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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
351/362

中央大陸の覇権➁

 ゲートを潜り抜けた先は煌びやかな町明かりを放つ大都市の門前であった。


 開け放たれた門の上部にでかでかと聳える黄金の像には妙な既視感を感じる。……帝都のLM商会にもあったあの馬鹿野郎の黄金像だ。あいつの圧力で暑苦しい口角が人間の限界まで引き上がった超圧笑顔の黄金像がこれまた巨大な斧を担いでいる。百トンはありそうな金塊の無駄遣いだ。


 そんな黄金像は左側。右側には端正な顔つきの美男子の黄金像があって、こっちは細身の身体つきに似つかわしくない超巨大剣を担いでいる。

 アデルアードは真面目な男なので一応聞いておくことにした。


「あれは?」

「救世主さまと魔神さまの像にございます。この都市はお二人の庇護下にあると示すと同時にお二人の友情を表したものなのです」

「そうか……」


 みんな思っていた。なんて自己顕示欲の強い奴なんだろうと思っていた。

 でもまっとうな理由っぽいものがあったので何だかやるせない気持ちになってしまった。


 もう随分と遅い時間なのに町は賑やかだ。町中に置かれたリリウス像が街灯の代わりになっているのはさすがにキモ…不気味だが商店も普通に営業している。

 明かりの絶えない町を人々が歩き回っている。酒場はあちこちにあってどこからともなく乾杯の声が聞こえてきて、同じくらいの頻度で喧嘩の怒声も聞こえてくる。

 自分たちはほんの二時間三時間前まで戦場にいたのにここはまるで楽園のようだ。


 義勇兵たちは町の空気にどこか既視感を抱いていた。昼夜の区別なく人々の行き交う町の様子はまるで……


「まさかここには迷宮があるのか?」

「ええ、都市近郊には38の迷宮レジャーランドを置いております。この迷宮は救世主さまご一行が各地の迷宮から略奪してきたものです」

「そうか……」


 レジャーランドなんだ、という脱力感が強かった。

 あいつのことだし何をやらかしても不思議はなかった。


 坂道の多い町の坂をあがっていく。やがて大きな広場にたどり着いた。そこでは色とりどりの光が乱舞し、スピーカーから出力された音楽と美しい声のコンサートが開かれていた。

 しかし義勇軍のみなさんはものすごく不思議そうな顔になっている。そりゃあクラシックな音楽や吟遊詩人の路上演奏ばっか聞いてきたみなさんにとってはあの馬鹿野郎がプロデュースするアイドルソングなんて十世紀は早い不思議な文化だ。


