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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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義勇兵の野営② 勇気の少女と人権の無い男

 明日に備えて早めに眠るのかと思ったが若い学生がそんなに大人しいわけがなかった。また節度を求めるほどの状況でもなかった。

 明日も徒歩での行軍で、現在のピスト公国に六個中隊に襲撃を仕掛けるほど気合いの入った奴はいない。そう考えれば多少嵌めを外すくらいは容認できるし、公軍の側も学生義勇兵に何の期待もしていないわけだ。


 焚火を囲んで談笑する義勇兵。その中で俺はギターラを掻き鳴らしている。なぜか参加していたエロ聖者から楽器を借りたんだが、本当にどういう目的で彼が義勇兵に参加したのか理解できない。なぜ楽器を持っていたのかもわからない。


 適当に悲しい音色を垂れ流しているとA組の男子からリクエストがあった。彼の名前は忘れたがディルクルスくんとの遊びの際に熱心に俺を庇ってくれた記憶はある。あれはまぁ信頼を裏切ったディルクルスくんへの怒りがそうさせたのかもしれないが、リクエストに応える理由には充分だ。


「バトルミュージックなら任せろ。最高に熱い音楽で喧嘩を盛り上げてやる」


「喧嘩させようとするなよ。ほら、お前とナシェカの式で流れた曲があるだろ、あのダンス曲を頼むよ」

「ケーニッヒ・ファルディオの結婚円舞曲か、いいセンスだ」


 知らねえって人のために説明する。こいつは随分と昔のシャピロの英雄王ファルディオの結婚式のために作曲されたダンス曲だ。

 しかし悲しいことに皇帝ファルディオは自分のイメージと違ったらしく式では採用されず、皇帝の結婚で盛り上がる王の都の片隅でひっそりとお披露目された。

 代わりに採用された曲は歴史の重みに耐えられずに曲名さえも残らなかった。だがこの曲は五百年もの間様々な人々に愛され、いまも完全な形で残っている。


 作曲家の大オーベルジュは作品数こそ少ないものの名作曲家として名を残し、中世一の大作曲家で知られるオーベルジュの才能を早くから見抜いて英才教育を施した面からも高く評価されている。


「そんな雑学はどうでもいいから早く演れー!」

「やらないならギターをよこせ、俺が弾く!」


「やらないなんて一言もいってねえだろ。じゃあやるぞー」


 陽気なダンス曲を演奏する。以前ローゼンパームの広場でやっていた女性ボーカルを加えたものもよかったが俺の野太い声質じゃあちとバランスが悪くなる。素直にやめておこう。

 立ち上がった学生義勇兵たちが旋律に合わせて踊り始める。リクエストを出したA組男子が二年の…もう三年か、ヘルガ先輩にダンスを申し込んでいる。


 こういうのはフォローしてやろう。


「おぉ勇者は麗しき姫ヘルガの手に口づけを交わし、願いを告げる! さあ姫の返答は如何なるか!」

「リリウスやめろ! 俺の恋を邪魔するな!」


 張本人からはクレームがやってきたが大衆は盛り上がっている。ヘンドリックの勇気を讃えて「告れ!」の大合唱が巻き起こる。まずはダンスから初めてお近づきになろうとした男へのこれはさすがに可哀想な気がしてきたが、楽しいからヨシ。


 あ、うまくいきやがった。二人が手を取り合ってダンスの場へと歩いていき、万雷の拍手が巻き起こる。


 悪くない夜だ。人生にはこういう時間も必要だと改めて感じさせてくれる。

 奪った命に倍する人を救えと我が身に定めた身の上なれど、立ち止まることなど許されないとはわかっていても、たまにはこんな夜もいい。


 それはそれとしてだ。


「なあアーサーくん、エリンが俺の鼻に何かしたらしいんだけど何か知ってる?」

「あれは芸術的だったぞ。初めてアンリ・サンソンの推理小説を読んだ時のように感動した」


 待って、本当に何やらかしたのあの子?


「彼女には才能がある。もしあの方向に進むというのなら僕がパトロンになってもいい」


 そこまで言うレベルなのになんで教えてくれねえんだよ。もう気になって気になって仕方ないから他の奴にも聞いてみたけど「あれだけの大作は中々作れるものじゃない」とか「完成した時は思わずハグしちまった」とか……


 お前ら眠ってる俺の鼻で何をしてるの。みんなが楽しそうで悔しいんだけど?



