真面目な学院生活②
日々が平穏に流れていく。ぬるま湯みたいな何でもない日々が通り抜けていく。何を為すでもなく何の成果もない日々は単調で退屈でアクビが出てきそうだ。
シェーファは最近は学院によく顔を出す。今は泳がせておくさなんてイイワケをして目をつぶるのにも慣れてきた。惰性っていうのかな? 今は気力が湧いてこない。
今は職員室でお茶を飲みながらコッパゲ先生とそんな話をしている。
「今までが生き急いでいたのだ。リリウス君にはこういう時間があってもいいと思うよ」
「こういう時間ですか?」
「人生には何の生産性もない無駄な時間があってもいい。私にもそういう時はあったが今振り返ってみるとあの時間だとて無駄ではなかった」
先生にとってのこういう時間ってのはアシェラ神殿脱走後のアルステルム伯爵庇護下の時代だそうな。
神殿からの追っ手を警戒して太守府から一歩も出ることのない無味乾燥な日々。気ままに酒を喰らい、気ままに太守府を散歩し、気ままに誰かと語り合う。自分のことなんて誰も知らない土地で気勢を張ることもなくのんびり過ごしていたんだそうな。
「何か得るものがあったんですか?」
「心の豊かさを得たと考えているよ。あの頃がなければ教師になろうなんてとてもではないが考えもしなかっただろうね」
「ふぅん、きっかけ…教師になったきっかけは?」
「アルステルムでの家庭教師だろうね。武術でも知識でも思いつくままに教えているうちに教育の面白さに気づいたんだ。いや、人と親密に接することで自分が変わっていくのが楽しかったんだね」
「人は人にとって宝物と言いますもんね。……誰の言葉でしたっけ?」
「さあて誰だろう。でもその人も誰かと接することのおかしみに気づいたのだろうね」
チャイムが鳴る。二時間の昼休みが終わる。
職員室でのんびりしている先生たちが支度を整えて出ていく。
「戦うだけが人生じゃない。愛と友情を育んで絆のちからで人生的に勝利するのがジャスティスってのは君の言葉じゃないか。さあ今こそ実践すべきだ」
「それを言ってた頃の俺は何もわかってませんでしたよ?」
「そうかい? 私は好きな考え方だけどな」
五時限は剣術の授業だ。ハイランド流護身剣術かあ、縁がなかったんだよなあ……
なおAB合同の剣術の授業では青イエティが眠りながら無双していた。明らか居眠りしているにも関わらず鬼のような強さで乱撃繰り出してるのには笑いを禁じ得なかったわ。
開始の合図と共に動き出して終わりの合図とともに停止するまでの間、対戦相手が泣いても喚いても攻撃の手を一切緩めないんだもん。殺人マシーンかな?
「ねえリリウス、あれってそういう剣術なの?」
「わかんねっす」
豊国からの留学生アーサーなんちゃら、もといヨークストン候ラウ・アルトリウス。春のマリアの攻略ヒーローである彼の役割は攻撃性能の高い治癒職っつかネタ職の殴りプリーストだったんだけど現状どう見ても撲殺プリーストだ。
どうっすかなー、接触するべきか否か。……考え事をしているとクラスメイトの男子が近づいてきた。
取り巻きを引き連れてぞろぞろとやってきたそいつの名が思い出せない。
「ロザリア様、この者をお借りしてもよろしいか?」
「所有物ってわけじゃないもの、お好きになさって」
というやり取りを終えて高慢ちきそうな男子がぎろりと睨んできた。
名前がどうしても思い出せない。もしかしてガチ初対面か?
「終焉のグライエスか?」
「誰だその無駄に格好いい名前は!」
おおっ、求めていたつっこみが来た。こいつは話せるやつと見た。
「ディルクルス・フラウ・ヴェートだ」
「本名も格好いいじゃん」
「ふんっ」
鼻を鳴らしたディルクルスのふんぞり返り具合が気持ち増した。嬉しかったのかよ可愛いやつだな。
「リリウス・マクローエンだ、よろしく」
「初対面の空気を出すなああああ!」
え、すでに紹介済ませてたっけ?
