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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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エロ賢者を探れ① 平凡な人材

 学院の掲示板に先日の中間考査の結果が張り出されている。


1位 700点 ガイゼリック・ワイスマン

1位 700点 アーサー・ヨークストン

1位 700点 リリウス・マクローエン

4位 647点 ロザリア・バートランド

5位 632点 フォン・クリストファー・ドルジア


 テスト結果を見ている生徒どもが騒いでいる。


「アーサー様はさすがだな。しかしガイゼリックも頭良かったんだな」

「伊達や酔狂で賢者を名乗ってないってわけか。頭にエロが付くけど」

「エロ賢者なのに頭いいとか逆にすげえやつに思えてくるよな。ところでリリウスって誰だよ」

「赤モッチョだろ」


 俺のあだ名って赤モッチョだったんだ。初めて知ったわ。

 赤毛のモヒカンマッチョを縮めてカワイイ感じになってる。たぶん名付けたのは女子だな。女子。


 七教科の筆記満点がエロ賢者と青イエティと赤モッチョ。面子が濃すぎてワロ。デブは……32位の522点だ。善戦したなって感じだ。


 デブも勉強はできるんだよ。てゆーか頭は悪くないんだよ。ただ勉強しないだけで。やればできるけどやらないんだよ。根性がねえんだよな。それは奴の自己管理のできないお腹を見ればわかるよな。え、俺のせい?


 気になるマリア様は……


034位 455点 ナシェカ・レオン

104位 189点 エリンドール・フラオ

111位 168点 マリア・アイアンハート

121位 108点 リズベット・カーネル


 四人娘の成績が赤点レベルで噴いた。一人だけ高得点とってる奴がいるけどそれだけだ。神器チャレンジのために放課後を浪費しているせいでマリア様の勉学が遅れている……

 ドルジアの聖女が馬鹿で留年とかシャレにならねえぞ。何か手を打たねば……


 はっ、背後に気配!


「不埒な目論見をする貴様を牽制する用意はある」

「ガイゼリック、何の用だ……?」


「用件は先に伝えたつもりだ。貴様を恐喝する新たな写真を手に入れたのでな、制裁が強化されたと知らせに来ただけだ」


 こ…こいつ、何てタイミングで……

 やはりこいつだけは油断ならない。いったいどんな異能を持ってるっていうんだ。エロ賢者の異能だから服とかカードが透けて見える関連なのか。心まで裸にしてしまうのか?


「写真ってどんなだ?」

「これだ」


 ファック! 俺とユイちゃんがマッパで抱き合いながらピースしてる写真だよ。これ絶対デブから流れてきたやつだよ。いま帝国内でこれ持ってるやつデブしかいねえよ!

 やっぱキャンパーさせたのを恨んでいたのか……


「こいつもだ」

「まだあるのか……」


 あぁぁアメリと誰もいない男子寮で不埒な行為をしてる写真まであるじゃねえか。

 俺の危険センサーを出し抜くこいつマジ怖い。


「お前の目的は何だ?」

「貴様が知る必要はない」


 エロ賢者が去っていく。恫喝だけしていくとか……


 まだお嬢様の盗撮写真は手に入れていないがこのままではまずいな。ガイゼリックを早めに抑えないとマリア様の進級が危ない。

 うぅぅぅなぜそんなアホなことで手間取らにゃならんのだ。


 そろそろ結果が出ているかもしれない。ダチのバーンズに任せたガイゼリックの調査結果を聞きに行こう。


 昼休みを利用して冒険者ギルドに顔を出す。普通に歩けば三時間はかかるが本気出して走ったから十秒もかからんかったわ。

 冒険者ギルド前の地面を盛大に抉りぬいて着地し、颯爽とギルドに入るぜ。


「頼もう!」

「ほぉ、意気のいい若えのが来たな」

「おいおいぼっちゃんよぉ、来るとこ間違えてねえかあ? ぎゃははは!」


 そして秒で絡まれる俺氏。以前デブが来た時はこんなことなかったのに解せぬ。

 魔法力を抑圧する首飾りを外してみる。


「へへへ……調子こいてすんませんっした!」

「どうぞこれをお納めください……」


 すると冒険者たちがあら不思議、床に膝を着いて財布を差し出してきたのである。こいつらはまだマシだ。パンピーなら目線すら合わせられず呼吸困難になって死ぬし、ご老人なら心臓麻痺で即死する。


 信じられます? リミッターをまだ11個付けててこれですよ?