◇◇◇◇◇◇



 この日はよく晴れた日である。義勇兵団が旅立った翌日の正午頃。サイラス港上空に四隻の飛空艇が現れ、事前の知らせもあって不幸な衝突は起きなかった。


 サイラス港を通過していった飛空艇団は都市近郊の草原に着陸。事前に息子からそういうものが現れると聞いていたファウル・マクローエン司令は飛翔魔法を用いて単身で飛空艇団の下へと向かう。


 縄を掛けられ大地に縛り付けられた四隻の飛空艇団の周囲には護衛の兵団の姿がある。数は五十ほど。だが練度は恐ろしく高いのが見てとれる。

 もしナシェカがここにいたのなら英雄級三十、超越者級が十五、魔神級が五と数えたであろう。


「バートランド公が名代ファウル・マクローエンです。責任者の方と話し合いがしたいのだが息子から話は通っているだろうか?」

「ほぅ、マクローエンの者か」


 妙な反応が返ってきたとは思わない。彼らは息子の友人のはずであるからだ。

 妙に先鋭的な仮面を被った森人の男がじろじろと無遠慮に覗き込んでくる。きっと似ていると思われているにちがいないとファウルは解釈した。なにしろ息子のリリウスは太々しい表情と顔つきが自分の若い頃にそっくりだ。


「なるほど、なるほどね」


 仮面のエルフが握手を差し出してきたので握り返す。


「私の名はクルーゼという。LM商会では傭兵部門統括を拝命している。偉大なる森精霊ネピリムを守護する大戦士の座を息子に譲った気楽な身ゆえご子息の下で雇われている男だ。そして貴殿の息子バトラは我が姪子の夫だ」


「姪子…ラトファ殿か。これは何といったものか、よく出来た娘さんに嫁に来ていただけて感謝しかありません」

「なぁに、こちらも良縁に喜んでいるよ」


 仮面で表情が全然わからないが、まずは交渉がなごやかな雰囲気で始まることに喜ぶファウルである。

 交渉ならばバートランド公の得意分野だがあれは少々やりすぎる。息子の友人たちを相手にさせたい人間性ではないので、今回の交渉は彼が担当すると主張してある。


「歓迎の宴は後の楽しみにするとして、今は仕事をいたしましょう。この場でよろしいか?」

「いや、貴殿の交渉相手は私ではない」


 目には自信のあるファウルにしては珍しく外した。中々の人物に見えたゆえ彼こそが交渉相手と思ったのだがどうやら違うようだ。


「私は飛空艇団の警護を請け負っただけでね。貴殿の交渉相手はABC首長国連邦の盟主殿の腹心だよ」

「手強そうな肩書きですな」

「それは保証する」


 そこは保証してほしくない部分である。


「あれは我らのような戦士ではないが机仕事に限れば中々に手強い。厳格な男ゆえリリウスのとりなしが作用するとは考えぬ方がいいであろう」


「なるほど。こちらはお願いをした立場ゆえ、精々搾り取られるといたしましょう」

「殊勝だな。息子の面子を気にしてか? これくらいで潰れるほど柔らかい面の皮の厚さではあるまい」


「ですがここで俺が全力で値切ったと知ればむしろ息子が怒り出すでしょう。俺も息子には嫌われたくない」

「父心だな。わかるよ、あれは確かに口ではいいと言いつつも根に持つ男だ」


 嫌な息子である。


 飛空艇のタラップが幾人かの使用人を率いる男が降りてきた。白髪頭にかっちりと着こなした執事服。もう老齢に入っているというのにピンと伸びた背筋が語るのはこの男の手強さだ。