 フリルたっぷりのミニスカアイドル衣装で舞台を跳ねまわる美少女の姿は、みなさんからするとなんなんだろうなこれって感じだ。


「みなさんはとても幸運な方々ですね。今夜はちょうど魔神さまのライブが開かれているのです!」

「……」

「……」

「……」

「……」


 みなさんは戦争に疲れている。完璧で究極な神様なんてパクリソングが何も心に入ってこない。次の曲が不完全な神様だったのでどっちなんだよって感じだ。

 何よりあの金髪の美少女が魔神ティトだと言われても何にも信じらんない。


「……ラクス殿、あの歌って踊っているのが魔神ティトだというのか?」

「ええ」

「雄神だと聞いている上に正門の上にあった姿とも違うのだが?」

「繁殖神にとって性別など些細なことなのです」


 義勇兵の理解や疲労はすでに限界だった。

 座り込んで呆然とする義勇兵はもうすっかり動く気もなくなったようだ。


「では代表の方々だけで着いてきてください。他の方々はしばしここでご休憩を」

「代表か……」


 軍団長アデルアードが視線を向ける。


「クロード、パインツ、両名は義勇兵の代表としてついてまいれ。我が軍からはアルガスとオットーだ。それと護衛に十名ほど帯同させても構わないか?」

「お控えいただきたい」

「ならば仕方ない。先の四名は僕とついてこい」


「アーサー、義勇兵のとりまとめを頼む」

「とりまとめと言っても現状可能なのはここで大人しくさせているくらいだ。ラクス殿、兵舎や食事の提供を願いたいのだが?」


「ええ、ですから代表の方々はこれよりその話をしにいくのですよ。場合によってはひもじい想いのまま公園で寝てもらうことになるでしょうね」

「我らが大人しく野宿を享受すると?」

「粋がっても怖くありませんよ。だってあなたたちは世界最強の魔神の前まで引き出されたのですから」


 いざとなればあの歌って踊っているのが襲ってくるらしい。

 アーサーが舌打ちする。どうやら敗走のまま気分を持ち直せていなかったようだと自らに鞭を打つ思いで気勢を張る。


「罠にでも嵌めたつもりか?」


「助けて差し上げたのにひどい言い草ね。たしかにリリウスからはあなたたちを匿うように頼まれたけど無条件で聞いてやる義理はないの。ましてやいざとなれば略奪を仄めかすような連中なんて願い下げ。ねえアルチザン家のおぼっちゃん、私の言ってること理解できる?」

「そちらだとてそれが取るべき態度だと本気で!」

「よせ、アーサー」


 クロードが止めに入る。彼の双肩には義勇兵の未来が懸かっているのだ。


「なるべく良い条件を引き出してくる。だから抑えてくれ」

「だが今こうしている間にもバド達が!」

「よせ、何もかも投げ出して救出に行きたいのは俺も同じだ」


 仲間達をコンサート広場に置いて坂道をあがっていく。やがて第二城門が見えてきた。ここから先は行政区のようで市民の姿はない。兵隊と役人の世界だ。


 兵隊の武装は鉄昆のような鈍器が多い。珍しい装備だ。防具も法衣と革鎧を組み合わせたものだ。だがクロードはどこかで見たことがある気がした。


(肌の色から判断しても本物のアシェラ僧兵なのかもしれんが、どうして彼らがこんなところに……)


 レンガ積みの城塞の階段をあがっていくと屋上に出た。

 この屋上にあるのは大きな屋敷だけだ。


「ここは国主殿のお屋敷か?」

「ええ、国主さまがお待ちです。……入る前にお願いがございます」

「お願い?」

「ここからはリリウスのことは忘れていただいて礼節を思い出していただきたいのです」


 アデルアードが首をひねる。たしかに敗戦からの敗走で気は立っていたが僕らの態度はそこまでおかしかっただろうかと首をひねった。


「重ねてリリウスのことは忘れてください。あなた方は我が国に厄介事を持ち込んだ厄介な客人であることを思い出し、真摯かつ卑屈な態度で神を崇めるように国主さまに接していただきたいのです」

「そこまで低くいかねばならんか」

「なりません」


 ならないらしい。


「だって私どもにはあなた方を助けてあげる理由なんて彼からの頼み事という理由以外一切ありませんもの」

「それはそうかもしれないが……」


「そうなのです。無いのです。何も見なかったことにして見捨てようかと思ったくらいです。ですから兵の供出なんて高望みはこの場でお捨てになり、祖国への無事の帰還だけをお考えになってくださいまし」


 たしかにアデルアードもクロードもLM商会の本拠地と聞いて大きな期待をしていた。彼の保有する強力な戦力を貸してもらえるのだと考えていた。


 だが今になって思い返せばリリウスはもうどうしようもなくなった時の逃げ込む先だと言っていた。

 あれはこういう意味だったのかと痛いほどに理解したところだ。


 そうして屋敷の扉が開かれる。広い謁見室の玉座で脚を組むのは女王リヒトシュテイル。見るからに機嫌が悪そうな顔つきで睨んでくるのでアデルアードは初手から腰が引けている。


 女王の思わぬ若さと機嫌の悪さに気圧されていたが、すぐに腰の低い態度を思い出して膝を着く。


「僕は大ドルジア帝国第三皇子アデルアードである…です。女王陛下のご機嫌うるわく……はないようだがご尊顔を―――」

「無駄な挨拶はおよしなさいな!」

(ひいぃぃい~~~!)


