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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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クエスト『噂の悪夢を調査せよ』④ 清算を求める罪業またの名を自業自得

 寝起きの気分は最悪だ。ナシェカは痛みを発する肉体に恨み言を言いたい気分でベッドから起き上がる。


「クソッタレ……! あいつマジで撃ちやがって……」


 いや恨み言は当然のように狙撃手へのものだ。最大射程3000mの超長距離射程スナイパーライフルを接射と呼んでもよい10数メートル内でぶちかましてきやがった。しかも弾丸が純正アロンダイク鋼弾だった! 丸一日経っても痛みが続くのはこれのせいだ。


 肉体の修復に必要な成分の貯蔵庫であるラザイエフ社製ドールパーツ・カートリッジが一部交換必要水域まで下がっている。これがまずい。

 定期メンテナンスの受けられない身で、消耗に消耗を重ねても酷使し続けた肉体が限界に近づいている。そんな状態でアロンダイク鋼弾を四発もくらったのだ。……死が見えてきた。


 ナシェカは不死身の怪物などではない。再生能力も魔法能力も先史文明の技術の恩恵であり、その限界値がすぐそこまで迫っている。現地で代用可能なものは問題ない。だがドールパーツ・カートリッジだけは入手しようがない。

 各地の遺跡を巡って現在も使用可能な兵装を手に入れてきたがこれだけは見つからなかった。


(怖い…な。死ぬのが怖くて仕方ない。ガレリアを脱走した時に十年も生きられないって試算してたのに。初めからわかっていたのに怖くて仕方ない……)


 終焉が見えてきて初めて感じたのは漠然とした焦燥感と恐怖だ。

 愛を知りたいと願いながら愛を知らずに消えてしまうこと、それこそを恐れているのだと考えていたが……


 この恐怖はもしかしたらもっと別の起因から発するものかもしれない。

 最近はそう思えるようになった。


 ベッドに上で震える体を抱いているとマリアが能天気に……


「おはよー、……元気ないじゃん。風邪?」

「マリアは気楽でいいなあ」

「態度わるいね。夜遊びのしすぎで誰かの恨みでも買った?」

「マリアの考える悩みはほのぼのするなあ……」


 女子寮の朝は早い。みんな朝の手入れには余念がないから朝から混雑するのだ。

 女子寮には男子寮とちがって湯を張った大浴場が存在する。ちなみにこの大浴場は二つあって地下のサウナ付き高級大浴場は暗黙の了解として高貴な女生徒しか使えない。

 一気に40人ほどが使用可能な、女子寮の生徒なら誰でも使える一階の大浴場は通称イモ洗い場といい。

 一気に30人ほどが使用可能な、だが使える子が10人にも満たない地下の大浴場をサラン・ディーネ・クリスタという。意味は古ジベールの神話で女神の入る泉というらしい。


 ナシェカとマリアは当然のようにイモ洗い場に直行だ。そこに行けば友達がだいたい居る。エリンとリジーだ。


「おーす! 今日は負けたか」

「おーす! 勝ち負けはどうでもいいだろー」


 リジーと挨拶を交わし、様子のおかしいエリンへと視線を向ける。エリンは曇り止めの油が塗られた鏡の前で一心不乱に顔に乳液を塗りたくっている。こんな姿を見るのは初めてだ。正直エリンは美容とか気にしない女だと思ってた。


