義勇兵の野営①
夜明け前に出立して今は夕刻の野営中である。マウアー湖まではまだ遠い。
だらーっと長く伸びていた行軍列を丸くしての野営陣形は外側をバートランド公軍が担当してくれるらしい。学生に警戒を任せない判断力は信頼できるね。
見張りを公軍に任せての野営準備。まるで修学旅行のような騒ぎの最中に事件が起きた。アーサー・アルトリウス・アルチザンの裏切りが発覚した。
気まずそうな様子で座るアーサーくんを取り囲む俺&生徒会のみなさんである。俺の怒りが有頂天でチョモランマだ。
「では異端審問を始める」
「その前に、君には異端審問の資格があるのか?」
あははは! アーサーくんらしい理屈っぽい発言だな。俺の資格を問う前に己の罪と真摯に向き合いたまえよ。
「あるぜ。何しろ我がティト教団は教主から宣教師まで俺でやってる零細教団だ」
零細どころか全部の役職が俺の一人教団さ。団ってなんだっけ?
ティト教団は常に人手を求めている。今なら幹部待遇で迎えるからみんなも気軽に履歴書を送ってくれよな。
「ティト教団からの異端認定はむしろ聖なる者の証ではないだろうか?」
「うるせえ、己の罪と向き合えボケぇ」
アーサーくんの頭部に三人分のお弁当箱をまとめて投げつける。空になったお弁当箱が草場に落ちたが別に大きな音は出なかった。まぁ箱とはいったが大きな葉っぱで包んでただけだし。
「異端者アーサーの罪を告発する。この者は危険だから主張して俺達からお弁当を取り上げたにも関わらず一人で食べてしまったのである。これ如何なる罪なるや?」
「カツアゲだね」
クロードが冷静にそう言った。もう少し重めの罪をチョイスしてくれ。
はい、バド先輩リテイクをどうぞ。
「帝国法に問うのであれば窃盗が正しいな」
「そうね、所有者に無断で着服…食べちゃったんだし」
「だが弁当を食われたぐらいで帝国法院に掛け合うのはおかしくないか?」
「当人同士の話し合いで解決しろって説教されるか?」
「いいや、弁当なんぞどうでもいいだろ俺達の手を煩わせるなって蹴り出されるね。バドの首を懸けてもいい」
「……勝手に俺の首をかけるなよ。まぁジョネスの言い分は正しいけどな」
「本当にね」
あれあれ、もしかしてこんなくだらない告発に突き合わせた俺に対する遠回しな非難ですか? おかしいな、生徒会は生徒の味方のはずなのに。
「クロードはわかってくれるよな?」
「正直に言えばこんなどうでもいい諍いを放り出して野営準備の見回りに行きたいね」
「お前も弁当食われてるんだぞ……」
「女将の料理はたしかにうまかった。しっかりと養った英気で生徒の模範として頑張ろうじゃないか」
クロード、お前のその生徒会長たらんとする情熱はどこからくるんだ。
しかしクロードは正義の男だ。その正義は天秤のように公平なものではなく義理と人情が付与された正義であるが、わるいことをしたら報いがあるべきだと考えているのである。
「まぁリリウスが楽しみにしていた弁当を自分だけ食べたんだ、何もなしってのはよくないよな」
「さっすがクロード、話がわかる!」
これがフェイなら「うるせえ、ぐだぐだ抜かしてねえで夕飯の準備をしろ」と怒っていたところだ。……俺でも言うわ。弁当がなんだよクソくだらねえって言うわ。
「じゃあアーサーへの罰は今夜の夕飯当番に入り、リリウスのために二・三品おかずを作ってくることだ」
「その程度は仕方がないか」
アーサーくんも納得の罰である。妥当な落とし所に順調に着地した感じだぜ。
「これで納得がいかなきゃマウアイレスに着いてからメシでもおごってもらえよ。ではアーサー以外の生徒会メンバーは各自適当に野営地の巡回に向かえ。任務はとうぜん困っている学生の手助けだ」
生徒会は今日も今日とて平常運行。きっと俺達がいない間もこんな感じだったのだろう。
◇◇◇◇◇◇
アーサーくんが料理班になったので欠員分だけ働けと言われた。反論してもよかったが別にやることもないので素直に従うことにした。だって本当にやることがないし。急な出立だったので暇つぶし用の本もねえし。
困ってる学生のお手伝いとはいってもやることは全然ない。テントを立てる設営班と夕食を作る料理班に分けられた学生はテキパキと仕事をこなしている。たまに喧嘩しそうな連中もいたが……
「待った、その喧嘩はリリウス・マクローエンが買う!」
「げっ」
「出やがった……」
ナニソノ反応?
