行商人ヘレナの受難④ ホーリーブレイブ
迷宮都市は実入りのいい甘い果実のようなものだ。何を持ち込んでも気前よく買ってくれる。
町に入るだけでもけっこうな税を納めなくてはならないし、迷宮都市の町商人は行商人の目から見たら化け物揃いの恐ろしい町だが、儲かることは儲かる。ヘレナさんも駆け出しの頃は迷宮都市と普通の町を往復して稼いでいたそうだ。
「どのくらい儲かるんですか?」
「赤字にはならない程度ですよ。ご領主さまもわかっていますからね、税を搾れるだけ搾ってきます」
夢のねえ話だな。
「販路も伝手も豊富な資金もない駆け出しでも黒字が出せるのが魅力なんです。迷宮都市で大儲けができるのは腕のいい冒険者か冒険者からアーティファクトを買い取る資金力のある大商会だけです。酒場も武器屋も魔法道具屋も儲けているように見えても内情はカツカツですよ」
「冒険者ギルドはどうでしょう?」
「きっと想像もつかないような大儲けをしているでしょうね。私達には想像も及ばぬ天上の世界です」
迷宮から富を持ち帰る冒険者から直接買い取っているギルドが一番儲けている。いや、さすがに領主には及ばないか。ギルドにさえ課税できるからな。
どうも、その領主から安全保障を名目にもぎ取ってるLM商会の会長です。
「でも最近は銀狼商会の二番手に甘んじているようですよ」
「ああ、やっぱりこの辺りにも出るんだ」
「あそこは凄い勢いであちこちに支店を作っていますね。けっこう怖い噂を聞きますが、やはりモーグの方でも?」
注意、俺達はモーグ鉄国の冒険者っていう設定です。
「出ますよ、ダニのような連中です。ところでどんな噂ですか?」
「裏社会では結社と呼ばれていて大陸各地で騒動を起こしているとか。彼らの暗躍で消えた国も一つや二つではないという噂です」
銀狼商会…なんて悪い奴らなんだろう。俺許せねえよ。
「執行者と呼ばれる魔人を従える盟主とやらはあの邪神ティトの祭司長を名乗っているとか。天の祭壇事件を知ってますか? あの大事件もどうやら執行者の仕業らしいんです」
「銀狼商会、なんて悪い奴らなんだろう……」
おいナシェカ、俺をそんな目つきで見るな。
「竜を名乗る魔神フェイ、悪竜ジャイフリート、風竜ドレイク、太陽竜ファトラ、大魔女ユイを従える盟主は大悪魔を名乗っているそうです」
おい仲間達、俺をそんな目つきで見るな。誤解だ。
「おいおい、それは銀狼商会じゃなくて……」
「ウェルキン、アウト!」
不思議なちからが炸裂したウェルキンが気絶した。世の中には不思議なことがいっぱいあるんだ。
「会話の途中にすまないがウェルキンが死んでしまった。俺はこいつを宿に運ぶよ」
「すごい音がしましたものね。どうぞお大事に」
ヘレナさんがそろそろ俺達に慣れてきたな。まだ慣れてないシャレードくんが「いいのか?」って言ってる。早めに慣れてね。
「……アウトランドの流儀は難しいな」
俺は俺で適当に迷宮都市の様子を確認しておく。冒険者ギルドに顔を出しての情報収集だ。
こんなもんヒマそうにしてる奴らに酒でもおごれば一発だよ。
「流れ者でね、強そうな兄さん達にこの迷宮での立ち回りを教えてほしいんだ」
「おれたち赤い彗星を選ぶとは見る目があるな」
通常の三倍の速度で動きそうな名前だな。
「迷宮都市は初めてか?」
「いや、幾つかは」
「若そうに見えるがやり手だねえ。ノイジールはけっこうレベルが高い方だ。浅い階層から手強いのが出るから気をつけな」
「どういう種類のが出るんだ?」
「亜人系が多いな」
そりゃ手強そうだ。ダンジョンの亜人は実体無き影の方が賢い行動をやるからな。
色々聞いてから最後に銀貨を数枚渡しておく。イイ話が聞けたぜありがとう代だ。こういう振る舞いをしておくと『にわか知識のある新入り』から『分かってる新入り』になれる。
どこかで聞きかじっただけの新入りは舐められやすい。逆に分かっている新入りは幾つも迷宮都市を渡り歩いてきたベテランかもしれないからな、武力衝突にも慎重になる。
