表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
72/362

推し活令嬢たちの過ちと迷走その経緯について

 光の零れるカフェテラスでティーカップを優雅に傾ける淑女たち。エレガントな光景なのに会話内容は闇堕ちしている。ギスってる。ダークフィールド系の魔法空間かと思うくらいだ。


 しかし淑女たちは可憐な微笑みを浮かべている。

 だから怖い。お昼休みで混雑しているカフェなのに誰もここに近づかないほどに!


「そうそう、遅れて入学してきたマリアさんの噂ですが……」

「あの変な噂?」

「たしかクリス様がキスを為さったとかいう。どうせその方が寝ぼけて幻覚でも見ただけでしょう?」


 話題の口火を切った淑女が一枚の写真を取り出す。

 テーブルの上を滑って中心でとまった写真の中で、雄々しくも美しいワイルド系皇子様が田舎くさい小娘のほっぺにちゅーをしている。


 ぼぎん!

 淑女たちの扇子が一斉に折れる。いやちがう彼女たちがへし折ったのだ。


 怒り心頭に発し、魔法力が光の柱となる令嬢たち。彼女らを代表するみたいに麗しい赤薔薇ロザリアが問う。


「これは?」

「学生新聞部のガイゼリックさんから買い取った写真です」


 噂は真実だった。いや真実かどうかなんてどうでもよかった。ただ不愉快な噂が一つ学院に流れているだけなら高貴なる彼女達は気にも留めなかった。

 だが噂は真実であり証拠がきちんとここにあり、写真がもたらす圧倒的なリアリティは彼の皇子を狙う淑女たちにとって許せない罪業の十字架であるのだ。


「そのマリアさん、という方はどのような方なのかしら? わたくしまったく知らないのだけど」


 マジな話をすると同じ学生寮にドルジア皇族の血を引く公爵家の子女がいるのに挨拶に来ない馬鹿女がいるなんて高貴な方々には理解できないのである。

 写真を出した淑女がこくりと頷き、マリア・アイアンハートなる無礼な女の情報をしゃべり始める。完全に情報屋になってる。


「家柄は騎士候家のようですね。父ラムゼイはギデオン子爵の食客の扱いであり領内の村一つを管理する駐在武官のようです」

「ギデオンというとだいぶ東の方ね。ジードイリューのらへんでしたか」

「アイアンハートね、聞かない名前だわ。まぁ騎士候家では仕方ないわね」

「皆様」


 金髪ドリルの令嬢が威圧強めに口を開く。まるで鬼軍曹が叫ぶ「アッテンション!」を優雅にしたような感じで、効果は同じだ。 


「問題はどうしてクリス様のキスを受ける栄誉を賜ったか、ここではないでしょうか?」

「そうね」

「ねえラスティナさん、この仔細についてですけれど……」

「ええ、調べてあります」


 情報屋令嬢がメガネをキラーン。いったい何者なんだこの令嬢は。


「調査はしましたがクリス様は元より謎多き御方、その交友関係を洗い出すなど不可能でした。なのでこの場にいた方々からの証言を元に推測したものになります」

「構わないわ。お話になって?」


「おそらくですがクリス様はマリアさんから脅迫を受けたようです」

「なんですって?」

「マリアさんですがあろうことかクリス様を詐欺師呼ばわりをしていたのです。クリス様は皆目見当もつかないと否定なされ、お優しくも一般論をご教授くださいましたのにつけこみ図々しくも声を荒げて恫喝。お困りになったクリス様がお譲りになりこの場はキスで済ませたようなのです」

「なんてこと……」


 令嬢たちが絶句する。真実とちがいすぎる。


「さらにはいずれ正式なお詫びをするという形で振り切られたのですが……」

「マリアさんがさらなる要求をする可能性が高いと?」


 誰も言葉を紡げない。恋に恋するお年頃。彼女らは妄想に翼を授けて紅い空へと心飛び立っているのだ。

 昼休み終了を告げる予冷の鳴る頃に、フリーズしていた彼女らが正気に戻る。


「キスで済ませたお詫びの正式ですか。それはどこまでいくのでしょう……」

「どこまでってそれは……」

「ううぅぅぅクリス様が汚されてしまう……」

「なんて図々しい子でしょう……」


 結論を出すように赤毛の少女が立ち上がる。

 ロザリア・バートランド。おそらくは帝国で最も高貴な令嬢だ。


「マリアさん、要注意人物ね」

「ええ」

「本当に」


 みなが心を一つにして頷き合う。マリア・アイアンハートは危険人物だ。

 これが五月の話である。



◇◇◇◇◇◇



 六月末、初夏の陽気が零れるカフェテラスが完全に魔界になってる!

