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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
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創世の救世主と終焉の王②

 血よりも深い色をしたベルベッドの瞳が俺をじっとりと見つめている。特に深い意味もなく単純に俺を見ていたいだけなのだろう。


「見張ってなくてもいなくなったりしないぜ?」

「いなくなるのが得意技のくせに」

「そいつはきつい返しだ」


 不肖このリリウス、女との関係が面倒くさくなると逃げる習性がある。……ってのは冗談だ。


 俺は一度ファラから逃げた。よくわからない大きな不安から逃げるみたいに逃げてしまった。今ならその理由もわかる。きっとあのまま帝国に残っていたら詰んでいたんだ。

 繰り返す時の経験値が教えてくれた警鐘だと表現するとロマンチックかもな。


「あの時はすまねえ」

「いいのよ、どうせイルスローゼなら追えるという算段もあったし」


 でしょうねぇ。イース財団の本拠地はレグルスのジジイがやらかすまでイルスローゼだったし。きっちり学院を卒業してから追いかけてきたわけだし。


 夜は夢中で愛し合うだけでは消化できないほどに長く、疲れた体を癒すみたいにぽつぽつとおしゃべりをする。


「本音を言えばバファル軌道塔に行きたかったよ。わかるんだ、あそこには俺が完成するパーツがあるってさ」

「ファウストを助けてあげたいのね」


「……目的が二つあったっていいだろ?」

「勝手に行かないと約束してくれるのならいいわよ。私も一緒に行ってあげる」

「勇敢だね。夜の魔王の恐ろしさを考えたらファラは連れていきたくないな」

「あなたは覚えていないんでしょうけど私夜の魔王とは戦ってるのよ?」


 俺を触媒に呪具がシミュレートした夜の魔王か……

 あれは後からアシェラから聞いたが本物の風格があったというか限りなく本物としか思えない夜の魔王だったらしい。


 よくそんなものに勝てたもんだ。神の守り人状態の俺でも勝てる気がしない正真正銘の怪物やったぞ。


「夜の魔王をビビらせたんだっけ? 聞いた時は爆笑したよ」

「頼もしいでしょ?」

「ああ、頼もしいよ。じゃあその時は頼らせてもらうとするよ」


 不意に夜の気配がざわりと変化する。


 昼と夜、生と死が高速で反転するみたいな不可思議な感覚に陥り、窓の向こうの景色が変化し続ける。眼前のファラの様子も怪しく変化する。黒く黒く、彼女の青みがかった黒髪が黒い炎のように宙に浮かんでいる。


 これがナシェカが警戒していたナニカだってのか? くっ、俺のキングエンジンよ鎮まれ……


「あの時わかったの。あれはあの人だったし貴方もあの人なんだって」

「ファラ……?」

「貴方を守らせて。お願い、もう二度と貴方を失いたくないの……」


 ……なんだ、ただのファラか。

 断じてビビったわけじゃないが特に危険は感じないな。


「可愛いな。守るよりも愛してくれ、そっちの方がずっと俺好みだ」


 黒ファラを抱きながら思ったね。こっちはこっちで可愛いなって。

 SなファラとMな黒ファラ、どっちも楽しめてお得なだけだ。



◇◇◇◇◇◇



「で、朝まで二人のファラさんとやりまくっていたと。旦那バカなん?」


 事の顛末を軽く説明したらバカって言われた。バカみたいに警戒しまくっていた奴にだけは言われたくないがありゃあ相当な魔力圧だった。気持ちは理解できる。


 なお昨夜はけっこうな騒ぎだったらしい。強者が出現した時に強キャラたちがよくやる「この気配は……?」とか「へえ、現れたか」なんて強キャラ漫才をあちこちでやっていたらしい。一番のバカはこいつらだろ。お前だよティト。


「ま、おかげでファラがご機嫌だ。オーダーはきっちりやったろ?」

「それは認める」


 俺の持ち家であるこじんまりとした一軒家の厨房ではファラが鼻歌を口ずさみながらフライパンを振っている。今世紀最大レベルの機嫌の良さだと当委員会も花丸認定だ。


 ファラが皿を三枚抱えて戻ってきた。お洒落な店で出てくるようなフルーツと生クリームたっぷりのパンケーキだ。


「へえ、うまそうだ」

「ブリット&ヘブン・スコア・ラ・カルテッラよ」


 なんて……?


