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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
345/362

悪夢の森③ それぞれの悪夢

◇◇◇ウェルキンSIDE◇◇◇ 



 森は深く、どれだけ歩いても尽きるところがない。

 暗い夜の森というだけでも不気味なのにアンデッドまで出てくる。そんな森を逃げ惑うリジーは隣を走るウェルキンに怒鳴ってる。


「だあああああ! 薪を拾いに来て迷うとかウェルキンの馬鹿ー!」

「てめえだって道がわかんなくなってんだろ!」


 追ってくるアンデッドは時折ウェルキンが振り返って斬り伏せているがまったくキリというものがない。


「数が多いなんてもんじゃない。戦場ですらないただの森でこれとは先が思いやられるぜ! ―――喰らえ、ジャイアントバスター!」


 大剣から放ったオーラの奔流が追ってくるアンデッドをまとめて吹き飛ばす。

 トールマンヒーローに昇格したウェルキンの膨大な生命波動には強力なアンデッドをも粉砕するちからがある。

 生物の大敵が不死の眷属ならば逆もまたしかり、不死の眷属にとっても生命力の高い生物は天敵となる。


 追っ手を粉砕したウェルキンが大剣を肩に担ぐ。格好つけているのだ。


「おおー、ウェルキンすげー!」

「へっ、こんな数だけがウリの奴らなんざ倒しても誇れねえよ」


 と言いつつも中々のどや顔である。女子からすげーって言われるのが気持ちいいらしい。


 だが、そういう気の抜けた瞬間であってもウェルキンは熟練のダンジョンシーカーだ。現実時間に直して約二年近い時を次元迷宮で過ごした彼の感覚野は研ぎ澄まされており、この瞬間を狙ってきた輩の投擲具を弾き返す。

 毒液に濡れた投げ刀子がリジーの足元に散らばる。男女の二人組で女の方は弱そう、ならば毒で弱らせて強い男の側の動揺を誘おうとした奇襲を防いだのだ。


 で、リジーだけがカンコンと刀子を弾いた音ではなく、これらが地面に落ちてようやく自らの危機に気づいたのだ。


「ふおっ!?」

「アンデッドじゃねえな、何者だ?」


 見上げるのは頭上。木々の間の空中にこの場には恐ろしく場違いなメイド服の少女たちが停止している。常人が見れば空中に立っているふうにしか見えないがウェルキンの強化視覚には糸が見える。

 メイドたちは木々の間に張り巡らせた糸の上に立っているのだ。


「我らはエスカート、イル・カサリアが五尊家が一角エスカートが郎党」


 無表情のまま正体を明かしたメイドへとウェルキンが微笑みかける。闘争を是とする戦士の微笑みだ。


「へえ、素直に名乗ってくれるんだな!」

「死人に名乗ったとて何の不都合がありましょう」

「そちらも名乗りたければ名乗ってもよいのですよ、強者なればそれなりの葬り方もありますしね」


 あちこちから少女たちの笑い声が聞こえてくる。眼前の三人だけではない、随分と多くが潜んでいるようだ。そしてウェルキンの知覚では人数や位置までは特定できない。


 だがそれでもわかることはある。こいつらはウェルキンを舐めている。


「女どもが居丈高にしやがってよぉ。名乗ってやる、俺は愛の戦士ウェルキン・ハウル! 惚れた女のために戦うと決めた愛の男だ!」


 ウェルキンが手袋ごと己の左手の親指の付け根を噛み切る。そうして吐き捨てた血肉から溢れ出すオーラが四頭の虎へと変幻する。


「大虎ども、そこの女どもと遊んでやれ!」


 命令を発し、ウェルキンはリジーを担いで脱兎のごとく逃げ出す。

 これに慌てるのはリジーだ。


「にっ、逃げんのかよ!」

「毒のナイフを投げてくる奴らの相手なんかしてられっか! それとも自分の身は自分で守ってみるか? そんならやってやるけどよ」

「さっすがウェルキン、英断だぞー!」

「けっ、調子いいんでやんの」


 まぁ戦うという選択肢は無しだ。はっきり言って無い。リジーが死ぬ。

 ウェルキンは頭の良くないがイノシシ戦士だがその分だけ本能の牙を研いできた。理屈や相手の見た目を無視して、所作や態度で相手の力量を見抜く能力がある。なにより彼は一流のアサシンを知っている。