 清楚とか可憐というベクトルが完全に反転してる闇落ち令嬢どもが薄ら怖い微笑みを浮かべるこの辺りに近づくやつはいない。誰だって巻き添えはいやだ。


 テーブルにはたくさんの写真がバラ撒かれている。全部マリアの写真だ。写真の中でマリアと様々な男達が時に笑ったり怒ったり一緒にメシを食っている。……もうそういう女にしか見えない。

 大勢の男に媚びを売る淫乱女だ。


「なんという…なんという破廉恥な……」

「アーサー様まで毒牙に掛けるなんて……」

「これは酷いわね……」


 山ほどの証拠写真を前に推し活令嬢たちが戦慄している。

 マリアに篭絡された(なおそんな事実は無いが)ご令息たちの中には帝国でも屈指の家柄のクロード・アレクシス会長までいるのだ。あの欠点の存在しない完璧な貴公子とまで呼ばれたアレクシス会長を落としているのだ。

 ご令嬢たちの中でマリア・アイアンハートがどんどん大きな人物に見えてきているのである。


「見た目は平凡というか粗野な方に見えるのですが、いったいどんな技を使っているのでしょう……」

「きっと破廉恥な技ですわ」

「なんて恐ろしい子……」


 ここでロザリアが会話に混ざる。なぜかこの写真の中に存在する赤モッチョの写真を見ていたロザリアが本当に何もわかってなさそうな表情で……


「破廉恥な技というのはいったいどんな技なのでしょう?」

「「……」」


 ご令嬢たちが一斉に黙り込む。


 闇落ちしたとはいえ彼女らも15、16の少女だ。性に関しては大っぴらにするべきではないという教育を受けてきた娘達だ。詳細を口に出すのはものすごく勇気が必要なのだ。

 こういう時に割りを食うのはグループで一番身分の低い令嬢だったりする。つまりグリンデンバルト子爵家のラスティナだ。


「……その…一般的には股を開くと言いますね」

「開脚が破廉恥なの? ナンデ? ストレッチでやるでしょ?」

「「……」」


 みんなが戸惑っている。そんなレベルなんだって戸惑いだ。


 帝国の赤薔薇は見かけ通りの少女なのだ。ロリなのだ。女子高校生の中に一人だけ小学生高学年が混じってるようなもんだ。


「どうしましょう……」

「難しいわね、いえ本当に困りました……」

「絵物語から始めるのは?」

「ダーナの運命に導かれた二人は身を寄せ合いとかでしょう。ロザリア様に必要なのはリアリティよ」


 議論の矛先が別方向に向かおうとした瞬間、オージュバルトの姫が扇子を広げて己の存在を主張する。ツインドリルを搭載した大人っぽいエレン様にみんなの視線が集まる。まるで救世主だ。


「そちらは今後よい機会があればでよいでしょう。問題はこの売女がクリス様に近づいている。ここではなくて?」

「たしかにその通りです」

「手法に関してはラスティナさんに引き続き調査していただくということで。ねえ新しい情報はないの?」


 三つ編み眼鏡のご令嬢のメガネがキラーン。もうご令嬢というか情報屋だ。


「このマリア・アイアンハートですが最近はクリス様にお料理を作らせているようです」

「料理ですの? どうしてそんな真似を?」

「下々の行いではありませんの。もはや不遜とか不敬という話ではなくなりましたわね」

「う~~ん、ですがグラスカール皇子殿下もおにーさまもお料理が趣味でしたわ。クリス様もたしか御幼少期から嗜まれていたと聞いていてよ」


 みんなが初耳のロザリア情報が炸裂する。怖いと評判の騎士団長まで料理をしているなんて情報は妹くらいしか知らない。

 この無害そうなロリこそが一番リードしているのではないかという疑惑が出てきた。勇気を出してツインドリルが尋ねてみる。


「ろ…ロリではなくロリザー…ではなくロザリア様はたしかクリス様とはそれほど親しくはないと……?」

「エレン様がわたくしのことをどうお考えなのかよくわかりました」


「舌を噛んでしまっただけではありませんの。それよりもクリス様とは?」

「小さな頃に三度お見掛けしただけでしてよ。皇宮は怖いところだからって立ち入りを禁止されておりましたもの」

「どうして秘密になさっておられましたの?」

「だって忘れられていましたもの」


 悲しい自白だ。これは脅威ではないなと確信した闇落ち令嬢たちが優しさを取り戻した瞬間である。

 慰めの言葉が雨あられである。あまりの豹変ぶりにロザリアも不気味になってきたらしい。女の世界は陰湿だ。日頃付き合いのあるバイアットやリリウスの大声で罵り合いながら殴り合う関係のなんと健全なことか。

