予言者は盗撮する
予言者は盗撮が生き甲斐だ。これに関しては本当にただのろくでもない趣味だ。ほんの一瞬だけレンズに映る女性の恥部にシャッターを合わせる。これに命を燃やしている。
釣りと一緒だ。魚が食いたいだけなら漁港で買えばいい。わざわざ釣り上げる必要などない。だが釣り上げるからには理由がある。楽しいからだ。仕掛けを垂らし見事魚めを騙して、釣り上げられてなるものかと全霊を以て抗う魚とのバトルが楽しいから釣り糸を垂らすのだ。
フィッシュファイトの後はしのぎを削った好敵手を食す。戦いを終えた疲労を敵の身を美味しくいただくことで癒すのだ。これは闘争本能を充足させる代替行為にもなるのだ。
盗撮はこれとまったく同じ行為だ。裸体を見せまいとする女性をいかに欺きいかに美しく盗撮するか。見つかれば袋叩きだ。絶対にひどい目に遭う。それでもやるならそいつは生存競争だ。盗撮はバトルでありアートであるのだ。
そして戦いを終えた男は同好の志へと盗撮写真を自慢して賞賛を浴びる。これぞ戦争から帰ってきた英雄を讃える凱歌であるのだ。しかも金銭で販売すれば懐も潤うし新しいカメラも買える。
そんな素晴らしい盗撮も元々は未来視の異能のために始めた欺瞞行動であった。
何もないところを凝視していればそれ即ち奇人変人の行動であり場所によっては通報または叱責される。だがカメラを構えていたなら話は違う。風景ならば感心される。人であっても適当な誉め言葉を並べて許可を取れば快く異能を用いる好機をくれる。
しかも異能を発動する際に確定で発動する眼の光彩変化がカメラならば気取られないのだ。
予言者にとってカメラは必須アイテムであると言っても過言ではない。むしろ世の予言者はカメラを持つべきなのだ。212回もループしてる予言者が言うのだから間違いない。
本日もエロ賢者はカメラを手に学院を見下ろす。大鐘楼の上に立つエロ賢者の黒衣がばっさばさ揺れているのである。
良い風だ。ハヌワット高気団に押し上げられた南風が心地よい温かい初夏の日だ。
「良い天気だ、この日差しなら少女のパンツが映えるにちがいない」
かつてエロ賢者はどうして下着を撮るのかと聞かれたことがある。
その時エロ賢者はそこに下着があるからだと答えた。だが本当はそうではなかった。ただの下着には興味がない。誰も見た事のない下着を撮りたいのだ。
簡単に見える下着に興味はない。水着を見て嬉しいか? 公共の場に放り出されている水着で喜べるのか?
否。それは断じて否なのだ。どれだけの美女であったとしても例えそれが際どい下着であったとしてもグラビアでは心弾まない。
がっちりとガードされた余人では拝むことも適わない下着こそを見たいのだ。
スカートを履いていない物理的に下着を拝むことのできない女子の下着こそを見たいのだ。
本日ガイゼリックは学院一強固なスカートに挑む。
「ロザリア・バートランド、リリウスめを屈服させる餌になってもらうぞ」
まずは挨拶代わりの一写目。向かいの校舎の一階で講義を受ける赤毛の少女の横顔にシャッターを―――
レンズ越しに目が合う!
