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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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真面目な学院生活④ 男ウェルキン四度目の大勝負

 俺の名はリリウス・マクローエン、バトルも料理も得意なナイスガイだ。ムッキムキの強面がじつは料理も得意という意外性プラスめちゃ旨じゃねーか!っていう意外性を押している。


 そんな俺は帝国に帰ってきてまず思った。


「この国ってメシマズだよな……」

「探せば色々あるけど……」


 美食家を自称するデブがそう反論しかけたが……


「う~~ん、太陽のイルスローゼ帰りだとそういう不満もわかるなあ」


 サン・イルスローゼというかウェルゲート海の国はあちこちと食材をやりとりしているから料理が多彩だ。香辛料ならダージェイル大陸から。高品質な小麦や家畜はベイグラント大陸から。世界各地に植民地を持つフェスタからはご当地フルーツが。

 そういう物が集まるから料理にも幅が出る。魔法世界ならではの面白い調理法も発展している。美食といえば豊国でピザ生地一つとっても何十種類もあるんだよな。エルフの秘伝であるレンバスを進化させた豊国ピザは本気でうまいんだ。


 料理の発展に必要なのは文化と文化の衝突だ。日本の子供が一番好きなものがカレーとハンバーグな時点で察するが異なる食文化を吸収してアレンジしていくのが豊かな食文化なんだよ。


 残念ながら帝国はそうではない。建国期に幾つもの国家を吸収したとはいえ周辺諸国から国交断絶された陸の孤島だ。これじゃあ食文化なんて育つわけがねーんだよ。


 話を戻そう。こっちのメシはまずい。男子寮のメシはわりとマシな方だと思うが三食は辛い。

 というわけで朝食はキッチンに入れてもらって好き勝手に作ってる。四人のチャラいコックを指導する年配のコック長のハゲルさんは普通にいい人なので食材持ち込みなら好きにしなって言われている。


 いまはデブと朝食くってるとこだ。

 朝からがっつり七輪で焼肉だ。タレもキムチも俺がこだわって作ってる品だから味は最高さ。魔法で発酵加減を操れるようになってからは食い時のキムチを一晩で作れちまうんだ。なお賞味期限は三日。それ以上は酸っぱくなる。

 肉も冷蔵庫でタレに一晩漬けている。炭の香りが焼肉をさらにうまくするぜ。あ、キャベツは葉を毟っただけだ。デブに好評な塩レモンドレッシングを使ってるが、焼いた肉を挟むだけで充分にうまい。


「ただ焼くだけじゃなくてタレを染み込ませておくのかあ。いやぁすごいね、リリウスくんのご飯なら毎日だって飽きやしないよ」

「デブよ、それ聞きようによってはプロポーズになるぞ」

「聞きようによるってんなら誤解がなくてよかったよ。素直に褒めてる時は素直に受け取ってよ」

「へいへい。こんなん会話のスパイスだろー?」

「男子寮じゃなければスパイスで流せたんだけどねえ」


 男子寮で同室のやつがホモとかホラーだわ。

 安心してください、妻帯者です!


