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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
360/362

創世の救世主と終焉の王①

 義勇兵と別れた俺達はトレーラーを運転して本拠地であるABC首長国連邦に向かう……ってのは面倒くせえな。

 この大型トレーラーが現代では運用し辛いってのは肌身で思い知ったよ。通れない道が多すぎるんだ。馬車での通行を想定して作られた道にモンスタートラック級の大型トレーラーは無理なんだよ。重量の関係で木製の橋もこえーし。


 というわけで奥の手を使う。

 長距離空間転移でパッと瞬間移動さ。するとウェルキンが文句を言い出した。


「こんな手が使えるならもっと使えよ」

「リブの消耗を考えると緊急性のない長距離移動なんぞで使いたくなかったんだよ」

「あん? もしかして今の術って相当消耗するのか?」

「する。ついでに言うと自然回復はしない貴重なちからを触媒にしているから今後の強敵とのバトルに影響する」


 空間転移は距離による消費量は大したものではない。極端な話にすると今見えている範囲と木星圏を比べても二倍も変わりはしない。厄介なのは一緒に移動する魔法的な体積と質量による消費量が大きくて、殺害の王なんて背負ってる俺は特に辛い。エーテルリアクターを積載しているトレーラーも重い負担になる。


「つかどういうことだ、普段の三倍近く疲弊している気がする……」

「旦那、だってファラさんがいるし」

「ファラ一人増えたのがなんだってんだよ。俺とお前の倍の魔法的体積があるわけがないだろ」


 いや、マジックアイテムの分だけ消費量が増えているのかもしれない。ファラのマジックバッグにどれだけ入っているのかは不明だが最高神格と空母二隻分の体積よりも倍は多いとはな、頼もしい限りだ。

 いや、殺害の王とのチャンネルを破棄していることを考えると2.8倍とかそれ以上の計算になるのでは……?


 自分の中のリブがごっそり減っているのがわかる。今後は控えよう。


 転移先はLM商会所有の軍事基地内にある飛空艇ポートだ。商会の軍事基地ってなんだって言われると俺には何も言えねえ。まぁ訓練施設のようなもんだ。


「ついてこい」


 私用だと言ったのに余計な奴らがついてきた。ウェルキンは仕方ない。ナシェカがいるところなら冥府にだってついてきそうな男だ。リジーとエリンはどうしてついてきたんだ? 謎だ。


 六人でぞろぞろ廊下を歩いているとたまに社員から声をかけられる。久しぶりとか、珍しいなとかそんな感じだ。そういや去年の夏頃から顔を出してなかったな。


「へえ、強そうな奴が多いな」

「うちの会社ってお前の二倍以上の強さで最低ラインなんで」

「そこまでの差は感じねえがな」


 かもしれん。実際いまのウェルキンはかなり使える。飛び抜けた長所はなさそうだが穴もない。経験を積めばそれなりの戦士になるんだろうな。


 廊下の先っぽは一見すると行き止まり。まぁ壁にゲートを埋め込んでるんだわ。


「ここを潜るぞ、遅れるなよ」


 ゲートを潜ると厳かな雰囲気のある祈りの座だ。聖なる水で満たされた空間の中心には黄金のアシェラ像があるがスルーで。

 次々とゲートを潜ってきた連中がちょっと驚いてるな。


「ここはどこだ?」

「LM商会ABC支店の最上階だよ。一応言っておくが勝手にその辺の物に触んなよ、神像も壊すな、殺されるぞ」

「誰にだよ」

「神罰にだよ」


 神殿で罰当たりな行為はダメだ。神の息吹の強い場所には信仰のちからを宿した従属精霊やらがいるからな。そしてここにはいる。聖なる水の中にはアシェラの飼ってるスライム状の聖位精霊が潜んでいるのさ。


 階段を下りていく。キョロキョロしているリジーやエリンが買い物をしたそうな空気を出している。また後にしてくれ。


「なあ、ここってお前の商会なんだよなー?」

「おう、すげえだろ。ローゼンパーム本店と品物は変わらないからな、メルダ―スのブティックなんかもあるぜ」


 リジーがすぅっとすり寄ってきた。どうした、俺の偉大さに気づいたか?

