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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
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授業:魔法実技

 騎士学院では魔導も学ぶ。騎士だから当然だ。

 貴族の最強の武器は豊かな財産によって入手可能な強い武器ではない。いやこっちも大事だけど今回は論旨は違う。


 貴族の武器は魔法だ。騎獣に乗騎してAGI値に下駄を履かせての高機動魔導戦闘こそが戦場の花である騎士の本分なのだ。


 サボりにサボり続けて六月を迎えてようやく魔法実技の授業に出た俺ことリリウス・マクローエンにはひどい仕打ちが待っていた。

 やや薹が立ったお姉様系のエステル先生のこの発言が問題だ。


「サボリ魔にはペナルティーがあって当然だと思う方は拍手を。ありがとう、みなさんノリが良くて嬉しいわ」


 大勢の拍手が巻き起こり授業開始そうそうにペナルティーが確定した。

 サボリ魔が真面目に出てきたならむしろ褒めてほしいくらいだ。こんなん授業出る気が失せるわ。


「ペナルティーはそうねえ、マクローエン生徒には一つお家の魔法を見せてもらおうかしら?」

「また無茶を仰る」

「あら、面白い趣向だと思うけれど」


 魔女先生が妖艶に微笑む。いったい何歳なんだろう?


 親父殿曰く女性の実年齢を読みたくば顔面ではなく首と手先とくるぶしを見ろというがマフラーとアームカバーとロングブーツでがっちりガードしてるんだよな。これはもう脱がせるしかねえな。

 それか顔面に水ぶっかけてタオルで化粧を削ぎ落す(ド外道感)。


「うちは本気で大したことのない零細貴族家なので御家の魔法なんて上等なものはありませんよ」

「謙遜せずともいいのよ。わたくしの世代でファウル・マクローエンを知らない者なんていないくらいの立派な家じゃないの。何かと噂を聞くのにどんな魔法を秘匿しているのか不明なのよね。いい機会だから見せてちょうだいよ」


「先生ってまさか四十代……」

「いやだわ、そこは愛らしくアラフォーって言ってちょうだい」


 マジかこの人。これでアラフォーとかとんだ美魔女だな。せ…生命の領域に手を出してるクソ外道魔導師の疑惑が出てきやがった。


 しかし秘匿魔法か……

 貴族家数あれど魔導の名家と呼ばれる名門なら秘匿魔法の一つや二つはある。無詠唱魔法の大家ディスワード家門とか代々青の賢者を輩出する水術の名門レスタ。太陽の王家なんかもそうだ。

 この辺の歴史書に出てくるレベルの名家は別格だ。これよりも何段も下に下がるが一つの国の中でそれなりに名の知られた名家というものも存在する。

 華炎のバートランドとか大崩壊のブッフォンとか風のマクローエンとか……


 あ、うちの実家じゃん!


「つまり俺の風を見たいってわけですか」

「ええ、あなたの風を見たいの」


 ふんっ、おもしれー。


「じゃあ見せてあげましょう。最強のぉ究極のぉ絶対のぉ、魂が燃え尽きるほどの究極奥義ってやつを!」

「そこまでしなくてもいいのよ」


 高まれ俺の魔法力!

 唸れ風よ、おまえは世界を滅ぼす弾丸となるのだ!


「≪風よ集いて螺旋を描け 嵐の弾丸よ我が敵を穿て! エアバレット!≫」


 実技用の盛り土を大雑把に人の形っぽく固めて強化の魔法をかけたデコイの肩が抉れ飛ぶ!

 というのは言い過ぎで肩の表層が少し弾けただけだわ。


「それで全力?」

「ふっ、本気を出せばもうちょびっといけます」

「ありがとう。みなさんマクローエン生徒の見事な実技に拍手を!」


 生徒のみなさんからまばらな拍手がやってきた。事前に期待値を上げたわりに普通の魔法だったなっていう困惑が見えるな。これが滑り芸だ!

 これこそが滑り芸なんだ!