 外で焼肉たべてるとウェルキンとベル君も寄ってきた。


「よお、いい匂いさせてんな!」

「朝から肉とは豪快だねえ。あ、ご一緒させてもらってもいいかな?」

「自然にたかりに来やがって」


 一応文句だけは言っておく。スパイスってのはピリ辛なもんだ。


「いいぜ、白米はもう品切れだが肉なら好きなだけ食ってけよ」

「お前ならそう言ってくれると思ったぜ。親友!」


 ウェルキン君はマジ調子のいい野郎だぜ。お調子者の馬鹿だがキライじゃない。なぜかというと俺もそういうジャンルの男だからだ。良い表現にするとムードメーカー。

 ベル君は普通の男子だ。毒にも薬にもならない温厚な性格と、勉強はできるタイプと見せかけて中の中というじつに平均的な男子だ。


 焼肉をぱくっといったウェルキンが吠える。


「うめえ! 何だこれ、ぜってえ高い肉だろ!」

「そこいらにいる一角兎だぞ」

「嘘こけ、んなの食い飽きてるぞ。春頃の兎肉がこんなにうまいはずがねえ」

「詳しいな。実家じゃ狩りでもしてたのか?」

「狩猟隊のサブリーダーはやってたが……マジで兎肉か?」

「うまくない肉でも加工次第じゃこのくらいのレベルまでは来れるのさ。俺の師匠はすげえやつだったから」


 朝食がてらにしゃべってやるのはすごい師匠の話だ。世界一の料理人を決める年越し祭で審査員を総泣きさせて優勝した挙句まつり後に始まった大乱闘スカウト合戦で太陽の王子が大暴れした話とか、迷宮の守護者相当の亜竜でシチュー作った話とか、ハイエルフを騙してそれの毒見をさせた馬鹿話を披露する。


 二つの言語で毒を意味する強毒化魔法トキシックポイズンを旨味成分に変えるなんて発想は誰にもできやしない。魔法でPH値を弄ろうなんて考えたこともない。……適当に塩分とか食物繊維とか入れときゃいいだろって考えてた俺に料理とは何かを教えてくれたっけ。

 あいつはいつだって俺らの健康を考えてくれてたのに気づいたのは随分と後だったっけ。

 あぁあいつが恋しくて仕方ない。あいつを思い出す度に溢れ出すヨダレが堪らなくつらい。 


 やべえ、思い出したら禁断症状が!


 ベティよ、本当に毒素は抜いていたんだよね? いやアルテナにも診てもらったし疑ってるわけじゃないんだがこれ本当に中毒症状とかじゃないんだよね……?



◇◇◇◇◇◇



 同時刻、ベティの残した爪痕に苦しむ男がもう一人いた。後の世で死の大天使と呼ばれるクリストファー・ブレイド・ザ・ドルジアは朝も早くから料理室に陣取り鍋をかき回している。ものすごい真剣な顔つきをしている。真っ赤なスープをグルグルかき回している。


「あっ、味は……」


 レードルで一口すすり、苦悩するみたいに顔をしかめる。


「ダメだ、及ばないどころか話にならない。あの味の再現はやはり不可能なのか……」


 彼もまた中毒症状に陥っている。

 かつて仲間たちと過ごした黄金時代を思い出せばいつだってヨダレが出てくる。あの頃は幸福だった。友達の家に行けばいつだってあの料理とデザートが食べられた。食材を差し入れしたりおかねを渡すと彼女はいつだって最高にうまいメシを作ってくれた。一回だけ本気でスカウトしたけどダメだった。