 あの女中どもはナシェカの持つ雰囲気にかなり近い。そんな奴らが初手からリジーを狙ってきたのなら戦闘に入れば間違いなく守り切れない。


 何よりウェルキンには急ぐ理由がある。こういう状況に陥ってもウェルキンの優先行動はナシェカちゃんと合流なのである。女中どもの相手なんてしているヒマはないのである。

 愛の戦士の戦う理由は一つだけ、惚れた女に格好いいところを見せたいだけなのである。



◇◇◇クロードSIDE◇◇◇



 クロードとアーサーもまた箱庭迷宮の森を彷徨っている。

 いわゆる知能高いペアなのに加えて迷宮探索者としての経験も積んできた二人だから微かな違和感から気づいた。思念波の急な断絶、方位の失い方の唐突さ、この二つだけでアーサーが先に察した。


「迷宮化しているね。それも格段に嫌な方向での迷宮化だ」

「格段に?」

「この濃霧だ。入退出に際してランダムワープのような特性を持つことで帰還を困難にしている」


 クロードも高いIQを持つ男なのでこの発言だけで幾つもの気づきがある。

 アーサーは迷宮化していると判断した時点で使い魔を飛ばし、だが使い魔との接続が途切れたか、アデルアード軍への合流進路が取れなかった。そしてこうもハッキリ言える時点で後者の可能性が高い。


「となるとバドとファリスとの合流よりも俺達は我が身を案じるべきか」

「冷静に考えればそれもありだ。だがいいのか?」

「いいさ、あの二人の実力と判断力を信じているからな」


「リリウスとナシェカは?」

「それこそ何の心配も要らないだろ。逆に聞きたいね、迷宮化した森に喰われる可能性が1%でもあると思うか?」

「ないね。数式のようにブレのない答えとして存在しない」


 二人して軽く笑ってしまった。あの二人をどうにかできる迷宮があるのなら逆に教えてほしいくらいだ。

 ここでアーサーが方針を求める。


「では行動を決めよう。この妙にキナ臭い状況で脱出を目的とするか、根幹を叩くかだ」


「根幹ね。人為的な迷宮化だと?」

「この霧が出る前までは普通の森だったものが突然迷宮化するなんて人為的以外の何物でもないよ。以前リリウスからそういう魔法具があると聞いていたってのも判断材料になるね」


 アーサーはおそらく学院で最も長くリリウスとの飲み会に付き合ってきた男だ。

 彼の口から零れ出てくる摩訶不思議な冒険物語はじつに興味深かったがなにより神器やアーティファクトへの知見は驚嘆に値し、アーサーも余所では聞けない話なので色々と尋ねてきた。

 だから当たりをつけられる。アーティファクト『箱庭迷宮』、まどわしの大神ロキが生み出した龍脈地を迷宮に変える特級魔法具であると。


「知識はちからなりってか。どれだけ迷い込んでいるのか不明な現状では根幹を叩きたいが、どうする?」

「こいつがあるだろ?」


 アーサーが固有世界から三日月のようなブーメランを取り出して分厚い刀身を叩く。異界の神器ツクヨミ。一度投げ放てば標的の首を落とすまで帰ってこないという凶悪な投擲武器だ。

 しかしクロードとしてもそんな使い方ができるとは思えない。


「可能か?」

「可能さ。知っているかクロード、奇跡を起こす唯一つの方法は疑いを持たぬ無垢な信仰らしいぞ」

「そいつは初耳だ。出典は?」

「リリウスさ」

「それなら信じられるね。なにしろ存在そのものが奇跡のような男だ」


 二人それぞれが自らのツクヨミをぶん投げ、そいつに乗って飛んでいく。


 神器とは神の権能ちからそのものだ、多少の拡大解釈を受け入れるだけの万能性を信じるのは過ちではない。疑いや思い込みによってそのちからが減じることはあれど信じたから性能以上のちからを発揮するという現象は起きないが、アーサーは直感的にできると確信している。そしてそれは正しい。

