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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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真面目な学院生活③

 放課後のチャイムが鳴り響く。第一校舎の大鐘楼からカランコロンと鳴り渡るチャイムと同時にマイルズ教官が読み上げていた教本を閉じる。


「本日はここまで。次回はグラウンドに出て打槍に触れてもらう。そろそろ騎兵訓練も始まるので乗馬に不安のあるものは次の安息日のピクニックに参加するように」


 学院の馬でピクニックでもすんのかな?


「教官、ピクニックの内容は?」

「一泊二日。北の山脈を目指してギャロップでの行軍、日没前に野営、明朝帝都への帰還路につく。馬に慣れるためのピクニックのため評価はつかないが、学院貸し出しの子達と触れ合う意味でも積極的に参加してほしいね」


 騎士は騎兵だ。乗騎が本当に馬かどうかはともかく乗馬は大事なんだよ。

 乗馬技能に問題はないけど貸し出しの馬は初めてだし一度くらい触れてみるべきかなー。


 背後から俺のモヒカンを引っ張る手がある。寝かせてるモヒカンをくいくい引っ張ってるのはロザリアお嬢様だ。


「はい?」

「参加するの?」


 ピクニックの話だな。


「デブはどうする?」

「……次の安息日はうちでディナーって言ったのリリウス君だよね」


 おうすっかり忘れてたぜ。デブパパのバランジット様に誘われていたんだ。帝都美食倶楽部に所属するセルジリア伯爵家のメシだ。期待していいぜ。


「というわけで俺は不参加っすわ」

「僕もだねー」

「ふぅん、一回くらい学院の馬に触れておきたかったんだけどそれじゃあ仕方ないわね」

「お友達と参加されては?」


 すぱーん! 理不尽なロザリア神拳が俺を襲う!


「あんた達無しで帝都から出るのは禁止されてるのよ。わたくしの護衛で学院に来ているって忘れてない?」

「???」

「本気で忘れてる顔してんじゃないわよ!」


 理不尽なロザリア神拳再び。しかし……


 ロザリアお嬢様は強い。異常に強い。俺でさえ扱いたくない殺害の王の魔法力を俺から借りパクできるからクソ強い。近接戦闘技能は冒険者で言えばC級程度なんだけど強化された基礎パラメータが……

 平均6000。魔法攻撃力が13000。

 護衛? 英雄級お嬢様に?


「護衛必要ですか?」

「バレたら後でお小言いわれるじゃない。言っとくけどあんたたちも怒られるのよ?」

「アルヴィン様も心配性だなあ。じゃあ俺らと一緒にデブんち来ます?」

「そうね、そうします」


 明後日の予定が決まった。俺が忘れていただけだ。

 何だかため息が出てきた。


「どうしたのよ」

「平穏な日々に慣れなくて。腕がにぶりそう……」

「じゃあこの後は組手マラソンでもしましょうか」

「すんませんが俺このあと奉仕活動なんで」

「……だったわね。忘れてたわ。そうだっ、皆さんもどうかしら? 放課後は丘をぐるりと走り込み、きっと楽しいわよ!」


 お嬢様が隣の席を埋めるご令嬢のみなさんを誘い始めた。みんなやる気があるみたいでいいお返事をなされている。この後の展開が見えたな。

 デブがこっそり講堂を出ていく。賢明だ、じつに賢明なムーブだがトラップネットガンを撃って捕獲させてもらう。さあデブ訓練の時間だぞ~、暴れんな!


「嫌だー! 嫌だー!」

「バイアットさんの様子はいったい?」

「と…突然どうしたのでしょう……?」

「怠け癖がぶり返しただけよ。さあみなさん行きましょうか」


 この訓練はね、学院を卒業してバリバリ現役の騎士が泣き叫ぶ訓練なんだ……

 慣れてきても訓練量と重しが追加され続ける永遠の苦行なんだよ。訓練はそのくらいじゃないと意味がないっていう騎士団長が開発した訓練だからね……


「わっ、わたくし用事を思い出しっ―――」


 パシュッ!

 脱走者が言い分を終える前にワイヤーネットで捕獲しちゃう。


「さあみなさん行きましょうか」

「あの…その……ペトラさんはどうして捕まえられたのでしょう?」

「さあみなさん行きましょうか!」


 バートランド家への返事は『はい』以外は許されないのだとお気づきになられたご令嬢がたが一斉に青ざめる。


 青ざめたご令嬢がた+網の中の二人を引き擦ってお嬢様が校舎を往く。

 可哀想に。



◇◇◇◇◇◇



 チャイムが鳴った。放課後だ!

