マリア様はどこ!?
前作を読まずに最終章から読み始めた人のためにこの物語がどういう作風であるかを理解してもらうための入学できない編です。
そう、すでにみなさまはお気づきになられたはずです。
シリアスな世界観の中で交錯する誤解と勘違いとギャグで組み立てられたお祭り物語です。
四月の最終日。騎士学院の学院長室で俺は中々に緊張を強いられる女傑と対面している。総革張りの椅子に鎮座するショートボブのおばちゃんなのだが圧がすごいのである。
女傑の名はドロア・ファイザー。学院長先生である。書類と俺を交互に見比べるギロリギロリとした鋭い視線と彼女の一挙手一投足から目を離せない。あの瞳孔が開きっぱなしの眼は機眼ホルダーの眼だ……
「へえ、この短期間でフラメイオンを篭絡してきたってのかい」
怖い声だ。無垢な学生を恫喝するのに慣れ切っているな。
「いいぞ、入学を認めてやる。人格に問題の無能なら蹴落としてやれるが人格に問題のある有能なら騎士団も欲しがるだろうさ」
「あざっす!」
「いい返事だ。元気がありあまってるね。その調子で同期どもをかき回してやってくれ。今年の新入生は粒揃いだがどうにもお行儀がいいのが多くてね、ちょうどあんたみたいなのが欲しかったんだ」
「がんばります!」
「本当にいい返事だよ。まっ、冒険者とはだいぶ勝手がちがうんだろうが精々がんばんな」
ドロアのおばちゃんが生徒手帳をぶん投げてきた。扱いが雑!
緊張を解くことなく学院長先生の部屋から出る。充分に距離をとってようやく一息つけたぜ。……何なんあのおばちゃん。こわー。
そそくさと逃げるみたいに教職員室に入る。入り口でいくぜ挨拶! 第一印象は大事だから吠えるぜ!
「リリウス・マクローエンと申します! 書類選考で落とされたものの見事入学する次第とあいなりまして、これからお世話になります!」
職員室に拍手が巻き起こる。半々って感じだ。
一見して騎士あがりっぽい先生がたは拍手してくれてる。逆に完全に学者系の見た目をした貴族階級っぽい方々からは冷たい目で見られているね。きっと学生に求めるものがちがうのだろう。
学生は元気が一番派閥と学生にも品性が大事派閥の差だ。
ドワーフみたいに小柄なのに筋肉でスーツがパンパンになった先生が立ち上がる。
「お前の入るA組を担当するパインツだ」
「どうも」
ガチムチ先生とがっちり握手。
すると隣の席にいるイケメン先生も握手を求めてきた。この人知ってる。ゲームに出てきた人だ!
「今年の一年を担当する戦技教官のヨアキム・マイルズだ。同じ冒険者あがり同士だ、困ったことがあれば気軽に相談に来なさい」
「どうもっす」
マイルズ教官はゲームに出てくる鬼教官だ。放課後にマイルズ教官のアイコンを選ぶと戦闘系パラメータが上昇する訓練をつけてくれるし、たまに美味しいクエストを紹介してくれるんだ。一定のレベルになると新しい技も教えてくれるのさ。
その後も何人かの先生と自己紹介し合う。品性派の先生は無視してくるなー。
先生がたと挨拶をしていると見慣れたハゲがいた。
「コパ・ベランだ、なんて今更だろうけど一応ね」
「ええ、よろしく」
「なんだマクローエン。コパ先生とは知り合いなのか?」
「師匠です」
「私は対等な友人のつもりなんだけどね。まぁここは顔を立ててもらったということにしておこうか」
コッパゲ先生と握手を交わす。心強い味方に感謝を込めてってやつだ。
俺一人が強くたって何もできない。俺一人が争うなって言ったって誰も聞いちゃくれない。そんなことはずっと前に思い知った。……一人じゃ何もできないんだ。
一人じゃ何もできない。やったって大勢の想いと行動に覆されるだけだ。
たった一人で最強を気取り、友情も愛情も全部捨てて復讐を選んだ馬鹿野郎にも思い知らせてやらないといけない。
シェーファ、お前もここにいるんだろ?
