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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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閉じた時の円環の中で④ 賢者は円環の果てを視た

 殺害の王の依り代は皇宮クリスタルパレスにいる可能性が高い。ならば取り入るべきは宮廷に出入り可能な家門の有力者……という考えが平民目線なのだろうな。


 他者を利用する機能に特化した上級貴族の思惑に左右されるのは好ましくない。肝心な時に梯子を外されて一からやり直すなど御免だ。

 小さな家でも構わない。宮廷貴族の養子となり自然に出入りできる形が好ましい。


 二度目の生における帝都潜伏中に経済的に困窮する家を幾つかリストアップしていた。スルスーズ・ワイスマン家の本家にあたるワイスマン子爵家当主ゲスハゲス・ワイスマン。帝国第一皇子フォン・グラスカール派閥の重鎮フラメル伯爵の子飼い、と言えば聞こえはいいが腰巾着だ。賑やかしの方が正しいか?


 無能者ゆえに派閥の者から軽んじられ、だが彼らから独立して生きていける才覚もないゆえに苦しい目に遭わされても尻尾を振り続けている哀れな道化者というのがゲスハゲス・ワイスマンの評価だ。

 地位を守るために尊厳を捨て去り、だが懐事情は火の車。

 このような人物だからこそ付け入る隙がある。彼が欲する物を与えてやればよい。


 生ある者のいなくなったボロ屋を出た俺は未だ何も持たぬ齢十足らずの子供にすぎぬ。奴の目の色を変えるだけの金もなければ神殿の組織力もない、ぼろを纏った小汚いガキだ。

 だが二度の生で培った能力は失われていない。

 現在のところ交渉材料は皆無。だが有る必要すらない。商人はよく金を生む魔法使いに例えられるがその実態が掛け売りと掛け買いでありこれを知らぬ者が手品の種も知らずに不思議がるのと同じでよい。

 要はワイスマン子爵に俺が金の卵を産む雌鶏だと誤認させられればよい。


 クズを殺した夜から三日ほどかけて俺は新旧を問わず夜の帝都を歩き回った。家門の刻印された立派な馬車のあとをつけて遊び女の住処を見つけ、家人を殺して宝石を幾つか奪った。


 そしてワイスマン子爵が旧市街に飼っている情婦の住処の前でやつの訪問を待った。

 馬車から降りた子爵へはこのように声を掛ける。


「買っていただきたいものがある」


「……どこのクソガキか知らぬが分際を弁えろよ。ヴァンデル、ヴァンデル! このガキを追い払え! ヴァンデル」

「その者なら今宵はもう目覚めぬよ」


 執事服を来た御者なら昏睡の魔法をかけてある。従者ふぜいが俺のバッドステータスに抗えるはずがなく、子爵も同様だ。

 ようやく俺がただの子供ではないと気づいた子爵が逃げ出そうとしたが精神支配で肉体の制御を奪う。


 思考と肉体を切り離された男が怯えている。


「な…なんだお前は、まさか子供のアサシンか?」

「お前には栄光が待っている。俺の傀儡となり意のままに操られる代わりに富を与えてやろう」


 ワイスマン子爵の記憶に偽の自我を植え付ける。予知能力を扱う子供がその能力で強盗に遭った哀れな女の亡骸から宝石を手に入れて売り込みに来たという記憶だ。

 そして彼は自らの意思でこの子供を使って金儲けを企んだという記憶だ。映像記憶にするまでもない。自らがそう望んだと偽りの記憶を植え付けるだけで後は勝手に誤認する。


 こうしてワイスマン子爵家に潜り込んだ。

 そして約束通り子爵家に富を与えてやった。当初は子爵と共に出かけたパーティーで獲物を探し、分不相応な家宝を隠し持つ者を探し出して奪ってやった。

 これはイース海運に流した。国外での活動が盛んな大商会だ。帝国内での販売は障りのある品だと言い添えておくだけで出処の怪しい品も買ってくれる。


 資金力に余裕が出てくれば旅行と称して国外へと出かけてハイパーウェポンを持ち帰る。国外の貴族なら殺してもリスクはなかった。優れた冒険者を操り肉壁とし遺跡にも挑んだ。


