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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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クエスト『噂の悪夢を調査せよ』②

「彼女はできたかい?」

「……」


「まだなのか? 遊び慣れてそうな雰囲気をしていたからてっきり恋人の一人や二人は作っているのだと思っていたよ。狙い目は金銭的に困っている子がいいよ」


 クロード会長が真剣な眼差しですごいことを言い出したあ……


「帝都で遊びたいけど懐に余裕がない子達は援助を求めている。彼女達に手を差し伸べてあげるのも紳士の務めさ。そこに多少の下心があろうが感謝してくれる」

「……」


 俺は絶句した。爽やか生徒会長の口から出てきた遊び方が完全にパパ活です!

 貴族社会乱れすぎだろ。こわー。


「いやいや俺も貧乏なんで他人の援助なんてとてもとても」

「そうなのかい、けっこう儲けてそうな感じがしたけどね。先日リリウス君の商会に遊びに行ったんだが素晴らしい品揃えに感服したよ。色々と購入させてもらったが特にこれがお気に入りでね」


 クロード会長がすっと取り出したのは俺の自伝だ。

 また自伝いじりされそう……


「武とは報われる日を信じて不毛の荒野を往くがごとし。良い言葉だ、胸に刺さったよ」

「ありがとうございます」


 なおそいつを言ったのはフェイだ。俺が言ったふうに書いただけだ。


「ウェルゲート海一周俺より強いやつに会いに行く旅ってのも素晴らしい。男児たるもの皆キミのように生きたいと考えれども実行する者は極僅か。古来為さぬ理想よりも為した愚行を尊ぶべしと言うが男児一生の本懐を遂げるがごとき生き様には快哉を叫んだよ。良き旅をしてきたね」


「恥ずかしいな、笑わずに真剣な感想をくれた人は初めてですよ」

「皆素直になれないだけだろう。ところで三巻はないのかい?」


 出店時に各巻十冊ずつ仕入れた自伝が売りきれてる!

 知らない内にベストセラーなのか俺! ちなみに自伝一巻はマクローエン領幼少期から太陽のファムヴィタールまで。二巻はフェニキアからジベールまで。三巻はまるまるフェスタ動乱となっている。魔の島編は意図的に省いた。LM商会で仕入れている高品質フルーツの謎が世間様にバレてしまうからだ。


「すんません現在まで四巻の死闘太陽の悪竜まで好評発売中なんですが売り切れでしたか。早めに仕入れておきます」

「なら各巻三冊の用意を頼む。生徒会の予算で図書館にも入れようと考えていてね」


 なんと自伝が学院図書館に贈与されるらしい。逆に盛大な罰ゲームに思えてきた。いつかの魔王の手配書事件を思い出すわ。門番のおっさんどもに「こいつ魔王レザードだ!」って笑われた事件も懐かしいな。

 いやクロード会長は善意百パーセントなんだけど。


 うん、覚悟が決まった。率直に聞いてみよう。


「ところでクロード会長も援助交際で遊んでいるんですか?」

「学院の一般的な遊び方について言及したまでさ。俺の立場でそういう遊びをするとオオゴトになりかねないので自制しているよ」

「やはり血統スキルの関係ですか?」

「そうだね、それもある」


 クロード会長の眼差しが微かに現実から離れて思い出に向かう。

 だが思い出に囚われたのは一瞬だけで、すぐに柔和な笑みになってイイワケをしてくれた。


 何一つ瑕疵のない完璧な貴公子クロード・アレクシスが何を背負い、誰を想い苦しんでいるのか。ゲームをプレイした俺だから知っている彼の向き合う過去と壮絶な未来を、彼自身は未だ知らない。それは未来の出来事だからだ。……苦いな。

 俺はすでに知っているんです。貴方の優しさと温さが引き起こす悲劇が貴方と貴方の家族を破壊すると知っていて黙っているんです。貴方が何もかも失うと知っていて……

 会長とはあまり仲良くならないほうがいい。その方が俺も心が痛まずに済む。


 もう馬鹿話でもして流そう。


「じゃあ何の懸念もなければ遊ぶんですか?」

「遊びたいね。フィアンセには悪いが皆が楽しんでいるのを見ると仲間外れにされた気分になるんだ。肩の荷を下ろして普通の青年みたいに過ごせたらいいのにって思うよ」


 婚約者……?

