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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
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VS草原を渡る風エンヴィー

 先に女子部屋にシャレードが飛び込み、すぐにヒステリーじみた声が聞こえてきた。

 女神か…風にまつわる女神となるとすぐに思いつくところでは草原を渡る風エンヴィーだが……


 四大属性神の一角、風のエンヴィー。また大物が出てきやがったがいったい何故だ? ワーブルの神殿勢力の撃退が逆鱗に触れたか?


「殺す! 絶対に殺してやるぞナシェカぁあああ!」


 めっちゃキレてんじゃん。あのド畜生キリングドールなにやらかしたの?

 ビビってベッドから出てきてないけどそこにいるよね? 説明して?


「フェデルは、フェデルはわたくしの選んだ最高の剣だったのに! わたくしを守護する至高の聖勇者になるはずだったのに! お前のようなみすぼらしい女に誑かされてえ!」


 エンヴィーの聖勇者を誑かしたの? ナシェカちゃん、世の中にはやっていいことと悪いことがあるよ。神のお気に入りを誑かせるとか女版アルマンディーネの恋人かよ。伝説の悪女として後世に語り継がれちまうぞ。

 それも嫉妬の語源になった風の女神エンヴィーからだ。そりゃあ夜襲してくるわ。


 室内ではシャレードが風神と大立ち回りをしている。援護いくぜ!

 左腕に魔法力、右腕には闘気、この二つを極限まで高めつつ完全に同一のエネルギー量に調整して……


 フェイとバトラと一緒に開発した必殺技の本邦初公開だ!


「九式―――天通刃」


 両手を合わせ、両手を合わせた衝撃でちからが噴き出す。

 風神に飛び道具なんて届くわけはないがこいつは神殺しのちからそのもの―――天通刃がエンヴィーの背中の防御膜をちょっぴり削る! 神殺しの部分は忘れてくれ!  うーん、理論上は大ダメージをあたえるはずなんだがしくったかな……


 気を取り直して風の女神さまを後ろから強襲する。魔法力を高めてぶん殴るという俺にしかできないやり方だ。


「邪魔よ!」

「おっせえ!」


 エンヴィーが手刀を放ってきた。風の刃付きの手刀だが首を倒して避ける。

 英雄を導く風の逸話はあっても強いなんて聞いたこともねえ女神の攻撃なんか当たるかよ。


 とはいえ強風の防壁はさすがに固い。衝撃を散らされている手応えで、まともに削れているのかもわかんねえ。だが俺は一人ではない。


 近接戦闘でエンヴィーの注意を俺に惹きつけてやる。シャレード、この時間をどう使ってくれる?


「≪機甲転神、ナイトブレイザー!≫」


 俺が必死に稼いでる時間を変身バンクで浪費するのはやめてもらっていいかな!?

 シャレードが純白の甲冑を纏うナイトブレイザーに大変身した。何故この世界の上澄みは変身ヒーローになってしまうのだろう?


「ブレイズナッコゥ!」

 ナイト・シャレードがオーラナックルの連打を飛ばす。


「ブレイズストライクゥ!」

 ナイト・シャレードがコンビネーションの末に強烈なカカト落としを叩きつける。すべて強風の防壁に阻まれているとはいえ見事な攻撃と巻き舌だ。


「シャレード、同時にぶちかますぞ!」

「心得た!」

「神魔必滅―――アバーライン・フェニックス!」

「破邪顕正の理を示さん―――極光破断!」


 ダブル必殺技が炸裂して強風の防壁が歪む。いまだ、追撃で押し切るしか勝機は無い。

 神器召喚、闘神剣バレスエ・シェラ・アサルシエ。


「魔神の剣技を見せてやる―――レーヴェ・ラサ・リサリエート!」

「ナイトブレイザー・グレードアップ! 聖剣技、月下水面・狂刃乱舞!」


 強風の防壁を破った。余波みたいに嵐が巻き起こり、闘争のスピードについてこれない女神が怯えた顔で叫ぶ。……遅いよ。

 俺はもうお前の背に刃を振り下ろすところだ。


 そんな俺の背中を平手打ちが襲う。ばちんってゆった! いま! 背中は! ダメなのぉ!?


