考古工学部の遺跡探訪①
本話の登場人物
レリア・スカーレット・ジーニー ご存じ考古工学部の女帝。金が入ると部員を連れてシャンパンパーティーをする女。二十代で成功してホスト狂いになった女社長感がある。
考古工学部の愉快な仲間達 アルフォンス、ボラン、セリード、ジェットストリームアタックを仕掛ける!
ガイゼリック・ワイスマン かねづる。
リリウス・マクローエン 肉壁四号。マッチョなので耐久力が高いゾ。
ナシェカ・レオン つかえるセンサー。
マリア・アイアンハート マスコット一号。使い捨て。
ロザリア・バードランド マスコット二号。地雷探知型。
先史文明とは約八千年前に存在した古代魔法王国パカを指す言葉だ。先史文明の遺産の多くは現代では再生産は不可能であり、特にアロンダイク合金と呼ばれる物質は最大の謎とされている。
この秘密を解き明かしたなら莫大な利益が約束され、一族千年の繁栄が叶うとまで謳われているが絶対にどこかの時点で製法を盗まれるので千年は言いすぎだ。
他にも独自の魔法体系『古代呪術』の秘密があり、これを使う者は早死にするため古代文明の怨霊の呪いだと長年噂されてきたが近年ではトロン変動域の差異によるものだと判明している。
また約八千年前に滅びた文明のはずなのに近年製造されたと思しき限りなく本物に近いというか本物と断定せざるを得ないオーパーツが発見される事例もある。この事から推測されるのは古代魔法文明は未だ滅びておらず、末裔は今もどこかに存在しているのではないかと云われている。
現代においても多くの謎に包まれた先史文明。これにロマンを描いた冒険者たちがおたからを目指して今日も遺跡の門を潜る。
冒険者の末路は財宝か死か。それこそダーナの賽子の目次第であろう。
◇◇◇◇◇◇
六月のとある夜、いつものように考古工学部のガレージに顔を出すといつも楽しそうに機械をいじっているグッドルッキングガイズの姿はなく、レリア先輩が一人で手紙を読んでいた。
木箱に腰かけて手紙を読む横顔はいつになく優しげなもので、何が書かれているものか微笑を湛えている。恋人からの手紙というよりも息子からの手紙って雰囲気だ。……ファウル・マクローエン式女性年齢判別法によれば二十歳前後なので息子ではないと思うが。
先輩が顔をあげてこっちを見てきた。皮肉げに歪んだ唇はいつもの先輩のものだ。
「悪趣味な。来ていたのなら声くらい掛けろ」
「声を掛けていい雰囲気ではなかったので」
「ならばさっさと立ち去ればいいのだよ。まあお前に気遣いを求める方が酷か」
馬鹿にしたみたいな性格のねじくれ曲がった微笑みがデフォルトの先輩なので言い返したりはしない。不毛だからだ。
意味のない文句をつける不毛さは先輩の最も嫌う労力の無駄遣いだしな。
「どなたからのお手紙で?」
「用件はなんだ? 急用でないのなら今夜は放っておいてくれ」
「別段用事があるわけではないけど今夜は冷たくないスか?」
「いつもと変わらぬ対応であると思うがな。悪いが目を通さねばならない手紙が多くてね」
先輩の座る木箱には小包みを解いた中身が積まれている。十数枚という数の手紙が積まれ、宝石も転がっている。実家からの仕送りって感じだ。
「政務に関する質問状もあるのでね。早めに返答してやりたいんだ」
「ご実家は領主家だったんですね」
レリア先輩は身上を語らない。語るのは機械知識だけという根っからのマッドだと思っていたが貴族の責務はきちんとこなした上での放蕩ぶりであるようだ。
今宵は退散しよう。
去り際にもう一度ガレージへと振り返る。嬉しそうに手紙を読んでる先輩の微笑みを見つめ、まだまだ全然仲良くなれてないんだなあって思いながら立ち去る。
翌日の放課後にガレージに向かうと意外なやつと遭遇した。エロ賢者だ。忌々しそうに舌打ちしながらガレージから出てきたところだ。
「おう!」
「……お前か」
俺もこいつも同じ顔をしている。嫌なやつに会ったなといううんざり顔だ。
「どうしたよ」
「頼み事があってきたのだがすげなく断られたのだ」
「金を積めば?」
「積んでもどうにもならんのだ。ご気性であろうが今の魔女皇殿は無敵だ」
無敵とは穏やかなじゃねえなって思いながらガレージに入る。目の前に広がる光景で理由が明らかになった。
酒くせえガレージのそこかしこにワイン瓶が転がり、気持ちよさそうに酔っぱらってるレリア先輩がバイクをニュートラルのまま吹かしてる。
ブオンブオンうるさいバイクのサイドカーに乗り込んだ工学メンズもワイン瓶掲げて「フォー!」って言ってる。
うん、この状態の連中が他人の話なんて聞くわけがないよね。だって変な高笑いしながらアクセル開けてるんだもん。変なスイッチ入ってるよ。
「リリ公、お前も来い!」
「ドライブっすか?」
「うん、ドライブだ」
バイクで五人乗り&飲酒運転とは自由だな。世が世なら逮捕されて免許取り消しされてるところだ。まぁ運転免許なんて概念存在しねえ世界なんだけど。
すでに二人詰め込まれているサイドカーの背もたれを抱く感じで座り込み飲酒ドライブが始まる。うおお、すごくいいぞ!
夕焼けの、古臭いけど情緒のある石畳の丘を疾走するのが超いい感じ。
景色もいいし風も気持ちいい。酒も旨い。これ高いやつだぞ!
