「ありがとうございます」
満面の笑みでお礼を言う。怪しまれていないよな?
「ではまた学院で会おう」
「はい」
怪しまれていないはずだ。
野営具を片づけてから考古工学部プラスワンと別れる。おいマリア、こっちに来たそうな顔をするな。チラチラするな。
五人の背が見えなくなるまで手を振る。みんなの姿が見えなくなった頃、ロザリアお嬢様がジロリと睨みあげてきた。
「ねえリリウス、何を企んでるの?」
「レリア先輩は遺跡までのルートを把握しています」
「へえ、やってくれるわね」
愛のちからでお察しになられたか。さすがだ。
愛の正体? 親愛だろ。
「じゃあ追跡するのね」
「察するちからが高いあまり話が先にいっちゃいましたね。はい、昨夜アルフォンス先輩から密約を持ち掛けられました。アルフォンス先輩からは遺跡までのルートを所有しているという情報開示があり、これの交換条件として窮地での助力を請われました」
「もぐもぐ。尾行しつつピンチの時は助ける感じ? もぐもぐ」
「そういう感じだ。つかデブ、貴重な食料を減らすな」
「いやぁこの瓶詰めパンだけどイケるね。保存のために瓶詰めにした物は色々知ってるけどパンを詰めようという発想は驚きだよ。柔らかいし美味いしこれは売れるよ」
じつはその商品あんまり売れてないんだ。
旅の空でも柔らかいパンが食えるというキャッチフレーズで売り出したはいいがあんまり売れてない。
コーンスープを定期的に買いに来る冒険者友達に聞いたところ値段的に硬いパンを我慢して食った方がいいと一蹴されたんだ。これをデブが評価するところを見るに高ランク冒険者向けではなく貴族寄りの商品なんだろうな。
てゆーかステ子が俺を通さずデブにメシ与えるんだけど。
注意してもやめないのはデブを気に入ったからか、奴のおねだりが上手いのか。不明だ。
「じゃあ尾行を始めましょう。レリア先輩の魔導知覚に気取られないように充分な距離を取ります」
「どの程度かしら?」
「約五百メートルは必要です」
「ごひゃっ……何なのあの女」
いやほんとすごいと思いますよ。二十メートルとか三十メートルに越えられない壁があると言われているところを五百だ。ゾルディック家の人の念能力でも三百メートルなのにな。
「もしゃもしゃ。五百も離れたら尾行なんて無理だね。普通ならね。もしゃもしゃ」
「おう、アルフォンス先輩には守護の指輪を渡してある」
守護の指輪とは術者にのみ居場所を教える魔法の道具だ。特定の波長の魔法探査に大きく反応するだけの、親が子供に持たせる装身具だ。
尾行するだけならこんな物は必要ない。普段ならな。同行するレグルス君にまでステルスコートの能力を教えたくないから用意しただけだ。
「もしゃ」
「そ…そうね、それしかないわね!」
「お嬢様、ほっぺがひきつってますよ」
「……!」
キッと睨みあげてきたお嬢様である。あんたが突然ぶっこんできたからでしょ!?とでも言いたそうだ。いや視線で言ってるわ。
「ほらお嬢様笑顔笑顔、それじゃ怪しまれますよ~」
「なっなにも怪しいところなんてないわ(ニコー)」
めっちゃ頬ひきつってる。エレガントに振るまえる事と本心から外れた表情の演技ができることは全然別物ってことだ。
やっぱお嬢様は面白いな。反応が面白い。
優雅に腕を組むレグルス君が失笑している。俺が笑う分にはいいんだが他人に笑われると腹が立つな。
「フッ、僕らルーリーズはリリウス君の能力を把握しています。信用がないのはわかりますが隠し事はなしでいきませんか?」
「能力ってなんだよ」
