運命に選ばれた英雄たち① 時神に選び抜かれた最高の人材
親父殿との会話で得たものは何もなかった。何言ってんだ馬鹿親父という想いを再認識しただけで賢い息子は調査継続である。
だが一つだけ理解した。誰かに尋ねたところでガイゼリックの異能はわからない。
何年も前から調査をしている連中がいるにも関わらずガイゼリックは未だ健在。誰も奴を捕まえることができず、誰にもその口を割らせることができなかったのだ。
帝国の不動産王ワイスマン子爵の地位を誰も脅かせることができなかったのだ。
あのエロ賢者は俺が倒すしかないんだ、って思ったらやるせないため息が出てきた。
「アホくせえ……」
掛かってるのはマリアちゃんの進級。しかも原因は馬鹿。勉強やんねえでバイトクエストに掛かり切りだ。これの何が問題って―――
勉強すればいいんだよ! それだけの話なんだよ、全国の学生はみんな自分でやってんだよ!
しかもエロ賢者に挑めば俺の悪評を乗せた学生新聞がばら撒かれるだけだ。こんなアホくせえ勝負テンションあがんねえんだよ!
すっかり日の暮れた帝都を一人でぶらぶらしてたら、夕日を背負って女子二人が歩いてくる。うわー、ボロボロだー。
「うううぅぅ死ぬぅ~~」
「マリアどっか被弾したっけ?」
「腹減って死ぬぅ~~リリウスのご飯食べたぁ~い」
「そっちかよ。ナシェカちゃんもお腹減ってるけどね。どっかで買い食いしてく?」
「……」
「あんだけ稼いでても無駄遣いしない気ぃ? マリアってばほんと頑固だよね!」
D組女子コンビだ。討伐クエストの帰りなんだろうがあの二人があそこまで苦戦するモンスが気になる。
ド田舎国家とはいえ一国の首都近郊だぞ。騎士団本部だってあるんだ。そんな位階の進化モンスなんていたら騎士団がとっくに動いてるって。
あ、マリア様が俺に気づいた。
「おーい、夕飯係~~!」
「旦那ぁ、マリアに餌やって餌!」
手をぶんぶん振ってる女子二人。まぁ仕方ねえよ。勝手に夕飯係に任命されてるんじゃ仕方ねえ。
利用しようとした罪悪感なんて俺の勝手な独りよがりだ。勝手に悩んで勝手に顔を合わせ辛いなんてあの子には関係ねえしな。
だったらせめて詫びの気持ちを込めてうまいもんでも食ってもらおう。
「おう、メシを食おう。俺のさいつよ料理を食わせてやんよ!」
「やったー!」
両腕を掲げて喜びを表現するマリア様の笑顔が落日の陽に零れた。
なお夕飯は焼肉にした。
◇◇◇◇◇◇
学院の掲示板には生徒のちょっとした頼み事なんかがクエストという形で張り出されている。このシステムを最初に聞いた時は冒険者ギルドのクエストを思い浮かべたが依頼の性質がかなり異なる。学院生のちょっとした頼みごとの範疇なのだ。
どういう依頼があるかっていうと実際に見てみるのが早いと思う。
『六月十四日の安息日は郊外に出て魔法の試し打ちをします。探査系の得意な人に手伝ってほしいです。手伝ってもいいって方は一年D組のルーシー・エイガまで』
『薬学研究棟では火炎花を大量に集めています。根っこ付き、蕾の状態ならなおよし。買い取り額は一輪に付き銅貨30枚。買い取り無制限。大量に持ち込んでくれたら買い取り額アップ! 薬学研究棟のクルツ・イェーガー研究室』
『バスケットボール倶楽部は部員を募集中。熱い球技に興味のある子を待っています! 一緒に青春の汗を掻きましょう!』
『レベル上げを手伝ってほしい。女子のみ募集。日時は次の安息日。二年のバーゼルです』
『大天使ナシェカちゃんのファンクラブ発足をここに宣言する。来たれ愛の戦士達よ! 興味のある方は一年のガイゼリック・ワイスマンまでご連絡を』
まぁこういう感じだ。
頼み事とか倶楽部の勧誘とか色々ごっちゃになってるんだ。だいぶ暗くなってきた午後六時。俺とマリア様はカンテラ片手に報酬の良い依頼を探している。
ナシェカは依頼人のところに報告に向かったんでその間の暇つぶしだ。
「この女子のみ募集のレベル上げって絶対出会い目的だよな」