 約束した通りにワイスマン子爵家が富を手に入れれば夜会への招待状も増えた。

 招待された夜会へは極力参加する。大きな家の夜会には下級貴族の家には顔を出さない貴族も出てくる。子爵の登城についていきクリスタルパレスに入る機会もあった。だが王の依り代は見つからない。


 まだ時間はある。だが考え方を変える必要もありそうだ。

 ウェンドール809年に貴族街に存在する人物。それも帝都に入る四つの大門をアシェラ信徒が見張る中でだ。依り代は我らが潜伏を始める前から帝都に居て数年の間一度も帝都の外に出ていないのだと考えていたが……


 大晦日にクリスタルパレスで行われるパーティーには成人した皇族は全員出席する。これには期待していたがやはり依り代は見つからない。

 未成年の皇族に接触する方法はない。第一皇子派閥の家の子息がどのような名目で会えるというのか。

 皇宮務めの使用人という線もあったが皇族に仕える使用人となると接触する方法がない。皇室近衛にもだ。……いっそ俺自身が近衛騎士団に入団するか?


 手がかりがないままに時間だけが悪戯に過ぎていき、三度目の成人を迎える頃だ。

 イルスローゼからの留学帰りの皇子が主催するパーティーの招待状が届いた。招待状に書き添えられた出席者の名簿を見た瞬間の興奮は中々のものだ。

 普段は社交界に出てこない公爵家のご令嬢を筆頭に子爵家子弟ごとき立場では顔を見る事さえ適わない大貴族が目白押し。皇妃側室もそうだが未成年の皇族も全員参加だ。これは一つの解を示している。


「死の大天使クリストファー、やはりこの時点でも相当に警戒されているのか」


 まつりごとに関わる誰もが我が目でその者の本性を見定めねばならないと考えた、そう邪推も可能な布陣だ。

 もっとも実際は俺の邪推とはやや違っていた。


 第一皇子フォン・グラスカール自身がこの者を後援すると宣言しての顔見せ会であったのだ。可愛がっている弟に殺されることになるとは凡愚で有名な第一皇子らしい間抜けぶりだ。


 そして俺はこの夜会で依り代と出会う。

 他家の催しには滅多に顔を出さないことで有名な帝国の赤薔薇ロザリア・バートランドの護衛侍従リリウス・マクローエン。正式な挨拶を交わし奴と握手を交わした瞬間の言いようもない達成感は中々によかった。


「ワイスマン子爵家子弟ガイゼリックだ。貴君と知り合えた事まことアシェラのお導きにちがいない」


「そ…そっすか。マクローエン男爵家子弟リリウスです、よろしくどうぞ」

「時にリリウス君はいつから帝都に? 幼少期はやはり故郷だろうか? 可能なら時系列で説明してほしいね。どこで育ったんだい?」

「すんません! ほんとすんませんが俺ノーマルなんで!」

「あぁそいつは素晴らしいな。俺もノーマルだ。それで可能なら一年ごとにどこに居を構えていたか教えてもらえないか?」


「あのぅ、本当にすんませんが本日はお嬢様の護衛で来ていまして時間があまり……」

「じゃあ明日! 明日会おう!」

「すんません急にトイレに!」

「よし俺も一緒に行くぞ。さあ一緒に行こう!」

「生まれも育ちも帝都です。はい答えた、はいさよなら!」

「住所も教えてくれ!」

「住所は勘弁してください!」


 どうやら奴は生まれも育ちも帝都らしい。明らかに同性愛者と勘違いをされていたが興奮のあまり自制を差し挟む隙がなく、まったく滑稽なことに俺にはけっして背中を見せようとせず後退りで逃げていった。


