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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
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悪夢の森①

 本能的に足が後ろに下がりそうなファラとの邂逅だが不思議なくらい静かな心で向き合えた。

 久しぶりに見た彼女はとても美しい、俺が恋をした女の子のままだ。


「久しぶりだね。会えて嬉しいよ」

「それよ、それ!」


 ファラが嬉しそうにそう言った。しかし俺的にはそれって何だ?って感じだ。

 長いこと会ってなかったからこういうところで以心伝心とはいかねえなあ。


「それって?」

「百点満点よ」


 なんと百点満点ですか!


「会うなり土下座したり謝ったりなんかしなくてもいいのよ。わたしも会えて嬉しいのよ、会えて嬉しいって言ってもらえるのが一番嬉しいの。土下座なんてされても腹立たしいだけよ」


 なんと俺の今までの行動は全否定ですか!


 でもまあ俺も相手が喜んでくれてる方が嬉しいよ。

 ファラのお口も元気そうだ。まったく圧倒されてばかりだ。


「元気してた?」

「ええ、色々と大変だったけどね」


「それは本当にそうだと思うよ。今の状況だけ切り取っても大変そうだ」

「ほんとよね。そっちも大変そうね、マリアから色々あったって聞いているわよ」

「へえ、マリアから。どんな話を聞いたの?」

「学生結婚したとか」


 思わずむせてしまったわ。その相手がいま隣にいる問題だ。

 でもファラは怒ったりしない。そんなことで嬉しい再会に水を差したくないのだろう。土下座はまだ早い、俺の中に眠る土下座よ鎮まれ……


「お互い色々あったわね。積もる話もあるけれど……」

「でもそれは落ち着ける場所で酒とチーズを摘まみながら。今は実際的な話をしよう」


 急ぎの仕事を片付けないと恋人との再会だって祝えやしない。

 あのキモい暗黒騎兵はどこから湧いてきた汚物なのかを話してもらわないとな。



◇◇◇◇◇◇



 アデルアード軍との合流を目指して暗い森を歩く。合間の話題は黒いアレについて。暗黒騎兵だ。

 ファラはアシェンダリア侯国の辺りを飛んでいたら突然襲われたらしい。


「突然ねえ」

「異論がありそうね?」

「突発的遭遇よりも襲われる理由の方が多そうなファラさんだからね。言ったらアレだけどイースの総帥はそれだけ恨まれている、そうでしょ?」

「ええ、恨まれすぎて誰が首謀者なのかわからないくらいよ」


 イースの繁栄の歴史の裏には相応の悲劇が存在していて、ありふれた商業的損失一つをとっても敗者が恨みを持つには充分だ。イース海運のせいでうちの店が潰れたーっていうしょうもねえ恨みもあるだろう。

 だが今回は大きな恨みの話だ。あんなものに襲われるなんてまともな事態じゃない。


「ナシェカ、黙ってないで意見を出せよ」

「……大罪教徒だと思う」


 黙りこくっていたと思ったら戦闘ログを精査していたのか。君の優秀さには本当に頭が下がるよ。

 思えばここいらは奴らの領域。随分とぐるりと回ってトランスバニア付近まできたってわけだ。


「奴らはまだ来ると思うか?」

「もうそこいらに潜んでいても不思議はないよ」

「そうかい、あのカスどもは元気だねえ」


 思い返してみれば暗黒騎兵はセリード先輩の使う召喚魔のような感じだった気がする。契約したデーモンを直接使うのではなくデーモンから切り離した影を操る技はまぼろしの大神ロキの権能技だ。


