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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
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黒煙くすぶる大地に人は

 何人かと合流しながら森を出る頃にはちょうど深夜零時を回った頃だ。

 で、ナシェカが言う。文句を言う。


「こういう時物語だとちょうど夜明けだったりするよね」

「お前は何を言っているんだ?」

「旦那は持ってないねえって」

「夜明けまで尺稼ぎをしてたら絶対被害が増えてたからな」


 罠に嵌められて苦戦しつつも愛と絆のちからで勝利は理想的だと思うけど、現実問題としてなる早で解決するのが最良なんだよ。

 まぁみんなとの再会のシーンがとっぷりと暗い夜だと絵的にね。微妙なのは認める。


 でも今みたいに松明を振りながら「おーい、無事かー!」って言い合うのも情緒はあるよ。たぶんね。


 本陣に入ると鎧装具を身に着けたアデルアードが出迎えてくれた。隣に名簿を持った近衛がいるので合流できた戦力確認だな。

 そしてアデルアードが近づいてきて、俺をスルーしてクロードに問いかける。


「随分と大変な事態であったようだが解決したと考えてよいのか?」

「はい、森の奥で俺とアーサーの二人で人為的な迷宮化を行った輩を撃退しました。迷宮化は解除できましたがまだ警戒を解かぬ方がよろしいかと」


「撃退とは? 明確にしてくれ」

「多少のダメージを与えた時点で敵は退きました。おそらくはあれ以上の交戦は威力偵察の分を越えると判断したのだと思われますが」

「が?」

「何分これは俺の推測です。奴らが再びの夜襲に出ないとは限りません」


「であろうな。あいわかった、会長殿の進言を受け取ろう」


 アデルアードが厳しく引き締めたままの顔つきで頷き、次にファラへと視線を向ける。

 どこからどう見ても航空騎兵のような格好をしたファラはファー付きの騎兵帽子に革鎧という勇ましい出で立ちだ。なんならゴーグルで顔を隠しているから男装と表現しても差し支えはない。


「そこもとの身分をお聞きしたい」

「こちらはイース侯の士官ロランス少尉であります。本国と先行するイース軍の連絡任務の途中にあったとのことです」


 って俺から説明するとうさんくさいものを見る目つきをされた。

 なぜだ。


「なぜであろうな、リリウスの口から出てくると不思議と何か誤魔化されている気がしてならない」

「解せぬ」

「それはこちらのセリフだ。まぁよい、ロランス少尉、貴殿とは話し合いの席を持ちたいのだが疲労はどの程度か?」


 ファラが肩をすくめてみせる。その心情を思いやるに無理を言わないでほしいわねって感じだ。


「疲労は大と言ったところで休ませてもらえるのかしら?」

「女か。いや、残念ながら言葉の綾でしかない。貴殿の疲労度がどれほどであろうと意識がある限りにおいてはしゃべってもらわねばならぬ」


 アデルアードが強く尊大にだが一軍の将としては当然として言い放ち、だが多少の融通をこの後で見せる。


「だが簡潔にする努力は見せよう」

「ええ、で、知りたいのは?」

「この場ではな。我が天幕にて行おう」


 ファラがアデルアードに連行された。事情聴取ってやつだ。

 俺も同行してもよかったが彼女の方が嘘も交渉もうまいから任せよう。つか俺がいると邪魔になる気がする。だからナシェカを同行させた。そしてウェルキンは勝手についていった。


