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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
336/362

行商人ヘレナの受難③ そして時は今に戻ってくる

―――そして時は今に戻ってくる。



 森の一部が焼失したっつーか西の方向に向けて扇状に消し飛んでいる。扇4分の1開きって感じの激戦の痕跡が痛々しいクレーターの中に一人の青年が立っている。


「ドラゴンブレス級戦技に耐えやがった……」


 これはウェルキンの言葉だが俺の心中の想いが漏れたのかと思った。


 青年を包む光の防御膜はバキバキにヒビが入っているが逆に言えば耐えきった証だ。だが魔法力を使い果たしたのか、がくっと膝を着いた。

 ようやく勝てたという喜びよりも恐怖の方が強い。


「五人掛かりでようやくか」

「行商人に扮した騎士階級、なんてレベルの話ではないな」

「強すぎるだろ、なんだよこいつ……」


 タルキア地方怖いわ。このレベルの奴がそこいらをほっつき歩いてるのかよ。


 俺とクロードとアーサーくんとウェルキンとナシェカの五人と互角に戦い抜いた青年は、何だか目つきが虚ろだぞ? 早く敗北を受け入れよ?


「私が…負けた? そんな……」

「慢心が敗北を招いたな。お前は強かった、だが間違った強さだった」


 青年がハッと何かに気づいた様子で顔をあげる。

 おうおう何に気づいたんだ? 言っておくが深い意味どころか浅い意味さえねえ煽り文だぞ。


「そうか、私は間違っていたのか……」


 うん、間違ってるよ。俺の言葉なんて聞いちゃダメだよ。


 謎会話はさっさと終えよう。詳しく突っ込まれる俺が困るからね。


「じゃあ敗北を受け入れてもらったところで商売の話をしよう。わたくしこういう者です」


 シャレードくんとヘレナちゃんに名刺を配る。

 ダミーの名刺というかSランク冒険者やってると汚職蔓延る地方ギルドの査察なんて仕事もあるからね、正規の偽ライセンスを持たされるんだよ。


『傭兵業からお宝探しまで何でもござれ、便利屋のリリウスです』


 金メッキでビカビカに煌めくウサンクサイ名刺を渡すとアホみたいな顔されたわ。

 この金ピカの名刺には俺の似顔絵まで印刷してあるんだぜ。完全に詐欺師の名刺だよ。


「まず誤解があったのだと思います。我々は山賊ではありません、ちょっとした不幸で資金を失った可哀想な冒険者なのです」


 解くべき最大の誤解、山賊疑惑。

 これはウェルキンの馬鹿のおかげで起きた不幸な出来事でした。


「うちの馬鹿が誤解を招きかねない発言をしたことはここにお詫びしますが先に抜いたのはそちらなのできっと手打ちにしてくださると確信しています。してくださる? ありがとう」

「まだ何も言っていないんですが……」


 うるせえ、俺の商売トークは基本的に勢いで押し切るなんだよ。

 誰もが唸る素晴らしいセールストークなんてできるかよ。俺は所詮お飾りの商会長、できる社員どもの操り人形よ。


「あれは不幸な出来事でした。ですが我々の実力を示すよいデモンストレーションになったと思います。我々がいればどんな魔物が襲ってきてもあーんしん! 実力には自信のある我々があなたの旅の安全を保証します! お値段なんと一日銀貨三枚!」


 自由都市国家に穏便に入るためには商人の護衛という立場はかなり有益だ。明らかに北方系の白人種五人よりも商人の護衛としてやってきた冒険者五人の方が怪しまれないからね。



◇◇◇◇◇◇



 凛々しい青年がシャレードくん。しっかりした姉御系の茶色い短髪の女性がヘレナさん。この二人が俺達の雇い主だ。二人とも俺達より少し上かな? 異民族の年齢って本当にわかんないから漠然と上だねっていう程度の感覚だ。ヘレナさんはたぶん二十は越えていると思う。


 自己紹介は軽く済ませた。俺達は冒険者チームで、依頼に失敗して違約金が発生、でもそんな大金払えないからって理由で故郷から逃げてきた可哀想な連中って設定だ。自由都市国家で真面目にやり直したい的な抱負も語っておいた。