 場に残された彼の友人二人もじりじりと足を引いて下がっていく。


「ロザリア嬢」

「な…なにかしら?」

「彼の詳細について教えていただきたい。現在の住処。生い立ち。性格。分かるものはすべてを教えていただきたい」

「そういうの本人の許可もなく教えるのはどうかなーって。おほほほ……ごきげんよう!」


 二人も走って逃げていった。

 その後ガイゼリック・ワイスマンはホモだという噂が帝都を駆け巡ったが些細すぎて訂正する気にはなれなかった。


 この素晴らしい出会いの九日後、ようやくリリウス・マクローエンの拉致に成功した。



◆◆◆◆◆◆



 今更かもしれないが俺だとて彼を憎んでいるわけではない。身の内に特級の神聖存在を宿して生を受けたというだけの生贄をどうして憎める。


 拘束座に着き永遠の夢を見る男は今にも死に落ちようとしている。

 哀れなその姿を見た俺は最後の最後になって人らしい優しさを取り戻していた。……昏睡の魔法を解除してやる。


 三年以上も眠り続けて骨と皮だけになった哀れな男が薄らと眼を開いた。


「……う…あ?」

「落ち着いて聞いてくれ。君が眠っている間に戦争と革命が起きたり貴族街が燃えて昨夜君の父と貴族院議長が暗殺され、押し寄せた反乱軍が皇帝の首を獲るため皇宮に攻め込んでいる頃だが落ち着いてくれ」

「……?」


 もはや思考能力すら失せたか。

 出血を強いて殺害の王の魔法力を抜き取り、輸血と点滴と癒しの術法で命を保たせてきた男であれば仕方のない。


 七度だ。七度失敗して殺害の王を復活させてやり直しをするはめになったが失敗の経験が活き、封印処置は99%成功した。この成功を誰かと分かち合いたいと考えるのは不自然ではないだろう?