「ドライブいいっすね!」
「だろ? バイクはこれがいいのだよ。景色は美しく風は気持ちよく酒は旨い。五感体験なのだよ」
「聴覚は?」
「よし、歌え」
「はい!」
この飲酒バイクが超楽しかった。酒が無くなったらバーに突入して嫌がる店主を脅して酒を買い漁る。石畳のボコっとしたところでサイドカーがはねたせいで部員が三回くらい転げ落ちたけど楽しい。悲壮な顔で追いかけてくる部員をけらけら笑いながら応援するの超楽しい!
「待ってくれ~~~!」
「ワハハ、なんだあの顔!」
「アルフォンスだせぇ~~~!」
「運動不足っすか!? もっと必死にならないと置いていきますよ! ぎゃははは!」
必死こいたアルフォンス先輩がサイドカーに飛び乗ってきたら健闘を称えて拍手するぜ。このあと当然のように蹴落とされたけどな!
丘を二周したら下って貴族街を出る。
「なんだあの乗り物?」
っていう民衆の視線を浴びながら爆音で疾走するの楽しい。
帝都を出て森の街道を驀進するの楽しい。平原に出る前に酒が切れたから町に引き返そうとして道間違えて迷ったの超ウケる。……もうすっかり夜だ。
あんなに楽しかったのに夜になった途端に気分が冷めちまったぜ。
「さっきまで超楽しかったのに急につまんなくなりましたね」
「それはアルコール切れだ。ほれ、これでもいっとけ」
レリア先輩がスキットルを投げ寄こしてきた。こいつはいいブランデーだ。ちょっと良いことのあった日の晩酌で空けるような高級品の味だ。うわぁい楽しくなってきた!
この日このあと何が起きたかはまったく覚えていないが気づいたら明け方で、俺達はどこかのバーで寝転がっていた。
程々にぶっ壊れている店内を見渡しながら思った。
俺と同じように寝転がってる考古工学部の四人を見ながら思った。
「酒癖わるいなこの人達……」
こんな事が何回もあった。
ある時はカジノで豪遊をし、ある時はこじゃれたバーを貸しきりにして騒いでる最中に襲撃をかけてきたデス教団を撃退したり。まぁレリア先輩が一人でぶちのめしてくれたんだが。
ある時は……
「マリア達も来いよ、繁華街に繰り出そうぜ! 今夜はレリア先輩のおごりだ!」
「いいの!?」
「構わん、他にも連れて行きたい者がいれば連れてこい。当然背中に隠れている無礼な娘っ子もだ」
「ひえぇ…バレてるぅ~」
「無礼ってナシェカ何したん?」
「も…黙秘で……」
マリアたち四人娘に加えてなぜかウェルキンとベル君も誘い、こいつら全員引き連れて夜の街を練り歩く。
そんな楽しい日々の終わりは唐突だった。
七月に入ってすぐだ。いつものようにガレージに顔を出すなんとレリア先輩がこの世の終わりみたいな顔をしていたのだ。
「ど…どしたんスか?」
「貨幣とはどうして使えば無くなるんだろうな」
金欠だ!
「昨晩までけっこうな大金持ってたじゃないすか。まさか高級な壺でも買わされたんじゃ」
「壺など買わん。今年度の授業の支払いを忘れていただけだ……」
「あ……」
フラグあったよ。見逃してたよ。だって普段よりも仕送りが多かったからその分おごってやるって言ってたもんよ。授業料の分多かったってだけだ。
「貸しましょうか?」
「貴様、まさかこの私をこじき扱いするつもりか?」
ひぃっ、面倒くせえなこの人。
このあと散々おごってもらったんだから今回は俺が出しますよという論法で夕飯に誘ったが断固拒否された。後輩からめぐんでもらうつもりはないらしい。
数日が経ち、先輩の目つきが日に日に荒んでいく。
ガレージで作業をしてる二年のグッドルッキングガイズも息を潜めている。猛獣の檻の中の小動物って感じだ。
こいつらって高身長・高ルックスで有名な二年生の有名人なのに……
「大声は出すなよ。空腹のモンスターと一緒だ、襲ってくるぞ」
「アルフォンス先輩たちのスタンスがわからないんスけど……」
「我々はレリア様の生態を特等席で見物している物見高い男子なだけだ。別に死にたいわけではない」
援助してあげればいいのに。という意味で言ったらさらに闇の深い発言が出てきたよ。
パンダが好きで檻の中に入った系の方々だったか。なおパンダも熊だから強いんだよ。気の立ってる熊に近づいたら普通に危険なんだよ。もう完全にパンダ先輩だよ。
不機嫌なパンダがイライラしてるガレージの雰囲気は最悪だ。
「あのぅ」
「ん?」
威圧感!