何の気もなく横へと振り返った赤毛の少女の猛禽類みたいな眼がこっちを見つめている。エロ賢者は緊急回避みたいな斜め右前転で鐘楼台の中に飛び込んだ。
転落防止用のコンクリの手すりの内側でエロ賢者は乱れた呼吸を整えている。今のは完全に不意を突かれた。奇襲を受けたも同然だ。盗撮魔のくせに何言ってんだ。
「この距離で気づかれるとはな……」
エロ賢者は手強い獲物を恐れない。エロ賢者は手強い敵をこそ尊ぶ。何故なら手強いパンツこそが彼の求める好敵手であるからだ。
でも白じゃなかったらがっかりする。エロ賢者だからエロには拘りがあるのだ。
「いいだろう、必ずやお前の写真を撮ってやるぞ!」
獲物が手強ければ手強いほど人知れず燃えるエロ賢者なのである。とんだ迷惑野郎だ。何しろロザリアは……
(授業サボってる子がいるわねー)
としか認識していないのだ。当然勝負をしている気もない。
二写目。授業間の20分の中休みを狙ったが教室から出てこないので撤退する。賢者とは不利を知り利を待てる者なのだ。
三写目。三時限四時限が合わせてグラウンドでの騎兵訓練なので着替えを狙う。学院の女子更衣室には隠し部屋があるのだ。というか一ミリ程度の断層を作りそこに空間拡張を施したガイゼリックの秘密部屋がある。
女子更衣室にだけ化粧用の鏡があって便利? それは盗撮魔が自前で用意したマジックミラーだ! 化粧台の鏡もロッカーの中になぜかある鏡もマジックミラーなんだ。
シャワールームの鏡もトイレの鏡も全部危険なんだ! 学院に存在する鏡はだいたい盗撮用に用意されたものなんだ。職員は早く気づけ!
ロッカー内のマジックミラーの前で待ち構えているとようやく獲物がやってきた。
リボンタイに手を掛けた獲物が鏡を凝視し始める……
「どなた?」
(ッッッ!?)
ガイゼリックが飛び退く。正しい判断だ。人差し指と中指、揃えて繰り出された目潰しがマジックミラーを貫いてレンズを破壊した。この瞬間に空間転移で校舎の屋根まで逃げたガイゼリックは戦慄している。
(な…なんだ今のは? 機がなかったぞ……?)
生き物は行動に移る前に思考する。
水を飲みたい、だから手を伸ばしてコップを掴むというプロセスを経て行動する。だがその前にコップの位置を目で確認する。同時にコップ内に本当に水が入っているかも判断する。これら脳内で起こる判断の連続こそが思考の間隙であり、判断を終えて実際に行動を起こす瞬間を機と呼ぶ。
これが無かった。機はあらゆる生物が有する。野生の動物もモンスターも虫にだって存在する。理性を持たぬ本能の生き物にだって存在する。機械だって機を持つのだ。……思考と反射が完全に切り離されているとしか考えられない。
なにしろロザリアは「どなた」と声を出す前にはすでに貫き手を放っていたのだ。完全にこちらを認識する前から肩の筋肉が動いて予備動作を行っていた。
(反射で動くのか。以前の彼女はこんな動きをしたか……?)
何度かループでロザリア・バートランドと敵対してきた。その経験に照らせば手強い相手だがそこまでの脅威ではなく、魔王級の術者であるガイゼリックの足元にも及ばない、雑魚の中でも少しは見るべきところのある雑魚でしかなかった。
ロザリアの異能は友情の輪Aが持つ『配下の供出』、支配下に置く同種三個体から魔法力の提供を受ける。強い配下を支配下に置くことで強くなる型の異能だ。
それゆえロザリアは魔力の高い個体に惹かれる。本能的に己を完成させるパーツを求めてしまう。異母兄ガーランドの傍に居たいと考えるのも彼の魔法力に惹かれての行動だ。神王級ハードエレメントである死の大天使クリストファーに惹かれる理由もこれだ。リリウス・マクローエンへの執着もこれに起因する。
複雑な心根もバラバラに分解してしまえば道理しか残らない。
完成して完全になりたいという竜の本能が幼い少女の情動を突き動かしているだけだ。心が勝手に導き出した恋心といういいわけをして。
(まさかリリウスめの覚醒につられて不可思議な強化を経ているのか?)
現状は不明だ。鑑定眼をさえ喰らった大賢者の異能を使えば彼女の不可思議な能力も判明するかもしれない。……シャッターチャンスさえあれば鑑定できる。
(これはどうあっても撮らないわけにはいかなくなったか!)