 いやクーポンが欲しいだけだな。


「お前の友達って言ったら何でもくれたりしないのか?」

「しねえよ」


 妙な期待感はすっぱり断ち切っておく。普通に売り上げに貢献してくれ。


 店を出る。時差の関係でこっちはまだ午前七時くらいか。さすがに人通りは少ないな。でも新しい町ってのはワクワクするもんだ、みんな探検したくてうずうずしてるぜ。


「へえ、けっこうでかい町だな」

「探検したければ探検してていいぞ」


 山肌に沿って作られた高低差のある町の一番上の方を指さす。まぁここからじゃ見えるわけがないんだが一番上にはアーバックス行政府がある。


「坂道の一番上に用がある。適当に見て回った後はそっちにこいよ」

「なあ、あっちの城はなんだー?」

「ティルカンタ空中要塞な。あそこには行くな、待っているのはグランドバトルだけだ」


 あそこだけはアーバックスの領土ではない。魔神の住処だ。

 資格を持つ選ばれた戦士にしか見えない不可視の空中回廊があるんだがこいつらには見えないだろ。なお条件は不明。ティトはそのあたりふわっとした奴だよ。


「じゃあ幾つか注意事項を。ティルカンタ空中要塞には絶対に行くな、あそこの適正攻略レベルは150からだ。街中で森人を見かけたら絶対に喧嘩を売るな、そいつらはレスバ大好きレスバ族だ。砂色法衣の僧兵にも喧嘩を売るな、そいつらは悪徳信徒だ。太陽のアンクレットをつけた魔導師にも喧嘩を売るな、俺でも見捨てるしかなくなる」


「……いや、ケンカなんてしねえよ、俺らのことなんだと思ってやがる」

「うん、わたしら観光したいだけだし」

「つーか面白い場所を教えてほしいんだぞ」


 最後にこいつらにお小遣いを渡して別れる。次会う時に檻の中なんてことになってなきゃいいんだがな。


 ここで面白そうにキョロキョロしていたファラさんから発言がある。


「ねえ、私も探検したいんだけど?」

「こっちの用を済ませてからな。デートしよう」


 ナシェカが「旦那、浮気ですかい」なんて言ってこない。霊圧を消してやがる。お前のあまりの警戒ぶりにそろそろ俺も怖くなってきたんだが。


 街並みを眺めながらのんびり坂道をのぼっていくこと約20分。ようやくたどり着いた女王の館には主要人物がずらり並んでいる。

 ナルシス派からは代表のナルシスと首席補佐官のナディール。

 アシェラ神殿派からはグリードリー。

 アーバックス派からは代表のアビーとシシリー。


 謁見の間にずらりと並んでいる連中には軽く手を挙げて挨拶しておく。


 玉座というには威厳が足りないが古びた木製の椅子に座るアビーは少し不機嫌そうだ。


「挨拶なんかは後で個別にしてちょうだい。さっそく始めましょう」


 女王が会議の始まりを宣言する。

 そして隣に立つグリードリーを睨みあげる。


「ちゃっちゃか吐きなさい」

「夜の呪具の情報ね。夜の衣はリリウス・マクローエンの手に」


 アシェラ信徒が得意とする神話語りのようにグリードリーが語り出す。


「夜の腕はフェニキア王太子シエラザード=クロノスの手に。夜の靴はフェスタ帝国皇帝ライアード・バーネットから譲渡されリリウス・マクローエンの手にあり。最後の一つ夜の瞳は……」


 溜める。

 長い、長いな。溜めるねえ。エンターテイメントを理解しているねえ。マジな話ささっと言ってほしいような、雰囲気を出してほしいような気持ちが半々だ。


「現在調査中なのよね」

「うそぉ!?」


 おいいいいいいいいい! あれだけ溜めに溜めておいて調査中ってあんた、それはねえでしょうが!