「アルスのパーティー料理よ。一枚だけ激辛になってるの」

「なんで朝からそんなものを……?」

「これちょっと面白い風習があってね。当時の大臣があまりの辛さにパーティーを退出して家に帰ったっていう逸話があってね、パーティーで辛いのを引いた人は退出しなきゃいけない風習になっちゃったの」

「へえ、さすが、博学だな」


 あれれ、ナシェカの前に置かれた皿だけやけに刺激的な赤色をしているぞ?

 え、そういう使い方すんのこれ? 京都でいうところのお茶漬けじゃん。


「さあ召し上がれ」

「あー、ナシェカちゃん用事思い出しちゃったなー」


 ナシェカが席を立った。賢明な判断だ。食えと言われているわけではない、帰れと言われているのだ。残ってもさらなる嫌がらせが待ってるだけだ。


 ナシェカが出ていった。すると時を置かずになぜかティトがやってきた。


「やあ、朝食かい?」

「そっちは……なんだ?」


 なぜかアイドル衣装でやってきたティトがさっきまでナシェカが座っていた席に座り込み……


「へえ、これはうまそうだ」


 正気かこいつ?


「用意がいいね、これは頂いてしまってもいいのかな?」


 さすがのファラも魔神にこんなものを食わすのは気が引けたらしい、わたわたしてる。


「それは失敗作ですの、すぐに作り直しますわ」

「いや、そこまでしてもらうのは悪いよ。ボクはこれでいい」


 ティトが真っ赤な生クリームがこんもり乗っかったパンケーキをフォークでぱくり。……世にも奇妙な顔つきになって口をもごもごしている。

 きっと何かがおかしいことには気づいているが何がおかしいのか言葉にできないのだろう。不死鳥が正体の炎の聖位精霊の味覚がわかる奴いる? 俺にだってわかんねえよ、人間どうしだってけっこう違うのに。


「ふぅん、最近のヒトってこういうのが好きなんだ」

「ファラのせいで人類の食文化に激しい誤解が生まれている……」

「い…一応とめたわよ……」


 この後ティトはおいしいとも不味いとも言わずにただただ不思議な物を食べている顔つきで残さず食べ終えた。


「ごちそうさま」

「お…おう」

「なんだろうね、不思議な味だったが悪くなかった。たまにはこういう味もいいのかもしれないね」

「そ…そうか……」


 ナシェカを本気で追い払うつもりで作った激辛料理を容易く完食するとはな。神とヒトとはここまで違うのかと敬服するぜ。神だな神、ティト、お前はすげえよ。


 ナプキンで口元をごしごししたティトが改めてこっちを見る。本題っぽいな。


「ボクの用件はね、そちらのやけに見覚えのあるお嬢さんについてだ」

「見覚えとは?」


 魔神が笑い出す。何が面白かったのかは不明だがたぶん大した意味はない。こいつはそういう浅はかな奴だよ。


「レグルスの係累として、アリスリートとして、ディアンマとして、どちらかという意味ならどちらであっても同じだしね」

「同じですか」


「同じさ、君がリリウスの側に立つというのなら心強いよ。見ての通り今のボクはかつてのちからを持たない半端な分霊の身だ。彼を支えてあげてほしいと頼みにきたんだ」

「びっくりするほどまともな用件だな」

「ひどいね」


 魔神がせせら笑う。普通に笑っただけだろうぜ。


「もちろんタダでやってもらおうなんて話ではない。これをあげよう」


 ティトが変な形の、かたつむりの殻のようなものをテーブルに置いた。

 神器なんだろうが初めて見るアイテムだ。


「鳥呼びの笛だ。これを吹けばボクの眷属を召喚できる」

「こんな大層なものを貰ってもよろしいのですか?」


「いいさ、元々神狩りの子たちには何か一つはあげるルールなんだ。それにそこまで大層な品物ではなくてね、戦闘用ではなく移動用だと思ってほしい」

「ありがたく頂戴いたします。大切にします」

「うん、そうしてほしい。売ったりされると困るんだ」


 ティトよ、なんだその皮肉げな眼差しは。

 ドルドアースをイルドシャーンの屋敷に忘れてきたのはうっかりであって売ったわけではないぞ。まぁどっかで売るつもりではあったが。


「わざとじゃねーよ」

「あれ本当に強い剣だったんだけどね……」


 ティト曰くドルドアースは何でも斬れる剣なのだそうな。炎が出たりとかビームが出たりとか振ると幻獣が出てくる便利な武器ではないが、何だって斬れるんだそうな。

 惜しいな、まだ持ってたら最強の盾と対決させて遊んだんだが。


「そんなくだらないことのために使わないでほしいなあ」

「最強の剣VS最強の盾は男のロマンだろ。てめえ女になって男の玉しいまで失くしたんか? ちなみに今のは魂と金玉をかけてあってな」

「ハイハイ面白い面白い」


 なんだこいつ態度悪いぞ。


 ティトはちょろっと話したら帰ってった。どうもライブがあるらしい。全国のLM商会でライブビューイングで放送するライブだ。カロッサ姉さんマジでマネージング張り切ってんじゃん。