 何があっても根に持たないでその場で終わらせるところもいい。心の健康的にすごくいい。……あいつらがものすごくいい友達に思えてきた瞬間である。



◇◇◇◇◇◇



 七月を迎え、カフェを覆った暗黒はもうすっかりお馴染みになってる。


 人間は適応する生き物だ。昼休みのカフェに暗黒のオーラが漂っていたら怖いけど、それが毎日ならどうでもよくなるのだ。別に死人が出てるわけじゃないし。


 毎度ではあるがテーブルに様々な料理の写真が広がっている。料理だけじゃない。笑顔で食ってる男女の写真だ。当然ではあるが小銭大好き皇子とマリアの写真だ。二人して楽しそうに料理を作っている写真まである。


「これはクリス様のお作りになられた煮込みハンバーグで」

「こっちがお返しにマリアさんが持ってきたクリームシチューと」

「循環してる……」


 料理を作ってもらい、お返しに料理を持っていき、二人して食べてまた料理を送り合うサイクルが完成している。

 写真だけでわかる。これ絶対にうまいやつだ。写真から香ってる。


 笑顔で料理をほおばるマリアの写真を妬ましげに凝視する推し活令嬢どもが「ふんぎぎぎ」とハンカチを噛んでいる。


 この完成されたサイクルに交ざりたくて仕方ないのである。しかし!

 しかし推し活令嬢は料理など作ったことがない。果物を剥いたことさえない。そういうのは使用人に任せてきた。


「料理など下々の手慰みなのにどうして……」

「混ぜりたいのにスキルがない……」


 料理が作れなきゃサイクルに入れない。半端な物を作ろうなら失笑される。

 推し活令嬢は令嬢なので料理の一つも作れない癖にプライドが高いので、淫乱な騎士候家の娘ごときに嘲笑されるのは耐えきれない。


「断罪を」


 だから誰かが言い出した。それは誰かの言葉であり総意であった。


「そう、この子には罰が必要だわ」

「重い罰が必要よ。これは天の意思なのよ」


 暗い顔から吐き出される呟きは呪いの声音。呪いは重なりより強い呪いになるのだ。


「では決を採ります。複数の男性に媚びを売るマリアさんにお仕置きを。賛成の方は挙手を」


 勘違いが、妄想が、嫉妬が、運命的に絡み合い一つの絵図を編み上げていく。いつも通りの大騒動が始まろうとしている。悪いのはみんなあいつだ。あの小銭大好き詐欺師野郎だ。



◇◇◇◇◇◇



 六月末。帝都にもそろそろ夏の香りが混ざり始めた昼休み、俺は考古工学部のガレージでレリア先輩とメシを食ってる。この人放っておくと兵糧丸みたいな高カロリー携帯食で済ませるから不安なんだ。たまに生存確認の意味でメシを作りに来てるってわけさ。


「だから大型車両は現代での運用に向いていないんですよ。サスがイカレちまうしタイヤへの負荷も大きい。最初から軽量なオフロード仕様車をいじった方がいいんですって!」


「っく、だが大型車にはロマンが!」

「ロマン担ぎ出したら一般化なんて永遠にできませんよ。ここは実利を取ってジープの量産をするべきです!」

「話の分からん奴め! 少しは見直して損をしたな、もう二度とここに来るな!」

「あー! あー! そういうことならこっちももう知らねえぞ。じゃあな!」


 なんか毎度ケンカ別れをしている気がする。

 でも数日後にひょっこり顔を出すと「すまん、あの時は言い過ぎた」って謝ってくるレリア先輩が可愛すぎるのでついつい通ってしまうのである。……なぜ俺はモブの先輩を攻略しているのか。コレガワカラナイ。


 騎士学の昼休みは二時間と長めだ。まだ一時間あるし図書館で暇でも潰そうかなーって思ってるとマリアを見つけた。食後のお散歩って感じだ。


 ナシェカとかリジーとかエリンといないのは珍しいな。そう思いながら彼女の背中を目で追ってたらマリアを尾行する男子四人を見つけたのである。……世界のマリアがとうとう男子の目にも見つかったのか。