「そ…そろそろヘルト・リ・ヘルトのお祭りですね」
「ふん……! そういえばそうだな。なんだこっちにも重ね月の風習があったのか」
「さすがに詳しいですね。元々は先史文明のお菓子メイカーが作ったお祭りなんですが現代でも幾つかの地方で行われている祭りです」
中央文明圏の国々の多くは神の名を冠する12月366日の暦を採用している。これは月の名こそちがえども先史文明の暦と同一だ。別に不思議ってほどじゃない。
ジベール・フェスタの建国にはイザールの影があり、イルスローゼは聖地の真竜が関わっている。それだけのことだ。そして今は雑学はどうでもいい。
「考古工学部ならそういうのも大切にしたらいいんじゃないかなーっと」
「何が言いたい?」
だから威圧感! 腹ぺこパンダのくせにドぎつい威圧感放つのやめてください。大魔導級の魔法力で圧掛けるとパンピーなら心臓発作起きますぜ。
「バーベキューやりません?」
パンダが空腹ならBBQで満足してもらえばいいんだの精神でBBQを開催する。
ガレージの前でBBQをしていると良い香りにつられて薬学研究棟の連中がやってきたが本日は無礼講だ。食え、肉ならたっぷりある。さっき肉屋から鹿の半身を買ってきたからね。
参加者がぞろぞろ増えていく。知らない人は遠慮してくれないかと言いたくなるくらい増えて網が一枚じゃ足りなくなった。
「見るがいい、これが俺の秘術カマド錬成だ!」
「授業では出し渋りしたくせにBBQだと普通に出すんだね」
「デブよ、魔法は闘争の道具ではなく生活を豊かにするために存在するんだ」
「人が集まってくる前に作っておけば隠せたのに……」
いや俺も使いたくて使ったわけじゃねーし。
魔導錬成は基本的に魔力消費が重いが触媒があればコストが軽くなる。土石を触媒にするだけで俺個人の魔法力でも補える。
現在俺の魔法力は大変面倒なことになっている。
原初の暗闇を根幹属性としながらやや風も混じってる雑種魔力が表層にあり、奥には軽い刺激だけで大爆発して溢れ出して止まらなくなる殺害の王の魔法力がある。これが厄介だ。
触れると精神を汚染してくる殺害の王の魔法力には極力触れたくない。しかし俺個人の魔法力は微々たるものだ。と言ってもハイクラスウィザード十人分はあるが根幹属性がアレなせいで濾過して通常の属性に戻さないと使い勝手が悪い。あれやこれやと苦労した結果毎時200アテーゼ程度の保有量しかない。
これで大地に干渉する土系統魔法を扱うとなるとさらに消費量が……
やめよう、頭が痛くなってくる。
「俺も魔導錬成なんて使いたくなかったんだ。五人なら網一枚カマド一つで済んだのにこんなに集まってくるとか普通思わねえじゃん」
「他の人は参加させなきゃよかったじゃん」
「殺してでも奪いに来そうな雰囲気があったんだよ!」
薬学研究棟にこもってる腹ペコ先輩がたの狂気の視線圧を知らねえやつはこれだから困る。二階の窓の向こうから血肉に飢えたアンデッドみたいな目つきでじぃっと見下ろしてくるんだぞ。
一人許したらまた一人。堰を切ったように参加者が増えていったんだよ。
気づけば一学期に知り合った連中みんな揃ってた。生徒会のみなさんとかハディン先生とかに参加は遠慮してくれなんて言えるわけがあるか。全力で媚びたわい!
騒がしいBBQも中頃。宴をぼんやり見つめるレリア先輩の眼に人の心が戻ってきた。野生のパンダの餌付けに成功した瞬間だと言ってもいい。
「お前の世界は面白いな」
「世界ですか?」
「世界は観測者によって在り様を変える。私の世界が狭く血が通わぬように冷たいのに対してお前の目を通した世界は面白いよ」
「う~~~~~ん、観測者効果的な話ですか?」
「馬鹿め、主観世界論の話だよ」
そっちか。異世界原理魔法の根底を支えるトンデモ理論だ。
世界が見る人によって万華鏡のように姿を変えるんだぜっていう話さ。
「恥じるべきなんだろうが私は人という生き物にさほどの興味も持たずに生きてきた。どうせ期待を掛けても裏切られると勝手に見限ってな。……今にして思えば最初に裏切ったのは私だったんだ」
キャンプファイヤーに照らし出されたレリア先輩の横顔に微笑が浮かぶ。
どきりとするくらい美しいその横顔と微笑みに刹那抱いた感想は鬼の霍乱である。
「お前の世界は豊かだ。羨ましいよ」
「考古工学部のマッドにも人の心らしきものが一応は存在したんですね」
「ふふっ!」
このあと俺はキャンプファイヤーの中にぶん投げられ、大勢の笑い声の中で一発芸『涅槃仏』を披露するはめになった。……ええ、自発的にやりましたとも。
だって爆笑とれそうだったしさあ。
「あははは! 燃えてっ、燃えてる!」
「やっべえナニその顔やっべえ! 旦那ぁ燃えながら笑かしにくるのやめっアハハハハハ!」
「燃えながら悟る人か。やるではないか!」
こっちを指さしながら腹を抱えて爆笑するマリアとナシェカの反応もよくこの日一番の大爆笑をとったのがこの焼身涅槃仏である。百イイネくらいの大ヒットだったのでよし!
◇◇◇◇◇◇
楽しいBBQの翌朝。レリア先輩の生存確認といういつものノリでガレージに行くとエロ賢者がイキリ倒していた。
「融資をしてほしいと? ならば相応の頼み方というものがあるのではないか?」
「くっ、私の身体が目当てとはゲスめ……」
「ちゃうわ! 頭を下げろって話だろうが!」
エロ賢者だからてっきり肉体で払わせる的な話だと思ったわ。つかエロ賢者なら例えちがかったとしても乗れよ。そこは乗るところだろ。
しかしけっこう怒ってるのかエロ賢者はじつにねちっこい説教ぶりである。
「大事な用件だからと再三にわたって頼んでも引き受けなかった仕事をお願いですからやらせてくださいと言え。言えば融資してやる!」
「……」
しかしレリア先輩は耐える。エロ賢者ごときに頭を下げる気になれないだけだと思うが耐えている。くっころ女騎士みたいな顔してる。
「おっと足が滑った」
ガシャン! ザザザァ―――!(横倒しになった木箱から大量の銀貨が滑り出てくる音)
そして金貨に飛びつくレリア先輩! プライドないんかあの人!