「サイテー」
「火炎花の買い取り額ってギルドでも一輪あたり銀貨一枚なんだけど」
「サイテー」
依頼に文句つける会議みたいになってる。
「つかガイゼリックがナシェカのファンクラブ作ってんだけど、マジであいつが何考えてるのかわかんねえ」
「ん~~この字体はウェルキンだと思うの」
名義貸しかよ。人を集めようと思えばネームバリューが必要だ。良くも悪くもガイゼリックは目立ってるから旗頭にはちょうどいいんだろ。盗撮写真も売れて両者ともホクホクだしな。
掲示板を物色してるとナシェカが戻ってきた。けっこうな膨らみの革袋を持ってるな。
「ほい、本日の稼ぎ」
「やった。助かるぅ~~」
マリア様が袋を開く。全部金貨なんですけど!
200枚はあるぞ。こいつらいったい何を倒してきたの……?
「え、ナシェカと折半してこの金額ってこと? どんな魔物倒せばそんな稼ぎになるんだ、つーかそんな大物どこにいたの?」
「次元迷宮だけど」
なにその本編クリア後に出てきそうなやり込み要素。過去に倒したイベントボスが強化されて固定シンボル化してそうな迷宮だな。
男子寮目指して歩きながら詳しい話を聞いてみる。森の奥に魔神を封じた後に残る空間亀裂があってそこに特殊なアイテムを差し込むことで行けるらしい。それクリア後にアイテム欄にあるやつ! 高確率で最初の町にある不思議な場所から行くやつ!
やっぱ世界の主人公はちげーわ。俺の知らない世界に生きてる。
「え、魔神を倒すのが目的なの?」
「道中のモンスターがいいおかねになるんだよね」
なるほどあくまでも金策ってわけだ。次元迷宮というくらいだ。さぞ強力なモンスターが出てくるにちがいない。強い魔物は例外なく魔石を多く持っているからな。素材だって優秀だ。売れば高値が付くから強い魔物はいいかねになるんだよ。
「それに魔神のコアを手に入れてきたら神器を貰える約束も取り付けてあるんだ」
「マジかよ」
「マジマジ。そこに封じられてる魔神にはそれくらいの価値があるんだって~」
「というわけで最近そこの攻略に全力ってわけ。それまではただの腕試し場だったんだけどね」
「つかそんな迷宮どうやって見つけたんだ?」
「ナシェカに教えてもらった」
ナシェカよお前はいったい何者なんだ、という疑問を口にはしない。深く知ってしまうと今晩もこいつの夢を見そうで怖いんだ。
男子寮の中庭、通称バイキャンで火をおこす。
「召喚BBQセット!」
「へいへい、お任せをー」
なぜナシェカが男子寮のキャンプ地にある調理器具の場所を知っているのかは不明だが素早い対応はありがたいぜ。
待ちに待った夕飯の始まりだ。俺だけほんの二時間前にお茶とケーキしてたけどな。
「旦那、食材の仕込みは?」
「焼いた肉を塩で食う。シンプルこそが最強」
「新世界の扉を開くのは勝手にしてくれって感じだけど私ら用にタレも用意してよね」
「レモンもね」
「まず塩を試してから文句言ってくれよ」
本日の夕食はスライスしたカルビ肉をただ焼くだけ。このシンプルさに塩を振る。スタイリッシュに塩を振る。
「塩のほとんどが風に吹き散らかされてるね」
「スタイリッシュってのは何かを犠牲にするもんだ」
「犠牲になってるのが味じゃないといいんだけどねえ」
なおタレの方が評判がよかった。クソぅ、ネギ塩レモンで再挑戦じゃい。
女子二人が肉を焼いてタレで食ってる最中俺だけ黙々と玉ねぎをすりおろしている。ネギ塩レモンのタレのベースに玉ねぎのすりおろしを使う。こいつの旨味はすげえぜ、旨味が強すぎて肉の味を殺しかねないレベルだ。
「本来はまずい肉を食えるものにするための外法なんだが君らには塩の素晴らしさを理解してもらうぜ」
「塩業界からマージンでも貰ってんのってくらい推すじゃん」
ダージェイル産の岩塩で俺は塩に目覚めたんだ。
塩は大地の恵み、ガイアが塩にもっと輝けって言ってんだよ。
マリア様がパクつく。反応はどうだ?