 ドルジアの聖女のくせに全然モテないからうちの学校の男子の目は腐ってんじゃねえか?って思っていたがようやくファンができたらしいな。……ねーよ。


 あの尾行はそういうのじゃねーよ。って思いながら二重尾行してみる。


 グラウンドに続く並木道からも外れて林に入っていく。マリアさんマリアさん、尾行者が喜びそうな行動はやめてって思いながらもずんどか林の奥へと向かう。これ完全に尾行に気づいてる行動だな。俺もたまにやる人目につかないところで始末するやつだ。

 林の奥にある木々のひらけた場所でマリアが立ち止まる。


「何か用?」

「気づいていたってわけか。やるねえ」


 尾行男子Aが悪そうな顔でそう言った。なおこいつらは仮面を被っているから表情は予想だ。


「お前のことが気に食わないって方々がいるんだ」

「淫乱女に相応しい罰を与えろともね」


 尾行男子BとCもノリノリだな。Dは黙ったままキョドキョドしてる。友達は選んだ方がいいぞ。


「淫乱かあ、マリアさんは清純な乙女のつもりなんだけどなあ。……直で話つけるからその方々ってのが誰か教えてくれない?」

「俺らが顔を隠している理由を考えれば答えはわかるだろう?」

「そう、やるんだ?」


 マリアが聖銀剣を引き抜く。尾行男子どもも細剣を構える。場の空気がピリついていく……

 途中で思った。これ攻略ヒーローの出番じゃねえの? クロードとかアーサーが出てくるシーンだよね?

 しかし気配が無い。なぜだ、やはり好感度が足りないのか。


 何も好感度を上げてない時にでしゃばってくる小銭皇子も来ねえ。……仕方ねえ。


「そこまで! この勝負リリウス・マクローエンがあずかる!」

「何者だ!」


 いま名乗りましたがな。

 茂みから颯爽と飛び出してムーンサルトを決めながらマリアの前に着地した俺の格好良さよ。ゲームならスチルになってるな。え、お前ほぼモブだろって?


「か弱き女子を一目のつかぬところで襲う変質者どもよ、ジャスティスの刃を受けよ!」

「だから何者だ!」

「だからさっき名乗っただろうが! マリア、下がっていろ、お前の剣はこんな奴らに振るうためにあるわけではない」


 俺が格好良すぎる。惚れられても困るけどキュンしていいんだぜ?

 なぜ引き笑いをするのか。


「手強そうなのがいると思ってたらリリウスだったのかぁ」

「俺まで悪漢に数えてやがったのかよ。心配でついてきただけだ」

「いや素直に嬉しいよ? でも激戦の予感にドキドキさせられたから……」


 なぜ俺の親切はいつも裏目に出るのか。まぁ尾行者に殺害の王が混じってたら怖いと思うけども。怖いどころじゃないと思うけど。


 尾行男子Aが吠える。


「正義面しやがって。みんな、やるぞ!」

「さあ来い、お前達は強かったが間違った強さだった!」

「戦う前から終わらせるなぁああ!」


 尾行男子ABCDが一斉にかかってくる。魔法を使わない理性だけは褒めたいところだ。

 お昼頃の林に掲げた極太のスプーンが怪しくキラーンと光る。



◇◇◇◇◇◇



 尾行男子ズが苦しげに呻きながらそこいらを転がっている。「ぐぉぉぉ」とか「はぅぅぅ」とか呻いてる彼らには悪いことをしたが悪の心を正して更生してほしいところだ。


「助けてもらったのは素直に嬉しいんだけどどうしてスプーンを使ったの?」

「ちょうど新兵器を調達したところでな」


 昨日町をブラブラしてたらケツの開発にちょうどレンゲを見かけたので大人買いしてきたんだ。普段はスープ用の幅広スプーンだからどうなるかと思ったが十分な威力がありそうだ。


「スプーンって兵器だったんだ……」

「世界は広いってことさ」


 尾行男子ズを全裸に剥いて縄で逆さ吊りにする。もう慣れたもので手元を見ずに吊るせるんだわ。

 最後に仮面を剥いでハイチーズ。

 パシャッ!


「おら、ダブルピースしろカスども!」

「やめろ、写真はやめてくれ!」

「お前こんなことをして! 俺達が誰か分かってるのか!」

「誰なんですかー? 名前を添えて写真をばら撒いてやるから早く名乗ってくださーい。そういえば学生新聞部が明日のネタを探してたなー」

「やめろ! 何が欲しい、金か、地位か、世界か!?」


 仮に世界って言ったら世界が貰えるんだろうか。

 尾行男子Aのノリの良さが好きすぎる。


「よし、取引をしよう。お前らが渾身の笑顔でダブルピースをしてくれたらこのまま解放すると約束する」

「わかった!」


 このあと俺と全裸の尾行男子ズは最高の笑顔で写真撮影をした。明日の一面トップは決定したな。この写真はガイゼリックに売ろう。

 解放するとは言ったけど写真を売らないとは言ってないんだよなぁ、くぅ~くくくくっ!