「両者とも怒りは俺にぶつけろ、俺も当然反撃はするがそのパワーを発散させるといい」
「反撃すんのかよ!」
「瞬殺されるが見えているのに誰がやるかよアホらしい」
喧嘩しそうな男子どもが去っていった。これが抑止力である。俺という存在が争いを消したのである。俺は核ミサイルか何かかよ。
クロードが遠くから親指を立ててイイ笑顔を向けてくる。いいぞ、その調子だってやつだ。俺の役割は核ミサイルなのかよ。
設営班にリジーちゃんとエリンちゃんを見つけた。慣れた感じで地面を砂状に慣らしてから大黒柱代わりの伸縮式の金属棒を立て、防水カーペットを敷いてから天幕を架けている。手際がいいもんだ。
「よう、お久しぶり」
「いや船で一緒だったし」
「お前ずっと寝てたもんなー」
そうなんだ。
「なあ、どうせ覚えてないんだろうけどエリンがなー、眠ってるお前の鼻になー」
「ばっ、リジーばか! やめろ、バラすな!」
「え、俺の鼻になによ?」
「いやー、でも言うなって言われちゃったしなー」
「いやいや、そこまで言ったなら責任を持って最後まで言おうぜ。気になるじゃん」
「別に大したことじゃないし気にしなくていいって」
え、それはそれで気になるんだけど……
何度問い詰めても頑なに明かさないリジーである。エリンちゃんマジ俺になにしたの? 本当にくだらない悪戯なんだろうけど気になるじゃん。寝てる人間の鼻にやる悪戯ってなんだよ。
「まぁいいか。気になるけど」
「いいかって言ったら治めろよな」
くっ、それが犯人のセリフか。本当に何をやったんだ何を。
「それはそうと女子二人が料理班に行かずに設営とはな」
「女子=料理という風潮はよくない」
「そうだそうだ、女子にだって料理を得意としない特殊個体がいる可能性を思い出せ」
知ってる。長い付き合いだけど君達が料理作ってるとこ見たことないし。
「そこの特殊個体AとB、料理くらい作れた方がいいと思うぞ」
「古い男だなー、じっちゃんみたいだ……」
「こういう男とだけは結婚したくないね」
「うるせえ、危うく俺と結婚するところだった女が言うじゃねーか」
まぁこういうやり取りも懐かしいね。なんだかんだで喧嘩しそうになると俺とエリンちゃんと仲裁を担当するリジーちゃんでな。
テントを設営したら次のテントを立てる。一つに付き三人くらいが眠れる小さなテントが30ほど並んだ頃、簡易煮炊き場の方から夕飯できたぞを告げる鍋の音が聞こえてきた。
ちょうど日が落ちて夜空が輝き始める頃であった。
◇◇◇◇◇◇
夕飯は一斉に摂る。大きく火柱をあげる焚火を囲んで地べたに座る学生義勇兵が見上げるのはクロードだ。
「我ら義勇兵に頼もしい仲間が加わった。昨年から休学中の彼だ」
お前からも挨拶しとけと視線で促されたが手振りで固辞する。あんまりいい別れ方ではなかったし復学するわけでもない。変なやつが勝手についてくるくらいの認識でいてほしいね。
すぐにクロードのフォローがあり、口を開けば憎たらしいことを言うだろうが本音は喜んでるからまた仲良くしてやってくれだそうだ。そりゃあ喜ぶぜ、声をかけてきたのが女子なら。
「今日も一日おつかれさま。うまいメシと温かい寝床で英気を養い、明日もがんばろう!」
夕食が始まる。生徒会のみなさんと食べようと思ったら先生方と同じ場所で食べるらしい。
引率は元担任のパインツ先生と他に数名。魔法実技のエステル先生もいるのはありがたいね。話し相手がいるという意味で。
俺としては美人の相手がよかったんだが、むすっとしたパインツ先生がどっしりと俺の横に座り直してきた。話があるのかもな。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
と思ったが一向にしゃべろうとしねえ!