 アデルアードは思った。これは無理めな交渉になる。なにしろ交渉相手が初手からガチギレしている。


「疫病神どもが揃って雁首並べてくれたわね。いったいどの面提げて私の前に現れるのかと思えばアホ面ばかりで―――呆れたものね!」


 ギャンギャン怒鳴り散らされている。黙って耐えるしかないアデルアードもクロードもパインツ先生も思った。この交渉は無理だ、無理すぎる。

 面識どころか親書を送ったこともない遠国の兵隊が大勢の追っ手を連れたまま突然逃げ込んできてイライラしている国主を前にいったい何をどうすれば援助を引き出せるというのか。


 逆の立場になって考えてみればすぐにわかる。義勇兵などこの場で拘束して山の外に放り出すのがこの国にとって一番よいのだ。



◇◇◇◇◇◇



 女王は恐ろしい女だった。まず顔面が気に食わないと言い出してはアデルアードをいびりだし、覇気が足りないとか腕が細い、本当に鍛えているのかとワケのワカラナイいちゃもんをつけだしたと思えば「うだつのあがらない顔つきをしているわね、きっとあなたの子供もそうなんでしょうね!」とまだ産まれてもいない子供の将来のハゲと浮気による離婚を予言された。

 さらにはなぜか女王の家庭内の不和までさもアデルアードのせいであるかのようにイチャモンをつけられ、返答が遅れようものなら「ちゃんと聞いているの!?」と怒鳴られる始末。


 恐ろしい時間だ。アデルアードたちの神経はガリガリに削り切られて涙が出てきた。自分がなんでこんな理不尽な目に遭わなければいけないのかと涙が出てきたのだ。

 傍から見ているとわかる。これはつまり女王の交渉術であるのだ。


「まったく、こんな連中に手を貸してやらなきゃいけないなんてね!」

「……それは」


「大変不服ではありますが手を貸してあげます。ただし対価は相応になると覚悟しなさい」

「そ…そうか、助かる! していったいどれだけの援助を―――」


 地獄の時間が終わりを告げて息を吹き返したアデルアードだが彼は気づいていない。自分がすっかり判断力を削られた状態であることと、これが最初の落としどころである事実にだ。


 アデルアードの鼻先に料金表が突きつけられる。


『本国までの帰還200万テンペル』

『救出の見込みのある兵の奪還800万テンペル』

『紹介可能な傭兵団の雇用サポート3000万テンペル』

『ELS第二陣の撃滅6000万テンペル』

『任意の砦または城塞の破壊6000万テンペル』

『ラフレシア帝国の破壊3億テンペル』


「こっ……」


 まず思った。こんな無茶な金額払えるわけがない。

 最も安い本国までの帰還ですら不可能だ。アデルアードの財産などすべてを現金化したところで金貨3000枚程度だ。母の実家を頼れば幾らかは引き出せるかもしれないが、とてもではないが手の届く金額ではない。そもそもの話として金貨を200万枚という考え方がおかしい。銀貨の書き間違いだとしてもおかしな金額だ。