 帝国史とかいう苦行から解放されたみんなが一斉に騒ぎ出す。モルグ先生が怒鳴る!


「静粛に、静粛に!」


 騒いでいたみんながすとんと座り直す。モルグ女史は怖いの。本当に怖いの。一時間丸々お説教された人もいるくらい怖いの。


「本日は途中で終わってしまいましたので次の授業までに124頁まで読み込んでおくのですよ」


 みんな死んだ目になってるけど悲鳴やブーイングはない。

 その元気があればと宿題が増えるからだ。みんなもモルグ女史の戦闘パターンを学んできたね! 悪霊と同じでダメージ受けると反射カウンターしてくるタイプなんだよねえ。


「それとパインツ先生から連絡があります。明後日の安息日ですが二日間の乗馬訓練ピクニックが開催されます。乗馬技術に不安のある者向けの講習ですので安心して参加してほしいとのことです。参加希望者は前日までに職員室でその旨を伝えなさい」


 モルグ女史が教室を出ていく。その背中が完全に見えなくなったのと同時にみんな騒ぎ出す。放課後だー!


「ねねね! ピクニックどうする!?」

「パスだなー」

 リジー不参加。


「二日は怠いっしょ。私もパス」

 ナシェカ不参加。


「……乗馬技術に不安しかないから参加するけど」

 エリンが不安そうにしてる。へっ、可愛いやつだぜ。


「エリン一人だと孤独死しそうだしあたしも行くよ」

「マリア!」


「仕方ねーなー、エリンとマリアだけじゃ迷子になりそうだし行ってやるよ」

「遊ぶやつがいなくなるのヒマだし私もいこっかなー」

「お前ら……最高の仲間かよ」


 エリンが半泣きで恥ずかしそうにしてる。可愛いやつだぜ。

 この流れなら―――


「じゃあこの後みんなで討伐クエスト受けに行こうよ!」

「パス」

「わりっ、用事を思い出したンだ」

「ごめんな」


 あれれ? 最高の仲間がつれない……


「てかナシェカはなんでぇ~~?」

「ごめんごめん、そっちの二人と違って本当に用事があるんだって」

「そっかぁ、じゃあ仕方ないね。……そっちの二人と違って?」


 エリンとリジーが立ち上がる。

 へらへら笑いながら講堂を出ていく。おい最高の仲間。


「あんたたち嘘ついてまでー!」

「ばぁーか! マリアの討伐クエストなんて絶対ヤに決まってんだろ!」

「私らまだ死にたくないんだよ!」


 最高の仲間が逃げていった。なんて薄情なやつらだ。

 えー、今日はソロぉ?


「ナシェカの用事ってなに? 友情より大切なこと?」

「マリアより大切なデートがあるんだ♪」


 友情。仲間。なんて儚い言葉なんだろうか。


 ネームドモンスター相手にソロはまずいから夕暮れまで女子寮でのんびりしてから……

 墓場に来た。


 徘徊するアンデッドを切り倒して墓場の奥へと進んでいき、ようやくあの子を見つけた。チーズみたいににじんだ月の下で、墓石に座り込んで足をぷらぷらしてる。


 本当にすごい魔法力だ。気力を張っているのにビビって足が止まりそうだ。死そのものって言ってもいい姿だ。

 でもその姿を寂しそうだと感じるのは彼女の寝言を聞いたせいかもしれない。


「アリステラちゃん」

「マリアお姉ちゃん……何をしに来たの?」


 アリステラちゃんから冥府の魔力が立ち上がる。あれは危険だ、触れると本当にまずい。

 でも足は止めない。ビビるな。止まるな。止めたらきっと傷つけてしまう。怖がってるなんて知られたらもう二度と心を開いてくれない。そんな気がするから……


 逃げるな。


「ママになってくれないんでしょ、じゃあ何をしに来たの? 命を捨てに来たの?」

「おしゃべりしたいんだ」

「おしゃべりしてどうするの?」


 ど…どうってどうってどう?

 どう? する? やばい何も考えてなかった。


「……どうしよ?」


 アリステラちゃんがけらけら笑い出した。うん、初めて会った時も思ったけどこの子やっぱり笑うとカワイイ。


「何も考えてなかったんだ。変なお姉ちゃん」


「変なお姉ちゃんは嫌いかな?」

「ううん、そんなんで誰かを嫌ったりしないわ」


 また笑ってくれた。今度は困ったみたいな笑い方で、どうしたらいいのかわからなくて困っているんだと思う。……自分でも馬鹿なことしてるってわかってる。


 でもあんな寝言聞いちゃったら放っておけない。

 両親のいない痛みならあたしも知ってるから……



◇◇◇◇◇◇



 月下の墓地で聖女と死の女神がおしゃべりをしている。笑って怒って泣いてと表情筋が大忙しだ。その姿を望遠筒で注視するナシェカは……


(うわー、もう打ち解けてる。マリアのコミュ力どんだけー?)