「リリウスって完成してるレシピに余計なものを足してダメにする悪癖があるでしょ?」
「一品で俺を見抜こうとするな。だいたい合ってるけど」
「やっぱりぃ。不味いとは言わないけど味が多すぎて雑に感じるね、一品に色んな役割を負わそうとするのはやめたほうがいいと思うよ」
的確すぎる。
「濃いめの強い味は肉のロールでさ、口の中をさっぱりさせるのは合間に食べるキャベツの塩だれでいいよね」
「少し会わない間に舌の肥え方が半端ねえ……」
出会いは人を変える。まさか俺を超える料理人と邂逅を果たし、その英知を手に入れたとでもいうのか。
だがありえる。世の中の広さは常に俺の想像を超えていて、俺もベティに出会って世界の広さを思い知った。マリア様にもそういう出会いがあってもおかしくないんだ。
人と人が出会い互いに世界の広さを知る。人は人にとって宝物なんだ。
「感動した……」
「突然泣き出さないでよ。何を考えてたわけぇ?」
「人は人にとって宝物なんだなあって……」
「マジで何考えたのよ~」
「旦那ぁ、情緒不安定すぎやしませんかねえ」
二人とも慰めてくれる。この優しさが宝物。この柔らかさはプライスレス。おっぱいは人にとって宝物なんだ。……マリア様はF級冒険者と聞いていたがBだな。
大きな幸せと小さな幸せに包まれていると……
「旨いな、これは旨い」
BBQに青イエティが混ざってた。いつの間に!?
一心不乱に肉を食ってやがる。トングーが止まらない。どんだけ腹減ってたんだよ。
「おいアーサー」
「……?」
噂の豊国の王子アーサー=アルトリウス・ラウ・アルチザンが左右をキョロキョロし、ようやく自分の名前を呼ばれたと気づいたようだ。まさか眠りながら食ってたってのかよ。
おい、これはどういう状況だって考え込むのやめろよ。俺が知りたいんだよ。
「お招き感謝する。美しいご婦人と友との食事に勝る光栄はない」
「招いてねーんだよ!」
「……ならばこれはどういう?」
俺が聞きてえよ!
招いてもねえのにお前が勝手にBBQに混ざってたんだよ。って説明すると……
「ハハハハハ! 馬鹿な、ありえないな。アルチザン家の男児が招かれてもいないのに他人様の食事を掠めとるなど天地がひっくり返ってもありえない」
「今まさにありえてる現実なんだよ!」
「ふむ…もしや新手の詐欺か?」
「詐欺師ちゃうわ! 俺もラストさんの弟にこんなことは言いたくないけどお前姉と同じで天然素材だろ!」
「人工物に見えるか?」
「そういう話じゃねえ。あぁもう寝起きで寝ぼけてやがるな!」
仕方ないので熱々のお茶を出してやる。さあ落ち着いただろ、ゆっくりと己の犯した罪の味を噛み締めるんだ。
「まさかお招きされていないのか?」
「最初からそう言ってるだろうが」
「馳走感謝する。久しぶりに文化的な料理を食べられた」
「おう、好きなだけ食っていけ」
詐欺師呼ばわりはやめろと言うがうまそうに食う奴は大歓迎だ。
寝起きは青イエティだが頭がしゃっきりしてくると文明人なアーサー君が食事を再開する。そういやこいつガイゼリックと同じB組だったよな?
