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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
聖と魔のフロントライン
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行商人ヘレナの受難①

 行商人の仕事は町から町へと渡り歩いて都市間の物流を支え、その対価に少々の儲けを出すことが許されている。


 行商人は旅暮らしが続く辛い仕事であるが成り上りを目指す少年少女にとっては冒険者に次いで人気がある。生まれ育った村で一生を終えるが許されるのは長男くらいのものだ。次男はまだ夢を見れるが三男四男はまぁ兄貴どもの小作人になるしかない。


 女に生まれたらさらにひどい。歳の近い畑持ちに嫁げるのなら幸福だが、実際には妻を亡くしたおっさんに嫁ぐ場合が多く、ひどい時は棺桶に片足突っ込んだ高齢者だったりする。彼女のご両親や兄貴たちからすればジジイに嫁いだ娘が子供を産めばジジイの畑が手に入るというちょっとした宝くじを買う気分でしかない。もちろん彼女らには断れない。家族から見放されたら村で生きていけなくなるからだ。自由恋愛を許してくれるほど世界は彼女らに優しくないのだ。


 そんな人生を捨てて夢のある世界に飛び込もうと思えば冒険者や行商人しかない。彼らは吟遊詩人の謳う勲詩に出てくるような夢を見たいのだ。冒険者として成功して貴族になり、お姫様を貰ってハッピーエンド。商人として成功すれば大勢の人を雇用して左団扇の贅沢三昧。

 成功者になれるのは千人に一人。それでも彼らは夢を見ようとする。


 ここに行商人の若者が二人。随分とくたびれた中古の荷馬車と、商談においては見栄も大事ばかりに揃えた比較的真新しい革製品の開襟シャツと丈夫そうなズボン。男女のペアだが恋人どうしのような甘い雰囲気はなく、厳格な倫理観でつながる同僚といった雰囲気だ。


 彼らはオルグスタン街道にいる。敷設された時は森の外にあったのに今は森に呑まれてしまった街道だ。以前は人通りの多かったこの街道だが近年では滅多なことでは人が通らない。通るのはそれこそ近道をしたい横着者や腕自慢の冒険者、それか後ろ暗いところのある者くらいだ。


 荒れた街道は長年整備するものがおらず石畳のあちこちが隆起している。それは移動に差しつかえるほどで時折荷馬車を押して補助をしてやらねばならないほどだ。

 なんとも振動のひどい馬車旅で、荷台に座り込む生真面目そうな美貌の青年が、御者台で手綱を握る女行商人へと声を掛ける。


「アウトランドの流儀は詳しくないゆえ断言はできないのだが」


 その前置きに女行商人のヘレナは笑ってしまった。

 彼が本当に外界の事情に詳しくないこと。神殿育ちのおぼっちゃんであること。彼の事情を知り、旅のサポートを任じられた彼女だから面白いと思ったのだ。


「存じておりますよシャレード」

「ありがとう。では進言をしてもよいだろうか?」


 この言い草に噴き出してしまった。彼は本当に家から出たこともないようなおぼっちゃんなのだ。


「ええ、構いません。それと一つ言わせていただくのなら市井の者は言いたいことを言う時にイチイチ他人の許しなど得ないのです」

「あぁそうなのか。まいったな、教区ではそんなふうに習わなかったよ」

「楽園の方々はこちらとは色々異なりますので」

「まったくだ。アウトランドに出てからは違いを痛感してばかりだ」


「一応行商人として通っているのです。フリであっても慣れてもらわねばなりませんよ?」

「理解に勤しもう」


 ヘレナは最近になって旅の同行者となったこの美しく聡明だがどこかズレている青年を、こうして外界の常識でやり込めることを楽しんでいる。

 なにしろ彼が困った時に眉を八の字にする姿が可愛くて仕方ないのだ。


「ではシャレード、言ってください」

「これはいわゆる山賊という者どもではないだろうか?」


 ヘレナの表情が一瞬で凍りつく。


「複数の視線を感じる。一つは頭上、おそらくは鳥のような高さから。もう一つは斜め後ろの梢から。気配もなく梢を渡る技能は恐ろしいものがあるが幸い油断してくれているね。合間に山菜を収穫してくれたので気づけた」


 ヘレナが視線を斜め後ろへと振り返る。深い森の光景が広がるばかりで追跡者の姿はわからなかったが、彼が居ると言ったなら確実に居るのだと認識している。彼の御言葉は神託のように疑う必要がないものだ。