四写目。乗馬中はズボンを穿いているのでパンチラは狙えない。ブラも不可能だ。ロザリアのブラはブラでもブラウスだ! ブラジャーの必要ない女のブラチラなど不可能だ! 鎧も着てるし!
授業終わりの着替えを狙おうと思ったが女子更衣室が騒ぎになっててそれどころではない。隠し部屋がバレたせいで教師が検分に来ているのだ。
五写目。カフェで昼食を楽しんでいるところを狙う。カフェにいるってことはソファに座っているということだ。短いスカートで座ればパンツが見える。常識だ!
しかしカフェから漏れ出す暗黒のオーラのせいで近寄るのをやめた。いったいあのカフェで何が起きているというのか?
六写目。カフェから教室に移動する僅かな隙を狙う。
「≪嵐を我が手に 風よ大地を打て インフェルノ・ドライバー≫」
大地から天へと還る強風が無数のスカートをまくり上げる。
夥しい悲鳴が巻き起こり、百人のパンツが御開帳する渡り廊下なのにロザリアの辺りだけ風が働かない。レジスト現象ではない。魔導防壁だ。
(な…なぜ学院内で魔導防壁を……まさか恒常展開しているのか? どれほどの負荷だ……)
七写目。学院内をうろつく野良犬のジョンを特攻させる。なぜか女子の股間に突っ込んでいくエロ犬ジョン♂ならやってくれるはずだ。
しかしエロ犬ジョン♂はなぜかロザリア嬢の前で仰向けに倒れてきゅんきゅん鳴き始めた。本能的に服従しているらしい。
そしてロザリアがジョンのお腹を撫でるためにしゃがみ込む。チャンスはここしかない!
ガイゼリックがヘッドローアングラー! しゃがみ込んでくれたおかげで見えそうになったスカートの中身を超低空スライディングで狙う。……走馬燈のようにゆっくりと流れる時間の中でロザリアがニコリと笑っている。
ようやく見つけたわとでも言いたげな笑みだ。エロ賢者が死の予感に震えるほどの殺意だ。……ガイゼリックの記憶はそこで途切れた。
昼休み終了寸前。渡り廊下を歩いて授業に行こうとしたパインツ先生が第一目撃者となり、黒焦げになって倒れるエロ賢者は無事保健室に搬送されたのである。
この一時間後に目覚めたガイゼリックは保健室のベッドで決意を新たにするのである。
「俺は負けない……!」
「何に負けたのか知らないけど安静にしてなさいな」
「先生、男には命を賭してもやらねばならないことがあるのだよ」
「かもしれないけど絶対に今じゃないわよ」
ちなみに保健室のカルサーヌ先生も盗撮写真の購入者だ。枯れ専おじ専の彼女は渋い男性が不意に見せる薄い微笑みを愛しているのでけっこうな頻度で買ってくれる。
八写目。六時限目の薬学研究棟での魔法薬実験。顧客であるA組男子を使ってロザリアのスカートを塩酸で焼くという暴挙に出るも塩酸をぶっかける前に生徒が燃やされて失敗。
九写目。作動したスプリンクラーによって制服を濡らせることに成功。授業は中止となり女子が更衣室に移動するため研究棟・校舎間を移動する隙間を狙う。石畳の合間に仕込んだ盗撮空間に潜んで狙ったシャッターチャンスだが事前にファイヤランスをぶち込まれて失敗した。
十写目。廊下を歩いているロザリアへと「勝負!」と叫んで真正面からヘッスラかまして焼かれて保健室送り。なお五分で復活した。死んだふりだ。
十一写目。校舎から女子寮への帰路を狙うも隙が存在しない。完全に警戒されている。……こうなると認めないわけにはいかない。
「手強いな。まさか貴様ごときに異能を使わされるはめになるとは……」
時刻は午後五時手前。勝負は女子寮に持ち越された。
未来予知の異能を持つエロ賢者にとって夜は独壇場だ。いや昼も無敵なのにプライドが許さなかったのだ。
十二写目。深夜の寝静まった女子寮に潜入してロザリアの部屋を目指す。なぜか自律移動するキャリーケースを途中でマリアに見咎められたが問題ない。未来予知でスルーしてくれるのは見えている。なぜ彼女はこんな怪しい物をスルーしてしまえるのか……
そしてロザリアの部屋にたどり着き、ドアを使わずに確率操作の秘術で壁抜けをして中へ―――
爆発がガイゼリック諸共女子寮の部屋を吹き飛ばした。爆炎の中でガイゼリックは叫んでいる。
「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な――――!」
完全に眠っていた女がカウンターを仕掛けてきた。しかも未来予知の異能が見た未来を覆しやがった! しかも確率操作の秘術で分子の働きをいじっているガイゼリックへの攻撃は不可能にも関わらずだ。
(ありえん。ありえないのだ、ロザリアには予知を覆すちからなど存在しないはずだ!)