 殺害の王の魔法力は特級の危険物だ。リミッターを外すと放射能垂れ流しの原発並みに周囲の生命を奪ってしまう。十二個のリミッターに加えて俺が暴走した時のために十二の神から最大の加護を貰ってどうにか運用を許されるって代物だ。

 アシェラちゃんよ、確かに強くなりたいとは言ったけど誰がここまでしろと……


 リターンの大きさに見合うからって代償でかすぎんよ。闇と光が交わって最強どころか光が必死になって闇を抑え込んで普段はパワーダウンするとか話がちげーじゃんよ。


 ギルド内にバーンズの姿はない。A級冒険者が昼間っからギルドにいるわけもねえか。とりあえず受付に伝言を頼んでおこう。


 受付カウンターに近寄ると受付嬢がこそこそ奥へと引っ込んでいく。冒険者どもも財布を置いてとっとと逃げていった。

 そんな中で闇狼族の姉さんだけはきちんと残ってるからさすがだ。胆力が雑魚どもとはちがうよ。


「凄まじい魔法力ですわね。まさかこれほどとは……」

「アホ抜かせ、十二個ある枷を一個外しただけだろ。あんたシェーファとは会ったか?」

「いいえ」

「今のあいつはこんなもんじゃねえぞ。神と呼ばれる最上位エレメントの中でも上位クラスだ。まあ俺様は最高神格を得ているがな、格で言えばデス神と同等だ」


「どうしてそのような話をわたくしにするのですか?」

「あんたの立ち位置が不明なもんでな。後ろから刺されるのはごめんだ、敵対の意思があるならこの場で消しておきたい」


 レウ・リュースザナドが黙り込む。気骨のある姉さんだ。命乞いやこの場限りの弁明なんで死んでもしなそうな雰囲気がある。逆に言えば命惜しさに尻尾を振る程度の女なら生かしておいてやってもいい。


 黙り込んだ姉さんが再び口を開いたのは数秒後だ。


「冒険者ギルドの職員取り分け上級職員は本部直属。大師ブラストの御寵愛を受けるあなたの邪魔などどうしてするものか」

「そいつが聞きたかったんだ。じゃあ仲直りをしよう、握手だ」


 俺が差し出した手をリュースザナドが忌まわしそうに見下ろしている。

 五感の鋭い闇狼族ならわかるんだろうな。呪印付きの焼きごてだ。こいつを捺されたやつはいつでも殺せる。


「どうしても信用してくださらないのですか。こんなものは脅迫ではありませんか」

「あんたは情の深いイイ女だ。土壇場になれば必ずシェーファにつく。あぁもちろん現在の話はしていない、未来だ、未来の話をしている。その時になって後ろから俺を刺すのはあんただ」

「訂正を。わたくしはギルドに忠誠を誓った身、大師の意向に背くなどありえない」

「あんたの背後に何がいるか知っていると言ってもか?」

「何がいるというのです」

「騎士団のスポンサーに知人がいるって話だがそいつは青の薔薇の幹部だろ」

「証拠があっての発言なのですか?」


 クソワロ。その返しは図星ですって言ってるようなもんだろ。……腹芸を噛ます余裕もないってか。俺がそんなに恐ろしいか?