 彼がすぅっと前へと指先を向ける。


「前方、数名が待ち構えている」

「引き返した方がよいでしょうか?」

「私が何者かは理解しているね」


 理解している。神託の聖勇者シャレード・アスタール。永遠の光から聖剣と聖務を賜った当代のホーリーブレイブだ。


「私の手が届く場所にいるかぎりにおいて君が恐れる必要は何一つとして存在しない。進もう」

「はい、……その、シャレード、頼りにしていますね?」


 シャレードが微笑む。本当にうれしそうに微笑みながらヘレナをまっすぐに見つめてくるので、ヘレナは自分の心臓が壊れちゃうんじゃないかと思った。


「キミから頼られるのは始めてだな、嬉しいよ」

「!! ……本当にシャレードはっ!」


 救世のホーリーブレイブ・シャレード・アスタールは無自覚女たらし系勇者であるのだ。


 やがて馬車の前に立ちふさがる者が現れる。三人の男だ。ヘレナは冒険者崩れだと判断した。随分と年季の入った革の鎧装具、武器も粗末な長柄の斧、柄が木製であることを考えれば実力者ではなさそうだ。


「止まれ!」


 でかい声だ。それと若々しい。もしかしたら冒険者くずれではなく、近隣の農村の少年たちなのかもしれない。

 シャレードへと視線を配り、頷き合う。問題ないからここは言う通りにしておこうという意思疎通が働いたのだ。


 男達が近づいてくる。無遠慮な足つきはこちらを無力な獲物だと考えてのものだ。

 ヘレナは胸を反らして背筋を張り、商売用の微笑みを意識して作る。


「やあどうも、何かご入用ですか?」

「用件と言えば別の用件だが、どういった物を扱っているか聞いてもいいかい?」


 薄汚れた姿の山賊が爽やかスマイルで白い歯をキラリ。その真っ白な歯を見た瞬間にヘレナが思ったのは「イケメンだ!」っていう魂の叫びであった。

 とはいえ商売用の微笑みは崩さない。こいつは山賊だ。


「ええ、いま取り扱っているのは葡萄酒と小麦ですね。ハースメットの方では例年稀に見る豊作でしたのでよい取引ができました」

「なるほど、これはどこに売りに行くのかな?」


「とりあえずはコリスへと持ち込もうと考えています。もしや商売にご興味があるので?」

「うん、俺は人の話を聞くのが好きでね。やはり専業でやっている方々の話は面白いよ」


 なんだろう、この山賊は妙に理性的だぞ?

 ヘレナは首を傾げながらも背後に心強い味方がいるので強い姿勢でいくことにした。


「ならばこのような寂れた街道ではなくコリスの町酒場で話を聞いたらよいでしょう。私も急ぐ旅ですので、これで失礼させていただきたい」

「まぁ長い話にはならないよ。簡単な話だ、俺達を護衛に雇わないか?」


 山賊がこんな申し出をし始めた。

 これに首をひねったシャレードが耳元で……


「すまない、彼らは山賊ではなかった」

「いえ、山賊です」


 シャレードが驚いて目を丸くする。彼は本当に育ちのいいおぼっちゃんなので騙しのテクニックを知らないのだ。


「護衛を申し出てこちらを油断させて野営の最中に襲う。そういう卑劣な輩もいるのです」

「……人心の乱れはかくもあるか。何とも頭を使ったものだ」


 かなり古典的な手法なのだが言わぬが花かと黙っておくヘレナであった。


「断ると襲ってくる可能性が高く、そうでなくてもこっそりと追跡してきて眠った頃に襲ってくるなどの可能性があります。シャレードはどうしたらよいと考えますか?」

「最もよいのは直接問うことさ」

「え?」


 それは考えもしなかった、というよりも意味がないから考慮の外にあった選択だ。

 山賊が自ら山賊だと名乗るわけがないし、逆上して襲ってくるかもしれない。そしてヘレナには止める暇もなかった。


「君達は山賊か?」

「怪しく見えてしまうのも仕方ないか。本当に護衛の仕事をしたいだけなんだ、何しろこのまま町に入っても路上暮らしでね」


 山賊が快活に笑っている。困った困ったって困ってるのはこっちだってヘレナは思ってる。


「助けると思って仕事をさせてくれないか」

「仮に断ったとして君達は素直に帰ってくれるのか?」


 山賊たちが互いに目配せをする。改めて気づいたのはこの山賊三人衆はめっちゃビジュアルがいいという事実であった。

 それまで会話に参加していなかった、発達した胸筋が解禁シャツから弾けそうなワイルド系が言う。


「クロード、そいつは困るよな?」

「困るね」

「じゃあ決まってるな?」

「そうだな」


 山賊側の意見もまとまったようだ。最初からまとめておけと言いたいところだ。


「お二人にはわるいが断るという選択肢は認められない」

「なるほど、それは―――」


 シャレードが聖剣を握り、一瞬で加速する。


「山賊となにが異なる!」


 神速の抜き打ちが一閃する。

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