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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
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女神の受難 ゲームスタート編

 真っ白な異空間に響くガス式発動機の騒音。地平線の彼方まで何もない白の空間でアルテナ神とアシェラ神がでっかいテレビと向かい合っている。そしていがみ合っている。


「言っとくけどボクはまだお前のこと許したわけじゃあないからな」

「でしょうね。全てが終わった後ならその復讐、甘んじて受けるつもりです」

「性悪女神が随分としおらしくなったもんだ。君達は変われない存在だと思っていたが時砂の積は神をさえ変えるのかねぇ」


 アルテナの言葉など信じられない。信じる必要がない。

 神は変わらない生き物だ。性根こそが本能であり、本能で生きる神は総じて正直者だ。本能に正直な彼女らは総じて善なる存在であり、その善とは独善だ。


 反省も後悔も何もしない意思持つ災害。それが神だ。

 どんなダーナの悪戯かこうして一時肩を並べて共闘をしようともアルテナは仇の一人だ。母である幸運のアシェラを捕らえて人質にしたのは他ならぬアルテナだからだ。


「じゃあ全てが終わった後はザナルガンドの生餌にでもなってもらうか。いいよね?」

「お好きになさいませ」

「口では何とでも言える。手は打たせてもらうよ」

「どうぞ」


 気に食わない。本当に気に食わない。どうせアルテナを庇護する三女神が後でぐだぐだ言ってくるに決まっている。アルテナの約束は信じるに値しない。イリス、エリス、ディアナ、敵対するならばこの三女神が敵になる。


(今はいい。今はまだ直面しなくてもいい問題だ。今に見ているがいい、最終的に彼を篭絡できた方こそが勝者なのだと思い知らせてやる)


 今は必要なことをしよう。そう心替えをしたアシェラがPS5のコントローラーのPSボタンをぽちっとな。

 テレビにホーム画面が映し出された。


「どうすればいいのですの?」

「……」


 コントローラーと画面をにらみながらボタンをぽちぽち押していく。操作方法はわからないけど勘でどうにかなるレベルだ。言語も分からないが勘でどうにかなる。しかし不満はある。日本語に設定されているので本気で読めない。


「しかし面倒な言語だなあ」


 この世界に存在するどんな言語よりも奇怪で画数が多いクソ言語だ。こんなゴミ文字だれが作ったんだと怒り出したいくらいだ。

 それでもどうにかしてダウンロードされているゲームソフトを起動する。


 画面が桜色に染まる。

 どうやらオープニングムービーが始まったらしい。東京フィルの格調高い演奏と共にソプラノ歌手の伸びやかな歌声が響き渡り、画面では金髪の女の子が走ってる。


「おおー」

「パカの技術に似てるね」


 アルテナは驚き、アシェラは懐かしい感じがしてる。大昔に兄と慕っていたやつと連日連夜特撮やアニメ観賞をしていた記憶が薄ら蘇ってきた。

 美しい少女時代の思い出が蘇る。兄と慕っていた男がイノシシを投げられて小川を流れていったり雪庇を踏みぬいて滑落していったり……


 避難していた竜の谷から出ていく彼の背中だったり……


 あれが最後の別れだったわけじゃない。あれから何度も再会して喧嘩して最後には互いの言葉も信じられないくらいの関係になってたけど……


「どうなさいました?」

「さてね」


 アルテナに声をかけられてようやく現実に戻ってこられたアシェラが、いつの間にか終わっていたムービー後のタイトルコール画面を見る。

 中々雰囲気のあるタイトル画面だ。雪被りのフォルノークの背景に四人の攻略ヒーローが武器を構え、その頭上では半分背景に溶け込んだ主人公様が祈りの手を組み涙を流している……


「誰これ?」

「そのマリアという子なのでは?」

「うん、だから言ってんの。誰だよこの子……」


 アシェラも驚愕のパネルマジックである。顔面のやりすぎ修正は本当にやめたほうがいいと思う。ちなみにクソ長いオープニングムービーはスタートボタンでスキップできる。


 アシェラがスタートボタンを押す。

 するとゲーム画面が始まった。画面にマリアちゃん(顔面偏差値20増し)が現れ、下には文字列。そこにはあたしマリア!って書いてあるのだが……


「まぁ予想はしてましたが」

「予想通りだ。嫌な方にね」


 当然のように日本語で書かれていた。リージョン設定が日本だから当然だ。

 春のマリアをプレイしてリリウスの情報支援をしようという試みが早くも頓挫しかかっている。


「彼を連れてくるのが早い気がしますわ」

「英知の女神が異世界の言語ごときに屈して溜まるか。この程度はさっさと解読してやる」


 そう、まずは日本語を解読しなければならないのだ。

 英和辞典もない世界でアシェラの奮闘が始まる。



◇◇◇◇◇◇



「ボクの苦労はいったい……?」

「絶対馬鹿にしてますわね」


 二時間ほどプレイした結果言語問題があっさり解決した。設定のところの言語設定を見つけて適当に見ていたらイルスローゼ語が普通にあったのだ。古カルステン語もあった。……解読表まで作っていたアシェラもこれを見つけた時は呆然とした。