 いや、逆に調査中だから溜めたのか? そんなエンターテイメント性は捨ててくれ。

 見ろよ、ナルシス以外はほぼズッコケてるじゃねえか。アビーも肘をついていた左手がズレてガクってなってんじゃん。


「本当でしょうね?」

「ほんとほんと、真実真実」


 大変疑わしい軽さだがグリードリーはね、そういう人だよ……

 このオネエさんは人柄はいいんだが軽いんだよね。ファンタジー演出に向いてない。


「あたしたちもアシェラ様の頼みで方々を探し回っていたのよ。というかそれこそ何百年も探してきたの。そんなものが一年やそこいらで簡単に見つかると思うわけ?」

「ぐぅの音も出ない正論ね」


 なんという肩透かし。この展開はさすがのアシェラも予想外だったんじゃ?

 ここでファラがぱらぱらとゲームブックをめくりはじめる。


「この可能性の高い所有者または所有国、ないしは遺跡に関しては全部調査済みなの?」

「半分くらいはね」


「全部調査していないのはどういう理由?」

「別にサボっていたわけじゃないわよ。調査中は調査中、言葉通りの意味よ。先の夜の魔王降臨の影響で所有者がいたのならとっくに喰われているだろうしその可能性は除外できたわ。となると過去の所有者ごと呪具を封じてある可能性が高くて、となると神殿勢力が隠し持っている可能性が高いわ。神殿勢力となるとあたしたちじゃお手上げってわけ」


「過去視ではわからないの?」

「わからないから調査中なの。ねえファラ・イース、アンタが疑うのは勝手だけどそれアタシたちへの侮辱って理解している? アシェラ様のご命令に手を抜く信徒なんて一人だっていやしないわよ」

「そうね、これは謝罪するわ」


 ファラさんがまたゲームブックをめくり出す。表題が『創世の救世主と終焉の王』とあるゲームブックには触らせてくれないから、どこまで書いてあるのか不明なんだよね。


「となると現状一番可能性が高いのは夜の剣、所有者はファウスト・マクローエン」

「それか、バファル軌道塔か」


 ぼそっと呟いてから気づいた。みんなの視線が俺に集まっている。


「どうした、俺なにか変なこと言ったか?」

「アシェラ様から言われてるわけ。そこの厄さは最大レベルだからあなたが行こうなんて言い出したら絶対にとめろって。おそらくいるわよ」

「かもしれねえな」


 アシェラは俺を通した過去視で夜の剣を視ている。あれは神代に造られたモノではなく、現代に造られた複製品らしい。

 つまりいるんだよ。大本の夜の剣から複製品を造ってファウスト兄貴に渡した存在がな。そんなことができる奴は一人しかいねえ。


「夜の魔王の残滓、さすがのアシェラも親父を殺す決意までは持てなかったか」

「正気? 勝ち目がないから止めたとは考えないわけ?」


「正気さ。勝ち目はねえが勝ちを拾うのなんて簡単なんだよ。俺を誰だと思ってやがる、最強の救世主さまだぜ?」

「……バファル軌道塔の夜の魔王の残滓は無し。倒して吸収できたとしても内側から呑み込まれる可能性が高いので意味がない、だそうよ」


 格好つけて凄んでる俺の努力を一発で破壊するのやめてもらえる?

 そのゲームブック卑怯だよ、英知の女神のお手製ってだけで俺より説得力あるもん。


「夜の瞳が見つからなかった場合はファウスト・マクローエンから強奪するのが良し。良好な関係を築けばレンタルできるかも? 難しいかな? ですって」

「どうだ?」

「か…借りれそうではある」


 不本意ながら現在ファウスト兄貴とは共闘関係にある。貸してと言えば貸してくれる可能性は10パー程度は存在するし強奪なら100パーだ。俺があの貧弱眼鏡に負けるわけがねえ。


 ナルシスが肩をすくめている。じゃあそれでいいじゃないかって感じだ。


「では兄から借りパクしてこい」


「だが……」

「どうせ決着はつけるつもりなのだろうが勝算が立ってからにしろ。まだ勝ち目がないのなら今回はやめておけ」


 ぐぅの音も出ない正論。破天荒の塊みたいな奴から安全策を勧められるとは我ながら無茶な提案だったかね?