「エリンどしたん?」

「わたしはこれから学院一のレディーを目指すんだ」


 一晩明けるとエリンの美意識が急上昇していた。謎だ。


「これどしたの?」

「あー、エリンなー、昨日クロード会長とお茶したらしいんだよ」

「それで美容に目覚めたと。単純すぎでしょ」

「本気でなー」

「つか化粧品持ってたんだ」

「あたしのを貸してるんだ」


 リジーはマジでいいとこのご令嬢なので化粧品とかアクセサリーを山ほど持ってる。こないだの安息日も帝都に遊びに来た姉に色々買ってもらったらしい。


 エリンがこっち向く。真剣だ。かつてないほど真剣な顔つきをしている。


「ナシェカとリジーは放課後付き合ってくれ。化粧品とかドレスとか選んでほしい」

「おい、なぜマリアさんを頼らない」

「だってマリアは……」

「そうだなー……」


 マリアのメイク下手は三人娘の間での共通認識だ。きちんとしたメイクを教えたら化けるのだが、それが発覚するのは夏休み前のダンスパーティーまで待たねばならない。


「あんたたち失礼すぎ。ナシェカも何か言ってやってよ」

「今度マリアにメイク教えてあげるね?」

「誰がトドメを刺せゆーた。でもお願いね、えへへへ……」


 女子寮の朝は早く、身嗜みに大変な時間が掛かる。朝風呂。髪結い。朝食。本当にやることが多い。

 男子の多くが起床後は水被ってメシ食って授業に出かけるという簡素なサイクルを送っているのを考えると何倍も大変だ。


 四人娘がそんな大変な身支度を整えて通学カバンを手に丘を下り、校舎を目指す。……一年の男子寮を越える辺りにものすごいいい香りが漂っている。男子寮の外にキャンパーがいるせいだ。


 バイアットとウェルキンとベルの三人で火鉢を囲んで朝からBBQをしている。すげえ良い香りをさせながら大騒ぎしてるのである。


「なんだあいつら良いにおいさせやがって……」

「リリウス印のタレの香りがする」

「あのタレ欲しいんだけど非売品なんだよなー……」


 あの香りは反則だ。誰もがそれを思っているらしく男子寮の食堂の窓に大勢の男子が張り付き、外のキャンパーどもを羨ましそうに見つめている。

 そういえばリリウスがいない。あの目立つ赤毛のモヒカンマッチョが不在を三人とも不思議に思ったらしく首を傾いでいる。ナシェカは鈍痛に顔をしかめてそれどころではない。


 坂道が終わり校舎へと続く門のところで見つかった。

 赤毛のモヒカンは門に背もたれて誰かを待っている様子だ。少なくとも三人娘にはそう見えた。


 大勢の生徒が門を潜って校舎へと向かう。

 そんな何気ない登校風景の中でリリウスが動いた。雷速にも等しい超速度で、登校中の数十人の小指の先を皮一枚だけ切り裂いた。

 だが小指の皮を切られた生徒たちは切られたことにさえ気づいていない。血の一滴さえ出ていない。人の目では捉えることのできない超速度と芸術的と呼んでさえ足りない精密な剣技が、攻撃を受けた事実を隠している。


 ナシェカは戦慄した。


(あいつ……! 再生能力の有無で私を炙り出すつもり!?)


 登校する生徒が門に近づいた瞬間に小指を切り、再生するやつを探している。

 作業を終えたリリウスはまた門に背もたれる。常人の目には、否相当にハイレベルな貴族の子弟の目にも彼が動いたようには見えていない。ただの待ちぼうけをくらっている可哀想な男にしか見えないはずだ。


 そんな暴挙も知らずにマリアがマッチョに声をかける。


「おはよー。誰待ってんの、女子?」

「男子なんて待つわけねえだろ。一昨日熱烈に愛し合った子を登校デートに誘おうと思ってね」

「恋人できたん? マジで?」

「残念ながら片思いなんだ」


 三人娘がだよねえって笑ってる。正直笑える気分じゃないけどナシェカも無理して笑ってる。ほっぺが引き攣ってるのが自分でもわかった。


 けらけら笑って別れる寸前に雷速の刃が振り抜かれる。小指の先を僅かに皮一枚。常人には切られたことさえ理解できないはず……だった。


 だがマリアだけが避けた。手を後ろに振って斬撃を避け、遅れてバックステップを踏んで腰の聖銀剣を半分抜く。

 暴挙に出たリリウスが一番驚愕していて、回避したマリアが不信感に眉をひそめている。


「……今のナニ?」

「こ…小粋な悪戯です」

「は? 悪戯で女の子の肌に傷をつけるの?」

「ごめんなさい……」

「そういうのいいよ。何でこんなマネしたのか聞いてるんだけど?」

「んー? どうしたマリアー」

「こいつが今あんたたちの指を切ったの。小指、皮一枚」


 このあとリリウスは全員からビンタ三発の刑に遭い、泣きながら校舎に向かっていった。おそらくは心が折れたのだ。


 ナシェカは去っていくリリウスの姿を見つめて舌打ち。


(可能ならここで疑いを晴らしておきたかったのに……)


 ナシェカは怯えている。この気分を端的に表すとこうなる。

 野生の魔王が本気で狩りにきた!



