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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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闘争の化身となりて

 エロ賢者との激闘を終えた次元迷宮攻略組は授業を受けるべく学院へと戻った。時間的にはまだ早朝といえる朝の七時台だ。


 登校の約束をして校門で待つもアーサーとクロードは来なかった。

 相当に疲弊していたし制服に袖を通さず眠ってしまったのかもしれない。授業開始十五分前まで待ってみた俺は懐中時計を閉じる。


「けっこうな激戦だったし仕方ない。俺らだけでも行くか」


 振り返ると学生寮の丘と校舎エリアを隔てる校門の、芝生になってるところで女子二人が仲良さそうに背を預け合って座り込んでいる。文字にするとほえーって感じのだらけ具合だ。


 今日はけっこういい天気で、日陰でだらけてる二人はいまにも眠っちゃいそうだ。


「クロード会長さすがの英断。あたしらも今日はサボっていいと思う」

「マジでね。旦那ぁ、わたしらも帰ろうよー」


「悪の道に一歩踏み込むと抜け出すのは難しいもんだ。怠け癖がつくと一時の俺のように不登校になるぞ」

「へーきへーき」

「私達そこまで意思弱くないしぃ~」


 言う事を利かない悪いこねこちゃんには人差し指を掲げてみせる。

 秘奥義ダブルツンツンの恐怖を思い出した二人が慌てて立ち上がる。よろしい。


「一時間目は?」

「騎兵訓練」

「そいつはヘビーだ、居眠りして転げ落ちるんじゃねーぞ」

「そっちは?」

「帝国史……」

「あたしだったら確実に居眠りするな……」


 マジでな。モルグ女史の授業は教科書読み上げるだけの単調な作業だ。こっちは聞いてるだけなので作業よりも退屈だ。ライン工だってもう少しやり甲斐あんぞ。ただ質問には偽りの歴史なりに正しく答えてくれるんだよな。

 ヒステリーだけど悪い先生じゃないんだよ。俺が勝手にオモチャ認定してるだけで。


 適当にくっちゃべりながら教室に向かう。その最中に当然と言えば当然だがあの話題になった。


「次元迷宮はガイゼリックから紹介されたわけぇ。素材の買い取り先も装備を支給してたのもあいつ。わたしとマリアでステージ210まで到達できたらミッション達成。めでたく神器ゲットってわけ。はい、これで全部しゃべった!」


「あいつは何が目的でそんな依頼を出したんだ?」

「ナシェカちゃんもそこまでも知らなーい。あいつが言ってるの大半が意味わかんなかったしさ。言葉が通じないとか狂ってるじゃなくてこっちの情報量が圧倒的に不足してて解読できない暗号みたいな感じ」


「説明しない時点でけっこうな頭がおかしい案件では?」

「かもね。でもワードは明かしてたから自分からは譲歩できない厳格なルールがあるような感じがしたけど。マリアが王とかさ」

「王ねえ」


 気になる言葉だ。数年後に革命の起きるこの国において竜皇子クリストファーの右腕となる女を王と呼ぶか。まったく無視のできない大きな単語だ。


「聖女じゃなくて?」

「あいつマリアのことを我が聖女殿って呼んでたよ。……何か知ってんの?」

「どうだろうな。エロ賢者が自分のこと片割れのマリアって言ってたんだよ。この二つを組み合わせるとあれじゃん」

「あれって……ああ、そういう」


 起きた出来事と知り得た情報をくっつけるとエロ賢者の目的がマリアの肉体になってしまう。師匠キャラかと思ってたら最終的に強くなったマリアの肉体を奪うタイプ悪霊だったパターンだ。うん、圧倒的に情報が足りていない。ステ子もしゃべんねえし。


「俺らじゃ荷が重い。昼休みは開けとけよ、コッパゲ先生に相談しよう」

「あのハゲは無能ってナシェカちゃんの本能が言ってんすけど?」

「つか話の主役はどうしたんだよ。寝てんのか?」

「マジで眠りながら歩いてんだけど。マリア、そっちはトイレだよ」

「あうー……」


 マリアが反転する。そっちは図書館だっつーの。


 教室のちがう女子二人と別れて教室へ。ホームルームにも真面目に出席する。学生なら常識だ。

 ホームルームはけっこう重要で色々と連絡がある。


 生徒会からの連絡では夏季休暇前のダンスパーティーの実行委員会メンバーを募集中とあった。ギリギリの人数で運営されている生徒会は各イベント前に実行委員を募るようだ。戦争前の徴兵みたいなもんだ。

 つかこの学院ダンスホールなくね?