「おいおいマジになるなって。冗談だよ冗談、まあそいつは今夜中に変死を遂げるとは思うが冗談ってことにしといてやるよ」


 握手を引っ込める。もう一人釣れるかもしれないからだ。


「トトリちゃんを呼んでくれ」

「あの者は休暇を取っております」

「そうかい、俺の勘じゃあ裏にいるような気がしているんだがな。あいつに刻んだ呪印をこの場で発動してやろうか?」


「あなたはどうしてそこまで。わたくしどもが何をしたというのです、そんなに信用できないというのなら何を根拠にしているのです。こんなやり方で誰が心から従うというのですか!」

「そいつは自分の胸に聞いてみるんだな」


 情報源は鑑定のアシェラだ。銀狼商会の冒険者支援事業を陰ながらサポートしているのはこいつだ。冒険者ギルドを裏切りあいつの野望に加担しているのはこの女なんだ。


 リュースザナドから牙を一本もぎ取っておく。闇狼族の誇りであるこいつを目の前で握りつぶす。

 一指を動かす暇もなく気づく暇もなく牙を奪われたリュースザナドがカウンターの棚に隠していた魔金の手甲に手を伸ばす。


「これは俺とあいつの戦争だ、何も知らない雑魚が割って入るな!」

「そうですか、喧嘩を売りに来たと―――」

「遅いんだよ羽虫が!」


 0.0001秒でリュースザナドをだるまにする。断罪の光剣の傷は霊瘴の傷。肉体は治っても完治には数か月から年単位でかかる。手足の腱を裂いただけでもそれくらいは掛かる。


 光剣を鼻先に当てる。これで最後だ。


「俺に服従しろ。やつの支援事業を潰せ」

「殺しなさい」

「お前ごとき羽虫を殺す度胸もないと考えているわけじゃあねえよな?」

「……」


 だんまりか。また黙り込むのか。

 言葉も通じない。温情さえ理解できない。アホくせえ信念だけはいっちょまえだから性質が悪い。てゆーか俺の精神がやばい。


 深呼吸しよう。冷静になれ、労わりと友愛を取り戻すんだ。優しさを思い出して不思議なちからで世界よ平和になーれ。……殺害の王に影響されていたな。


 リミッター一個外してこの様か。先が思いやられるぜ。


「正気に戻りましたか?」

「っち。ああ戻ったよ、迷惑をかけたな」

「その身にいったい何を取り憑かせたのです?」

「言わなかったか。殺害の王アルザインだ」

「……どうしてあなたたちはそんなにも生き急ごうとするの? まるで今この瞬間願いを掴めれば命を使い果たしてもいいと考えているように。愛する伴侶を得て平穏で優しい幸せを得たいとは思えないの? 命の意味はそんなものではないはずなのに……」


「革命闘士が説教かよ」

「どうしても革命が必要だとは思いません。ですがこの国の歪みは正しい王の一人で正せるような生易しいものではないのも事実。大きな変革が必要なのです。……シェーファが導いてくれる未来を信じたいのです」


「母親面でもしているつもりか?」

「可哀想な子、愛を知らないのですね」

「俺が何も知らないと思ってて言ってんだろうけど笑かすなよ。一度は生贄に捧げておきながら出世したからって利用価値を見出したか? どういう精神状態だよ気持ちわりい、っぱ吸血鬼のしもべは理解できねーわ」