「はいはい戸惑わないの。威力はともかく魔力効率はよかったわよ。マジックワードのチョイスも順当だったし余剰魔力も拡散もない完全に制御されたマジックアローでした。現代魔導の本流は少ないちからで効率よく効果的に、これを一年時から体現できているのならまだまだ伸びるわよ」


 褒めて伸ばすタイプの先生と見た。気遣いと優しさに溢れている。イマドキ紫紺のローブに山高帽といういつの時代の魔女だよとつっこみたくなるコスプレ先生なのに優しい。好き。


「マクローエン生徒」

「うす」

「あのデコイの強度はスチールアーマーと同等に設定してあるわ。つまりあの威力では騎兵は倒せない。それでも倒そうと思えば狙撃個所の工夫と命中精度が問題になるの」

「了解っす」


 滑り芸のおかげでやや微妙な空気から始まった魔法実技の授業は先生が的を用意するから各自課題に取り組みなさいという、剣術でいうところの素振りのような授業だ。


 ロザリアお嬢様は取り巻きらしき女子に囲まれている。

 デブもどっかのグループとしゃべってる。……ぼっち!


 寂しいので先生に構ってもらおうとしたらデブが近寄ってきた。今更だがなぜこいつが俺の友達をやってるのかがワカラン。


「デブよ、あっちの友達はいいのか?」

「あっちの友達に見えるのは友達じゃないんだよ」

「一行で深い闇を感じさせる発言はやめろ」

「闇というか当然の話さ。セルジリア伯爵家本家とはいえ家督の回ってくる位置ではないからね、彼らのような爵位の確定している子弟にとって僕は将来的にいつか使う時が来るかもしれない手札の一枚なんだ。その程度の存在にはたまに声をかけて忘れられないようにしておくだけでいいのさ」


 闇は闇でも貴族社会の闇だな。数か月に一度の営業電話と年賀状のやり取りだけをする顧客の一人って考えれば現代日本的だ。

 そんな友達はたしかに友達ではない。名刺持ってるだけのたまに電話を掛けてくるだけのやつなんてビジネスの相手でしかない。


「イヤだイヤだ、貴族的ってのはこれだからイヤだな」

「連れ戻した僕が言うのもあれだけど早めに冒険者に逃げたリリウス君が羨ましいよ」

「それはリップサービスか?」


 デブが笑い出す。太鼓腹を揺らして気持ちよさそうに笑ってる。


「僕らの間にそんなもの必要ないだろ。君は本当に欠点だらけだけどさ、本音でぶつかり合ってもいい相手の傍は気楽でありがたいよ」

「そうかい」


 マジでそう思ってんならいいんだが、自分を偽りすぎて自分の本心がわからなくなってるやつもいるのが貴族社会だ。

 デブみたいに器用なやつほど自分を曲げて適応しようとする。たくさんのペルソナを持つ反面自分の本当の顔ってのが分からなくなる。……そういやナルシスもそういう枠組みか。


 デブの言う本音ってのが本当に本音なのかは不明だが、褒められて嬉しくないってわけではない。


「マジでそう思ってんなら算術と外国語だけはみっちりやっとけよ。嫌になったら経理で雇ってやる」

「本当に嫌になったらお願いするよ」

「おう、心が病む前に言えよ。経理の書類をちょちょいと捌くだけで年俸2000ユーベルやる」

「悪事の片棒担がされそうな金額だね」

「腕自慢は揃えているんだが事務が貧弱でな」


 書類を見た瞬間に遠い目になる専務。愛想だけは最強なのに他は何の役にも立たない売り場チーフ。仕事を任せたはずなのに賞金首になって帰ってくるCEO夫婦。買い付けの旅に出たまま一向に帰ってこないハイエルフ。

 戦闘能力はどうでもいい。普通に事務ができて普通に仕事を頼めて普通に事務所にいて汚職を働かない人材が欲しい。


 おしゃべりしながら人型デコイを攻撃魔法を飛ばす。無詠唱魔法で充分な威力とされているのは脅威度Eランクのモンスター、または軽装の兵隊を一発で行動不能にできるレベルを指す。これは広範囲魔法ならともかく単体魔法でならそこまでの難度ではない。

 俺が回避を優先する理由はこれだ。トールマンに実現可能な防御性能よりも攻撃力の方が遥かに高くて、魔法ともなれば種族固有の基本防御力を突破する。


 簡単な話だ。弱い種族が強い種族を倒すために手に入れたちからが魔法だからだ。

 オークを倒せるような魔法に人が耐えられるわけがねえんだ。←一般論。


 エアバレットを適当に撃ってたらデブが……


「リリウス君手抜きのしすぎじゃない?」

「訓練で手札見せる馬鹿がいるかよ」

「正論すぎるね。でも一個くらい参考にさせてよ」


 デブの根幹魔力はスタンダード。どの系統にも染まってない代わりにどの属性に特化するちからも持ってない器用貧乏な魔力だ。これは錬金術師や魔法薬師のような非戦闘職種に高い適性がある。