お前に教えてやるよ。多数決こそが数の暴力こそが最強なのだと←
世界を変えたきゃ大勢で変えろ。たった一人の無力さを思い知らせて悔し泣きさせてやるぜ!
ドルジアの春をコントロールするには俺だ! 未来を知ってるってのがどれだけエグいアドバンテージなのかたっぷり思い知らせてやるぜ!
さっそく仲間のちからを使おう。コッパゲ先生教えて!
「先生、さっそくマリア様の情報を横流ししてくれませんかね?」
「件の聖女クンか……」
なぜか反応が悪いな。
「私も調べてみたんだがアイアンハートという家には確かにマリアという子がいるようだ」
言い方が不穏すぎる。え、何なのこの流れ……
「そのマリア君だがね。秋頃に帝都に旅立ったのはたしからしいが行方不明なんだ」
「え?」
「もちろん学院にも来ていないよ」
「……」
春のマリアの主人公が行方不明なんですけど!
どゆこと!?
◇◇◇◇◇◇
ゲーム主人公のマリア様が行方不明だってさ!
この情報を聞いた俺は混乱の極みにあり、学院内を案内してくれると言ってくれたパインツ先生をなぜか殴り倒して冒険者ギルドまでダッシュした。
真っ白な翼を背負うボーイッシュ系の受付嬢に抱き着く!
「トトリちゃん助けて! マリア様を助けて!」
「はぁ……?」
塩対応!
それと抱き心地が思ったよりゴツゴツしてるな。天翼人っていう空を飛ぶ種族だから脂肪が少ないのかもしれん。
「マリア・アイアンハートだ!」
「誰ですって?」
「行方不明なの。お願い、ギルドのちからで探し出して!」
「依頼ですね。わかりました、では詳しく聞き取りをしてクエストに仕上げてしまいます」
塩!
俺は洗いざらいしゃべった。終始冷静かつ事務的なトトリちゃんが俺の説明をさらさらっとクエストシートに書き込んでいく。人情味には欠けるがギルド職員としては有能そう。
「じゃあこんな内容でよろしいでしょうか?」
『捜索依頼 マリア・アイアンハート』
年齢は15歳。頭髪はブロンド。ギデオン子爵領の開拓村から帝都フォルノーク間の移動中に行方不明になった彼女を探し出し帝都冒険者ギルドまで連れてくることを希望する。
不備はなし。すげえよトトリちゃん、混乱してる俺の説明でここまで簡潔に要約できるなんて本当にすげえよ。
「報酬はどうします? ご承知ではあるかと思いますが報酬が多ければ多いほど見つかる可能性が高くなります」
「200テンペル金貨で」
ずっしりと重い革袋を丸ごとカウンターに置く。俺の現在の手持ち全額だ。全部持っていってくれ。
塩なトトリたんが革袋から硬貨を取り出して確認していく。その時間を使って依頼内容を詰める。
「地域の指定はどうなさいますか?」
大きな帝国地図を取り出して説明に入る。東のギデオン子爵領から帝都までの間に大小80近い村落があり、冒険者ギルドがあるような大きな町は12もある。
一つの街に依頼を出す毎に手数料が発生する。都市間を定期的に行き交うギルドの通常便でクエストシートを届ける場合とこの依頼のためだけに走ってもらう特急便かによっても値段が変わる。そういうゴチャゴチャした説明を受けてる場合じゃないの! 場合によっては帝国の危機なの!
「捜索範囲は帝国全域! 特急便!」
「となると報酬分も合わせて440テンペルですね」
「たっか!」
帝国は広大だ。国土だけは無駄にある。無数に点在する町と町に配達人を走らせるだけでもそれなりのおかねがかかるってわけだ。ギルドの手数料も四割かかるし!