適当にぶらついてから宿に戻ると他の連中も戻ってきていた。
上々な商売ができたらしくヘレナ姉さんもホクホク顔だ。食堂で酔っぱらってる。
「ナシェカちゃんを私にちょうだい! 絶対しあわせにするから~~~!」
しかも絡み酒だ。
「本日は?」
「いつものように大儲け」
「そりゃあ姉さんのご機嫌もよくなるわな」
ただの人間がナシェカに勝てるわけがない。なにしろ人間とは処理速度がちがう。ドケチのメソッドを端から順になぞっていくだけで商人は死ぬ。閣下は本当に罪深いな……
まだ夕飯には早いが姉さんはすっかりできあがっている。慎み深いヘレナ姉さんが予想外の大儲けに壊れていく姿は見物だが、ただ商人の護衛をやってるわけにはいかない。
「シャレード、この後は迷宮に行ってみないか?」
「試練の階と似たようなものだと学んでいる。そうだな、興味はあったんだ」
「ネタバレで悪いがお前さんが満足するようなモンスは出てこねえよ。だが迷宮内は頑丈でね、ちょっとやそっと暴れたって壊れやしねえ」
俺の発言の意味を察したシャレードが革ベルト引っ張って剣を引き寄せる。脅威度:幻想級、永遠の光の聖剣デュランダルを。
鑑定眼を通すのには本当に苦労したぜ。装備一個に五日だ。どう考えても異常だ。
「腕が鈍ったら困るからな、軽くやろうぜ」
「喜ばしい提案だ」
シャレードが人の好さそうな笑顔を見せた。それを見て感じたのはこいつはたしかに戦う者、戦士であるという事実だ。
◇◇◇◇◇◇
夜だろうと昼だろうと迷宮都市は騒がしいが、さすがに第一階層になると人影がパタリと消える。
夜から潜り始める奴は少ないだろうし、夜まで潜っているような奴はもっと深い階層にいる。まぁ帰りっぽい連中とは出くわしたがね。こっちが手をあげて挨拶すると返してくれる気のいい奴らだったよ。
試合には天然の鍾乳洞が迷宮化したような場所でも特に広い場所を選ばせてもらった。
「ここなら思いっきりやれそうだ」
「相違ない。……一応理由を尋ねてもいいか?」
「大した理由はないさ。だがそうだな、もしかしたらあんたが俺が探していた神へとつながる鍵かもしれない、そう考えただけだ」
シャレードが聖剣を抜き、彼からしたら僅かなちからを込めたにすぎないのだろうが剣身が震え、紫電が散り始めた。
戦闘モードのシャレードの眼差しを見た瞬間にぶるっと震えがきた。
こいつは本物の神兵だ。いずこかの神が最大の切り札として作り上げた神獣級剣士だ。
「我が主を探り、なんとするつもりか?」
「平和の道について話し合いをしたい。無益な血を流さずとも手を取り合える、そんなプランを示すために」
「君がどれほど高潔な願いを持ち、それがために我が主を求めるのだとしても私の返答は変わらない。ホーリーブレイブの役目とは楽園の安息を守護することにある!」
シャレードが突撃してくる。巨竜の突撃のような超絶の圧力に体が動かなくなった。魔法力の圧力が前に進もうとする俺を阻んでいる。
断罪のような一撃が振り下ろされる。もし俺がキムタクなら「ちょ、待てよ!」って叫んでいたはずだ。
まぁ俺はキムタクじゃねえんでするっと避けるわ。
「いい動きをする、だがそれだけだ!」
すれちがいの瞬間に背中に散弾が炸裂した。
めちゃくちゃ痛え。だが無視して反撃に移ろうとしたら背中が大きく弾ける。え、俺の背中どうなってる?
とりあえず蹴っておく。背中の仇!
蹴りが流麗な装甲付きの左腕で弾かれる!
「バッシュか、テクいな!」
「君のおしゃべりを止める方法はないようだな!」
超痛い背中の様子が気になりながらも展開した大戦斧で聖剣と打ち合う。……無理だな。
技量に大きな差がある。このまま打ち合っていると技量差でひどいダメージを受ける。
速度は互角。パワーは負けてる。技量も大負け。じゃあ勝負どころは培った勝負勘か?
「聖剣技―――雪割り草」
足の甲を刃に貫かれる。見えなかった。地面から生えてきたという感じではなく空から降ってきた感触だったが……
移動阻害。となると次は大技か?