 制服を小脇に抱えてすごすご帰っていく尾行男子ズを見送りながら聞いてみる。


「あいつら知ってるやつ?」

「全然。てゆーか学年ちがくない、ほら、ネクタイの色が」

「あぁたしかに」


 緑色のネクタイは二年のカラーだ。どうして二年が?


「心当たりは?」

「全然ないよ。誰かと間違えてるんじゃないかなー」

「仮にも先輩だ。誰かと間違えて襲うほど頭の悪い連中とは思いたくないが……」


 再度の襲撃を警戒して防犯グッズを渡しておくか。


 どんな性豪でも一発で賢者モードに入る繁殖神のスタンロッド。

 即効性のある肺炎を患う病魔の弾丸を装填した火薬式拳銃。

 頭部を叩くと丸一日ブルーな気分になるハリセン。


「どれにする?」

「どうしてそんなもの持ってるのか気になる。他にいいのない?」

「じゃあアソコが腐り落ちる去勢メイスは?」

「うん。借りとくね」


 俺は恐ろしい武器を渡してしまった。

 先輩がたもう愚かな行為はやめるんだ。これ以上は本当にシャレにならない痛手を負うことになる。なにしろティト神の呪いはアルテナ神殿では絶対に解いてくれないんだ。


 俺はまだ見ぬ強敵ライバルの笑顔をお空に思い描いて合掌する。

 不能者どもに幸あれ、なむなむ。



◇◇◇◇◇◇



 マリア襲撃の放課後、アーサー君でも誘って森に狩りに行こうと思ったら一人の女生徒に呼び止められた。……女生徒?


 怪しげな女生徒だ。顔面に三角のマスクを被っているから間違いなく不審者だ。どうしてA組の連中はこれを無視できるんだろうか。


「ついてきてください」

「えええぇぇ、挨拶もなければ名乗りもせずにそれぇ?」

「覆面を帯びている時点で察してほしかったですね。それともお逃げになります?」


 ちょいとイラっときたので片手斧を抜いて覆面をバラバラに切り裂く。

 出てきた面はわりと可愛い系のメガネ女子だ。


「ちょ――」

「へえ、お前見たことあるなあ。B組の子だよな?」

「……」

「いいぜ、どういう企みか知らんが乗ってやるよ。ではお嬢様とデブ、俺は行ってくるから戻らなかったらこの女を騎士団に突き出してください」


「ええ、わかったわ」

「リリウス君のその度胸だけは尊敬するよ。ラスティナ・グリンデンバルトさんだね、うん、セルジリア家門の名誉にかけて追いこむと約束するから化けて出なくていいよ」

「さあデートに行こう」


 ラスティナちゃんとかいうメガネ女子の肩を抱いてデートへ出発。さてさてどんな面白い事態になるのやら。


 校舎を出て薬学研究棟の方に行き、途中の遊歩道を外れて林に入り……

 奇襲があるならここだな。


「何者の手の者だ。デス教団かロキ教団か、それとも砂のジベールか?」

「ど…どれだけ恨みを買っているんですか?」

「男児一歩外に出れば七億の敵がいるというだろう」

「全人類が敵……!」


 そのつっこみスキルは嫌いじゃない。


「君に全人類抹殺パンチをくらう覚悟はあるのか?」

「逆にどういうパンチなのか気になりますね」

「俺も気になる」

「はったりだっていう自白じゃないですかー」


 おしゃべりしている内に林を出てしまった。襲撃なし。

 ラスティナちゃんの足はそのままクラブ棟に向かう。衆人環視の中すぎる。放課後のクラブ棟なんて学院で一番賑わってる場所だ。


「おおっ、リリウス君バスケ部の見学かな?」

「別件です」

「掛け持ちもオッケーだよ?」

「今度ね、今度いきますから!


 顔見知りの先輩がたとすれ違っては別れる。入学から二ヵ月。順調に知人が増えていくな。こないだのBBQのおかげだわ。


 クラブ棟も四階まで来ると人が少なくなる。部室内に気配は感じるし文化系かな?

 ラスティナちゃんの足はCCCと書かれた部室で止まる。


「まさかの部活勧誘?」

「入ればわかります」


 入ってみる。遮光カーテンに閉ざされた部室内は暗い。まぁ暗いだけでカーテンの隙間から色々見えてるんだけど。


 薄明りの部室に三角覆面を被った不審者どもが整列している。腕を組んで整列する不審者どもの平均身長が162cm。威圧感が驚くほど存在しない……!


