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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
35/362

真面目な学院生活①

 久しぶりに男子寮で目を覚ました。最近はやや不登校気味な上に寮にも帰ってなかったからなあ……


「知らない天井だ」

「それは自業自得だねえ」


 デブがのっそり起き上がりながらそう言った。こいつ寝起きは目がしょぼしょぼしてるんだよな。リアルのび太くんかよ。


 室外に出ると昨夜預けた洗濯物がきちんと畳まれて木目のソリの上に置かれている。このソリはテールっていって多目的な物置き場なんだ。靴を脱がない文化から生まれた便利グッズなのさ。なお田舎のガキどもはこれで雪遊びをしてるから実質ソリ。

 俺とデブの洗濯物を分けて個人の棚に押し込んでいく。


「サウナ行ってくる。お前は?」

「僕もいくよ」


 コの字形の男子寮の中庭にある小さな小屋がサウナ室だ。利用においては学生が暖気をする必要がある。サウナ石なんかは寮側が補充してくれるけどね。


 サウナにはウェルキンとベルがいた。こいつらいつもサウナで会うな。サウナの住人かな?


「よおウェルキン、死にそうな顔してどうした?」

「……死にたい」


 第一声が不穏!


「あー、ナシェカさんが外泊したらしくてねえ。昨日からずっとこうなんだ」

「なぜだナシェカちゃん、俺という男がいるのにどうして……?」


 二度も告ってフラレてるくせに彼氏面するのはオモシロすぎるからよせ。

 と言いたいところだが可哀想だからきちんと説明しておこう。マリアとナシェカなら俺の店に泊った。もちろん何もなかった。これだ。


 聞いた瞬間にウェルキンが立ち上がり、ゴールを決めた後のサッカー選手のように天を仰いでガッツポーズ!


「イエス! イエスイエス!」

「ウェルキンが復活した」

「復活した瞬間にうるさいとかもう少し黙っておけば静かでよかったか?」

「放置したら事件が起きてた気がするから珍しく正解行動だよリリウスくん」


 放置されたウェルキンがストーカーかするのか無理心中をするのか、それはわからないが前途ある少年の未来が守られた瞬間である。俺の予想だと一週間ふて寝したあとはさっぱり忘れて次の恋にいくと思うわ。


 サウナで汗を流したあとは中庭の井戸で水を浴びる。パンイチの男達が水を掛け合っていると男子寮からぞろぞろと男子どもが出てきた。

 そういやさっき朝の四点鐘が鳴ったしな。ちなみに四点鐘は午前七時の合図だ。


 見覚えのある連中が近寄ってきた。俺の所属するA組の男子どもだ。


「やあバイアット君いつも早起きだね」

「夜が早いからねえ」

「健康的な生活は学院も推奨している、良いことだよ」


 じゃあまた、って言って男子たちが去っていった。と言っても井戸から水を汲んで被ってるんだけど。


「おっ、ウェルキン復活してんじゃん」

「マジで打たれ強いなお前」

「喜べお前達! ナシェカちゃんのお泊りデート疑惑が解消されたぞ!」

「やはり俺達のナシェカちゃんは天使だったか」

「ワインズ、おまえ昨夜は推し変するって……」

「あーあー! 聞こえないー!」


 みんなして誰かとしゃべってる。俺にしゃべりかけてくるやつは誰もいない。授業受けてないからトモダチ少ないんだ。


 大勢が水浴びしてる中庭にふらりと背の高い男子が現れた。朝日に輝く鮮やかな色彩のアクアブルーの長い髪が顔全体を隠している。幻の青イエティかな?


 酔っぱらってるみたいに足元がふらふらしてる。貫徹の空気出してる。夜遊び勢っぽい足取りだ。

 ふらふらした足取りの青イエティが井戸の利用待ちをしてる待機列に近づいてくる。後ろに並ぶと前のやつがそわそわしてる。青イエティの圧力にビビってるな。


「あっ、アーサー君! どうぞ、僕の前にいってください」

「……?」


 青イエティが一歩踏み出す。他の連中も井戸の順番を譲っていってあっという間に最前列だ。それまで長々と井戸を占有していた上級貴族の子弟までも揉み手をすりすり譲ってる。

 青イエティが水を被る。何度も被る。無言で被る。濡れたシャツが鍛え抜かれた腹筋に張り付いてる。中々の細マッチョ君だ。……強いな、国家英雄級の性能がすでにあるんじゃね?


