運命に選ばれた戦士たち③ 脅迫されていた事実を忘れているリリウス
44ステージの群れは唐突と言ってもいいくらい格段に強かった。
小鬼グラディエーターの小隊だ。黒鋼の鎧、ダマスカスの曲刀、魔獣革の円盾で装備を統一するこいつらは騎士団の精鋭小隊並みの練度だ。
脅威的なのは干渉結界を用いてこちらの魔法を封じ、全距離から適切な攻撃をしてくる。
唐突に強くなったなーと思いつつ適当に相手しとく。
アーサー君は四体を引きつけて相手をしながら倒す隙を窺っている。優等生な剣術と立ち回りで被弾せずに盾でうまく裁いている。数の不利があるせいで中々攻撃に移れない感じだ。
ナシェカはそんなアーサー君に群がる小鬼をトンビみたいに一体ずつ掻っさらってる。素早く背後に近寄って鎧のネックガードと兜の隙間に刃を差し込んで離脱する。
ただ囲まれると不味いと考えたらしい。三体を倒した頃から小鬼側が警戒していて乱入できなくなり、別の浮いているやつを狩ろうと立ち回っている。やや臆病すぎるのが気になるな。あいつのちからならこんな連中に囲まれても問題なく切り抜けられると思うのに。
マリアはただただ強い。高位階の小鬼剣闘士でも一対一なら瞬く間に切り伏せる。囲まれそうになると走って別の小鬼へと襲い掛かる。戦場を駆け抜ける暴走戦車って感じだ。
うん、ちょっと数を減らしてやろう。
兵を率いて方陣を組む小鬼指揮官の眼前に着地し、手刀で首を落としていく。七体を仕留める。奴らが小指一つ動かす暇も与えない。
「残りはいけるな? 援護が欲しいやつは言えよ!」
「旦那ぁ、ヘルプヘルプ!」
弱音吐くの早いんだよ。実力的にはエース級なのにヘタレかよ。
三体に囲まれてじりじりと距離を詰められていたナシェカ救出に動く。チョップ三発で首を落とすだけの簡単な仕事だ。
「助かったぁ、今のはポイント高いぞ」
「うるせえ。一発も食らわない縛りでもしてんのかよ」
「あははは、ナシェカちゃんの耐久力はとっくにレッドゲージでしてぇ~」
「お前見てると昔の俺を見てるみたいでもどかしいんだよ。癒しの妙薬の用意ならある。もっとギリギリまで自分を追いこめよ」
愛想笑いを返された。理由があんのか知らんが臆病は中々治らないから荒療治が必要かもしれない。
当初は30体だった小鬼剣闘士の数が10体を割った。その瞬間に戦況がこちらに傾く。
「あと少しだ、攻勢をかけるよ!」
マリアの号令を聞いた瞬間に不思議と体が軽くなる。暴れたい気分になったのでアーサー君と合わせて小鬼を蹴散らしていく。俺が前衛で体を張ることで彼の高い攻撃性能が真価を発揮するってわけだ。
最後の一体はマリアが切り伏せる。小鬼が曲刀を振るった瞬間に手首を切り落とし、身を退いた瞬間に一足で間合いを詰め、真正面から刃を首へと突き入れて、死体を蹴飛ばして完了だ。隠れ剣豪のあだ名に相応しい見事な立ち回りだ。背高人剣闘士かな?