「先生、ダンパってどこでやるんですか!」

「……(重いため息)」


 パインツ先生の反応が失礼すぎるぜ。


「マクローエン、お前が初めてした質問がダンパの開催場所とは先生は悲しいぞ」

「以前パツパツスーツの由来を聞いたじゃないすか」


 この瞬間A組の視線が俺に集中する。みんな気になってたけど失礼すぎて尋ねられなかったようだ。正解は娘さんからのプレゼント。


「ダンパは学食で行う。飾りつけなんかは学院側でやるが受付や問題への対処は模範生徒の会に任せている。当日は先生も見回りに出るから問題は起こすなよ」

「わかりました」

「問題によっては先生の休暇が減るんだ、頼むぞ」

「しつこいな、やりませんよ!」


 これが完全にフラグになっていたんだがこの時の俺は知る由もなかった。

 まさかあんな事件が起きるとは……


 ホームルーム後は帝国史と帝国法のコンボですっかり精神をやられて三限から爆睡。気づいた時には―――


「ランチ!」


 同じく居眠りこいてたデブの大声と直後に鳴り響くチャイムで目覚めた。


 昼休みは女子二人と一緒にコッパゲ先生の巣である教員室012を訪ねる。最近ようやく個室を貰えたんだってさ。つか海外からやってきた偉い先生を職員室とかいう雑魚部屋に置いておくのは不味いって学院側がようやく気づいたらしい。

 対応が手探りすぎる。今まではきっと有名な学者の招致に失敗し続けてきたんだろうなあ。


 使えなさに定評のあるコッパゲ先生だが尋ねてみるとあっさり解決した。


「あたしが種族王?」

「そもそも種族王が分からないという顔だね」

「えへへへ!」


 後ろ手に頭を掻くマリアは愛嬌に溢れている。

 この情けない笑顔を見てるとどんな失敗でも許せてしまう気持ちになる。だが俺のこの心働きも種族王の持つ異能のせいかもしれない。


 種族王とは権威や血脈によって地位を保証された王制国家の頂点ではなく遺伝子が選んだ種族の頂点を指す存在だ。数々の異能に恵まれ肉体的にも通常の背高人とは桁違いの性能であるらしい。


「あたしすごいじゃん。もしかして不老だったりします?」

「寿命や老化速度は私達と変わらないね。あくまでも肉体性能と魔法性能に恵まれているくらいだ。そうだね、分かりやすい例えを用いるならオーガ族に近いポテンシャルを持っているよ」


 やべえ、笑っちまうところだったぜ。

 ダメだマリアがオーガに見えて仕方ない。つかうちの種族の王なのに一般オーガと同等なのか。基本性能の差がでかすぎるぜ。


 基本的な話だが基本性能が高い方が訓練によるパラメータの伸びがいい。限界値も高い。

 俺はすでにトールマン種における最上位英雄級ではあるが、もしオーガ族の国家なんてものがあって訓練された戦士がいれば相当な脅威だ。つか次元迷宮で戦ったオーガなんて完全にそれ系だった。


「幾つかの基本能力を説明しておこう。王種が備える同種族へのアドバンテージについてだ。まず王の大号令、この能力は……」


 王の大号令は戦いを忌避する者でさえも戦に駆り立てる扇動の異能。また戦闘能力の一時的な向上もあるそうな。

 統率者という戦意高揚の異能も併せ持つことで死をも恐れぬ兵隊に変えられる恐ろしい異能だそうな。


 第二の命名権は配下に新たな名を与えて存在進化させる面白い異能だ。これには本気で興味がある。


「じゃあ俺もマリアから名前を貰えば強くなれるんすか?」

「リリウス君は種族不明だから……」


 まさかの権利なし!

 おい、引くな女子ども。


「そもそも人間じゃなかったんかこいつ……」

「規格外だとは思ってたけどマジの人外だったんすね旦那」

「いやいや純粋なトールマン種なんてイマドキ珍しくて混血なんてそこいらに溢れてるし。別におかしかないですよね先生?」

「今のリリウス君は本当に何なのだろうね……」

「深刻そうに言うのやめてくださいよ。さらっと流しましょうよ。じゃ…じゃあ例えばナシェカなら進化するんですね?」

「……」


 ハゲの反応が悪い。これはまさか……


「おい、この反応はお前も人間じゃねーぞ」

「あははは……」


 え、四人もいてこの場に純粋なトールマンは先生だけなん?