「そのコートは隠者のマントなのでしょう。相当に強力なオリジナルに近い品だと聞いています」
「だいたい合ってる」
効果だけは正解で由来などは全然ちがうという、正解とは言いづらいパターンだ。
レジェンダリー・アーティファクト『隠者のマント』とは主神オーディンが所持していたという透明マントのことだ。ものすごく有名なアーティファクトなので模倣品は世の中に腐るほどあり、マジックアイテムどころか何のちからもないマントも隠者のマントと偽って売られている、この世で一番偽物の多い詐欺商材だ。
「手の内がバレているんじゃ仕方ないな。でも信用度が大幅に足りないんで今回は普通に尾行する」
「ひどいね、僕はもうセフレのつもりなのに」
「悪質なデマはやめてくれるか?」
「遊びだったの?」
「遊んだ覚えもねえ!」
「じゃあ悪ふざけか。僕の真剣な気持ちを……」
その嘘泣きに付き合ってやってもいいんだがな、今は面倒だ。
「つか話進まねえからこの辺にしとこうぜ」
「冷たくない? もっと僕を構ってよ」
「今度暇な時に頼むわ。隠者のマントは使う、それでいいだろ」
要求は呑みつつ塩対応で済ませる。レグルス君は天使のような見た目をした美少年だけど腹が黒い。ナルシスやテレサほどドギツイ感じではなく、チャームポイントになる程度だけど腹黒だ。
これ以上の風評被害を避けるためにも要求を呑む。
お嬢様の好感度という大切な物を守るためにだ。
「じゃあ部活メンの傍でこっそり見守りましょうか」
「いつも通りね」
と言ったお嬢様が何かにお気づきになられた。
「……あんな無茶振りされる必要あった?」
「結果論で文句をつけられるのは困りますよ。何もせず黙ったままのデブが最適解になるじゃないですか」
「バイアットなら黙々と食料を減らしている分大きなマイナスよ」
「もしゃ……」
黙々と瓶詰めパンを消費していたデブが指摘された悪行に気づいて狼狽する。痩せろ。
「さあみんな尾行を始めよう!」
「思い出したように仕切り始めましたね」
「ああいうところは本当に憎めないのよね」
「常に二対一でどっちかを責める関係なんだね」
そうだよ。
小走りで追いついた考古工学部メンバーは森を流れる小川を辿って歩いている。小川までは降りずに少し離れたところを歩いていく。ヒルとかいそうだしな。
道中はレリア先輩とマリアがしゃべってる。あの人間嫌いなレリア先輩から返事を惹き出せている時点でコミュ力高いな。
森の深部を歩いているとたまに大型の魔物に遭遇する。角が樹形図のように広がる年経た巨大なトナカイには身震いがした。
「大きい…あんなに見事な角は初めてみたわ」
「あれ森の主ですよ主」
「う~~ん、かなりの老成体だね。けっこう美味しいと思うんだ、リリウス君頼むね」
「尾行中だってのを忘れるなよ」
でかいトナカイとレリア先輩がそれなりの距離を置いて睨み合う。トナカイVS腹ペコパンダ対決だ。
そこに素早くカバーリングに入るアルフォンス先輩たちとマリア。
「来ないで。昼ごはんにしちゃうよ」
「縄張り意識の強そうな個体だ、昼ごはんにするしかあるまい」
「ええ引いてはくれなそうだ。レリア様、牽制は我らにお任せを」
トナカイが蹄を鳴らして威嚇している。ぶちかましの気配だが先輩がたに抑えられるだろうか?
騎士学で修めるハイランド流剣術は護衛剣術だが今の先輩がたはタワーシールドや甲冑を持ってきていない。森歩き用の機動力重視の軽装だ。
レリア先輩が指揮棒を振るう。えげつない魔法力が空に解き放たれ、トナカイもその異常なちからに気づいて空を見上げる。
「哀れなほどに低能な、所詮はケダモノか」
ガカァンン!!