「休憩だー、誰がなんと言おうとあたしは寝る!」
「ナシェカちゃんの膝が空いてるよ。ワンアワー銀貨一枚ね」
「ぼったくりだー、マケろー」
「超安いって。ウェルキンなら泣いて金を出すと思うし」
「そう考えたら安い気がしてきたけどあたしウェルキンじゃないしぃ~」
と言いつつ膝枕してもらってる。いや膝に飛びついてスカートの中に頭を突っ込んでる。JKリフレかな? あれを男子がやったら逮捕されるぜ。
「はぅ~~落ち着く~」
「そこで落ち着かれる私の気持ちは複雑だよ。それで旦那はどうして銀貨を用意してるの? 予約するの?」
「はっ、俺は……何をしているんだ……?」
恐ろしいことに手が勝手に小銭を摘まんでいた。
「やるぞナシェカ、その行為はマリアだけの特権じゃないはずだ!」
「なんだその不自然なポーズは。誰も元ネタのわからないフリはよしなよ」
だろうな。ガ〇ダムだし。
何も疲れてないけどそこらに座って休憩する。アーサー君はとっくに座ってる。さすがに息があがっている。汗の滴る姿は芸術品です。
「あれがゴブリンだって? 僕の知っているゴブリンとはあまりにもちがいすぎるな」
「たかがゴブリンされどゴブリンという冒険者の格言があるぜ。意味はゴブリンったって甘くみるとやべーぞってやつだ」
「実感した。成長度の高い個体はここまで強いのか……」
戸惑いはわかる。ゴブリンなんて普通は訓練を積んだ騎士階級の敵ではない。村の腕自慢の兄ちゃんたちでも倒せる程度の敵なんだ。なぜならそこいらをほっつき歩いてるゴブリンは文化も知恵も失った身一つの放浪ゴブリンだからだ。
ゴブリンは魔境なんかにも存在する。狩猟民族化して村落を形成したゴブリンの脅威度はかなり高くて冒険者でもC級パーティーからの討伐が推奨されている。
「種を明かすとゴブリンは本来トールマンより強い種族なんだよ。種族特徴で言えばトールマンが勝っているのは魔法力と寿命くらいのものだ」
「そうなのか?」
「そうなのさ。だからトールマンは昔から徹底的にゴブリンを狩ってきた。狩りつくさないといけない強力な敵だったからだ。オークも同じ理由だ。基本性能の段階で俺らはこいつらに負けているってわけだ」
英知の殿堂アシェラ神殿によると種族評価はこんな感じになる。
トールマン
身体能力E 魔法能力D 知能D 寿命C
種族特性は投擲。
総合評価D+
ゴブリン
身体能力D 魔法能力F 知能B 寿命D
種族特性は環境適応。
総合評価C-
オーク
身体能力C 魔法能力D 知能D 寿命C
種族特性は肉体再生。
総合評価C-
フェザーテイル
身体能力C 魔法能力B 知能B 寿命B
種族特性はトロン親和性
総合評価B
ゴブリンは知能がBランクなんだよ。フェザーテイルなんかと同格なんだよ。あいつらに文化を与えると危険だってのは背高人の本能に刻まれてるから国も金を払って根絶を推奨してるんだよ。
改めて格付けで見るとトールマン種のキャラクタークリエイトで選ばれない感がすごいな。どうして人界の三覇者にまで上り詰めたのか不思議でならない数値だ。
「面白いな、そういう知識はどこで仕入れたんだ?」
「元アシェラ信徒のコパ先生からだ。おしゃべり大好きだから何でもしゃべってくれるぜ」
「面白いね。どこにいるんだい、紹介してくれないか?」
うちの学院におりますがな。
休憩がてらのおしゃべり中に空白のバトルフィールドの中央に視線を向ける。そこにカンテラが一個だけある。ドロップしたマジックアイテムのようだ。
ランタン系のマジックアイテムには夢がある。冒険者の常識だ。こういう品を買うのは貴族階級だからだ。
有名なところでは『香しき夜明かり』というランタンがあって安心できる心地よい香りがし、術者が眠りにつくと明かりが自然と消え去る。ただそれだけのランタンだ。
しかしそれだけのランタンが金貨千枚級のお宝なんだよ。オークションで出てくればまず金貨800枚以下では買えないという有名な寝具なんだ。出土場所は主に古いドワーフの集落跡地。冒険者には夢があるっていう話だな。
なぜこんな高値が付くかっていうと分解しても術式を解明できないのだそうな。
だから量産ができず出土すると貴族が高値で買っていくんだってさ。シシリーから聞いたわ。
「あれ高く売れると思うぜ。今日のところはもうお開きにしないか?」
「うううぅぅぅ不完全燃焼な気もするけど疲れたし賛成かも?」
「どっちなんだよマリアー」
「どっちでもいい」
「私はどっちでもいい。アーサー様はどう?」
「助力者の立場で主張をするつもりはないよ。どうだリリウス、僕の働きは店を紹介するに値したか?」
「そりゃあもう」
「じゃあ無効票1、投票なし2、退避1で退避に決定だね」
本日の次元迷宮の攻略はここまでとなった。
ランタンを手に取った瞬間に風景が谷底に書き換えられる。三人とも近くにいる。……戻れたか。ビビりすぎていたのかもしれない。
悪癖というものは中々抜けないな。そう反省しながら谷底を走って坂道を駆け上がり―――
ようやくたどり着いた南の森の断崖から見える青空は太陽がそれほど高くはない。違和感がある。すぐに懐中時計を確認する。時間は11時半。昼手前のはずだ。どういうことだ?