「何か話があるんじゃないかと思ったんですがね?」
「お前はいまは何をしている?」
中退した生徒の就職先を知りたがってる感じかな。
「従軍商売ですよ。戦争は儲かりますね、まるで濡れた手で小麦粉に触れたように大量の金が転がり込んでくるのですよ」
「元気にやっているのなら何よりだ。大手柄を挙げたとも聞いたが……」
口が重いな。まぁメシを食ってるしな。
「今になってしまえばわからんのだ」
「何がですか?」
「私はどうしてお前をあんなにも憎んでいたのだろうかとな……」
薪が爆ぜ、火の粉が舞う。
炎を見つめる先生の横顔は賢者のように静かだ。
「お前だって私の生徒だったのにな。どうしてだろうか、本当に何度考えても答えが出なかった。今こうしてお前と隣り合っていてもだ」
「先生、そいつは簡単です」
じつに簡単な話だ。
「男とは幾つになっても優れた男に嫉妬する生き物なのです。俺のように若くハンサムで強い大戦士の圧倒的存在感が先生の本能を刺激していたのでしょう」
この素晴らしい答えを聞いた先生が噴き出し、大きな声で笑い出したのだ。失礼がすぎる。
「お前という奴は……だがそうだな、そうだったのかもしれない」
「俺は気にしてませんよ。だから先生もお気になさらないでください」
「そう言ってくれるか。この歳になっても生徒には教えられることばかりだ、私はつくづく教師に向いていない」
「コパ先生もよく言っておりましたが、豊かな人生とは学びの機会多くあることを言い、人は人に学ぶんですって。生徒と教師なんて役割でしかないし、俺も先生も同じ人です」
「そうだな。お前からは学ばせてもらったが私はお前に何かを与えられただろうか?」
「今のところは特には」
「……そこは嘘でも世辞を言っておけよ」
ちょっと不機嫌になったパインツ先生がビールをあおる。
そして遠くから俺達の会話を気にしていたクロードが親指を立てている。イイ対応だったなって感じだ。お前は俺の保護者か。
夕飯を食べながら生徒会と引率の教師陣で明日の予定について話し合っている。まぁ公軍に同行している身なのでそう難しい話にはならない。
地図を広げてこの調子なら三日か四日でマウアイレスに到着すると思う的な話だ。
このまま街道を南下すればフェリス森林地帯に突入。森林都市ロウバーンを経由するかは不明だが森林地帯を抜ければザクセン公が治めるボウサム市に着く。順調にいけばボウサム市には二日後の昼前には着くかもな。
ボウサム市から街道を使って西へ二日でマウアイレス。旅程はそんな感じになるはずだ。もちろん順調にいけばだ。
夕飯を食べ終える頃になってアーサーくんがやってきた。そういえばおかずを作ってくれるという話だったな。
「ってアーサーくんパウンドケーキ作ったん!?」
仮設調理場で随分な大作を作りやがったな! あのキャンプ場の炊事場と変わらないゴミ設備でいったいどうやったらケーキを作れるんだよ。本気で驚いたよ!
しかもけっこううめえ。これは酒が進むな。