 青イエティが濡れた髪を掻きあげる。すると輝くばかりの美貌が現れた。おー!って感じじゃなくておぉ~~ってため息の出てくる美形だ。人間的ではなく芸術的なファウスト兄貴並みの美形だ。


 誰だろ。ウェルキンを肘で小突いて聞いてみる。


「あれ誰?」

「豊国からの留学生だよ。どっかの大貴族のボンボンらしいぜ」


「ほぉ、うちの国に留学……何のメリットがあるんだ?」

「自然にうちの国をディスんなよ。さあな、故郷で何かやらかしてほとぼり冷ましてる感じじゃね?」


 貴族の外国留学の主な理由はこれである。

 息子の悪い噂が消えるまで外国に送るってのは金満貴族がよく使う手で、そういやバトラ兄貴もそういう枠でイルスローゼに送られたんだよな。


 豊国かあ、そういや攻略ヒーローの一人も豊国の王子なんだよな。アーサー・ベイグラント。フルネームだとアーサー=アルトリウス・ラウ・ベイグラント・アルチザン。敬称はラウだ。

 以前ラストさんに確認とったら弟にたしかにアーサーってお人がいるらしい。


『リリウスくんとおない年だし紹介しよっか?』

 って言われたけど断ったんだわ。読書家だから気が合うって念押しされたけど断ったんだわ。先に仲良くなっちゃうとストーリーに影響が出そうで怖かったからね。


 青イエティを眺めていたら彼の青紫の瞳に鬼火が灯る。えぐい魔法力が触手みたいに俺へと向かってくる。

 だが魔力触手は俺の魔法抵抗力に触れると消失する。面白い技だ、魔眼化した眼を触媒にした疑似鑑定魔法か?


 青イエティが口を開く。中庭にやってきてから十分が経過して初めて口を開くとかぼっちかよ。え、俺? 俺にはデブがいるからセーフ。


「……キミは悪神の加護持ちか?」

「ん? まぁ持ってるけども」


 どういう質問なのか意味フ。


「それがどうかしたのか?」

「姉様の香りに似てると思ってね。別段含みがあるわけじゃあないんだ」


 青イエティが去っていく。ふらりふらりと男子寮の渡り廊下へと消えていった。

 ま…マイペースなやっちゃな~~~。


「そういや青イエティの名前って何なん?」

「アーサー・ヨークストンとか言ったかな。あんまりにも格好いいんで女子の間じゃ豊国の王子様なんて呼ばれてるんだぜ」


「……ちなみに他に豊国からの留学生は?」

「いねーよ」

「……」


 ウェルキンよ、そいつマジモンのアルチザン王家の王子様だよ。

 あとでラストさんに確認を取ろう←



◇◇◇◇◇◇



 A組の講堂に行くとロザリアお嬢様はすでに席につき、幾人かのご令嬢を談笑しておられた。ちなみに学院は指定席ではない。好き勝手適当に座っていい座席フリーだ。

 でも暗黙の了解として自分より家柄が上の人より高いところに座るのはマナー違反だ。違反するとあとで校舎裏に呼ばれてリンチされるから要注意だぞ。


 すっかり新しい人間関係を構築しているロザリアお嬢様にまずは朝のご挨拶。と思ったら先に睨まれたわ。


「あら、珍しく出てきてるじゃない」

「嫌味から入るのやめてくださいよぅ。おはようございますお嬢様」

「はいおはよう。嫌味っていうか真実じゃない。冒険者のお仕事もわかるけど学院にも顔を出しなさいよ」

「うっす」


 ロザリア&取り巻き組からは一段下に席を取る。デブも一緒さ。


 一限目は帝国法だ。貴族にとって法律は必須教養だから学院に来る前に学んでおくもんだが、生徒の誰もが貴族階級というわけではなく、また教育に金を掛けられる家柄ばかりではないのでC組D組は一年間教本をみっちり反復するらしい。

 A組B組は伝統ある家柄の子息が多いので最初から応用から入ってる。


 授業開始のチャイムが鳴り、総白髪の老紳士が登壇する。ハディン先生だ。


「ふむ、珍しくマクローエンが席についているな。では諸君に問おう、我が講義を幾度となくサボタージュし続けた愚か者にはどのような罰が相応しいだろう?」

「火あぶり」

「磔刑」

「車裂き」


 おいクラスメイトの男子ども、死刑を並べるなリリウス君に何の恨みがあるんだ。って新歓コンパの件か。まだ根に持ってるのかよ。


「諸君らの帝国法を重んじる篤い気持ちは理解した。だが法は振りかざすものではなく天秤のように公平でなくてはならない。法を用いる時こそ私情を捨て去らねばならないのだ。聡明なる諸君なら今度こそ正しい罰を言葉にできると期待してもう一度だ」