「最初からこっちの言語にしてろよって感じだよな。おのれクロノスめ……」


 ゲームを進める。理解できないってほどではない。本能的にどういうゲームなのかわかるし、何となくこの数値をあげていけばいいんだろって感じだ。

 3Dで再現された学院や帝都を舞台にマリアちゃんがあちこち走り回っている。視点もいじれるので……


「あ、スカートの中が見えそうだね」

「おやめなさい」

「見える物は見とくだろー」


 色々とキャラが出てくる。85インチ画面の中に普通にリリウスがいるのが面白い。


「あいつのセリフ一々小者っぽいよな」

「態度も悪いわ。どうしたのでしょう、体調が悪いのでしょうか?」

「そういう問題ではないと思うなあ」


 バトルはターン制コマンドバトルだ。そのターンでの行動を最初に決定してわちゃわちゃ動くキャラのバトルを見守る。ロザリアとリリウスの三馬鹿トリオが地味に強くてアシェラたちもギャーギャー言ってる。

 遠距離から魔法攻撃を飛ばしてくるロザリアを最初に潰そうとしたがリリウスに防がれる。ガード率が百パーセントだ。でかい斧を使って地味にいい働きをしている。


「あいつガードうまいな!」

「このままではヤラれてしまいますわ、先に彼を倒しませんと!」


 ロザリアがターン毎に炎鳥を一体ずつ増やし、炎鳥が全体攻撃を仕掛けてくる。1ターンに六体の炎鳥が全体攻撃をしてきた時にマリアちゃんのHPゲージがゼロになった。


 ばったりと倒れるマリアちゃん。そして登場する緊迫感の欠片もないヒントの文字列。


『召喚獣はディスペルマジックで消せるよ。召喚獣が登場した時はディスペルで戦況をコントロールしよう!』


「そのディスペルが使えねーんだよ。選択肢にないんだよこの子ファイヤーボールとファイヤーストームしか持ってないんだよ。どうしろってんだよ……」

「お仲間を募るのではないでしょう?」

「えー、男なんて仲間に入れたくないんだが……」


 むしろ仲間は不必要だと思っているぼっち主義のアシェラであった。

 〇ボタンを押すとイベントシーンになってロザリアが高笑いをしている。


『これに懲りたら身分相応の振る舞いを弁えることね!』

『さすがお嬢様です!』

『もしゃもしゃ』


「三対一で勝っておいてナンダこの女」

「素直に腹立たしい子ですわね」


 どうやら負けてもゲームは続くらしい。しかし負け進行はアシェラのプライドが許さないのでリセットボタンをぽちっとな。夏休み最終日まで進めたけど潔く最初からやり直す。今度はヘルプもきちんと読んで進めてみることにする。