◇◇◇◇◇◇



 昼休みになると珍しい人物が教室に来た。

 つるっつるピカピカ頭のマッチョなご老人の選択授業は二年からで、一年の中には顔すら知らないって生徒も多い。ラサイラ魔導学院の元教授コパ・ベラン。アシェラ神殿の裏側に属する悪の兵隊だ。


 コパ先生は教室に来るなり険しい顔で睨みつけてきて、指をクイクイしている。完全に呼び出しだ。


「ハゲ先生、何か用ですか?」

「その種の前置きが必要な段階ではないと理解しているね?」

(アシェラの鑑定師の目を欺くこと何者にも能わず。こっちの正体なんて最初からお見通しってわけだ)


 コパ先生に付き従って廊下を歩く。

 先生がちりんちりんと鈴を鳴らしている。防音の魔法具。おそらくは魔王レザードの遺物のレプリカ。女神アシェラお手製の異界級の品物だ。


 アシェラの悪徳信徒は最強の魔導師だ。鑑定の眼でこちらの弱点を見抜き、女神から与えられた無数のマジックアイテムで敵を効果的に無力化する。数千年もの長きに亘り高位スキルホルダーを狩る役目を与えられた悪の兵隊に敵うなんて夢にも思えやしない。

 それが何十年も前に神殿から逃げ出した異端者であってもだ。


 防音の魔法具を鳴らしながらコパが警句を発する。


「悪戯が目的ならここまでになさい」

「こっちも仕事なんですけど?」

「着任にあたり騎士団から情報提供はされているよ。帝国騎士団諜報部所属の暗号名リコリス、君の任務は学院内の人間関係の把握及び要注意監視対象の情報収集。ハニートラップの達人だそうだね?」


 情報の共有はなされた。じゃあ何をしに来たと言いたくなるが……


「騎士団はキミの正体を正確に理解しているのかね?」

「上はご承知のはずです」

「上とは誰だね?」


「……白状するわけにはいかない事情くらい汲んでくれませんか?」

「よかろう。だが私の想いも理解してくれるね?」


 想いとは何だろうか。

 ほぼ初対面の老人が何の悪意恨みを持つのだろうか。ナシェカにはわからなかった。


「我らはアシェラ様の民だ。ガレリアに選ばれずに大砂海に放り出された流浪の民の末裔だ。神殿とガレリアは不戦協定を結んではいるが我らが父祖の憎しみまで捨てることはできない」


「意外ですね。英知と理性を尊ぶ先生が顔も名前も知らない人々の大昔の憎しみを抱きますか」

「大局的見地から見れば我ら人界の者どもと古代魔法王国の末裔は分かり合えない敵同士だ。水槽で飼われる愛玩動物にも自立心くらいはあると言ったほうがいいのかな?」


「古巣とは完全に切れていますよ」

「君達を信用したばかりに過去幾多の戦士たちが凄惨な死を迎えてきたね。君達を信用できないのではない、君達を操る者がこそ信用ならんのだ。いつ人格を消されてダミーに置き換えられるかも分からない怪物を彼の傍に置くわけにはいかない」


「ならどうします。殺しますか?」


 コパ・ベランが立ち止まる。

 対処できるかと身構えるナシェカであったが、老人の眼に宿る不思議な感情を見ると同時に交戦する気はないとわかった。


「用件なら先に伝えたと思うがね。悪戯ならここまでにしておきなさい、一当てして理解したはずだろ。君では彼の暴威に抗えない。野花のように儚く散るだけだ」


「忠告をするためにわざわざ? 私じゃリリウスには勝てないって言うためだけに? お優しいんですねハゲ先生」


「竜の縄張りでは凶暴な魔物でさえ大人しくしているものだ。ここはリリウス・マクローエンの作戦区域だ、火遊びなら余所でおやりなさい」


 まさかこの忠告がナシェカの負けず嫌いに火を点けるとはハゲにさえわからなかったのであろう。


(舐めやがって……! いいじゃんやってやろうじゃん、魔王だろうが何だろうがぶっ倒してやる!)


 ナシェカは決意した。何としてもハゲとリリウスにぎゃふんと言わせてやると決意したのである。……ハゲいい加減にして。



◇◇◇◇◇◇



 夜になった。こっそりと部屋を出ていこう窓を開いたナシェカの背に……


「また夜遊びぃ?」

「完全に寝てると思ったのによく気づいたね?」

「そりゃあんだけうるさければ気づくよ」


(物音ゼロに抑え込んだはずなのにマリアの神経はどーなってんだ?)


