イレギュラーエンカウント
次元迷宮から戻った日の昼休み。いつもみたいに男子寮のバイアットキャンプでメシを作っているとナシェカが換金を終えて戻ってきた。
「おいっすー、お昼でけた?」
「まだー。本日の稼ぎはどうなったよ?」
「ほいこれ」
金貨が1200枚だ。プラスおまけもある。
う~~~ん、文句のつけようもない換金先だ。安値で買われてるのならうちの商会で買い取ってもよかったが良心的どころじゃない。誰に売ってるのか知らないけど多分ナシェカにいいところ見せたい男子なんだろうな。
女子に対しての金持ちアピールは大正解な戦法だ。しかし貢ぎすぎるとそれを使ってより条件のいい男に進む子もいるから要注意だぞ。貢ぐならメシにしとけ。メシなら幸せな記憶しか残らない。換金なんて不可能だ。
「これいい品なんで現金の代わりに貰ってきたんだ。マリアこれ使いなよ」
「おおー、高そうな装備だ。いいの?」
「いいよいいよ」
マリアがグラップラーフィストを装着している。一人で装備できる品ではないので俺がアシスタントに付いてる。つかこの重量は純聖銀かよ……
片方で100キロ近い超重量装備だ。こんなもん年頃の女子の装備じゃねーぞ。
「待った。中止だマリア」
「へ?」
「旦那ぁ、まさか横取りですかい?」
「ちげーよ。こんなもん装備してたら背骨が折れる。これは外殻となる胴甲冑とレッグアーマーと合わせて使う装備だ。これだけで運用するのは無理だ」
「そう? 全然使えそうだけど?」
片方を装着しただけのマリアが座った状態からバク転を噛ます。身体能力も凄まじいが肉体の把握率が凄まじい。指先どころか髪の毛の先まで神経が通ってそうなくらいの掌握率だ。
「うん、使える。問題ないよ」
「マジかよ。まあ癒しの水薬の用意ならあるから折れたら言えよ」
「おっけーおっけー。いい装備だ、ありがとナシェカ!」
「うぇーい。ところで本日のランチは?」
「パエリア」
「雑じゃね?」
そう思うなら作ってくれよ。なんで女子が二人もいて誰も手伝ってくれないんだよ。
「手間のかかるもん仕込むほどの時間もねえからな。準備してたら昼休みが終わっちまうよ」
パエリアが炊きあがった。ほんらいは魚介の出汁で炊いた米を香辛料で味付けするイエローライスだが香辛料ではなく果実を用いた。実験作だが不思議といける気がしている。ここに作ったばかりの生姜焼きをぶちこんで混ぜる。
「ほれ、クロード味見」
「うん。……爽やかなフルーツの甘味と辛めの肉が混然一体としている。なんだろうな、本当になんて言えばいいんだろうか、とにかく口にしたことのない不思議な味だ」
「会長ぉ、不味いなら素直に不味いって言っていいんすよ?」
「不味くはない。むしろ旨い、噛めば噛むほど不思議な旨味が……」
次はアーサーがいく。
「いけるね。これダージェイルのサボテンオイルだろ」
「一発で見抜くとはさすがだな」
「姉上が気に入ってよく取り寄せていたからね」
そしてようやくスプーンを手に取る女子どもである。男子を実験台にしたか。正直者すぎる。
「おおっ、懐かしい味」
「不思議な味だあ。こんな味懐かしくも何とも……本当に噛むと不思議な旨味が出てくるね」
「つかお前出身どこだよ」
「ダージェイルだよ」
ダージェイル大陸出身の女が学院にいる不思議。そんなこと言ったらアノンテン生まれのアーサー君もいるし不思議ってほどじゃねえか。
クロードが会話に交ざる。
「ダージェイルか。フェニキアなら行ったことあるけどこれは食べなかったな。どこら辺の料理なんだ?」
「いやフェニキアだけど」
「というよりも大砂海全域だろう。高級品だから出回ったとしてもアルステルムとかになるんじゃないか」
「アルステルムにも行ったのだが……」
クロードよ、お前の旅が不毛だったのはわかったよ。
