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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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閉じた時の円環の中で② 悪徳信徒ガイゼリック

 アシェラ神殿で与えられた名はガイゼリックという。

 砂漠を泳ぐ怪魚グイセと航海セイルを掛けたものか、呪詛カース栄達エイリックを掛けたものかは不明だ。アシェラ様に尋ねても含み笑いをするだけで教えてはくださらなかった。


「お前に相応しい名前さ。そうだね意味がわかったら泣いていいよ。ボクの優しさにきっと感涙するだろうから無理に泣く必要はないけどね」


 アシェラ様から名前を戴いた俺はアシェラ神殿の僧兵見習いとなった。

 だが地上階で暮らす普通の見習いではなく、アシェラ様のお傍で細々としたお世話をさせていただく小姓の扱いであった。他の見習いからは妬まれて意地悪を受けることも多かったがそれ以上の幸運に浴しているのは理解していた。


 事実俺はただの見習い僧兵ではなかった。アシェラ様の好奇心を満たす実験動物の面もあったのだ。


「お前の異能は未来予知ではない、正確には未来予知も宿しているせいで複雑化している強化能力だ。いや異なる異能が成長を欲して未来予知を喰らったという方がわかりやすいか」


「異能が異能を喰らうのですか」

「珍しい現象だがボクからすればよくある現象だよ」


 どちらなのかと尋ねるとあの方は意地悪っぽく微笑み、俺の心のうちを見透かしたように「お前は可愛いね」と仰った。


 結局答えては戴けなかった。だが随分後になってから思い出してみると簡単な話だ。尺度の違いだ。たかだか数十年しか生きられない俺にとっては珍しく、数千年を生きる女神にとってはよくある実例でしかないのだ。


 アシェラ様は俺だけに発現した異能に大賢者と仮名を付けてくださった。

 だが如何なる効力を持ち如何なる使い道があるかについては教えてくださらなかった。


「良くないちからなのでしょうか……?」

「そうだね、世にはけして知るべきではない知識もある。お前はミスリルがどうやって生まれるか知っているかい?」


 俺は首を振った。知ったかぶりをするには英知の女神はあまりにも相手が悪すぎるし、何よりアシェラ様の前では正直でありたかった。くだらん理由だ。ガキが大人しくなる理由など一つしかない。

 俺はアシェラ様から嫌われたくなかった。愛していたからか、それとも俺の地位を保証する唯一の庇護者であったからか、おそらくはその区別もついていなかったにちがいない。


「知らないのが当然だ。誰に聞いたって分かりやしないよ、現代でもこの知識を持つのは英知のアシェラを置いて他におるまいよ。だって知るべきではない知識なのだから」


 異能についても聖銀についてもやはり教えてくださらなかった。知るべきではない知識だからだ。

 だが学ぶべき知識は頭が痛くなるほどに詰め込まれた。鑑定の御業もアシェラの武芸も魔導も時には礼儀作法もみなアシェラ様から教わった。


「ボクの傍仕えが無能ではボクの威厳に関わる。お前は幸運だよ」


 千の身にも余る幸運を浴しているのは理解していた。

 アシェラ様のお傍に居られることが当時の俺にとっての無上の喜びであったからだ。……だが共に長く居れば居るほどに謎の深まる御方だった。

 近くに居れば居るほど遠い御方であると思い知る。そういう御方だったのだ。


 神殿の衣を戴いてどのくらいの月日が流れた頃だろうか。下界を回る巡礼をお申し付けになられた。その理由についてもやはり定かではない。

 俺がそれなりの僧兵へと成長したと判断されたのか。俺になどもはや興味も失せたからか。……おそらくは後者だ。


 異能に興味を惹かれて飼っていた動物だ。異能を解明したら用済み。

 俺ほどにあの御方の傍に居ればわかる。飽きたから傍から摘まみ出す。それだけの理由でしかないのだ。

 実際いけすかないラケスや俺を煙たがっていたファティマなどからすれば僥倖も僥倖。手を叩いて喜ぶ有り様であったから間違いない。


 当時の俺はまるで世界の終末が訪れたような気持ちであった。

 だが他の僧兵から見れば出世ではあった。申し付けられた巡礼の旅はただの巡礼ではなかった。


 下界を巡り強いちからを集めてアシェラ様へと献上する悪徳信徒の役割を得たのだ。この役目に励みアシェラ様から認められれば本殿への復帰が叶う。それどころか司祭職を得る可能性もあった。