 俺は俺でやることがあるんでトレーラーに戻る。

 内部の端末を起動して軌道衛星から現在地を取得して地図に繁栄させる。まぁ難しいことを言ったが単なるグーグルマップだよこいつは。


 目的地設定、魔神都市アーバックス。


 この作業を見守る生徒会メンである。アーサーくんが勝手に端末を触るんだけどやめてくんねえかなあ。


「ふーん、察するに現在地点と目的地を調べていたようだね。この322という数字は直線距離でいいのか?」

「ああ、マイルでな」


 キロメートルに変換すると約500キロ。ほぼ東京-大阪間だ。

 空間転移を使うまでもない。俺一人なら30分とかからない距離だ。しかしトレーラーだとわからない。道がね、なんていうか通れない場所が多すぎてね……


「ここには何が?」

「希望ってやつさ」


 超格好いい顔でこう答えた。しかしみんなの反応は「は?」っていう大変冷たいものであった。

 お前らの笑いに厳しいところは嫌いだよ、大嫌いだ。最初から面白いことを言えという大正論は聞きたくない。


「まぁ着いてのお楽しみってことにしておこう。俺とナシェカは急用ができたんでこのまま先行するがお前らはどうする?」


 問うまでもないとは思ったが一応聞いておく。

 まぁ答えは決まっているだろ。クロードが学生義勇軍を放り出すはずがない。


「一旦お別れってわけだ。後で合流してもいいんだろ?」

「急用が終わったら俺の方からそっちに合流するし困ったらこっちに来ればいいぐらいの気持ちでいてくれ」

「困ったら?」

「困ったらだ。もうどうしようもなくなったら逃げ込む先くらいに考えておいてくれ」


 クロードが困惑げに眉をひそめる。明確な答えが欲しそうだが着いてからのお楽しみって言っただろ。


「そこってハープエリンディア山脈だろ。何があるんだよ」

「着いてからのお楽しみっつったろ」

「そこまでの秘密なのか?」

「いや、別に秘密ってわけではない。近隣の商人や冒険者に聞けば一発でわかるくらいだが、そこにはLM商会の本拠地があるんだよ」

「あぁなるほど」


 納得したクロードがずいっと顔を近づけてきた。そいつは女子に生まれ変わってからしてくれ。さすがのクロードでも俺達の友情にひびが入りかねない。


「で、あのロランス少尉は何者なんだ?」

「ナイショ」

「ちなみにだが俺はイースの女総帥と社交界で会ったこともある」

「さすがだな、一度話した女の顔と名前はばっちり把握しているってわけだ」


「勝手に変な属性をつけないでほしいね。まぁつまりは秘密にしないといけないわけだ」

「お察しの通りだ。わかるか?」

「いくら帝国の総力を結集した春の大攻勢とはいえイースが出張るのはおかしいからな。内紛や分裂の兆しありと見ている人も多く、父からも機会があれば探りを入れろと言われている」


 イースに内紛や分裂の兆しがあれば諸侯にとっても好機ってわけだ。巨大財閥の崩壊は崩れ落ちる天空の城から財産や人材を掠め盗るチャンスってわけだ。


「そこは想像に任せるよ」

「あら、庇ってはくれないのね?」


 クロードとの密談の最中にファラが戻ってきた。ナシェカもだ。相変わらず霊圧を消しているナシェカの隣でウェルキンが馬鹿みたいにしゃべってる。


「庇う必要があるとは思えないね」

「庇ってくれた方が私は嬉しいわ」


 そ…その観点はなかった。だがそうだな、そうするべきだったか。

 まぁ雑談の範囲内だし失点ってほどでもなかろう。……こういうのが積もり積もると家庭崩壊の原因になるらしいぞ、世の男どもは俺の代わりに頑張ってくれ。


 ファラならぬロランス少尉が手を差し出す。


「クロード・アレクシス、しばらく会わない内に立派な紳士になられたわね」

「貴女はますますお美しくなられた」


 騎士が姫君にするように膝を着いたクロードが手の甲にキスをする。絵になるね。ガイゼリックなら写真に収めていただろう。女子に売れそうなコンテンツだ。

 ファラさんがこっちを見る。俺で遊びたそうな猫みたいな目をしてる。


「ねえ知ってる? クロードとはお見合いで知り合ったのよ」

「マジ?」

「懐かしい思い出だよ。俺が七つかそこいらで彼女が十…」

「十一よ」

「でしたか。お見合いと言っても近隣の若い子弟を集めた早めの社交界のようなものでしたね」


 そんなのあったんだ。


 話を聞くにまだ社交界に出すには幼い貴族の子弟たちが身内どうしの気兼ねない関係を築くために、それとまぁ失敗しても痛手は負わないような大らかな会であったらしい。

 イースが主催するパーティーでファラが見事ホストを務め、クロードと踊ったらしい。


 そういうのもあるんだな。うちのような辺境の貴族家には縁の無い会だ。

 ファラが薄く微笑む。遠い過去を懐かしむような顔だ。


「あの時緊張でがちがちになっていた子がこんなに立派な紳士になるなんて思いもしなかったわ」

「お恥ずかしながらあの頃俺は貴方に恋をしていたんですよ」


 本当に純粋な少年みたいに照れを見せるクロードである。彼のような一流の女誑しだけに発動を許される小技感がある。


「いまは?」

「我が友リリウスに悪いのでこの想いは引っ込めました」

「見たかウェルキン、あれが一流のプレイヤーというものだ」

「だな、俺にはマネできそうもねえ」

「陰口なら俺に聞こえないようにやってくれ」


 悪いが陰口の時は大声で言うタイプなんでな。


「貴女もリリウスと共に行くのですか?」

「ええ」

「何のために?」

「もういいって伝えるために」


 お綺麗に微笑みを残したファラの答えは本心なのだろう。

 一代で大財閥を築き上げた偉大な男がいた。その所業は万人に呪われても足りないほどの血に塗れたものであり、己の死後に足元から立ち上る無限の怨嗟によって子孫たちが苦しむことに苦悩して不老不死の術法を求め、死した今なお彼女達を守ろうとする偉大なる男だ。

