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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
学院入学編(入学できるとは言ってない)
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おかねがない!

 敬愛するマイファーザー・ラムゼイ・アイアンハートはこう言った。

『今年分の学費は問題ない。娘よ、後は気合いだ!』


 そう言い残してラムゼイ・アイアンハートは旅立った。昔の上官を頼っての出稼ぎに出かけたのだ。


 うまいこと士官できたら後から仕送りをしてくれるらしい。がお父ちゃんの事なので信用ならない。酒が入ると気が大きくなって「今夜は俺のおごりだー!」とか言って酒場中の人におごっちゃう癖があるからだ。


 あたしの手には金貨32枚分のおかねが詰まった革袋がある。

 一年分の学費が20テンペル金貨。学生寮の部屋代が年12テンペル。一見足りているふうに見えるがこれは言葉のマジックだ。


 一年分の学費は足りている。仕送りで補填する。これが罠だ。我が家のあるギデオン子爵領から帝都までの交通費とか宿代とかこの辺りが全然計算されてない。

 敬愛するマイファーザーに腹パンかましつつ問い詰めたところかなり切り詰めても銀貨三枚ほどかかるらしい。真冬のドルジアで野宿&歩けとかやめろよ。こちとら華の女学生サマだぞ。


 さっそく出たマイナス銀貨三枚。これにさらに学業中の昼食代というものが掛かる。上級貴族へのつけ届けとか社交界に出席するためのドレスの仕立てとかも掛かる。休日に帝都ぶらぶらするのにもおかねがかかる。カフェ代とかスイーツ代がかかる。ちょっと計算できないくらい大量の出費がある。ミスリルナイフ! なんで買えた!?


 このままでは華の女学生ライフがとん挫する。

 お父ちゃんは本気で宛てにならない。そう真剣に考えたあたしは決意した。


 この手で学費を稼がねばならない!

 学業なんて真面目にする気はないの! 本音を言うと華の帝都で遊びたいの! この何もないド田舎から出て可愛い子ちゃんたちとキャッキャウフフのエレガントお嬢様体験をしたいの! したいのぉ!


「というわけで儲け話はないですか?」

「ふふ、そんな儲け話があったら自分で稼いでるよ」


 御者台に座って手綱を握る行商人のフィスカさんが可憐に微笑む。フィスカさんはあたしの住む開拓村に出入りする古馴染みの商人さんだ。何かと悪党の多い行商人界隈で誠実がモットーのできたお姉たまだ。その誠実な心根のせいか商売はそんなに儲かっていないといつも笑っている明るい人なの。


 村から交易路のあるヴィーブル市までの馬車行。銀貨一枚で旅の友ならぬ旅の保護者を買って出てくれたフィスカさんに厳しい財布事情と打開策を尋ねてから数秒。悩むというほどでもない時間でこう返ってきた。


「マリアなら冒険者で稼げばいいんじゃない。ラムゼイさんから免許皆伝を貰っているんだろ。なら十分にやっていける」

「えー」


 冒険者はやだ。

 あたしの知ってる冒険者は時々村に立ち寄る連中で汗臭いし身なりはひどいし何より下品だ。シモネタがんがんぶっ放して村の子を口説こうとするしょうもない連中だ。素直に好きくない。


「ご令嬢様の仕事としては野蛮すぎー」

「短期間に大金を稼ごうと思えば野蛮に命を張るか悪事しかないよ。こんな冬の入り口に小銭のために馬車を出してる私を見ればわかると思うけどね」

「フィスカさん良い人だけど商才ないよね」

「蹴り出してやろうかこいつ!」


 と言いながらも快活に笑ってるフィスカさん大好き。今年で24歳だというが良い人はいないのだろうか? 長い付き合いだけどその辺は謎に包まれている。


 そんな彼女は商人兼冒険者というスタイルだ。行商の旅をしていればたまに魔物と遭遇する。倒した魔物の魔石を売るために登録しているだけで、ライセンスが失効しない程度にクエストをこなしている万年Fランカーって話だ。


「ん~~~冒険者ってそんなに儲かります?」

「危険に見合う程度には儲かるけど出費も多いね。特に初期投資が多い。野営具や薬代の費用だけでも大変なのに武具の手入れや損耗品の交換で低ランの間は赤字続きさ。これ私の体験談ね」

「ダメじゃん」

「実力次第さ。私では到底黒字にできなかったけどマリアなら大丈夫だよ。そうだね、マリアくらい実力があるなら迷宮で一攫千金が狙えると思うよ」


「ダンジョンかぁ。そんなに儲かるんですか?」

「腕利きの冒険者なら一度に金貨の百枚や二百枚稼ぐらしいね」


 ひゅう。思わず口笛吹いちゃったぜ。

 ダンジョンすごいじゃん。学費なんて一発じゃん。


 その夜、毛布に包まっての野営中に地面に地図を描いて説明してもらう。

 帝都までの間にあるダンジョンは九つ。


 ①コーンシェル迷宮。いわゆる深層迷宮という危険度の高い場所で強い冒険者なら幾らでも稼ぎ放題らしい。ただ土地の領主様が迷宮税をかけて入場料を取るのでソロの冒険者じゃ赤字になっちゃうんだってさ。大勢の仲間を集めて何日も潜るような迷宮なんだとか。パス。