 彼の血に混じる忌避するほどのオルタナティブ・フィアーは今や僅かなものでしかない。確信を以て言える。殺害の王の無力化に成功した。


「君はもうじき死ぬ。何か言い残すことはないか?」


「ロ…ザ…」

「あぁ彼女が気になるか。麗しい忠愛だな。安心したまえ彼女なら現在逃亡中だ。……もし彼女の安全な国に逃がしてほしいと願うなら誓って実行してやるが?」

「……」


 沈黙は長く、ため息のように重い吐息の後に。


「たのむ」

「心得た。アシェラ様よりいただきしガイゼリックの名において誓おう。さあ再び眠れ、安らかに逝くがよい」


 彼の肉体につないだ無数の管の一つのコックをひねる。流れ出したヒドラ緋毒がガラス管を通って彼の血管へと押し入っていく。


 感動がある。身を震わせる喜びが背筋を這い上り快感と達成感をもたらす。

 彼は夜明け前に死んだ。彼が死にゆく五時間はまさしく俺の至福の時であった。彼の絶命と共にこの地下工房のトロンエナジー・ベクトルが反転する。


 フィールド属性の反転と同時に消費されるはずのトロンは想定値以下。それもこの多重結界の中では塵芥に等しい数値だ。


 天井と床に仕掛けたアストラルバスターを発動させ、塵芥に等しいレベルで蘇った王が光の中で消失する。……長かった。


「ようやく成し遂げた。アシェラ様、あなたを守れなかった、だが守り切ったこの俺を褒めてくださいますか……」

「ほほぅ、只人のわりにやるではないか!」


 地下工房に突如響いた声に向けて呪殺を放つ。だが俺の放った呪いは者どもに命中すると同時に掻き消された。単純な魔法抵抗力による無効化だ。


 直前まで気づけなかった。俺の魔導工房に奇妙な雰囲気を纏う男女がいる。

 腰巻きとサンダルだけを身に帯びた逞しい男神と、従者のようにその背に寄りそう女神が今しがた息絶えた男が残した塵をつついている。


「殺害の王をここまで丁寧に封じるとはな、予見の眼を持つというだけの凡夫にしては……んんぅ?」


 男神の腕が俺の頭部を掴む。知覚できない速さではなく、俺の知覚できない時間の外側から放たれた腕による拘束であった。


「面白い。余の権能『時の栞』に近い異能を持っているのか。じつに面白い。なあ名もなき凡夫よ、お前は何度やり直している?」


 余の権能。何度のやり直し。

 ここまで揃えられて察しがつかないはずがなかった。


「いずかの御柱よ、すべては御身がはかりごとか?」

「うむ、すべてはこの時の大神クロノスが御業よ」

「なぜだ! なぜ俺の時を巻き戻す、何を企みこのようなまねをしでかす!」


 時神が哄笑する。


「お前は端役にすぎんよ。偶々持ち合わせた異能によって余の技を知覚し得たというだけの観客にすぎん。と言っても信じられんか? ならば一つ教えてやろう、お前の視た未来であるがそれは本当に未来だったのか? お前の覚えておらぬ過去やもしれんぞ」


「何を……」

「なまじ視えすぎる目を持ったがゆえにその可能性には気づけなんだか。忌避するあまり制御ではなく封印を選んだのが仇になったな。使いこなす方に転がっておけば余が指摘するまでもなかったものを」


 言葉は通じる。理性らしきものもあるように思える。俺の過ちを指摘してくる態度は教えを授けようとする年嵩の信徒のようでもある。

 だが決定的に噛み合わない。俺にはこの怪物の意図を計り切れない。


「先は余の企みを問うておったか。ここで次回に往くつもりであったが慈悲を与えてやろう。第一予言を越えた先に在る第二の予言は己が眼で見定めるがよい」


「残酷なことを為さいます。それほどに気に入ったのでして?」

「この手の輩は化ければ面白いからの。ではな、よく見聞きをし願わくば余の思惑まで至るがよい。いつかの時の果てに再会を果たそうぞ」


 これを言い残して時神は去っていった。これは夢であったのではないか。俺は長らくそう考えていた。……夢ではないと思い知ったのは数年の月日が流れた頃だ。


 神殿に復帰した俺は僧兵の長となり、どんなダーナの悪戯かファティマと愛を結び我が子を産んでもらった。顔を合わせればいがみ合ってばかりだというのにいつの間にやら彼女を愛していた。

 これも人の世のおかしみかと面白がり、幼い我が子に僧兵の技を仕込んでいる時だ。


 大地を覆う光を、第二の予言の日をこの眼で見た。


「とと様あれは!」

「俺から離れるな。かか様の下に参るぞ!」


 振り返る寸前に我が法衣を掴む我が子の手の重みが消え失せた。

 振り返れば我が子は砂面に倒れ伏し、その背に光の玉が浮いていた。共に教えを授けていた見習いどもも次々と倒れて光の玉が浮かび上がる。


 俺はこの時にたしかに聞いたのよ。あの日のような悪しき時神の高笑いを……



◆◆◆◆◆◆



 かつて魔王と呼ばれた死霊が黄金のフレイルを振り上げ、リリウスの頭部へと叩きつける!

 おおよそ人体に命中させたとは思えない破壊的な音が鳴り響き、死霊が嗤う。


「アキャキャキャキャ!」


 死霊がフレイルを叩きつける。何度も何度も。リリウスの頭部から鮮血が飛び散っていく。


「やめろ――――」


 ガイゼリックが強制ギアスの呪いを放つ暇もなかった。フレイルを捨てた死霊の腕が王の依り代の頭蓋を砕いて中身を食べ始めた。

 さすがのガイゼリックも刹那言葉を失い―――


「何てことを……何をやらかしている死霊風情がぁあ!」


 遅れて飛ばしたギアスの鎖が死霊の四肢と首を縛り付ける。抵抗を見せる死霊を封じるために七つ重ねてギアスを放つ必要があった。……死霊の能力が格段に強くなっていた。


 ちからを与えたせいか救世主の肉体を喰らいかつての能力を取り戻したか?