 そろそろ森を出られるかと思ったが木々は途切れない。

 嫌になるほど深い森の中だ。ここまで深く潜ってしまっただろうかと自分の記憶が疑わしくなってきたね。

 ほんの15メートルほどの崖をジャンプで跳び越えても木々の織りなす深い森の中だ。見覚えは…あるわけねえか。


「迷ったかな?」


 弱り目に祟り目とはいうが霧まで出てきた。まったくの祟り目だ、こいつはデスの好みそうな霧だ。

 霧の向こうに浮かぶ人型のシルエットと気色悪い亡者の鳴き声は最低だな。


「けっこう強そうだ。ファラは俺から離れないで、ナシェカはまぁ適当に」

「ま、ここは英雄伯さんの指示に従いましょう」

「ですです、こういう時のリリウスは信用できますんで」

「普段の俺は信用できないみたいな論法は鋭すぎるからやめろ」


 霧の向こうからアンデッドどもが飛びかかってくる。こちらはゆったりと構えて来た奴だけを片手斧で切り飛ばしてやる。……けっこう多いな。

 領主が管理をやめた森に呑み込まれた街道の末路がこれか。人を喰らい続ける死霊の森に成り果てるとは何とも悲しいね。



◇◇◇◇◇◇



 アデルアード軍は航空騎兵の増援を恐れて森の浅い部分に逃げ込んだ。

 魔力探査を阻害するアンテロートの遮断幕をテントの屋根のように木々に張って、消灯を保つ。


 再襲があるのかは不明だが練度の高い航空騎兵の脅威を考えれば当然の判断であり、主だった幕僚はアデルアード少将の傍で守りを固めている。

 で、当のアデルアードは憤懣やるかたないといった様子だ。


「たかだか数騎の航空騎兵にこの有り様とはな」

「夜明けまでの辛抱ですよ。多少の不便で安全を買ったとお考えください」


 近衛騎士の言い分は筋が通っているし最終的な判断をしたのも自分だ。それでも意に沿わぬ現状であるという自認が怒りとして発現し、しかしぶつける相手がいないのも、これを部下にぶつけるのがおかしいのもたしかなのだ。


「理解はしている。だが突然の夕立に腹を立てるようなものなのだ、これくらいは言わせてくれ」


 やはり怒りは治まらない。なにしろ彼らは夕飯だってまだ食べちゃいない。あんなものがこなければ今頃は温かいスープを味わえたはずなのだ。

 駆け寄ってきたバドからの報告を受けたクロードが幾つかの指示をし、またバドが走り去っていく。その姿を見咎めたアデルアードが問う。


「会長殿、何か問題か?」

「はい閣下、ワイバーン騎兵の保護に向かった酒保商人が戻ってこないようでバドとファリスを捜索に出しました」

「酒保商人……?」


 はてそんな輩を従軍させていただろうかとアデルアードが首をひねる。


「リリウスです」

「初耳だ、あいつはそんな名目で僕の軍にいたのか」

「彼にとっては重要なことなのでしょう。立場によって求められる職責も違いますので」


「義勇兵と酒保商人、その違いは何であろうか?」

「扱いは民間人ですので閣下の命令に従う理由がないのと、協力に対して金銭を求めることがある、ぱっと思いつくところでこの二点でありましょう」


「後々になって変な金額の請求書を出してきかねないわけか」

「契約もしていない協力に関しては突っぱねることもできますよ」

「それはよいことを聞いた。まぁそういう不義理なまねはせぬだろう」

「ええ、あれで商人の仁義は守る男なので。そうでしょうロザリア様?」

「えぇ~~と、はい、そこはしっかりとさせますわ」


 ロザリアが目を泳がせながらそう答えた。中々不安の残る回答だが彼女という真面目な監査が入るなら問題ないはずだ。ないはずだ。たぶん。


 会話の最中にクロードが顔をしかめる。その理由を尋ねる前に……


「バドとの思念話チャンネルが途絶しました。失礼、一度この場を離れます」

「よいようにせよ。義勇兵に関しては会長殿が指揮官だ。……だがこちらでも協力できることは協力する」

「ありがたきお言葉ですね。では」


 クロードが走り去っていく。

 ふと気になったアデルアードが問う。


「哨戒中の兵に連絡を取れ。チャンネルの途絶した隊があるか確認せよ」


 アデルアードの嫌な予感は的中する。森内の街道へと哨戒に出た小隊との思念話が途絶、これの迎えに出た部隊の計三個小隊との連絡がつかなくなっており、指揮官はこの失態を取り返そうとする意識がために報告を怠ったのが発覚を遅らせた。

