肖像は遠く時の彼方に
聖イスカリオテというと聖人なのかと勘違いが広まりそうな性のイスカリオテは要所要所でシモネタをぶちこんでくるセクハラ野郎だ。ちなみに女子の間ではキモ眼鏡デブと呼ばれている。
昼休みもそろそろ終わろうとしているB組の教室でアーサーがいつものように読書をしていると、こんな会話が聞こえてきた。
なぜかいつも窓側を陣取ってるイスカリオテとエロ仲間たちが風だけでは足りずに手で自分を扇ぎながら……
「暑い暑い。もうすっかり夏ですなあ。しかし小生まだ今年はあれを拝んでおらんのですよ」
「聖者氏。いったい何を拝んどらんっち?」
「マンすじ」
「んんッッ……!」
この瞬間、教室の隅でカメラを拭き拭きしてたガイゼリックが噴き出した。イスカリオテのエロ特攻スペルはガイゼリックの弱点だ。もちろん笑いのツボの話だ。
けほけほ咽てるガイゼリックが秘蔵のおたから写真を懐から取り出す。この場で売るつもりか?
「ここに昨日入手したばかりの―――」
「いやいや賢者殿、この目で見るからこそ季節を感じるんですわ。例え目撃後に何の展開もなかろうとこの目で拝んでこその夏の風物詩なんですわ」
その瞬間B組のあちこちから「サイテー」「キモい」「死ねよ」って聞こえてきたけどエロ男子は無視した。必殺の聞こえなかったフリだ。
そしてガイゼリックがしきりに頷いている。
「賛同しかない」
「でっしゃろ。昨年はラタトナ・リゾートでフィーバーしとりましたが今年は帝都から出られんでしょうな、そもそもラタトナは遠すぎる」
「グリフォンくらい貸してやってもいいぞ」
「いやいやそういう話ではないんですわ賢者殿。わては学院の女子のを拝みたいっちゅーとるんっすわ」
「むっ、しかし……」
「左様、学院にはプール的な設備はありゃしません。……現状はですが。時に話は変わりますが水練の必要性についてはどう思われますかな?」
エロ聖者が水泳の必要性について語りだす。
城攻めに遭った時に掘りから逃げ出すのに必要だとか増水した河川を渡る時に必要とかそれっぽい要素を並べ立てる。
「賢者殿の活動も在った方が捗るのでは?」
「ふむ、その方向からのアプローチか。ようやく話が見えてきたが可能なのか?」
「どうでっしゃろ。難しいでしょうなあ。アーサー氏アーサー氏、どう思われます?」
なぜか矛先がアーサーに向いてきた。
全然話を聞いてなかったアーサーが軽く話を聞き直してから私見を述べる。
「私的な事情で学院を動かそうというのはどうなんだ?」
「いやいや偶々なんですわ偶々。女子の水着を拝みたいわてらの事情と水泳の重要視する学院の思惑が偶々一致してしまうだけなんですわ。まっ学院にはこれから水練の重要性を説くのですがな。アーサー氏は女子の水着に興味は?」
「別に」
「アーサー君は二次元女子にしか興味がない男だ、仕方がない」
「モテそうなのに残念なお人ですなあ。わてがアーサー氏の容姿ならそりゃあもう大暴れしてますんに」
エロ賢者が断定し、エロ聖者がもったいながる。
どうやらアーサーをエロ男子勢に引き込みたい的な思惑があるらしい。エロに興味のない美少年にエロの素晴らしさを布教したいとかいうクソどうでもいい思惑だ。
彼らはエロスを愛している。そして語り合う仲間は多い方がいいと考えている。もはやエロス教団だ。
「アーサー氏、学院側にこの要求を通そうと思えば氏ならどうします?」
「天の声が必要だな。まずは天を動かすことだ。学院の今年度予算がどの程度かは知らないけどまっとうな組織なら優先度の高さで予算を振り分ける。プールの建築など大した額ではないだろうが予算を振る必要性があると学院の上役に認識させねばならない」
「まずは上を落とせと」
「うん、僕ならまずはドロア学院長か帝国騎士団長に話を持っていくよ。ただ書類上の上位組織である騎士団の意向に素直に従うかはわからないな。そこはどうなんだい、意固地になったりしないのなら騎士団から要求してもらうのが一番なんだが」
「なるほどですなあ……」
「うう~~む、さすがは豊国の王子であるな……」
聖者と賢者が困惑してる。プール建設の金額が大したことねえとか軍部のトップに話をつけろとかトンデモねえ無茶を言い出したからだ。
西方五大国の王族の意見だ。スケールがおかしい。やっぱりアルチザン王家の人間なんだなあと遠い目になる二人であった。
「小生まずは署名活動かな~なんて思っていたのを恥じる想いですわ」
「微笑ましい案だが時間の無駄じゃないか?」
ばっさりだ。ばっさり却下された。隠れ毒舌なのだ。
美しい芸術品系美少年がどうして引かれているのかもわからず首をひねっている。
「きっと悪気はないんでしょうなあ」
「驚くべきことにないのだろうな……」
このあとガイゼリックとイスカリオテは学院長の説得に動いたが失敗。
学生新聞部と学生有志の会でプール建設のために署名活動をする姿が散見されるようになる。
これはエロプール建設のために尽力する男たちの熱き物語なのである。
みんなと相談しながらエロプールの設計図を考えるガイゼリックは本当に楽しそうにしているが、彼はまだ知らない。
警告したはずの馬鹿が警告を忘れて余計なマネをしている事実を知らないのである。
◇◇◇◇◇◇
フィルム現像用の暗室に賢者の怒声が響く。
「くそっ、頭の固い教員どもめ。どうしてプールの重要性を理解できん!」
憤慨するガイゼリックだが教員たちの気持ちも考えてほしい。
盗撮魔がプールを作りたいって言い出したら警戒するのは当然ではないだろうか? 日頃の行いのせいで信用がないだけではないだろうか?