 え、新情報すぎる。17歳の侯爵家の次期当主に婚約者がいないはずがないけどゲームに出てこなかったぞ。設定資料集! プレミアム版に付いてた設定資料集をプリーズ!


 ノックが鳴る。会長が応えを送るとドアが開いて生徒会メンバーがぞろぞろ入ってきた。


「会長、お待たせしました」

「おっ、リリウス君もいるじゃないか」

「会長と二人きりなんて息が詰まって仕方なかったでしょ~?」

「おいおい、彼はそんな繊細なタマじゃないよ」


 笑いが起きてのいい雰囲気だ。生徒会メンバーは仲が良さそうだ。


 生徒会の構成は会長も合わせて男子が四名。女子も四名。いずれも人の上に立つ風格を備えた方々だ。ルドに聞いた話では各学年男女の上級貴族と下級貴族で構成されている。

 正式には模範生徒会という彼らは生徒に範を示すために存在し、学院生に相応しくない振る舞いに罰則を与える立場にある。

 だがそれは一面にすぎず教員や外部の悪意から生徒を守る盾の役割もある。

 学院生の理想を体現する方々、それが生徒会メンバーだ。……ゲームだと会長以外モブなんだよなあ。


 和気あいあいの空気でお茶が用意され、みんながソファに座った。

 会長が手をパンッと打ち合わせる。


「さあ生徒会を始めよう」


 会長の合図とともに室内が和気あいあいから軍人の空気へと切り替わる。それはさながら統率者に率いられた軍団兵のような変わり様だ。


「まずは噂の悪夢についてだ。事前調査の結果のすり合わせからやろう」

「じゃあ私から。女子三学年に探りを入れてみたけど悪夢を見たって話は出てこなかったよ。現段階では男子のみが被害に遭っていると考えていいね」


「僕のはその裏付けになってしまうな。悪夢の被害者は八名全員が男子だ。学年や閥に特定の共通点は見られなかった。被害者からの聞き込みを資料にまとめてある」


 金髪ボブカットの爽やか系美少年が数枚束の資料を配り始める。俺の分まであるとはさすがだ。後輩の分際でさすがは上から過ぎるな。反省。


 コの字杭で留めた、羊皮紙と思われる目の粗い資料には写真こそ付いていないものの被害者の簡易プロフィール付きで聞き取り内容が書き込まれている。全部手書きだ。コピー魔法を売る好機かもしれない。……パカの魔法はトロン変動域が現行の魔法体系と異なるせいで無理に使うと魂の欠損を招きかねないのが問題で、こいつの解決法は存在しないのが大問題だ。


 どうでもいい話ではあるがパカの呪術をノーリスクで使えるのは俺のようにアトラクタエレメントの性質に寄ってる混血種かパカ人の遺伝子が濃いやつらだけだ。伯爵のようなマジックエキスパートが専門知識ありきで使うのなら魔石から魔力を抽出して使う。

 でも高度な魔法制御力と専門の訓練を受けたやつ以外がやると確実に自分の魔力を混ぜてしまって寿命を縮めてしまうんだ。うん、手書きでいいよね。ノーリスクだしね。


「よし、各自資料の読み込みを。時間を五分とろう」


 資料を流し読んでいく。被害者の中にはウェルキンの名前もある。

 ふぅん、あいつ帝国東南部の出だったのか。よくしゃべってるけど出身の話や家族構成なんかは聞いてなかったな。竜公バラン・リーってのが竜にまつわる存在なのかよくある箔付けで竜の文字を入れているのかは不明だ。夕飯時にでも聞いてみっか。