 そして顔見知りだ。以前男爵家で雇用していた分家の当主だ。


「カロン……?」

「おや、これはファウル様ではありませんか。これは踏み絵ですかな? いやはや女王様もお人が悪い」


 老執事が不本意そうな口振りをしながらも悪辣な笑みを浮かべる。……おそらくは嬉しいのだ。


「いやはや敬愛していた元主君から金を搾り取らねばならぬとは人生とはなんと数奇なことか。とはいえ仕事はやらねばならぬゆえ……」


 老カロンが冷酷な眼差しを向けてくる。もしかしたらファウルは恨まれているのかもしれない。


「一切の情けはないものと思いませ」


「……お前いまはリリウスのところで働いているのか?」

「いいえ、御内儀のお国で世話になっております」

「御内儀だと? リリウスに?」

「どうやら御仲の悪さは健在であるようだ。この分ではご子息とも会わせてもらっておらんのでしょうな」


 ファウルが衝撃に慄く。どうやらリリウスには息子がいるらしい。クロノスのことだ。ファウルは今初めて知ったのだ。

 そしてマクローエン家子弟はいつかサプライズで会わせるというリリウスの言葉を信じて今までずっと黙っていたのだ。

 そうだ、家族の中でこれを知らなかったのは彼と義母だけなのだ。


 そしてこれは明確なマウントであるのだ。


「さあ交渉を始めましょう」


 老カロンの背後に立ち上る悪意の炎を見たファウルが悟る。これは間違いなく大変な交渉になる。


 老カロンはおそらくファウルの破滅を願っている。一枚でも多くの銅貨を毟り取り、我が復讐とすることを企んでいる。……最初にうだうだと言っていたことさえ怪しくなってきた。


 老カロンは女王とやらに是非にと頼み込んで今回の交渉役を買って出たにちがいない。そんな直感も働いた。



◇◇◇◇◇◇



 交渉は人を替えながら長く激しく続いている。とうとう町の広場にまで場所を移してあーだこーだ言い争う姿はさながら人の醜さを描いた絵画のようだ。

 そんな食料品買い付け交渉合戦の最中にサイラス市に到着したナシェカは愚かな大人たちの争いを横目に目当ての人物を探し、見つけた。


「ロザリア様、これどーなってんです?」

「改めて聞かれるとどう答えたものか困るわね。見たまんまよ、随分と手強い商人なの」


 ナシェカにもマクローエン家のデータはある。あれは元マクローエン男爵家の筆頭家令カロンだ。リリウスの実の祖父であり、マクローエン家に娘を殺された可哀想な老人だ。事の真偽はともかくリリウスはそう確信している。

 そして目の前の光景を見ればカロンもまたそれが真実であると考えていそうであり、そりゃあ殴り合い寸前の交渉にもなるだろうと納得の光景である。ナシェカ的にも心情はカロン寄りだ。


「カロンッ、お前は! 少しは譲歩しようとは思わないのか!」

「はて? なにゆえ譲歩などせねばならぬのですかな? 私はただ適正価格を提示しているだけですよ」

「輸送費がおかしいだろ!」


「何がおかしいのかサッパリわかりませんな。……どうやら今回の交渉はお互いに笑顔で別れることができなかったようですな。仕方ないのでワーブルにでも売り払ってから帰るとしましょうか。あぁもちろん、帝国軍の困窮具合も話せばきっと笑顔で買ってくださるでしょう」


「待て! 待ってくれ!」


 貴族と商人の商売は話にならないくらい貴族が有利だ。それは武力や権力といった背景があるためだ。

 そして貴族の後ろ盾のある大商人と貴族であるなら話は変わり、今回の場合商人の背後にいるのは小国家連邦とはいえ連邦盟主アーバック・リヒトシュテイルだ。つまりはLM商会だ。大陸各地で『結社』の名で恐れられるLM商会が有する最強の魔人どもだ。


 ABC首長国連邦設立の際に十数の周辺諸国が消え去ったのはトランスバニア辺りでは有名な話である。平和維持を名目に兵を出したエル・グローリー神聖帝国の二個軍団がビーム砲を乱射するシャチと荘厳な御姿の火の鳥によって灰燼と帰したのは本当に有名な話だ。

 そのあとで首都に乗り込んで皇帝を拉致して奴隷にしてイルスローゼで売り払った話はあのガーランドでさえ報告書の誤りだと認識したほどの出来事だ。あの時捕獲された三十余名の皇族の行方は未だ知られていないらしいが、一人はLM商会王都本店で床磨きをしているらしい。


 そして問題なのはあいつらだ。レスバ族だ。あの五十人の戦士団の一人一人がファウル・マクローエン並みの戦闘力を持ち、中でも隊長はリリウスと同じくらいの実力者らしい。


「これ、放っておくと衝突になりそうですね」

「なりそうね。暴力で食料を手に入れても一時的に潤うだけで意味がないからやめてほしいのだけど」


「いえ、普通に諸侯軍が負けると思いますよ」

「そうなの?」

「こう考えてみてください。あそこにリリウスが五人います、勝てると思いますか?」

「絶対に無理……」


 ロザリアもようやく事態を把握したようだ。ELS制裁軍との戦いの後に待っていたのはLM商会との衝突の危険だ。


 彼女も以前リリウスから聞いたことがあるのだろうが、LM商会にはリリウスよりも強いのが何人もいる。同格や近いレベルの奴も含めば数十人いる。主神クラスの戦神もいる。なぜ勝てると夢を見れるのか。夢など見れるわけがない。