詳しく聞くにアシェラ神殿の新年の大鑑定会に行ったらしい。こんなド田舎にもあっちに行く人けっこういるんだな。
話題に入れないマリアが言う。
「ダージェイルってどこなん?」
「あー、西の方の大陸。待て待て、地図で説明しよう」
ステルスコートから世界地図を取り出す。
未だに人界に含まれない謎の大陸と謎の島が無数に書き込まれているティト地図だ。
「うちの国っつーか帝都がここな。で、ダージェイル大陸がここ。フェニキアはこのダージェイルの角って呼ばれてるところだ」
「おー、遠そう」
「実際遠いよ。客船でも何か月も掛かる」
「みんなそんな遠くに行ったことあるんだ。あたしこの国からも出たことないんだけど……」
「旅行は金が掛かるからな。つかこの稼ぎなら全然いけるけど」
「マジで? じゃあ夏季休暇に夢が膨らむね!」
夏季休暇は二ヵ月だ。ダージェイルは無理があるが今はよしておこう。水を差すだけだ。
そして空気を読むみんななのである。誰が最初に空気を破壊するかのチキンレースが始まっていると感じるのは俺がひねているせいか。
「ダージェイルってどんなとこ?」
「北部は砂漠だな。大砂海って言ってどこまで言っても砂の海だ。南部は密林地帯であちこちに魔境が広がる危険地帯だ」
「楽しかった?」
「う~~~ん」
「あ、この反応は」
「悪い思い出しかないやつだね」
地図をじぃっと見つめていたアーサーが一点を指さす。
「なあ、この地図だがこっちの大陸はなんだ。悪戯書きか?」
「俺も行ったことねえけどアルマ・ハーシエルっていう大陸らしいぞ」
「聞いたこともないんだが……」
「だろうな。天狼諸島以西は前人未踏の領域だ。海の覇者ルーデットもけっこう挑んできたらしいけど帰ってきた人はいないらしい」
「前人未踏か。現代にもまだあるんだな」
「最後のフロンティアだけどな」
アーサーの指が地図を滑っていく。そこは俺も気になっていた。魔大陸アルマ・ハーシエルとドルジアはほぼ陸続きだ。
いわゆる北極と呼ばれる氷の大地の向こうは魔大陸の北岸なんだ。
「此処つながっているんじゃないか?」
「つながっているらしい」
「人界三大魔境である天狼領域を抜けるよりは可能性がありそうだな」
あるよ。実際魔大陸からの侵攻は何度かあったんだ。
ただそいつをアルチザン王家の人間に明かすのはどうなんだろうな。豊国の北岸から船を出せば北極まで数日だ。
俺はまだ覚悟が決まっていない。裏も取れていない真実を口に出す勇気もない。
「寒くて誰も通れない経路だって聞くぜ。それとこの地図を書いたやつの嘘かもしれないしやめとこう。それより攻略会議だ」
攻略会議を告げるアコーディオンの音色。演奏者はとうぜん俺だ。
「じゃあ第一回次元迷宮遠征会議~~~! ぱふぱふ!」
期間はとりあえず三日間。これを想定してアイテムと食料を持ち込む。異常があれば適宜判断して撤退。安全第一。
ドロップアイテムは全部無視。三日かけて進めるところまでステージを押し上げる。
これが事前に何となくしゃべってる間に決まった内容だ。そして今からやるのが粗探し。
一番に発言するのがクロードだ。きっと生徒会会長としての義務感が後輩を導かなきゃ的な何かだ。
「とりあえず三日とは決めたがどういう基準なんだ。時計で72時間が経ったら出るのか?」
「いや三日って適当に言っただけなんで必ず三日で出る理由もないっていうかぁ~」
「おう、とりあえず食い物がなくなったら次のドロップ品を拾って出る感じでよくね」
「そうだね、そうしよう」
帰還条件決定。
次はマリアが手を上げる。すっかり女学生らしくなってるな。
「はいはーい、群れの相手はやめて大物仕留めるのがいいと思う。そっちの方が早いし」
「そういや最近は群れとばっか戦ってたな。そろそろ大物も強くなってそうだし、とりあえず試しに一回大物に挑んでみよう。充分戦えそうなら大物路線。厳しそうなら群れをチーム戦で倒す。これでどうだ?」