 草原の四覇者の一翼スランカーン氏族の氏族長の娘が母って地元だとけっこうお偉いさんなのかもな。


 適当に資料を読んでいく。被害者は一年が三名。二年が二名。三年が三名。学年はバラけている。


 被害者の内地方貴族はウェルキンだけか。あとはみんな中央の貴族だ。爵位も高い家柄が多い。

 でも共通点らしき共通点は資料上では存在しない。所属する倶楽部もバラバラだ。学院外倶楽部に関してはこの資料には記載がないし姻戚関係にあるのかもわからない。正直に言って資料が資料と呼べるほどのものではない。


 五分が経過し、クロード会長が俺を見る。なんで俺?


「リリウス君、何か気づいたことはないか?」

「逆にこの資料からわかることがあると思います?」


 生徒会のみなさんが一斉に噴き出す。


「プククク……忌憚のない意見をありがとう。そうだね、学院側から提供されたプロフィールだけでは見えない部分が多く推理の材料にすらならない。バド、俺達が知りたい情報も調べてあるんだろうな?」


 資料提供者の爽やかボブカットが苦笑いをしてから。


「当然。この八名だが血縁などの関係は一部を除いてなかった。三年のファルンエード先輩と二年のガラルドだが五親等の近い血縁だ。また八名の内五名が帝都貴族連盟の学院外倶楽部に加入している。青年狩猟会には先のファルンエード先輩とガラルド、同じ二年のロクスンが籍を置いているね」


「青年狩猟会の主催者はガラルドの父君だからな、その縁でだろう。……ふと疑問に思ったんだがこの悪夢は学院だけで起きているのか?」


「会所属の全員に、というわけではないが軽く探ってみた感じ今回の悪夢とは関係がなさそうだ。悪夢にガーランド団長が出てくるのは日常茶飯事だそうだぞ?」

「はははっ、素晴らしいな、我らが進路は明るいぞ!」

「ロザリア様には我らの貧弱さをアピールしておかねばならんな。御兄君にしごかれたら死んでしまいますと手紙を添えてプレゼントを贈ってみるのはどうだろう?」

「……その軟弱な精神を叩き直してやるってなりそうで怖いわね」

「確実になるだろ。あぁ~~配属はどこぞの地方都市がいいなあ、北部の小さな都市でのんびり門番をやりてえ」


 みなさんの視線が一斉に俺に向く。


「リリウス君、正直な意見としてガーランド閣下のしごきはどうなんだい?」

「あれを笑いながらクリアできるのはロザリアお嬢様以外見たことありませんね。俺もちょくちょく脱走してましたが……あの人笑いながら追いかけてくるんですよねえ」

「「……」」


 クロード会長以外のみなさんが一斉に顔を覆い、重々しいため息をついた。

 独立貴族家当主の資格を得るためには帝国騎士団での軍役につく必要がある。偉いお貴族様だからこそ帝国騎士団からは逃げられないわけだ。


「この話題はよそう。死にたくなってきた」

「軟弱な理由はともかく今は悪夢の調査解決が議題だから俺も賛成だ。バド、君には引き続き学院外の情報を集めてもらいたい」

「ええ、可能な限り広く聞いて回ろうと思います」


 クロード会長が金貨の入った革の小袋を投げ渡している。貴族社会で内偵をするには色々と経費が掛かるってことだろう。


 話し合いが再開する。凛々しいお姉様系の先輩が発言を求めて机をとんとんする。


「この悪夢ですが傾向は一致していますね。意中の女性が醜い怪物に変化する。図書館で調べてみた感じ夢の内容まで操れる怪物は出てこなかったの」

「そうなのか? 浅学を恥じる想いだが調べた内容を教えてくれないか?」

「そのために調べたんだもの当然よ。夢や睡眠に関する怪物だけど有名どころのピクシーやスリーピング・シープはみんなも知ってるわよね? あたしも名前だけは知ってたけど詳しく調べてみると……」


