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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
学院入学編(入学できるとは言ってない)
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踏みとどまれ! そっちはやばい!

 ものすごく疲れる会議を終えたフラメイオン卿は帰路にある。帝都貴族街にあるフラメイオン家へは部下の操る馬車で小一時間の距離にある。


 フラメイオン家は名家というほどではない。また領地を持つわけでもない。家格こそ伯爵の位をいただいているが財政的にはフラメイオンの稼ぎで暮らすだけの中堅貴族家だ。

 財産と呼べるものは帝都に持つこの家一つ。騎獣にグリフォンが二頭と父が残したオリハルコンの長剣が一つ。……フラメイオンの父は二代前の騎士団長だった。

 父は立派な騎士だった。幼き日に見上げた背中は大きく、ぐしゃりと頭を撫でる逞しい手を覚えている。だがそれだけだ。幼き日に亡くなった父はフラメイオン卿にそれ以上の物を残さなかった。


 父は勇敢に戦い戦場で散っていった。その戦いぶりは帝国騎士の誉れと謳われたがそれだけだ。当時は五つだったフラメイオンは父の顔さえ覚えていない。

 だからフラメイオンは父の面影を追いかけるみたいに騎士団長の座を欲した。騎士学院を首席で卒業して栄光の座を目指してまっすぐに駆けあがっていた。

 だが途中で思わぬ横やりが入った。学院に通ってもいないバートランド公爵家の放蕩者に栄光の座を奪われたのだ。


 ガーランド・バートランド。齢十になるかならずかの年に公爵家を出奔した放蕩者は武者修行の旅から帰り何食わぬ顔で騎士団に入りフラメイオンを押しのけて一気に栄光の座を手にした。……奴がドロア団長の次期弟子であるという理由でだ。第一皇子グラスカールの乳兄弟であるという理由だけでだ。


 奴は確かに優れている。騎士団に入団してから一応は学院に在籍して資格も手に入れた。だが正統の道を歩んできたフラメイオンを押しのけるほどの差があっただろうか?

 フラメイオンは正しい道を歩んできた。学院を出て地方で騎士の仕事を学びコツコツと積み上げてきた。なのにただ強いだけのイレギュラーが己の上に駆け上がった。ふざけるな! ふざけるな、ならば私は何のために苦渋を舐めてきたのだ!

 フラメイオンの怒りは当然であり同期や年配の騎士たちも賛同してくれた。

 泥臭い仕事を山ほど押し付けられる新人の経験もせずに奴だけが栄光の座に駆け上がったのが許せない。そう思う者は多く、だが奴の圧倒的な実力を認める者はさらに多かった。


 父を失い経済的に破綻したフラメイオン家で泥水をすする想いで這い上がってきた。勉学も実技も必死の想いで一番だけを獲ってきた。月明かりの下で懸命に教科書を読み込んできた。なのにそんな苦労もせずに奴はゆうゆうと駆けあがっていった。


 父と同じ場所に立ちたかった。父と同じ光景を見れば在りし日の父の姿を思い出せるかもしれないと懸命にやってきた。なのにこれだ。最悪だ。

 陰鬱な気分のまま馬車を降りると愛犬が突進してきた。フラメイオンが幼い頃から飼っているゴールデンレトリバーの孫であるジョンだ。


 ジョンを抱きしめるフラメイオンはその柔らかい毛並みに埋もれながら少しだけ気分を治す。

 屋敷に入る。使用人にコートを渡して執務室に向かおうとしたが……


「大奥様が夕飯を供にしたいお待ちになられております」

「母上が? 先に済ませてくれればいいものを」

「大奥様もご承知でありましょう。その上で旦那様との時間を大切にしておられるのです」


 老いた母は何度言っても夕飯を先に済ませておいてくれない。家長であるフラメイオン卿がまだ働いているのに自分だけ食事を摂れますかと頑なに拒んでしまう。今日は遅くなると言っても母はいつもダイニングで彼の帰りを待っている。