 ヘレナさんはルート巡回タイプの行商人で荷馬車一つでタルキア地方やアストラ南部を回っているのだそうな。


 シャレードくんは取引先の旦那の息子さんなんだって。世間知らずなところがあるのでと旦那さんに頼まれて商売がてらに世間のことを色々と教えてあげている最中なんだそうな。たまにわからない単語が出てきたり解釈の難しい言葉が出てくることから大陸中南部の出なのかもしれない。俺そっちの方は全然だし。同じ文字を使っていても許しを意味するファーラがファルオになる程度の違いなら脳内変換でまぁこういうこと言ってんだろなってなるけどね。

 それとまぁ育ちは本当に良さそうだ。馬車に乗っている時も立っている時も姿勢が常に良く、それはとても剣士的だ。格闘にも秀でている所作が見られる。あとめちゃくちゃ頭がいいらしく俺達が使う出身地偽装言語のモルグ語をすでに理解している。最初はわかってなさそうにしていたのにね。


 深い世界樹の森を抜けた先は平野であった。平野の向こうに広がる大都市の名前はコリス。自由貿易都市コリスだ。

 で、真面目に設定通りに振る舞おうとするアーサーくんが叫ぶ。


「新天地だ!」


 無人島から二年ぶりに脱出した漂流者みてーな喜びだな。やや不自然だけど俺は嫌いじゃないよ。


「新しい酒!」

「新しい女! 痛いッ!?」


 ウェルキンのノリに乗っかったらナシェカから蹴られた。

 ちなみに俺は冒険者仲間のナシェカと去年結婚したってなってる。不思議と嘘がないね。


 そしてウェルキンはおおっぴらにナシェカに想いを寄せている設定だ。うん、合ってるね。変に嘘ばっかにするとボロが出るから適度に本当も混ぜておかないとね。


 そんな俺達を腕を組んで生温かい眼差しで見守る最年長のクロードだ。彼こそが俺達冒険者チームのリーダーなのだ。


「嬉しいのはわかるが仕事はしっかりやれよ。見通しがいいので油断していたら空からなんて話も聞くからな」

「この辺りで大型の怪鳥が出るとは聞きませんが、しっかりやっていただけるに越したことはありません」


 ヘレナさんが苦笑しながら話を締めて、俺達はコリス市国を目指すのである。



◇◇◇◇◇◇



 コリス市国は何枚もの分厚い外壁に覆われている。

 入国審査待ちの行列に並びながら第一の外壁を潜り抜け、下が水を張った掘りになっているはね橋の向こうの第二外壁の中で入国審査が行われている。十数人の兵隊と見るからに文官っぽい八人の審査官。つまりは一度に八組まで入国審査できるよってことだ。


 ヘレナさんが顔馴染みの審査官に声を掛ける。


「やあ、久しぶりに来ましたよ」

「やあ、久しぶり……ってほどでも無いような?」


 ヘレナさんが苦笑する。四ヵ月っていうのは町暮らしの役人にとっては短い時間も、旅暮らしの行商人には長い時間なのだろう。


「まあ元気で何よりです。お願いしてもいいですか?」

「はいはい。ヘレナ姉さんは密輸なんてしないからこちらも安心して仕事ができるよ」


 密輸ねえ。ちょっと興味あるな。ヘレナさんに聞いてみよう。


「密輸ってコリスではどんな品目なんです?」

「コリスは麻薬に厳しいね。むかしラガード教徒が持ち込んだハッシシが大流行してさ、撲滅するのに十年かかったってアシェラの鑑定師から聞きましたよ」


 それにクジュールのような依存性のある果物、一部の治療薬、それと他国のお金。

 お金?


「貨幣も? なんで?」

「コリスでは厳格な貨幣流通制度を敷いてコリス発行の貨幣の価値を守っているんだ」


 へえ、俺と同じようなマネをしているのか。


 密輸品項目には入るけど持ち込むの自体は構わない。ただし市国での使用は厳禁。罰金刑が課せられるのだそうな。


「よその自由都市国家群の貨幣なら使えますが、手持ちに無いのなら税関の先に両替商がいますから交換するとよいでしょう」


 ヘレナさんの荷馬車の荷物あらためが終了する。おかねを支払う様子はなかった。どうやら指定する項目の品以外は税を掛けない感じらしい。

 変わった制度で貨幣価値を守る一方で持ち込みにはやや寛容。多少の不便は強いるけど旅人には来てもらいたいという思惑が透けて見えるね。


 俺ら五人に関しては冒険者証で入国する。乱暴者だけど有益な労働者である冒険者もだいたいの町では歓迎される。怖い魔物を倒してくれるしお金も派手に落としていってくれるからだ。多くの市町村にとって冒険者はいると悩みのタネになるが来ないと来ないで困る存在なんだよ。