「これ答えられないと次回までの宿題になるやつだ……」

「ハディン先生にしては珍しく冗談言ったと思ったらマジじゃん」

「授業をサボってたやつへの罰なんて帝国法にあるか?」


「諸君らはまだ寝ぼけているのかね? マクローエン生徒がいかなる帝国法を冒した。彼が何によって裁かれるべきか、ここから考えよと私に助言させるつもりか」


 口は悪いがヒントはきちんとくれる。根っこは優しい先生なのかもしれない。

 ロザリアお嬢様が気だるい様子で挙手する。


「校則でして?」

「左様。法を重んじるべき貴族階級でありながら生徒手帳に記された校則に未だ目を通していない愚か者はいないと思うが、時刻を鑑みて生徒手帳の確認を許す。さあ今から180秒待つ。回答は順次一人一答とする、当然登壇の上でだ」


「もしかして俺をダシに校則の復習をさせているんですか?」

「マクローエン、真に聡明な男というものは気づいても指摘はせず胸に秘めておくものだぞ」


 先生がくつくつ笑っている。ツボったらしい。罰ゲームを受けるやつに指摘されたのが笑いのツボに入ったらしい。


 先生が懐中時計を見つめ、A組メンが生徒手帳を慌てて確認してる。


「タイムアップ。さあ回答を、最下段左端の生徒からこちらに来い」


 先生が教鞭をくるりと回した瞬間に静音のフィールドが教壇付近に発生した。カンニング禁止らしい。

 A組31名が順次教壇に旅立っていく。帰ってくる時に悲壮な顔してるやつは何を言われたんだろうか……


 手帳を読み終えたデブが言う。


「リリウスくんはどう考える?」

「奉仕活動で間違いないが期間が難しいな」

「ぼくも同意見だけど正確な期間までは正誤の対象じゃないと思うよ」

「あんまり的外れなことを言うと誤答扱いされると思うがな」


 理想は奉仕活動三日間。学内のトイレ掃除とか草むしりとか先生のお手伝いとかだ。これが一週間なのか二週間なのかが問題で、理想は三日で済ませてほしいのである。


 上段に座るロザリアお嬢様がペンで俺の背中をツンツン。


「ねえ、どう答える?」

「順当なところで奉仕活動一週間かと」

「うん、そんなところでしょうね」


「ただあの先生には誤答を受け入れそうな雰囲気があるんですよねえ。俺に最も回答が多かった罰を与えて終わった後でこう言うんです。さて諸君、この罰が本当に正しかったか彼にヒヤリングを行い物議してみようではないかって」

「すっごくやりそう……」


「貴族階級は所領での独自法制定権を持つので将来を見据えて自ら法律を変えるお勉強をさせるのが目的とか」

「先生らしいわねえ」


 やがて俺の順番がやってきた。


「奉仕活動、期間は三日間」

「それはキミの願望だろう。さあ正しい回答を」


 これ教室内の会話内容まで盗み聞きしてたな?


「一週間です!」

「やや願望交じりの回答であるがよかろう。正解だマクローエン」


「ちなみに先生の判断は?」

「二十日間の奉仕活動。放課後の一時間を用いて手伝いの手を求めている先生がたの応援に向かいたまえ」

「ひでえ……」

「まぁ私も同意見ではあるがね。通常一日三時間の奉仕活動を分割することで期間を二十日間とする、これはドロア学長の裁可の降りた正式な処罰なのだよ。許可なき脱走を行った場合は退学処分と心得よ、これも学長の言だ」


「毎日真面目に登校しろってことですか?」

「正解だ」


 サボったら退学。とりあえず二十日間は真面目に登校しろボケってところだ。処罰が教育的! これすら守れないやつはもう知らんまで入ってるけど!