 この異能つかえなすぎでは?


「混血であっても種族波長がトールマンと認められる62%を越えていれば命名可能だよ。でも君達二人は混血がどうのという話ではないんだ」

「じゃあ次の異能にいきましょう」

「うん、この話題誰も得しないよね」

「人外二人が結託してる……」

「人外パンチ!」


 人外女が王の顔面を殴った。こいつらすぐケンカするよな。

 掴み合いの喧嘩を始めたはずなのに顎撫で回されて喜んでるマリアはそっとしておこう。つか他人のいるところで他人様の性感帯撫でてんじゃねーよ。


「馬鹿どもの集中力も限界のようです。先生、せっかくのお話でしたが……」

「じゃあ最後に王の剣という異能について説明をしておこう。話す必要があるか否か迷っていたがこの機会に吐き出しておこう」

「?」

「君も無縁とはいかない異能だ。この異能は第二の命名権と似て否なる効果を持つ。たった一人だけの最強の戦士を作り出す王が生涯に一度だけ使える切り札だ。王の剣、王の盾、王の騎士、どう呼んでもいいが昨今の騎士道の在り方を見るに騎士でも間違いではないね。私はこれを与えられた個体をトールマン・キングスナイトと呼んでいるよ。亜人種は別にしてトールマンの種族王がこの異能を授ける個体はまま異性が多い。王が選んだ伴侶という見方もあるね。王の自覚なき王が自らに最も近い下位個体を守護者に選ぶのだ」


 面白い異能だとは思うが……


「俺に関係がある異能なんですよね?」

「シェーファ君がね、キングスナイトなんだよ。最初に彼を見出したエドキアという巡礼信徒から裏も取れた。レティシア=サリア・レンテホーエルは種族王だった」


「その名前はたしか……。皇女クラリスに献上されたっていう銀犬団のレティシアですか?」


「私は世の出来事には何事も理由があると考えていてね、だからようやく腑に落ちた想いだよ。常軌を逸した復讐への拘泥は王を殺されたキングスナイトの本能なのだ。となれば止まれはすまい。王を失ったキングスナイトはけして復讐を諦めない」

「助言のつもりですか? ったく、これだから鑑定師ってやつは無粋で困るぜ……」


 もはやプレイにしか見えないマリアとナシェカを引きずって退室する。


 嫌な気分だ。見えないものを視てそれがどんなものかが分かるのは便利な反面気分が悪いぜ。……くだらねえ。

 てめえだってその想いにキングスナイトの本能なんてケチつけられたくはねえよな。



◆◆◆◆◆◆



 それは斬撃というには荒々しく暴力的だ。

 神器エルジオンという名の長剣の形をしたミンチハンマーが太守府の兵隊どもを叩き潰していく。何者も抵抗できない。……増援など来るはずもない。


 丘上の太守府から見下ろす海洋都市国家は狂乱と絶叫の坩堝と化した。定住者二十万人、出入りの商船の乗組員や余所からの商人を含めれば常時二十二万人の人々を内包する海運都市のあちこちから火の手があがり、断末魔が絶えることはなかった。


 停泊したまま燃え落ちる商船から火だるまになった船主が海面へと転がり落ちていく。

 その哀れな死に様を見届けた表情のない子供たちが次の獲物を求めて海面を疾駆する。教祖イザールから与えられた何者も逃してはならないという命令を守るために。


 ヴァルキア市に混沌と死が積み重なる。ここはすでにガレリアの作戦領域だ。オーダーは最大の恐怖を。


 統制の女神シェナのはじき出した試算によればトールマンを始めとする複数の亜人によって運営されるこの都市を恐怖で制圧するために必要な生贄は市内に存在する三大商会と各職人ギルドの完全な解体。これは幹部の殺害を目標とすることで可能となる。