じっくり顔を見てみるが全然思い出せない。
「すまない、B組の人はまだ顔と名前が一致してなくて……」
「同級だ! ちくしょうっ、ふざけやがって!」
「そいつはすまんことをした……」
「素直に謝るな!」
つっこみスキルの高い男だな。正直好き。出会った頃のフェイ君思い出すわ。
あいつもいいオモチャだったんだけど最近どんなボケかましてもスルーされるんだ。
「すまねえなあ。心から謝罪するから許して」
「ああ、私も馬鹿を真面目に相手にする気はないから許してやる」
つっこみの上手いツンデレ男子とか中々いいポイントを突いているな。滅多にいない属性なのでキャラ被りは少ない。ユニーク級のレアリティだ。
「で、なんか用?」
「交流を深めたいと思ってな。サシで一本やらないか?」
「先に確認しておくがホモじゃねえよな?」
「んなわけがあるか! ホモセックスの隠語ではない!」
「……どうしてそれがホモセの隠語だとわかった?」
「何だと?」
「それはナバキア海南方の海洋国家のゲイ界隈で用いられるマイナーな隠語だ。あちらでもかなり性に意欲的なやつじゃないと知らないはずの隠語をどうして? まさか近海のホモが全員集まるという真夏の乱交パーティー参加者なのか!?」
「な…何を言って……」
うろたえたディル何とか君が一歩後退ると、取り巻き達が三歩下がった。しかもすごい速さだったんでクソワロ。
「お…おい?」
「……ディルクルス、どうしてそんなマイナーな隠語を知っていたんだ?」
「何を言っているんだ。おい、どうして距離を取る! おい!」
「質問に答えてくれ! ……答え次第では今後の付き合いを考えさせてもらう」
取り巻き達が一斉に頷いている。
ディル何とか君が慌て始めた!
「ちがう、知らない、隠語なんて知るわけがない!」
やばいオモシロすぎるからフォローしなきゃ!
「じゃあどうしてホモセックスなんて固有名詞が出てきた! 最初から語るに落ちているだろうが!」
「おまえぇぇぇええ!」
「リリウス君の言う通りだ、ディルクルス、ホモセックスなんて言葉はお前から言い出したんだぞ!」
「ちがうんだ、ちがうんだ。なあエド、おまえなら信じてくれるだろ!?」
ディルクルス君の手がエド君の肩を掴もうとしてスカった。後ろに退かれたからだ。
「ち…近寄らないでください……!」
ざわつく取り巻き。
「あいつエドまでそんな目で……」
「ケダモノめ…」
「今になって思えばあいつのサウナ好きって……」
「そういう事だよな……」
「ちくしょう……! 信じていたのに、信じていたのにディルクルス、俺達をそんな目で見ていたってのかよ!」
「ちがうんだ! 全部あいつのデタラメだ、あいつが! リリウスが悪いんだ、俺は陥れられただけなんだ!」
「じゃあ何でホモセなんて言葉が出てきたんだ。知ってなきゃ出てくるわけがないだろ!」
「本当に知らなかったんだ。嘘じゃない!」
「必死になるところが怪しい! なぜ必死になるか、それはお前がこいつらとのサウナ交流を失いたくないからだ!」
「リリウス貴様ぁああ!」
ディルクルス君が飛びかかってきたので大ジャンプで逃げるわ。
華麗に着地して取り巻き君たちの後ろに隠れる。
「やめろ、近づくな、今俺に近づいてナニをしようとしたッ!」
「ディルクルスお前筋肉フェチだったのか!」
「業が深すぎるだろ!」
ヒートアップの永続バフを重ねる不毛な言い合いが繰り返され、そろそろ飽きてきた俺だけここから立ち去ってお嬢様の下に戻る。
お嬢様がやや興味ありそうな視線してるわ。