 これは禁句だったらしい。強張ったリュースザナドが膝を着いて泣き始めた。ロールプレイでも酔ってるのか本気かは不明だが……

 まぁ年経たグールだ。噓泣きだろ。


 レウ・リュースザナド。獣の聖域の闇狼族に尋ねれば十人中七人は知ってるっていうけっこうな有名人だったぜ。まあドンの家族にしか聞いてねえんだけどよ。

 魅了の君とかいうヴァンパイアロードの片腕として名を馳せた女傑様だ。台頭を始めたアルルカンに主ともども追い払われたって聞いたが……


 それがかれこれ300年は昔の話らしい。まぁ寿命が50年前後のヴァナルガンドにも関わらずこの若々しさだ。気づいてる奴はとっくに気づいているんだろうぜ。


 嘘ばっかりだ。どいつもこいつも嘘に塗れていて吐き気がしそうだ。どいつもこいつもお前のちからに目が眩んでやがる……


 あぁお前の言葉を思い出したよ。

 この狂った世界で弱者でいるのは罪ってか。お前も知っていたんだな。


 お前と仲間達をスカーレイク戦爵に売り払ったのはこの女だって知っていたんだ。



◇◇◇◇◇◇



 最低だ。最低の気分だ。泣き出したクソ闇狼族を蹴り砕いてると……


「ぼっちゃん!」


 バーンズがギルドに飛び込んできた。

 乱暴な歩き方で近寄ってきたバーンズがカウンター内でボロ雑巾になってるリュースザナドを見てびっくりしてる。


「呼ばれて来てみりゃ……これはいったいどういう事ですかい?」

「呼ばれて?」


 バーンズに背中にはトトリちゃんが隠れているというか張り付いている。そんなに俺が怖いか。以前脅したし当然か。

 なるほど、リュースザナドと遊んでる時にギルドから大急ぎで逃げていったと思ったがバーンズを呼びに行ってたってわけだ。


「トトリちゃんナイス!」

「ひぃっ!?」


 飛んで逃げて行ってしまった。理由は上述。う~ん、あの子に関してはシロかクロか分かんね。


「ぼっちゃん不味いっすよ。この姐さん下町じゃ顔役なんであんまり惨い真似すると変な恨みを買いますぜ」

「クソ生意気なんで軽く遊んでやっただけだ。なあ姐さん」

「……ええ」


 リュースザナドが床を舐めながらそう答えた。頑丈さだけは中々のもんだ。


「俺の悪評を流したりしないよな? 俺ともう一度遊びたいとか考えてないよな?」

「ええ、もうこりごりですわ」


 よし解決。


「ぼっちゃんは相変わらずっスねえ。そういや以前頼まれてた調査なんスけど……」

「おう、それを聞きに来たんだ」

「じつはまだ途中でして」


 バーンズはそういう男だよ。言いたくはないが無能ではないが有能というには疑問のある平凡なやつだよ。まあバスターにシティーワイズの真似事させてんだ、苦手な分野で評価するのは反則だ。


「途中まででよければ話やす。一杯やりながらどうです?」

「そこで昼メシって言葉が出てこねえのがお前らしいよ。軽くな、軽く」

「うす。けっこういける定食屋があるんスよ、そこいきましょう」


「酒は?」

「水増しのしていないマシなやつっス」

「じゃあそこにしよう」


 バーンズと肩を並べて旧市街を練り歩く。

 旧市街は古い町だけど古いなりの風情がある。ワビサビ的なオシャレさがある。帝国史の教科書によると帝都フォルノーク建設の際にイルスローゼから高名な建築家を呼んだらしい。

 調べれば調べるほどやべーやつ感の高まる始祖皇帝ドルジアにも故郷を思う心があったようだ。


 バーンズに連れてこられた定食屋は表通りからは絶対に見えない、THE地元民しか知らない穴場的な店だ。てゆーかほぼ民家だ。ドアノブに『やってます』っていう札を付けてるだけの民家だ。


「中身も民家だ……」


 民家の中は仕切りとか存在しない20畳くらいの生活空間がどん!

 入り口から丸見えのキッチンでは女将さん的なおばさんが寸胴を掻き回している。


「姐さん、二人だけどいいかい?」

「あいよ。いつも通り三人前でいいんだろ、そっちの子も食うのかい?」

「そりゃあもう! なっ、育ち盛りなんだから食えやすね?」

「一人前の分量も知らねえのに食えるかどうかなんてわかるかよ……」


 って言うと笑われた。俺の物言いは理屈っぽいんだそうな。当たり前のことを言ってるだけなんだが……


 入り口で待たされること一分弱。シチューとパンと漬け物が乗っかったトレイを渡された。コッペパンみたいなパンが三つあることを考えればこれで三人分らしい。うん食えるわ。


 女将さんの子供らしき五歳くらいの幼女が酒を運んでくれるらしい。小さな体で酒瓶を抱えて二階への階段をのぼっている。うんしょうんしょと一生懸命のぼっている。微笑ましくて泣くわ。