 だがセルジリア伯爵家の系統魔法は風。財力の高いマクローエン家のような家なのさ。


「仕方ねえ、後で買えよ」

「買え?」


 ステルスコートから取り出したホルダーを装着して魔法投擲具を放る。

 弾丸を模した円錐の魔法投擲具は内部が空洞になっており、こいつをエアバレットに被せて打ち出す。頑丈なデコイの首がガスンと砕ける威力だ。


「名付けてシェルバレットだ」

「その程度の工夫でイキるのはちょっと……」


 だろうな。ちょいと年季のいった冒険者の魔導師なら普通にやる小技だ。


 小さな魔力で大きな威力。現代魔導が目指すべき効率を突き詰めていくとこういう小道具で威力を増やす小技も出てくるんだよ。

 こういう工夫が年月を経ると秘匿魔法という仰々しい名前を冠するパターンもある。つかけっこう多い。


「じゃあ広範囲に火の秘薬を撒き散らして一気に爆破する小技とか?」

「その秘術誰から聞いたの。ファウル様?」


 知らなかったよ偶然お前の家の秘匿魔法を当てちまったのかよ。


「毒粉を長時間滞留させる小技は?」

「知ってるけど」

「大気除去の大技は?」

「知ってるけど難度が高すぎて僕にはまだ無理かなあ」


 こいつの知らない技を一個見せるって約束の意外過ぎる高難度よ。十五の年までこいつだってただ遊んでたわけじゃないって事だな。つかセルジリア伯爵家のちからか。


「知ってますか、風を極めると上級属性『雷撃』も扱えるんです」

「……教科書から出展するのやめなよ。もしかして本気でネタ切れなの?」


 うるせえ、お前に負けた気分になるから嫌だけどマジの秘匿魔法は出したくねえんだよ。


「じゃあ魔力と闘気を混ぜ込んで事象干渉力を引き上げる小技は?」

「事象干渉力ってなんだい?」


 俺もこいつも違う育ちをして違う教育を受けてきた。

 なんで事象干渉力の存在も知らねえんだよと思いつつも馬鹿にしてはならないと思いつつもマジかこいつの気分である。


 帝国には孤児院もなければ魔導協会も存在しない。いったいどうなっているんだこの国は。


「俺も説明はうまくない。エステル先生に説明してもらおう」


 というわけでエステル先生にお尋ねする。

 反応は微妙だ。


「そういうのは座学でやってほしいのだけどまあいいわ。事象干渉力とは魔法と呼ばれる現実改変の奇跡を司る命令権を指す言葉です。魔力を多く使えば事象干渉力も大きくなり、現実改変に抗うちからである抗魔力を貫いて対象に魔法を掛けることができるのです」


「さすが先生。教えるのがうまい」

「ありがとう。てゆーか教科書に載ってないの? 必ずしも知っておく必要はないけど最初にやるでしょ?」


 デブが首を振る。

 エステル先生がベルトから吊るす分厚い教科書をぱらぱらめくり始めた。……麗しのアラフォー先生のこめかみに青筋が浮き出た。


「本気で書いてないじゃない。ナンデ? ここ騎士養成校でしょ? おかしくない? この教本いつの時代のよ……」

「中世の暗黒時代に書かれた骨董品レベルの知識量の現代に印刷された本ですよ」

「ええ、書いたやつを絞め殺してやりたいくらい無教養な本よね」


 実家の魔導書を思い出すな。基本的な情報はほとんど書いてないのに偉そうにご高説ぶってる本。神話級魔法の詠唱をずらずら載せるのやめろよな。


「教科書って本来無駄な情報がずらずら書いてあって教師の役目は要らない情報の取捨選択でしょ。必要な情報が書いてないじゃないの……」


 ちなみにこのエステル先生は赴任一年目のピカピカの先生らしい。元々はELS諸王国同盟の没落貴族で士官の口を求めてあっちこっち流離ってる内に冒険者になり、なぜか帝国の地方の伯爵家で家庭教師を始めたら評判がよくて伯爵の妾になって……

 情報の破壊力がでかいでかい! 評判ってセクシーさの方の評判かよ! 昼は子供に魔法教えて夜は父親にエッチを教えてたの!?