「あー、迷宮内だと時間が経たないんだよ」
「マジ?」
「マジ。いつも時計がずれてるからマジ」
二週間も潜ってたマリアがいうのなら正しいんだろうな。本当に経過しないのか時間の流れが遅れているだけなのかは不明だがどうでもいい範疇だ。無事に戻れることより大事なことはない。
「ってことはまだ朝の七時とか八時とかなのか」
「たぶんね」
「旦那ぁ、よく働いたナシェカちゃんたちにご褒美はないんですかねえ?」
「何が欲しい?」
「「ランチ!」」
ハモった。仲いいなこいつら。
現時刻が何時かはともかく体感時間は昼だ。ランチの時間だ。
「じゃあうちの店に寄って昼食にしよう。アーサー君も来るだろ」
「馳走になる。こちらの味付けは苦手でな……」
このあとランチ食いながらめちゃくちゃ攻略相談会をやった。
ランチの後はアーサー君に貸本屋を紹介する。珍しい文献なんかはないけど近年発行された有名な小説や中央文明圏の新聞なんかを並べてある店だ。
ほら貴族の旅行ってだいたい船旅じゃん。旅行先での暇つぶしに船内の売店でペーパーパックを買うじゃん。読み終わったら処分に困るじゃん。
貸本屋ってのはそういう本を買い取って成り立ってるんだよ。
身分証の必要な会員制。登録料金が銀貨20枚。レンタル時に本の価値に沿った補償金の支払い、これは返却後に戻ってくる。
多少の傷汚れでは何も言われないけど破いちゃったら弁償。補償金が戻ってこないだけの買い取りになる。
こういう商売だ。
経営者が銀狼クリエイト・アソシエーションズってのが気になるが紹介してみた。
別に怒られるようなこともなく普通に喜んでもらえた。クラリスも全巻揃ってたしね。
ホクホク顔で紙袋一杯の本をレンタルしたアーサー君はレンタル期間とか延滞料を理解しているのだろうか? マリアと一緒に説明を受けていたはずなんだが……
ちなみに途中で用事を思い出した的なイイワケをしてマリアとアーサーを二人にしてみた。
今は微笑ましい二人のデートを尾行中だ。
「いい雰囲気だ。微笑ましくてニヤニヤしちまうぜ」
「旦那ぁ、世話焼きババアムーブは嫌われますぜ。いったいどうしてあの二人をくっつけようとするんです?」
理由だと?
「他人の恋路って見てて楽しいじゃん」
「最低な理由だ! 予想していたよりも三十倍クソな理由だったんすね!」
「俺が楽しけりゃいいんだよ」
「クソ野郎すぎるけど正直面白いのだけは否定できない」
「お前も愉悦部に来いよ」
「ナニソノ外道集団。語感から溢れ出すクソ外道臭がやべーっすね」
「健全だよ。自分で殺した男の娘の成長をワイン傾けながら見守ったりする部だ」
「ほっぺの筋肉が強そうな部っすね。ナシェカちゃんそこまでの外道ではないんで遠慮します」
「お前の両親の住所を教えてくれないか?」
「このタイミングで聞かれると展開見えちゃうんで。やめてもらえます?」
なおマリアーサーは健全なものとなり手をつなぐ等の微笑ましい展開は一切なかった。完全にフラグが立っていない。お互いに友人以上の気持ちどころか知人くらいにしか考えてないのが原因だ。今後に期待だ。
翌日の安息日はお昼から次元迷宮攻略に向かう。
四人での連携を試しつつ地道に攻略を進めていく。途中でもう一人くらい戦力になるやつが欲しくなったので皆に相談した結果クロード会長に声をかけてみることに。
「ダンジョンアタック? 帝都近隣に迷宮なんてあるのかい?」
「あるぜ。しかも冒険者ギルドに管理されていないとびきり手強い秘匿迷宮だ」
「面白そうだ。是非参加したい」
クロード会長の参戦が決まった。生徒会の面子も連れて行きたい的な発言もあったが俺が見つけた迷宮ではないので遠慮してもらった。迷宮は発見者の財産だから俺にその権限は存在しないんだ。
五人に増えて攻略状況の再リセットが入ったがどうせ先に進めば攻略速度が落ちるんだ。迷宮の性質上人数は多い方がいい。と考えていた矢先に迷宮の新しいルールが判明した。
どうやらこの迷宮は攻略人数に応じて群れの頭数が増えるようだ。