「その金くれてやってもいいんだぞ? あぁもちろん俺の仕事を引き受けたらの話だがなァ?」
「あわわ…あわわわわ……」
すごい光景だ。リアリティしかない。今にも潰れそうな零細工場の工場長と唸るほど金持ってる投資家の図だ。考古工学部のグッドルッキングガイズはどうしてエロ賢者の背後に立ってるの!? 気持ち的にはそっち側なの!?
俺は黙ってこの場を立ち去った。何だか悲しい気持ちになりそうだったからあえて先に立ち去った。
レリア先輩、そのエロ賢者クソほど手強いんでそのぅ……
「ご愁傷様です」
青空を見上げる俺の眼にはレリア先輩の微笑みが写り込んでいた。
見捨てたといふなかれ。ただそのエロ賢者クソつよなんでそのぅ……あ、お腹痛いの。リバイブエナジーが溜まるまでお腹が痛くて戦えないの。
できれば手助けしてあげたかったんだけどぉ……
ガイゼリックだけは勘弁してくれ……
◇◇◇◇◇◇
そんな事があっての二日後、約束の日時がやってきた。というのも数日前にガーランド閣下からこのような手紙が来たのだ。
『建て前 理由あって名は明かせぬがさる高貴な御方がLM商会に興味があり訪問を為さりたいと仰せだ。商会長リリウス・マクローエンにはこの御方の接待を命じる。予定日は七月十日の正午。特段火急の用でも舞い込まねば必ず訪問があると心得よ』
建て前と堂々と書いてある手紙をひっくり返してみると本音が書いてある。
『本音 すでに察しているだろうが毎度の厄介事だ。俺では止められぬ案件なので慎重に切り抜けてほしい。というのは不親切きわまりないので助言を一つ。ロザリアも連れていけ、応接は任せてしまえ。最悪でもボヤで済む』
俺はいったいどんなクソ面倒な人物の相手をさせられるんだろうか……?
この申し訳なさと配慮の行き届いた手紙を二度読み返した頃にはため息が出てきたぜ。冒険者の世界は危険に満ち溢れていたけど気楽だった。ストレスフリーだった。貴族社会は安全だけど心労がひどいぜ。
そしてやってきた約束の日時である。
正午にお越しだというのでやや前である11時には店を開け、ロザリアお嬢様と二人でニコニコしながら店頭に立つ。お嬢様はもちろんLM商会の制服であるミニスカメイド服さ。
超ミニスカの裾を抑えて恥ずかしがる姿にきゅんです。
「ねっ、ねえ! わたくしまで着る必要あった!?」
「必須です。当店の店頭に立つ以上必要な制服なのです」
「……それはそうかもしれないけど。でもスカート丈が、ねえ、もう少し丈の長い制服はないの!?」
「ありません。エロの総合商社と謳われるLM商会を舐めないでいただきたい!」
「なんでそんないかがわしいお店やってるのよ……」
羞恥心に悶えるお嬢様の顔つきがハッと変わる。いったい何に気づいた?
「ねえ、どうしてわたくしのサイズの制服があるの。二日で作れるわけがないのに……」
「っち。勘のいいお嬢様は嫌いですよ。……ではなく仕立て直したんですよ」
「いま勘がいいってゆった! 舌打ちもした! てゆーかどうしてわたくしのサイズを知ってるの!?」
「俺くらいの大戦士になればサイズくらい目視でわかるんですよ」
「……てゆーか、これ本当に制服?」
「……ッ!?」
やべえ驚愕のあまり鼻水が飛び出してしまった。
ここまでくると鋭いなんてもんじゃない。異能の領域だ。
「あんたまさか……」
「馬鹿な! ありえない、お嬢様用に作らせたロリータメイド服のエプロンにLMの刺繍を入れただけだなんてありえない! 本当にどうしてわかったんですかぁ!?」
「脱ぐ! こんな破廉恥な服は脱ぐ!」
「待ってください。これには深いわけが! 特にないんですけどお!」
「脱ぐー!」
なぜかこの場で脱ごうとするロリVS羽交い絞めで抑え込む救世主の腕力勝負が始まった。どう考えてもこの場で脱いでいただいた方が嬉しいはずなのに俺が止めに入っている謎の勝負だ。
「うおおおおおおおお! 脱がせないッ、絶対に脱がせない!」
「脱がせなさい!」
白熱する脱衣バトル。どちらの主張が通るのかという緊迫のシーンにコンコンと軽めのノックが鳴り響く。お客様かな?
店の扉はすでに開いていて、年下っぽい金髪の美少年が律儀にも扉をノックしている。優しげな顔立ちとほっそりした身体つき。穏やかな笑みを浮かべる美少年だが……
金糸で竜をあしらった純白の軍帽と軍服。ベルトの軍刀の紋章も確定だ。
「皇室近衛の方が何用ですかね?」
「話は通っているはずなんだけどな」
呆れた表情のまま裏拳でノックしていた美少年が近寄ってくる。……さっきまで大騒ぎしていたお嬢様はどうして俺の背中にお隠れになるのだろう?