 つか赤毛が覆面から零れてる身長150cmなんて学院に一人しかいねえよ。


「いい年こいて秘密結社ごっこっすか?」

「なぜバレた」

「変装する時はご自身の身体的特徴を見直さないとダメっす。あと声出してもバレますよ」

「むぅぅ」


 お嬢様が覆面を取り払う。さっき教室で会ってからここでの再会だ。案内の子はお嬢様がここに移動するまでの時間稼ぎだったのか。


「う~~ん、状況から察するに俺は秘密結社の怪人役ですか。誰を襲います?」

「話が早いわね。この子をどうにかしてほしいの」


 お嬢様がそう指令を出し、ラスティナちゃんが写真を差し出してきた。

 写真を見た瞬間に背筋がぶるっと震えたぜ。これが歴史の修正力なのか。


「マリアをどうにかしろと」

「ええ」

「もしやさっきの悪漢どもはみなさんの仕業でしたか?」


 この場にいる六人の不審者から一気に覆面をひっぺがす。

 目を見張り驚いているご令嬢どもの目には何が起きたか分からなかったらしい。束ねた野草のごとく俺の手に現れた覆面でようやく気づいたくらいだ。


「顔を隠して発言するのは卑怯者のすること。さあご返答を」


 ツインドリル搭載型令嬢が睨みつけてきた。また有名なやつが出てきたもんだ。

 オージュバルト辺境伯のご息女エレン。学院女子でも三指に入る大物だ。


「ええ、あなたに邪魔をされた者どもはわたくしの手の者でしてよ」


 それが合図であるかのようにさっきの尾行男子ズがぞろぞろ入ってきた。秘密結社ムーブとしては下の下だな。


「うちのお嬢様を変な企みに巻き込まないでほしいですね」

「あら、倶楽部活動は学院も推奨していてよ?」

「生徒を襲わせるのも推奨していると。ご冗談を」

「ええ確かに推奨はしていないわね。でもあるの。実際にそういうことが起きていて、学院は黙認しているの。それって構わないって意味でしょう。そうは思わなくて?」

「まったく思いませんね」


 ねちねち圧力を掛けてくるツインドリルへの説得は無意味だ。価値観の固定された人間の言動を変えるには暴力しかない。俺はそいつをよぉく知っている。

 だから矛先を変える。尾行男子ズだ。


「先輩がたはオージュバルト家の家臣だったんですね」

「まあな」


 苦々しい様子で肩をすくめてみせる尾行男子A。心ならずもって感じだ。


「真の家臣たるもの主人の言いつけを盲目的に実行する者ではなく、時には意を決して主人を殴る必要もあると思いますよ」

「耳に痛いな。悪いが俺は真の家臣にはなれそうもない。俺もこいつらもそこまで強い人間ではないんだ」


 賢明だな。賢明な人間で懸命な判断だ。後先考えたら主家になんて怖くて逆らえねえよ。

 自分一人ならともかく一族ってやつが掛かってくる。一族全体の婚姻関係とか就職先とかに支障が出てくる。俺の言う真の家臣ってのはたぶん馬鹿なんだろうぜ。


 しかし俺にも正義はある。


「何がいったいどうなって女生徒一人を襲わせようというのか、説明しちゃくれませんかね?」

「猟犬に理由が必要?」

「ええ、俺には必要なんです」

「……いいでしょう。この淫婦めが何をしたか教えて差し上げます。この雌犬めは大勢の男性に媚びを売る淫売なのです。可哀想にあなたも被害者なのですよ?」


 写真を足元にばら撒かれた。写真の中で俺やクロードやアーサーがマリアと談笑している。どうやって俺の強化知覚をすり抜けたのかが謎すぎる。

 なるほど、そういう勘違いか。CCC。まさかクロード・コミュニティ・クラブ的な存在か?