「ちょっ、小技ぁ!?」
足を縫い付けた俺に向けてフェンシングよりも細かい突きで首を獲りに来やがった。必殺の威力を保ったまま俺が回避しても次がやってき続ける。マジで対人戦がうめえな。
だがこの距離は得意な距離だ。刃から足を引き抜き、そのまま拳のコンビネーションで迎撃する。スナッピーな連打には対応できないだろ。弱い拳の連打なんて未体験のはずだ。
「―――弓張り月」
「それ竜翔閃!」
調子こいて近場で殴りまくってたら飛天御剣流で首を獲りにきやがった。怪人クビオイテケかよ。
回避したら―――
「暗月」
空中巻き打ちの態勢から右手と左手をスイッチして逆手突きかよ!
だがこの距離は得意と言った! ゼロ距離アバーライン・フェニックスでシャレードの胴体を蹴っ飛ばす!
いい手応えだった。鍾乳洞の天井らへんまで吹き飛んでいったわ。
「翼を開け、バルムンク!」
「おっと、二本目の聖剣召喚か」
この隙にぬるりと近づいてもう一発と思ったがけん制される。小粒のダイアモンドを精製して聖剣の腹でぶっ叩いて散弾にしやがる。さっきくらったのはあれか。
地面に突き刺さった散弾が破裂する。背中の大ダメージはこれかよ。気分は地雷原で千本ノック!
肩に鋭い衝撃。実体の曖昧な剣が刺さってやがる。引き抜こうとしたが触れる前に砕けて消えた。
空中を歩ける生き物のように迷宮の天井ふきんに立ち、こちら見下ろすシャレード。その頭上には光輝く剣が奇妙なジグザク移動をしている……剣が分裂してる?
「君には色々と教えてもらった」
分裂した方の剣が矢のように飛来する。視認してからの回避は不可能な速度だ。それはずるくないか!?
「返礼にちからを宿した剣と剣士の技を融合させた聖剣技の術理を見せてあげよう」
ゲート・オブ・バビロンみてえな分裂をしてやがる。
強いのはわかっていたがあの時は俺も手の内を隠していたし装備も低位階の冒険者レベルに留めていた。だがそれはシャレードの側も同じだったってわけだ。いいねえ……
「いいぜシャレード、お前さんは俺が本気を出すに相応しい相手だ」
「見せてくれ、そして教えてくれ、君のちからを以て! 私がアウトランドでも通じるかどうかを!」
弾幕ゲーの時間だオラァ!
◇◇◇◇◇◇
決着? つかなかったよ。
両者ボロボロになるまで戦ってさ、今ようやく休憩を申し出て通ったところさ。鍾乳洞の広くて浅い水たまりに浸かりながら、大の字になって倒れるシャレードがブレスのように長い吐息をつく。
「強いな! 君はっ、本当に……!」
「お前もなー」
シャレード・アスタール。永遠の光アゼリアの寵愛を受けた聖勇者。大陸における安全装置、夜の魔王の復活なんかの大規模魔導災害に対処する神罰の剣か。そりゃあ強いわけだ。
鑑定眼を通せる値まで魔法力を削るのに随分と手こずらされたぜ。
精魂果てるまで戦い抜いた気分は爽快だ。風呂入りてえなあ……
「闘争は本懐ではないが死力を尽くして戦えるのは喜びだ、終わらせるにはあまりにも惜しい時間だが……そろそろ再開するか?」
「いいや、もう終わりにしよう」
上半身を起こし、まだ寝転がってるシャレードくんと見つめ合う。その眼差しには何故と問いがある。
「お前さんを遣わした女神様は俺の目的の御柱ではなかった。もう戦う理由はなくなったんだ」
「そうか。戦う理由がない、それは喜ばしいな」
「そう言えるお前さんはまさしく聖勇者なんだろうな」
迷宮を出る頃には迷宮都市の明かりも随分と寂しいものになっていた。夜間も贅沢に明かりを焚いてる迷宮都市であっても深夜の二時にはさすがに閉まる店も多いようだ。
帰りの道中はバツの悪さを誤魔化すみたいに色々しゃべったさ。思いつくままに適当にさ。
そこで眠ってたオヤジの頭がハゲてたな!みたいな会話さ。酒なんてあんな不味いものをなんで飲むんだとか返されたりさ。そういうどうでもいい話をしたよ。
ようやくたどり着いた宿は明かりが落ちていた。まぁこんな時間だしな、程度の感想を抱きながら扉を開ける。
扉を開けた。すると恐ろしいまでに濃密な神気が内部から流れ出してきた。思わずギョっとしてしまうほどの量の神気だ。
空気に色がついている。輝く緑の風が誰もいないエントランスに吹き荒れている。俺もシャレードもこの異常に即座に動く。
「ヘレナ!」
駆けだした理由なんて説明するまでもない。
悪い予感がしたからに決まっている。




