その思いは永遠にするには苦しすぎて
俺はあらんかぎりの興奮で叫ぶ。
『俺は無敵だああ!』
救世主リリウス・マクローエンは殺害の王に勝利を収め、また一つ無敵伝説を刻んだのであーる。
ステ子タオル出せタオル。ってステルスコートが無えし。
気づけば通常空間に戻っていた。まあ次元迷宮の中ではあるんだが……
「ナシェカああああ!」
「馬鹿マリアぁあああ!」
こいつらまだ争ってんのかよ。女子二人が互いの顔面を引っ張り合ってら。
ゴブリン騎兵は壊滅してて神聖な鎧を装備したクロードと血塗れのアーサーが激戦後の疲労から床に座り込み、拳をごっつんこさせてる友情シーン。
エロ賢者も座り込んでるけど戦意はなさそうだ。結論、女子が元気で大変よろしい。
ミニキャラがとことこ走ってきた。ミニカトリだ。
「――――」
声を出そうとして失敗する。キャットファイトに和んでアストラル体なのを忘れていたぜ。
『予備のスタイルリジェネーション・ピアスがあったろ。あれをくれ』
「ラジャ!」
ミニカトリから受け取ったピアスにリバイブエナジーを流し込んで肉体を再生する。
完全復活だ。ふぃー、ここまでの激戦は初冬のファウスト戦以来だったぜ。まさか盗撮魔にここまで苦戦するとは思わんかったぜ。
とりあえず醜い争いを繰り広げる女子を引きはがす。
「秘儀ッ、リリウス・ダブル乳首プッシュ!」
説明しよう。リリウス・ダブル乳首プッシュとは男子高校生が悪ふざけでよくやってるアレだ。顔面の長さから乳首の位置を特定するという伝説の技だ。
「ひゃん!」
「うぉわ! こ…こいつ躊躇いもなく女子のおっぱい突きおった……」
「躊躇うから恥ずかしいんだ。照れるからキモいんだ。正義の心でつついたならイヤらしくないんだ」
超キザなポーズ決めながらイイワケすると被害者が俺の脛をガンガン蹴ってくるじゃんよ。
ナシェカを無視してマリアに向き直る。おい、後ろからケツを蹴るのはよすのだ。カトリに開発されたせいで俺の背中はほぼ性感帯なんだぞ。
「この裏切り者の処遇はどうするよ。気まずいってんなら俺がケリをつけてやってもいいが」
「どの口で……」
マリアが俺の男らしい気遣いにどん引きしている。
理由は不明だがものすごい蔑みの目をしてるぜ。
「こいつ真っ先にあたしらを裏切ってガイゼリックについたのにガイゼリックから捨てられて戻ってきた奴だよね?」
「うん、どの口で処遇とか言えるんだよって感じだよね」
瞬時に結託して俺を叩き始めるのもよすのだ。
そこを突かれると何も言えないんだぜ☆
「じゃあ許すの?」
「許すよ。ムカついた分はきっちり殴ったしいつまでも怒ってたって仕方ないじゃん。リリウスはまだ許してないけど」
「俺まだ許されてなかったの!?」
女子二人がけらけら笑い出した。箸が転げても笑うとはいうが女子のこういうところはわっかんねえぜ。
じゃあ残る問題は……
「エロ賢者、まだやるか?」
「俺の負けだ」
フードを深く被ったままのエロ賢者はこっちを見ようともしない。
その悔しさを噛み締めろ、お前はまだまだ強くなる的な煽りをくれてやる余裕もないくらい疲れている。
つかこれ以上強くなったこいつとなんか絶対に戦いたくない。そもそも勝ってねえし。勝った空気出してるだけだし。
ここでマリアが天然のあざとい仕草で見上げてきた。
「そもそも何の勝負してたの?」
「俺の赤裸々な秘密を載せた学生新聞がバラ撒かれるか否かの勝負……」
本当にくだらない戦いだった。
勝っても嬉しくない。負けたら悲惨。のくせに実力は魔王級のエロ賢者だ。勝っても何のメリットもないくせにコツコツ貯めてきたリバイブエナジーはすっからかん。神器も一つ壊された。
つか何のために戦ってたかなんてもう思い出せねえよ。殺害の王を倒すので精一杯で他のことなんて頭から抜け落ちてるわ。
そう俺はマリアに勉強をやらせるのをすっかり失念しており、期末テスト前にカンニング大作戦が始まるのだがそれはもう確定した未来であるのだ。
フィールドの中央に鎮座する大きめの魔石を手に取って次元迷宮から現実の空間へと回帰する。
直前だ。エロ賢者が口を開く。
「カトリーエイル、俺を降したつもりか?」
なんでカトリに?