 ダイニングに向かうと母はいつも同じ笑みを浮かべる。……煩わしかった。

 温められた食事を母と二人で摂る。母はいつもなにくれとしゃべりかけてくる。でも仕事のことには触れない。職務上話してはいけないことが多く、また万が一何者かに誘拐された時に知っているということが問題になる場合もある。

 母は未だに騎士団長の妻の気分でいるのだ。それが我が身の不甲斐なさもあいまって重く苦しい。まるであなたはまだ騎士団長になれないのですか。父はその年にはすでに団長の要職にありましたよと言わんばかりの態度だ。

 だから母の話題は今日の天気と明日の天気のこと。愛犬の話もする。……退屈な時間だ。


「そういえば。あなた好い女性はいないの?」

「今はまだ仕事が忙しいので」

「いつもそういうけどこういう事は早くても悪いことはないのよ。わたくしの方で探しても……」


 どん!

 フラメイオンの拳がテーブルを打つ。


「余計なことはなさらないでいただきたい」

「でも……」


 母が抗弁する気配を見せた。この退屈な時間をさっさと終わらせたいフラメイオン卿の怒りが増す。

 そして母はいつも息子の想いを理解してくれない。息子が母の想いを理解しないのと同じだ。


「アリシアさんのことがまだ忘れられないの?」


 フラメイオン卿にも触れられたくない過去があり、それは恋仲にあった同僚を戦場で失った過去だ。それはこの家における唯一のタブーであったが母はそうとわかったうえで破った。


「関係ありませんよ。騎士団長の妻ともなれば強い自制心も求められる。単純に好ましい女がいないだけです」

「ねえグリムニル、もしあなたが意固地になっているのなら…もういいのよ」

「もういいとは何ですか」

「あなたはあなたよ。夫の後を追う必要なんてないの」

「あなたがそれを言いますか!」


 フラメイオンは幼き日からずっとこう言われてきた。

 父のように立派な騎士になりなさい。父のように優しい騎士になりなさい。父のように父のように! 他ならぬ母の口から!


「あなたのご期待通りに私は騎士団長になります。もうそれでいいでしょう!」

「あなたが信じてくれないかもしれないけどそんなつもりはなかったのよ。ただあなたには夫のように尊敬される人になってほしくて」

「不甲斐ない息子で悪かったな!」


 怒声を吐き捨てて席を立つ。怒りのままに家を飛び出したフラメイオンは犬小屋に寄り、愛犬を抱きしめる。


 彼には大勢の部下と支援者がいる。尊敬も敬愛も集めている。なのに彼と同じ高さに並び立ってくれる友はいなかった。

 彼は孤独な男で、その孤独さを理解してくれる友はいなかった。



◇◇◇◇◇◇



 次の日も次の日もそのまた次の日もリリウス・マクローエンは訓練に参加した。お弁当を持参して真面目に訓練をする彼の姿勢はなぜか好感が持てるものだ。

 強く賢く戦技の研究会にも参加しイルスローゼの最新の理論を発表もしたりする。若輩ながら彼から学ぶことも多く、フラメイオンも彼に多くのことを伝えられた。


 彼は悪しき男ではなかった。彼は飛び抜けて才能の溢れる若い騎士そのものだった。……身の危険を感じるフラメイオンは懸命に距離を置こうとしたがグイグイ来るので距離が取れなかった。


「フラメイオン卿、今夜こそ飲みにいきましょうよ!」

「すまんがそれだけは断る」

「えー!」


 断ると悲鳴をあげるのもいつもの事で何だかおかしくて笑ってしまった。


「じゃあまた明日な」


 自然にそう言って別れることができて、後で馬車の中で思い出して不思議な気持ちになりもした。


(また明日…か。あんな奴殺してやると言っていた私が不思議なものだな)


 真心は伝わっている。リリウス・マクローエンとは確かにひと悶着あったが彼の真剣な想いは伝わってくる。仲良くなりたい。彼の想いに偽りはなかった。


 とある休日の日。遅く起きた朝に庭に出ると愛犬とリリウスが戯れていた。騎士家の犬として厳しく躾てあるジョンはけっして他人には懐かないはずなのに一緒にフリスビーで遊んでいる。その傍らでは母が紅茶をすすっている。


