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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
学院入学編(入学できるとは言ってない)
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マリア・アイアンハートとかいう野良犬

 ここは暗い闇の底。痛くて冷たくて苦しくて、きっとこのまま死んじゃうんだろうなあ。


 そう思ってた。


 何もかも諦めようとした時、天から声が降ってきたんだ。


「おおっ、運命の乙女マリアよ、汝が死すべき時は今ではない!」


 もう何もかも諦めようとした時、あたしは神様の声を聞いたんだ。


「さあ余の愛にて蘇れ。蘇生キック!」

「げふっ!」


 あごに強烈な衝撃! あたしは鳥みたいに天高く舞い上がる。……神様ひどいです。


 何も見えない闇の底から景色が灰色に空に変わって、雪上を転がっていく。冷たいよ。神様ひどいです。

 だ…だめだ、これは本当に死ぬかも……


 ……

 …………

 ………………


「おい、生きてるか! 大丈夫か、キミ!」


 ぺちぺちと頬を叩く痛みと力強い腕の感触。目を開けてみれば髭がもさもさしたおじさんの顔が目の前にあった。……イメージしていたのとはだいぶちがうかな。


「あなたが神様ですか?」

「神様ならもっと早く来れたんだろうがな……」


 おじさんの腕に抱かれたまま移動する。


 雪を被った馬車は横転している。馬車の荷台に圧し掛かられたまま動かない大人の人がいる。

 元々は雪を被っていたのだと思う。動かない男の人はこんな時にいうのは何だけどハンサムだ。


「キミの父親かい?」


 一瞬だけ何を言われたかわからなかった。

 父親って何だっけ?って思ってから彼の顔をまじまじと見つめる。そういえばこんな人だったかもしれない。


 そういえば何て他人事のように思うのは現実味がないからだ。

 何がどうなってるの? ここどこ? 父親、このハンサムが? う~~~~ん。


「たぶんそうです」

「混乱しているのか。無理もない。お嬢ちゃん、名前は?」


 なんだっけ? 思い出せない。何でだろうか全然思い出せな……

 あ……


「マリア」

「そうかマリアか。俺はラムゼイ・アイアンハートだ。よろしくな!」


 強そうなお名前! さすが神様だ!


「よろしく?」

「お嬢ちゃんをここに置いていけるかよ。村まであと少しだ、まずは温まってゆっくりしてさ、まっ、身の振り方はそれからだな」

「身の振り方って?」

「親父が死んだってお嬢ちゃんの人生は続くんだ。辛くても生きていかなきゃいけねえんだ。そういうの考えたり色々さ」


 神様は嘘つきだ。あと少しって言ったのに村はすごく遠かった。

 でも神様の腕の中は温かくてあたしはすぐに寝ちゃったから全然だったね。

 

 あたしの身の振り方はすぐに決まった。温かく迎え入れてくれたアイアンハート家が養子にしてくれたんだ。可愛いって得だね!



◇◇◇◇◇◇



 五年後―――

 父と娘は高台の上に立ち、不埒な悪行を働く山賊どもを見下ろす!


 父ラムゼイ・アイアンハートが勇ましく剣を掲げる!


「悪漢どもよそこまでだ!」


 頭上からの一喝に、街道を行き交う商人の馬車一台を略奪していた山賊どもの手が止まる。

 中でも一際厳めしい髭面のおっさん山賊が叫ぶ。


「何者だ!」

「帝国騎士ラムゼイ・アイアンハート! 騎士の名に懸けてその悪しき所業は見過ごせぬ。具体的には俺の娘の入学金になれぇえええ!」

「お父ちゃん制服代も!」

「娘よ往くぞ、学生寮費も足りない!」


 帝都の騎士学院入学には大変なお金が掛かる。アイアンハート騎士候家の養子になったマリアは強く頼もしく元気に育っている!



◇◇◇◇◇◇



 秋のとある、寝起きばっちりな朝の空気はキンキンに澄み渡っている。

 昨夜からのわくわくが治まるどころか益々ヒートアップしてるあたしが木窓を開く。


「おはよう小鳥たち! そしてあたしの新生活!」


 なお窓の向こうは小鳥なんか存在しない一面の雪原。ちょっ、手加減しろ豪雪! まだ九月だろ!

 まぁいいか。これしきの雪であたしを止められるわけがない。


 あたしマリア! 春から華の帝都で女学生なの!

 あたしの通う学院は正式には帝国立学院の騎士学科なんだけどね、じつは騎士になるつもりなんて全然ないの。事情があるの。

 というのもうちの実家は騎士候家なの。おじいちゃんとお父ちゃんも立派な騎士だったけどもう一人。もう一人だけ騎士を排出しないとアイアンハート家は正式な貴族になれないんだ!


 騎士候家は帝国騎士団での兵役を十五年勤め上げる騎士を三代排出してようやく次のクラスの準男爵家にクラスアップできるってわけ。


 賢い人はもう気づいたよね! そうあたしが十五年兵役をやれば貴族になれるの! でもイヤ。絶対にイヤ!

 だって学院を卒業してから十五年だよ。兵役終えたら三十代だよ? それから入り婿を探すってのはちょっとね……


 だからあたしは学院でうちに来てもいいかなーっていう入り婿を探さないといけないの! 養育してくれたアイアンハート家のために(比率三割)、そしてあたし自身の幸せな未来のために(比率七割)!


 イケメンで実家がお金持ちであたしを甘やかしてくれる入り婿を捕まえるの!

 目指せ玉の輿!


 今日は帝都への旅立ちの日。今日からあたしの輝かしい帝都ライフが始まる!っていう勢いで寝室のドアを開いてリビングに行くと……

 お父ちゃんがなぜか土下座していたぜ。へっ、開幕から不安しかないんだけどお父ちゃんどうしたの?


「すまん娘よ!」

「どったん?」

「計算がミスっててちょっと足らんかった!」


 な…何が足らんかったのかな?

 入学金は大丈夫だよね。ちゃんと貯めたもん。ばっちり確認したし。制服代も足りてる。学生寮の代金も足りてる。全部冬になる前に確認したしばっちりだったし……


 え、何が足りないの?


 しかし養父は答えず頭を下げ続けている。何が足りないのか説明してくれない! 助けを求めるみたいにキッチンで鍋をかき回しているお母ちゃんに視線をやると、THEドルジアの母という柔和な微笑みを浮かべている。これ大丈夫? 深刻じゃないやつ?


「うふふ、この人ったらね、足りてるって油断して出物のナイフ買っちゃったのよ」

「へ?」

「すまん娘よ!」


 微笑む養母。土下座し続ける養父。状況のわかんないあたし。え、なにこの状況……?


 一つだけわかるのは養母が見慣れない軍用ナイフで野菜を斬っている光景だけだ。え、その青白い輝きは……


「やっぱりミスリルナイフはよく斬れるわあ。お父ちゃんのオモチャにしとくのはもったいないわね」

「すまん娘よ! 学費がッ、学費がちょっと足らなくなったんじゃあ!」


 どうやらお父ちゃんはあたしたちにナイショで学費に手をつけてミスリルナイフを買い、養母にバレて没収されたらしい。

 しかも計算ミスってて学費が足りなくなったらしい。街の酒場で酔っぱらった頭で計算して、「おっ、学費払っても全然余るじゃねーか!」とかそんなノリだったらしい。なお計算はある意味合っていて一年分の学費だけ残ってた。


 馬鹿! 騎士学は三年制だよ!

 あたしの女学生ライフはどうなんの!?

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