『えー、シェーファくんのとこ行くと馬車馬のごとく働かされそう』


 たしかに料理の腕前を思う存分振るってもらうつもりだったけど……

 あの時は断られてホッとした。皆の輪を乱さずに済んでよかった。そう思った。


 でも今は後悔している。リリウスに任せるべきじゃなかった。彼は自分ならベティを守れたと後悔しているのだ。


「馬車馬のようになんて働かせたりしない。ただ私にデザートを作ってくれるならそれだけでよかったよ。……今だから言えるのかもしれないがな」


 感傷的な気分で鍋をかき混ぜていると匂いに釣られて女子がやってきた。見覚えのある女子だ。

 こっちが詐欺師であっちが被害者。そんな関係の女子だ。


「あっ、詐欺師の……のぉ、じゃなくてぇ~~~」

「よい、私は礼儀作法も言葉遣いも気にしない珍しい皇族なんだ」


 この男はそういうのは本気で気にしない。気にするのはそいつが自分にとって有益か否かという、逆にものすごく厳しいポイントを気にする男だ。

 だが自分の立場に見合った作法は身につけている。そういう如才のない一面もたしかに持ち合わせている。


「そういえば自己紹介がまだだったか。クリストファー・ブレイド・ザ・ドルジア。一応この国の皇族的な存在だ」


 この自己紹介に金髪ポニテのマリアが首をひねる。


「一応?」

「うん、次の皇帝はグラスカール兄上で確定だからな。現在も将来的にもすり寄る価値もない木っ端皇子というわけだ」

「あははは……もしかして牽制されましたか?」

「そうだな、身分に目が眩んですり寄ってくる者にはうんざりしているってのもある」


 マリアは思った。そして言う。


「すり寄ってくる理由はその顔面だと思うなあ…っと、思います!」

「そっちなら素直に喜んでおくよ」

「外見ならオッケーなんですか?」

「外見には自信がある」


 マリアが宇宙で猫を見たみたいな顔になる。

 普通の人生で生きてて「外見には自信がある」なんてセリフ普通は言わない。密かに自信があるのだとしても他人に言うつもりもない。

 失礼だとは思いつつも「こいつやっぱり変な男だなー」って思うのである。


「君は考えてることがすぐに顔に出る性質だな。昔好きな人から顔を褒められたことがあるんだ。何とも単純な話に聞こえるかもしれないが彼女が褒めてくれたから私はこれを誇りにしているんだ」

「皇子様の生態もあんがい普通なんですねえ」

「他の連中は複雑怪奇を極めているが私は普通だよ」


 マリアが知る限り一番普通じゃない変な男が普通だと自称した。まぁどうでもいい受け答えの範疇だ。


「それでマリア、こんな朝早くにどうした?」

「あははは……いい匂いに誘われてきちゃいました」


 マリアの視線はさっきからずっと鍋に留まっている。

 小銭皇子も視線には気づいてはいたが本当にそんな理由だとは……いや、本当にそんな理由だ。皇子さまにお近づきになろうとしてる女が口の端からヨダレを垂らすはずがない。


「いい匂いか。失敗作なんだけどな」

「失敗?」

「記憶にある味を再現しようとしているんだが上手くいかなくてね。……こんなものでよければ食べてみるかい?」


 マリアは閃光のごとき挙手をした。

 そしてスープ皿によそってもらい一口……


「おいしっ! なっ、ナニコレ!?」

「ゴロゴロ肉のシチューだ」


 何が目標なのか判明した恐ろしい瞬間である。ちなみにアビスナーガをベティ以外が調理したら食中毒ではなく服毒になる。五分で死ぬ。象でも一時間もたない。だからこれはビーフを使った普通においしいシチューなのである。


 マリアが乙女の恥じらいも忘れてスープにがっつく!


「うまっ、うんま! ナニコレ、すごいおいしい!」

「そ…そんなに美味いか?」

「こんなの初めて食べたよ! あんた天才だよ!」

「そ、そうか、そんなに美味いか」


 人知れず鼻が伸びる小銭皇子である。

 マリアがお代わりを要求してきたので渡してやる。お代わりは留まることなく鍋一つ平らげそうな勢いだ。


「そんなに美味いのか……」


 不思議な達成感に浸る小銭皇子なのであった。

 見果てぬ頂だけを目指して突き進んできた料理道であるが、ここまで来ていたのかという達成感が心地よくて仕方ない。うまそうに食べるやつの顔を見るのがモチベーションにつながったのだ。


 鍋一杯食べ干されてもニコニコだ。否、食べ干されたからこその笑顔なのだ。


「げふー、すごっかったよぅ」

「ほ…ほぅ、こんなものでよければまた作ってやっても―――」

「いいの!?」

「暇な時はな。明日もこの時間に来れば食わせてやる」

「やった! 神ぃー!」


 こうして誰も損をしない餌付けが始まる。マリアは新しい餌場を手に入れたのだ。



◇◇◇◇◇◇



 おかねがない!