 そんで子育ても終えたし暇だから教師を始めたそうな。


「教科書でがちがちに常識の凝り固まった生徒の頭をほぐしてあげるのが仕事だと思ってたわ」

「学院の現実を知りましたね。きっと教科書の納入先からワイロ貰ってますよ」

「ありそう。ドロア学院長はご承知なのかしら?」

「意外に裏で私腹を肥やしていたりして……」

「ありそう。高潔な御方に見えたのに残念だわ。……指摘すると消されたりするのかしら?」

「いっそのこと絶対に消されない人物に教科書を変えろと言ってもらっては?」

「良い手ね。いっそのことってくらいの大物ならお父上に口添えをしてもらえないかしら?」


 他国から見た親父殿の評価の高さが笑える。

 まぁバートランド公爵の腹心として諸侯軍の総司令官やってるもんな。


「わかりました、うちの親父と騎士団長閣下に話を通しておきますよ」

「わあ、人脈エグくて助かるぅ~」


 という出来事があり俺はさっそく密告の書類を提出した。

 後日騎士団に呼び出された俺はガーランド閣下にご説明を申し上げ、イルスローゼから取り寄せた新しい教科書の見本をご確認の上で見事採用と相成り約300冊の納入が決定した。LM商会が大繁盛だ!


 ほんで今はその手柄話をマリアら四人娘にしてる。昼休みの学食でだ。


「まったく悪いやつってのはどこにでもいるもんだ。作者から賄賂を貰う教師とか最悪だよな」

「悪いやつって誰だっけ?」

「あー、うん、悪いやつだ。今目の前にいるね」

「そうだなー」


 こいつらはどうして俺を指さしてるの?


「教科書の不備を突いて学院から大量受注とってきた商会主が一番悪いやつだよねーって」

「あたしら全員から教科書代を巻き上げてるもんなー」

「この出費わりと本気でシャレにならないんだけど?」

「旦那ぁ、今回の取引でいくらのもうけを出したんですかい? ここはナシェカちゃんに宝石を奢るくらいの誠意は見せてほしいもんですぜ」

「お前宝石買ってやってもすぐ換金するじゃん」

「いやいや大切に取ってますって。困った時はおかねにしますけど!」

「ぜってえもう買わねえ」

「そのセリフもう買わされてるやつのじゃん」


 うん、くれてやった。

 マジで淫夢の呪いやめてって土下座して超高い宝石くれてやった。フロギストンという炎を閉じ込めた金剛石っぽい宝石で、ジベールの名工がカッティングした金貨二千枚するやつ。

 上級貴族の夜会でも持ってるやつが一人二人しかいないような超高級ネックレスなのにこいつが付けてるとこ見た事がない……


「で、幾ら儲けたんすかねえ?」

「わかった、ここの払いは任せろ」


 四人娘から歓声が巻き起こる。たかだか銀貨一枚程度の支払いで済むとは安い子達だぜ。こういうところは男にとってポイント高いぞ。金の掛かる女って思われるのは大きなマイナス要素で遊び女認定されやすいから注意しろよ。


 ちなみにアルステルム工房から仕入れた魔導教本の仕入れ値が……

 おっと、幾ら儲けたかは秘密だ。


 しかしマリアから質問があるようだ。


「はいはーい、質問ー!」

「へいへい儲け以外はきちんと答えるよ」

「どんだけ儲けたんだこいつ。いや事象干渉力って知っとくと何か役立つの?」


「感覚で適当にやってる魔導師も多いけど集団詠唱魔法の根幹術者をやったり干渉結界を使うレベルでは必須知識だぜ」

「一生使わない知識ってレベルじゃん」


 すまない、本当にすまないと思うがマリアは絶対に知っておいた方がいい。

 馬鹿と物知らずは英雄の領域で戦えない。俺らの領域に脳みそ筋肉戦士は存在しない。したとすればそいつは好餌だ。簡単にあしらって殺してやれるカモなのさ。


「実際に見せて説明しよう」


 無詠唱で魔法を三重発動する。


「右手のは魔力1を込めたファイヤーボール。左手のは魔力20を込めたファイヤーボール。でも面白いことに威力的にはどっちも同等なんだ」

「あぁ…うん、そうだね、左手の術式は雑だったかも?」

「よくわかるなぁ……」

「一瞬だけ浮き上がる術式を一瞬で読み取るのってマリア級の変態にしかできない変態技能だから」

「マリアは変態だなー」

「ちげーし。つかナシェカができないわけないじゃん!」

「ナシェカちゃんひ弱な女子だからできないもん」


「稲妻を斬れる女がよく言うぜ。説明を再開するぞー、この二つの火球を魔力10で構築したディスペルカーテンにぶつけるとこうなる」


 校舎内のカフェの壁に構築したディスペルカーテンに向けて火球を放つ。魔力1で作った火球は煙のように消え失せ、魔力20で作った火球は爆発を起こして校舎に大穴を開けた。