「苦労話はいいって。すっぱり結論をくれよ」

「わかったってば。モンスターマニュアルを調べて関係のありそうな怪物を16種ピックアップしたんだけどその中に夢の内容を操れるのはいなかったわ。体の一部が欠損していく夢とか恐怖体験って感じの夢で千差万別、それとこれが重要だと思うの」


 ここだけ覚えてねって感じの笑みを浮かべる美女パイセンがクロード会長へとウインク。この二人デキてそう。


「これとは何だい?」

「悪夢を見せる怪物の被害者は必ず衰弱しているか死んでいるの」

「なるほど、となると怪物の線は薄いか?」

「確定ではないけどそう判断できるわね。八名の被害者は気分こそ悪くなってもピンピンしているもの。中には夜遊びをやめたやつまでいるそうよ」

「結果だけ見れば生徒会にスカウトしたくなるな」


「クロード、あなた本気で言ってるでしょ?」

「あはあっははははは! 俺はいつも本気さ、本気で欲しいと思った」


 生徒会のみなさんが一斉に頭を抱える。やばいこの空間いつまでも居られる。最初はなんの興味もなかったけど見てるとチャンネルを変えられなくなるオモシロ番組だ。

 美女パイセンが今度はこっちに向いた。


「ねえリリウス君、S級冒険者の意見が欲しいの。夢を操れる怪物……じゃなくて魔法でもマジックアイテムでもいいわ。そういうものってあるのかしら?」

「う~~ん、俺の知る限りでは悪夢の歌姫アルテナという怪物がおりますが」

「なんて不遜な御名前の怪物なのかしら……」


 聖処女アルテナ本人なのでセーフなんです。

 あの女にもはっちゃけてる時代がありました。


「具体的な話ではありませんがアルテナ神由来の神器なら夢に関するものがありそうですね」

「さっきの怪物ってやっぱりアルテナ様なの!? 神をも恐れぬ発言はやめて! あたしアルテナ教徒なの!」

「すんません。じゃあ真面目な話をすると悦楽の夢を見せるマンダリン・マッシュルームの粉とか」

「なるほど、共通の夢を見せられるかはともかく悦楽の夢というのは近いわね」

「そこがネックですよね。う~~~ん」


 一個思いついた。ただそいつは伝説上の存在で実在しているかは不明だが……


「サキュバスとか?」

「え、サキュバスって本当にいるの?」

「遭遇したことはありませんね。いや実在するなら一度はご厄介になってみたいと思っていますが」

「さらっと本音ぶちまけないの」


 すんません。

 この後もいくつかの情報が出てきたが解決につながりそうな感じではなかった。事前調査の情報共有を終えるとクロード会長があれこれ指示を出して本日の生徒会は解散。うおおお自由時間だー!


「リリウス君、このあと少しいいかな?」

「はいぃ?」


 自由時間かと思ったら会長から引き留められたわ。


 二人並んで夕暮れの校舎を歩いてる。どこに行くかは不明。クロード会長が雑談の口調でこう言う。


「サキュバスとはどんな怪物だろう?」

「夢魔と呼ばれる怪物数あれど最も有名な、そして伝説の存在ですね。曰く美しい女性の姿をしており、夜に寝ている男の枕元に立ち精気をすするとか」

「うん、俺が把握しているのもそれくらいの内容だ。だから詳しく調べてみないか?」


「あー、さっきのは適当に言っただけですよ」

「何も考えずに口から零れ出したものが真実というのはけっこうあるんだ。それがS級冒険者の口から出たのなら信じるに値するさ」


 俺の評価が不自然に高すぎるぞ。

 何だろ、俺クロード会長に何かしたっけ?