 ティトよ、この偶像ロードを昇り詰めろよ。完成したアイドルへの崇拝は死後何十年も続くでかい信仰の源泉だ。お前が世界一のアイドルになった暁にはデスに挑むぞ。


「しかしわからんもんだ、どうにも悪びれた様子のないあいつを貶めるためにアイドル活動をやらせたはずなのに人気が出るとはな」

「善意での行動よりも悪意や嫉妬などによる負の感情からくる行動の方が大成功判定が大きくなる性質でも背負ってるのかしら?」


 ははは、まさかな!

 いや、D&Bの件もあるしあながち笑い飛ばすこともできないのか? まさかアトラクタ・エレメントの遺伝子が作用しているとか……



◇◇◇◇◇◇



 アーバックスへの滞在は三日と決め、三日が経った。なお三日と決めたと言ったが本当に三日である必要はない。ちょっとのんびりするくらいは許されるんだろうぜ。

 闘技場を見物したり冒険者ギルドに顔を出してはまぁ全員に振る舞い酒をしたり、ファラさんのご機嫌を取りつつのんびりデートをしたさ。


 出発と決めた前日の夕方、ふと気になってティルカンタ空中要塞へと続く階段をのぼっていく。

 かつて俺とあいつが戦った玉座の間にある俺が開けた大穴。そこの縁にティトが腰かけていた。……嘘こいたわ。

 ここで戦ったのはアルテナとだわ。超うそこいたわ。


「やあ、来ると思っていたよ」

「本当に?」

「ふふっ」


 うそつき魔神が適当こきやがった。

 隣に腰をおろして、途中で買っておいたアイスクリームをくれてやる。


「懐かしいな、ローゼンパームで再会した時も一緒にアイスを食べたよな」

「嘘つき会話シリーズはまだ続けるの?」


 え、俺うそついた覚えないんだけど?

 二人して首をひねっている。どうでもいいけど気になるわ。


「綺麗な夕日だ。なあ、思い出さねえか?」

「思い出すよ。君に敗れたのもこんな夕日の刻限だったね」


 え、そうだっけ?

 俺は覚えていないが、俺が覚えていないだけでそうだったかも?


「ふふっ」

「なんだよ」

「ごめん、じつはボクもどうだったかなーって思ってるよ」

「適当こきやがって」

「君だって適当ばっか言うじゃん」

「俺はいいんだよ」


 必殺、俺はいいがお前はダメを炸裂した。この大技は兄が弟にだけぶちかませる超理不尽技だからな、みんなも使う場面には気をつけろよ。


「思い出すっつったのはてめえと手を組んだ日のことだよ」

「あの時か……」

「気づいてたか、俺はあの日、返答によってはお前を始末するつもりだったんだぜ」


 懸念は何一つなかった。今の俺でさえメンバーを集めれば楽に殺せる程度には現代のティトは弱っていたからな。


 殺す前に言い分を聞いておきたい。そういう気持ちで対決の場を整えたよ。

122P目

 なるほど、十二の試練を全部外したと。なるほど……

 いやまさかね、そんな馬鹿な真似はしないと思うし興味本位で読んでるだけだと思うけど何があるか分からないし一応書いておくよ。

 まだ器の強度が足りない状態で殺害の王の窓を広げるのは大変危険だ。土の器に高水圧洗浄機をぶっかけてるようなものだからね。何度も説明したよね、頼むからやらないでくれよ。いやほんと君がこのページを興味本位で見ているだけなことを祈るよ。マジで。

 十二の試練を外した君はきっと困難に立ち向かっている最中なのだと思う。殺害の王の権能のすべてを引き出せるキミにとって不可能は容易く可能となり、あらゆる強敵を打ち砕けたことだろう。だがそれは過ぎたちからだ、困難を脱したらすぐに再封印するんだね。


①全力戦闘は一度に留めて即座に十二の試練を嵌め直す 123Pへ

②全力戦闘が数日間に及んだ場合の対処法 124Pへ

③何らかの事情があって十二の試練を嵌め直せなかった場合 125Pへ

④特に何の理由もなく十二の試練を外し続けた場合 126Pへ

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