「どうしました?」
「だってこんな格好恥ずかしいわ」
赤面なされておられる。俺の前ではまず見せない女の顔になるのはよすのだ。
タイプこそ違えど俺もけっこうイケてるはずなのになぜ女性陣の反応が悪いのか。ちくしょうアルザイン許せねえ。
美少年の皇室近衛が眼前に立ち、微笑を湛えたまま見上げてくる。身長差30センチって感じだ。
「本日の正午に来店するとガーランド団長から聞いているはず。と言っても僕は護衛でしかないのですが」
「あぁなるほど」
閣下が断れないという面倒な相手ってのは皇族か。そりゃ断れんわ。
皇族かぁ、商売の相手としては嫌な相手なんだよなあ。
よくわからない理屈を並べ立てて金も払わず献上させようとしたり増傲慢に怒鳴り散らして無茶を言ってくるイメージしかない。
「レグルス・ルーリーズです」
「なんやて?」
まじまじと見つめてみる。
一見コナマイキなのにいじめられることで光りそうな美少女系の女顔……
攻略ヒーローのレグルス君? マジで?
「もしかして覚えてくれていた? 会うのは二度目なのに名乗るのは初めてだね」
「なんやて?」
え、すでに会ってるのか?
どこで? まったく覚えてねえぞ。
「……これもちがうと。じゃあどういう反応なの?」
「説明は難しい」
「じゃあいいや」
レグルス君にはこういうところがある。愛らしい容姿のくせにやや塩対応で、たまにデレる。そのギャップが堪らないという女性は多いらしい。
来年入学してくる攻略ヒーローにここで出会うのか。まだ何の対策もしてないせいでテンパっちゃうぜ。
そんな俺の混乱も涼しげに流すレグルス君がお仕事モードでこう言う。
「警護のため一応店内の確認をさせてもらえるかな?」
「一階までならお好きにどうぞ」
「二階は?」
「階段を無断でのぼろうとすると怖い精霊どもが暴れ出す仕掛けがあるんだ」
「う~~~ん、そんなら仕方ないか」
皇室近衛が新たに三人入ってきて店内を調べている。皇族が来るなら当然の措置だ。
一旦外に出て商会の敷地に入るための門を開けて待つと三台の馬車がやってきた。皇室の紋章を使っていない偽装馬車が商会の中庭に入っていき、門を施錠する。
皇族ともなると一々仰々しいものだが警護の必要上仕方のないことだ。色々と時間を取られる上に応接にも神経を使うから顧客としては微妙なんだよね。
二台の馬車から近衛が八人降りてきて周囲の警戒に入り、ようやく主人が出てきた。
「ブフフフッ、こりゃあ見事な結界だ。高度すぎて何が何だかわからんな。ブフフフ!」
馬車から出てきたのは見事なアメリカンデブだ。体重が200キロの大台に乗りそうなデブだ。オークかと思ったわ。
不摂生の権化にも関わらず顔立ちは意外なほど穏やかなデブが豪快に笑いだす。
「おおっ、ロザリア嬢もいるではないか。随分と久しいな」
「フォン・グラスカール皇子殿下、ご壮健なようで何よりですわ」
やべえ名前が出てきたじゃんよ。いやまぁ俺も初対面ではないんだけど。随分と昔に見かけたことだけはあるってレベルだけど。懐かしいラタトナ離宮占拠事件の時に遠くから顔だけは見たんだ。
帝国第一皇子にして皇太子フォン・グラスカール。馬鹿でデブで有名な女好きのブタ皇子だ。
「リリウス、そなたとも随分と久しぶりになる。以前はドタバタしておったゆえ直接話すのはこれが初めてになるが余を覚えているか?」
「そりゃあもう。何しろ一度見れば忘れられないインパクトの塊ですしイタイ!」
お嬢様から足を踏まれた! カカトでずどんって言った!
「お…お久しぶりにございます。リリウス・マクローエンめにございますぅ」
「語尾は伸ばさずしっかり切りなさいよ」
「うす……」
「いやよいのだ。言葉遣いに気を取られて口が鈍るようでは困るのでな。しゃべりやすい言葉でよい」
とはいうがここはやはりお嬢様に任せてしまうべきだろ。閣下の御手紙からにじみ出る余計な発言で怒らせる未来がありありと見えるからだ。
そんな未来がなんとお嬢様に任せてしまえば最悪でも小火で済むらしい。任せない手はないね。
「仰せのままに。さあ殿下こちらへどうぞ、いつまでも立ち話をさせては兄に叱られてしまいますの」
「ブフフフ! 細やかな気遣いに感謝するよ」
場所を一旦店内に移して応接室。ここは貴族用の商談部屋だ。ジベール産の毛織物のタペストリーやら金細工。お高い壺やら何やらと内装でLM商会の底力を示した高価な部屋だ。この部屋だけで金貨二万枚くらいの品物が揃っている。
近衛の見張り付きでお茶の用意を終えて戻ってくると談笑の花が咲いている。どうやら応接はロザリアお嬢様に任せて正解らしい。
「お話し中に失礼します。これはジベールの金華茶の新茶になります。あちらでは塩を一つまみ混ぜて飲みますがミルクティーにしてもよろしいかと」
「また随分なものを出させてしまったな。うむ、ではあちらの作法に則って塩でいただこう」
ガラス瓶から塩を一つまみ。お茶に塩はこちらでは考えられない行為だがダージェイルだとメジャーな飲み方だ。たぶんあっちは暑いからみんな塩分を欲しているんだと思う。
お茶をすすり、感想を言い合い、本題が始まる。面倒な事にならなきゃいいんだが……
「そう警戒せずともよい、ガーランドの秘蔵っ子が随分と珍しい物を扱っていると聞いて興味本位で来たまでだ。手間を取らせる分売り上げには貢献するつもりだ」
「何よりのお言葉です。どのような物をお求めですか?」
「そうはっきり決まった物があるわけではない。ウェルゲート海の品を扱う店はこちらでは少ない、というよりもイースの一強だ」
だろうな。イース海運はそうやって成りあがってきた。
中央文明圏で築いた太いパイプを使っての流通業から初めて今では世界一の大財閥だ。もちろんLM商会も負けていない。むしろ流通速度で言えばイースを凌駕している。
ブタ皇子がブフフと笑い、にっこり笑顔になる。
「むしろどういった物を取り扱っているのか説明してもらいたい」
「ではこういう物はどうでしょう」
お茶を入れがてら店内から持ってきた新聞を広げる。
トライブ七都市同盟やイルスローゼの諸都市で発行されたニュースペーパーだ。しかもここ数か月どころか先月発行されたものまである。この価値がわかる人なら定期的に買ってくれるはずだ。
「ブフフフ! 試されるのも久しぶりだ。あの鉄血と交流があるだけはある大層な男よな」
「お褒めにあずかり光栄です」
「これ褒めてないわよ」
え、マジすか?