俺の肩に乗ってる肩乗りカトリさんが優しげに微笑む。俺にあんまり見せないタイプの笑顔だな。……カトリではない、ステ子の顔なんだろうな。
「ううん。でも進む先は一緒なんでしょ?」
「知るか」
それきりエロ賢者は黙り込み、魔石を手に取っても現実空間に戻れたのは俺らだけだった。
帰り道はみんなしてグチグチ言い合ってる。
マジであのエロ賢者ふざけんじゃねーよって感じの愚痴だ。
「彼は手強かったな」
「そういう次元の話なのかはともかくもう戦いたくないよ。彼は馬鹿話のできる貴重な友人なのでね」
「みんな流してるけどこのしゃべる人形の方は気にならないの?」
「マリアマリア、意図的に見ないようにしていたのにツッコムのやめよ。ナシェカちゃんこれ以上の激戦はヤダよ?」
「さすがはアイアンハートだ。心が強すぎる……」
アーサー君が笑いを取りに来た、と思いきや顔色が青ざめている。
みんな青ざめている。平気なのはマリアくらいのもんだ。……みんな気づいてるってわけだ。
俺の肩に乗ってるユルーいミニキャラがじつはエロ賢者を凌駕する凶悪な魔水晶だって事実の話だ。
谷底を抜ける頃になってようやく瘴気が晴れてきた。
あぁー、疲れたー!
「まったく得る物のないロクデモナイ勝負だったぜ」
「ほんとだねー」
って言ったマリアの視線がある方向に向いたまま固まる。
何かあるのかと思って俺もそっちを見てようやく気づいた。
「およ、どしたん二人とも?」
だるそうに伸びをするナシェカの両手が握る真紅のソーデッドガンに気づいた瞬間に理解した。
この勝負一人勝ちしたのはナシェカだ。
お…俺も欲しかったのに……
◇◇◇◇◇◇
戦いに敗れた……というと別に敗れたわけではない。だが心から敗北を受け入れたガイゼリックが転移魔法で帝都にあるワイスマン子爵家の屋敷、その自室に戻ると……
戸籍の上では兄にあたるフロレンツが部屋の隅で体育座りをしていた。その面を見た瞬間に経験則で察したのは借金で困ってそうというどーでもいい事情だ。
フロレンツが顔を上げる。優男ふうみの顔がパァっと輝く。これはおかねを貸してくれる弟を見つけた顔だ。
だがボロボロになってるガイゼリックを見て硬直する。
「ど…どうしたんだい?」
「ケンカに負けたのだよ。完敗だ」
「珍しいね。君が負けるだなんて……あ、怪我はない?」
「癒しの術法くらい心得がある」
不機嫌ぶってつっけんどんにそう言い、問いを放つ。
「それでフロレンツ、何用だ?」
「あはははは……用だなんて水臭いな。私達は兄弟じゃないか」
「戸籍上はな」
「うぐっ……もしかして機嫌悪い?」
それはどうだろうとガイゼリックは己の機嫌を考える。
機嫌は悪くない。悪いわけがない。ただ色々なことがありまだ混乱していて、それを呑み込むのにまだ時間が必要なのだと認める。
はそれだけの作業を行っていると扉がバアン!と開いた。
勢いよく飛び込んできたのは今年で21になる姉のルイーゼだ。
「帰ってたのね! ねえ聞いてくれる、お姉様お願いがあるの!」
「今度は何ですか……」
「とびきりのルビーがイースに展示されてるの。ねえルイーゼ姉様のお願いを聞いてくれる~~~?」
ガイゼリックは知っている。
姉は言っても聞かない女性なので頷く以外の選択肢がない。いや断ってもいいが後々面倒なことになる。事ある毎にグチグチ言い出した挙句結婚できないのはあの時ルビーを買ってくれなかったからだって言い出すのは確定している。もうすでに20回は言われている。てゆーか何度ループに繰り返しても彼女が結婚した世界は存在しなかった。
「……はぁ。わかりました、では用意するのでしばしお待ちください」
「うんうん、出来た弟で姉様とっても幸せよ。あ、そこの借金男は追い出したほうがいいわ」
「る…ルイーゼ!」
「二十歳を過ぎても弟にお金を借りに来るなんて恥ずかしくないのかしら?」
「あぁもう! 君がよくも言えたもんだね。君だってやってることは私と同じじゃないか!」
「ちがいますー、この子は大好きな姉様にプレゼントを贈るのが好きなんですー!」