 ②グラッツェン大迷宮。古い砦が迷宮化したとても深い深層迷宮で攻略者はゼロ。腕自慢の冒険者が年に何チームも行方不明になってるっていう危ない迷宮らしい。華の女学生サマの行く場所じゃねー。


 ③シトロン迷宮。難易度の甘めな中層迷宮だ。それそれ、そういうの欲しかったんだよって思ったけどアンデッドの巣窟だってさ。パス。


 ④ライゼン迷宮。キルハウンドとかいうやべー魔物ばっかり出るけどそれなりに稼げる迷宮らしい。やべー魔物は勘弁してよ。パスだな。


 ⑤チルチャック迷宮。別名をトラップダンジョンという罠だらけの迷宮だ。フィスカさんの説明の途中でパスを宣言するくらいヤダ。


 ⑥ボトムリバー迷宮。名前でわかりそうなくらい安直に水中の迷宮だ。水中呼吸の魔法薬代がえぐい割に儲からないそうな。パス。


 ⑦フィガロ墳墓迷宮。パス。アンデッドのにおいはキライだー。


 ⑧ベランデル迷宮。森が迷宮化した不思議空間な迷宮らしい。浅層は儲けも少ない代わりにモンスターも強かないので近辺の低級冒険者が腕試しに入る迷宮なんだってさ。フィスカさんの一押しだけど儲けが少ないのは困るな。パス。


 ⑨ラティルト迷宮。深層迷宮ながら浅層の難度はやや高め程度。中層には階層主という特殊なモンスターがいるらしい。こいつはいわゆる門番だ。深層に往く冒険者を振るいにかける強力なモンスターで何と特大の魔石をたまに落とすらしい。


「ふふん、なんとその魔石は金貨60枚相当らしいよ」

「それだ!」


 金貨60枚もあれば学費は充分だ! 遊ぶ金にも充分だ。むしろ余るかも!?

 ラティルト迷宮だ。迷宮でがんばって荒稼ぎして帝都でのエレガント淑女生活を勝ち取るんだ!



◇◇◇◇◇◇



 ヴィーブル市でフィスカさんと別れた後は交易路に沿って帝都方面を目指した。交易路には商人が大勢いる。彼らは日常的に都市間を移動する。つまり移動の足には事欠かない。

 フィスカさんは所属するハラルド商業組合の商館で西に往く商人さんに話をつけてくれて、あたしを荷台にのっけてくれる商人さんを探してくれた。

 その商人さんが向かった町でまた別の商人さんを探してもらい、また荷台に乗って別の町へ。そんな移動を繰り返した。騎士候家のご令嬢様っていう身分はこういう時に役に立つ。怪しい浮浪者を乗せるのより遥かに安心できるんだね。

 フィスカさんの紹介ってのも大きい。ハラルド商業組合の仲間の紹介っていうのは商人界隈ではかなり有効な伝手だ。詐欺ばっかり働く商人は商業組合から切られる。商業組合に所属してるっていうのはそれだけで信頼できる商人の証みたいなものだ。って移動の最中に商人さんから聞いた。


 商人って悪い人が多いんだと思ってたけど世の中悪い人は全然いないもんだね。寝込みを襲われることなんかなく無事にラティルトまで着けた。だいたい50日はかかったね。秋だったのがもうすっかり冬だ。


 見上げても一番高い場所が全然見えないような大きな三枚の城壁を、歩くような速さでのんびりと馬車が潜っていく。

 城壁と城壁の間にある頑丈な石橋を行き交う大勢の人々とあたしたち。そう、ここは大きな掘りに囲まれた迷宮都市なんだ。


 最後の城壁を潜ると一気に景色が開ける。真っ青な空の下に一文字に伸びる大路。大きな町だ。ここが迷宮都市ラティルトだ。

 ゆっくりと移動する馬車が大路の端に寄って停車する。


「じゃあここまででいいかな?」

「うん、ありがとうおじさん!」


 ここまで乗せてくれた商人のおじさんと握手で別れる。もちろん約束の銅貨30枚もこの場でお支払いだ。

 受け取った商人さんは数を数えもせずに巾着にしまって、大路の両側にせり出すたくさんの建物の中から一つを指す。


「あそこが冒険者ギルドだ。お嬢ちゃんの腕ならきっと大成するだろう」


 秋頃の旅は魔物によく襲われる。魔物の多くは冬眠なんかしないけど獲物の少なくなる冬の前に食い溜めをしようって考えるやつは多いみたいだ。道中はけっこうな頻度で襲われた。