 お昼休みの一番勝負を終えたマリアの手に残ったおかねはボナ硬貨が六枚であった。高笑いをしながら去っていくガイゼリックの背中を見つめるマリアは呆然としている。

 おかねを稼いできてガイゼリックにカツアゲされる日々に疑問も抱いている。……しかし神器を諦めるつもりもない。


「あぁあの真っ白でカワイイ子までが遠い……」


 がっくりと項垂れるマリア。それを見ている二人娘は思った。


「勝てねえんだからもう諦めろよなー」

「完全にカモられてんじゃん。もう止めときなよ」

「諦め切れない!」


 賢いのはすっぱり諦めることだ。そんなのはずっと前からわかっている。

 しかしマリアは剣士だ。アイアンハートの剣士は一度欲しいと思った子をそう簡単には諦めたりしないってお父ちゃんも言っていたのである。愛の剣士の家系だ。


 未だ人間関係のあやふやな四人娘の頼れる姉貴分であるエリンがマリアを慰めてる。なお姉貴分の基準は背丈で179もあるノッポさんなのだ。


「あの詐欺師にカモられるために学院に来たんじゃないんだろ? あんなやつ忘れて楽しもうぜ」

「でもぉ~」

「はいはいマリアの神器チャレンジはもういいよ。昼食べにいこうぜー」


 マリアが手のひらを見下ろす。6ボナがある。

 そして学食は一食10ボナだ。外食としても少し高めだがその分量が多い。サラダは盛り放題だしスープと紅茶も付いてくる。ミートパイなんて大柄な男子でもお腹一杯になる量だ。

 そして6ボナでは食べられない。


 学食のチケットまだ残ってたかな、と思ってカバンを漁るも出てこない。

 マリアは神妙な顔つきになり……


「ねえお昼なんだけどぉ~」

「学食くらいおごってやってもいいけどなー」

「リジーやめとけ。ギャンブルに嵌ったやつは少しくらい苦しまないと抜け出せない。甘い顔をするのはマリアのためにならない」

「そっかー、それもそうかもなー」


 地獄に仏の糸がぷっつり途切れた瞬間である。

 ナシェカに借りようと思って姿を探すも見つからない。


「ナシェカは?」

「そこ」


 窓の外を指さしてる。

 外を見ると校舎裏にナシェカとウェルキンがいて、D組のみんなが窓際で見物してる。いつものあれだ。四度目のあれだ。


「ナシェカちゃん好きだ! 俺と付き合ってくれ!」

「……」


 ナシェカが考えてる。今までにない反応だ。教室もどよめいてるぞ!?

 こっ、これはいけるのか? 脈ありなのか!? クラスメイトもキャーキャー言ってるぞ! さっきまで囃し立ててた男子は手のひらを返したように怨嗟の歯ぎしりをしてるけど!


 永遠のように長い沈黙の後、顔を真っ赤にしたナシェカが上目遣いで……


「好きってどんなところが……?」

「見た目です! 一目ぼれです、入学式から好きです!」


 クラスメイトがどよめく。


「そ…その告白はどうなんだ……?」

「奴は男だ、正直な男なんだ」

「見た目しか好きじゃない男って女子の意見はどうよ?」

「う~~ん、人に寄るとしか」

「ナシェカさんくらい身なりに気を遣ってる子だと嬉しいかも。リズベット、あなたどうなの?」

「よく見てくれてるなー、とは思うけどウェルキンじゃなー」

「告白の内容じゃなくてウェルキン個人を否定しよった……」

「逆にウェルキンと付き合いたいって思うかー? ウェルキンだぞ、仮にキスとかしちゃったら自慢げに言いふらして次の日には男子寮の全員に知れ渡るんだぞ」

「「……」」

「いやウェルキンもそこまでのバカじゃないから……」

「ベルはそういうけどなー。仮にベルが女だったらウェルキンと付き合うか?」

「絶対に付き合わないと思うけど……」

「それが答えなんだよ」

「じゃっ、じゃあマリアはどう思う? ウェルキンはいい奴だし顔もそんなに悪くないと思うんだが!」

「おい、どうして私を飛ばした」

「エリンドールからはえげつない酷評が出てきそうだし」

「私はどういう女だと思われているんだ……」


 そして気になる告白現場は未だ停滞中。こっちの議論が終わるのを待っていた節がある。その空気を読む機能いまは要らないって、焦れてるみんなが思ってる。ウェルキンもそれどころじゃない。


