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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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怪奇、ビックマムの宿の真相に迫らない

 百余名の義勇兵団であるが俺達の割り当ては三十人だ。この数字は義勇兵に参加する二年生の数字であり、アーサーくんと俺は二年生の代表として模範生徒の会に参加しているからである。……待って、だから俺生徒会メンじゃないんだってば。

 冗談とか気を利かせたとかなし崩し的に俺を生徒会に入会させようって陰謀でもなくて普通に勘違いしているのはやめて。


 たしかに一学期お疲れ様ダンパとか迷宮での学外実習ではお手伝いをしていたし生徒会にも日常的に出入りしていたけど入会はしてなかったよ。


 それはそれとして三十名の生贄を宿に連れてきたぜ。

 さあ中に入るんだな。


「へえ、外から見るよりも随分と広いんだな」

「いい雰囲気だ、アーサー様の見立てだし期待できそうだ」


 無邪気な男子どもがエントランスに入ってきた。

 そして恰幅のよいビッグマムから鍵を貰って二階にあがると……


「……なあ」

「……もう諦めろ、ここはそういう場所なんだ」


 俺とアーサーくんは絶句した。以前は四部屋しかなかった宿の二階なんだが廊下がぐーんと伸びていてマジで三十部屋くらいはありそうだ。実家の屋敷よりも部屋数が多そう。


 各自割り当ての部屋に入り荷物を置いて出てくる。気の早い奴の中にはベッドに寝ころんだ奴もいたらしく、その素晴らしい寝心地に騒いでいる。


「この宿すごくない!? っぱアーサー様はできる男だよ!」

「棚も確認したか、寝酒が並んでたんだがうめえのばっかだった!」

「もう飲んでんじゃねーよ。でもいいよね、一人一部屋なんて久しぶりだから今夜はゆっくり眠れそう」

「本当にな。おい、ヘルガ先輩を連れ込むなよ」

「もう俺達のことはそっとしておいてくれよ……」


 無邪気な連中が嬉しそうで本当によかった。

 俺とアーサーくんは深夜に逃げ出すかもしれないが君達はゆっくりしてくれよ。


 おばちゃんが二階にあがってきた。それだけで緊張感が増すぜ。


「なー、どうしてお前らそんな顔になってんだ?」

「何でもない」

「本当に何でもない。だから追及するな、いいな?」

「……う…うん」


 アーサーくんがリジーに壁ドンしてる。口説いてるのではなく脅している。キミたしか乙ゲーの攻略対象だったよね? それは攻略対象がしちゃダメな顔だよ、ほんとに。


「幸い生贄は足りている。キミくらいは連れ出してやる」

「なんだかわかんないけどアーサー様がめっちゃ怖い顔してるんだぞ……」

「深夜に部屋に行く、身支度を整えて待っていろ」


 このあとリジーがアーサーくんから夜這い発言をされたという風評被害が出回るのだが俺は一切関与していない。やつの自業自得よ。

 まぁなんだ、そんな一幕がありつつもおばちゃんが優しい声で言ってくれる。


「夕飯の準備はもう少しかかるから先にお風呂にお入りなさいな」


 そして大浴場である。

 皆がこの贅沢な体験に騒いでいる最中に俺だけが戦慄している。


「おかしい」

「何がだ」

「以前は存在しなかった女湯が生えてきている」

「今更そんなことで驚いているのか。僕はもう受け入れたぞ、ここに関しては何が起きてもおかしくない」


 順応がはえーよ。


 お湯は相変わらず素晴らしい水質だ。お湯に浸かっているだけなのに疲労が溶けていく気がする。これはなんというか……ヒーリングポーションのような意味でだ。


「なあ」

「アシェラの聖泉も飲めば病魔退散と若返り効果があるし、そこまでの不思議ではない」

「まだ何も言っていないだろう……」


 受け入れろ。何が起きてもおかしくないと断言した責任を取れ。


 素晴らしい入浴体験のあとはダイニングで夕飯だ。以前よりも部屋が十六倍くらい広くなっていてテーブル数も増えている気がするがスルーする。