「やかましい! あんたたち、何を騒いでるんだい!!!」


 俺の背中を叩いたのは宿のおばちゃんだ。妊婦みたいなマタニティドレスのようなゆったりした寝間着で、頭にはネットを被っている。THEおばちゃん感がすごい。

 つか超怒ってるわ。怒ってるとこ初めて見たけどこわー。


「他のお客さんまで起きてきちゃったんだよ。夜は静かにおし!!」


 ここでシャレードがイイワケを……


「しかし私達は襲撃を受けた側なのであって」

「イイワケしない!」

「は…はい……」


 聖勇者がおばちゃんの一喝で沈んだ。怒ったおばちゃんは最強だ。


「エンヴィー、あんたも騒ぐようなら出ていきな! しばらくはうちの敷居は跨がせないからね!」

「ちょ―――ママ! そんなのひどい、わたくしの味方をしてくれないの!?」


「あんたの男絡みの事情になんて首を突っ込みたかないよ。いい年して若い男にのぼせあがってさ、恥を知りな!」


 エンヴィーが半泣きになってる。怒ったおばちゃんは最強だ。怖さが最恐だ。普段怒らないおばちゃんなら三倍怖いぞ。


 しかしママか……

 エンヴィーのママなんて一柱しか思いつかないなあ……


 それはそれとしてナシェカちゃんいつまでシーツ被ったまま震えているの? 早く出てきてエンヴィーさんに謝ろ、そうしないと収拾がつかないから。



◇◇◇◇◇◇



 何だか隣の部屋が騒がしい。

 市井の宿で夜中に酔漢が騒ぐのはよくあることなので放置していたが……


 ジャキーン! どかんどかん! どーん! シュラララ! ズドドーン!


 いや、これはもう酔漢が騒いでいるというレベルではない。戦闘音楽だ。いったい何事だと思ってアーサーとクロードが部屋を出ると廊下は同じ騒音を聞いた客が集まっていた。十人やそこいらはいる。

 なんというかけっこう泊まっていたんだなと驚いた。これまで別の客とすれちがったことはなかったので、こんなにも多くの客がいたのかと驚くしかない。


「誰だこんな夜更けに騒々しい……」

「無粋な輩もいるものだ」

「ですが中々の手練れですよ、エンヴィーを押し込んでいる」

「ほぅ、たしかに。アレスが見たら欲しがりそうな戦士だ」

「誰ぞのエインヘリヤルであろう」

「どうせエンヴィーの狂乱も男を取った取られたであろう、あやつも懲りぬわな」


 なんというか並々ならぬ妖気を纏う客層だと感じた。

 見かけはどこぞの王侯のような出で立ちであるが、中身はヒトのそれとは異なるように感じる。クロード達がそう感じるのはレベルがあがってトールマン種の本来持っているちからに近づいたせいかもしれない。