ちなみにこのエロ賢者は職員には要注意人物として周知されている。マークしているのに中々尻尾を出さない問題児だと認識されているのだ。実際教員サイドの画策した摘発を何度も逃れているから手強い少年だと思われているのだ。
「建設費をこちらで持つと言っても乗ってこないとはな。無能どもめはそんなに俺の足を引っ張りたいか!」
重ねて言うが警戒されているせいだ。
ガイゼリックは普段からの己の行いを顧みて優等生のフリでもするべきなのである。ちなみに生徒会から上申してもらおうと思って計画書を持っていったが却下された。理由はやはり警戒だ。盗撮魔だからだ。
一人で勝手に怒鳴り散らしていたガイゼリックだがノックの音が聞こえると同時に落ち着きを取り戻す。
「……未熟な。この程度で激高するとは俺もまだまだだな」
ノックに応じるために暗室の扉を開ける。
そこには古代のアイドルを模した麗しい姿の黒髪の乙女が立っていた。
「おおっ我がミューズよ、今日も一段と美しいな」
「本当にそう思ってるのなら手加減してくれない?」
「社交辞令に決まっておろうが。さあ入れ、進捗を聞きたい」
暗室に招き入れたナシェカが体内から複数の魔石やアイテムを取り出して机に並べていく。
次元迷宮で入手したブツはガイゼリックに買い取ってもらう契約になっているからだ。
「現在73ステージ。マリアは順調に強くなってまーす」
「……? 随分と早いな? いやさすがは我が聖女殿だ、敵を与えれば凄まじい速度で成長していく。50s辺りでモタつくと考えていたが想像以上の働きだ」
「へいへい。で、こいつら幾らで買ってくれる?」
「これを」
ガイゼリックが1000枚の金貨の入った革袋と200枚の金貨の入った革袋を用意した。
それだけではなく聖銀のグラップラーフィストも用意されている。腕全体を覆う聖銀の腕甲冑に、肩の部分に頑丈な盾を装着したこの装備は重装甲騎兵が用いる物だ。しかも純聖銀製。重量や肩の可動域に問題があり歩兵に使わせる装備ではない。
「君への報酬はこちらの大袋だ。聖女殿には二百枚の金貨と何か適当な理由をつけてこの装備を渡してくれ」
「へいへーい。適当な理由?」
「現金が用意できなかったから中古品を貰ってきたとでも言えばいいさ。可能なら脚甲もあったと次回の購入を勧めてほしい」
「……本当にさ、何を企んでるわけ?」
「もうじき嵐が来るのだ。それまでに可能な限り強化せねばならないのだ」
「つまんない返事。マリアを強化して何をやらせるつもりかって聞いたんだけど?」
「俺にはできなかったことをだ」
ナシェカがため息をつく。
「わかった。答えるつもりはないってわけだ」
「口にしたとて理解するとは考えていない。言葉の裏を読み事の真贋を疑い情報を多角的に集めてようやく信じるような面倒な女を言葉だけで説得できるとは考えていない。……俺と聖女殿は奇しくも同じ運命を持つ者なのだよ」
「? 王とか言うやつ?」
「……戯言を言ったな。気にするな、どうせお前には信じられない」
「せめて信じさせる努力くらいしてくれてもいいじゃん」
どん!
ガイゼリックが壁を叩いた。ちょっとびっくりしたナシェカが口を開こうとするが……
「無作法をしたな。もういい、行け」
「感じわるー」
ナシェカが暗室から出ていく。乱暴に閉じられた扉が軋み、室内に埃が舞った。
ガイゼリックは壁を叩いた。非力な腕で何度も叩いた。
「何度も話したさ。何度も助力を求めたさ。何度も失敗してきたんだ、この繰り返す時間の輪を進めるために何度も! 何度繰り返しても俺には……」
ガイゼリックの眼に涙が浮かぶ。
この女々しさを振り払うために目元を拭い、それでも溢れ出す想いに膝を取られてしゃがみ込む。
「あぁ母よ、もうあなたの御姿さえも思い出せない……」
賢者とて時には膝を折ることもある。
ガイゼリックが立ち上がるにはしばらくの時間が必要になる。