「ねえリリウス、あんたの理屈でいくとあんたもその伝説のパーティーに参加してることになるけど、どうなの?」
「そこからしてワカラナイんですよ。だって何の根拠もないじゃないですか」
「へ?」
お嬢様が昔懐かしいアホの子の顔になる。いやぁ懐かしいなあ、よくデマカセ吹き込んで遊んでたわ。あとで閣下がネタばらししてお嬢様から追い回されるまでがテンプレなんだ。
「真夏の乱交パーティーなんてデタラメです。マイナーなホモ隠語なんて本当にあるんですかね。そもそもナバキア海ってどこなんです?」
「そ…そういえば聞いたことないかも」
「そりゃそうだ、だって俺がさっき作りましたもん」
「作ったって……じゃあナバキア海って存在しないの?」
「ええ、真夏の乱交パーティーも何もかもさっき適当に作りました」
「……じゃあ全部デマカセなの?」
「はい」
「じゃあディルクルスさんは何の落ち度もないの?」
「おそらくは潔白でしょう」
不毛な言い争いが続いている。きっと彼らの人間関係を修復不可能になるまで続いてしまうのだろう。
「自分が怖い、こんな才能があるなんて……」
いや俺の流言飛語だけでここまでイクとは思えない。おそらくは彼の普段の言動に何かしらそういう空気が出ていたのだろう。妙にパーソナルスペースが近かったり肉体的接触が多かったり、わるふざけでちんこ触ったりとか……
疑惑が確信に変わっただけなのかもしれない。そう考えると彼らをホモの魔の手から救った空気になるので良いことした気分になるな。
「もー、後で種明かしして謝りなさいよ」
「でもお嬢様、ディルクルス君がどこまでいけるか見たくありません?」
「見たいけど」
よし、お嬢様の承認が取れた。
お嬢様の発言は絶対だ。俺はお嬢様という正義の御旗さえあれば世界だって滅ぼす覚悟でディルクルス君をいじり倒すと決意した!
◇◇◇◇◇◇
そいつはやけに目立つ男だ。真っ赤に染めたモヒカン頭のでかい男だ。最初に気づいたのは上半身をさらけ出している姿で、筋肉の鎧を纏うという表現がこれほど嵌っているやつはそうそう見るものではない。
筋肉馬鹿という表現が似合いそうなそいつだが扱う剣術は極めて繊細だ。人間という生き物の関節の駆動域を完全に理解していて一部の隙もない完璧な理論で対処できる。そのレベルで己の肉体を運用できる理論派の剣士に見えた。
同じく真っ赤な髪の小さな女の子の攻撃を軽やかにいなしつつ……
「お嬢様ー、そんなんじゃハエだって叩けやしませんよー!」
「むきー! なんで当たんないのよ!」
「……正直レベルがちがうっていうか」
「深刻そうに指摘すんなー!」
煽りまくっているそいつに気づいた瞬間に思った。こんなに目立つやつに今まで気づかないとかあるか?
そいつはインパクトの塊だ。一度見れば忘れないはずだ。なのに初めて見る気がする……
こういう時は誰かに聞いてみようの精神で名前も思い出せないが顔だけは見覚えのある男子に声を掛けてみる。
「そこの」
「へ……?」
声を掛けられた男子が戸惑っている。アルチザン王家の気分の抜けないアーサーによる雲上からの高圧的な問いかけがまさか自分へのものとは思わなかった感じだ。
「あ、俺か。アーサー様、どうかなさいましたか?」
「あの赤いのはどういう者か?」
「小さいのと大きいのどちらでしょう……?」
「大きい方だ。あんなやつ前から居たか?」
「そういえば授業に出てくるのは初めてですかね。一か月遅れて入学してきたリリウス・マクローエンってやつです」
「リリウス……?」
リリウス、どっかで聞いたことのあるような?
マクローエン、何かのおとぎ話で見覚えがあるような?