「モルグ鉄国の冒険者か」

「何か問題がありますか?」

「いや、あちらでは戦争が起きているじゃないか。どういう情勢なのか聞いておきたくてな」


 なるほどね、勤勉な審査官さんだ。おそらくは上からドルジアの情報を集めろと指示が出ているのだ。


「噂は色々聞きましたね」

「噂話でも構わない」

「ELS制裁軍が敗れたと聞きましたね」

「それは……」


 審査官が絶句している。この情報はまだ早かったか? 怪しまれるのはよくねえなあ。


「所詮は風の噂ですよ」

「それはそうだろうな、エンヴィーの風は時に悪戯を働く。だが噂は常に一定数の真実を含む」

「だがその真実の量は極めて微量だ、そうでしょう?」


 近代の思想家ヘッケラーが友人へと宛てた手紙が出典の格言に応じると審査官が粗野な冒険者に向ける眼差しから知識階級へと向ける敬意あるものに変わった。


「そうだな、真に受けてはいけないか。連中がどんな感じかは知らないか?」

「どんな感じというと、どういうふうな話をお求めで?」

「所感で構わないと普段なら言うところだがお前さんには指定をした方がいいか。占領した町の扱いとか、市民が虐殺されたとかそういう話は聞いたか?」


 そこは気になるだろうな。


「画一的な方針は感じませんね。あくまでも軍を率いる司令官の性格によるかと」

「なるほど……」


 長話の気配を感じ取ったこの瞬間にナシェカに足を蹴られる。


「ねえ、ナシェカちゃんお腹空いたんだけどぉ~!」

「おっと、わりい。すぐに済ませるよ。済みますよね?」

「ああ。ようこそコリスへ、うちは地酒が自慢でね、たっぷり飲み食いしていってくれ」

「そいつは楽しみだ」


 入国審査終了。ヘレナさんの馬車を囲むように歩き出して第二外壁を抜ける。

 遠く遠景に第三外壁が見える。その間に見えるのは農地や放牧地だ。一本道の街道を入国審査を終えた馬車たちがぞろぞろと歩いている光景は心休まるね。


「旦那はボロが出るんだから長話はしない」

「わりぃ。……怪しまれたかな?」

「ううん、たぶんへいき。でも報告を受けた側がどう受け取るかはわかんないよ」

「だな。これからは引き締めていくわ」


 最初から引き締めろと言いたい眼差しだな。


「……ゆるゆるの脳って直らないんだねえ。ドライバーを突き刺してネジを締められたらいいのに」

「怖いこと言うな」

「一回試してみる?」


 俺をからかうのはそんなに楽しい? それとも本気かな? やめて、本当に怖いから。起きたら脳だけになってたとか怖いから。


 第二外壁の外には両替商どもがたむろしていて、ちょっとした市場のようになっている。

 両替商どもの格好スタイルはどこに国に行っても変わらない。地面に絨毯を敷いて天秤と無数の貨幣を置き、自信はフード付きの分厚いマントを被っている。こいつらがけっこう厄介なんだ。


 ひどい両替商に当たるとこちらが相場を知らないのをいいことに言い包められてひどいレートで交換される。


 マシな両替商でも相場に疎いのを見抜かれたら上記のようなひどいレートでぼったくられる。知らない土地では両替商ではなく冒険者ギルドで両替を頼めってのは冒険者の常識だ。……うん、全員詐欺師に見えるわ。ここにいるのはみんな海千山千の詐欺師どもだ。