「誤解ですよ。マリアは迷宮アタックのために彼らを巻き込んだにすぎません。それどころか彼らに声をかけたのは俺です」

「そう、誤解でしたの。ではこれは?」


 新たな写真という火種が投下される。今度は……


「クリストファーとマリアが? いつの間に……」

「可哀想に。あなたはマリアさんに弄ばれているんですよ」

「いや俺マリア狙ってないんで」

「あら、そうなのね。じゃああなたの意思はどうでもいいわ。わたくしどもは下民出の女がクリス様に近づくのを嫌悪しておりますの」


「誰が誰を愛するかなんて他人が出しゃばるこっちゃねーんですよ」

「でも相応しい相手っているでしょう? 価値観の合わない相手となんて最初はよくても長続きはしないわ。皇族には皇族に相応しい品性を持った淑女でなくては」


 不毛な会話。俺の発言を一切認める気がなく、どうにかして俺を操ろうとするだけの手合いとは言葉を交わすだけ無駄だ。

 こんなつまらない女に踊らされるとはうちのお嬢様にも困ったもんだぜ。やはりつるむ友達は選んだ方がいいな。


「大体のお話はわかりました。みなさんはクリストファー皇子殿下と仲良くなりたいのにマリアにリードされてて悔しいわけだ」

「……」

「……」

「……」


 みんなして正論が耳に痛くて聞きたくないけどそれで合ってるって顔になってる。


「どうやらみなさんは男を篭絡する方法を理解しておられないようだ。邪魔者を排除しても性格の悪い女だと思われるだけでマイナスですよ」


「あなたに何がわかるというのです?」

「ただの一日たりと男として生きた経験のないみなさんとちがって十五年も男をやってますんで。男が女性に求めるものは苛烈さや嫉妬深さではなく、共に居て楽しいとか安心するという要素です。他はおまけです」


 俺の真摯な想いが通じたのかツインドリルに人の心が戻ってきた。

 この程度の説得で聞く耳を持つのなら貴族令嬢としてはまだマシな方だ。マジで手強いのは誰なんだってなると義母。


「よろしい、聞かせなさい」

「料理が趣味の男ならデザートで落とせばいいんですよ。クッキーでも差し入れしてですね」


 ステ子出てきてステ子。リリウス劇場を始めるぞ。

 コートからもぞもぞ出てきたミニキャラの手にはクッキー缶がある。お前は本当に使える女だよ。何の相談もなくこの以心伝心ぶりは逆に怖いよ。


 配役は俺がクリストファーでステ子がご令嬢さ。さあ小芝居スタート。


「みんなにクッキー配ってるんだ。はい、マスター君もどうぞ!」


 すごいなこいつ! バレンタインで本命のチョコを渡す女子みたいな渡し方された。さすがだ。あざとい演技をさせたら世界有数のさすがのあざとさだ。


「ありがとう。むっ、美味いな。まさか手作りなのか?」

「お菓子作りは得意なんだ。ほら食材から焼成まで自分できちんと管理したお菓子って安心して食べられるじゃない」

「わかる。毒はやはり怖いからな」

「それに焼き上がりを待っている時間も楽しいからね。オーブンから香るいいにおいが食欲をそそるの」

「よくわかる」

「わかるんだ?」

「私も料理を嗜んでいるのでね」

「わぁっ、お返しを期待しても?」

「クッキー一枚でか。うん、じゃあ明日はランチに招待しよう」


 寸劇終了。ステ子とハイタッチしてみなさんへと振り返る。

 やあどうもどうも。拍手ありがとう。


「マクローエン流恋愛の心構え其の一、ライバルを蹴落とすよりも自分をアピールしろです。ついでにですがみなさんは皇子との話題をお持ちですか?」


「流行のドレスについてなんかお話できたらと思っておりますわ」

「最近人気の舞台の感想などを」

「落第点だ。てめえのしゃべりてえ事しゃべって男が食いつくと思ってんすか。皇子が好きなら皇子の好きなことしゃべんねえと興味が惹けねえんですよ」


「ドレスに興味があるかもしれませんのに……」

「無いです。あるとしたらドレスがどれだけ高値で売れるかくらいの興味しかありません。まだわかっていないんですか、あの皇子はそこいらの皇子とは感性の異なる男なんですよ」


「あ…あなたにクリス様の何がおわかりになるのです!」

「ふっ、まだ論旨を理解していないのですか。俺は料理で話題をつなげると言っているんですよ」


 みなさんが揃って「あ!」って驚く。そうだ、料理が趣味の男なら料理で会話が回るんだ。

 これほど料理に習熟している男が新たなレシピに興味を示さないはずがない。これほどの料理が作れる男なら地元の名物料理とか知りたがるはずだ。というふうに話を盛りまくる。


 シェーファが料理だぁ? 適当に肉と野菜をぶちこんで塩で味付けしてるとこしか見た事ねえぞ。必要最低限の栄養さえ確保できたら残りは金の無駄だと真顔で言い切る男だぞ。……奴にいったい何があったのだろう。やはりベティロスの影響か。食に無頓着なフェイですらベティ登場後は食事に喜びを見出したからな。