 授業開始から20分を使って校則のお勉強。残りは判例一つを例題にこれが何を根拠にこの刑罰となり、これが本当に正しかったかを弁護側と裁判官側に分かれてディスカッションすることになった。

 判例は教科書に記されている。


 ケース021:帝都旧市街での窃盗事件。

 犯人は旧市街の子供12歳。犯人は露店市で瑠璃の髪飾りを窃盗・逃走するも四時間後に市の管理者の手によって捕縛される。市の管理者の手による私刑の物音に気づいた警邏中の騎士が急行、事件発覚に到った。

 判決は拘留料と慰謝料込みで13ヘックス銀貨。だが犯人及び庇護者に支払い能力はなく犯人の身柄を金銭に変える形で補われた。


 他の記述は判断に使えそうな犯人の生活状況や供述なんかが見開き一杯記載されている。教科書だからだ。

 俺とデブとお嬢様、他十名ほどが裁判官側でまずケース021を精査する。


 こういう時は自然とロザリアお嬢様が仕切るようだ。お嬢様の本来の使い方はびっくりアイデアマンなんだけどね。


「帝都内の事件なのでシンプルに帝国法で考えるべきです。どなたか異論のある方は?」

「まことその通りかと」

「ええ、異論などあるはずもございませんわ」


 通る通る。意見が通る。この場の全員処刑って言っても通りそうなロザリアイズムの空気が怖いぜ。


「では帝国法に則って考えた場合この処罰は正しいのかしら?」

「順当とは言い難いかと。犯人は当時12歳の少年ですので減刑措置が取られたのだとしてもあまりにも軽い」

「少年犯の家庭状況を考慮したのでは?」

「そうね、ですが私どもがするべき議論はどこを問題視しこのような判決が出たのか裁判官の思考トレースでしょう。まずは帝国法に則った正しい判決から逆に減刑材料を考えてはいかが?」


 お嬢様がしっかりしてる。違和感がパない。

 むかしは俺の発言を鵜呑みにして騙されてた愛らしいお馬鹿さんだったのに。


 そろそろ俺も発言するか。


「帝国法に則った順当な判決となると慰謝料銀貨三枚プラス矯正刑、皇帝直轄領内での開拓労働二年が妥当でしょうね。現物も戻ってきたわけですし妥当なところだと思います」


 拘留料の銀貨十枚は強制労働でペイされるのでこうなる。

 矯正刑ってのは鞭打ち棒叩きだ。あるんだよこの国。悪いことすると痛い目に遭うぞコラァってのがあるんだよ。怖いね。


「ええ、実際に被害と呼べるものはなかったものね。皆さんリリウスさんの回答に異論は?」

「妥当なところかと」

「ええ、異論はございません」


 下級貴族の俺の持論なんて何かしらイチャモンが出てくるはずなのにロザリアフィルターを通すと意見が通る通る。俺までえらくなったと勘違いしそうだぜ。


「では減刑材料に移りましょうか。お一人様一答、エステル様から右回りにお願いしますわ」

「当然ではありますが未成人というのが減刑に値しますわね」


 意見が出るとみんなしてノートに書き込む。中にはペンも取らずに取り巻きに書かせてるだけのご令嬢ご令息もいるが気にしない。階級社会だ。


「市場を管理する組織かな? 帝都のそれがどういう実態なのかわかっていないんだけど彼らが私刑を実行していたとありますね。これが矯正刑が免除された理由だと推測できますね。発見当時少年はかなり痛めつけられておりこれ以上の矯正は必要ないと判断されたのでしょう」


 意見が出てくる。

 生徒が十数名も集まれば色んな考えを持ってるやつがいるもので聞いてて普通に面白い。ってのは不謹慎か。犯罪の精査だしね。


 俺の番が回ってきた。


「資料によれば少年犯の家庭環境は母と弟二人の四人。母は病を患い職責に耐えられず自宅療養の日々とあります。少年はおそらく家の稼ぎ頭だったのではないでしょうか。強制労働が免除された理由はここにもあるかもしれません。また窃盗の理由が母親へのプレゼントという事情もありまし情状酌量の余地はあったと考えます」


 持論を述べると隣にいるやや態度の悪い男子が鼻を鳴らす。

 お前のことが気に入らない。そんな態度だ。


「法を扱う者は感情ではなく公平性を重んじるべしと法典にもある。可哀想だからと刑を減じていては民に示しがつかない。法院の方々がそんな愚行を冒すかな?」

「法に長けた者こそが柔軟性を持つべきでしょう。裁判においてどうして副判事が二名付くのか、それは法を暗記しているだけでは正しい判断ができないと法院が認めたからではないでしょうか?」


「副判事が存在する理由はたった一人では法典のすべてを網羅し切ることができないからだ。物事を柔軟に、けして悪くない考えだと思うがならば法典はどうして存在する。あれだけ事細かく書かれている理由は何だと思う? 何者かが勝手な解釈をして法を乱すのを忌避したからじゃないのかマクローエン?」