 ヘレナさんが馴染みの両替商に声をかける。徒弟のような年齢に見える若い両替商だ。


「やあロディ、儲かってる?」

「儲けにならねえお人が来たの以外は不満なく儲かってるよ。何が知りたいよ」

「儲け話」

「ねえなあ」


「湿気てるねえ」

「湿気てるよ。ドルジアの大攻勢が始まってから客が減っててなあ、今晩の食事もどうしたもんかって頭を抱えているよ」

「ふふっ、私に有利なレートで吐き出すつもりはあるかい?」

「冗談だ。つか死んでも嫌だね」


 仲良さそう。


「こいつはロディってケチな両替商です」

「ケチって……それは俺が名乗る時に使う文言だろー」

「このとおり適当な男だけどコリスの雰囲気には敏い男なので付き合っておいて損はありません。彼の懐具合を見れば町の景気もわかります」


 なるほどね。農民は空気で雨を読み、両替商は貨幣で町の景気を読むか。そして商人は両替商の顔で町の景気を読むと。

 俺のような大商会の主にとって行商人は利益を持ってきてくれる働き者のアリさんみたいな存在だが、それでも侮ってはいけないすごい人達だってよくわかるね。


「そっちも儲かってそうだな。ヘレナ姉さんが護衛を雇うなんていったいどんな荷物を運んできたってんだ?」

「なりゆきだよ、ただ旅の同行者」

「俺と姉さんの仲じゃないか、一枚噛ませてくれよ」

「ただで噛ませてあげるほどの仲じゃないだろ。また寄るからさ、次はいい話を用意しておくんだね」


 態度はゆるいが目端の利きそうな両替商と別れる。

 別れたあとで説明してくれる。


「コリスの両替商は都市の息がたっぷりとかかった強敵揃いです、私のいない時に来るのはやめておいた方がよいでしょう」

「息がたっぷり、それはどういう意味ですかね?」

「彼らは都市の定めた固定レートで他国の貨幣を都市に販売しているのです。必ず買い取ってくれる卸先のある彼らには商人の技は通じませんが、逆に彼らは効果的に使ってくるので経験の浅い商人や頓着のない冒険者を食って生活しています」


 窮屈な町だ。町の安全を守るために制度でガチガチに縛り上げて自由を奪っている。

 ここで今まで黙って聞いていたシャレードくんが口を開く。


「不健全極まるね」

「私達は主に祈りを捧げるだけでパンを貰えるわけではありませんから」

「アウトランドの厳しさこそが心が荒む理由というわけか」


 この度々聞くアウトランドという表現を尋ねたこともあるがどうも説明しにくいようだ。隠し事ではなくうまく言語化できない、説明できないという意味で。

 知らない単語がバンバン出てきて理解できない俺も説明しているシャレードくんもお互いに首をひねって困っちゃうんだ。


 第三外壁を抜けると市街地だ。


「では私は商材を卸しに向かいますがみなさんはどうされます? もちろん契約はここまでということでも構いませんが」

「もう少しお世話になりたいですねえ」

「もう少しまとわりつかれちゃうのですねぇ」


 俺とヘレナさんの共通認識としては両者の出会いは不幸な形になってしまった、先に剣を抜いたのを借り一つとして、借りを返す意味でもしばらく雇ってあげるという形になっている。

 つまりこの関係は俺がもういいですって言った瞬間に朝もやのように消えて無くなる関係なのだ。


 ナシェカは手を挙げる。厄介事じゃないならいいよ?