 だがいつかは決着をつけなければならない。不思議とわかるんだ、足りないパーツを求める本能のようなものが夜の魔王を求めている。呪具なんて代替品じゃない、本物を手に入れねば癒せない乾きのようなものがある。

 いつまでも目を逸らしてはいられないが、今はまだちからが足りない。


「わかった、ファウスト兄貴に接触してみる」

「そうしろ。せっかくこれだけの面子を集めたのだ、仲間を頼るのは恥ではない、これはお前のセリフだろ?」

「何でも一人でやりそうなあんたから聞けるとは思わなかったよ」

「フッ、私は何だって一人でやりはしない。下僕どもを便利に使うだけだ」


 いま一人だけ仲間じゃなくて俺達を下僕だと思ってる独裁野郎だと判明した。

 この事実を知ってなお好感度が上昇も下落もしないのはナルシスがそういう奴だと心底から理解しているからだろう。

 そんなナルシスへとみんなからの白い視線が集まっている。


「……何を本気にしている、冗談に決まっているだろう」


 みんなの視線が「本当かな?」っていうものに変わったのでナルシスが珍しく狼狽え始めた。え、まさか本気?


「もしかして本当に本気で冗談?」

「冗談だ! 私にだって共に戦ってきた仲間への敬意くらいはある、そこまで見損なうんじゃない」


 マジかよ。って逆に俺が狼狽えそうになったがファラが噴き出した。くすくすと小さく笑う彼女にナルシスが顔を押さえて悔やんでいる。きっと面白い反応を見せたのを後悔しているのだ。


「あぁおかしい。ナルシス兄様も随分と可愛くおなりね?」

「こいつらといると調子が狂うというだけだ」

「そうかもね、でもいい変化だと思うわ」


 会議の第一議題が借りパク作戦に決まり、続いて次の議題に移る。

 議事進行はアビーだ。


「当初から想定していたとおりだけどネットワークを経由する連絡手段はガレリアに筒抜けになるわね。秘匿性の高いアプリケーションと言っても政府の権限では開示請求できてしまうもの、当然よね」


 元々頼もしかった彼女は国主の座についてからより頼もしくなった。きっと責任が彼女を育てたのだろう。


「一応検証はしたけどアシェラ様の作った秘匿通信アプリにはまだ気づかれていないと判断していいわ。これまで通りどうでもいい連絡は表のアプリで、重要な連絡は裏のアプリで行いましょう」

「これについてはアタシからも。これは現在連絡のつかない構成員のリストね。ガレリアは常套手段として誰かを殺してその者にキリングドールを置き換えるわ、でも今のところ成りすましが現れた形跡はなし。鑑定眼には通じないから無駄な手を省いたと考えていいでしょうね」


 情報をすり合わせて現状を把握して必要を行う。会議ってのは運動に例えるならクラウチングスタートだ。より早く走るための準備なのさ。

 意見飛び交う会議を眺めながら腕を組む俺は後方腕組みリリウスである。ゆったりと会議を眺めているとナシェカが俺の袖をくいっと引いてきた。萌えアピールかね?


「旦那ぁ、今のところ完全に存在感がないんですがいいんですかい?」

「何を言うか、慈愛の眼差しでみんなをがっしりと包み込むように見つめるのが俺のやり方だ」


 学べよナシェカ、会議の邪魔をしないという役立ち方もあるんだ。

 この面子を相手に堂々と意見を言える高二なんているわけねーだろ。つか根回しなんて会議を始める前にとっくに終わってんだよ。



◇◇◇◇◇◇



 会議の後は懇親会、と言いたいところだが解散した。

 動きたい奴はすぐに動きたいだろうし個別に情報収集もあるだろう。と思っていたらナルシスが近づいてきた。……一番怖い奴が来やがったぜ。


「アデルアード准将だがどんな男だ?」


 なんで馬鹿皇子?