空から黄金の稲妻が降ってきてその黄金の鞭でトナカイを一撃打ち据える。全身の毛を逆立てたトナカイが一度大きくブルッと震えて、頭から崩れ落ちた。
あのでかいトナカイを一発で仕留めるとはやはりスカウトしたいな。
「ケダモノよ、今更言うても意味はないが敵から目を離すのはよくないぞ?」
俺もブルっときたわ。やっぱこの人ただの高二じゃねえよ。ラスボスか何かだよ。美しく恐ろしく怪物的な魅力の化身だ。
レリア先輩がトナカイの死体に触れる。膝を着いて手を当てる仕草は強敵への敬意のように見えたが、次の瞬間にはトナカイの死体が消え失せていた。……何をやったか見逃したぜ。
「よし、こいつを売れば例え遺跡が空振りでも充分な部費になるぞ!」
「やりましたね!」
「すごーい、臨時部員にお手当は!?」
「うむうむ期待しておけよ。このカリブーならそれなりの値が付くぞ!」
先輩がたが先輩を担いで大喜びだ。楽しそうな仲間達でよかったですね感。
その後も行く手を阻む強そうなモンスターが現れ、レリア先輩がコロコロ転がしていくのである。
シュバ!(魔法の剣を投げる音)
ドドドス!(ジャンプで回避した大熊が地面から生えてきた岩の蛇に尻から貫かれる音)
「あ、光の剣を囮に足元から攻撃かぁ。……油断してたら俺でもくらっちまいそうだな」
「てゆーかあのアースグレイブ、魔力の動きが見えなかったんだけど」
「かなりの強制力を強いて魔法発動の機をねじ伏せたんでしょうね」
「そんなのできるの?」
「俺には無理ですができる人はできるらしいです」
ドドドドドーン!(大量の岩石弾による着弾音)
ヒヒィーン!!(岩石弾から逃げ惑うバイコーンの群れ)
「うわぁ、圧倒的だー。バイコーンってけっこう強いモンスなんスけど」
「退屈そうに蹴散らしてるわね。てゆーかあの動きをする馬によく当てられるわね」
「最初にマーキングを打ち込んでましたね。マークめがけて自動で追いかけるタイプの術です」
「あぁなるほど。それくらいならわたくしにも……でもあの数だし…うーん」
「帰ったら練習します?」
「そーする」
部活メンバーの往く手を阻む強力なモンスターたち。しかしレリア先輩が次々と蹴散らしていく。他のメンバーの役割が応援係になるくらい圧倒的だ。
森の深部の恵みはモンスターにとっても嬉しいものだ。縄張りに近づいたやつをぶっ殺してでも守る価値がある。だから森の奥には他のモンスターを排除できるくらい強いのが生息しているってのは森の常識だ。
しかしこれだけ歩いてトロールの痕跡が無い。足跡の一つも見かけない。
「トロールの森という話でしたがトロールを見ませんね」
「そうね。とっくに絶滅しているとか?」
「食糧難とか強い怪物に追い立てられてってなるとその前に森から出てくるのでは?」
「普通は出ていくでしょうね。出ていったのなら近くの町の代官が把握していないのはおかしいわよ」
「もしゃもしゃ。世の中なんでもかんでも説明がつくと考えるのは傲慢だと思うよ」
「おっ、デブ今の名言だな」
「伊達に太ってないよ」
デブがぽっこりお腹をポンと叩く。俺らはすごいすごいと褒めながらデブのお腹を摘まんでる。
やがて森の端っこにたどり着き、そそり立つ岸壁が一行の進路を遮った。
そして岸壁の一部に開いた大穴を睨んでいる。遺跡の入り口かな?
「レリア様、ここでしょうか?」
「うむ、ここだ」
先輩がマリアの肩に触れる。
「人柱…ではなくマスコット一号、お前の出番だ」
「わん!」
マリアがびしっと敬礼する。マスコットなのか飼い犬なのか兵隊なのかキャラがはっきりしないな。……人柱なのか。
マリアよ、人柱扱いだけどそれでいいのか?
