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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
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中央大陸の覇権国家

 約二百人の兵が宿泊できる兵舎の賃貸料金が今晩のみで金貨50枚。朝晩の食事を付けてプラス30枚。兵舎に治療院から治癒術師を呼び寄せる料金はサービス。治療費は治療院の方から別途請求がある。

 義勇兵を本国へと帰す料金は支払い済み。これは希望日にまとめて送還する。入院する奴らは後日まとめて帰すことになるので日数の調整やかかる費用は治療後になる。


 あれやこれやと交渉をまとめていくアデルアードは随分と足元を見られているがクロードが残してくれた大金があるので無事に交渉をまとめられた。


 貸し与えられた兵舎にアデルアードが向かうと兵はすでに兵舎に移動していた。女王からの連絡員と幕僚のオットーを先にやったおかげだ。

 都市の治療院の助手がバタバタ走り回っている兵舎だがそれでも静かなくらいだ。


「皆疲れているのだな」

「軍団長もお疲れでありましょう。後のことは我らにお任せを」

「よせ、ここで責任を放り出しては会長殿に顔向けできぬ」


 疲れを癒す暇もなく友の救出のために戦場に戻った男がいる。敗軍の将がどうして疲れたから休むなどと言い出せるのか。

 最初のアデルアードの仕事は共に治療に当たっているアーサーにクロードが出ていったことを伝えることだ。


 アーサーは何を言うでもなく拳を握り締め、治療に戻った。

 置いていかれた。死地だから連れていかなかった。彼は敏い男だからクロードの判断を理解できてしまい余計に苦しいのだろう。


 負傷兵への声掛けをし、無事な装備と破損した装備のリストを作成する。明日には女王の紹介する市内の武器商人と会う予定だ。アデルアードは黙々と仕事をこなし続けた。眠るよりも仕事をしている方が遥かに気楽だった。


 すべての仕事を終えてもう何もやることが残っていないと気づいたのは朝日がのぼる頃であった。

 兵舎の窓から差し込む曙光はいつになく眩しく、眩暈がしそうだ。


 ふと抑え込んでいた感情がしゃくりあげかけた。


「弱音など吐くなよ馬鹿者め……」


 自制をし、水を浴びるために席を立つ。

 軍を率いる者に後悔は許されなかった。



◇◇◇◇◇◇



 朝の十時。疲れ果てた兵はまだ泥のように眠る時刻にアデルアード軍が借り上げた兵舎を商人が訪れた。

 あの悪辣な女王とは違って朗らかな商人は少なくともあの女王よりは気の抜ける相手のようだ。なにしろ恫喝してこない。むしろニコニコと笑顔を浮かべながら揉み手をすりすり下からくる。


 そんなニコニコ商人は最初からわけのわからないことを言い出した。


「いやはやお若いのに感服いたしましたぞ」

「うん?」


「あの火山のリヒトシュテイルから随分と気に入られたご様子。いやぁ、どのような手管を使えばあの恐ろしい女王さまを宥められるものかと我らが常四苦八苦しているところにあれです。アデルアード少将はお若いのにやり手でいらっしゃる」

「ううん?」


 気に入られた? 罵倒され続けたうえに愚痴られただけだぞ? しかも大金を毟りとられた。

 気に入られた? なんの話だと不可解げな顔つきで首をひねっているが、そんな態度も謙遜と受け取った商人がますます笑顔を深くして逆に顔が怖い。


「ご謙遜もお上手ですなあ。女王さまと違ってわたくしめなんぞ木っ端に謙遜など必要ありますまいに。いや、ほんとに!」

「どうやら貴殿と僕の間には大きな認識の差があるようだ」

「またまたそんな! お隠しにならずともよろしいのに!」


 何がどうあってもアデルアードから女王の懐柔策を聞き出したい様子だ。

 普段からどんだけ困っているというのだろうか。


(いや、当然か、あの女王を懐柔する方法があるのなら商人ならば魂だとて差し出すであろう)


 あの女王は怖い。正直もう交渉はこりごりだ。

 だがこの商人はこの都市で商売をする限りあの女王と長く付き合っていかなければならないのだ。大変だ。


「お求めの装備はすぐに都合できます。品質も当然ばっちりでございます」

「左様か。まぁ確認はするが良い物を持つがよい」

「はははは! さすがでございますなあ」


 何がさすがなのか不明だ。もしや品質を確認することをさすがと言ったのだろうか? だとしたら随分と怖い話だ。危うくクズ品を買わされる可能性もあったことになる。


「しかし随分な量を要求したつもりだがすぐに都合がつくのだな」

「ここは迷宮都市でございますから武器の需要は高いのです。さすがは中央大陸一の大都市です、当商会もここでの売り上げが柱ですので在庫と品質には常に気を払っております」