「乗り気ではないか。うーん、そう真剣にならずに気楽に考えてほしいね」

「クロード会長にとって悪夢の調査はあくまで保護者連に対するクレーム対策でしかないのですかね?」

「いいや、生徒が苦しんでいるのならちからの及ぶ限り解決してあげたいと考えている。生徒会は優秀者揃いだ、俺とキミが遊んでいても数日と経たずに解決するはずさ」


「……俺そんなに緊張しているふうに見えます?」

「ちがったのなら謝罪するよ。そうだね、そう考えるのは君に対する侮りかもしれない」

「いえ別に気を悪くしたわけではないのです。会長にそう気を遣わせてしまったこと自体が俺の落ち度です」


 クロード会長が快活に笑いだす。

 高らかに笑ったあとで笑顔になるのは反則だ。俺が女なら惚れてるところだ。


「じゃあ互いに悪かったってことで手打ちだ。でもその前に一個だけ先輩命令だ」


「な…なんすか?」

「その他人行儀はやめろ。俺はリリウス君とこうして居られて嬉しいんだぞ、寂しいから壁を作るな、もっと本音をぶちまけろ、あとその敬語変だからやめろ」

「……」


 一個どころか怒涛の先輩命令だ!


「慣れない口調に気を取られて調子まで狂ってちゃ君を呼んだ意味がないだろ。もっと頼りにさせろよS級冒険者。以上が一個先輩からの偉そうな命令だ」

「偉そうな命令って実際偉いし……いえ、すんません、生徒会の手伝いを軽く考えてたかもです」

「敬語はやめろ」

「はい! じゃなくて―――おう!」

「よし、その意気だ」


 クロード会長の熱い拳が俺の胸筋をどんと打つ!

 その真剣なまなざしと見つめ合うこと20秒経過!


「……ここは殴り返すところだぞ」

「いきなりハードル高いんだよ!」

「それだ、その感じで来い!」


 再びのクロード会長の熱い拳が俺の胸筋をどんと打つ。

 くっそ、熱い男だな。お前みたいな男はけっこう好きなんだよクソが!


 俺の熱い拳がクロード会長の胸筋をどごん!と打つ。そして膝を着く会長。会長!?


「げほっげほっ……き…きみの熱い思いは痛いほどに伝わった……」

「いや実際イタイんでしょうが。いっ医務室に行きます!?」

「待ってくれ。五分だけ待ってくれ、大丈夫だ会長は最強だ……」


 学院最強の男が胸パン一発で膝を着いているんですが……


 クロード会長の復活には30分は必要で最終的にはハイポーション渡して解決した。

 やべえ熱くなりすぎて魔法力込めすぎたぜ。



◇◇◇◇◇◇



 ご休憩ならぬ治療時間のあと、すっくと立ち上がったクロード会長が言う。


「元凶をサキュバスだと仮定して行動する。リリウス、キミならまずどこを当たる?」

「クロード先輩、俺ならまずコパ先生を頼る!」

「その先輩を外せ!」

「学院での俺の評判も考えろ! 問題児の俺が生徒会長を呼び捨てにしてたら悪評が増すじゃんよ!」

「むぅ、それもそうか」


 あっさり納得されたぜ。

 熱くともどこかで冷静。17歳の青年としては出来すぎだけど大人よりはやや脇が甘い。そういう男なんだな。


「仕方ないからクロード先輩でいい」

「いやそんな渋々な顔せんでも」

「不本意なのは確かだからな。だが、うん、着眼点は完璧だ。コパ先生なら伝説の怪物にも詳しいだろう。英知のアシェラを崇める大司祭だった御方だ。だがサキュバスについて知りたいなどと言って協力してくれるだろうか?」