 幾多の本を読み込み、あらゆる伝承や神話、果てにはフィクションにまで傾倒してきた彼だからそういうことが起きても不思議ではないと受け入れられる。


 そういった意味で言えばこれはアーサーの勝ち得た後天的な特性である。所有する神器の能力を減じることなく百パーセントに近い性能で操れるという超絶の特性。これこそが彼が時の大神に選ばれた聖戦士である理由なのかもしれない。

 かつてリリウスが図解で説明したアーティファクト箱庭迷宮を思い描いて飛翔するアーサーには確信がある。それは彼の持ち得る知性的な傲慢さからくる慢心や楽観かもしれないが、百度やって百度成功させるちからがあるならそれは確信だ。


 アーサーには勝利を引き寄せるちからがある。それはリリウスの持つ魔王の特性とは異なり、世界に言祝ぎ/呪われたものではないが、人として望みうる最大のちからであるのだ。



◇◇◇???SIDE◇◇◇



 ここは森の深い場所。箱庭迷宮のコアを置く大罪教徒の本陣で、ランツォ・エスカートはアーティファクトを眺めている。


 九つの断層に分かれた平面の森の縮尺図では使役する亡霊旅団とドルジア兵が戦っている。

 元々この地での布陣は考えの内にあった。クリストファー軍の別動隊を狩れるだけ狩るというのがサファから与えられた任務であるし、イースの航空騎兵を捕獲するついでの遭遇戦でアデルアード軍を発見できたのは望外の幸運といえる。


 ドルジア皇室の軍旗を掲げる軍勢の首級、大将首とはいかずとも中々の戦功だ。ランツォ・エスカートは今は何より戦功が欲しい。彼の有用性は御家の序列に関わるからだ。


「帝国第三皇子アデルアードか、悪くない手柄です」


 本命は魔竜皇子クリストファーの首だがこちらも中々の大物首だ。別動隊狩りのような退屈な仕事にしては大きな成果といえる。


「しかし……」


 しかし善戦されている。皇室近衛騎士団の強さはまぁ理解できる。だがオマケの義勇兵が思ったよりも手強い。

 森に迷い込んだ騎士団は何らかのアイテムのちからによるものか、すぐに合流を果たして小規模な干渉結界によるフィールドを構築、周辺を彷徨っていた義勇兵を保護しつつ脱出経路を探し始めている。

 義勇兵の幾人かは亡霊旅団をさしたる脅威ともせずに蹴散らし、無軌道な台風のように迷宮内を進軍している。


 特に危険度が高いのは森に落ちたイースの航空騎兵だ。アサシンメイド部隊が接敵も敵わずに完全に位置を見失ったままだ。箱庭迷宮内での出来事はすべてランツォの監視下にある。だが居場所を掴めない。尋常の仕業ではなく、いずこかの御柱の権能が関わっているにちがいない。


「イースならば何らかの神器を所有していても不思議はありませんが、リリウス・マクローエンと行動を共にしている時点でクサい」


 教敵リリウス・マクローエンは手札の多い強敵だ。初対決の頃はパラメータの尖った強いが付け入る隙のある敵でしかなかったが今や堂々たる大戦士となった。加えてアシェラ神やアルテナ七星神らの守護者となり大きな助力を得ている。

 正直に言えば小部隊で当たりたくない相手だ。ランツォは超位階の魔導師であるが本質的には暗殺技能者であり、正面切っての対決で大悪魔リリウスを倒せる自信はなかった。


 ランツォが決断する。決断は部下であるアサシンメイド部隊への命令という形で表明する。


「撤退の準備を。クレアがファラ・イースを確保し次第森を出ます―――これは?」


 箱庭迷宮の全階層を投影するミニチュア箱庭の中を高速で動き始めた駒がある。二体だ。箱庭迷宮には内部の敵性存在をマーキングする機能がある。その際に敵性存在の能力を診断してTRPGの駒に置き換える。