 必ず本殿への復帰を果たすと意気込んで悪徳信徒ガイゼリックは再び人界へと旅立った。愚かなガキだったのだ。


 悪徳信徒の旅は表向きは巡礼信徒と変わらない。町から町へと歩いて渡り、時に親切な旅人の幸運を祈り、町角では絨毯を広げて鑑定を請う人々を待つ。

 裏では強いちからを持つ者をさらい、その肉体を解体して一冊の恩寵符に仕立て上げる。


 親切な鑑定師のフリをする。穏やかな鑑定師のフリをする。学び得た全霊を用いて評判を広げた。仕事がやりやすくなるからだ。

 それでもろくでもない結果を伝えれば罵倒されることもある。

 そういう時は市場の人が「この人が言うのだから間違いないのだよ。怒ったってどうしようもないじゃないか」と怒り狂う客を宥めてくれもした。


 善人の皮を被って裏では悪行を働いた。そんな日々にも慣れてきた頃にエドキア婆さんを思い出し、あぁあの人はけして己を偽らなかったなと思い己の行いを恥じたりもした。

 俺は結局あの婆さんの達観へは至れはしなかった。本殿への復帰を願って熱心に悪行を重ねる卑劣漢では到底至れるものではなかった。


 町から町へ。時には船に乗せてもらい島から島へ。

 ダージェイルを出た俺は西周りで大陸を南下し、フィルゲートからトライブ七都市同盟に渡り、そこで多くの日々を過ごした後は商都マルガから水竜の国カイルーンへと向かった。


 海はもううんざりだ。そういう気分があり陸路での北上を決めて諸王国同盟を巡って神聖シャピロへと入り、好奇心からユークリッド大森林にも足を踏み入れた。とは言っても二日ほど森を彷徨った挙句森人の里一つ見つかることもなく森を出るはめになったのだが。


 カルカッサ荒野の迷宮都市ラビストリアには随分と長く居ついた。迷宮都市における鑑定師の需要は両手両足を引っ張る手も絶えずという大繁盛で腕のいい鑑定師は歓迎された。若い男の鑑定師という物珍しさもあったのかもしれない。


 都市国家の王の屋敷に招かれることもしばしばあり年頃の王女トゥワイスヒルトとつかの間の恋を楽しんだという事情もある。……娘側はともかく王にはA鑑定を抱き込みたいという思惑もあったのだろう。


 だが人は変わらぬもので俺はなお諦めの悪い男であった。

 一時の快楽に身を任せてどれほど情熱的に愛を語らおうと本殿への復帰を果たすという夢を諦め切れなかったのだ。


 あのままイルスローゼ東の国境を目指す手もあったが何の気まぐれかカルカッサ荒野を東に戻りレンテホーエル大平原を今度は東へと突き抜けて再びELS諸王国同盟の領域に入り、内海を逆さ時計周りにドルジアへの帰還を果たした。カルカッサを出て二年。ドルジアを出て十年後の帰郷であった。


 本当にどういった心持ちであったのか今となっては不明だ。一度は避けたドルジア行きをカルカッサで過ごした日々が変えたのか。不思議な情熱に導かれるままに帝都を目指して歩き続けた。


 そして予言の日をこの目で視たのだ。


 すっかり日も暮れた街道をカンテラの明かりを頼りに歩き続け、あと小一時間も歩けば帝都外縁部が見えてくるという頃にあの声を聞いたのだ。

 この世すべての命の灯を消し去るがごときおぞましき咆哮を直に聞いたのだ。


 咆哮は死の風を巻き起こして森は一斉に枯れ果てていく。そんな異常な光景の中をひた走って帝都を目指す俺は丘の上で初めてあれを見た。


 帝都から立ち上がる暗黒の大巨人が天を憎むがごとく反り返り叫ぶ終末の日の光景を見たのだ。


 殺害の王アルザイン。当時の俺にその名を知るすべもなかった。

 殺害の王が振り上げた腕を帝都へと叩きつけ、奴の腕から溢れ出した暗黒の濁流が帝都を呑み込んでいく光景を呆然と見つめているだけだった俺は、その後のほんの僅か十数秒という聖句を唱える暇もない短い間に暗黒の濁流に呑み込まれた。


 己が死んだなどと実感する暇もなかった。


 そして俺は再び眼を開いた。再び眼を開いた時に視界は真っ赤に染まり、俺は鮮血を頭から被っていた。


 首のない女性の死体と妻を殺して狼狽えるクズの姿。それが二度目の生で最初に見た光景だった。



◆◆◆◆◆◆



 質問:ザナルガンドと戦っているのですがどうしたら勝てますか?

 回答:逃げなよ


 質問:三頭もいて本気で困ってます。本気で対策を教えてください。

 回答:だから逃げなってば。あれは倒せない怪物なんだ。


 質問:ハイエルフっぽいやべー死霊が頭上からバカスカ魔法撃ってくるんだけど?