「コパ先生は雑学を語りたくて仕方ないおしゃべり大好き老人なので絶対しゃべってくれます」


 クロード先輩がなぜかジロリと冷めた目をしている。なおロリは関係ない。


「調子が出てきたじゃないか。アシェラ神殿に乗り込んだ度胸が目を覚ましたな」

「いやあれは誘い込まれたんで」


 職員室に行くと先生のほとんどはお帰りになっていた。

 疎らに点在する先生の中で担任のパインツ先生を発見した。こいつはドワーフ系の低身長スーツパツパツマッチョ先生と覚えてくれ。


「パツパツマッチョ先生!」

「マクローエン、おまえ鏡って知ってるか?」

「いや俺の制服パツパツじゃねえんで。スーツ買い替えたりしないんスか?」

「……娘からのプレゼントでな」


 パツパツスーツの微笑ましい事実が発覚したな。

 まあどうでもいいか。


「コッパゲ…コパ先生います?」

「いまものすごい不遜な呼び方をしたな。コパ先生ならもうお帰りになられたぞ」


「マジすか。そういやコパ先生の自宅ってどこかわかります?」

「マクローエン、コパ先生は国賓なのだ。ワシらなど比べ物にならないド偉い御方なのだ。それはわかるな?」

「そんなシミジミ語らなくても知ってますよ。ラサイラから引き抜いたの俺ですし」


 それは知らなかったらしいパインツ先生が顎が外れそうなくらい驚いてる。

 コッパゲ先生は戦力としても優秀だが知識のほうはそれに輪を三つ四つ掛けてもいいくらい頼りになる。アシェラに大きな仕事を任せている現状先生の鑑定眼を頼りにしているのである。


 本当にラサイラ魔導学院との交渉は難航を極めたぜ。なにせ契約期間が残ってたし太陽の王家関連契約だからね。さすがのシュテルも渋ってたし。王の相談役を持っていくな!って激怒されたし。


「とんでもないコネクション持っとるな。コパ先生なら職員棟に部屋を持っておられるが今は行っても無駄だぞ」

「っち。どこの娼窟かわかりませんか?」

「コパ先生が娼婦など買うわけがあるか! 三日ほど休暇をお取りになられているのだ!」


 コッパゲ先生不在……!

 必要な時にいないとか本当に使えないハゲだ。頼りにしてるのに頼りにならない!


 すぐさまバイザーを装着してホロタブレットを出してメールを打つ。


『サキュバスについて知りたい。至急連絡を請う』


 これでよし。気づいたら電話がかかってくるだろう。メールかもしれない。あの人ネットに慣れるまでが超早かったしな。気づいたら無料アプリ落としまくって容量使い切った挙句端末が壊れたって騒いでたし。なお容量圧迫の理由は共有化してあるアカウントで電子書籍買いまくってたせいだ。


 クロード会長が言う。


「図書館を当たってみないか?」

「じつに学生らしい案だな」

「忘れたのかよ、俺も君も学生なんだぜ」


 学生らしくネクタイをキュッと締め直してニヤリとするクロード先輩が最高だな。

 あぁ本当に嫌いじゃねえよあんたみたいな男は。プレイヤー人気投票二位の座は伊達じゃねえよ。


 まったく恐ろしいな、いつかあんたまで救ってやりたくなりそうだ。


 第一校舎を出て図書館に向かう。もうすっかり夜になってる。図書館までそう離れているわけではない。水銀灯の明かりに従って歩いていった学院図書館は閉館しているのかと思うくらいに暗い。