「使命感に燃える馬鹿皇子だな。理想は高いけど実力が伴ってないへっぽこだ」

「なるほどな。お前が以前言っていた騎士団領構想に使えるか?」


 あー、あれか。

 本来ならガーランド閣下にレンテホーエル大平原東北の土地を任せる騎士団領という建国プランがあったんだよ。おしゃかになったがな。


「為政者のランクは下がるが使えると思うぞ。あれで見込みはある善良な男だ」

「いい話を聞けた。ではまた夕食にでも」


 ナルシスが去っていき、今度はアビーに話しかけている。徘徊系ボスエネミーかな? 俺よりあいつの方がよっぽど殺害の王なんですけど……


「じゃあ今日は予定通りおやすみってことで。ここまでけっこう色々あって疲れたし場合によっては二日三日は休息を取ろう」

「旦那、しばらくは別の女とお楽しみですかい?」

「ナシェカ貴様……」


 ファラ様のいるこの場でその発言がどういう意味を持つかわかってのことだろうな?

 死ぬぞ、俺とお前が!


「ちがうんだ、ファラ! 愛してる!」


 やばい気配が発生する前に抱き締めてキスをする。これがディアンマホルダーとの正しい付き合い方!


 惨劇を回避したと思ったのもつかの間、からんと高い音がどっかで鳴った。

 そっちを見るとユイちゃんが長い錫杖を取り落とし、後退っているところだった。


「所詮…所詮わたしなんか二番さんにもなれないんですねー!」

「待ってユイちゃん、誤解ってこともないんだけど誤解だー!」


 走り去っていくユイちゃんを追いかけようとしたが……

 くっ、ファラのちからが強い。え、もしかして俺よりフィジカル高い疑惑……?


 さながらキングエンジンのようにドッドッと音を立てる俺の心臓。俺を見上げるファラさんの瞳にヤンデレの光彩が浮かび上がる。


「行ったらどうなるか、わかるわね?」

「旦那、ナシェカちゃんも今そういう気分だな~」

「貴様らいつの間に共闘関係を構築しやがった!」


 だが俺は負けない。ここで追わねば大切な人を失う気がする。

 肩の関節を外してからの180度開脚でファラの拘束から逃れる。ナシェカの体を押し付けて次動を制してからユイちゃんを追う。


「ユイー、好きだー!」


 女王の館を出る頃にはるか後方のナルシスから「あいつそろそろ死ぬぞ」という呟きが聞こえてきたが無視する。


 LM商会は俺の女性関係で成り立ってるからな。ここが不和を起こすと空中分解して大乱闘スマッシュブラザーズの始まりなんだぞ!

 くっそ、組織の作り方を完全にミスってやがるぜ!



◇◇◇ファラSIDE◇◇◇



 わりと本気のちからで抱き締めたのにリリウスはあっさりと逃げていった。純粋なパワーではなく技量差であり、普通に何の反応もできずに逃げられた。先頭で戦う神域の戦士の技には到底敵わないのだと感じた。


(うーん、これもしかして本気で抵抗されたらあっさり負けちゃうんじゃ……?)


 いつでも勝てる。いつだって連れ去れる。簡単なことだと考えていたが……

 鏡の中の自分の問いかける。


(ねえ、できるの?)

(……今のを見るとちょっと自信ないかも)


 情けない。なんて情けない女神だ。だが仕方ない。だってこいつは一度リリウスに敗れているのだから。

 そして彼はあれからさらに強くなっているはずなのだ。これは見通しが甘かったかもしれないと狂愛の女神二人が悩んでいると、女王が近寄ってきた。


 知人の内ではある。あの頃彼女はローゼンパームの冒険者ギルド受付嬢で、自分はイースの総帥だった。

 以前あちらはへりくだる立場にあったが今は対等と考えていいだろう。


「あの、ファラ様。お久しぶりです、私……」

「お久しぶりね。御出世なさいましたのね、おめでとうでいいのよね?」

「それはもちろん。まぁその、祖国をこうして復興できたのはリリウスのおかげでして……」


 いまアビーの心臓もキングエンジンさながらにドッドッドッ言ってる。ディアンマホルダーの前に愛人として立つということは死を意味している。


 何もかも理解した上でアビーが頭を下げる。


「お願いがございます!」

「仰いなさい」


「LM商会のほとんどはリリウスの女性関係で成り立っているのです! 不肖わたくしめもそうですがアシェラ神殿の協力も言ってしまえばアシェラ様のリリウスへの親愛ありきのこと。魔神様やウルド様のような単身で万の兵力に匹敵する御方もリリウスへの親愛でご協力くださっているのです! なにとぞ、ご容赦をいただきたく!」


 本来リリウスが説明するべきことをアビーがやる! 夫の不始末をフォローする妻の姿がそこにはあった!