 俺が夢と希望に溢れる言葉で勇気付けているが、ご令嬢どもはなぜか段々しょんぼりしていく。


「しかしわたくしどもは料理ができないのです」

「できないのなら料理人を雇って教えを請うといいですよ。これだけの事なんですよ」


 これだけのことだ。これだけの事さえ思いつけない無能が人を襲わせようとする。

 価値観の違いなんだろうな。騎士身分の命の値段なんざこいつらにとってはその程度でしかないんだ。


 お嬢様だけ担ぎあげて変な部室を後にする。下ろせと言われたがそんな気分にはなれない。


 下校ラッシュなんかとっくに過ぎ去り。部活動に精を出す校内を黙々と歩き続ける。

 あほらしい。お嬢様も何も言わねえからケンカしてるみたいじゃねーか。


「……怒ってるの?」

「この程度で怒ったりしませんよ」

「怒ってるじゃない」

「怒ってませんよ。俺はこの程度で怒っちゃいけないんです」


 肩に担いだお嬢様の大きな息を吐く。どうやら信じてくれたらしい。


「相手の気持ちとか考えなかったんですか、襲われるのって怖いんですよ」

「だって……」


「そりゃ好きな男が取られそうって思って頭に血がのぼったんでしょうけど、今度からはこんな事やらかす前に俺に相談してください」


 会話が途切れた。ケンカしてるわけではないけど、何だかそんな空気だなあって思いながらも話題が出てこない。今は何を言ったってそんな感じになりそうだからだ。

 お嬢様がおそるおそる口を開く。


「……やっぱり怒ってるじゃない。さっきの目、剣を抜く前のファウル様とそっくりだったもの」

「怒ってはいませんでしたが、最悪あの方々を消すつもりはありました」


「そこまでして守りたい子なの?」

「マリアなら平気ですよ、あの程度の方々にどうにかできる程度の可愛げがあるなら俺が目を掛ける必要もありません。誤解があると困るのではっきり言っておくと俺が守りたかったのはお嬢様ですよ」

「わたくし?」

「あのどうでもいい方々は何かあった時に全部お嬢様のせいにしますよ。全てはロザリア様の企みであり私達は逆らえなかったとか言ってね。もうあの方々とお付き合いをするのはやめましょう。そりゃあ家柄は申し分ないんだろうけど他はクソです。綺麗な姿と流行りの香水の良いにおいがするというだけのクソ女たちです」


「はっきり言いすぎよ」

「すみません、でもそれくらい言った方がわかってもらえると思ったので。どうでもいい方々なんか消してでもお嬢様を守りたかった。そこだけわかってもらえたらそれでいいんです」


「マリアさんのことは?」

「あれは大物です。将来出世しますよ、今のうちに恩を売っておくと丸儲けです」


 お嬢様がぶっと噴き出す。どうやら誤解が解けたらしい。


「あんたらしい言い方ね」

「そうでしょうとも」

「でもエレン様たちと離れたら色々と退屈になるわね」

「俺とデブがいますよ。三馬鹿トリオの再結成でどうです?」

「馬鹿は余計だし解散した覚えもないけど、そうね、変に社交的に振る舞おうとして疲れてきた頃だしそれがいいわ。だってあんたたちと一緒ならもやもやしないもの」


 もやもやしてたんだ。まぁあの方々と一緒にいると変なストレス溜まりそうだしな。

 学院入学っていう節目を機に背伸びして公爵令嬢っぽく振る舞おうとしていたようだけど、何事も急に変わろうってのは大変だ。


「少しずつでいいんですよ」

「そうね」

「デブも寂しがってましたよ」

「悪いことしちゃったわね」

「ええ、その分あいつと俺を構ってやってください」

「そうするわ」


 己の地位に相応しい大人になろうともがいていた小鳥が少しだけ後退りするみたいに俺達の輪に戻ってくる。

 休んだらまた羽ばたいて、飛び疲れたらまた休んでいい。十五歳ってのはそれが許される年齢だ。


 巣立ちを決意した小鳥の迷走に意味がなかったはずがない。翼は穢れを知って強くなっていくのだから。と綺麗に締めてみるのもたまにはいいだろ。



 ゲームプレイ中の女神たち。


「これ赤薔薇ちゃんはリリウスがマリアに惹かれてるって勘違いしてるだろ」

「ですわね」

「で、こいつはそんなことには一切気づいてないと。鈍いな、さすがリリウス君だ」

「ご自身のことになると鈍感なのですね……」

「赤薔薇ちゃんが自分に惚れているはずがないという悲しい自信ゆえか……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