「不本意だがディスペルを使えるやつは仲間に入れる」

「ええ、そうなさいませ」


 キャラ紹介のところに主要キャラの名簿みたいなものがある。

 ???になってる部分が多いけどストーリー進行度に合わせてアンロックされる仕組みらしい。すでに数人がアンロックされている。


 ぽちぽち見ていく。中でも気になったのがフォン・クリストファーのところに付いてる攻略難度『易』の文字だ。


「銀狼くんの扱いが限りなく酷いな」

「そんな印象はございませんがじつは簡単な方でしたのね」

「あいつじつはチョロいんだよ」


 ルリア・ハストラ、弱いけど女子なので保留。

 アンバー・ランツクネヒト、そんなの居たっけレベルで知らない。


「ナシェカがいない。あいつ必須キャラだろ」

「なぜかおりませんわね。あ、この方は?」

「アルチザンの男か。使えそうだな」


 アーサー・ベイグラントはキャラ紹介のところに多彩な魔法を操る支援職。ディスペルや回復魔法を得意とするって書いてある。


「他に良いのがいないしとりあえずこの二人に決定だな」

「ええ」


 ヒントによればアーサー君は図書館に行けば会えるらしい。何度も会っていると仲良くなれるらしい。

 さっそくマリアちゃんを動かして図書館に行くとアニメーションが始まった。さっきも見たやつだ。


 広い図書館をうろうろするマリアちゃんが一冊の本に目を留めて手を伸ばすシーンだ。でも中々届かないで困っているぞ。


「本人とちがってあざとい。あざといな」

「ご本人ならジャンプして取りますわね」


 マリアの取れない本ってなんだよこの本棚じつは全長30メートルとかなのか?って言いたくなるのを堪えて……いや堪えてはいないけど大人しくアニメーションを見てると青色の髪を垂らした美形が本を取ってくれた。


『へえ、オプニタイオス・インスベールの東方見聞録か。面白い本を見つけたね』

「マリアちゃん何読もうとしてるんだよ!」

「意外な趣味ですわね」


 少し会話をしていると選択肢が出てきた。


『君も本が好きなのかい?』


 1.そうです

 2.そうでもないです

 3.どちらかと言えばあなたに興味があるな~?


「前は三を押してダメだったし一だね」


『そうなのか。読書が趣味という人は珍しくてね、よければ面白かったもののタイトルを交換しないか?』


 という好感あふれるセリフと共に出てくる好感度上昇のハートマークである。なんてチョロい男なのだろうか。


「彼が変な女に騙されないか心配で仕方ないよ」

「今ひっかかろうとしておりますわね」


 アーサーはこれでいい。出会いのイベントをこなした後は図書館に通い詰めれば好感度が上がって仲間にできるってヒントに書いてある。チョロすぎる。


 もう一人のクリストファーの方は学院指定のアルバイトクエストを見に行くだけでいい。


『小銭稼ぎかい?』

「狙ってやってるとはいえ次々と声をかけられるな。ここの風紀乱れすぎだろ」


 ちょこっと会話しただけでクリストファーが仲間に加入した。易い、易すぎる男だ。


 気になったのでパラメータを確認する。ありえない数値だがマリアよりちょこっと高いくらいだ。ゲーム的な都合なんだろうが実際の奴を知ってる二柱としては弱すぎるだろって思ってる。


「こいつの装備剥いでマリアちゃんに着けようぜ」

「いいですわね」


 しかし装備が剥げない。ブブーって警告音が出るだけだ。そう美味い話はなかった。

 ロザリア戦対策に強い装備が必要なのに……


「地道に金を稼げってことか」

「でしょうね。これいいんじゃありません、墓地のアンデッド退治」


 生徒の悩み相談やら納品クエストの中に一個だけ報酬が破格なクエストがある。

 他の報酬が500ボナ程度なのにこれ一個だけが50000ボナだ。……どう見てもおかしい。どう考えても製作者の罠だ。

 しかしプレイヤーの女神はゲーム初心者である。


「いいね、これで強い武器を買おう」


 完全にフラグを踏んでる女神二柱がわいわい言いながら街の武器屋で買う物をリストアップしてから墓地に挑むのである。



◇◇◇◇◇◇



「ぎゃああああ!」

「ひええっ!」


 墓地にいたアンデッドドラゴンのブレス一発でマリアちゃんとクリストファーが倒れ、ゲーム画面を飾るのは赤色のゲームオーバーの文字。


 女神たちは呆然としている。


「ダメージがおかしいの出たぞ……?」

「なんですのあれ。勝てるわけがありませんわ!」


 負けると毎回出てくるヒントに『アンデッドにはアルテナ神官を連れていくといいよ』ってあるけどそんなレベルの実力差じゃなかった。てゆーかプレイしてるのはそのアルテナ神なのだ。


「うぅぅぅ不浄のデスの信徒ふぜいに負けたままでは医神の名折れ。再戦ですわ!」

「いや無理だろ」


 墓地の入り口にあるセーブポイントの戻ってきたマリアちゃんたちのパラメータを再確認する。異能らしきものは記載が無い。あるのはクリストファーのボナ取得率30%アップだけだ。どうやらこの男を連れていると貰えるおかねが30%増えるらしい。理屈が謎だ。


「とりあえず小さな仕事でコツコツ貯めて武器を買う。これしかない」

「むぅ、いえ確かにそれしかありませんわね」


 女神たちの受難の旅が始まる。ゲーム初心者二柱が時に叫び時に悔し涙を流しながらの攻略二人旅だ。……その難易度ハードをイージーに変えろ。

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