「私も伊達や酔狂で気前が良すぎて家の財産を食い潰した女とは呼ばれておらん。働けば働くだけ分け前が増えると心得よ」
「嬉しいです、わん!」
「往け、立ちはだかるすべてをなぎ倒してこい!」
「わぉーん!」
人柱扱いでいいらしいマリアが喜び勇んで大穴に飛び込んでいった。
そして後には続かない考古工学部のメンバーども。安定のクソ外道感です。
「レリア様、ここには何が?」
「トロールのアンデッドが出るらしい」
ひえー。
「アンデッドは魔導師の天敵だ。ここは素直に闘気を得意とする剣士に任せよう」
小一時間のあと、マリアが半泣きで戻ってきた。
激戦の痕跡が体中にこびりついているので、一瞬だけ大穴からアンデッドが出てきたのかと思って身構えたわ。
「ひどい目に遭ったぁ~~~!」
「おおよしよし、怖かったな」
「さあこっちに。まずは温まりなさい」
「紅茶もあるぞ」
生還した人柱を温かく迎え入れる考古工学部メンバーどもである。安定のクソ外道どもだ。
焚火にあたりながら紅茶と毛布を用意されたマリアが事情説明している。大穴の中の様子の説明だ。
「しばらくは洞穴って感じでした。モンスはいなかったけど酷いにおいなんですぐにアンデッドだとわかりました。でもにおいの元までは遠い感じでした」
「洞穴の奥へと進んだんだな?」
「はい、しばらく潜ると人工の壁になってそこから階段とかを降りていくと地底に町がありました」
「どんな町だ?」
「普通の町でした。大洞窟の奥に高台があってそこに神殿が見えました」
「ほほぅ、面白そうだ。神殿は何を奉るものだね?」
「そこまではわかんないです。町を見つけた時点で戻ってきたので」
「となるとけっこう深いな。潜ったのが八時七分で戻ってきたのが八時五十二分だ」
「そんなに掛かってましたか。でもアンデッドとの戦闘もあったし慎重に進んだから今ならそこまでは掛からないと思います」
「よかろう、では見物といこう」
配置は戦闘をマリア、セリード先輩。後衛をアルフォンス先輩とボラン先輩。で真ん中がレリア先輩だ。自分だけは絶対に生き残るという強い意志を感じる。
魔法照明だけを頼りに洞窟に潜る。最初は本当に自然洞穴って感じだ。そして鼻腔をくすぐる嫌な香り。アンデッドを動かす冥府のちからのにおいだ。
洞窟はなだらかな傾斜になっている。一本道ではなくたまに分かれ道があるがマリアはずんずん進んでいく。
あちこちには不気味なスケルトンどもの残骸が転がっている。骨の大きさから考えてまずトロールで間違いない。
「取りこぼしはなさそうだ。お前は使えるマスコットだな」
「財宝が掛かってますんで!」
マリアはまたお金に困っているのか。今度は何を買ったんだろ。
「物入りか?」
「最近知り合った小銭男から格安で強い装備を譲ってもらう話になってまして。ヘックス銀貨二百万枚を貯めているところなんです」
「その金額で格安とはな。いったい何を買うつもりだ?」
「スラーンドっていう剣です」
「剣か。剣士ならばたしかに欲しかろう。そういえば屋敷に幾つか眠っていたな……」
この流れは貰える流れだな。しかし相手はレリア先輩だ。普通のはずがない。パターンの通じないユニークなお人なのだ。
「まだ残っているようなら実家から送らせよう」
普通だ!