 回答:聖句を唱えるといいよ。死後の福音を祈るんだ。


「マジで使えねえあの魔神!」


 メールで相談してた魔神ティトの使えなさがクソすぎる。神話の時代にザナルガンド討伐の陣頭指揮を執っていたとかほざいてた癖に何の情報も持ってない!

 ……配下の戦闘種族を三種族使い切り神王級を七柱と従属神を六十柱失った挙句イザールに泣きついた雑魚だったのを思い出したわ。まぁ泣きついたのは別のやつで雑魚は徹底抗戦を唱えて戦死者続出させてたらしいけど! 英断すらできてない!


 頭上から降ってくる各種魔法が俺の走り抜けた砂漠を破壊しつくしている。ギュルギュル回転する暗黒のドリル魔法とか稲妻の竜とか意思を持つ溶岩とかワケワカンナイ!


 俺は逃げる。砂漠を走ってひたすら逃げる。延々と追ってくる砂のザナルガンド三頭と魔王級ゴーストと奴が使役するどんどん増えていく魔法生物を引きつれて一直線に逃げ続ける。


 リリウス君の逃げ足は世界いちぃぃぃいいいいいい!


「うおおおおおおおおおおお! 死んでたまるかボケぇえええ!」


 攻略法はないのか攻略法は。攻略法を考えるんだ。このままだと普通に死ぬる。


 魔力触を飛ばして広範囲探査。ガイゼリックは70312m後方の空に浮遊しているな。休憩時間か?

 疲弊した体力を取り戻そうとしている今なら狙えるかな。


 殺害の王の魔法力に手を伸ばし、無限にも思える膨大な闇のかたまりから一欠けらを掴み取る。


「追っ手どもよさらばだ、召喚者を狙わせてもらう!」


 空間転移を発動する!

 地上6000mという安全な空で呼吸を整えているガイゼリックの背後を取れた。無防備な背中に殺害の王の左腕を叩きつける。


 カァーン! 奴の魔導防壁と王の腕が甲高い音色を奏で、もしもここに市街地があったら根こそぎ吹き飛ばす威力の衝撃波が空を走っていく。


「っっクズめ!」

「焦りが丸見えだバーカ!」


 王の腕を連打で叩き続ける。魔導防壁が固すぎる。破れない。―――おかしい?

 殺害の王の腕で叩いている感覚にしては硬すぎる。アルザインの魔力に対する耐性付き魔導防壁だとしたらこの魔導防壁の属性は原初の暗闇オルタナティブ・フィアー……


「神器召喚 闘神剣バレスエ・シェラ・アサルシエ!」


 ティト神の権能である千の顔を持つ英雄によって光の聖剣を召喚する。闇の魔導防壁の弱点は光。常識だ!


「っちぃ!」


 奴がまた唱える。オーヴァドライブ。再び停止した時間の中で七度斬られて俺と世界の時がまた動き出す。

 いや一度しか斬られていない。六度斬りつける分は何らかの設置罠に費やしたってわけだ。それとも焦って六度分の停止時間を無駄にしたか?


 すでにそこそこ離れている位置にいて、なおも飛翔して逃げるガイゼリックは胸を搔き毟り呼吸が荒い。


 設置罠を恐れず追撃を仕掛ける! 三歩でガイゼリックとすれちがい光の聖剣で魔導防壁を薙ぐ。反発する手応えではなくやすりでこすったような手応え。正答を引いたな。


「必死になって逃げるじゃんよ。その魔導防壁の属性は殺害の王の魔法力と同色のオルタナティブ・フィアーだったんだな?」

「……クズめ、戦闘に関する嗅覚だけは一流か」


 明かした? なんで?


「どうして正直に白状したんだよ」

「すでにバレている能力を黙っておく意味がない」


 ガイゼリックが転移魔法で逃げる。

 微かに残った術式の残滓を追って俺も指定座標に空間跳躍―――ザナルガンドぉぉお!?


 三頭のザナルガンドの突進をマタドールしながらガイゼリックを探す。いねーし、罠かよ!


「あがっ!」


 ギュルギュルと強烈な痛みが背中が弾けた。と思った瞬間には無事だった右腕と両足をドリル魔法でもがれた。


「スタリジェ……」


 スタイル・リジェネ―ションを宿したアルテナの神具を発動しようとしたが天体を模した聖神のピアスがなくなっている。


 どこに隠れていたものか魔王級ゴーストが出現し、俺の神具のピアスを摘まみてニィと嗤っている。……しくった、一番危険なやつが意識から消えていたのに気づけなかった。


「返せ……!」


 伸ばした手は虚空を掴み、ほんの僅かに後ろに下がっただけの魔王級ゴーストが神具のピアスを指で潰した。

 ゴーストがかぱぁっと大口を開いてけたたましく嗤い出した。


 生者の苦しむ姿がそんなに嬉しいのかよ。だからアンデッド系は嫌なんだ……

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