 フラメイオンは涙を零した。

 なぜか胸を打たれた。なぜか涙が出てきた。それはきっと父と同じ気分なのだ。不意に脳裏をよぎった光景は若き日の父と母の姿だ。思い出の中の二人はテラスに座り愛犬と戯れるフラメイオンを見つめていたのだ。


 ようやく思い出せた。父はいつも優しそうに笑っていたじゃないか。

 ようやく思い出せた。父の顔をようやく思い出せた。


 テラス席で微笑む母が言う。


「よい子ね。まるで若い頃のあなたみたい」

「はい、本当に……」


 憎しみが消えていく。否、本当はずっと前から憎しみなんてなかった。

 だってあいつは悪い奴なんかじゃなかったって本当はずっと前から気づいていたんだから……


 ジョンと戯れ芝生に寝転がる少年に近づいてみる。


「改めて問うぞ。お前の目論見はなんだ?」

「フラメイオン卿と仲良しになりたいだけです!」


 本心だ。真心だ。だからすっと心に入ってきてそうだよなって思える。

 こいつには悪意も何もない。本当に慕ってくれるから通じ合える。こんなにも情熱的に踏み込んできた奴は初めてだ。


「そうだよな、お前はそういう奴だ」

「もしや俺の気持ちが通じてしまいましたか?」

「ああ、通じた」


 フラメイオン卿は真心で返した。お前と仲良くなりたい。心からそう感じたのだ。


「私にも心の準備が必要だがお前はそういう時間も与えてくれなそうだな」

「待つつもりはありましたが早い方が嬉しいです!」

「わかってるわかってる。お前はそういう純粋な奴だ」

「よかった。じゃあこれに一筆お願いします!」

「書面で残すとは古風なやつだ。どれどれ……」


 書類を確認する。騎士学院の推薦者記入欄だ。直筆の推薦状も添えてセットで提出する奴だ。ん?


「フラメイオン卿の推薦もあるならばっちりですね!」

「ん?」

「いやー、書類選考で弾かれた時は世界の終わりかと思いましたがこれで安心です。ようやく学院に通えます」

「ん?」


 フラメイオンはこんらんしている。

 リリウスもさすがにおかしいと思ったのか……


「すんません、何か誤解があったでしょうか?」

「いや問題ない。うん問題はない。ツウジテイル!」


 フラメイオンはこんらんしている。でもサインは一応さらさらっと書いて、テラスで正式な推薦状も書き始める。リリウスは母と一緒に仲良くおしゃべりしている。本当にコミュ力高いなこいつは。

 どうやら大きな誤解があったようだ。そういえば学院入学の件はこっちの一存で差し止めにしていたなと思い出したフラメイオンが推薦状を渡す時にこう言い添える。


「お前は誠実で実力もある。正道を歩み立派な騎士となるがいい」

「はい、ありがとうございます!」

「困ったことがあれば私に相談するといい。ではな、これからは勉学に励むんだぞ」

「はい!」


 満面の笑顔でそう言い切るリリウスを前にフラメイオンは心底思った。余計なことを口走る前で本当によかったと心底思った。


 やばい道に足を踏み出す前に踏み留まれて本当によかった。フラメイオン卿の引き笑いが晴天の下にこぼれた。

 始まりの救世主の権能は対話のちから。真摯な想いは憎しみを越えて伝わります。想いだけでは何も変わりませんが人の心を変えるのは誰かの想いだけ。

 グリムニル・フラメイオンはリリウス・マクローエンに対して確かな友情を感じています。好感度60。これはどんな形で敵対しても必ず一度は説得に動く数値です。ですが離れた分だけ数値は微減します。

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[一言] 始まりの救世主のちからは性別の壁をも乗り越えるんだなぁ・・・
2023/01/13 13:11 名無しの背高人
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