「ちょいと失礼するよ」


 女将がやってきた。怒ってそうだ。なにしろ足音がどしんどしん言ってる。

 寝間着姿のまま出てきたことを考えれば就寝中にこの騒ぎで起こされた、そんな感じだ。


 女将が問題の部屋に入っていき、怒鳴り散らし始めた。当然のようにリリウスの声も聞こえてきたので……

 まぁいつもの大騒動なんだろう。クロードもアーサーもやれやれと肩をすくめるしかなかった。



◇◇◇◇◇◇



 女将が超怒っててエンヴィーが泣きじゃくり始め、最後には二人で抱き合っていい雰囲気だ。なんだろうね、親子だわ、超おやこってるわ。


 シャレードがおばちゃんの前で膝を着く。


「いずくかの御柱かとは考えておりましたが名乗りはせぬ様子ゆえ気づかぬように振る舞っておりました。あなたは大地母神ママボボ様にございますな?」


「そうだよ。あんたはアゼリアの聖勇者だね?」

「ご慧眼の通り」

「変に騒がない限りはこっちもどうのと言いやしないよ。ここは宿屋さ、お客には気分よく過ごしてもらいたいんだ、わかるね?」

「御心のままに」


 おばちゃんがこっちを見る。


「あんたのツレも災難だったね。うちの馬鹿娘は叱っておくから、それで手打ちにしてくれないか?」

「おばちゃんには散々世話になってきたからね、俺としては構わないよ」

「そいつは世話をした甲斐があったねえ」


 おばちゃんがどっしり笑みを浮かべる。あぁ好きだな。こういうおばちゃんは本当に好きだ。昔カトリのいきつけだったカフェのおばちゃんを思い出すね。


 それはそうと……


「ナシェカ、出てこい」

「!」

「とりあえず謝っておけ。謝ったという事実が必要になるからやっておけ」

「……出ていった瞬間に殺されそう」


「俺が守ってやるよ。ほら、出てこい、一緒に謝ろう」


 怯える猫みたいにベッドから渋々出てきたナシェカと一緒にエンヴィーに頭を下げる。まだ怒りの治まらない感じのエンヴィーの頭におばちゃんのゲンコツが落ちて、エンヴィーが不承不承の謝罪を口にし、最後に……


「あんた、名前は?」

「ヘレナです」


「そう、たかがヒトごときに謝罪を口にするなんて忌々しいことこの上ないが、ママの手前じゃそういうわけにもいかないの。だから加護をあげる」


 謝罪と誠意として加護のプレゼント。中々いい感じだね。

 でもヘレナ姉さんは戸惑っている。まだ実感がねえんだろうな。


「加護…ですか?」

「そうよ。わたくしは旅人を導く風、その加護は旅の安全を約束するわ。こんなふうに風が危険の少ない道を教えてくれるの」


 行商人にはよい加護だ。よほどの下手を打たないかぎりは町から町へと品を運ぶだけで儲かるからな。安全に長くコツコツと積み上げて、いつか店を持てるくらい大きな商人になって……


 行商人ヘレナ、その名前をいつかどこかの大商人として耳にする日がくるのかもしれない。



◇◇◇◇◇◇



 翌朝、朝食の後におばちゃんから呼び出された。

 皿洗いがてらに話をしたいんだってさ。そういうことなら俺も皿洗いを手伝うことにした。


「へえ、ハザクくんが俺をつれてきたんですね」

「あんたの状態は随分と悪かったからね。高い耐性があるといっても死の汚れは蓄積する。あれだけの汚染状態でまだ生きていたなんて奇跡だよ……」


 奇跡ね。奇跡から見放されたこの世界では皮肉だな。

 奇跡よ、俺を生かして何をさせたい? クライシェ、それはお前の意思なのか? お前は俺の本当の願いを知っているのか?


「あたしには死の穢れを払う法力があるからね。あの海産物の判断はよかったよ」

「ママボボ様はたしかデス神の母親なんですよね?」


「……歪んだ伝承さ。あれは勝手に生まれたイレギュラーだよ」

「イレギュラーというと?」


「アル・クライシェみたいなもんさ。人の恐怖が形になった忌まわしき負の神聖なんだ。かつてイザールという小僧が哀れな神にCrySheと名付けたような人の心の温かさに触れられなかった本物の怪物だよ」


 やはりデスだけは他の神とは異なる。

 交渉も話し合いも譲歩さえも引き出せない死の化身だ。思考能力を持った世界の法則だ。


「殺害の王もそういう世界の法則のような存在かと思ったが違ったね。あれはあんたを通して人を学び、その営みに興味を持っている。だが理解し合えるとは考えない方がいい。結局のところあいつらは絶望的にあたしたちとは違うんだ」


「殺害の王と接触したんですか?」

「するしかないだろ。どれだけ穢れを払ったところで死の根源から流れ出してくるんだからあんたを助けるには接触するしかなかった。一応ね、話はつけたよ」


 ママボボ様の話を聞き、俺は自分に残されたタイムリミットを知ったよ。

 まぁ生きて終えられるなんざ最初から思っちゃいなかったが少しは堪えたね。

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