バートランド公は天を睨む
バートランド公アルヴィンの下には様々な情報が入ってくる。彼は情報を重んじていて、それこそ金貨のように価値ある物だと考えればこそ、商人が金貨を集めるように多くを集めてしまう。
無数に集まった情報を地図に反映すれば何の変哲もない地図に渦がごとき人の思惑が表れる。大小さまざまな意思が作り上げる人の意思のうねりを見つめ続ける公の英知の眼差しが揺れ、その口元が笑みを作った。
「見つけた」
その眼差しは大陸図その北方に向かう。
深き森、険しき山岳部、人の住めぬほどに深い沼地に国土の八割を覆われた小さな国からやってくる悪意の波動をこそ見つめている。
その国はイル・カサリアという。神代の時代から存在するとされる古い国だ。
「いや、違うな、彼らには帝国の台頭を阻む意思こそあれど帝国にちからを与える理由がない。国家や神殿のような大きな存在こそがゲームマスターであると考えるのは過ちかな?」
過ちであれば認めて視点を変える。
脳裏に浮かぶ地図はそのままに世界をより深く細かく鮮明に読み解いていく。
「小さな事象にしか関わらないが局所的に強く関わる強い意思……まさか個人か? それこそリリウス君のような強大なちからを持つ個人の仕業なのか?」
バートランド公アルヴィンはずっと探し続けている。この盤面を俯瞰して高所から駒を指して世界を動かす世界の支配者たちではなく、彼らの動きをさえ御するルールの作り手、物語を読み上げるゲームマスターを。
言い換えるなら時の大神クロノスと彼の意思を汲み動く御使いたちを探している。
あまりにも整然と整えられた盤面。揃ったちからともう用は無いとばかりに捨てられた駒。そこに何の差があったのか、何者の意思がそれを決めたのか、どうしてそれが彼の息子であったのか?
彼は問いたかった。彼は知りたかった。遠い昔に心の奥底にしまった息子への憐憫から発したこの問いの答えを。
「……やはり鍵の一つはリリウス君か。本当に彼は面白いな」
今夜にも彼との会食がある。彼の快気祝いを名目した会食の席で突いてみればどんな反応をするだろう?
隠そうとしても無駄だ。彼がどれほど隠そうとしてもバートランド公アルヴィンの眼から隠しおおすことなどできない。彼が強大な英雄であるのと同じように公もまた悪意の巨人なのだ。
とか目論んでたら騎士がやってきた。そして言うのだ。
「公、リリウス殿がサイラスをお出になられたようです」
公が凍りついたように停止する。
それからたっぷり18秒をかけて再起動して問う。
「……ナンデ?」
「なんでと申されましても……」
「え、今夜は快気祝いをやるって伝えたのにかい? 気にせず町を出たのかい?」
「はい、義勇兵団に同行する形で今朝がたサイラスを発ちました。彼の所在の把握がために兵を出しておりましたが、いつものように途中で撒かれてしまったために発覚が遅れてしまったのです。申し訳ありません」
公が再び停止する。
そして再起動した時には狂ったようにガハハ笑いをし始めたのである。
「いやあ、本当に面白いな彼は……」
公はそろそろ学ぶべきである。はじまりの救世主には泣き落とし以外は通じないという事実をだ。