「いんじゃね?」
「S級冒険者の意見は尊重するつもりだ」
「慎重な意見だしいいと思うな」
反論なし。討伐路線決定。
次はナシェカが意見する。
「三日の遠征って決めたけどドロップ品が良さそうでも絶対に取らない感じ? どんなアイテムでも涙を呑んで先に進むのか、欲しかったら相談の上で柔軟に判断してアイテムを選ぶか。これ一応決めとこうよ」
「基本的には前者でいきたいが本当に欲しい物が出たら相談もしたいところだな」
「気合いを入れて遠征に出て一発目で帰るのはメンタル的に問題があるな。僕は涙を呑んでも進む方を選びたいね」
「アーサー君ッ、読書したい心が漏れてるよ!」
「バレたか」
マリアのつっこみにハニカム彼である。すごい。みんながすごいいい雰囲気だ。一つのチームが生まれつつあるな。
このいい流れにクロードが続く。
「本音はともかくアーサーの意見は正しい。せっかくの遠征だ、目先の利益よりも己を成長させたい気持ちを胸に前に進み続けよう」
アイテムよりも前進を優先。これが決定。
そしてもう一度挙手するマリアはさすがだ。やる気が手に溢れている。
「もう決めたことではあるけど三日じゃなくて一週間にしない?」
「もうダメだこのベルゼルガー」
「やる気が溢れすぎている! 誰かマリアを精神病棟に閉じ込めてくれ!」
「マリア君ッ、落ち着いて聞いてくれ君は心を病んでいるんだ!」
「≪癒しを司るアルテナの白き御手を此処に 再生の枝オーベルジュを彼の者の胸に あぁ我らの祈りよ届け、その慈悲を請うて我らは我らを試す時 邪悪なるちからよ退け≫」
アーサーの高位階の癒しの奇跡でも治せないマリアのダンジョン狂い。迷宮奴隷の過去が彼女を蝕んでいるんだ。
命懸けのバトルって脳内麻薬バシャバシャ出るから依存症になりやすいんだよね。これはマジな話だ。冗談じゃなくて本気でバトルジャンキーは存在するんだ。
世の冒険者がギャンブル好きなのは町でもバトルの快感を手に入れようとするからなんだ。カジノ狂いのダンジョン狂いか。……後は酒に酔って彼氏に暴力を振るうようになれば役満だな。
「でっでもさ、毎日ダンジョンに潜ってるみんなも充分におかしいんだよ!?」
「?」
「いや俺達はきちんと学院に通っているから」
「うん、節度ある攻略を心掛けてるよな」
アーサー。俺。クロードの順に頷く。俺らはダンジョン狂いではない。一緒にすんなって顔でだ。
ナシェカだけがなぜか引いてる。
「これが依存症患者かあ……」
「こいつらもそのうち一週間くらいの遠征平気でやるようになるよね」
何故か女性陣に憐れまれているのだが俺らは無視した。
だって平常だもん。
◇◇◇◇◇◇
次元迷宮遠征開始から27時間が経過した。
ステージは94まで進み。敵は巨大なトロールの大戦士だ。トロールの原生種はジャイアントだ。だがこいつは並みの巨人どころではない。神話に登場するギガントの威容を誇る。
「マリアぁあああ! 抑えてろッ、私が決める!」
「馬鹿っ、迂闊に出てくんな!」
トロールの大剣が雷撃のように宙を薙ぐ。空を踏むナシェカを突き飛ばしてカバーリングに入った俺の腕が八メートルの黒鋼の塊と衝突。くっ、折られた……!
吹き飛ばされつつも空を踏んで態勢を整える。
その間に戦場は混沌を極めた。音速で動き回るトロールが必殺の威力を秘めた大剣を振り回しての大立ち回りだ。強いなんてもんじゃない。神話の兵隊並みの戦闘能力だ。
「スタン四秒後。誤って食らったやつは勘で退避しろ!」
スタングレネード四発をトロールめがけて投擲する。気づかれた!
トロールの圧殺の魔眼が明滅する。スタングレネードが瞬時に圧し潰れ―――だが目を潰す閃光と聴覚を破壊する爆音を解き放った。
思わず口笛が出たぜ。誰だか知らんがスタングレネードを考えたやつは天才だ。この領域の巨人種にも効果があるか!