 いわゆる貴族階級に類似するギルド幹部を排出する名家は全員がターゲット。

 商談のために訪れた余所の商人には見せしめとして最もちからある豪商を一人生贄に。

 恐怖に怯えて家にこもった住人に関してはノータッチ。勇敢な住人は殺害する。間抜けにも外を出歩いている者は見かけ次第殺害せよ。


 統制の女神シェナによる作戦計画は約款のごとく厳密に提示され、ガレリアのアサシンの視界には殺してもよい人物かどうかがリアルタイムでマークされている。


 視界の片隅に浮かんだカウンターが回る。

 赤文字は重要ターゲットの残った人数。残るは八人。

 白文字は重要ではない障害物ならぬ障害人を殺した総数。こちらはそろそろ万に届く。


 ヴァルキア市に混沌と死が積み重なる。もはや太守府を気にするような奇特な住人もいない。


 たった五百人の兵隊に守られていた太守府に死体が積み重なっていく。勇敢な者も臆病な者にも等しく死が与えられる。

 狼を模した銀の仮面を被った男が配下を引き連れて行進する。まるで死神の行進だ。銀の仮面をつけた男が死を引き連れてきたのだ。


 銀仮面の男がたどり着いたのは太守府の地下から出られる断崖の階段だ。ここを降りていけば避難用のクルーザーにたどり着ける秘密の避難経路だ。


 階段を降りていく。途中で数名の護衛に囲まれたヴァルキア太守リカードを見つけた。

 接岸したクルーザーへ至る一本道をたった一人の剣士に阻まれた姿は怯えるデブネズミのようだ。


「王なら王らしく玉座にいろ。失敬、貴殿は太守であったか」

「お前が首魁か! 何が目的でこんな暴挙をしでかした!」

「まず立地が良い」


「……何だと?」

「内海の王者沿海州の一席を担うだけはあって資金力も魅力だ。だがやはり立地だ。ヴァルキア大運河の利権は捨てがたい。ランツークとドゥラムという二強から離れているにも関わらずエルス同盟と結んでいないのもよかった。都市国家の規模にも関わらず防備が手薄というのは付け足しになるか……」


「ワシを殺して支配権を奪うか。なんと浅はかな……ドゥラムは必ず運河の支配権を狙って艦隊を送り込んでくるぞ! アサシンギルドが壊滅した現状我が国に主権を保持するちからはない! 沿海州というテーブルの上での勢力均衡によってどうにか保てているだけだ。お前の愚行はドゥラムに侵攻の名目を与えるだけだ!」

「正論だが国主が口にしていい言葉ではない」


 銀狼卿が剣を投げ放つ。神器エルジオンの着弾に耐えられる人体など存在しない。世の理どおりに太守リカードは肉片となって飛び散り、彼を彼と示すものは残った下半身くらいのものだ。


 一歩も動けなかった護衛どもが動揺している。


「太守様を……」

「よくも! 総員突撃、せめてあの者だけでも道連れにするのだ!」

「その気概はもっと早く発揮するべきだった。私が到着する前に死に物狂いでマルディークを撃退していれば主を失わずに済んだのだ」


 彼の指はまるで竜の爪のごとく強靭であり、六人の護衛など僅かな時間稼ぎにもならなかった。


 血塗れの階段を降りていき、先に投げ放った魔金の長剣を回収する。コンクリートの踊り場に突き立った愛剣を引き抜いた銀狼卿が、父の死体にすがりつく三人の子供たちを見下ろす。


「君達に罪はない。だが王の仔なら強くなければならなかった」


 銀狼卿が長剣を振り上げる。一切の慈悲を持たぬ冷たい目で見下ろす、涙を浮かべて睨みあげてくる子供達へと三度剣を振り下ろす。血染めの階段が新たな染色がなされた。


 断崖の踊り場から沈黙するヴァルキアを見下ろす銀狼卿の表情は分からない。怒りも喜びも切なさもすべて仮面が隠してしまう。……だから彼は仮面を手にした。


「カナエ、太守府に我が戦旗を掲げよ。この瞬間を以てヴァルキア市を我が物と宣言する」


 遠く内海を挟んだ海の向こうで復讐者が一手を打つ。

 運命の名を冠した大きな意思とは即ちちから持つ者の意思であり、運命に抗えるのもまた大きなちからを持つ者だけだ。


 何者も抗えぬ嵐が訪れようとしている。

tips:海洋都市国家ヴァルキアの為政者が銀狼シェーファに替わりました。

 国力F- 経済力D

 民心は最低評価ですが恐怖に染まった市民から反乱の予兆はありません。

 アサシンギルドが人員を総入れ替えして復活します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] リリウスくんがマリア様のことマリアって呼び捨ててる・・・ 初めて見た気がする 心境に変化があったのかな?
2022/12/29 18:24 名無しの背高人
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