「やった! どんな剣ですか!?」
「興味がなくてさっぱりだ。銘も由来も知らん」
「ショボいのですかぁ?」
「くだらん品ならとっくに捨てられているゆえそれなりの品だと思うぞ。まぁ期待せず待っているといい」
「やったー!」
俺は悲しいよ。ため息が出てきたぜ。
「コツコツ積み上げていた好感度を秒で追い越されていった気がする……」
「何か特別な技でも使っているのかしら?」
「何も使ってませんよ。何の裏も思惑も打算もありません。マリアは単純にいい子なんです」
褒められたら素直に喜び。美味しい物を食べたら感激して、楽しい時は笑うだけでいい。他人の話をきちんと聞いてあげるのもいいと思う。
「人に対して誠実であること、それだけが人から愛される術です。礼儀作法なんて些細な問題です。もちろん人によっては好みがあります、天真爛漫な子よりもひねくれた子の方が好きなやつもいるでしょう。でもマリアはそんな人にも好かれるでしょうね」
「そうなの?」
「ええ、たまにそういう子がいるんです。その在り方の好ましさから愛され、世の穢れを浴びて心を折られぬように守ってあげたくなる子が」
「あんたにもいる?」
すごいこと聞いてくるなぁ。
「俺の眼をよく見てください」
「うん」
「いまこの瞳に映り込んでいる子こそをお守りしているのですよ」
最高の決めゼリフが入ったと思ったんだが……
「誰も映ってないんだけど?」
「ちくしょうっ、透明化の弊害がこんなところに!」
押しても押しまくっても好感度に変化がない。やはりロザリアルートは存在しないのか。
会話の間に洞窟に変化が見られた。壁や床が石造りになったのだ。明らかに人工物。遺跡に入った感じだ。
あちこちに転がるスケルトンの残骸。かなりの激戦の痕跡が残る廊下を歩いていくと景色が開けた。大きく崩れた壁と床の向こうに見えるのは闇に沈んだ地底都市の眺望だ。けっこうな大空洞だ。
眼下に広がる都市遺跡ではスケルトンどもが徘徊し、最奥の高台には女神を奉った神殿がある。
廊下の先に大きな部屋がある。マリアに倒されたトロールの大戦士のミイラが守護する部屋は激戦の果てに躯を晒し、その奥には昇降機が見えている。レバーで動かすタイプだ。
マリアが説明している。
「古代魔法王国の遺跡にトロルが入り込んで暮らしてた感じだと思うんですよ。たぶんあの棒を倒せばあそこが動くと思うんですよね」
本能的にレバースイッチの仕組みを理解している!
ま…まぁエレベーターといってもかなり原始的な造りだし想像力があれば理解できる範疇だ。むしろワイスマンカジノの方が少し先をいっている文明度だしそこはおかしくない。……いや、おかしいな。
「ふむ、まぁ降りてみるのも一興だがどうだろうな?」
「何がですか?」
「いやなに我々は古代魔法王国パカの遺跡を目指していたのだ。ここもたしかに興味深い遺跡ではあるがアテが外れて気が進まんのだよ」
「???」
マリアは完全に理解していない顔になってる。だがさすがに考古工学部メンバーはわかってる顔だ。
ここはパカの遺跡ではない。ガラスとコンクリ、金属建材で作られたパカの遺跡とちがってこの遺跡の主な建材は石だ。だからこそ長い年月を経ても残っているのだと言えるが、ここはパカの遺跡ではない別の遺跡だ。
「んんぅ? ここは違う遺跡なんですか?」
「うん、賢いマリアには飴玉をやろう」
「わーい!」
扱い方がこなれてきているな。
ルプトの花を煮詰めて作ったルプト糖のスティックキャンディーをマリアの口に突っ込んだレリア先輩の視線がトロールの大きな死体と昇降機を行ったり来たりしてる。