「言い争いはやめてくれ。フロレンツ、これは返さなくてもいいから身辺を整えろよ」
ガイゼリックが放り投げた金袋を大事そうに抱え込んだフロレンツが頷いているが本当にわかっているのやらいないのやら。
好色な女性関係を整理しない限り彼の懐に平穏が訪れることはない。
「まったくもう、フロレンツには妙に甘いんだから」
「そう悪い男ではありませんので。それと姉様、最近付き合いだした男がいますね」
「えー、誰に聞いたのぉ? そうなの、これがけっこういい男でね。もちろんフロレンツなんかとは比べ物にならない―――」
「その男は浮気をしている、というか姉様が浮気相手になっていますよ」
「えッッ!?」
「詳しくはジェイキンズ子爵家のメイリー嬢にお尋ねください。きっとお二人で手を組んであの男めを貶めることが適いましょう」
「あんのクソ男ッ、よりによってメイリーと二股ぁ!?」
入った瞬間からうるさかった姉は出ていく時までうるさい。だがこれで宝石は買わずに済んだなとほくそ笑んでいると……
今度は父が押し入ってきた。
「戻っていたか。さっそく書斎に来い、お前に判断させたい投資案件があるのだ!」
「父上、その五つの投資はすべて詐欺です」
「せめて書類くらい見てから言わんか! ヴァンデル、ヴァンデル! その書類をすべて燃やせ、あぁ持ってきたやつに絶縁状を送り付けるのも忘れるな!」
常に怒っていないと気が済まない父が去っていった。
「まったく子爵は相変わらずだ。でもああいう態度に見えて君を頼りにしているんだよ」
「知っているよフロレンツ。そうは見えないかもしれないが俺も好きでここにいるんでね」
まったく気の安まる暇もない自室のベッドに寝転がり、ガイゼリック・ワイスマンが寝息を立て始めるのはほんの数秒後の未来になる。
眠りに落ちる刹那……
それは呪われた右目が見せた未来か何の意味もない夢か、刹那思い浮かんだヴィジョンに賢者の微笑みが零れた。
◇◇◇◇◇◇
雑踏を二人の少女が肩を並べて歩いている。
純白のヴェールを被った金髪の美しい少女と、薄布を合わせただけの異国めいた装束の少女が共に紙袋を抱えてギャーギャー言いながら歩いている。
「買出しっつったろ! ニンジンばっか買ってんじゃねーよ!」
「ニンジンの素晴らしさも分からないとは英知の名が泣きますわ! ニンジンこそが至高の果実なのです!」
「野菜と果物の違いもわからないアホ女神め!」
「ニンジンの素晴らしさも理解できない方がよくも居丈高に!」
この両名の複雑な人間関係は一旦置いておくとして。
ギャーギャー言い争ってる二人をフラッシュが照らす! 連写だ。黒衣の盗撮魔が白昼堂々連写している。もはやただのストリートカメラマンだ。
「……? この方はもしかしてわたくしどもが見えておりますの?」
「だろうね」
「失礼した。アシェラ神とアルテナ神とお見受けする。俺はこういう者です」
カメラマンが名刺を差し出した。もう完全に読モのスカウトにしか見えない。
アシェラ神が不思議そうに名刺を覗き込んでいる。女神とわかって接触してきたやつが何の仕掛けもない名刺を渡してきたのだ。意味がわからない。
「で、お前はどこの神の兵隊なんだい?」
「滅相もない。俺はただ永遠に咲き誇るサラン・ディーネを一時この手に納めたいと願う美の奉仕者にございます」
「要約しろ、そのカメラ壊すぞ」
「英知を映した写真一枚を胸に抱えておけばこの先どんな苦難にも耐えられると思いましてね。許可を得ぬ撮影はここに詫びを申し上げる」
その返事は英知のお気に召したらしい。
カメラを壊すようなまねはしなかった。
「よかろう、こっちの淫乱女神にも媚びを売るようなら壊してやったところだが殊勝な物言いに免じて許してやるよ」
「ありがたき幸せ」
もう用はないだろとばかりに女神たちが歩き出す。
その姿を引き留めようとするカメラマンだったが、不意に声が出なくなったみたいに俯いてしまった。
女神が足を止めて振り返る。
「言い残しがあるようだね?」