 彼女はきっとその男に「もういい」と伝えたいのだろう。一人で何もかもやろうとする男にもういいのだと伝えるために来たのだろう。



◇◇◇◇◇◇



 翌朝、朝日がのぼると同時に義勇軍が活動を再開する。

 煮炊きの煙が抜けるような青空をのぼっていく。義勇兵は義勇兵でも学生義勇兵だから朝から元気に騒いでいる。数々の激戦を潜り抜けてきたわりにはあどけない顔つきをしているが中身はもう立派な兵隊さ。個のちからならそこらへんの正規兵には負けないレベルにあるね。


 彼らに同行する酒保商人であるLM商会のトレーラーも活動を始めている。普段ならトレーラーの前でカレーを売ってるところだが、本日は出立の準備で大忙しだ。

 俺はアデルアートとクロードに、シェナちゃんに頼んで仕入れてもらった情報を提供しているところだ。


「イース侯爵軍が南東に布陣しているから合流はありだと思うが、こいつらの狙いがクリストファー軍との合流ならそっちで待ち構えるのもありだが……合流には危険が伴うので先にラフレシア帝国内に入るのもありだ…が」

「だがが多いぞ下男……」

「うるせえ馬鹿皇子、俺から見るとどこに言っても地雷原のようなものなんだよ」


 正解はただ一つ、このまま海に出て船を調達してまっすぐ本国に帰る。これしかない。

 こいつはシェーファとイザールが仕込んだ帝国軍全滅作戦だ。まともにやったら生き残る目はねえんだよ。


「イースはまだ信用できるがクリストファーは信じるな、くらいしか言えないがまぁがんばれ」

「がんばれ…か。お前らしい発言だ」


 がんばれ、根性で無理をこじ開けろ。はっきり言ってそれしかない。


「それとELS制裁軍の第二陣というか先に壊滅させた先行軍に合流するはずだった戦力が聖王国を進発したらしい。こいつらの狙いはクリストファー軍だが気をつけろ」

「わかった」


「神聖シャピロの方にも動きがあるらしい。アルス聖王国とは不倶戴天の敵どうしであるシャピロの狙いは不明だが帝国の動きに呼応しての領土拡大が狙いかもしれない」

「わかった」


「それと西部商人同盟が帝国とコンタクトを取りたがっている。こいつらの裏にはアサシンギルドがいるんだが東部商人同盟アタラクシアとクリストファーのつながりを快く思っていないのでちょっかいを掛けたがっているというのが本音だろう。うまくやれば支援を得られるかもしれない」

「わかったわかった」


「詳しくは書面にまとめておいた。行軍の間にでも読み込んでおけ」

「なあ下男」

「なんだよ」

「どうしてお前の親切は僕を不安にさせるのだろうなあ」


 それは知らん。きっと俺の中にあるよこしまな心を感知しているだけだろう。



◆◆◆◆◆◆ 



 激戦の七月を乗り越えた帝国軍を待っていたのは激動の八月であり散開と糾合を繰り返してジタバタと転戦を繰り返す帝国軍が切り開いた覇道の進路は一応の落ち着きと安定を経た。

 貴族という支配者層ではなく商業という経路からもたらされた安定はよそから見れば歪つで異常な事態であるが占領地は不可思議なほどに安定していた。それは新興の銀狼商会が帝国軍との折衝を担い、土地の自治権を約束させたからである。


 狂ったように国家を駆逐しては占領地を放り出していく帝国軍という名の猟犬の群れは各地の為政者を大いに困惑させ、だが同時に膠着した国境線の引き直しの野心を持つ者どもを大きく期待させる。


 だが大陸という大きな地図の上では未だ多くの難題が残り、中でもELS制裁軍第二陣と帝国軍の衝突は先の敗戦もあって誰の目から見てもどちらが優勢とも言えぬありよう。

 どうせならば勝ち馬に乗りたいがどうせ乗るなら早い方が儲けが大きいと大商会の中には賭けに出る者も出始め、また邪魔な敵国を始末するために帝国軍を使えると踏んだ大国が陰から支援の手を伸ばしもした。


 よく言えば安定、悪く言えば膠着したまま希望の見えなかった小国にとっても今は躍進の時であり、帝国軍の動きに呼応して戦争状態に突入する。

 そして九月がやってきた。決戦の九月、先に動いたのは大陸中央に座するかつての大帝国シャピロである。斜陽の国家が繰り出した戦闘団が帝国軍の進撃の目を駆逐したのだ。

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