だがトロールの全身にまとわりつく暗黒のオーラが膨れ上がる。オーラによる触覚診断で敵の位置を探ろうってわけだ。これ念能力でいうと円なんだ。
「この好機を逃すか、俺が殺るっ、手を出すな!」
スキル・エクリプス発動。紋章術式任意選択、解放。
「神器召喚! メガロ・ディノマキアぁああああああ!」
召喚した全長120メートル超の位階の大剣を強化筋力で投擲する。
足の止まったトロールの大戦士をぶち抜いて空白のバトルフィールドに縫い留め―――
「いや、決まったか……」
トロールの大戦士が光になって消えていく。戦闘終了だ。
ふぅー、くっそ強かったんでビビったぜ。右腕は折れてるな。とりあえずミドルポーションを呑んでみる。効果がなかったらアルテナの神具を試してみよう。
ナシェカが駆け寄ってきた。
「旦那ぁだいじょうぶ!?」
「平気だ。兵器を使う姿を見たろ?」
「頭が大丈夫じゃなかった」
「頭は元々こんなんだよ、悪かったな!」
笑いでバトル後の緊張を解こうってか、やるじゃねーか。
本気だったら後でこっそり泣くぞ。
戦場を見渡してみる。誰も彼もがボロボロで呼吸を乱して膝をついてしゃがみ込んでいる。次元迷宮が本気出してきたって感じの一戦だった。
スタミナポーション配布部隊の出番だ。俺とナシェカで手分けして渡していく。こいつマジで体力だけは無尽蔵だな。
まずはアーサーに渡す。クソでかファイヤーボールの直撃を喰らったにしてはマシだが、あちこちから煙が出ている。まあ火のアルチザン家というくらいだ。元々強い耐性があるんだろ。
「ディスペルカーテンを貫通してくるなんて……」
「古い怪物の使う魔法は魔力効率が悪い分ディスペルは効きが悪いんだ。俺らの使う魔力効率の極めていい術式にとっては天敵になるがディスペルってのはそういう術でしかないんだよ」
簡単な話だ。2000の魔力を込めて2000のダメージを実現する怪物の魔法と、200の魔力を込めて2000ダメージを与える俺らの魔法。どっちがより多く術者の意思を込めてるかって話だ。
ディスペルは魔法を打ち消す命令を与えた魔法だ。200の魔力で2000の魔力に敵うわけがない。所詮マンマッチ用の技だ。強い怪物の魔法には効かないんだよ。
ついでに言うとアシェラの鑑定師が最強の魔導師と呼ばれる理由もこれだ。あいつらはどれだけのちからを使えばディスペルできるかが視えるから強い。2000の魔力を2001の魔力で相殺できる鑑定眼を持っているからだ。
「アーサー、お前は同世代の中じゃかなり強い方だけど実戦経験が少ない。遊び気分だとこの先についていけないぞ」
「耳に痛いな……」
やや落ち込んでいる空気が出ているがフォローは苦手だ。あとでマリアを派遣しよう。
クロードが近寄ってきた。装備の鎧が完全に剥がれてワイシャツが見えてるこいつは右腕に尋常ではない傷を負っている。ハイポーションが必要だ。
「ポーションだろ、今用意する」
「それもあるが休憩を提案しにきた」
「当然だな。少し休憩したらメシにしよう、それから仮眠で様子を見よう」
「冷静な判断で助かる。見張りには俺が付く」
「俺に任せて転がってろよ」
「いいのか?」
「こんなもん慣れっこだ。S級冒険者様だぞ」
「ったく、こういうところに差があるよな。助かる」
苦笑したクロードがポーションを呑んでからこの場で寝転がる。とっくに限界だったようだ。
女子二人も一緒に座り込んでダベってる。ちょっと離れているがフォローできる距離だ。俺も休憩に入ろう。
座りながらも神経を周囲に広げて気を配る。
意識をカーテンのようにふんわりと広げて知覚を拡張する。意識とはいったが正確に表現すると俺の魔力だ。性質のちがう弱いディスペルカーテンのようなものだ。
二時間かそこいらが経ち、そろそろメシでも作ろうと立ち上がる。立ち上がったのは見張りをナシェカと交代してもらうためだ。
その瞬間だ。クロードとアーサーに背を向けた瞬間に背後から特大の嫌な感じがした。
空間が割れる。ガラスみたいに砕け散った空間の向こうからおぞましい怪物が出てきて、一瞬でクロードをさらっていった。ガブられてる!?