 荒廃したサイラスの港町を呆然と見つめながら、あんなことはするんじゃなかったとすすり泣くしかない。そんな未来はすぐそこに迫っているのだ。


「とっ、とめなきゃ!」

「はいはい、ナシェカちゃんのお任せをー」


 ナシェカが両者の間に割って入る現象を一言で言えばこうなる。

 仲裁のためにもっと強い怪獣を投下した。こうなるのだ。



◇◇◇◇◇◇



 醜い争いは終わった。

 だが人々は恐怖した。本当に恐ろしいのは人の欲望ではなく徹底された理詰めの正論パンチであり、口が上手いとか商売上手って言葉はこの女のために存在するのだと敬服した。


 勝者をこそ正義と呼ぶのならあぁ正義とは何と恐ろしいのだろう。面白そうだからと集まっていた群衆に混じった商人もまた口に手を突っ込んでガタガタと震えている。


「以上です、他に何かありますか? 何でもいいですよ?」

「いえ、投了です」


 老カロンが敗北を認める。本当はずっと前に認めていたけど口を挟む暇がなかっただけだ。百倍になって返ってくる正論パンチのせいでだ。


「さすがはリリウス様の認めた御方。やはりそういう御方とは常人とは異なる才気をお持ちだ」

「いえいえー、さっさと終わらせないと私が彼に合流できないんでー」


 そして粛々と運び込まれる食料品や生活雑貨。トレーラーから出てくる換金用超高額商品。これらが交換されていき、戦いの後は笑顔で握手する。させる。しないというのなら銃口を突きつける。それがナシェカという怪物だ。

 随分と長いこと続いていた醜い争いを到着早々数十分で片づけてしまったナシェカが鼻歌を口ずさみながらトレーラーの運転席に乗り込んでいく。


 そのあまりにも頼もしい姿を見つめるロザリアの眼にあるのは劣等感だ。

 何か一つくらい勝てるところがあると思っていた。でも彼女はあらゆる面で優れていて……


 本当に嫌になる。自分がいる意味なんて無いって感じてしまうのが嫌で嫌で仕方ない。


「ナシェカさんはすごいわね」

「当然ですね」


 当然なんだ、すごいなって素直に思えた。

 人間は敵わないことを認めると素直に賞賛できる。どうにかして勝とうと考えている内は絶対に出てこない賞賛を認めると、届かないことを受け入れられる。


 彼の傍にいるのはすごい人ばかりで、それはきっと資格なのだ。

 今回もそうだ。すごくないロザリアだから何も言わずに置いていかれた。傍にいる資格が無いから置いていかれた。要らないから置いていかれた。きっと昔と同じように。


(眩しいな……)


 きっとこれは神話のような英雄譚。自分とは縁もゆかりもない遠い世界のお話で、偶々彼が近しい存在だから勘違いをしかけたけど、彼は遠い存在だった。


「すごいな、本当にすごい。わたくしのような役立たずは置いていかれるわけだ……」

「何を言ってるんですか? ロザリア様も一緒に行くんですよ?」

「へ?」


 説明によるとリリウスはどうやらアーサーとクロードに拉致されたらしく、大変不本意ながらみんなに黙って出立させられたらしい。

 で、ナシェカはリリウスからロザリアとバイアットに意思確認をしてからこっちまで連れて来てほしいと頼まれたのだそうな。


「へ…へー、そうなんだ。置いていかれたわけじゃないんだ……」


 諦めた次の瞬間には希望をちらつかされた。

 もうすっかり諦め気分だったロザリアとしては変に期待なんてさせずにスッパリと諦めさせてほしかったくらいだ。


「ロザリア様はご自身を役立たずだと考えているんですか?」

「……ええ」

「じゃあリリウスの傍で鍛え直したらいいですよ」

「え?」


「あいつのいる場所が物事の最前線ですよ。私だって全力でついていってるけど本当に大変なんです。でもおかげで学院入学前と比べたら格段に性能アップしました、だいたい196倍です」