 聖戦士の駒と邪神の駒がすごい速度で動いている。幾つもの階層を駆け抜けてまっすぐにこちらに近づいてくる。地形的な減速はない。飛翔魔法かその系統の移動手段を用いている可能性が高い。


 瞬時に迎撃を判断。迷宮内転移を使ってアサシンメイドを送り込むが単純な速度差で追いつけない。待ち伏せをしたのに一瞬で頭上を回転する円盤が通り抜けていったなんて報告が返ってきただけだ。

 ランツォからすれば円盤ってなんだ?って感じだ。


 高速で飛行する円盤がこのエリアに入り込んだ。その次の瞬間にはアーティファクト箱庭迷宮のミニチュアへと二枚の巨大刃が衝突する!


 神器の強度・耐久値は構成するリバイブエナジーと同等である。物理的損傷を修復するちからも物質として振る舞うちからも燃料は同じ。なれば神器どうしの衝突は内在エナジーの総量によって決まる。

 人間ほどの大きさの砂時計のような箱庭迷宮ミニチュアと削り合っていた三日月の形の巨大刃が弾かれる。


 飛んできたのは刃だけだ。乗って移動していた連中がいない。


 そいつらは一泊遅れて降ってくる。ランツォ目がけて二振りの剣を振り下ろす二人の剣士、クロードとアーサーだ。

 斬撃をバックステップで回避したランツォは反撃もできたがしなかった。性急に事を進める必要のない手合いだからだ。ランツォにとってこの二人はさしたる脅威ではないという意味だ。


「ターゲットへと必中するタイプの神器による移動ですか。面白い方法です、そんな方法で我が術理空間を突破した者は初めてですよ」


 拍手を贈る。素直な気持ちで賞賛してやる。それは見事な芸を披露した犬への気持ちと変わらない程度のものだ。


 アーサーとクロードの警戒度が増していく。事ここに到りて正面から向き合っているのにランツォの気配を微塵も感じ取れないせいで、二人が感じているのはこの男がリリウスにひどく近い雰囲気をまとっていると考えたためだ。……実際にランツォの能力はリリウス・マクローエンに近い位置にある。


「素晴らしい、素直に驚きました。まだ殺していないのは私からのささやかな返礼だと思っていただきたい」


 ランツォ・エスカートの職能ロールは暗殺者だ。だが超位階という言葉ではなく神兵の暗殺技能者であり、正面衝突は苦手ではあってもそこいらの英雄級に後れを取るほど弱いわけではない。

 神域に到達した幻術を操る超絶の暗殺者ランツォ・エスカートの脅威度はアシェラ神殿の評価でも太陽の王家やルーデット家と同等であるのだ。


 次元迷宮の強大な幻影魔獣とは異なる脅威にさらされた二人はだが恐怖はしていなかった。クロードがとりあえず言い返す。


「言いたいことはそれだけかい?」

「ええ、これだけです」

「そうか、ではこちら側の言い分も言っておこう。貴殿が何やら言いたそうだったから吐き出すのを待ってやった、それが貴殿が未だ五体満足でいる理由なのだよ」


 クロードは穏やかな男だが他人に馬鹿にされたまま言い返しもしないほど気弱な男ではない。

 そしてこれを聞いたランツォは少しだけ面白かったというふうに唇を笑みに歪ませる。死にゆく者のセリフにしては面白かった、そんなふうにだ。


「では死になさい」


 ランツォの姿が濃霧に溶けていく。

 怖気を振るうような殺意はない。はらわたが凍えるような殺意もない。何もない静かな死の気配だけがフィールドに満ちていく。それはクロードとアーサーが初めて感じるであろう、超一流の暗殺者の仕事である。