 なんだか聞き捨てならない言葉があった。


「中央大陸一の大都市だと?」

「ええ」


 ニコニコ商人が何を当然のことをといった態度をする。


「中央大陸に冠たるABC首長国連邦と言えば資金力・軍事力ともに世界第四位の超国家ではありませんか」

「は?」

「これで領土がウェルゲート海まで伸びれば西方五大国の座が動くでしょうなあ。じつはわたくしここだけの話あと十年以内にそれが現実になると考えているのですよ。そうなれば当商会もますます躍進できますなあ」


 どうやらあの女王は思ったよりも遥かにやばい女だったらしいと気づいたアデルアードの背中が汗でぐっしょり濡れる。


 どうやらこの国は相当やべえようだ。



◇◇◇◇◇◇



 アーサーは朝から魔神都市を歩き回っている。広場にある聖剣チャレンジには失敗した。選ばれし戦士にのみ抜けるらしいが全長百メートルを超える巨大剣を引き抜けというのは無理がすぎる。ぴくりとも動かなかった。


 通りを行き交う人々はどう見ても普通の人が少ない。武装をして数人でまとまって歩いているのは冒険者だろう。大きな荷物を背負って歩いているのは行商人。荷馬車には商会の紋章がついている。

 普通の市民と呼んでよい人は驚くほど少ない。純粋にこの国の国民と言える人はいったいどれだけいるのやら、と心配になるほどの流れ者の多い街並みだ。


(彼が普通の国など作るわけもなかったな)


 冒険者と商人が大量の金を落とし、その金を目当てに集まってきた人々の町。まさに迷宮都市だ。ここは国家全体が迷宮都市として設計されているのだ。


 アーサーは朝から町を歩き回っている。だが尋ね人は誰に聞いても居場所がわからない。時には冒険者に喧嘩を売り、叩きのめしては居場所を尋ねた。

 派手に聞きまわったのには理由がある。彼の者はこういう行いを好むであろうという予感がある。


 どこか空の彼方で鳥声が鳴いた気がした。

 予感に導かれるままに歩みを進める。やがてアーサーはどんな経路を辿ったものか、魔神都市の上に浮かぶ天空の城『ティルカンタ空中要塞』へと踏み入っていた。


 いにしえの香りのする朽ちた要塞の中を進んでいき、玉座の間に開いた大穴の縁に腰かける少年を見た。


「魔神ティトとお見受けする」


「へえ、昨日のライブに来ていた子だね。サインでも欲しいのかな? それとも僕と寝たい?」

「ちからが欲しい」


 願いは率直に告げる。迂遠な言い回しや彼の者の察しを期待せず、直接的な物言いの方が魔神の心に適うと考えてだ。


「うん、随分と鍛え抜かれた戦士だ、キミならボクの信徒に相応しい」


 魔神が嗤う。魔神ティトは強靭な戦士をこそ好むからだ。


「だがボクのちからは肉体の強靭さのみならず精神の高潔さも必要とする。だからまずは示してほしいね」

「何を?」

「ボクの戦士に相応しい力量を」


 玉座の前に空間穴が開く。渦巻く暗黒の向こうは闇に閉ざされているが魔神の指が示す先は闇の向こうだ。


「この先にあるのはボクの迷宮だ。ボクらがよく知る彼はティトの最終試練とも死竜の迷宮とも呼んでいるよ、とりあえずはこの一番奥まで行ってきなよ」

「それが証明になるのなら」


 アーサーが頷きを一つ残して渦巻く闇に手を伸ばす。

 だが魔神の眼はどこか憐れみを宿したままだ。


「だがね、あぁだがキミの願いは本当にボクのちからを得れば可能のだろうか?」

「……」

「キミはすでに人の世において十分な強者だ。そんなキミが貪欲にちからを求めて何になるつもりなんだろうね?」


 魔神が嗤う。きっと人の心やその惑いなど神にはお見通しなのだろう。


「ちからを得れば選択肢が増えるとでも? どんなにちからのない凡夫だとて根性と努力と惰性と諦観の調和を取りて相応の幸福を手に入れているじゃないか。黙示録の獣であるリリウスだってそれは変わらないよ、彼のちからに相応しく凡夫よりも広い選択肢の中で妥協して己の願いを目指しているだけだ。キミの願いは何だい? ボクにはキミが何を欲しているのかわからないしキミ自身にだってわからないんじゃないかな?」