 すでにテーブルに置かれている湯気の立ち上る美食の数々に舌鼓を打ち、食事に合わせた赤ワインを嗜む。なんだよこのワインめっちゃうめえ……


「正直な話、ワイン苦手だったんだけどこれなら幾らでも飲めそう」

「これはアストリアワインだな」

「高いの?」

「さもしい話をするな。まぼろしの741年物か……」


「値段はいくらするの?」

「香りを楽しめよ。……ラスト姉様が愛好している銘柄で741年は特に人気が高いようだ。樽二つを聖銀貨300枚で競り落としたと聞いたな」


 思った以上に高かったな。でもきちんと人の世の物が使われているのは安心要素だ。

 だってね、この肉がね、何の肉かがね、怖いじゃん。散々食べてきた身からすると怖すぎて鑑定眼を使えないんだよ。


 少し遅れて女子がダイニングにやってきた。ぞろぞろと一斉にやってきた。もこもこの寝間着とか厚手のネグリジェとかそういう姿を見るのは新鮮で新たな魅力を感じるね。


 特に磨きに磨いてきたのか普段よりも七倍は可愛いリジーがもじもじしている。おうおうどうしたんだ、ヒロインムーブか?

 周囲を取り囲んだ女子に背を押されてリジーがアーサーくんの前に出る。


「お風呂すごかったぞ」

「そうだね、いいお湯だったな」


 何だろうか、リジーはともかく周りの女子からの圧が強いぞ。


「洗髪剤もいいのだったんだ。本当にいい香りがしたぞ」

「うん、僕も同じものを使ったから知っている。……同じのだよな?」


 アーサーくんがリジーの髪をつまんでにおいを嗅いでいる。お前が王子様のようなムーブをしたの初めて見た!


 顔を真っ赤にして俯いちゃったリジーが猫のような素早さで周囲の女子の背中に隠れて、すぐにひょっこりはんした。


「じゃ…じゃあ! 待ってるからな!」


 そして走って二階にあがっていった。メシ食わねえの? うまいのに?


 アーサーくんよ、なぜ肩をすくめる。


「どうやら勘違いをさせたようだ」

「そう思ったなら誤解を解いてやれよ……」


 マジで夜這いに来ると思って綺麗にしてんじゃん。それに気づいたこいつ笑ってんじゃん。乙女心を弄びやがって……


「互いに無いと考えていた相手であっても誘いがあればああなるのか。恋に恋する年頃ってことかな?」

「お前いっぺん刺されて死ねよ」


 そんな時だ。後ろのテーブルを囲むB組男子陣からエロ聖者の声が聞こえてくる。


「アーサー氏は相変わらずですなあ。小生だったら今頃全力で階段を駆け上がっているところですぞ」

「氏には恋愛の当事者であるという自己認識が欠如しておりますからな」

「学院一の麗人が傍観者ムーブなんだよな。リジーが気の毒すぎる」

「本当に可哀想だからその気がなくても一回抱いてこいよ、男の義務だぞ」


 B組男子の分析たすかる。やっぱおなクラの連中はよく見ているな。

 そしてアーサーくんはというと……


「その気もない男に抱かれる方が可哀想じゃないか?」

「そう思うんならさっさと誤解を解いてこい」


 それはこの場にいる男子全員の意見であった。

 


◇◇◇◇◇◇



 深夜になり、みんなが寝静まった頃を見計らって……


「リジー、起きているな?」

「起きてます!」


 返事を確認してから突入する俺達。


「え? えええ!? なんで赤モッチョまで!?」

「おっと騒ぐなよ」

「リリウス、この分だと猿轡を噛ませた方が早い」


 ベッドの上に腰かける女子の口を押える俺達。傍目には完全に事案です!


 夜這いに備えて準備していた女子を押し倒して縄で縛って猿轡を噛ませる。そして米俵のように肩に担ぐ。


「よし、いくぞ」

「脱出!」


 窓を開いて夜の町へと飛び降りる俺達の姿がそこにはあった。

 あばよ! みんなの尊い犠牲は忘れないから!


 リリウスは逃げた。怖いから逃げた。

 だが本当の理由はあの優しいおばちゃんを害したくないから逃げたのである。

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― 新着の感想 ―
おばちゃんは一体なんなんだ… しかしアーサーくんが初期フェイに見えてきました^_^
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