「クロード、相手はあいつ一人ではないぞ、気にかけておけ」

「だろうね。チェックをかけたつもりが狩場に誘い込まれたわけだ」


 ここは箱庭迷宮の最下層。ならばランツォ・エスカートは迷宮を守護する守護者であるのだ。

 激闘の合図は静かに切って落とされた。



◆◆◆◆◆◆ 



 豪雨の森は暗黒のように暗く、そこかしこから生き物の腐った香りがする。

 アーティファクトによって再現された森を、彼女達の手を引いて歩いていく。手をつないでいる理由は透明化の譲渡のためだ。


 いま俺はどんな顔をしているだろうか。手札を一枚切らされた苦み走った顔つきか、はたまた強敵とのバトルの予感に気を引き締めたものか。両方だとしたらさぞ深刻な顔つきだろうな。


 大罪教徒はまぁまぁな強敵だ。まぼろしを実体化させる権能を下賜されているせいでそこいらの雑魚どもより三つ四つは手強い。あいつらって基本的に実体じゃないから冗談抜きで「やったか!?」って時は殺れてない。うちのクラン全員に鑑定スキルが与えられている理由はこれだ。アシェラ信徒以外じゃ相手にならねえんだよあのクソども。

 原初の暗闇混じりの豪雨もある。ファラを連れている状態で無理はできねえしステルスコートを使うのは仕方ない選択だった。


 しばらく歩いているとファラから質問がある。


「ねえ、そのコートってまだ使えたの?」

「能力の秘匿は初歩の初歩だぜ」


 バトルの基本は騙し合いだ。すでにバレている手札でも使えないという情報を流せば相手の処理能力への負荷になるし、何より本当に使えるなら奇襲になる。あのオシャレ顎髭野郎を殺すためなら俺は世界だって騙してやるぜ。


「俺が今現在どれだけの能力を有しているかを当てられたら世界のすべてをあげてもいい。そんな奴はアシェラとステ子くらいのもので、だが俺はアシェラにさえ一つ二つは隠しているよ」

「それってステルスコートの造反だけは本気で想定外ってことよね?」

「勝率が消え失せる程度にはな」


 ファラさんはマジで洞察力が高いな。

 ステ子の裏切りだけは本気で予想できなかった。詰んだと思ったよ。俺のすべてを知っているあいつが裏切ったら俺はタネの割れた手品師だ。これで公演をやり遂げろなんて無茶すぎる。


 ……溜まりに溜まったツケなんだろうな。

 俺はステ子に甘すぎていたよ。カトリが死んだのでへこんで、そんな姿を見せ続けたからあいつはカトリのフリをしてくれていたのも知らずにさ。


 カトリって呼ぶじゃんって言われてようやく気づけたよ。

 カトリって言うなって泣かれてようやく気づけたよ。


 俺とずっと一緒にいてくれたのはお前だったのにさ、お前の優しさとか気遣いとか何もわかってなかったんだってようやく気づけたんだ。


 今度お前に会えたら何を言おうかはまだ考え中だけどさ、とりあえずぶん殴って今度こそ確実に調服してやるからな。お前は文句を言うだろうけど呪具と人間様の関係って基本主従関係だからどっちがご主人様かわからせてやるからな。

 ステ子よ、俺とお前の関係ってマジでそんな感じだからな。悔しかったら人権を主張してもいいが俺はお前の人権だけは絶対に認めないからな。


 まぁそんなことはさておき……

 後ろへと振り返る。物質透過能力を起動しているとはいえ人体にド影響のある死の雨の中を平気な顔をしてついてくるファラには声をかけておく。


「ファラ、へいき?」

「……あなたはいつも私の心配をしてくれるのね」


 なぜか好感度の上昇を感じる。ダイスがクリティカルで上振れかな? それとも不思議な選択肢によるパーフェクトコミュニケーション成立かもしれない。

 よし、ここぞとばかりに好感度を稼いでおこう!


「そんなの当たり前だろ。愛してるよファラ」

「ねえナシェカさん、この男こんなふうに言ってるけどいいの?」


 え、口説いた瞬間のキラーパス! パーフェクトコミュニケーションどころか地雷だったか。

 修羅場降臨の予感に震えたが当のナシェカはあさっての方向を見ている。なぜだ?


「……今のナシェカちゃんは空気なんで、そのぅ、特に何もありません」

「ビビリかよ」

「……ビビリでいいよ」


 初期の頃に存在した得体の知れない強キャラ感が死んでやがる。

 俺からしたら不思議で仕方ない反応だが、ファラさんが気分良さそうに笑ってるのでヨシ!