愛用の夜色のロングコートをパンパン叩く。ステ子おかね出せおかね。……出てこねーし。
くそー、帝都に出した支店がクソほど赤字なせいで金欠だ。本店に行って金借りる時間もモッタイナイ。お嬢様かデブにかねを借りるのも……
その時だ。別の受付カウンターにいる怖い顔の受付嬢が手招きをしている。怖い顔ってのは種族特徴的な話だ。闇狼族とかいう体格は2メートル超の狼の顔面を持つせいで怖いのである。帝都冒険者ギルドの怖い花リュースザナド姉さんだ。
「高額依頼があるのだけどおやりになりません?」
「いま緊急事態だからまた今度な」
「無論理解しておりますわ。この依頼を受けていただけたなら特例で捜索依頼を先に受理してもよろしくてよ」
「マジすか!」
秒で高額依頼に飛びつく。報酬は600テンペル。S級クエストじゃん!
ゲアブリッツ連峰の魔竜調査ときたか。場所はフラナガン子爵領っつーからだいぶ北方だな。こんなもんどう考えても騎士団が管轄するレベルの案件だろ。
実際依頼は騎士団から出ている。本格的な討伐の前の調査ってわけだ。
人が竜と戦うのはあまりにも無謀な行いだ。騎士レベルの戦士を万人単位で揃えてようやく最低限の勝率が発生するレベルの危険生物だからだ。
竜は生来のオーバークラスウィザードだ。その危険度は竜年齢測定法によって分かれるがレジェンダリーともなれば。最上位ハードエレメンタルと同等の生ける魔導災害だ。よって討伐を検討するのなら事前に詳細な調査が必要だ。
竜の操る属性を調査して耐性装備を選び、保有する事象干渉力を無効化できるだけの魔導兵を揃え、それでようやく戦いになる。これができなきゃブレス一発で消し飛ばされる。
軍隊VS竜はブレスを封じてようやく勝率0%の挑戦権ゲットなんだよ。それ以上の勝率を得るためには竜の鱗を叩き割れるオリハルコン装備も必要。一本じゃ無理だ。破壊される可能性を考えて十数本は確実に必要だ。これでようやく勝率1~5%を確保できる。
竜が保有する超速度の再生能力を阻害する超位階の刻印式の呪いも必要だ。もちろん竜が使う干渉結界を打ち破らないといけない。ブレスを封じつつだ。
権能持ちなら最悪だ。どんな権能かを把握しないまま戦えば一発で全部ひっくり返される危険もある。
竜ってのは戦っちゃいけない大災害なんだよ。
勝手気ままに移動する竜に対して人間が取れる手段は避難だけなんだよ。国家が単独でどうにかできるのなんて西方五大国くらいだ。マジな話帝国騎士団が強気すぎてワロエナイ。
「調査とはありますが倒してしまってもよいのですよ。その場合は1000テンペルを上乗せいたします」
「簡単に言ってくれるぜ」
竜退治の報酬が金貨1600なんてぼったくりにもほどがある。最低でも十万枚相当だ。それでも安すぎるくらいだ。事前の準備だけで百万枚単位のかねがかかる人界最強の怪物だぞ。
「あら、あなたなら簡単でしょう?」
いいぜ、その挑発に乗ってやろうじゃんよ!
ダッシュで騎士団本部にいってフラメイオン卿からグリフォンを借りて魔竜退治に飛び立つ。明らかに聖銀の鉱脈がある大洞窟を住処にする魔竜の姿を確認してようやく高額依頼の理由がわかった。
魔竜とかどうでもいいんだ。ただ聖銀の採掘がしたいからこの竜が邪魔なだけだ。まったく人の欲望ってのは最低だな!
魔竜との対話は失敗した。まぁ当然かもしれない。足元をうろうろするだけの弱い生き物の話を聞く理由なんてねえんだよ。
「くそー、俺の学生生活はどこへ行ったんだぁあああああ!」
雄たけびを一声ぶちかまして大戦斧を振り上げて、魔竜へと向けて突撃する。
幸先が悪すぎて最悪だぁー!