「リリウスの話によればここは禁断の森と呼ばれトロールの部族が暮らしていたようだ。それがかれこれ数百年前。そしてここが本題なのだが所感ではここはさらに古い遺跡だ」
「どうしてそう思ったんですか?」
「私はこのような建築様式を知らない。部員どもよ、お前らもそうだな?」
「そうですね、私が知る限り帝国にこのような建築物は存在しない」
「強いて言えば古ウェルゲート海域、中でもジベールやフェスタに近い印象を受けます」
「ボランよ、お前は寡黙だが口を開けば金言を出す男だよ。その通りだ、ここは拙い技術ながらに古代魔法王国を模倣した都市だったと推測できる」
褒められたボラン先輩が嬉々としてふんぞり返り、アルフォンス先輩らからわき腹をつんつんされて「やめろよー」って言ってる。この三人って仲良しだよね。
「おそらくは伝聞で知った気になった馬鹿がここを先史文明の遺跡だと勘違いしたのだろうが実物を見た事のある者なら誰でもわかる。ここは別物だ」
マリアが悲鳴をあげる。
「えー、ガセネタを掴まされたってことですか?」
「事実をありのままに言えばそうなるな。とはいえパトロンには仕事をしたという証を持ち帰らねばならん。前金を貰ったまま帰れば上がらぬ頭が地にめりこむことになりかねん」
「上がらないんですか」
「上がらん。我が部の重要なパトロンだ」
ちなみに騎士学でのクラブ活動には学院側からの部費の提供などは一切存在しない。クラブ棟だってOB会の寄付で建てたらしい。よって活動資金は部員の持ち寄りになるのである。
「忌々しいがパトロンの命令は聞かねばならん。まったく勤労とは尊いなあ」
働くの大嫌いって顔で言ったのでみんな苦笑している。
昇降機をレバーオン。がこんと壊れそうな音を立てて石の床が眼下の都市へと降りていく。
目算で60メートルくらいか。頑健な造りの砦の一階へと降り立つ。
闇のように暗い冥府の魔力が呼吸をするだけで入ってくる。気持ちわりい。
「冥府の魔力が濃いフィールドでの活動は精神に異常を来たす。発症する以上は錯乱や呼吸困難、また船酔いに近い症状が起きる。胸が苦しいと感じたらそれがアラームだ。オルタナティブ・フィアーに耐性のない者は特に注意せよ」
「耐性ってわかるんですか?」
「お前はデス教徒か?」
「いいえ」
「ならば耐性はないと断言できる。原初の暗闇に耐性を持つのはデス教徒とアンデッドだけだ。ピクニックの注意事項はここまでとする。では二手に別れて盗掘開始。遺跡荒し初心者のマリアは私と来い」
「じゃあこっちは男三人ですか。花がありませんね」
「毒花なんて無いほうがいいぞ。合流地点は洞窟の外とする。じゃあ各自精神の健全に注意しつつ良い収穫を」
考古工学部が二手に別れて、スケルトンの徘徊する地底都市を歩み出す。
アルフォンス先輩から提案された時はラッキーと思ったけどまさかのガセネタとはな。……俺らも方針を決めなきゃ。
「この面子だとアルフォンス先輩たち男子陣の方が不安なのでそっちについていきましょうか」
「その前にだけどここはエストカント遺跡じゃないのよね」
「ええ、残念ながらちがいます」
「彼らについていく意味あるの? この方々から離れて遺跡を探した方がいいわよ」
「ピンチの時は助けるって言っちゃいましたので」
「約束の対価がデマ情報だったんだから無効よ、とは言わないわ。義理難いのは良いことよ。ちょっと心配してたけどそういう部分が残っているなら要らなかったわね」
「お嬢様の中の俺はどんなド外道なんスか?」
「そういうことを平気で言えるところよ」
「もしゃもしゃ。リリウス君って昔から善悪の基準値がぶっ壊れてたけど最近は輪を掛けておかしいからね。自覚してね」
集中砲火だ。俺の癒しはどこ?