「二階も民家だな」

「テーブルは三階の屋上っス」


 屋上は平たい屋根で、そこに三脚のテーブルがある。豪雪のフォルノークで三角屋根じゃない民家は珍しいな。


「あー、除雪の結界ヒートキャパシティか。珍しいな」

「死んだじいさんが有名な魔導師だったらしいんスわ。ただ起動できる魔力持ちはいないんでたまにやってあげてんスよ」

「なるほど」


 バーンズが魔法使ってるとこなんて見たことねえけどA級冒険者だ。少しくらいは使えるんだろ。この術式も愛のある作りでよく出来てる。少ない魔力でも使えるような工夫がきちんとされている。

 自分が死んだ後の家族のことを考えて作ったんだと思ったら泣けるわ。


 三脚のテーブル席は満席。俺らも他の客を見習って平たい屋根に座り込んで定食を食う。


「まあまあだな、まあまあ」

「思ってても美味いって言うところっスよ」

「俺のまあまあは誉め言葉なんだよ。つかこのパンうまいな」

「パンは近所のパン屋から買ってきてるやつっスよ」


 マジかよシチューは微妙なんだが。いや帝国のわりに頑張っているほうか?

 う~~~ん、日本のファミレスの方が百倍うめえ。しかし量は中々のもんだ。幾らになるのか知らんが悪い店ではなさそうだ。酒も水で薄めていないすっきりした飲み口のやつだ。アルコール濃度はスピリタスくらいあっけど。


 パパッと食い終えてから酒をキュ~っと煽る。ウエイターっぽい十歳くらいの少年に注文して酒瓶を追加してもらう。チップは当然弾むぜ。銀貨一枚だ。


「わわっ、こんなに!? こんなの貰えませんよ、母ちゃんに叱られちまう!」


「ランディ、こっちの兄さんはS級冒険者だ、銀貨の千枚や二千枚一日で稼いじまうお人なんだぞ。気にせず貰っちまいな」

「うす。すぐに持ってきます!」


 少年が走っていった。張り切りすぎて転ばなきゃいいんだがな。


「ここでイルスローゼあるあるを一つ。イルスローゼの高いレストランで銀貨一枚のチップを渡すと湿気た客だぜって顔をされるんだ」

「嫌な国っすね」

「おう、渡したからにはフリでもいいから喜んでほしいよな」


 味はともかくこの定食屋好きだわ。やってる人達が温かいから好き。

 バーンズが贔屓にしているのもそういう理由なんだろうな。なお真実は持ち家から徒歩二分ってのが後で発覚する。


「う~~ん、昼から飲む酒は素晴らしいな。屋上の風も気持ちいいし見晴らしもいいし素晴らしいな。さすがだなバーンズ、いい店だよ」

「っす。調査の経過報告なんですがそろそろやります?」

「頼むわ」


「ガイゼリック・ワイスマンなんですが実子ではないようですね」


 そこ別にどうでもいいんだわ、って言いたいが最後まで聞いてみよう。


「貴族院への届け出では分家からの養子ってなってますが詳しく調べてみるとスルスーズ・ワイスマン家のガイゼリックは四歳の年に死んでるんスよ」

「は? じゃああいつは何なんだよ。アンデッドの気配はしなかったぞ」

「問題はそこっす。当然調べてあります」


 さすがだなバーンズ。伊達にマクローエンで一番の冒険者とか呼ばれてないぜ。

 八歳の俺に完敗して子分になった悲しい過去は忘れてやるよ。


「こいつはワイスマン子爵家でフットマンをしていた男に聞いた話なんですが現在ガイゼリックと名乗っている男はある日突然屋敷に転がり込んできたらしいんです。そいつが言うには子爵がある日突然屋敷に連れてきて養子にしたらしいんですわ」

「孤児院から引き取ってきたのか?」

「孤児院?」


 この国孤児院ねえんだ! 初めて知ったわ!

 さすがインフラがカスで知られる帝国だな。孤児院のない国なんてあるんだな!


「つーかその反応一般帝国民は孤児院の存在すら知らないのか……?」

「初めて聞きやすね」


 カルチャーショックだわ。マジかよやっぱりドルジアはド田舎だな。ドルカスだわ。

 じゃああのガイゼリックはどこから来たんだ?