「見た目かあ、じゃあ私がちがう見た目なら好きじゃないんだ?」

「そんなことはない、俺はどんなナシェカちゃんでも愛してる。愛してる!」

「例えば私がおじさんでも?」

「愛する!」

「例えば私がゴブリンでも?」

「愛してる!」


 ウェルキンは男だ。勢いのある男だ。物事を深く考えずにしゃべる癖のある男だ。

 ナシェカがにへら~って顔を崩す。そんな顔も愛してるなんて考えてるウェルキンは馬鹿だ。今フラグを踏んだにも関わらず気づいてねえウェルキンは会話がいつになく続いているのを喜んでいるくらいだ。


「私だったらゴブリンは嫌だね」

「俺はナブリンだって受け入れるよ!」


 今クラスが四分の一くらい噴き出した。真剣な告白の最中に笑いを取りに行くな。


「ふぅん、そっかそっか。それが愛だと。ふぅ~~~ん、私の考えとはちがうなー」


 ナシェカが去っていった。

 返事を待ってたウェルキンはがっくり。どう見ても順当にからかわれただけだ。


 男子たちがわらわら寄っていく。


「ナイスファイト!」

「おまえはよくやったよ!」

「四度目の告白失敗か、記録更新だな」

「昼メシおごってやるから元気だせよ!」


 こいつらがさっきまで怨嗟を顔に出して歯ぎしりしていた事実を皆さんは信じられるだろうか?

 告白失敗と見るや慌てて励ましに来た男子どもを、冷たい視線で見つめる女子は思った。


 こいつらはナイなーって。男子のあまりにも醜い側面を見たD組女子13名が恋をするとしたら他の組の男子になりそうだ。


 そして腹を空かせたマリアはお零れを貰いに調理室へと足を向けた。

 あそこにはメシを食わせてくれそうなやつがいるからだ。



◇◇◇◇◇◇



 奉仕活動から帰るとウェルキンが膝を抱えて泣いている。なぜか寮の談話室で泣いている。部屋に戻って泣けよと言いたいところだがグッと堪える。


「構ってほしいのか?」

「構ってくれ」


 ウェルキンが聞いてもいないのに自分が泣いてる事情を説明してきた。寮付き女中に頼んだお茶がくるまで構ってやるよ。


 どうやら四度目の告白に失敗したらしい。全部同じ女子だから一途といえば一途で美談なんだか迷惑なんだか……


「もう諦めて他の女子と恋しろよ」

「嫌だね、絶対に諦めない!」


 ウェルキンが泣きついてきた。


「頼むから協力してくれ! 俺のハートも無敵じゃねえ、そろそろ折れちまう!」

「だから折れて次にイケと言っとろうが……」


 仕方ねえ、少しくらい手を貸してやるか。手札を一枚切るぜ、

 ホワイトチョコケーキを触媒に女子寮からリジーを召喚する。理由はわりと何でもしゃべってくれそうな気がするからだ。


 マリア様は友達の情報を横流しとかしないじゃん。エリンちゃんなんか冷たい目で見られそうじゃん。リジーちゃんはほらアホっぽいからデザートで釣れそうじゃん。八重歯の生意気キャラにはそういう空気を感じる。