しばしフリーズするアーサーが手を打ち合わせる。
「あぁそうか、あれがそうか」
アーサーは留学する前に姉から言われていた。あちらの学院にはお友達がいるので困ったらそいつを頼りなさい的なアドバイスだ。他にもたまには手紙を送れとか健康的な生活をしろとか色々小言を言われたが……
リリウス・マクローエン。アルチザン家からも略式ながら勲章を贈ったこともあるという冒険者の名前だ。
アーサーの様子に名もなき男子が問う。クラスメイトの名前を覚えてないだけだ。
「お心当たりが?」
「回答感謝する。これを受け取るといい」
詮索には答えず聖銀の腕輪を一つ渡す。受け取った男子はその異様な重さに驚いている。
アーサーが思考の海に沈み込む。こうなると周囲が何を話しかけても無駄だ。何も反応しなくなる。だが攻撃に対しては自動カウンターをする生態が有するので要注意だ。
「接触するべきか否か、それが問題だが……面倒だな」
教室には読みかけの本を置いてある。それを読み終えてからでいいか、そう考えたアーサーはきっと本を読み終える頃には後回しにしたことすら忘れているにちがいない。
ビブリオマニアとはそういう人種だ。
◇◇◇◇◇◇
今日の授業は五時限で終了だ。帰りのホームルームなんて存在しない学院では五時限が終わったら帰っていい。まぁ俺には奉仕活動があるんだが。
男子更衣室でジャージふうの体操服的な何かからブレザーに着替えていると……
いま一番熱いホモのディルクルス君が更衣室に飛び込んできた。
「決闘だ、俺と決闘をしろマクローエン!」
「やめろ、近づくな、俺に近づくなぁあ!」
って被害者ぶって泣き叫んだら周りのクラスメイトたちが庇ってくれるのである。
「やめろディルクルス、リリウス君をお前の偏向的な趣味に巻き込むな!」
「そうだそうだ! 大体おまえが更衣室を使うこと自体が汚らわしい、今後お前の立ち入りを禁止する!」
「怯えるなリリウス、俺達はお前の味方だ」
「ああ、奴の魔の手など及ばせはせん」
「くそっ、クラスにとんでもない怪物が紛れ込んでいたな!」
すごいA組男子が一体感に満ちている。普段は組内リーグで争ってるけど海外の強敵が現れて結束するA組ジャパン代表みたいになってる。
「くぅぅぅそぉぉおおおおおお!」
そして泣きながら逃げ去っていくディルクルス君である。
あいつ本当に面白いな。逸材だよ逸材。笑いの神が微笑んでるとしか思えない。
変な走り方で逃走したディルクルス君を見送ってると……
「ナバキア海ってどこなんだ?」
青イエティがしゃべりかけてきた!
◇◇◇◇◇◇
「架空の海か。うん、納得した、聞き覚えがないから妙に気になってね」
放課後。カフェに場所を移して青イエティとおしゃべりしてる。
ネタばらしを聞いた青イエティは謎が解けてすっきりした顔になってる。
「気になったことはどうしても知りたくなる性質でね。ありがとう、今夜はよい夢を見れそうだ」
「そういや今朝は足取りが怪しかったけど徹夜したのか?」
「……? 今朝? 今朝に僕と会っていたのか?」
「しゃべったけど。キミは悪神の加護を持っているのか的な質問されたけど」
アーサー君が自分の記憶に検索かけてるみたいなフリーズを起こした。二分くらい思い出そうとして諦めたらしい。
「思い出せないな。徹夜明けは記憶が怪しいんだ」
「何してたんだ?」
「読書」
アーサー君が鞄から本を取り出す。キクリ文字かな? 知らん言語の本なんでジャンルまではちょっとわかんないです。
でも読書好きなのはゲーム情報で知ってるんだ。
「本読んでると時間が過ぎるの早いよな。俺もクラリスで貫徹したことがあるよ」
「女中探偵クラリス?」
「おう、アーサー君も読んでる?」
「知人に勧められていたけどまだ手をつけてないんだ。面白いのか?」
「けっこう面白いぜ。発売当時は伝統的な推理小説ファンから賛の存在しない賛否両論を受けたけど現代推理小説の大家ワトキン卿が絶賛してから手のひらを返したようにブームになった経緯で知って読み始めたけど読了後に二巻購入ダッシュしたわ」
「へえ……もしかして推理マニア?」
「いんや普通。俺はどっちかっつーと演劇の原作読み漁るタイプ」
「あぁわかる。観劇の予定が入ると慌てて読み始める感じな」
アーサー君がすごい頷いてる。どうやら経験があるようだ。
この話題でチェインをつなぐぜ。