「法は善の平均値だ。正しさという道に引かれた一本の線だ。これを絶対だと考えるのが間違っているんですよ」


「はい、そこまで」


 ロザリアお嬢様が机をぺんぺん叩いてる。


「お二人とも今が何をする時間かを思い出してほしいわね。時間制限があり皆の評価がかかっていると理解した上でさらなる言い合いを続けるおつもりなら……」


 お嬢様の掲げた人差し指の上で魔法弾が超速回転してる。

 俺を基準にしてダメージ与えられる魔法力で作った圧縮ファイヤーボールとか学院が吹き飛びますよ。


「わたくしの遊び相手になっていただきますが、その覚悟はおあり?」

「失礼いたしました」

「おう、反省しろよ名もなきパンピー」


 名もなき一般貴族がものすごい目つきで睨んできた。

 校舎裏上等。遊んでやるよ、デス教徒とか異教の神兵を数百名詰め込んだステルスコートの中にご招待だ。


「リリウスさんはわたくしと遊びたいようね?」

「ええ、リリウス君のここはいつだって空いてますよ」

「あんたのそこ空いてたことないじゃない」


 チクったやつ誰だー!

 ガイゼリックか、デブか!?


「じゃあリリウスさんとは後で遊ぶとして今は減刑材料を探しましょう。バイアットさんからね」

「もしゃ。もしゃもしゃもしゃ、もしゃもしゃもしゃ」


 この空気でボケるデブはさすがだぜ。フォローしてくれてるのか?


「へえ、相変わらず目の付け所だけはいいわね」

「「!??!?!?」」


 通じてるー!?

 もしゃもしゃ言ってるだけかと思ってたのにまさか何かしゃべってたの。嘘、今までずっと!?


 すごい、これが七歳からずっと一緒にいる幼馴染にだけ許された共感覚。……え、俺だけハブられてる?


 そのうち20分間の情報整理が終わり。弁護側・裁判官側での直接討論が始まる。

 両陣営でやり合って自分たちの判決を出し、それが正しい議論であったかを最後に先生が判断するんだ。騎士には略式の裁判権があるからね。将来的に必要になるんだよ。


 で、最後の先生の判断がこれ。


「途中から判例に落ち着くようにコントロールされていたな。判例にさえ着地できればまず悪い評価にはなるまいという意図が透けて見えたのが少々小癪ではあるが全体的には悪くなかった。しかしこの評価は今はまだこの程度で構わないというものだ。さらなる向上を目指すのなら安息日には帝国法院での傍聴に往くといい。ヴェート、マクローエン両名の小気味よい討論にある種の決着が見られるだろう」


 さっき俺と言い合いをした貴族が挙手する。


「先生、この場で決着をつけていただくことはなりませんか?」

「悪いが私にお世辞を期待するなよ。あぁ一つだけ良い言葉を聞いたな。法は善の平均値と、これは父母の教えかね?」


 義母からは威圧の仕方。親父殿からはナンパの仕方しか教わってねえっす。

 これはうちの国の騎士団長のお言葉だ。


「いえ、尊敬する御方の言葉です」

「良き師に巡り合えたようだ。では私からも一つこの言葉を贈りたい、良き先人の背を追いかけるのもまた法と似ている。正しさとは大勢の人々が作り上げてきた人の道であるのだ」


「法は?」

「マクローエン、的確に急所を突くのがキミの悪い癖だ。年若き学徒にこのような発言をするのは本意ではないが、法は民の飼育に使う物差しにすぎぬよ。ドルジア皇室が民にこうあれと示した生き方のガイドラインなのだ」


「それ本気で言っちゃいけないやつですね」

「そう感じるのはキミが私と同じく平民に近い思考を持つゆえだ。そしてキミは少し独善的すぎる、おそらくは冒険者としての成功が強い自信になっているのだろう」

「……」

「先の言い争い、副判事が二人いる理由だが異なる意見を求めてのものだ。批判者を言い負かして私は正しいのだと自己認識する、判事の重責に耐えるため必要なルーティンなのだ。ヴェート生徒の意見も間違ってはいなかった」