 マリアは誰とでもすぐに仲良くなる。なんていうか懐に入ってくるのが上手い。愛嬌があるから見てて楽しいししゃべってるとさらに楽しい。よくドジ踏むから目も離せない。


(ほんとすごいな、あれは計算や技術じゃできない。天然ってすごい。……マリアはきっと愛される才能ってのを持ってるんだ)


 何か得られるものがあるかと思って付き合ってたけど理解してしまった。

 得られるものなど何もない。嘘で塗り固めて作り上げたナシェカというキャラクターとマリアは真逆の存在で、ナシェカの有する高度演算宝珠を以てしても模倣はできない。


 愛は神聖な感情だ。機械は誰も愛せないし誰にも愛されない。……本当に愛されているかどうかなんて判別できないからだ。


 ふと脳裏に美しい金髪の青年の姿が思い浮かんだ。演算宝珠上でエミュレートされたナシェカというプログラムの古い記録がなぜか出てきた。これは殺人のために生み出された殺人人形に愛を求めた青年との記録だ。

 不思議な人だった。彼は時に父であり師であり部隊長であり、工場から生産されたばかりの姉妹たちみんなの親方だった。


(大切なのは愛すること、愛されること、愛さえあれば傷つけあう手も止まるのに……か。すごいことを真顔で言う人だったね)


 彼の言葉がまだこの記憶領域に残っていたのかという驚きを抑え込み、眼前の少年に視線を移す。


 闇夜迷彩を施した漆黒の魔導衣をまとう盗撮魔だ。

 盗撮魔は望遠レンズを装着したカメラを覗き込み高笑いをしている。さっきからずっとだ。なんで笑ってるのか理解できない。


 理解不能。それがこの男にくだした評価だ。


「いいぞいいぞ、いい感じだ。これは絵になるな、絵画だ、絵画にしよう! 千年は楽しめるぞこの一枚は!」

(ガイゼリック・ワイスマン、この男は何を考えている?)


 ナシェカは愛がわからない。この男のことも理解できない。これから先も理解できる気がしない。

 それでも協力しているのは報酬が目当てだ。


「満足した?」

「まだ入り口程度の満足度だが良い方に向かっている。これを」


 自称予言者の盗撮魔が宝石を放り投げてきた。大粒のルビーだ。80カラットはあるだろう。宝石に興味はないが換金すればそれなりの大金にはなるはずだ。

 受け取ったナシェカは渋い顔をしてみせる。人間らしい表情の作り方を学習した結果の表情だ。


「なにこれ?」

「約束の品を渡すには働きが足りない。まぁ小遣いだと思うがいい」

「まっ、助かるけどさ。あとになってやっぱり渡さないなんて言わないよね?」

「妙な疑念は捨ててほしいな、協力者には惜しみなく与えるよ」


 盗撮魔が振り返る。端正な美形なのに唇が下品な形に曲がっている、なんていうかガハハ笑いの似合いそうな顔でだ。


「また新しい依頼を出しておいた。キミの仕事は順序正しく我が聖女殿を誘導することだ。いいな?」

「はいはい、やらなきゃ報酬貰えないんだからやりますよーっだ」

「うむ、頼んだぞ。……しかしキミもわからん女だ、かつての主の銃をどうして欲する?」

「あんたが本当に予言者なら視ればいいでしょ」

「視えるだけではわからぬことも多い。我が異能を以てしても心は視えぬ」


(心……私にもあるの?)


 ナシェカにはわからない。自分に本当に心なんて上等なものが存在するかもわからない。

 だから愛には届かない。愛を理解できたならきっとあの人が喜んでくれると思っていたのに届かない。


(オデ=トゥーラ様、どうして私たち姉妹に愛を教えたのです? どうせ届かないって貴方がわかっていなかったはずがないのにどうして……?)


 愛し方がわからない。だから愛され方もわからない。人間の動きを模倣してそれらしく振る舞う人形にしかなれない。

 その想いを思慕だと認めることができないから彼女にはわからない。


 それこそが愛であり、彼女は愛をもっと素晴らしいものだと思い込んでいるだけなのだから。

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