 最初はこのトリオに不安を感じていたが(主にファラさんのディアンマの加護が理由で)、意外にもいいトリオかもしれない。ファラがアイテム支援。ナシェカが索敵とバトル。俺が後方で腕を組む。じつにいい役割分担ができている。


 この調子で箱庭迷宮を突破しようと思った時だ、急激に霧の濃度があがっていく。

 視界が白く染まっていく。瞬く間に真っ白になってしまう。導きのランタンの光が指し示す方向に迷ってグルグルと回転している。

 術者を倒さないと出られないパターンのフィールドに変化したな。なお本当に出られないのかと言われたらそうでもない。


「仕掛けてきたってことだよな?」

「ええ、油断しないで」


 霧の海に沈んだまま歩いていく。

 やがて誰の声も聞こえないことに気づき、己の手を見てみればたしかに繋いでいたはずのファラの手がなかった。感触だけはあったんだがな……


「カスどもがやってくれるぜ」


 俺はあのカスどもが大嫌いだ。使う手がイチイチ卑怯というかいやらしいというか、正々堂々向かってこないから大嫌いだ。正々堂々戦ってくれれば秒殺してやれるってのよぉ……

 まぁ奴らが正々堂々戦わない理由はここなんだが。


 ナシェカの姿はあった。さすがだ、高度演算能力を駆使してまどわしの権能に抗ったか。


「さすがだな」

「真っ先に取り込まれたが上から目線ー」


 え、最初に取り込まれたのって俺なん?


「そんなら忠告してくれよ……」

「一歩で取り込まれたのに無茶言うなし」


 マジかよ。


「恐るべきはロキ神の権能ってことか……」

「全力で自分の責任問題を回避するじゃん」


 するよ、恥ずかしいし。


 つか責任回避なんてしてる場合じゃねえ。ファラだけ行方不明なのはまずい。


「つか俺なんてどうでもいいからファラのフォローをしてくれよな。なんだよその顔?」


 ナシェカが何とも言えないような顔をしている。このなんとも言えない顔とは言葉の通りになんとも言えない顔だ。表現のしようがない。


「いやー、あの人は平気じゃないかなー?」

「平気なわけがないだろ。だからなんだよその顔」


 なんとも言えない顔だ。だが一つだけ言えるのはナシェカはファラの心配なんてしておらず、むしろ俺へと深い同情やいたわりを顔に出している。これだ、意味がわからないからなんとも言えねえんだ。


「旦那」

「なんだ?」

「ほんっっっ~~~~と! 苦労する宿業を背負ってるねえ」


 なんだかわからないが、これは本気で憐れまれている。



◆◆◆ファラSIDE◆◆◆ 



 白い霧と黒い雨にさらされた夜の森は冷たく、生ある者の息吹はない。

 死霊のうろつく森をブーツを鳴らして突き進むファラ・イースの足取りに迷いはない。誘う者とその撃破を狙う者はやがて相対する。


 森の奥地の古い遺跡で、無数のアンデッド兵を従える魔女が貴人へと接するように優雅に一礼をする。


「名高きイースの総帥のお目に掛かれた光栄に浴するは大罪教徒が序列八位、エラン=クレア・イルミリオと申します」

「ファラ・イースです」


 胸を張って堂々と。これぞ王者の挨拶だと言わんばかりの態度を取れば、勝利を確信している側の大罪教徒にとっては煽られたも同じだ。クレアの秀麗な美貌に青筋が立つ。


「ファラ・イース、噂に違わぬ美貌には驚きましたが……」

「そう? 貴女も綺麗よ、私には劣るけどね」


 煽られていると感じる……?