 場所を第二校舎一階のカフェに移す。さあリリウス印のケーキを食べながらキリキリしゃべるんだ。


「いやー本当にうめーな。帝都で食ったもんで一番うめーぞ」

「褒めてもお代わりしか出てこねえぜ」

「天才天才、お前マッチョなのに料理がうまいなんて面白いなあ」


 俺とおんなじで一言多いタイプだな。

 機嫌のいい内にしゃべってもらおう。そういう意図で隣に座ってるウェルキンの脛を蹴る。


「ナシェカちゃんは俺のこと何か言ってた?」

「言っちゃ悪いがウェルキンの話題なんて滅多に出ねえぞ」


 ウェルキンに82ダメージが入った。アバンストラッシュくらったくらいの大ダメージだ。

 フォローしよう。


「滅多にってことはたまに出るんだよな。どんなことしゃべってる?」

「だいたいウェルキンが奇行やらかした時だな。馬鹿だなーとかそんなんばっかりだぞ」


 脈がないどころの話じゃねーぞ。ゲームセットしてんよ。可能性からして存在してねーよ。もう諦めろよ。


 リジーがスプーンでウェルキンを指す。


「四度もフラレてんだからもう諦めろよな。笑ってられる内に退けよ、ナシェカを怒らせると怖いの知ってんだろー?」

「怖いのか?」

「怖いぞ」


 具体例は一切なかったが怖いらしい。


 学院入学からそろそろ二ヵ月。各クラスのヒエラルキーもぼちぼち固まってきたところだ。D組の濃い面子の中ですげー奴が認知されてきたって感じらしい。


 狩猟経験豊富でトゥーハンドソードを二刀流でぶん回すD組男子筆頭の頼れる男ウェルキン。おまえそんなだったのか……

 ウェルキンの腰巾着にして良心のベル君。何気にひどい人物評だな。

 雑学博士の知のグラーフ。マジで知らんやつだな。

 魔眼使いのエリンドール。彼女からはパンピーの空気を感じていたんだが。

 隠れ剣豪のマリア。特に異論なし。

 実家が金持ちのリジー。胸張って自分で言ってきたけどそれでいいのかお前は。


 そんな英雄英傑……有象無象がひしめくD組の頂点がナシェカだ。まぁ俺についてこれる実力者だしな。普通ありえんだろ。卒業を待たずに騎士団のエースを張れる逸材だ。


「てゆーかお前らがカースト頂点の集団だったのか」

「そこまでのもんではねーよ。格付けの好きな女子が勝手に言ってるだけだ」


 お前そういうの気にし無さそうだもんな。

 王者は自らの権威を顧みないもんだ。するのはいつも下っ端だ。そういう意味ではこいつにはお山の大将の素質がある。腕前もいいし将来的には騎士団で出世するかもしれん。


 実際のところD組には男爵家長子とか継承権持ちもいるけどパッとしない連中のようだ。階級社会ではあるけど皇族とか公爵家の当主候補のいる学院で男爵家ごとき権威を振りかざされても「?」って感じらしい。

 まぁそいつらが居丈高にならない理由もわかるぜ。見目のよい女子は時に大出世するからな。ナシェカなんかは将来的に侯爵夫人になってても不思議のないレベルだ。


 そこまで考えて納得した。


「冷静に考えると玉の輿を狙えるレベルの女子がお前と付き合うわけがない」

「おっ、よくそこに気づいたナー。やっぱ商売やってるやつはウェルキンとはちがうな」

「お前らじつは俺の敵だろ」

「でも冷静に考えてあいつに言い寄ってる男のレベルを見ろよ」

「最低でも子爵になってから来いって感じだよなー」

「そこを愛のちからでどうにかするんだよ! 名案出して、お願い!」


 拝まれても困るんだがな……

 何かに気づいたみたいにリジーが手を打つ。有益な情報と見た。


「それだ、それがダメなんだ」

「どれ?」

「愛だよ愛。お前よく愛愛言ってるけどそれがムカつくんだってよ。軽々しく愛って言い出すやつは本気で嫌いなんだってよ」

「そっ、そんなぁ~~~」


 愛か。そういえば……


 ステ子あれ出せあれ。学生新聞のバックナンバー。ステルスコートをパンパン叩くと内部から学生新聞が浮かび上がってきた。うむご苦労!

 何紙もある学生新聞から新入生美少女ランキングの号を広げる。確認するのはナシェカのインタヴューだ。


 インタヴューNo’4。学院には何を期待していますか?


『真実の愛を見つけに来たの』

『恋人を探しに来たと?』

『どうなんだろ? 愛って何だろうってずっと考えてたけどわからなくってさ、愛っていったい何なんだろうね。誰かが教えてくれると嬉しいんだけどな~』


 最初は男を釣りに来てるなーって思った。

 実際入れ食いだったし遊び慣れてる感じがした。かわし方は上手いし乗せ方もうまいからこういう女なんだと思ってた。見た目も白ギャルだしな。

 でもちがった。これがナシェカの本心なのだとしたら……


 とりあえずウェルキンには新しい恋を探せとアドバイスしといた。リジーも納得の名案だ。この段階まで来てるともう無理だって。


 この夜ウェルキンは不気味な夢を見たそうな。

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