「皇太子殿下の知性を試そうとはあんた何様のつもりだって感じよ?」
「そんな大それたつもりはありま……せんのに」
「それはもう自白よ」
「いやいやそこまでの意図はないのだ。面白いものを扱っていると感心したまでのことよ。あちらの動静がわかる新聞の需要は高い。特に貿易に手を出している家なら垂涎であろうよ。とりあえずここ一年の物をまとめて貰おうか」
まいどあり!
新聞という名の週刊誌は一部四銀貨の値を付けているので二十誌×五十部で4000ベイルの売り上げだ。
「扱っている品ということであれば店内をご案内するのが一番でしょう。店内に無い物であればこういったカタログもございます」
カタログに載せている品は高級品だ。アルステルム工房やら何やらで作られた品に手数料をプラスした価格を載せている。
カタログ注文なら一週間前後でお届けさ。どうしてもすぐに欲しい人にはちょっと値が張るけど一日でご用意できるベルクス特急便もある。メール一本打てばローゼンパーム本店のベルクス君が届けてくれるシステムだ。たまにハンス特急便になる。
「LM商会の流通システムは安全かつ最速です。せっかく大金を払って取り寄せたのに船が沈んで届かなかったなんてことは絶対にないので安心してお買い求めいただけます」
「うむうむ、何だかわからんが面白いシステムであるな。いったい何をどうすればあちらから一日で届くのかが不明だがそこが面白い」
いやしゃべんねーよ。そこはしゃべんねーよ。商売の秘密をしゃべるアホがいるかよ。
「リリウス、これは催促されてるわよ」
「わかっててしゃべってないんスよ」
「それなら仕方ないわね」
お嬢様があっさり折れてくれたのは意外だ。普通の貴族なら不敬だから秘密を明かせとか言いそうなもんだがな。さすがお嬢様なのだろうか?
「むぅ、ならんか? なあロザリアからも言ってはくれんか?」
「ダメです。商売の秘密は商売人にとっては命のごとく重いと兄も申しておりますの」
あの守銭奴の教えか。守銭奴ドラゴンの師匠だからガーランド閣下もそこはがっちりしてるんだよな。あの人も謎の財源幾つも持ってるし。
店内を適当に見てもらう。一目で気に入ったマジックガンナー兵装を中庭で試し撃ちしたりと長い買い物タイムだ。面白い面白いと言ってこれを近衛騎士の分まで20セットの売約が決定した。すごい! 売り上げがすごいよ!
一つ技を見せてくれと言われたので俺もニコニコ顔で技を一つ披露するぜ。
「このリニアレールガンの良いところはボウガンのように誰が使っても決まった威力が保証される点です。騎士が使おうが農兵が使おうがそこいらのこじきが使おうが必ず同じ威力が出ます」
的の土人形が一発の銃弾で爆散する。本来なら一番安いハードスチール弾でも騎士階級を一発で殺せる威力があるが、販売しているのは威力を落とした劣化レールガンだ。
こんな凶悪な武器を誰彼構わず売るほど俺も頭がイカレちゃいない。精々がでかいイノシシを狩るATK120程度の威力に調整している。……的の土人形はわざと脆く作ってるんだ。
「で、こういうマネもできるんです」
試し撃ち用のレールガンを山盛り突っ込んだ木箱を宙に放り投げ、宙に投げ散らばった銃を俺の幻影が掴んでいく。
数秒で霞と消える幻影身三体を作り出して同時に八発の銃撃を放つ。本体と合わせて二丁拳銃での一斉射で、射撃体験場の60体の的を一瞬で粉々にする。最後に格好いいポーズも忘れない。
「極めると騎士中隊でも単独で仕留められます」
嘘です威力が低いんで無理です。とは言わない。
「高額な理由も頷ける怖い武器だな。数を揃えられたらと思うと寒気がしそうだ。あちらではこういった物が主流なのか?」
「イルスローゼでは配備が進んでいますね」
これは当然だがアルステルム工房製の強力な銃が量産されて黄金騎士団に流れている。アルステルム工房なら当然設計者は伯爵だ。物作りには妥協を許さないコンラッド・アルステルムとルル・ルーシェが本気で作った武器だからな。連射性能はともかく単発の威力はパカ製のマシンキャノンに迫るものがある。
古代呪術によって強化されたマシンキャノンの威力はATK3200。英雄さえも殺せるおぞましい武器だ。
「通常騎士一人に付き50~100名程度の農兵を従えているものですが、支給が完了するのは数年後になるでしょう」
「これだけ便利な物ですもの、当然ですわね。殿下の近衛も装備を統一してみては如何でしょう? 御用名はぜひともLM商会に」
お嬢様がフォローしてくれるとは思わなかった。さすが守銭奴の妹だ。厄介な貴族担当の売り子としてスカウトしたいぜ。
「無邪気に言うてくれるが余はこの武器が恐ろしくて仕方ないのだ……」
馬鹿でデブで有名な馬鹿皇子の眼に恐怖の色が宿る。
彼の眼は未来を視ているのかもしれない。使用人がスカートの下に銃を隠し持ち、眠る主人の枕元に立つ陰惨な未来が俺の眼にもありありと思い浮かぶ。
大勢の悲劇の上に成立する貴族社会をどうにか保っているのは貴族の武力だ。平民にちからを与える武器の誕生は皇族からすれば恐怖でしかない。
「お前達には余の眼に映る光景が見えるだろうか。恐ろしい時代が来ようとしている。我らのような古い階級はきっとこの時代を生き延びることはできまい……」
「強力な武器の登場で歴史が変わるのは世の常でしてよ。重要なのは適応できるか否かで、幸運にも殿下は新しい武器を手に入れられる側なのです」
うまいセールストークだと思うけどそういう事言ってんじゃないんですよ。
個人や国家ではなく歴史の話をして……
いやお嬢様も歴史の話をしている。あれ、論点がちがうだけで合ってるの? 高度なロザリアトークなの?