「ぐああああ!」
「クロード!」
なんだあの怪物。見た事ないぞ。
全身が墨汁でできたみたいな真っ黒なエイリアンみたいな怪物がクロードを噛みながら空中へと舞い上がっていく。……見たことがない?
いや、見たことはある。似たような怪物を見たことがある気がする。
どこでだ? どこで見た?
マリアが叫ぶ。
「あいつだっ、イレギュラーエンカウント!」
「安全地帯にも出るのかよ!」
油断した。油断していないつもりが油断した。勝手に安全地帯だと思い込んでてここまで襲われなかったもんだから油断していたチクショウめ!
あいつは以前レグルス・イースと戦った時にクソジジイが使役していたプレーンズ・ウォーカーだ!
やべえ、今の俺じゃ勝ち目が……
「なんて言ってる場合かああ!」
バトルフィールドをちからの限り蹴って大ジャンプ。空へと上がって安全なゾーンで捕食しようとしているプレーンズ・ウォーカーの横っ腹に大戦斧を叩きつける。
戦艦砲が着弾したみたいに怪物の腹を爆発したが攻撃した俺だからわかる。大したダメージは入ってない。
凝縮した闘気を拳に込めて殴りつける。だが怪物は俺を無視して空へ空へとあがっていく。理解した瞬間に背筋がぶるりときた。このフィールドから出ていくつもりだ……!
誰も邪魔のできない次元の狭間に戻ってクロードをゆっくりと食べるつもりだ。
「誰でもいい、あの怪物を止めろ! 止めろぉおおお!」
「血統呪―――射出」
アーサーの流血する右腕から伸びる五つの血の鎖がプレーンズ・ウォーカーを貫き、その場に固定する。
急上昇する怪物をアーサー一人の体重で止められるとは思えない。その場に縫い留めるという効果付きの呪詛なのか?
「リリウス、今のうちに会長を確保しろ!」
「おっしゃああ!」
怪物の下顎を大戦斧で切り裂く。このタイミングで動いたクロードが怪物の口から飛び出してきて煙幕代わりに光爆魔法を連打している。
獲物を奪われたにも関わらずプレーンズ・ウォーカーが取り戻しに来ない。ぎしぎしと嫌な音を立てながら身をよじっている。アーサーの用いる呪いの効果が観察してもわからない。
アーサーが聖銀剣を構える。エクスカリバーでも放ちそうだ。
「≪アルチザンの火よ灯れ≫」
流血する右腕から垂れた足元の血液が炎となって聖銀剣へとまとわりつく。
「≪この身に流れる血潮を妄執へと転じて伝説を謳え≫」
炎の中で聖銀剣が溶けていく
どろどろに溶解して一個のボールになっても炎は聖銀弾を離さない。
「≪我が名はアーサー=アルトリウス・アルチザン! さあ今こそ伝説を謳うぞ、竜殺しこそが我らが原点! 火竜さえも滅するアルチザンの火は何者をも滅するのだ! ファイアドラゴンスレイヤー!≫」
炎の聖銀弾が地から放たれ、空にありながら身動きを禁じられた怪物を焼く。
おおお…おおおぉぉぉぉぉぉ……一発で倒すのかよ。
ようやく着地した俺とクロードは頭上の炎の猛りから目を離せなかった。女子もそんな感じだと思う。
これが全力のアルチザン家の血統魔法なのか。威力えげつなすぎて言葉も出ない。人一人に与えていいちからの範疇を超えてんだろ。
青イエティなのに属性は火。メンカラー制度に喧嘩を売ってるな。帰ったら髪を染めてやろう。赤モッチョと赤イエティでコンビ結成だ。……おぅ錯乱してるぜ。
現場ではクロードと青イエティがハグしてる。みんなアーサーに飛びついてる。本日のMVPに決定打だ。
「助かった! 今のは本当に死んだかと思った。ありがとうアーサー君!」
「会長殿の感謝を受け取ろう。間に合ってよかったよ、イレギュラーエンカウントの話は聞いていたが油断していた」
「すまん、俺も油断していた。勝手に安全地帯とか決めて形ばかりの見張りを立てて対策できていた気になっていた。まさかあんなに強いとは思ってなかったよ」