「基本この五人で攻略する。加えるにしてもよほどの精鋭じゃなきゃデメリットが勝るから誘う場合は全員に相談の下って感じか?」
「異論を差し挟む余地はないね。さすがだリリウス」
「……クロード会長のリリウスへの信頼なんなん。それラブのレベルっすよ」
「二人ってそういう関係なんだ」
「ちげー! おいクロード笑ってないで否定しろ。アーサー君は及び腰になるな!」
「すまないが君の気持ちには応じかねる」
「うるせえ人の話を聞け青イエティ!」
五人で攻略を進める。時間の進みの遅い迷宮ってこともあってほぼ毎日潜り続けた。固定エンカを倒した後はバトルフィールドが安全地帯に変わるので疲労回復のために見張りを立てて仮眠を取ることも多く……
「うわあ!」
「どうした?」
「夢にナシェカが……」
「旦那ぁ、ナシェカちゃんの夢ならイイ夢じゃありませんか。それで悲鳴をあげるのはやめましょうよ、慰謝料とりますよ。……マジで金払うの傷つくんでやめてくれませんかねえ」
「金なら出すから呪いならそろそろ許してくれよ……」
「マジで呪い掛けっからな!」
「どうして彼はあんなに追い詰められた顔をしているんだ?」
「悲壮感に溢れた顔で金を差し出して頭下げるとか……」
仮眠を取るようになった数日後、アーサーからこんな提案があった。
「キャンプを設営してもいいんじゃないか?」
「それはさすがに油断しすぎだろ」
「歩哨は立てるよ。何だったら僕が必ずその役目を負ってもいい」
「どういうことだ?」
「見張り中は読書がすすむとかいうクソな理由が透けて見えてない旦那ってもしかして馬鹿なん?」
「おおぅ、この人迷宮に大量の本を詰めたリュックを持ち込んでるよ……」
「てっきりポーションやマジックアイテムだと思っていたよアーサー君……」
最近は普通に迷宮キャンパーしてから帰るようになった。ナシェカ、そろそろ俺を許してくれないか……
長く潜ることで迷宮の特性がまた一つ判明した。迷宮アタック前に空間亀裂のところに懐中時計を置き、帰還後の時計と合わせることで時間は止まっているわけではなく経過が遅いだけだと判明した。そのうち正確に調べてみようと思いつつたぶん調べない気がしている。試行回数が数百回単位で必要になる調査はリアタックタイムのある迷宮では手間すぎる。
途中でマリアからこういう提案があった。
「帰る必要ってあるの?」
「?」
「どういう意味だ?」
「だからさー、どうせ授業には間に合うんだから潜りっぱでいいじゃん。一か月くらいの遠征準備を整えてくれば攻略もぐんと進むと思うんだよね!」
「???」
「もしや彼女は自らの異常性に気づいていないのか?」
「マリアの冒険者時代のあだ名ってベルゼルガーなんだよねぇ」
「マリア君いいか落ち着いて聞いてくれ。人間はそんなに長い迷宮行には耐えられないんだ。このような異常な環境に長く身を置くことはできないんだ。君は長い迷宮奴隷の間に心を壊してしまったんだ。ここを出たらアルテナ神殿に行こう、時間はかかるかもしれないがちゃんと治るから」
優しく説得されてるはずなのに愕然としているマリアと必死になって説得してるクロード会長の表情がリアルすぎてオモシロ。
「なあ、たしかマリアが狂戦士って呼ばれてたのって迷宮奴隷以前からだろ?」
「そうだよ」
クロードよ、お前が真剣な顔で案じれば案じるほどマリアは傷ついていくのだ。
二人の表情の落差がオモシロすぎてダメだ、笑いを堪えられない。
とりあえず遠征に関してはお試しってことで三日分くらいから始めてみることにした。そして七月がやってきた。
七月がやってきた頃だ。ある男が突然噴火した。
各自の切り札
クロード
:恩寵・ヴァルキリーの召喚 術者と力量と属性の相克する戦乙女を召喚する。回数制限あり。これを回復する方法はまず現実的ではない。
:魔闘混合術 一時的に事象干渉力を増大させる。倍率は熟練度に比例する。
:剣神の末裔 神剣レーヴァテインと神鎧クリムヒルトと神盾エセルハルトを召喚する。回数制限あり。