「すんません、俺けっこうな凡夫なんで難しい話はやめてください」
「なによ、せっかく注文を取ってあげようとしてるのに」
「あぁすまんすまん、変な話をしてしまったな。変な注文ついでにこれを販売した顧客のリストを買わせてくれぬか? ……なんだその顔は?」
「いえ、顧客リストですか……」
嫌な予感がしつつも帳簿を確認する。赤字には目を逸らしつつ結果のみを正確にお伝えする。
「現在帝国内でこれを購入された方はこちらのロザリアお嬢様だけです」
「……そ…そうか、……新しい時代は遠そうだな」
「ええ、本当にですね」
ぶっちゃけ9000年近く中世暗黒時代をやってたこの世界に新しい時代なんて来るのか謎すぎる。神々の多くが科学アレルギーで発展を阻止してきた節があるんだよなー。
神殿勢力には科学技術を禁忌の御業として弾圧してきた歴史がある。科学が発展すると第二のイザールが現れると思ってんだろうな。その恐怖わからんでもない。
神々さえも凌駕するどころか神々の創造さえも成し遂げる異端の文明だ。しかも捕獲した神を奴隷化する技術まである。神の側からすれば恐怖でしかないんだ。
しかしこれはLM商会の真っ赤な帳簿を明かすことでいい話題変更になったようだ。
ほんわかした空気になってどうでもいいおしゃべりに切り替えようと……
「先史文明の品は取り扱っておらんのか?」
「残念ながら入手は難しいですねえ」
「ブフフフッ、色々と隠し持っていると聞いているがな!」
調査済みか。やはり皇族は食えないな、いったいどんなルートで調べたんだか。
「バレてるんじゃ仕方ありませんね。いったい何が欲しいんですか?」
「あぁもうっ、馬鹿!」
「馬鹿とは何ですか」
「知らぬ存ぜぬで押し通せばよかったのに馬鹿正直に白状したら馬鹿でしょうが」
マジすか?
「え、そんなんでいいんですか?」
「いいに決まってるじゃない。うちが後ろ盾になってるのよ、殿下だってそうそう無暗に突っ込んでは来られないのに認めちゃったら出すしかないじゃない」
「そういう正直な発言は余の前ではなく帰ってからにしてくれぬか? 中々に心が痛むのだぞ」
「御言葉ですがこの者の教育は父よりわたくしが任されておりますの。うっかり口を滑らせたくらいで神代の兵器を取り上げられるのは看過できません。それでも抗弁なさるのであれば父アルヴィン・バートランドの名で正式に抗議いたしますわ」
強い、ロザリアお嬢様が強い。抱かれたいレベルで頼もしすぎる。
さすがのブタ皇子も焦ってる。冷や汗をハンカチで拭き拭きしてる。
「あ、いや、そうではない。欲しいのは武器ではないのだ」
「では何をお取り上げになると?」
「怖い目つきはやめてくれい。……ラザイエフ・ドールズ社製の汎用メンテナンスパッケージという品物らしいのだが」
また意外な名前が出てきたな。お世話人形のメンテナンス・パッケージだと?
お世話人形ならともかくメンテナンスパッケージを欲しがるなんて、理由は一個しかねえはずだが……
「すこしお待ちを」
バイザー型のネット端末を操作して企業ページを確認する。麗しい美少女たちが笑顔で出迎えてくれるこの企業はじつにケシカランな。
実際この企業はロクデモナイ企業だ。サービス開始からほんの数年で古代魔法王国の出生率を激減させた、理想の奴隷を提供する夢のような企業だからだ。
キャッチコピーが『いつまでそのワガママでブサイクな伴侶を抱いているんだ?』だからな。もうクソすぎて最高だぜ。どんなに生活が苦しくてもラザイエフドールだけは手放さないという標語が流行語大賞を取ったらしいしな。
カスタムパーツ購入を試みるもユーザー登録が必要らしい。以前はユーザー登録ができずに失敗したが今ならいけるか?