「ワイスマン子爵がどこからガイゼリックを連れてきたのかは使用人にも周知されなかったようです。ただ屋敷に連れて来られた時は流民のような格好をしていたんで貧民窟から連れてきたんじゃないかって噂が使用人の間であったそうです」

「いわゆる御稚児さんってやつか?」

「やっこさん大層な美男子だそうですね。そういう噂もあったようですが子爵に抱かれている形跡はなかったそうですわ」


 普段屋敷の掃除やら何やらをしている使用人がそう断定したのならそうなんだろうな。

 情事を行えばシーツが汚れる。普段はベッド下に隠してある夜尿用の汚物入れなんかにも形跡が残る。

 どうやらガイゼリックには可哀想な過去はないらしい。


「ワイスマン子爵ですがけっこうな性豪で知られたお人なんで娼婦か何かを孕ませて産ませた子じゃないかって話でした」

「妥当な線だな。それ以外に子爵が引き取る理由がない」


 理由がない? 本当にそうか?

 ガイゼリックには不可思議な異能がある。魔眼や異能はギフトだ。奴の特別な才能に目をつけて引き取った?


「生い立ちや出処はわかったよ。奴の性格や能力面については?」

「もちろん調べてます」


 今バーンズが輝いてる。燃え尽きる前の流星じゃないといいんだが。


「まず性格面ですがかなりの偏屈な野郎っすね。使用人からの評判は最低っす」

「使用人に暴力やいじめを?」


「方向性がちがいます。高慢で冷酷で貴族的と言えばそれだけなんですけど、聞いた感じの印象はファウスト・マクローエンを思い出しますね」

「あぁそりゃ嫌な野郎だ。俺も太鼓判を捺すぜ。粗相でもしでかしたら怒鳴りもしねえで無言で解雇するタイプだろ」

「まさにそれっす。接触した使用人もまさにガイゼリックに解雇されたやつでして」

「情報の信憑性が怪しくならないか。ガイゼリック憎しの悪評を吹き込まれてやしないよな?」

「三人に接触して裏を取ってあるんでそこは安心してくださいよ」


 A級冒険者がそんなヘマこくわけがねえか。

 続けてもらおう。


「流民出の分際で貴族ぶりやがってというのが使用人からの心象っすわ。そんなガイゼリックなんですが趣味は旅行ですね」

「普通の趣味だな」

「普通っすね。お貴族様の趣味と言えばですぐに出てくる読書・狩猟・観劇・旅行の四大普通の趣味っす。それと最近はカメラに嵌っているらしいっす」

「それは知ってる」

「昨年イルスローゼに出かけて最新鋭カメラを買ってきたとか。何とかテルム工房っていうところの超高級品らしいっす」


 知ってる。あのカメラうちの商会でも扱ってるけど仕入れ値で金貨330枚もする最上位モデルだ。なぜか自爆機能が付いてるんだよなあ……


「性格面はこんなとこっすね。能力面なんですがこっちは調査中っす」


 そこ!

 一番知りたいのそこ! やっぱりバーンズはバーンズだな。無能ではないんだけど微妙に使えないんだよ。可もなく不可もない人材なんだよ。


「頼んだ時に言い忘れておいてすまんが今後は能力面を重点的に調べてくれ。追加報酬出すからなるはやで頼む」

「っす。あー、早く知りたいってんなら調査途中ですがしゃべりましょうか。裏取りはまだなんで確かな報告にはならないんですが……」


「頼むわ」

「っす。ワイスマン子爵家なんですが元はけっこうな零細貴族家だったのはご存じで?」

「いや、知らんがそうだったのか?」

「はい、宮廷で職を得ていると言えば聞こえはいいんすけど宮廷貴族ってのはじつはお給金がないんですよ」

「え、そうなん?」

「ええ、マジですゼロです。嘘のようなほんとの話っす」

「なにそれ、そんなん誰が働くんだよ」

「それでも実際にけっこうな数のお貴族様が働いてるってんだから不思議なもんです。噂じゃ皇族の方々のアクセやドレスを盗んで生活してるって聞きますね」


 あの偉そうな宮廷貴族どもが途端に可哀想な連中に思えてきたな。

 マジでなんで働いてるのあの人達?