「迷宮と外じゃあ勝手がちがうと聞く。まずは無理せず浅い階層で励むといいさ」

「はい、がんばります!」

「その元気があれば大丈夫だな。がんばれよ!」


 商人さんが大路の奥へと向かっていく。たった三日の仲だったけど良いおっちゃんだったね。


 ラティルト冒険者ギルドは他の商店を二つ三つ合わせた大きな建物だ。威圧感がある。これは猛者がいるな猛者が。……ちょっとビビったんでこっそり入るぜ。


「ほあー」


 冒険者ギルドの中には冒険者がたくさんいる。外の大通りにもたくさんいたけど中にも大勢いる。畑から生えるのかってくらいたくさんだ。

 装備も色々人種も色々。噂のリザードマンっぽいのもいる。初めて見た。

 冒険者ってこんなにたくさんいるんだ。迷宮都市すごいね。


 七つの受付カウンターにはどこも行列ができている。まずはご飯だな。ご飯の後じゃないとこんな行列耐えられないよ。

 左手の酒場っぽい空間で適当に着席する。するとすぐに猫耳のお姉ちゃんが寄ってきた。ウエイトレスさんだ。


「新入りさんかな?」

「新入りさんです」

「やっぱりー」


 ふにゃって笑顔になる猫耳のおねえさんだ。可愛いけど種族がキニナル。


「これメニューね。決まったら呼んでね」

「はーい」


 メニューを開く。


 クッケル 40ボナ

 パーン・ド・ハム 30ボナ

 ぺリメラ 70ボナ


「たっか!」


 ちょ―――ギルドメシ高い! 値段が半端ないって!

 マジかよ。みんなこんなの食べてんの!?


 周囲を見渡すと普通にみんな食ってる。この値段のメシを!? ギルドの方を見ると大声を出したあたしに賛同するみたいに頷いてる連中もいる。そいつらの装備はこっちでメシ食ってる連中よりショボい感じがある。

 もしかしてギルドでメシを食えるのって凄腕の証だったりするのかな?


 思わず立ち上がってしまったが座り直す。もしかしたら値段相応の美食かもしれない可能性があるし一度座った手前何も食わずに出るのは恥ずかしい。

 ここは勇気を出して何か頼んでみよう。とりあえず一番安いの!


 パーン・ド・ハムを頼んでみる。中々に待たされた挙句出てきたのは黒パンにハムを挟んだやつだ。せめてレタスくらい挟めよと言いたい。


 一口食べてみる。触感はガリッていう音からもわかるとおりに石感がある。まぁ食えなくはない。

 食えなくはないが普通だ。お母ちゃんのメシが天上の美食に想える程度の粗悪な、しかし旅の空で商人のおっちゃん達と食ったクソ固いパンに比べれば気持ち歯に優しい感じだ。


「塩っ辛いなこのハム……」

「うちのメシは大味だからねえ。ニャハハ!」


 あたしの反応を楽しんだ猫耳おねえさんが去っていく。可愛くなかったら一発殴ってるところだ。八つ当たりだ。

 え、30ボナも払ってこれ?


 ガリガリした触感のハムサンドを食べて果実水 (20ボナ)で流し込む。濃いわ。のどを潤す水分的な役割を期待したのに異様に濃くてむせるかと思ったわ。

 え、これで50ボナ? すごく詐欺られた気分なんだけど……


 何だか納得がいかないので他の人の意見も聞きたくなった。隣にいるテーブル一杯に料理の皿が並ぶ豪勢な食事をしている鉱人のおっちゃん四人組に声をかけてみる。


「おっちゃんたちこの値段でよく頼むね」

「あ? あー、お嬢ちゃんあれか、ラティルトっつか迷宮都市は初めてか?」

「うん」

「じゃあ仕方ねえか。迷宮都市は迷宮での稼ぎを基準に値段つけてっからどこも値段はこんくらいすんぞ」

「マジで?」

「マジだ。宿は?」

「まだだけど……」

「宿もな、けっこう張るぞ」

「マジか……どんくらい?」

「一番安いので一晩40ボナ」


 ちょっと理解が追いつかないな。40ボナもあればうちの村なら一月くらいの生活費になるんだけど……


「迷宮都市ひどくない?」

「その分は儲かるから生活できないってことはないぜ。ひでえとは思うけどよ」


 どうやら冒険者視点から見てもひどいようだ。

 ひどいけど食事を抜くのは嫌だから仕方なく大金出してるようだ。


 迷宮都市ひどいなー。そんな不満の第二段がこの後あたしを襲うのである。


「はあ!? 冒険者ギルド加盟費が銀貨三枚!?」


 金策に来たのにおかねがひどい勢いで減っていく。

 だがあたしはまだ知らなかった。迷宮都市という名の底なし沼。その恐ろしさをまだ知らなかったのである。

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