市民NO.SSIOB250555751214=リリウス・マクローエン。年齢のところが8972歳になってるがIDは抹消されていない。これが謎だ。
音声ガイダンスに従ってサービス内容と規約の欄に承諾を出してユーザー登録を完了する。
続いてサービス内容のページに移行した。メンテナンス用パッケージを買い物カゴに入れてみる。通った。
お支払いページに移行する。うん、通ったわ。
「あ、買えそうです」
「買えるのか!? どこから!?」
「どこなんでしょうねえ」
ぽちぽち押してページを遷移していく。残念ながら配送はやっていないので受け取り可能な支店がずらりと出てくる。
やべえ、これ全部現在も稼働している支店ってことかよ。怖いよ、パカはまだ全然滅びてねえよ。特に怖いのが衛星軌道都市支店のところだよ。ソラリス…うっ、頭が……ソイレントシステムが……
バファル軌道塔支店の文字列が怖すぎるので回避。
となると一番近いのは……
「エストカント支店で受け取れるようですね。場所は皇帝直轄領でもだいぶ南ですね、バートランド公爵領の傍です」
「リリウスよ、その支店とは……?」
「ラザイエフドールズ・カンパニーですけど」
「跡地に盗掘に行くのだよな?」
「稼働しているお店に買いに行くんですけど?」
「よもや余を担いではおらんよな。遥かな昔に滅亡した古代魔法王国の店が未だ稼働していると?」
「あの文明しぶといんですよ」
「しぶといって簡単に言うがなぁ……」
戸惑いはわからなくもないが……
「けっこうな無茶ぶりしておいて戸惑われても困るんですけど」
「むぅ。それもそうであるな。しかしあっさり解決されるとは思ってもおらんでなあ……」
面倒な人だな!
まあ深くは関わるまい。関わってもたぶん良い事はない。
「じゃあ次の安息日にでも仕入れに行ってきますけど、その前に価格交渉をしましょうか」
「確かにな。危険を冒して貴重な品を仕入れてもらおうというのだ、生半可な額では到底納得などいくまい」
「よくおわかりで」
「ここで皇室への敬意などを思い出してみたりは……せぬか。せぬな、この世を憎んでいる目つきだ」
うるせえこの目つきは生まれつきだ。彫りが深くて眉毛が金髪なせいで存在感薄いんだから仕方ないんだよ。最近は眉毛をペンで描いてるから緩和されてると思ってたがまだそんな感想を抱かれるのか。
「幾らだね?」
「七十万フォルカ金貨でいかがでしょう?」
「すまぬが余は見ての通りの放蕩者よ。蓄財もさほどなくあるのは皇太子という地位のみなのだ。そんなトンデモナイ金額はとてもではないが払えぬのだ……」
我が国の皇太子に無茶苦茶な大金を吹っ掛けたら半泣きにしてしまった。
芝居かもしれないが表情が真に迫っている。本気かもしれない。むしろ本気くさい。
「では三万フォルカでは?」
「……(ふるふると悲しそうに首を振る皇太子)」
う…うちの国の財政マジでやべえんかな。一国の皇太子が金貨の三万枚も払えないとかやべえでしょうが。
金貨数千枚の価値のある魔法の腕輪くれる伯爵とか竜の魔石で作ったイヤーカフスをポンとくれるナルシスとかがおかしいだけか。即決で現金ポンと出して飛空艇買うラストさんもやべーわ。聖銀貨三十万枚だぞ。
やべえ、空気がやべえ。皇室近衛の方々のどうにかしろという視線の圧がやべえ。
お嬢様が俺の耳を引っ張ってご自分の口元まで引っ張ってきた。普通ならご自分で近寄ってくるところをこれだ。これがロザリアイズムなのだ。
「ちょっと。原価はどうなってるのよ?」
「六万PLです」
「ピーエルって?」
「古代魔法王国の通貨単位ですよ」
「殿下、リリウスは六万の品を三万まで値下げしてくれているのです。これ以上の無茶は見過ごせません。お支払いいただけないのであれば交渉は打ち切りとさせていただきます」
お嬢様、PLは日本でいうところの一円のようなものなんで金貨と比べてはいけませんよ。でも都合がいいのでこのビッグウェーブに乗っておこう。
「現金がご用意できないのなら品物でもいいんですよ」
「ええ、そうなさいませ」
素晴らしい連携の結果としてドルジア皇室の宝物庫からアイテムを引っ張ってこれそうだぜ。
ここでこれまで気配を消していた、というか本気で俺の意識から外れていた金髪の美少年レグルス君が手を挙げる。
「グラスカール殿下、僕をお使いください」
「よいのか?」
主従で勝手に話を進めている。いったい何の話だろうか。
「ええ。リリウス君、代金として僕がこの身を売るというのはどうでしょう。僕があなたの物になります」
「……」
ちょっと言葉が出てこない。突然の身売り宣言は困るっていうかドン引きなんスけど。
「えぇぇロイヤルガードってそこまでするの。いや俺的にはマジックアイテムの方がありがたいんイタイ!」
なぜにお嬢様は俺の脛を蹴るのか。
「リリウス、お引き受けなさい」
「ホワイ?」
「殿方のお覚悟を無下にしてはなりません」
「きゅ…急にレディーみたいなことを言い出しましたね」
「わたくしが淑女でなかった瞬間なんてあったかしら? もし要らないというのならわたくしの物にしてしまうから引き受けなさい」
「マジすか」
マリアの攻略ヒーローがお嬢様の物になるのはやべえんですけど。
では問題です。俺は今日何度やべえって言ったでしょうか?
「俺という男がいながらぁああ!」
「あんたが何だっていうのよ!」
断る。こんな依頼絶対に断ってやるぅ!