「こっ、こんな金額は不可能だ! 出せるわけがない!」

「現物でもよろしくてよ。あるでしょ、マジックアイテムが」

「ない!」


「……あなたは帝国の皇子なんでしょう? 宝物庫から幾つかくすねてきなさいよ」

「持ち出せるわけがあるか! だいたい今の皇帝の座はガーランドにあるのだぞ。僕にそんな権力が残っているわけがない!」

「は?」


 やばい、女王が怒る。そう思ったアデルアードが腰の低い態度を思い出して借りてきた猫のように大人しくなる。どだいこいつにはアビーとの交渉なんぞ無理なのだ。


 ここでクロードが立ち上がる。


「200万でいいのだな? この場で支払おう」

「へえ、本当の交渉相手はそっちのハンサム君だったのね?」


 クロードが首を振る。


「いいや、アデルアード殿下は紛れもなく軍団長だ。だが金で済む話なら俺が払っても構わない、そうだな?」

「ええ、構わないわ」


 女王が舌なめずりをする。いいカモを見つけたとか思ってそうだ。

 クロードが固有空間から神器を取り出していく。まずは三つ。どれも強力だが自分のバトルスタイルとは合わずに死蔵してある品だ。


「グリードリー、どう?」

「ええ、一級品の神器、それも迷宮産の無色よ」

「ふぅん、いい物を持っているじゃない。査定は?」

「甘く見積もっても5000万テンペルってところじゃない?」


 ここで女王が初めて表情を崩す。気持ちよくピアノを弾いていたのに一音を外してしまったふうな表情だ。


「ちょっと、ここは忖度して200万には足りないって言うところでしょ?」

「アタシにアシェラ様の顔に泥を塗れって? 生憎だけどアビー、あんたとアタシの付き合いは協力関係でしかないの、そこは履き違えないでほしいわね」

「これだから悪徳信徒は扱い辛いのよね……」


 女王のぼやきはともかくとしてアデルアードは大喜びだ。絶望的なボッタクリだと思ったら払えてしまうのだ。

 本国に帰れる。そんな喜びだ。だがクロードの考えは違った。


「査定額は5000万。これはこの金額で買い取ってもらえると考えていいんだな?」

「……いいわよ」


 女王が苦虫をかみつぶしたような顔つきでこう返答して、続くべき言葉は言わなかった。出すところに出せばこの倍の倍でも売れるとは言わないのが彼女にできる最後の抵抗だ。魔神都市には大陸各地の豪商が集まっている。そこで神器を鑑定書付きで売り出せば約束手形になるだろうが間違いなく何倍もの高額で掃ける。

 なんならこの場を離れた瞬間にナルシス派から買い取りの打診がいく。グリードリーが直接買い取るかもしれない。無色の神器は使い手を選ばない、神の意志の介在しない、ノーリスクで使える奇跡の塊だ。間違いなく大陸の支配者たちが本気になる品だ。それこそ戦争の引き金にだってなりえる。


「ならば救出の可能な兵の奪還を頼みたい」

「いいわよ。はい、あなたの願いは今叶ったわ」

「なんだと?」

「……そういうことか」


 アデルアードが戸惑い、クロードだけが察する。

 こちらへの交渉材料や金を引き出すオプションとして予め兵を救出しておいてこちらには合流させずにどこかに抑留しておいたのだ。


 クロードの見たところ女王は若い。おそらくは二十代の半ばにも達していない若輩だ。だが父や諸侯のごとく老獪な政治屋だ。


(いったい幾人がこの見た目に騙されて彼女に痛い目に遭わされてきたのだろうな。まったくラクス殿の助言のなんと優しいことか、これはたしかにリリウスうんぬんは忘れて挑まねばならない強敵だ)


 眼前の女王は若くして大小20を超える国家の首長に君臨する女だ。認識を改めなければならない。


「合流はいつになる?」

「明日の朝にも。だって疲れて寝ているところを起こすのは悪いでしょ?」

「そうだな、お気遣いに感謝するよ」


 確認をして確信に変わった。おそらくは魔神都市の外の領邦内に匿っている。


「人数は?」

「リストならここに」


 バインダーごと投げ寄こされた三枚の書類には仲間たちの名前が書かれていた。

 ここまでは手のひらの上。だがおそらくはここからは彼女の計算の外。


「傭兵団の雇用サポートが3000万、これだけ高額な料金を取るからにはLM商会傭兵部門を出してくれるのだろうな?」

「ええ、話はつけてあげます。……まったく、私を謀るなんてあの男覚えてなさいよ」


「これは驚いたな、貴女ほどの政治屋が何者かに謀られたのか?」

「ええ、だってこの料金表を作ったのは彼だもの」


 彼と言われて思いつくのは笑顔の超圧苦しいあいつだけだ。女王と自分の間の共通の知り合いなどあいつ以外にいないので確定だろう。


「ごねにごねて200万か借金込みで1000万を儲けるボロい仕事だと思いきやあいつめ、こっちにそちらの資金力を過小評価させてからのこれは謀略よ」

「かもしれないな」


 この程度はやる男だと評価されてのことか。それともあいつの予想を裏切ってやれたのだとしたら自分も中々やるものだなとほくそ笑むクロードであった。

 クロードが会談の場から背を向ける。


「アデルアード軍団長、後のことはお任せする」


「往くのか?」

「はい、クロード・アレクシス、ここまでです」


 名簿の中に生徒会メンバーの名前はなかった。

 こんな遠くまで連れてきてしまった学院の友たちを帰してやれる算段もついた。ならば生徒会長でいる理由もない。


「貴方は貴方の役目を果たしてください。俺は俺の願いのために往きます」

「会長殿のご厚意に感謝する。武運を祈っている」


 この脚でクロードは魔神都市を去った。友を取り戻すために戦場へと戻った。

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