 魔力1の火球相当と言えど光源魔法を一時間維持できる魔力量だ。数字で見ると小さいがパンピーの総魔法力なら1未満は当然という中での1なんだ。魔導協会ではこの算定方法を考案した賢者アテーゼの名を冠して1アテーゼと呼ぶのである。


「どちらも威力は同じなのに魔力1の方はディスペルされて魔力20の方は多少の威力減殺こそあったものの貫通したよな。この違いがわかるか?」

「その説明のために校舎壊したの?」

「そこは気にするな」

「気になる! カフェの人もすごい見てくるし!」

「っち、うるせえなあ」


 魔導錬成で校舎の壁を復元する。


「これでいいだろうが。じゃあ説明に戻るぞ」

「気になる! 今なにやったの!?」

「さらっと流そうとしたけど本気でなにやったかわからないんだけど!?」

「なにやったかって魔法じゃねーの?」

「リジー、マテリアル・リアライズはもう現代魔法の領域じゃないよ。かみよの魔導王の御業だから」

「すごいのか?」

「っく、この魔法オンチへの説明が難しすぎる。学院どころか世界的に数人も使えないっつーかこいつにしか使えないレベルの失われた魔法なんだけど」


「最近レリア先輩にも教えてるからこの学院だけでも二人は使えるぞ。あの人マジの天才だからもうけっこうな腕前になってるし」

「クソやべー魔女皇サマに余計なもん教えるのやめてくんない?」


 どういう因果かナシェカの中でレリア先輩がクソやべーウィッチクイーン呼ばわりである。たしかに魔法力がヴァンパイアロード級のアンサラーだけど。

 ちなみに全属性魔法を使いこなせる魔導師は畏敬を込めてアンサラーと呼ばれる。いつもの豆知識だ。


「あのまま順調に強化していって最終的にはうちの商会で働いてもらいたい」

「その程度の気持ちであの人と接触するの本気でやめてほしいんだけどぉ」

「なんでだよレリア先輩はいい人だぞ」

「考古工学部のレディー・ドラゴン様をそう表現するやつ初めてだよ」


 ドラゴン呼ばわりでクソワロ。でもあの人うちの商会にスカウトしたいレベルの大魔導師なんだよな。ルルや伯爵みたいな学生レベルを遥かに超えてる魔導師なんだよ。研究畑のくせに実戦派を圧倒する特殊タイプだ。


 世の中なんでこんな人がこんなところにいるんだ?っていう不思議な人材が転がってるものだ。かつては俺も実力はS級なのになぜかGランク冒険者のランク詐欺と呼ばれたもんだ。スラム街にはルーデット家のご令嬢が一人で住んでたし背徳の都ローゼンパームはやはり危険な街だったな。


 サンドイッチをパクつき紅茶をすする。……?


「さっきまで何の話してたっけ?」

「事象干渉力でしょ。ディスペルや干渉結界を打ち破るには効率的な術式よりも原始的な術式の方がいいっていう」

「マジで最初からそう言ってくれるだけで済んだのに壁まで壊してー」

「視覚効果は大事だ。さらっと答えたら記憶に残らない可能性が高い」

「だからって壁壊すことないじゃん」

「直しただろ?」


 意思疎通のできないアホを見る目をされてるわ。

 直せば済む話なのに何が問題なのかわからないぜ。そりゃ実演するのなら演習場でやるほうがよかったとは思うが……


「あー、そうかそうか。店員さん、驚かせた詫びに売り上げに貢献するよ。かぼちゃケーキ五つくれ」

「もうダメだこいつ」

「戦士って精神が壊れてる人多いし仕方ないかなー」


 解せぬ。そこまで言われるほどか?

 まぁ穏やかな昼休みがこんな何気ない雑談で過ぎていく。何かが起きたような何も起きてないようなきっと数年後には記憶も残っていない日常だ。


 ただまぁこうやって過ごすのも悪くないね。


 こんなのはたぶんすぐに忘れてしまうけど、積み重ねた時間は親愛とか友情としてたしかに重なり合っていくのだから。

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