 その後、先生には放課後に歴史資料室の整理を命じられた。

 うわーい、苦手な先生の巣窟だー。



◇◇◇◇◇◇



 久しぶりの登校は大変疲れた。何しろすべての先生から珍しいやつがいるなと弄られ続けたのだ。自業自得か。

 放課後になった。リンゴン鳴り響く終業のチャイムを聞きながら荷物をまとめる。


 帰り支度を整えてると廊下から元気な足音が……


「旦那ぁ、ナシェカちゃんと討伐デートのお時間だぞ!」

「今日も荒稼ぎだー!」


 何となく気まずくて視線を合わせられなかった。

 すれちがい様に一言二言残す。


「わりい、今日から奉仕活動なんだ」

「サボリ魔に天罰が!」

「えー、今日から何日ぃ?」

「わりぃ、しばらく付き合えそうもねえんだ」


 今はこの二人の顔を見たくない。こんな面見せたくない。


 放課後は歴史資料室で整理をする。厳格先生とヒステリーおばちゃんにコキ使われて散々な目に遭った。

 ここは帝国史のモルグ女史と帝国法のハディン先生の住処なんだ。


「まったくもう! こんな不真面目な生徒にわたくしの城をうろつかせるなんて不本意だわ!」

「そう仰いますな。さあコーヒーをどうぞ」

「ありがとうございます。まったく気に入られちゃって! ハディン先生にどう取り入ったのかしら!」


「俺気に入られたんすか?」

「それはモルグ君の思い違いだね。資料の整理に若者の手を借りたかっただけだ」

「それだけの理由で生徒を中に入れる方ではないでしょうに」


 奉仕活動は一時間の約束なのに終わる頃には日が暮れていた。三時間超!


 奉仕活動のあとは男子寮に戻ってサウナ入ってメシ食って眠る健康的な生活をし、少し空いた時間を使って旧市街のLM商会に顔を出す。


『臨時休業でおやすみします』

 という札の掛けられたドアを見て思い出した。フェイとレテはラタトナ迷宮で遊んでるんだった。

 ラストさんに手紙を届けてもらおうと思ったんだが忘れてたぜ。


 仕方ないので冒険者ギルドに顔を出す。まぁなんだ、今日は呑みたい気分だ。とはいえ帝都フォルノークの冒険者に知り合いなんていやしない。ローゼンパームならふらりと立ち寄っても一人や二人はいるんだけどな。

 失敗こいた。こんなことなら男子寮でデブやウェルキンたちを誘えばよかった。


 今日はなんだか空回ってるなあって思いながら酒杯を傾けていると……


「ぼっちゃーん!」

「よう、銀光のブレイズか」

「うっす!」


 誰だよ銀光のブレイズは。熊みたいにでけえ髭面冒険者のバーンズが隣の席にどっこいしょ。


「失恋っすか?」

「俺の状態異常を惜しいところで見抜いたな。……ま、似たようなもんだ」

「まあ生きてりゃ失恋の百や二百はありますって。元気出していきましょうよ」

「いやお前とちがって俺モテるんで」

「ガハハ! 慰め甲斐がねえなあ!」


 バーンズと馬鹿話をする。バーンズの披露する手柄話が主だ。気を遣ってくれてるんだろうな。

 俺の女をナンパしてた小僧どもを恫喝した話とかどう考えてもA級冒険者の手柄話じゃねえ。


「あん? そういやお前結婚とかしてんの?」

「まだっすね。まぁそろそろなんて思いながら中々……」


「ふぅん、おまえにもマリッジブルーとかあるんだ?」

「いえね、冒険者なんていつ死ぬかわからねえ仕事してると悩むんですよ。俺は本当にこいつを幸せにしてやれるのかとか。柄じゃないっすけどね」

「いや、そいつは大事なことさ」

「まぁそんな感じでふんぎりがつかないんっすわ」


 まともな悩みしてやがるなー。

 そうだ。


「ちょっと調べものを頼んでいいか?」

「もちろんでさ。何について調べます?」

「ワイスマン子爵って知ってるか?」

「成金貴族で有名なお人なんで当然っすよ。最近やっこさんのカジノの景品に神器が出てきたってんでギルドでも噂になってやした」


「そいつの息子のガイゼリックって男について調べて欲しい。分かることは何だって詳細にだ。可能か?」

「正直に言やぁ難しいんですがやるだけやってみますよ」

「わりぃ、頼まあ」


 軍資金をとりあえず金貨30枚渡しておく。貴族関連の調査なら費えもそれなりに必要になるし危険度も大きい。


 今夜は飲みたい気分だったからたっぷり呑んだ。バーンズから二次会を娼館でやろうと誘われたが急に酔いから覚めるみたいに冷静になり、男子寮に戻った。


 今は真面目に学生やろう。何かやってる気にならないと自己嫌悪で潰れてしまいそうだ。

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