「もし…もしも己が信徒にガイゼリックと命名するとしてどんな意味があるのかお尋ねしたい」
「ガイゼリック?」
女神が悩み込む。そんなに難しい質問だったかという悩みぶりだ。横から医神がクチバシを挟んで来なければもう少し悩んだはずだ。
「アバーライン・サードイグニッションに出てきた悪の女性幹部の腹心と同じ名前ですわね」
「お前よくそんなものを覚えているね……」
「小さな貴女のお守りをしていたのが誰だとお思いですの?」
「犬小屋で飼われていた負け犬がゆーじゃんよ。あとそんな名前絶対に使わないよ、悪役の名前じゃん。……あ」
英知がポンと手を打つ。
何かを思い出したらしい。
「いい名前だね、そいつを付けるとしたら相当気に入った奴だけだろうぜ」
「如何なる意味を持つ名なのでしょうか?」
「さてね自分で考えてごらんよ。わかったらもう一度会いに来な、答え合わせくらい付き合ってやるからさ」
「また御前に上がることを許してくださるか?」
「盗撮野郎が殊勝な物言いをする。ガイゼリック、お前ボクの信徒なんだろ? つまらない意地張らないで好きな時に来ればいいんだよ」
女神が立ち去っていく。
信徒はレンズを覗き込みその背をずっと見続けた。この想いを無粋な永遠になんかしたくないと思いながら……
Name: ガイゼリック・ワイスマン
Age: 15
Appearance: 陰のオーラを纏う陰気な少年
Height: 182
Weight: 68
Weapon: 第四魔王の髑髏杖
Talent Skill: 種族王A 大賢者(クラス算出不能評価EX) 王威A アルマンディーネの恋人A 黄金律A
Battle Skill: 時空間魔法(熟練度EX) アシェラ僧兵の武技SS 神々の秘術SS
Passive Skill: 貴種A 絶望A 導く者D エルメキアの告解A ザルヴァートルB
LV: 100+150
ATK: 3350
DEF: 2800
AGL: 5770
MATK: 17250
RST: 25888
種族王という存在がいる。ゴブリンキングやオーガキングなんて言葉を耳にしたことはないかな? 彼もそういう存在なんだ。
え? 軽く流そうとするなって? こんな一般的な知識の説明をこのボクにさせようとは贅沢だね。コパの本でも読んでろと言いたいところだがまあいいだろう。精々感謝しなよ。
種族王とはその種を率いるべく生まれる生まれついての支配者を意味する。もちろん権威や血脈によってその地位を保証される偽りの王ではない。君達トールマンという種族が苦難の時に打ち勝つために求めた超存在なんだ。
種族王は数々の異能に恵まれる傾向があるね。基本的な能力として支配下に置いた同種・下位存在を強化する。また第二の命名権という異能を用いて存在進化を促すこともある。効果はまちまちなんだけど所謂ジェネラルやロードにクラスチェンジさせる異能さ。
王の大号令を与えられたジェネラルは戦闘時の下位存在の強化に特化し。第二の命名権を与えられたロードは配下の増員に特化している。王とはこいつらの上に立つ種族の頂点なのさ。
他にはそうだね。王の発する命令に下位存在は抗えない。理由もなく王を敬い、膝を着くことを喜びと感じる。本能とはそうしたものだ。
ただ社会を形成し個々が役割を演じるようになると王の命令が素直に届かなくなるね。例えば商人が種族王とはいえ弟子にへりくだると思うかい? こういう場合は逆に己の地位を守ろうと強固に反発するんだ。お前の面が気に食わないとか適当な理由をつけてね。
種族王にもクラスが存在する。ボクは王の位階をABCの三段階としている。まぁ出産率とか個体数とか色々な要因はあるけど亜人種に比べて背高人の種族王が確認される例は稀だね。たぶんボクらが保護する前にいじめ殺されているんじゃないかな。
おっと、もうこんな時間か。
本当なら複合強化異能『大賢者』について説明したかったんだが時間では仕方ない。おいおい文句はよしなよ、時間は有限で希少なのさ。英知のアシェラのお話を聞きたいのなら途中で躓かない程度の知識は得ておくんだね。