 アデルアードが状況を把握する頃には近衛騎士団・義勇兵に二百名近い行方不明者が出ていた。


 二百人を呑み込んだ森は木々の合間にミルクのように濃厚な霧を漂わせ、害意も悪意もなくただ静かにそこにあるだけだ。

 だが現状を認識したアデルアードには恐ろしい怪物が大口を開いてそこにいる、そんなふうに見えた。



◇◇◇◇◇◇



 襲いかかってくるアンデッドを適当に蹴散らしながら森を出るべく前進する。霧はどんどん深くなり、原初の暗闇の魔法力はむせ返るほどに強くなっていく。

 俺はむしろ過ごしやすいんだが常人なら昏倒してもおかしくない密度のデスの魔法力だ。


「ファラ、平気か?」

「平気よ」


 平気なんだ。さすがファラ様、お強い。装備品が優秀なのだろう。


「おい、なぜナシェカちゃんには聞かない?」

「逆に大気中のオルタナティブ・フィアー含有濃度の上昇なんぞでお前の性能って落ちるの?」

「むしろ調子がいいです!」

「だと思ったから聞かなかったんだ……」


 いつもの夫婦漫才をやっていたらファラが笑い出した。


「本当に余裕があるのね。けっこうピンチだと思ったけど安心していてもいいのかしら?」

「任せてくれ。アンデッド狩りは大の得意さ」

「アーザードの亡霊旅団が相手でもこの余裕、さすがね」


 ファラ様が何か変なことを言った。

 そいつらなら前に倒したよって伝える前に事実確認をしておく。倒したばかりのアンデッドの鎧にあるであろう軍団徽章を確認するだけのお仕事だ。

 高笑いをするドクロマークと交差する死神のカマ。うん、間違いねえ。


「ナシェカちゃん?」

「こっちでも確認した。……倒したはずだよね?」

「倒したよ、お前も見ていただろ」


 浄化したはずの亡霊旅団がどうして?

 考える暇もなくアンデッドどもが押し寄せてくる。たしかに強いアンデッドだ。騎士階級であっても一対一で苦戦するレベルのアンデッドが四方八方からわんさかだ。


 とはいえ苦戦するレベルではない。


「アデルアード達が心配だ、とりあえず森を出よう」

「旦那、迷っている現状をお忘れ?」

「ばぁーか、簡単に出れるぜ」


 森で迷う理由なんて簡単だ。木を避けて歩くと方向がズレて何度も避けるともう取り返しがつかないくらい方向を見失うからだ。時には崖があって迂回を強いられるからだ。そうでなくても視界が悪いってのも問題だ。

 だが空は見通しがよい。空で迷う奴なんていねえよ。


 ファラを抱き抱えて大ジャンプ。一気に森の上空へと出る。そして自分の置かれた状況と浅はかさを思い知った。


 見下ろしたそこは森が延々と終わりの見えないほどに広がり、頭上もまた天地さかさまの森が広がっている。……最低だ。


 知っているぞ、こいつは二度目だ、まったく最低の状況だ。


「箱庭迷宮のアーティファクト……!」


 こんな恐ろしい魔法具をいったい何人が所有しているかは知らねえがな、どういう組織が所有していたかは過去に照らせば明白だ。先の暗黒騎兵と合わせれば確定だろ。

 大罪教徒の仕業だ。



悪夢の森脱出パーティー

戦士リリウスLv192 多彩な攻撃と反則くさい回避力が特色の回避アタッカー、むしろ敵の方が可哀想になる。

新米商人ナシェカLv100 どんな距離でも敵を殲滅する情け容赦のないド畜生ガンナー、こいつの相手ができるのは太陽の王家くらいという事実。

大富豪ファラLv100 すべての問題を財力で解決できる世界一の大富豪、お金の恐ろしさを教えてくれるぞ。


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