 いや、完全に煽っている。そしてクレアは煽り耐性を持っていない。


 クレアの思念が広がり、アンデッド兵がファラへとゆっくりと進み始める。


「ですが知性に関してはプロパガンダでしかなかったようだ。貴女には現状を認識する能力もなく、立場を弁えることさえできない」

「会話の途中で暴力をチラつかせる程度の輩が知性を語るの? 一つのセンテンスの間でさえ理屈を通せないなんて情けないとは思わないの?」


 クレアがブチ切れる。


「お可哀想なファラ様、誰が想像したでしょうね貴女の最後がアンデッドの餌食だなんて」


「……ねえ、当初の動きから考えると貴女の目的って私を捕まえることだったはずよね?」

「残念ながら不慮の事故というものが起きてしまうのです」

「本当に程度が低いわね。リリウスからカスどもと呼ばれるわけだわ」

「リリウス・マクローエンとは相当に親しい仲らしいわね。八つ裂きにした貴女の死体を見た時あの男はどんな顔になるのかしら」


 今は発言にはファラもかちんときた。当然のことであるがファラ様も煽り耐性はない。皆無に等しい。


 ファラの美しい赤い瞳が奇妙に変化する。眼球を押し開いて万華鏡の瞳が現れる。

 万華鏡の瞳が煌めく。するとクレアの影から飛び出す。影から飛び出してきた腕はクレアの口を塞ぐふうに顔面を掴み、もう一本の腕は杖の動作を阻害するふうに右腕を掴んだ。


 影から現れたのはクレアの姿をした何かであった。


「ぐっ、離れろ!」

「≪カイザールの声は果てまで届く―――≫」


 影から現れたクレアが大魔法の詠唱を始める。奇妙なことに認証済みのクレアにしか使えない神器の杖の制御まで奪われて敵の魔法の増幅を感じる。


(くっ、アンデッドども、こいつを切り殺せ!)


 配下のアンデッドソルジャーに思念を飛ばしたがそちらも影から現れたアンデッド兵に襲われていて救援に来る数は少なかった。そして少ない数では影が操る無詠唱魔法に蹴散らされてしまった。


「聖杖よ、あたしに従え!」


 魔法力を解き放って杖の制御を奪い返し、影のクレアとの泥臭い取っ組み合いを制して一旦体勢を立て直すために離れていく。アンデッド兵の布陣も立て直す。

 影クレアも奇襲は失敗したと諦めてアンデッド兵の布陣を整えている。忌々しいことに影クレアの操るアンデッド兵の影からも新たなアンデッド兵が出てくる有り様だ。


「ファラ・イースめ、ただのお嬢さんだと思っていれば奇妙なマネをする!」


 大罪の魔女が杖を掲げて影の己を撃ち滅ぼしにかかる。

 だがこれは一枚の鏡の中の出来事だ。


 鏡の外ではファラが一枚のコンパクトを覗き込んでいる。終わりない自分自身との闘争というクレアの奮闘ぶりを映した鏡へと問いかける言葉に意味はないが、一応は言っておく。


「幸運を祈りなさい、運が良ければ助かることもあるでしょう」


 パックリと開いた次元の向こうに広がる暗黒へと向けてコンパクトを放り投げる。

 次元の狭間に放り込まれたクレアの運命は、次元の狭間を旅する誰かに託された。知性を失ったまま次元の狭間をさまよう空腹な次元渡航者どもが神気で作られたコンパクトをどう扱うかを考えれば彼女の結末は見えているが、それでも希望は欠片程度はあるかもしれない。

 もっともファラにとって彼女クレアはもう死んだ認定なのだが。


「まっ、のこのこ本体で現れた貴女に幸運が微笑むとは思えないけどね」

「幸運のアシェラに背を向けた側としては笑えないセリフね」


 ファラの耳飾り、プレパラートのように薄いダイアの板の中でもう一人のファラが薄笑みを浮かべていた。

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― 新着の感想 ―
ここまで話が盛り上がってるところでエターナルの世界に旅立ってしまったのかと打ちひしがれていましたが、未練たらしくお気に入りタブの最上位に残しておいてよかったです。 更新ありがとうございます。
再びの更新ありがとうございます
もう続きは読めないかと思ってた… でも更新されるならOKです! 更新お疲れ様です! ファラさん…リリウスの浮気で万華鏡写輪眼を開眼してしまったのね…
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