 マリアは野生の勘が鋭い。ガレリアのアサシンが本気で気配を押し殺したのに気づくあたり尋常ではない。おそらくは何らかの異能が働いている。そうじゃないと説明がつかない。


「今日は誰と遊ぶの?」

「一発ぶんなぐってやりたい男がいるの!」


 窓から飛び降りようと夜空を見上げた瞬間だ。あまりの出来事にビクッとしてしまった。

 なんと学院の空がステルスコートで覆われていたのだ。しかも設置罠っぽいワンダリングブレードが無数に配置されている。


 ナシェカはそっと窓を閉じた。


「?」

「今日はやめとく」

「そうしろ。毎回毎回寮監先生にバレないか気が気じゃないし」


 翌朝~~~

 女子寮が騒がしいと思ったらクロード会長が訪問していた。きゃーきゃーうるさいエリンに聞いてみた。


「学生生活の調査だって! これから一人一人面談していくらしいんだ!」

「エリンどういうテンションだよ」

「だってクロード会長と二人っきりでしゃべてるんだぞ! 興奮するに決まってるわ!」


(アリバイ調査か!)


 生徒会は先の遭遇戦の経験を活かして夢魔の魔法サキュバスキッスの効果範囲を把握したらしい。被害者の就寝時刻にしぼってその時間に部屋から抜け出していた子をリストアップするつもりだ。

 ここまでするとは思ってなかっただけに本気でまずい。何しろナシェカの不在はマリアが把握しているからだ。日時まで覚えてるとは思えないけど!


「ねえマリア、夜遊びって悪い事じゃん」

「そうだね悪い子ちゃん」


「……生徒会に何を聞かれても黙っててくれたら欲しいもの何でも買ってあげるって言ったら?」

「エリン、リジー! ナシェカがイースパーラーでパフェおごってくれるって!」

「ふぅー! 最高だな、リーダー万歳!」


 生徒会の追跡だが買収によって事なきを得た。ナシェカはこの日ばかりはマリアに普段より優しく接したのである。


 だが生徒会と魔王の手は着々と伸びてくる。夜になると夜空は封鎖され、昼間は熱心な捜査活動が行われて気が気じゃない。そんな日々が三日も続くとナシェカもすっかり衰弱しているのである。


 そろそろまずい。疲労でミスを犯すかもしれない。

 そんな予感のする放課後。マリアとの討伐クエスト帰りにローズガーデンカフェに立ち寄った時の事だ。


 もうすっかり暗くなって客の疎らなカフェにデブ君がいた。一人だ。マリアが声を掛ける。


「こんばんわ~、バイアット一人?」

「ははは……」


 なぜか乾いた笑みを浮かべるデブ君である。二人は思った。

 イジメられてそう……


「お恥ずかしながら同室のやつが部屋に女の子を連れ込んでいてね。邪魔だからって蹴り出されたんだ」

「なにそれひどい話」

「同室って誰、あたしが言ってあげようか?」


「リリウス君なんだ」


 二人とも察した。何となくリリウスからは性欲の強い香りがしていたからだ。あの見た目で女に興味がないとか言われても信じられる人は少ない。


「ははは、今に始まったことじゃないよ……」

「じゃあバイアットは今夜はどうするの。誰かの部屋に泊めてもらうとか?」

「男子寮の傍にテントを張っててね、こういう時はそこで眠るんだ」


 学院キャンパー・バイアットの真実である。

 なお美味そうな香りのするメシを求めて男子たちが代わる代わるキャンパーしたがるらしい。


 ここでナシェカが閃く。


「つまり今リリウスは?」

「紳士の口からはちょっと言えない体験の真っ最中だろうね」

(ここだ!)


 ナシェカは閃いた。ここしかない。このタイミングしかない。

 リリウスへと先制打を与えてぎゃふんと言わせるタイミングはここしかない。当初の目的とかもうすっかり忘れたけど―――


(負けたままとかナシェカちゃんらしくない。今夜勝負を懸ける!)


 どうでもいい戦いの火蓋が切って落とされたのである。

 バイアット・セルジリアの主催する野外美食倶楽部が勢力を拡大しています。騎士学院一年男子の団結値が増加8→14

 リリウス・マクローエンの悪評が増加しました。一年男子の間でリリウス・マクローエンへの不信感が高まっています。


 また度重なる嘘のため権能『始まりの救世主』の効力が微減します。対話のちからは一定値の信用度を割ると効力を失います。

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