 死霊の身に堕ち理性を失ったかつて魔王と呼ばれた怪物が狂ったみたいに嗤っている。無数のギアスに縛られても抵抗がためにもがき鎖を一つ引きちぎる度に反射反応に苦しむ術者を見て嗤っている。


「猿にも劣る……! 簡単な命令さえも守れんか、魔王の名が泣くぞ!」


 動きを封じられた死霊が足掻きもがいてリリウスの残骸へと手を伸ばしている。もっと食わせろと言いたげな態度だ。これがかつて堂々たる魔の軍勢を率いて人界の征服にやってきた魔大陸の支配者の姿だ。

 いまは猿にも劣る本能の怪物でしかない。


「忌々しい。殺害の王の復活を許すとは……」


 救世主の死体から暗黒の魔法力が溢れ出している。確定だ。もはや復活を押し留める方策はない。

 間欠泉のごとく噴出する暗黒の濁流から距離を取るために空間転移で距離を取る。


 どの程度の距離を取る必要があるかは不明だが念のために200kmの長距離転移を行う。殺害の王の初期強度はリリウス・マクローエンの戦闘能力に比例する。ここまで強大化した王と戦うのは212回のループを繰り返してきたガイゼリックであっても初めてだ。


 吹き荒れる砂塵の彼方で暗黒のちからが渦巻いている。凄まじい魔法力が中心から吐き出されている。まるで星雲のようだ。


 ガイゼリックは舌打ちを一つこぼし、だが恐怖はなかった。

 絶望と呼んでも足りない終焉の顕現を前に彼の心に満ちるのは諦観でしかなく、また213度目の生を受け入れる心の準備でしかなかった。


 やがて暗黒が形を成す。長さをキロメートルの単位で数えなければならない二つの足と二つの腕、王冠を被った暗黒の骸骨、あれこそが顕現した殺害の王だ。


「ザナルガンド、あの怪物を殺せ」

 三頭の怪物を呼び、王へと差し向ける。

 品種改良によって生み出された増殖するトロンの塊が殺害の王へと突進していく。


「勝てるの?」

「さあな。勝てずともよい、次回のためのデータ取りだと割り切っているだけだ」

「そっかあ、ザナルガンドでも三頭じゃ足りないよね」


 ガイゼリックが胡乱げな眼差しを声の主へと向ける。小鳥のように彼の肩に泊る正体不明のミニキャラがにへーって微笑みながら手を振ってきた。何とも腹立たしく一発ぶん殴ってやりたくなる笑みだ。