「ワイスマン子爵家は領地を持たない家柄なので収入は僅かなものでした。ケチではなく貧乏ってのが使用人の話で、いまは宮廷に出仕している長男を学院に入れる金もなくてあちこちから金を借りていたらしいっす」


 普通に可哀想なエピソードだな。

 こないだしばいた金満ブタ系子爵にもそんな時代があったのか。もしや貧乏時代の反動で太ったのかもしれない。


「で、ここから本題っす。件のガイゼリックが屋敷に来た頃から急に金回りがよくなったらしいっす」


 幸運をもたらす座敷童かな?


「どういうふうに金回りがよくなったんだ。商売が成功したとか?」

「当時のワイスマン子爵家は商売なんてやる余裕もなかったんですよ。なのに突然どこからか金が湧いてきたらしいんです」

「かねの鉱脈でも見つけたとか?」

「そんなんありゃ俺も探しますよ。そうじゃなくて何かを売っていたようです」

「何かって何だよ」

「そこはまだ調査が足りてないんですよ。ただ使用人も知らない不明な品物を頻繁にイース海運に持ち込んでいたらしいんです」


 倉庫の掃除もするであろう使用人も知らない何か?

 ありえないとは言わない。当主しか入ることを許されない秘密の部屋くらい貴族家なら一つや二つあるだろうし先祖伝来の品かもしれない。問題はなぜガイゼリックが屋敷に来てから突然売り始めたかだが……


「何を持ち込んでいたかイース海運から聞き出せないか?」

「それは厳しいっすね。イース海運からその手の情報が出てきた試しなんてねえんですよ。アローシュカルを当たろうにもあそこに出入りしていたって人物が見つからなくて……これに関しては時間がかかると思いやす」


「アローシュカルって貴族街の公園だろ。あんなとこ別に貴族じゃなくたって簡単に入れるんじゃないのか?」

「隠語っすわ。貴族界隈でアローシュカルといえば選ばれた貴族だけに出入りを許された歓楽街なんです。大昔にファウル様の御用で一度だけ入ったことがあるんですが怪しげなところでした。……秘密裏に手放したい品はアローシュカルに流れるらしいっす」


「へえ、帝都もあちこち回ったつもりになっていたが本気で知らなかったぜ。そういう場所なら親父殿に頼んだ方がいいかもな」

「ファウル様に頼めるのなら絶対にそっちの方がいいっすね。まあ色々と顔の広い人なので」


 四十越えても愛の狩人やってる真正の遊び人だからな。秘密の歓楽街にも詳しいだろうぜ。

 こっちは放課後にでも頼んでみるか。


「品物に関しては親父殿に頼むとするよ。お前は他を調べてくれ」

「うっす。どこまで話しましたっけ? あぁガイゼリックが養子になった時期から裕福になったって話でしたね。善行を積めば運気が向いてくるなんて格言もありますがワイスマン子爵のそれは度を越した幸運続きでして、ほんの数年で帝国の不動産王なんて呼ばれるようになったんですよ」

「たしかにそいつは度を越しているな」

「ワイスマン子爵の成功には何か裏があるってのは随分前から噂になっていたようです」

「成功者ってのは妬まれるもんだからな」

「っすね。どういう裏があると思いやすか?」


 バーンズよ、それを調べるのがお前の仕事だ。


 あ、今ものすごいナイスな閃きをしてしまった。ここまで調べてくれたやつに告げるのも何だが一番早くて正確な方法だ。


「すまん、今ものすごいナイスな閃きが降りてきた」

「ぼっちゃん、そいつは俺が誘導したんで閃きではないです」

「マジかよ小技を身につけやがって。やるじゃん」

「へへっA級冒険者ならこれくらいできますって」


 やるじゃねーか。すげえ頼りになるぜバーンズ。この調子で働いてくれるんならLM商会で雇ってやってもいいくらいだ。


 ワイスマン子爵躍進の理由が随分前から怪しまれていたってんなら随分前から探っていた奴らも当然いるんだろうぜ。


 親父殿にそういう奴らを紹介してもらおう←

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