「そこはあたしもごめんなんだ。前に出てきたやつはあそこまでヤバくなかったから……」
「みんなで謝ってら。でも本当に私も油断があったかも。この面子でも追い詰められるとは考えてなかったよ」
場に安堵感が満ちる。
みんなから安堵の吐息が漏れるのはみんな理解しているからだ。本当に危険だった。アーサー君の血統魔法が間に合わなかったらクロードが死んでいた。
やはり迷宮は迷宮だ。ルールを敷きルールに従っていると見せかけて、必殺のタイミングでルールを破り狡猾に狩りに来る。
思わず床を蹴っちまったぜ。
「何が迷宮キャンパーだ。わりぃ、俺がしっかりしなきゃいけないのに意見しなかった俺の怠慢だ」
「責任の押し付け合いは時間の無駄だ」
「だが」
反論するとアーサー君が冷たい目で俺の胸を突き飛ばしてきた。
「因果を辿れば矛先は万人に向くぞ。キャンプを提案した僕が悪い。誘われた時についてきたクロードが悪い。リリウスを招いたナシェカとマリアが悪い。マリアに迷宮を紹介したナシェカが悪い。どれにするつもりだ? 誰が悪ければ満足だ?」
「俺が悪いよ」
「論旨を理解できない頭ではないだろ。反省があるなら次で取り返せ。……あまりきついことを言わせるな、言う方もきついんだ」
「だな、アーサー君のキャラじゃねえよな。すまんイイワケはここまでにする」
「そうしてくれ」
アーサー君が全員へと振り返る。まるでリーダーだ。
彼は控えめな男だがやるべき時が来ればその役目を負うのに躊躇わない男なんだ。
「遠征は中止だ、反省会がしたければ出てからにしろ、いいな?」
アーサー君がバトルフィールドの中央に鎮座する大きな魔石へと向けて歩き出した。異論なんてあるわけがない。次元迷宮の難度を見誤っていた。遠征は中止だ。
アーサー君が歩き出して、初めてその存在を思い出した魔石に目を留めて、ようやく気づいた。
あの辺りの空間がブレている。
空間系術者である俺にしか気づけないような小さな空間歪曲現象が起きている。
「アーサー止まれ!」
「遅い」
獣の爪のような魔力刃がアーサーを打つ!
と見えたが華麗にターンして回避。からのバックステップでこっちまで下がってきた。さすがすぎる。
魔石の手前の空間が裂けて向こうからエロ賢者が現れた。文にすると緊迫感の欠片もない。だがエロ賢者はしかめっ面を浮かべてかなり不機嫌そうだ。
「ナシェカ、これはどういう事だ? どうしてリリウスめがここにいる?」
「ごめーん」
ナシェカが手を合わせてごめんのポーズしてる。
話が読めないようで読めそうだ。まあ続きを聞いてみよう。
「リリウス君よ、以前警告したと思ったんだがどういう事だ?」
「うちの家訓は脅迫されたら斬り倒せなんだよ」
「ちからだけはあるクズは厄介だな。大人しく俺の手のひらで踊っていればいいものを……」
ガイゼリックがタクトを振るう。
すると空間亀裂が広がって内部から首輪を嵌められた怪物どもがぞろぞろ出てきた。神話のギガントのごとく巨大なトロールに装備の統一された強そうなゴブリン、眼に知性を宿したオーク。
まるで魔王の軍勢だ。モンスターなんかじゃない。軍隊として整然と立つ魔の兵隊どもだ。
ならば魔の軍勢を率いる男は魔王と呼ぶべきか。
魔王ガイゼリックが魔法力を解放する。超絶の魔法力の中でアーサーの、クロードの、マリアの震えている姿が見えた。……そうか、ナシェカはそっち側ってわけだ。
「さあ仕置きの時間だ。口で言ってもわからんクズには痛い目に遭ってもらうぞ」
「やってみろよ」
しかしどういうテンションで戦えばいいのだろうか?
手強いのはわかってるんだが相手がエロ賢者なんだよな……