「カトリーエイル・ルーデット、なぜ止めなかった?」

「えー、それ誰ぇ? あたしはステルスコートの妖精のステ子ちゃんだよ」


「ふざけた女だ。もう一度問う、なぜラクスラーヴァを止めなかった、お前なら可能なはずだ」

「君に未来を見せてあげたいの」

「滅びの未来など飽くるほどに見てきたさ」


 ステルスコートの妖精が可憐に微笑み、そっと首を振る。


「ううん、まだ誰も見た事のない未来。たぶん時の大神の真の目論見」

「何だと?」


 殺害の王が腕を振り上げてザナルガンドを叩き潰している。理論上不滅のはずの怪物が王の腕に砕かれて砂に還って消えていく。

 殺害の王の権能は生物を殺す、これに特化している。幾多の神々でさえ敗れ去ってきた不滅の怪物でさえも殺害の王は殺すのだ。

 理性もなく容赦もなく生者のすべてを殺すまで止まらない。

 それが世界の終焉を告げる第一予言、殺害の王だ。


 世界を滅ぼす暗黒の大骸骨が拳を振り上げ、自らの側頭部を強打する。

 惑星を破壊する隕石の衝突とはこのようなものかとありありと想起できるほど大きなごーんという音が鳴り、遅れてやってきた衝撃波がガイゼリックを襲う。


 咄嗟に魔導防壁を張り直して衝撃をやり過ごしたガイゼリックの眼前でミニキャラがけらけら笑ってる。

 遥かな彼方で殺害の王が自らの頭部を殴りまくっている。まるでパニック障害を起こした子供のように理解不能な光景だ。こんなのはガイゼリックでさえも見たことがなかった。


 奇行を続けるのは王の左腕だけだ。右腕が左腕を止めようとしたが逆にパンチをくらって砕けている。……右腕の破片を吸収して右腕がさらに太く逞しくなった。


 ガイゼリックが戦慄する。殺害の王の権能は殺害の王に対しても有効打になりえるのだ。


「何が起きている……」

「簡単な話だよ。時の大神が目をつけたのがなんでマスター君なのか、どうして彼の死を契機にリセットを繰り返すのか、どうして彼にそこまでの期待を掛け続けるのか。……これがずっとわからなかったんだ。不思議に思ったことはない? だってもっと強い人なんて幾らでもいるじゃん。もっと賢い人ももっと凄い英雄も大勢いるじゃん。君だってその一人なのに時の大神はマスター君を選んだ」


「お前には悪しき時神の企みがわかるのか?」

「うん、滅びの予言には滅びの予言をぶつけるんだよ」

『うおっしゃあああああああああ!』


 殺害の王の拳が王の頭蓋骨を砕き、中からリリウスの霊体が飛び出してきた。

 死んだはずの人間にこういう表現はどうかと思うが元気だ。元気が溢れている。


『死人ふぜいが生者様を操ろうとするんじゃねえ。俺が支配者、てめえは俺にちからだけ寄こしてやりゃいいんだよ! 死ねアルザイン! てめえはてめえのちからで死ねぇえええ!』


 リリウスが拳を振り上げる。連動するみたいに殺害の王の腕が王から離れていき、ロケットパンチみたいに王のろっ骨を砕き始めた。

 無茶苦茶な光景だ。天を突くがごとき大骸骨がその巨体からすれば米粒がごとき矮小な背高人に破壊されていくのだ。あまりにも無茶苦茶すぎて言葉が出てこない。


 そんなおぞましい光景をなぜかけらけら笑いながら見物してミニキャラは確実に頭がおかしい。


「あはははは! ばっかだぁ、あんなんマスター君にしかできないよ! ねえ賢者君、マスター君が勝率とか実力差とか考えてると思う?」

「それは今あの光景に関係のある話なのか?」

「あるある。あるよ、だってそれが彼の強さだもん」


 ミニキャラが何を言っているのか本気で理解できない。

 アシェラの英知を学び修練を重ねてきた最強の魔導師が自称妖精のふざけた女の言を理解できない。


「ムカついたからぶん殴る。俺は最強だから勝てないはずがねえ。これが彼の強さそのもの。普通ならけっして叶い得ないアホっぽい願いだけどさ、殺害の王そのものである彼の魔法力なら奇跡にだって手が届く」


「妄言か妄信の類だろそれは……」

「届くよ。無限に重ねたループによって彼の獲得した耐性が殺害の王を凌駕した。王の本能に抗うすべもなく呑み込まれ続けた彼だったけどとうとう王のちからを制御可能な段階まで来れたの。これを君に見せてあげたかったの。未来にあるのは絶望だけじゃないって教えてあげたかったんだ」


「何のために。俺とお前に接点などなかったろうが」

「より良い未来を創るために」


 ステルスコートの妖精が手を差し出す。


「君にも協力してほしいんだ。一緒に未来に行こうよ」


 ガイゼリックは用意していた悪態さえも失った。

 一人で戦っているのだと思い込んでいた。この地獄から抜け出すために一人でずっと戦い続けてきたつもりだった。


 不意に目頭が熱くなった。感情を制御するために自制で律するも零れ出すものは止められなかった。


 ガイゼリックは慌ててフードを被り、彼方で王の残骸を砕く男の戦いをぼんやり見つめだした。そんな仕草を可愛いと思ったのかミニキャラが笑ってる。


「返答は?」

「知るか」


 時の果て。時の果てとは此処を呼び己はようやくたどり着いたのだ。

 孤独な戦いを終えた賢者は人知れず咽び泣いた。

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