 神はきっと人の心を読めるのだ。だから的確にアーサーの迷いを看過する。

 だが矮小な人の心を理解できないから人を傷つける。いとも容易く言い放つ。


「何かを決めてそれを為そうとしない者には何も為せない。戦わない者には勝利は得られないんだ」


「……それでも僕はちからが欲しい」

「キミは求道者なんだね。ならば試練の中で答えを模索するがいい」


 アーサーはちからを求めて迷宮に堕ちる。己の願いさえも知らないまま、たしかな答えがちからの先にあると信じて……



◇◇◇◇◇◇



 アデルアードは朝から忙しく人と会い続けた。いったいどのような噂が広まったものかアデルアード軍の支援をしたいという商人が引きも切らずに押し寄せて様々な援助を申し出てくる。


(まったく、どうやらこの都市においてリリウスの友人という立場は僕の想像をはるかに越えるほどの特権であるようだ)


 LM商会社長の友人にして今勢いのあるドルジア軍の将軍であることがアデルアードの価値であり、逆に田舎国家の第三皇子という地位は空気のように軽いようだ。


(だがなぜだ、ELS第二軍が出てきたいま帝国軍の命運は振り子のようなもののはず。なぜ勝利を確信しているかのように援助を送り、将来の利益を約束しようとする……?)


 会う商人会う商人が将来の利益や御用商人の立場を欲しがってくる。今は口約束しかできない敗軍の将だと知りながら下にも置かない丁重な態度で接してくる。

 中央大陸に名立たる大商人たちがこぞって取り立ての見通しの立たない債権を大喜びで買い付けにくるのはあまりにも不気味だ。世間知らずなアデルアードでさえ不気味になるほどに。


(何者かが情報を操作している? いや、商人だって馬鹿ではない、何らかの有益なリークがあったと考える方が正しいか?)


 正午を少し過ぎた頃、普通の人が昼餉を食べ終えて食後の一服を終えた頃を見計らって約束していた傭兵団の代表がやってきた。

 アデルアードからすれば頼みの綱であるので兵舎の外まで迎えに出ると……


 傭兵がやってきた。だがアデルアードは彼を傭兵のような粗末な身分には見えなかった。乙女のように艶やかな長い黒髪。額には意思を持つ竜眼のサークレットがギラリと光り、男とも女ともつかない中性的な美貌とそれを以てしても男性だと断言できるほどギラついた意志力の強固な切れ長の黒い眼。

 貴人のようなローブを纏う姿はおとぎ話の中にしか存在しない立派な王太子に見える。少なくともアデルアードのようなダメ王子とは比べ物にならない威圧感だ。


 そんな男が気さくに手をあげてきた。まるで長年の友人に接するかのようだ。


「やあ、アデルアード軍団長ですね? わたくしこういう者です」

「う…うむ」


 思ったより気安い人物なのだろうかと困惑してしまった。

 ベテランのビジネスパーソンのようににこやかな笑顔を浮かべて名刺を差し出してきたので受け取る。


「生憎返すべき名刺はないが」

「ああ構いません、そちらにそのような文化が無いのは承知しています」


 名刺に寄ればこの者の肩書きは、立場は……


「わたくしLM商会CEOのジャイフリート=ナルシス・ラビストリアと申します。どうぞよろしく」


 太陽の悪竜が何か企んでそうな、でも何も企んでないよと言わんばかりに爽やかなにニコリと微笑んでいる。あの女王に比べれば幾分かマシな人物なのだろうなと判断したアデルアードは騙されかけている。

 本当に恐ろしいのは友好的な笑顔を浮かべて近づいてくる者であり、眼前のこの男こそがこの世において最も恐ろしい魔竜であるのだ。

 軍師ナルシス 統率100武勇100知略100調略100内政20民心0

 戦法:闘争の箱庭 委任した戦争に必ず勝利する。デメリットとして周辺諸国の緊張とナルシスの懸賞金額が急上昇する。

 戦争ユニットとしては恐ろしく強力だがどのような褒美を与えようと忠誠心は絶対に上昇しない。何らかの間違いが起きてナルシスが死ぬと周辺百キロ以内が太陽風によって焼却されるがナルシスは二時間後に復活する。なお復活の回数に限度はない。


 LM商会傭兵団 練度100士気100

 特性:考える葦 一個小隊につき根幹術者になりえる一等魔導官や悪徳信徒が一人ついていて、歩兵一人一人が最低でも英雄級で構成された異常な戦闘ユニット。その戦力は一個連隊と同等。


 LM商会エリート傭兵小隊 練度120士気100

 特性:無敵 特に補足の必要を感じないがCEOが切り札として使う最強の戦闘ユニット。神獣騎乗によって戦場の端から端まで秒で移動をし攻撃した敵ユニットを確実に始末してくれる。

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― 新着の感想 ―
ドルジアがウェルゲート海化してる! ナルシスくん参戦とかやばい未来しかない(敵、味方) ジュリアスとナルシスか…まだ絡みが作中ではないですね( ^ω^ ) ※読者視点
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