「演劇って名シーンの切り取りが多いから原作読んでないと楽しめないんだよなぁ……」
アーサー君がわかりみが深いと頷き続ける。
「だね。それで実際に見てみるとどうしてそこをチョイスしたんだっていう内容だったりするんだよな。ひどい脚本家の場合は途中からオリジナリティーを入れてくるし」
「良い変更ならいいんだけど解釈違いが多いんだよな。まぁそいつは個人的な感性が入るんで仕方ないのかもしれないけどさ、こうするんだったら原作通りでよかったじゃんって思うわ」
「あるある。感性の合わない脚本家の劇はなあ、最近はもう脚本家の名前で見るかどうか決めてるよ」
「でも評判がいいと見に行くよな」
「で、がっかりするんだ。あるよな」
アーサー君とくつくつ苦笑いする。わぁ話が合うなあ。
アーサーは理屈っぽいからリリウス君と気が合うわよっていうラストさんの見立て大正解じゃん。話の波長がぴったりじゃん。
「クラリス気になってきたな。どんな内容なんだ?」
「やや異色の叙述トリック物。……その先はキミの目で確かめてくれ」
「チャーリー・ウィードか」
「正解。展開は早いし文体も軽めで読みやすいよ。イラストが可愛いから普段小説を読まない層でも気軽に手を出しやすいし推理小説の読者拡大に寄与してるんじゃないかな。実際クラリスが出てからイラストの可愛い小説増えたし」
「そうだね、最近出版された小説にはそういう傾向が多くなってる」
「アーサー君は主にどういうの読むんだ?」
「ジャンルには多少の好き嫌いはあるけど何でも読むよ。最近は現代小説よりも古典が多いな。現代の物は文章が乱れがちで読んでいる途中で表現が気になって躓くこともあるけど古典は表現が美しいからね」
「古典は歴史の淘汰を受けているからね、現代に残っているってだけで名作なのさ」
「上手い表現だ。歴史の淘汰、うん、いいね」
いつまでもしゃべってられそうな気がして、ふいに懐中時計を確認すると一時間が経過していた。アーサー君は時間泥棒だ。
「わりぃ、用事があるんでこれで失礼するわ」
「あぁこちらもすまない。長々と引き留めてしまったな。じゃあまた」
「またな」
席を立ち、歴史資料室に向かう途中で思い出したのである。
アーサー君にラストの弟かどうか聞くの忘れた。
「まぁほぼ確定してるしいいか」
今日も今日とて真面目に奉仕活動に勤しむ。さあて精々こきつかわれてやろうじゃないか。
◇◇◇◇◇◇
ラスト姉様の言ってたリリウス君としゃべってみた。彼も読書家だから気が合うと思うわって言われたのが大当たりでけっこう話せるやつだった。
見た目は脳筋戦士系なのに目を見ると知性の輝きがあった。話し口調は穏やかで会話運びも要点を捉えている。受け答えは粗雑ながら流暢で古典の言い回しをところどころに使い、それに慣れている。
特筆すべきは彼とは祖国の言葉で話ができるので気が楽だ。バナシュ語を基本としながらおそらくは七言語は習得している。同世代の中ではかなり出来るやつだと感じた。
アーサーが普段交流しているのは姉の友人や兄の友人が多いので同世代にあまり良い印象を持っていない。落ち着きが足りず、むやみやたらに高慢で知性が足りない。何より読書に熱心ではない。
ちなみに普段から付き合いがあるのは騎士団の幹部クラスだ。たまに事務仕事に駆り出されるからだ。ココア姉は勘違いをしているのだ。
読書家だから事務も得意という謎の偏見で仕事を押し付けられる日々だったのだ。
(面白いやつと知り合えたな。クラリスも借りれたし)
アーサーが借りたばかりのハードカバーを胸に抱えてホクホク顔で男子寮に向かっていると、どっかから怒声が聞こえてきた。
「ちくしょう絶対に許さない。あいつだけは絶対に許さない! リリウス・マクローエンめ!」
怒声の聞こえるほうに顔を出してみる。
すると激高する男子が校舎の壁をげしげし蹴ってた。それだけだ。……知り合ったばかりの知人の名を叫んでいるだけだ。
(……雑魚だな。この程度なら問題ないだろ)
アーサーもある程度なら相対した相手の実力がわかる。バレると気まずいのであまりやらないが魔眼を介した戦闘特性解析も可能だ。
簡単な話だ。校舎の壁を蹴って喜んでる雑魚がドラゴンに敵うわけがない。
竜殺しで名を馳せたアルチザン家のちからを以てしても勝敗がわからない、S級冒険者リリウスとはそういう存在だと認識した。