「じゃあナシェカちゃんがヘレナさんについていくよ。女子は女子どうし、野郎は野郎どうしで過ごそう!」

「ナニソノ修学旅行気分。まあいいか、じゃあこっちはシャレードくんとぶらぶらしてるよ」


 女子と男子で分かれる。特に深い意味もなく新しい町に来たら色々見たいじゃん。

 旧神探しは明日からでいい。どうせ雲を掴むような話だ。各都市の神殿を巡って高位の神官に正直者になるオクスリを打つという気が滅入る仕事になる。



◇◇◇◇◇◇



 まずシャレードくんが言う。


「私も目的あって旅をしている身ゆえ情報収集をしてこようと思う」

「シャンカーレだっけ?」


 シャンカーレが何を意味するかは不明だ。けっして変わらないとか光の柱とか説明がよくわかんないせいだ。言語の壁が立ちはだかるねえ。

 そのシャンカーレってやつのせいでシャイターンなるものを探しているらしい。


「俺達も協力してやるから明日からにしようぜ。どうせヘレナさんも調べてくれているんだろう?」

「彼女に任せきりというわけにもいかない」

「その彼女だ、俺は前々から気になっていたんだが彼女の前では言い出せなくてな」


 シャレードくんの表情が引き締まる。真面目な奴だな……


「彼女の態度に何か不審が?」

「シャレードくんさ、彼女のこと好きなの?」


 首をかしげて不思議そうな顔するんじゃねえよ。男と女が二人で旅してるんだぜ、一番気になるだろ。


「もちろん好きだ。彼女は善き隣人だ、嫌いになる理由はない」

「そういう意味じゃないんだよ。ほら、抱きたいとか思わないのかって話だよ」

「彼女に劣情を抱くわけがない。それは真摯にシャンカーレに同行してくれているエリンたる彼女に無礼な態度だ」

「真面目な奴だな……」


「クロード、アウトランドの人は常このような思考をしているのか?」

「我々の態度から察してくれ、彼は普通の人々よりもずっと即物的だ」

「俺を否定した先にあるのは年寄りしか存在しない悲しい世界だぞ」

「そこまで大きな話はしていないよ」

「うん、仕事の最中にまで盛るなって話だな」


 シャレードとクロードが一斉に叩きにきた。正論パンチだ。


「だが彼の言葉は真理でもある。聡明な男だと感じるのだが残念だ」


 深いため息と一緒にそう言ったシャレードくんがきょろきょろする。


「ウェルキンとアーサーはどうした?」

「アーサーなら書店巡りに出かけた。ウェルキンはナシェカの尻を追いかけていったよ」

「残念だ……」


 愛想を尽かしそうなため息だ。

 こんな適当な会話をしながら町をぶらぶらしていると……


 おや、陽炎のように周囲の街並みが遠くなって今まで存在しなかった宿屋だけがくっきりと浮き彫りになってしまったぞ。

 そこには見慣れた怪異…ではなくビッグマムの姿が。


「おや、お帰りなさい」

「この町は初めてだったのでは?」

「アウトランドには不思議がいっぱいあるんだぜ。これもその一つだ」


 今夜の宿が決まった。



◇◇◇◇◇◇



 宿屋で風呂に入り、五人部屋で寛いでいるとヘレナさんがやってきた。何だかお疲れモードだ。


「うちの馬鹿どもが何かしでかしましたか?」

「ううん、大活躍でした」


 ヘレナさんが首を振る。だがその顔色は悪夢を見た人のものだ。


「売れても銀貨120枚かなーって思ってた品が780枚になりました。ナシェカさんといい貴方たちは本当に何者なんですか?」

「ナシェカに限って言えば本当にただの商売上手ですよ。口先が立つモンスターです」

「自信を失くしました。こんな人がいるじゃ私が成り上れないのも納得です……」


 ヘレナさんまで重いため息をついている。ナシェカの商才はドケチ仕込みだからね。

 そして急に勢いを取り戻す。


「それより何ですかこの宿! すごくいいじゃないですか!」


 良さそうな宿なのに宿泊費が安くて驚いたらしい。寝具が素晴らしく上等で少し横になっただけで寝落ちしかけたそうな。喜んでくれてて俺も嬉しいよ。

 それとごはんもうまいゾ。風呂もついてるゾ。どこの町に逃げても追ってくるゾ。


 早めではあるが本日はここで解散となった。各自適当に過ごすように言ったが夕飯はすぐらしいのでメシ食って眠るだけになるだろう。

 ここのメシはうますぎてつい血糖値スパイクをくらうまで食べちゃうからな。

 


◇◇◇◇◇◇



 コリス市には三日ほど逗留したが目ぼしい成果はなかった。

 まぁそう簡単に見つかるとは思っていなかったので、気を取り直して次に行こう。


 次なる目的地は自由都市ノイジール。ここはいわゆる迷宮都市だ。


「迷宮都市には何を持っていっても儲かります。その分冒険者とのトラブルも多いのですが、シャレードとみなさんがいれば安心ですね」


 そして入った迷宮都市の街並みと、笑顔で手を振ってくるビッグマムの御姿である。

 二人とも驚いてくれてるな。ハハッ!


「なあシャレード、ありのままを受け入れろ、タフな心がないとアウトランドじゃやっていけないぞ」

「えええぇぇ……なんでみなさん慣れてるんですかあ?」


 ヘレナさんのキョドキョドした姿が小動物みたいで可愛かったからヨシ。今晩の宿も決まってしまったな!

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