ってレグルス君が腕を開いて迎え入れようとしてるけど男はご遠慮してくれ。小悪魔系ショタ属性は女相手にだけ発揮してくれ。
男子三人組を尾行する。トロール地下廃墟はわりと頻繁にスケルトンと遭遇する。しかしそこは考古工学部のグッドルッキングガイズである。
ボス感のある一際大きなトロール・スケルトンが相手でもノーダメ回避ゲーだ。
生命の息吹だけを追い続けるスケルトンの習性を利用してスイッチでスタミナを維持している三人の剣にオーラの輝きが宿る。
「いくぞ!」
「「三位一体デルタブレイド!!」」
三人同時攻撃でスケルトンを撃破だ。おおー、連携技かっくいー。
弱点の属性で一気呵成に削り切る。どんな敵が相手でも手数の多さでカバーする。連携ばっちりな魔法剣士三人組は強い。一点特化型にあっさり敗れるイメージがあるけど!
とりあえず目についた民家に入って財宝を探すも目ぼしい品は無い。
三人の盗掘はとても理性のある、死者への敬意を忘れないお行儀のいい盗掘だ。俺だととりあえず壁は壊すし床は砕く。隠し部屋には遺物が残ってる場合が多いからな。
えい!
勝手に床を砕くと三人組が反応。
「まだいたのか!」
「一気に仕留めるぞ!」
勘違いをした先輩がたが一斉に飛びかかってきたので剣刃をキャッチ。
見つめ合うと誤解は解ける。というか盛大なため息を吐かれた。
「……リリウス君か、驚かせないでくれ」
「すんません。でも地下室を見つけたもので」
「それはグッドだ。やや不満はあるが先に地下室を調べるか」
どうやら調査の後で怒られるらしい。
一枚石に隠された地下室は民家の倉庫であったようだ。トロールの親子と思しき骨が抱き合ったまま風化している。
「この都市でいったい何があったのかしら……」
「ドラマを感じますね」
町の滅びた理由の最たるものは山賊の襲撃だ。だが帝国と不戦条約を結ぶまでに持ち込んだ強い部族が山賊なんぞに滅ぼされるか?っていう疑問もある。
帝国騎士団はこの森に対して動いていない。それは確定だ。秘密裏に動いたのだとしても最寄りの町の駐在騎士に知らせないわけがない。
「どんなドラマがあるにせよ、ここが滅びたのは随分と前のようです。墓を暴くような無粋になりますね」
子供の、と言っても生前は俺よりも大きかっただろう子供の頭蓋骨を手に取り、鑑定眼を発動する。
鑑定眼の正体はアシェラの知と呼ばれる特殊なローカルネットワークに接続するアカウントだ。アカウントの権限はクラスによって篩い分けられ最高位のアカウントとなればすべての情報を取得できる。
この眼は過去さえも映し出す。まぁ訓練もしてないから使いこなすまではいかないんだが。
『生物の頭蓋を模して造られた模造品。主な成分はカルシウム。劣化を抑えるためにコナー・コーティング処置が施されている』
「は?」
思わぬ鑑定結果に変な声が出たわ。
「何かわかったの?」
「いえ……」
模造品だと? コーティング処置? え、どゆこと?
この親子の死体っていうか骨ってアミューズメントパークにあるアレと一緒ってことなん?
「ドラマではなく茶番の予感が……」
と呟いた瞬間、どこかから爆発するような咆哮が聞こえてきた。
それはおぞましい怨嗟の声であり特大の悲鳴に聞こえた。……ここがアミューズメントパークじゃなければだ。
民家から飛び出す。すると都市遺跡の大通りに骸骨面の騎士とでも呼ぶべき巨大な鎧戦士がいて、ガアア!と凄まじい雄たけびをあげている。……雰囲気を出してくるなあ。
「ひぃっ、何なの、あれはいったい何なの!?」
「もしゃ。やべー予感」
「遺跡の守護者という感じだな。ボラン、セリード、デルタアタックを仕掛けるぞ!」
俺は慌てず急がず鑑定眼を行使する。
あー、あの如何にもトロールの怨霊が産み落としたと言うべき怨霊の化身の正体なんだが……
普通にギガントナイトなんだわ。
外装いじってるだけなんだわ。だってカタリコン社製パワードアーマー『アズール16式』って鑑定眼に出てくるんだもん。
「アシェラ、これはダメだよ……」
鑑定眼を通して見た世界って迷信とか幻想が吹き飛ぶから困るわ。せっかく苦労して作ったと思しき世界観が死んでるもんよ。……ここパカのテーマパークか何かじゃね?