「ひゃくきゅじゅ……苦労してそうね」


「苦労の甲斐はありますよ、フェイ店長を見ればわかるじゃないですか。何も持たないただの人が竜になったのです。きっと私の何倍も苦労してきたと思いますよ」


 あれ竜なんだ、と思うロザリアはフェイの異常な戦闘能力を知らない。

 その想いも、使命も、思えば彼らのことを何も知らなかったと気づいた。


「自分を諦めるのはまだ早いと思いますよ。苦労はするだろうけど歯をくいしばってついていけば、ロザリア様もいつの間にかストロング・ロザリアに大変身です」

「そうね、そうよね!」


 ナシェカの手を借りてトレーラーに乗り込む。

 そしてポップコーンもしゃってるバイアットに命じる。


「何してるの、早く来なさい!」

「え……」


 意思確認の上で連れてこいって言葉に安心していたデブだったが、彼には人権など存在しなかったのである。



◇◇◇◇◇◇



 行軍は順調そのもので予定よりもやや早めの二日目の夕刻にはボウサム市にたどり着いた。徒歩や馬車での行軍では天気や風向きもけっこう大きな要素だし、みんなのやる気もすごかった。

 今日中に着けば安全な都市の宿で眠れるっていう絶大なやる気要素がうまいこと機能して馬車のペースまで引き上げたんだと思う。人間ってすごいね。


 まぁボウサム市内が完全に安全かと言われたらそれは不明だ。帝国反乱軍のような奴らが命と引き換えに手に入れた究極魔法で襲撃してくるかもしれない。


 見た目は平穏な市内に入り、気が抜けた学生義勇兵が路上に座り始める。よほど疲れたらしい。

 威厳と強さ溢れる我らが生徒会長クロードと教師陣が公軍の大尉さんはこのままザクセン公に挨拶に行くらしい。


 他の生徒会メンバーには別の仕事があるってわけだ。


「諸君には宿の手配を頼みたい。今夜一日屋根のあるところで眠れるのならどんな場所でも構わないが、可能な限りよい場所を確保してほしい」


 それは大切な仕事だ。俺だって路上では眠りたくない。

 とはいえ難しい仕事ではない。ちょっと前まで戦争をやっていた、今は異民族に占領された町の宿なんてガラガラだろうぜ。


 アーサーくんと一緒に宿探しに出かける。なんていうか当然のように生徒会メン扱いでこき使われているのが素晴らしいね。え、みんな俺の記憶が曖昧になってない? 休学前の俺って生徒会メンじゃなかったよ? なかったよね?


「なあ、俺って生徒会だったっけ?」

「何をいまさら。当たり前だろ」


 そうか、当たり前か……

 なあ思い出してくれよ、俺ぜったい生徒会メンじゃなかったよ。あいついつも一緒にいたし生徒会だったよなっていう曖昧な認識の被害者だよ……


 宿を探して大通りを歩いていると……


「おばちゃん……」

「おやまあ、お帰りなさい」


 やけに見慣れた形の宿の前でおばちゃんが掃き掃除をしていた。鳥肌が立つのがわかるほどに驚いている。いや恐怖している。


「……」

「……」


 俺もアーサーくんも絶句し、おばちゃんの肉付きのいい笑顔を見つめ続ける。


「い…一度とり憑かれると延々と追い回される系統の魔か……」

「怖いこと言うなよ」

「じゃあ僕の代わりに適切な表現を出してくれよ」


 無茶言うんじゃねーよ。


 このあと俺達はおばちゃんに理由を話して生徒三十人の宿泊をお願いした。冷静に考えるとこのサイズの宿に三十人は無理じゃないかと思ったが何とかなるだろ、怪異…じゃなくてビッグマムだし。


「暴動とか略奪ってみんなでやると楽しいよな。みんなでやるとさ、他の奴を犠牲にして逃げられる確率も高くなるし……」

「生贄のみんなには可哀想なことをするな……」


 アーサーくんも随分と悪が板についてきたね。

 今のアーサーくんとなら前よりもずっと仲良くなれそうな気がするよ……

 アーサーのカルマ値 中庸→罪


 善と悪、どちらにも染まらぬ中庸の在り方は最大罪業に惹かれて罪の味を知る。最大罪業はけして悪や魔ではないが、その在り方は万人にとっては何の誤解もないほどに罪深い邪悪そのものだ。



最大罪業 

 この世にアルザインよりも罪深い者は存在せず、また存在してはならない。

 ゆえに彼をこそ最大の罪業を背負う者と呼びならわす。

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