 あいつが絶妙に使えないせいだ。そしてこれこそがアビーがLM商会で一目置かれる理由であるのだ。

 LM商会の首脳陣であるナルシスやアシェラ神はこういった普通の人間として当たり前の礼節を事欠くところがあるため、普通の人であるアビーが必要なのだ。


「ええ、それは構わないわよ」

「感謝いたします!」


 アビーが喜色満面で顔をあげる。だが彼女は本質的にディアンマホルダーがどういう存在なのかわかっていない。


「彼が私の物であることを理解して弁える内は見逃してあげましょう」

「あっ……」


 説得はして了承のような御言葉もいただいたが理解してもらえていない。

 当然だ、ディアンマホルダーだからだ。説得や説明が通じるのなら彼女達はここまで恐れられることはなかったのだ。


 ナルシスなどは「やっぱりこうなったか」と肩をすくめている。奥さんがディアンマホルダーなので当然だ。リリウスを除いてはこの中で最もディアンマホルダーを理解している男であるし、なんなら彼自身もディアンマの寵愛を受けている。


「てゆーかティト神の加護持ちの相手なんて一人でしてらんないわよ、身が持たないもの。ねえ?」

「あは…あははは……」


 最高に笑いにくいディアンマジョークが炸裂してアビーが顔を引きつらせながら愛想笑いをする。笑ったら笑ったで殺されそうなジョークだったからだ。もちろんナシェカは霊圧を消している。場合によっては始まる神とヒトのグランドバトルへの準備だ。


 まぁみんな気づいてしまったということだろう。

 数々の試練を乗り越えてきた神狩りの戦士たちだからこそ、この女の放つ危険な香りに気づけてしまったのだ。……リリウスが気づけるわけがない。あいつはむしろ安全だ。狂愛の女神の保護下にある。危険なのは他のみんなだ。


「へえ、これはこれは……」


 この時、会議に遅れてやってきたティト神が中の様子を見てくるりと帰った。


「うん、ボクの手には負えないね」


 お前のそういう賢明なところはみんな嫌ってるぞ。いやしくも神の末席を汚すものがヒト相手に逃げるな。

 


◇◇◇◇◇◇



 翌日、すっかりご機嫌になったファラを連れ出して町巡りをしている。機嫌が悪くなったらご機嫌を取る。男女のシーソーゲームの鉄則だ。


 ナシェカがなぜかキラキラした尊敬の眼差しで見上げてくる。


「旦那、改めて見直したというか旦那の世界平和への貢献ぶりに頭が下がるよ」

「おせーよ」

「うそでしょ、ほぼマッチポンプなのになんで強気で言い返してこれたの……」

「ファラの危険性は俺の過失じゃない、よってマッチポンプは成立しない、ハイ論破」

「そのハイ論破あいかわらず超腹立つ……」


 ぐぬぬ顔してるナシェカの耳に口を寄せる。ナイショ話だ。


「俺はこの三日間の休日の間に全力でファラ様のご機嫌を取る。暴発は抑え込んでやるから心配すんな」

「おお、旦那が初めて救世主らしき仕事をする……」


 ん、いま初めてっつった?

 何言ってんだ、救世主の仕事は破壊と再生だぞ。


 とはいえイイ女と愛し合うだけで世界が守れるってんならヤルぜ。最高だな。

創世の救世主と終焉の王


 まず初めにリリウス・マクローエンはクライシェ側の人材である可能性が高い。その論拠として提示できるものは冥府の王デス、殺害の王アルザイン、至高神アル・クライシェ、これらは世界の法則の書き換えを権能とする異類の神であることだ。

 ボクはこれら三柱をヒトの願いではなく世界を司るものの端末として生まれた、世界の管理者なのだと仮定した。

 殺害の王アルザインとは分かり合えるという感触もある。時間を掛ければ器の強度も増して完全な合一も可能だろう。

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