◇◇◇◇◇◇
遠くから聞こえてくる雄たけびと破壊音。けっこうな大物が出たんだなあと思いながらマリアはレリアの背を追っている。
つかつかと歩いていくレリアの足取りに迷いはない。まるで正しいルートを知っているかのような足取りだ。
「あれってアルフォンス先輩たちの戦闘音楽だと思うんですが加勢はしないんですか?」
「不要だ。相手が例え魔神だったとしても必要ない」
マリアは思った。魔神とは戦ったことないけど弱いってことはないと思う。魔神だし。
対して先輩がたはそこまで強くない。アイアンハート流剣術の奥義を極めたマリアから見れば初級免許くらいだ。イケメンだからオマケしてあげたいけどちょっと変なところがあるし、ないかなーって思ってる。
「んー、でもぉ」
「あれら如き腕前では不安か?」
そういう話だけどあんまりハッキリ言われると肯定し辛いなあ。というふうに思ったがしかし生き死にの掛かった場では迂遠な言い方は悪だ。父も言ってた。時には雅な言葉遣いよりも粗雑な暴言の方が価値があると。
「不安です。加勢に向かいましょう」
「不要だ。私の可愛い部員どもはあれでけっこうしぶといよ。それにお節介な奴も付いて来ている」
「お節介……」
お節介。その単語から真っ先に思いついたのはモヒカンマッチョの口のでかい微笑みである。いつだって思い出すのは親指立てて頼もしそうに笑うあいつだ。笑顔なのに圧の強いあいつだ。
「あー、そういえばあいつ変なマント持ってますもんね」
「あれ面白いよな。夜の魔王の呪具だ、世界有数の危険なアイテムだよ」
「そんなに危険なんですか?」
「その意思を尊重すると決めていても手放せと助言したくなるくらいにはな。英雄ではなく魔王の運命を持つ者、その数奇なさだめは私達凡俗には計り知れんよ」
微かに遠い眼差しをしたレリアが郷愁を自制するように葉巻に火を点ける。吐き出した紫煙がたなびく雲のように先へ先へと道を示す。
「まあなんだ、あちらは問題ないとだけ理解してくれ。だから私達は遺跡を目指すのだとな」
「ガセネタだったんじゃ?」
「ガイゼリック・ワイスマンにそんな可愛げがあるのなら私も頭が上がるのだがな。この遺跡はダミーだ、たしかな知性を持つ者が余所者の興味を削ぐために作った、危険なだけで旨味の少ない偽遺跡でしかない」
今回の依頼にあのエロ賢者が関わっているという情報が出てきた。
次元迷宮なんて面倒くさいところに潜らされた挙句神器を貰えなかったので、マリアの中であいつは詐欺師の仲間入りをしている。
「先史文明のあると。じゃあ大儲けですね」
「うむ、動きの読めない厄介男はここに放置して賢い我らで無難に財宝を掴もう」
レリアが遺跡の岸壁にある不可思議なコンソールを操作すると、それまでただの岩壁にしか見えなかった部分がスライドして通路になってしまった。
金属質な通路は遺跡という感じではない。今も誰かが用い、清掃が行き届いている通用路だ。
「これが遺跡……?」
「正確には完全稼働都市という。エストカント市では未だに都市長が市行政を差配し、軍事力を有して外敵を退けているのだよ」
「え、でも先史文明って滅びたんですよね?」
「まぁ実際に見てみるのが早かろうよ。私も完全稼働都市は初めてだ、心臓が高鳴りすぎて死にそうだよ」
「だから上機嫌だったんですね!」
魔女と聖女が金属質な通路を往く。その往く手を阻む者はいまのところはいなそうだ。