 クロード会長が懐中時計を確認している。


「閉館までまだまだ時間があるね、行こう」

「そういや閉館は何時なんだ?」

「20時」


 現時刻が五時ちょっとすぎ。全然平気だったわ。


 図書館内は真っ暗って言っていいくらい暗いがあちこちにランプの明かりが点在している。

 壁に埋め込まれた書棚のみならず明らかに人間の背丈を越えてる書架が乱立し、中に製本された本やら巻物が陳列されている。使うのは初めてだがけっこうな蔵書数だ。


 帝国は印刷や製紙技術が遅れているので手書きで書き写した本が多い。羊皮紙で作っているのでかさばるくせに枚数が少なかったりする。


「そういや知ってたか、冒険者ギルドのクエストシートって買い取った魔物の皮を使ってるんだぜ」

「へえ、知らなかったな。……もしや何の意味もない雑学か?」

「へへっ、コパ先生は俺の何倍も語りたがるから覚悟しとけよ」

「生徒会長の忍耐力を甘く見るなよ、聞き流すスキルは磨きに磨いてきた」

「その何倍もの無駄語りの中に重要な情報が砂粒みたいに隠れてるぞ」

「厄介なお人じゃないか。まあ学者ってのはそういうもんか」


 そういうもんです。

 中には俺の時間を奪うなっていう愛想ゼロな人もいるけどね。


 クロード先輩が司書にしゃべりかける。


「サキュバスについて知りたいのだが良い本を見繕ってほしい」

「はいアレクシス様、同様の書を求められ閲覧中の生徒様がいらっしゃいます。わたくしどもの権限で可能なのは……」

「うん、その生徒を紹介してくれ。交渉はこちらでする」

「かしこまりまして。さあどうぞこちらへ」


 連れていかれたのは二階の共有テーブルで、ランプ一つを置いて山積みの本に挑んでいる生徒たちが座っていた。あれれ?

 山積みの本に挑んでいる白衣の似合いそうなきつめの容姿の女子と、平均的なのに冴えない容姿の男子は……


「エリンちゃんとベル君じゃん」

「ん? おー、リリウス君じゃん。ってなんでクロード会長もいるの!?」


「生徒会のお手伝い中でな。てゆーか二人とももしかして付き合ってるの?」

「その発想モテないやつのだろ。ちがうちがう、ベル君に付き合ってるだけ」


 付き合ってるのニュアンスに大きなちがいのあるやつだな。

 ベル君は視線もあげず一心不乱に本を読んでいる。俺がいるのにも気づいてなさそうな集中力だ。


「何読んでるんだってサキュバスか」

「そうそう、噂の悪夢の正体がサキュバスじゃないかって考えてね。ベル君の熱い友情に感動してね、協力して調べものってわけ」

「いい話じゃん」


 あれ以来ウェルキンの様子がおかしい。というか元気がない。そんな友達のために立ち上がったっていう泣ける話のようだ。


 エリンちゃんが言う。おいリリウス君を目の前にしながら目線だけクロード先輩に釘付けなのやめて。心が痛いから。


「生徒会のお手伝いってもしかしてクロード会長もサキュバスだと考えたんですかぁ?」


 露骨な甘え声になってる! 普段はハスキーボイスなのにどっから声出してんだよ子宮か!?


「私も同じなんです。いやーもしかして私達って考え方が似ていたりなんて~~~」

「うん、リリウスの提案でサキュバスではないかと調べものに来たんだ」


 すんってなるのやめてもらっていいですか。リリウス君のメンタルを意味もなく削らないで!


「そっか。夢は見ずにリリウスで妥協しろってことか……」

「エリンちゃんけっこう辛いこと言ってるよ……」

「ごめんリリウス君、でも今ほんと余裕ないの……」


 一人の少女が失恋の苦さを味わい、告ってもない俺へとカウンターを放ってきたのである。俺が可哀想すぎる。


「エリンドール・フラオ君、四人で手分けしたほうが読み終えるのも早いと思う。サキュバスについての情報共有を提案してもいいかい?」

「りっリリウス君!」


 声うわずってますやん。


「なんだよ」

「クロード会長が私の名前知ってた!」

「何を当たり前のことを。可愛い女子の名前はきちんと覚えるようにしているんだ」

「きゃわっ!?」


 誰この子ってくらいバグってら。


「それに授業合間の小休憩に何度かうちのクラスまで来てくれていたよな。ファンクラブにも入ってくれているだろ? そんな子の名前を知らないなんて嘘さ」

「リリウスぅ~~~~」

「なんだよ」

「これ夢じゃない~~~~?  現実~~~~?」

「現実だよ」


 その後、エリンちゃんがものすごい挙動不審になった。

 わりぃクロード、やっぱお前とは仲良くなれそうもねえや。

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