「アーサー君よ、ガイゼリック・ワイスマンって知ってるよな」
「面白い男だな」
知ってた!
「同じクラスだし当然知っているがどうかしたのか?」
「あいつってクラスだとどんな感じなん?」
「イスカリオテとよく一緒にいるのを見るな。不愛想なやつだがイスカリオテといる時だけはよく笑っているよ」
「ふぅん、どんな話をしてるんだかわかる?」
「下品な話さ」
エロ賢者らしいエピソードだ。
これが我ら騎士学282期生を代表するエロの三賢者の初登場エピソードとなるのである。
盗撮と覗きが趣味の見のガイゼリック。
呼吸するように性知識を披露する痴のグラーフ。
女子を見れば無差別にセクハラをかます性のイスカリオテ。
即ち賢・知・聖と立派な当て字を当ててエロの三賢者と呼ばれているらしい。
「だが最近名称変更の必要性が出てきたと男子会が紛糾していたな」
「何か問題が?」
「グラーフとイスカリオテが馬鹿だと発覚したのが原因だ」
なんと賢者と呼ばれているくせに中間テストで92位と98位を取ってしまったらしい。アイデンティティーに問題が出たため彼らの呼称を現在公募中なのだとか。
「マジでどうでもいい問題だな」
「とはいえ彼らも真剣だ。僕も助言を求められたが中々よい名称が出てこなくてね」
なるほど、それで詳しいんだ。
ここまで霊圧を消していたマリア様がおずおずと言い出す。
「ええ~~と、よければ知り合いのあだ名職人に話しておきましょうか?」
「なにその面白い職人」
「紹介を頼めるか? どんな奴だ?」
「エリンドールっていう面白いのがいるんです。ちなみにあたしは駄犬です」
「わたし腹黒ぉ」
クロワロ。エリンちゃんそんな特技持ってたんだ。面白すぎる。
「それはあだ名ではなく悪口では……そういえば君達は?」
「騎士学一年D組の可憐な花マリア・アイアンハートです。ちな恋人募集中なんでよろしく」
「同じくD組のナシェカ・レオンでーす、運命の愛を熱烈に募集中なんでよろしくぅ!」
「二人合わせて獅子の心というわけか。よいコンビだ、よろしく」
「よろしくされた! これはもう付き合うってことでいいんですよね!?」
「ばーか、よろしくされたのはナシェカちゃんだろ。ですよね!?」
俺の前ではけっして見せない女の顔になるのはよすのだ。
「ん? ちがうが」
そしてバッサリ斬られた二人である。けらけら笑ってるところを見るに女子二人も冗談ではあったらしい。
焼肉と白飯をもぐもぐしてるアーサー君に言ってみる。
「そういやアーサー君って癒しの術法は使えるのか?」
「僕も一応は聖アルテナ教会の司祭職にあるからな。ラスト姉様やココア姉様ほどではないが使えるよ」
いいね、これは面白い流れだ。
マリア様とナシェカも気づいた顔してる。俺が向けた会話の先を読めたらしいな。
「じつはダンジョンアタックを掛けていてね、治癒職枠で参加してくれない?」
「すまないが断る。積み本の消化がまだ終わってなくてな。……そういえば、断った手前なんだがクラリスの二巻を貸してくれないか?」
「貸してやるから協力してくれ!」
「それはずるいだろ」
「ずるくはねえだろ。協力してくれたら本好きには堪らない面白い店紹介してやるから!」
「どんな店だ?」
「今言ったらダメだろ」
アーサー君が考え込む。超考えてる。やがて苦悩の面持ちで……
「つまらん店なら怒るからな」
よし、協力者ゲッツ!
ガイゼリックの異能についてはわからんかったが別にやつを倒すのが必須ってわけじゃねえ。代案だ。次元迷宮を攻略して神器を貰うぜ!