大量のガレキと一緒に井戸に落下したガイゼリックは己がどうして失敗したのか思案している。
女子寮は天地がひっくり返ったような大騒ぎだ。松明を手に不審者狩りをしている一年女子の魔の手から、隠れ潜むエロ賢者は一晩を井戸の中で過ごした。夜明け頃に隙を見て男子寮まで戻った。
そして決着の十三写目―――
翌日のお昼休み、普通に学生新聞部の取材でA組を訪ねて普通に取材をする。ロザリアの眼は終始じと目だ。不信感に満ちている。昨日あんだけやりあった盗撮魔が今日はまともな部員やってるからだ。
そして取材の終わりに……
「写真を一枚よろしいか?」
「……まともな写真ならよろしくてよ?」
「バストアップ写真を一枚。それで諦める」
「バス? バストアップ?」
なぜか首をひねられた。不審げな様子の彼女が隣にいるエレン・オージュバルトに尋ねている。
「バストアップ写真ってまともなの? 嘘よね?」
「まともというか普通ではありませんの。時間の無い時の肖像画などではこれを渡して済ませることもありましてよ」
「そ…そうなのね」
どういう反応だろうか?
よくわからないままでいるとロザリアがなぜか胸部を両手で寄せ始めた。
「これでいいかしら?」
「ロザリア様ッ、バストアップと言ってもバストを寄せてあげる必要はございません! そんな写真演劇のパンフレットでしか見たことがありません。はしたない!」
「へ……?」
パシャ!
おっぱいというには慎ましい、制服に包まれたAAカップを寄せてあげたままのアホの子の顔をした少女を一枚撮る。何とも敗北感に塗れた一枚だ。
「ご協力感謝する」
「へ? ね…ねえ、今の撮り直さない? なんだか急に恥ずかしくなってきたんだけど?」
「……」
無言で退室するガイゼリックの胸には不思議な充足感が満ちていた。
これは確かに敗北感に塗れた一枚だ。盗撮魔の名を落とす屈辱的な一枚だ。しかし呆気に取られた少女が刹那垣間見せたアホっぽい顔に、ゾクゾク来たのも確かだ。
ポラロイドカメラから出てきた写真を振り、ようやく色みの出てきた写真にキスをする。
「敗北の味もたまには良いものだ。ロザリア嬢よ、恥辱に塗れた顔は再戦の時の楽しみにしておいてやる」
エロ賢者は新たな扉を開いた。
性癖という深淵の扉を新たに一枚ドバンと開いたのだ。
tips:予言者が殺害の王の巫女の秘密に触れました。脅威度が更新されます。
異能:狂愛の虜 愛し合いながらも触れることさえ諦める偏執の愛は精神の傷を生みます。対象が近い距離にいればいるほど罪業が増加します。片割れが悪の側にあるならば片割れも必ず悪へと落ちていくのです。
互いに神聖まで落ちれば互いを求めあうことでしょう。二人を咎めるものはもう何もないのですから。




